人気ブログランキング | 話題のタグを見る

黄変米事件と寿司酢のお話

寿司の歴史に詳しい人なら、昔は寿司酢に「赤酢」を使っていたということをご存じだろう。

「赤酢」は酒粕から作るから、寿司で日本酒とはオツなもの。
ぜひ赤酢の酢飯で握った寿司を食べたいものだと思っていた。

今から5年ほど前の話、わが町桑名の町に酢飯が少し変わった寿司屋があると聞いて行ってみると、ご飯の色が少し黄色っぽい酢飯で握った寿司を出してきた。

この店の大将は、かなり年期の入ったと思しき江戸前の寿司職人で、なぜか蕎麦の話になって、小生が石臼を挽く真似をすると、「お客さん、あんたの話は本当だ、石薄の回す方向がキチンとあっている。知らない人や最近流行りの中途半端な蕎麦打ちと称する人は、たいてい時計回りに石臼を挽く真似をする」などと嬉しいことを言ってくれるのだった。

さらに、様子で「食」に関心があるか否かを判断しているようで、「美味しそうに食べる人」は「食」に強い関心がある人だと、小生の寿司の食べ方を褒めるから、実によい気分になったことがあった。

いつも食べる酢飯に比べ、酸味が非常に丸く、旨味も香りもたっぷりで、魚臭さを緩和するのにも都合がよかったのか、江戸時代には主流だったという。

酒造元から安く酒粕を仕入れて、それをお酢にすれば、コスト面でも助かるし、おまけに旨味があるとくれば、こんな良いことはなかったことだろう。

大将が言うには、今では「赤酢」を使っている寿司屋は、本当に少なくなってしまったと、残念そうに言うのであった。

昔から江戸前の寿司は「赤酢」で握るのが当たり前だったと。

現代人の感覚上、問題があるとすれば、ただ1つ、ご飯の色が黄色っぽく色づけられることだ。
マグロの赤身と少し黄色っぽい酢飯は、少々バランスは悪そうだ。

しかし味は素晴らしくよい。
小生は「味」を優先するし、出された寿司はすぐに食べてしまうほうだから、全く問題はない。

寿司にピッタリの「赤酢」が、今ではあまり使われなくなってしまったのは、見た目のせいなのか、それとも「赤酢」事態の供給量が少なくなったからか、あるいはコスト高が原因なのか、アレコレ考えてみたが、原料の酒粕は今でもたくさんあるだろうから、コストではない。

それで小生は、製造方法に困難なところがあるのだろう。
だから少量しか生産だれない。
したがっていつでも潤沢に使えるわけではないこと・・・

それに見た目の問題が加わって、今ではほとんど…よいものなのに使わなくなってしまった、そのように解釈していた。

それからしばらくして、「赤酢」のミニ知識にと、調べてみると、意外なことがわかって、今騒いでいる「汚染米事件」と妙に符合するのに驚いた。

江戸時代から戦前の江戸前寿司は、「赤酢」が使われてきたが、それ以降ほとんどが「白酢」という米から作った酢を、砂糖を加えて使用してきた。
赤酢は、砂糖など加えなくても、そのうま味が引き立つ酢だったから、江戸前寿司の職人は、赤酢をストレートでご飯に合わせた。

ところがある事件から、「赤酢」の寿司飯使用が難しくなってしまったというのだ。

その切っ掛けとなったといわれているのが、「黄変米事件」である。
ウイキによると

「戦後の食糧難の時代に外国から大量の米が輸入され、国民への配給が行われていた。1951年12月にビルマ(現 ミャンマー)より輸入された6,700トンの米を横浜検疫所が調査したところ、1952年1月13日に約1/3が黄変米である事が判明し、倉庫からの移動禁止処分が取られた。(黄変米とは、カビがはえて黄色く変色した米のこと)

すぐに厚生省(現 厚生労働省)の食品衛生調査会で審議され、黄変米が1%以上混入している輸入米は配給には回さない事が決められた。基準を超えた米はやむを得ず倉庫内に保管されたが、その後も輸入米から続々と黄変米が見つかり在庫が増え続けた。配給米の管理を行っていた農林省(現 農林水産省)は処分に困り、黄変米の危険性は科学的に解明されていないという詭弁を用いて、当初の1%未満という基準を3%未満に緩和し配給に回す計画を立てた。

朝日新聞が1954年7月にスクープしたことで世論の批判がおき黄変米の配給停止を求める市民運動などが活発化することになる。在野の研究者も黄変米の危険性を指摘したが政府は配給を強行し、配給に回されなかった米についても味噌、醤油、酒、煎餅などの加工材料として倉庫から出荷しようとした。

世論の強い反発のため黄変米の配給は継続できなくなり、同年の10月には黄変米の配給が断念された。このため、黄変米の在庫は増え続ける一方となり、窮地に陥った政府は1956年2月に明確な安全性の根拠が無いまま、黄変米を再精米し表面のカビを研り落として配給を行う政策を再度発表する。

政府は少ない外貨を効率的に利用し、食料と復興のための必要物資を調達しなければならなかった。このため、外国で米を調達する際には価格優先で低品質のものを選択する以外なく、輸送の船も荷物を安く運べさえすれば良いという選択肢を取らざるを得なかった。結果的に、輸送中に米にカビが生え黄変米となってしまった。貴重な外貨で手に入れた物資だっただけに捨てる事もできず、新たに輸入するにはまた外貨が必要となるので、何とかして当初の目的どおりに利用しようと考えた為に発生した事件である。」


戦後の食糧難の時代という時代背景があったが、その時の政府のやろうとしたこと、今の農水省の役人がやったことと全く同じである。(農水省の役人は、このときのやり口を学習していて、密かにやってしまえば、わからないなどと思っていた節さえある)

当時国民の間で有名となったこの悪行黄変米事件は、思わぬ展開を見せることとなる。

その頃ある寿司屋に入った客が、「赤酢」の酢飯で握った寿司を見て、「お前のところの寿司は黄色っぽい色をしている、ひょっとして黄変米を使ってるんじゃないか」といったことが騒ぎとなり、風評被害にまで発展しかねない様相を呈したという。

そのことがあって、ほとんどの寿司屋は、従来の「赤酢」から「白酢」に切り替えることになったといわれているのだ。

もちろん戦後だから、酒の生産量は少なく、したがって酒粕の供給量が少なくなって、「赤酢」自体の供給量が減ったということもそれに拍車をかけたのだろうが。

しかしそれにしても、現在の農水省の役人の手口は、実に巧妙かつ狡賢い。
汚染米の流通がどうなるかの予想ぐらいは、素人でも少し考えれば推測可能なのに、どのようなものがエンドユーザーになりえるのかということが予想できないはずはない。「知っていてわざと見過ごした、見逃した」

もしこのことがバレなければ、汚染米の有効処分功労者として、省内で評価が高いのだと思うと、このような確信犯的「売国奴」は、絶対に放置できない。

国会議員諸氏は、すぐに公務員法を改正し、懲戒処分のハードルをもっともっと低く設定する必要があるだろう。

国民の生命や安全を売るような輩は、もはや「公僕」ではない。

行政改革などという獣道に入って、何年もがいてきたのか。
公務員法の処罰規定を強くするほうが先で、法律を作ることが君たちの仕事なんだから、いつまでも茶番劇をやり続けて、国民の目をそらすようなマネをして欲しくはない。

まず法律を策定して、それから組織にメスを入れなければ、政権が変わろうが、誰がTOPになろうが、事態は変わらない。

by noanoa1970 | 2008-09-17 18:09 | 「食」についてのエッセイ | Comments(0)