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ブログ連動企画第9弾ストコフスキーのコリオラン序曲外聞伝

小生はこの曲を聴いていていつも、ベートーヴェンの「英雄」の葬送行進曲のフレーズを引用した形跡があると、思っていて、仕方がないのだった。
改めて何度か聴きかえしてみたが、いや葬送行進曲だけではなく、「英雄」全体に曲想が類似している。

作品年表では「英雄」が(1803~04/1804初演/1806出版)、コリオラン序曲が(1806/1807初演/1808出版)となっており、比較的近い位置にあるから、コリオランに英雄のフレーズを引用した可能性はなくもないが、これは小生の耳が言うだけだから、何の確証もない。

序曲というからには背景に、「フィデリオ」のような歌劇があって、それに対するレオノーレ序曲だと思っていて、創作が未完に終わったのではないかと思っていたが、どうやらそれは違っていて、「演奏会用序曲」という形式があることがわかったのは、そんなに昔のことではない。

ベートーヴェンには「序曲」といっても、コリオランのような演奏会用、そしてオペラ用、さらにエグモントのようにオペラ上演がされなく、カンタータ形式作品に対するものと、3つの要素の序曲があるということになる。

オペラ、コリオランの製作見込みが、ベートーヴェンにあったか否かははっきりわからいが、一応文献上では「なし」という結論になっているようだ。

そもそも「コリオラン」とはなんであるかを知ろうにも、直接説明された文献にはお目にかかれてないが、
辿っていくと、シェイクスピアの戯曲に『コリオレイナス』(The Tragedy of Coriolanus)コリオレイナスの惨劇と訳すのだろうか、という作品があるということが判明した。

ウイキペディアによれば、この戯曲のネタは、プルタルコス『英雄伝 対比列伝』から持ってきたという。
中身は簡単に言えば、ローマ時代の政治政策の問題で、先軍政治的な考えを持つ ローマ貴族で将軍のケイアス・マーシアス(後にコリオレイナス)は貧民に冷たい仕打ちをするが、暴動がおこるのを察知し、ロ-マから離れる。別の将軍タラス・オーフィディアスを救援し、敵の大将と壮絶な戦いをし、勝利を導いたことで、防衛した町の名前コリオライにちなんだ「コリオレイナス」の添え名を与えるとある。

ということは防衛を味方した土地の名前を貰った英雄であったという顔と、貧民のことなど考えないという顔を持つ人物であったことになる。

ローマに戻り執政官選挙に出るが、最初応援していた民衆が途中で寝返ったため、衆愚政治のような発言をしたので護民官に叱責され、死刑を求刑されるが、過去の戦果実績で免除され、ローマを再び離れて、かつて戦った相手にローマを滅ぼすための支援を求める。

その一方コリオレイナスは、ローマ攻撃の約束をしたにもかかわらず、無断でローマと和平を結んだので、支援を受け入れたオーフィディアスによって裏切り者として暗殺される。

上に挙げたコリオレイナスを表したものに、さらに約束を破った裏切り者という顔が加わることになる。

少々長くなってしまったが、「コリオラン」の背景と人物像を、コリオレイナスから探っていこうとしたためである。

以上の情報が正しいとすれば、コリオランは土地の名前を貰ったローマの将軍で、貴族だった人物だが、勇敢ではあったが、貧民に冷たく、民衆に嫌われ、護民官から死刑宣告され、故郷を離れその恨みでローマを滅ぼそうとし、かつては敵であった国と同盟したが、一方でローマ和平交渉をしたことによって同盟相手に殺されるという、政治軍事両面で、「英雄」と」するには無理がある人物だ。

ただし、ベートーヴェンがシェイクスピアを読んだかどうかは不明で、多くは友人の戯曲作家、「コリン」の戯曲からヒントを得たように書いてある。(コリンがシェイクスピアを読んだ可能性は十分あると思うが確証がない)

もしそうだとすれば、コリンの脚色の仕方にもよるが、ベートーヴェンがコリオレイナス=コリオラン英雄視したとすると、2回失敗したことになり、英雄とは縁がないということになってしまう。
もしコリンがシェイクスピアを読んでかなり忠実に真似をしたすれば、「悲劇」・・・母親の説得から自分の心情をまげて同盟した国を裏切ったことで暗殺されたという・・・これを悲劇といっていいかは別にして、ベートーヴェンが知っていたとも考えられるが、これはシェイクピア好みの悲劇だから、果たして疾風怒濤時代の中で、コリンが材料にしたかどうか。

ベートーヴェンの人物に関係する作品は、ことごとく、といってもそうは多くはないと思うが、自由平等博愛の精神、啓蒙主義思想に関係するものが多く、そういう思想と実践の持ち主をベートーヴェンは「英雄」としたのであろうから、おそらくベートーヴェンの中に「悲劇の英雄」というものは存在しないのではないか。

であるからベートーヴェンはコリオランを、シェイクスピアレベルでは知らなかった、従ってコリンの戯曲にはその話はなかったか、コリンの戯曲を完全に読んでいなかったかということになってくるが、想像ばかりなのでここらで止めておく。

小生の耳を背景にした仮説だが、・・・・

ナポレオンを想定した交響曲「英雄」だが、ナポレオンが英雄ではなかったことを知り、耳学問の「コリオラン」の中に再びベートーヴェンの「英雄」を描いたというものが考えられる。

