夏に似合う音楽・・・「明日ハ晴レカナ曇リカナ」
武満のPOPS音楽への関心はてつわんこ氏の言及通りと思うが、「石川セリ」と武満の出会いについて、小生流には「高石友也」「小室等」「井上陽水」辺りの和製フォークのミュジシャンが「武満」を取り上げ始めたことで、人脈が形成され「陽水」の奥さんとなった「石川セリ」と結びついたと思われる。「小室」はギター1ポンで武満の曲を歌ったアルバムを出しているし、「高石」は昔から「死んだ男・・・」を歌っていて小生はこの曲を「高石」の歌で知ることとなった。1960年代の終わりごろのことである。
「石川セリ」は藤田敏八 監督作品、主演村野武範で湘南の若者の夏を描いた「八月の濡れた砂」の主題歌を歌ったことで知ることとなった・・・モデルで、歌手、元祖ハーフとして学生の間では人気のあった女性であった。
武満の作品を歌う彼女のよさはフランスのアンニュイでけだるいフランソワーズ・アルディのようなところやボサ・ノヴァの・アストラット・ジルベルトのようなビブラート無しの歌いまわしと、子供のようにあどけない、穢れのない・・・素人ッポイ歌い方と声が共存している不思議な歌い手で、初めて聴いた時には、武満の音楽とは全く合ってないように思えたが、それは大いなる誤解で、武満のこの曲を歌う、女性の歌い手は彼女しかいないだろうということに気がついた。
武満のことだから自分の曲が自分が思うように表現できる歌い手として、あまたの中から「石川セリ」を選んだのは、単に人脈ばかりではないと考えられるから、「石川セリ」の声と歌い方にきっとほれ込んだのだろう。
このアルバムでは独語で歌う「ワルツ・他人の顔より」、仏語で歌う「見えないこども」ボサノヴァ調の「死んだ男の・・」、子供のような無邪気さで歌う「○と△」「明日ハ晴レカナ・・・」では彼女の特徴を編曲が良く捉えていてとてもよいアルバムとなっている。
「明日ハ晴レカナ・・・・」に関しては完全に「石川セリ」が似合っているし、勝っているし、好きであることを再確認した。
by noanoa1970 | 2006-08-10 12:01 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(1)