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娘の得心・・・虚構×虚構

染井能楽堂における「杜若」鑑賞での父親の見合いに立ち会った娘は、それが自分と父親の相手を合わせるためのものであることに、うすうす気づく。
そして父親の見合い相手を観察することにより、父親が相手を気に入っているらしいことを悟る。

帰り道、急に用があるからといって娘は、父親と一緒に歩いていた道を隔てた反対側に駆けるように行ってしまう。
このシーンを「市川昆」のリメイク「娘の結婚」では、父親と一緒に来た道を逆に引き返すという演出になっていた。

並行する道の左右に分かれるのと、来た道を逆に戻るのはかなり違うと思う。
方向が同じならば、やがてはどこかで交わることもあるであろう「道」と、永久にめぐり会うことが出来ないから、決して相容れない反対・逆の「道」、50年の年月の「親子」の時代格差が、演出に如実に出ているように思われる。

父親と左右に分かれた娘は、その後友人の家に行くのだが、そこでも自分の居場所を見つけることは出来なかった。仕方なく家に帰るのだが、顔をあわせたくない父親に呼び止められて、娘は父親の再婚の確認をすることになる。

「晩春」の際立った場面の一つである。

娘は今日の父親のお見合い相手のことが頭にある。父親の妹が持ってきた自分の見合いについて父親が触れる中で、父親の再婚の真意を確かめようと、「お父さんがこのままでは、私は結婚できない」と、一種のカマをかける。
父親は、今日の能楽堂での擬似見合いの布石があるから、「仮に自分を世話してくれる人があるとしたらどうだ」と切り返してみる。
この辺りは「父と娘お互いががうすうす気づいていることの確認」である。
この辺りにも、日本人が伝統的に保ってきた価値観の崩壊・・・「戦後」が見え隠れするように思われる。

そしてこのシーン
娘が父親に、父親の本心に迫る息詰るような核心の場面となる。

「じゃあお父さん小野寺のおじ様みたいに、奥様おもらいになるのね」
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父親は黙ってうなずく
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「おもらいになるのね・・・奥さん」
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父親が再び黙ったままうなずく
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「じゃあ今日の方ね」
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「うん」と父親が答える
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「もうきまってんのね」と娘
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「うん」とまた父親
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「本当ね」
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「本当なのね」
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この会話の後娘は耐え切れなくなり、2階へと駆け上がってしまう
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父親曾宮周吉 =笠智衆の表情は無表情とでもいえるようであるが、このときの唇の少しの変化に父親の「嘘」が出ているという人も居る。

父親の再婚話が嘘であることをウスウス知っていて見合いに応じ結婚することになる娘は、言ってみれば「父親の嘘の上に成り立った結婚」であるから、それが「嘘」であったことを、やがて事実として知ることになるのだがそのとき娘はなにを思ったのだろうか。
父親が再婚するというので自分も安心して結婚できる・・・という娘の得心は、父親の再婚が虚構だと分かることによって崩れ去るのだから、その後の娘の結婚がうまく行くのは難しいと予想させられてしまう。

そのようなことが、その後の「東京暮色」に続くことを思わせ、それを指摘する人も居るのだろう。

by noanoa1970 | 2006-05-16 11:44 | 小津安二郎 | Comments(0)