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ドビュッシーとブリテン諸島

ドビュッシーの「管弦楽のための映像」。
その中に「ジーグ」という曲がある。10分足らずの小品であるが、この「ジーグ」とは「Gigue」で、もともとはブリテン諸島の舞踊のリズムで、それがヨーロッパ大陸に渡って、オリジナルのリズムを変貌させながら、舞曲→純音楽形式の一つとなったものである。

バッハがフランス組曲第1番やパルティータ 第5番など様々な作品で「ジーグ」をつかって作曲していることも有名である。

先日よりnaxos音楽ライブラリーを利用するようになり、かねてから確認したいと思っていたことがようやく実現することとなった。

以前から小生は「ドビュッシー」が引用したと思われる「ブリテン諸島の伝統歌」について興味があり、「スコットランド行進曲」とその引用元を調べていたが、心当たりは見つかるも、いまだ確証がない。

また、同じように「管弦楽のための映像」中の「ジーグ」のメロディには、どこと無くブリテン諸島の伝統歌を感じることがあったので、ドビュッシーは、バッハのような「ジーグ」の音楽的リズム、しかも変形されたものだけを取り上げたのではないであろうという仮説を持っていた。

そこで行き着いたのが、イングランドの北東部「ニューカッスル地方」の民謡の「The keel Row」:(舟を漕げ)であった。

イングランド北東のニューカッスル地方のタイン川、石炭を運ぶ舟を漕ぐジョニーに憧れるイングランド南東部出身の女のジョニーを恋する歌である。
炭鉱はニューカッスルに有って、そこから堀出された石炭を船でタイン川を下って、ロンドン周辺の産業都市に運搬したのだろう。

Keel Rowという歌詞を繰り返して歌い、筋骨隆盛の船乗りが威勢良く漕ぐ様子を表している。

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FERRIER, Kathleen: Songs of the British Isles :英国諸島の歌(1949-1952)
というアルバムがnaxosヒストリカルライブラリーに有るのを発見。


歌詞は下記のとおり、独特の言い回しを使っているので、よく分からないところもあるがおおよそ内容の見当はつく。

歌詞中の「blue bonnet」とは、ルピナスのような花の名前として知られているが、ここでは青い帽子の意味で、ルピナスの形状から、三角形の少し背の高いものであろうと想像される。(この言葉は伝統歌でよく出てくるから、何か「愛」の表現の特別の意味があるのかもしれない)
まさか奴隷のように扱われた囚人の象徴の「帽子」ではないだろう。


「The keel Row」

Weel may the keel row, the keel row, the keel row
Weel may the keel row that my wee laddie's in

As I came through Sandgate, through Sandgate, through Sandgate
As I came through Sandgate I heard a lassie sing
Sandgate:イギリスの南東部、ロンドンから電車で1時間ちょっとの場所にある

Wha' s like my Johnnie, sae leish, sae blythe, sae bonnie
He's foremost 'mang the mony keel lads o' the Tyne

He wears a blue bonnet, blue bonnet, blue bonnet
He wears a blue bonnet, a dimple on his chin

キャサリン・フェリアといえば、マーラーの「大地の歌」をブルーノワルターとウイーンイルが演奏した歴史的録音でご存知の方も多い。
小生も、彼女をこの録音で知り「エーヴィッヒ・・・・エーヴィッヒ」と歌う終曲にその昔から心惹かれたものだ。

≪キャサリン・フェリアのthe keel row≫

この古い録音、しかもブリテン諸島の伝統歌ばかりを集めた音盤は、「ベリオ」の「フォークソング」と並び聞いて置くべきものであると確信している。

ドビュッシーはこの伝統歌「The keel Row」をアレンジして引用した。
ドビュッシーの旋法的全音階の使い方と、この伝統歌は恐らく底辺で共通するものがあるのだろう。

しかしそこはドビュッシー、多くのブリテン諸島の近代音楽の作曲家が総じてやったような単純な手法では取り上げないから、引用されていることを嗅ぎ分けるのには、かなりの嗅覚を必要とする。

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アンドレクリュイタンスが指揮したパリ音楽院管弦楽団のドビュッシーのステレオ録音は、以外にもこのアルバムとあと数種類があるだけだ。
パリ音楽院管弦楽団:コンセールヴァトワールは、各楽器パートに名人が多く、非常に秀逸で上手なオケだ。
透明かつ明瞭度の高いスカッとした演奏で、気に入っている録音の一つ。

小生も数限りなく両方を聞き込んで、やっとそれであることを発見した。
オーボエの主メロディーのバックで奏されるオリジナルを変形したメロディとリズム処理が、まさにオリジナル:Weel may the keel row, the keel row, the keel rowに重なる。

追伸
10月8日朝
マニュエル・ロザンタールが指揮する同曲を聞いていて、「ジーグ」後半に金管がハッキリト2回にわたり、Weel may the keel row, the keel row, the keel rowの部分を奏でることに、改めて気がつきました。
クリュイタンス盤よりもずいぶんハッキリと聞こえてきて、すぐにそれと分かるように強調されているようでした。




メロディはオリジナルをアナグラム風に読み取ったものであると聞こえるから、少々厄介だが、リズムはオリジナルの「掛け声」部分「舟を漕げ」のリズムと同一である。

ドビュッシーが「ジーグ」と付けたタイトルと「the keel row」との音楽的関連性は殆どないと思われ、何故引用したのかは定かではない。

しかしドビュッシーは、「ジーグ」の由来がブリテン諸島の民族舞踊であることを熟知していたことは、ブリテン諸島の伝統歌を引用したことからも、明らかだろう。

バッハ自身、多用した「ジーグ」のオリジナルが、ブリテン諸島の民族舞踊であることを、果たして知っていたかは非常に怪しいと思うのである。

引用元「The keel Row」の譜面を有りつけておく。
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by noanoa1970 | 2007-10-04 11:41 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)