ベ-トーヴェンは人物としての「コリオラン」の本性を知り得ないため、彼を(悲劇の)「英雄」とした。
このために、英雄であると信じて作った交響曲「英雄」から、ある音型を引用して、真の「英雄」のための曲として、「コリオラン」を書いたが、結局それもベートーヴェンの誤解であった、しかしベートーヴェンはそのことを知り得なかった。

友人コリンの戯曲は、身を捨てて友人を窮地から救ったという所が中心であった可能性。

コリンの書いた戯曲の隅々までベートーヴェンが読まなかったという可能性。
その可能性からはコリオランは純粋演奏会用の音楽、絶対音楽的に書かれたものという結論が導かれる。

ベートーーヴェンが後でコリオランの本性を知ったとすれば、きっと激怒したのだろうと想像してしまう。
そういう逸話が残ってないのは、コリンの戯曲がコリオランの良いとこ取りをしていたという可能性がなくはない。

勿論コリオランを悲劇の英雄と見たうえでの作曲である可能性も否定できない。
そうなるとコリンの戯曲が読みたくなるが、残存しているかどうか定かではないらしい。

要するに小生が書いてきた文章は全て外聞を基にした想像にすぎないが、昔から音楽的には交響曲「英雄」から、かなり引用されているように聞こえてきたことは間違いないことで、それをどのように見るかだ。

ただし今のところ、小生の思いと同じような文献も、ネット上の記事も見たことはない。
おそらくは悲劇の将軍コリオランという想定のもとでの作曲であるというほうが正解かもしれないが、
どちらにしても交響曲「英雄」との類似性が気になるところである。

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先頭のほうで「演奏会用序曲」というジャンルのことを書いたが、なにも物語のストーリーやその受け止めかたと関係しないということではなく、曲として独立性があるのかそうでないのかということだと小生は思っているのだが、あたかも独立した絶対音楽であるかのように作ったベートーヴェンはやはりすごいと思うし、ワーグナーのワルキューレの騎行でもabendさんと意見が一致したが、それはワーグナーというよりストコフスキーの力量が強い結果だ。

ストコフスキーがこの曲の背景をどのようにとらえて演奏したかは、演奏された曲からは、もともと劇的なこの音楽をさらに(悲)劇的にするのに、(悲劇の英雄と見たか)もともと曲が持っているデューナミクスだけではなく、フェルマータとテンポを普段以上に動かして演奏していることで、それは個と全体においても使用され、金管楽器と木管楽器群ノテンポと」弦楽器のテンポをわざとずらすことで、大がかりなテンポルバートあるいはシンコペーションの効果を、随所で演出するがこのことで、劇的雰囲気が助長されるように思う。

クナッパーツブッシュ程ではないが、アインザッツをずらす(わざとやっているように思う)のもストコフスキーの演出のように思える。

コンヴィチュニーは絶対音楽的に扱った演奏、ストコフスキーはどちらかといえば悲劇の主人公として、カラヤンは・・・・交響曲英雄の縮小版のような演奏で、小生はカラヤン盤を長いこと聞いてきたから思い入れが強いかもしれないが、3つの演奏をそんな風に受け止めている。

さらにストコフスキーはかなり速いスピードで演奏しており、(コンヴィチュニーとは1.5分、60年代のカラヤンと比べ2分以上速い)のに、せかせかした感じがないのは、巧みなアーティキュレーションの成せる技なのだろう。

これまで聞いてきたストコフスキーで、うすうす感じてはいたが、共通していること、すなわちストコフスキーの音楽語法は、俗にストコ節と言われるが、上に挙げたような要素が醸し出すものであろう。

休止と前打音を表現効果を高めるのに、うまく使うことを入れれば、楽譜通りには絶対演奏しないし、派手さはあるが決して非音楽的ではない、それがストコ節であるといってもよいのではないだろうか。

ベートーヴェンが何を思って作ったのか。ストコフスキーが何を思って棒を振った(いや彼は指揮棒を持たなかった)たか想像の世界にしか答えはないようだ。

余談だがCD時代になって、交響曲「英雄」とコリオランのカップリングが多いのは、収録時間だけのことだろうか。。

abend様
だんだん曲が少なくなってきました。
序曲には序曲くでということで、ブラームスの「大学祝典序曲」でいかがでしょう。


by noanoa1970 | 2012-03-13 18:11 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(1)

Commented by Abend5522 at 2012-03-13 20:22
sawyer様、こんばんは。
『コリオラン』は、『英雄』と『運命』の間のブリッジのような位置を持つと思います。コリンに献呈されていますから、余程感激したのでしょうね。ベートーヴェンには、苦痛を伴うヒロイズムを好む傾向があったと思います。青木やよひの『ベートーヴェンの生涯』には、彼が古代インドの聖典や叙事詩に強い関心を持っていたことが記されていますが、苦行の果てに得られる栄光のようなものを読み取ったものと思われます。コリンの戯曲がどのようなものであったのか知りたいところですが、おっしゃるようにベートーヴェンは悲劇の英雄としてコリオランを理解したのでしょう。
ストコフスキーの演奏は、14CDの中でも最もよくストコ節が表されているものと聴きました。中間部の高弦によるリズムは今まで聴いたことのない、まるでダンスのようなものです。死に向かって駆け抜ける悲劇の英雄といった感じがしました。

『大学祝典序曲』、受けさせていただきます。