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もうすぐ9月、ヘレン・メリルを聴く

ヘレン・メリルといえば、あまりにも有名な、クリフォードブラウンとのアルバム「Helen Merrill with Clifford Brown」だが、あと少しで9月になるから、9月そして秋にちなんだ歌を多く集めたアルバムをとり出した。

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日本ヴィクターが1967年に録音したものを、KATARYSTレーベルが米国で発売したLP。

ヘレン・メリルは日本で生活していたそうだから、日本での録音となったのだろう。

アルバムは、やがてくる季節に因むスタンダードナンバーばかり集めたもので、いずれもヘレン・メリルらしいハスキーな声でしっとりと歌ったものになっていて、心が洗われるようだ。

バックが日本人ということも、録音が日本で行われたことも、当時は気が付かないまま聴いていたが、この猪俣猛/ウエスト・ライナーズのバックが実に良い。

ヘレン・メリルも収録曲がスローバラードが多いせいか、かなりのびのびと歌っているようで、かつての名盤と」比べ、声の伸びは断然こちらの方が良い。

20年ほどたっていて、もう若くもないのに声の伸びがよく聞こえるのは、with Clifford Brownの録音の仕方が原因ではないかと思えて来た。

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ジャケット写真でも分かるように、with Clifford Brownでの録音は相当なオンマイクだから、サシスセソの音を含むハスキートーンが強調されて録音されたのではないだろうか。

今聞くと相当意識して造られたトーンであると言えそうだが、しかし其れがまたなんとも言えぬGOOD FEELINGを醸しだしたことは間違いないと思う。
50年、60年代のJAZZ録音には、人工的な録音が多かったが、そのことが却ってリアルさをうむ事に繋たものが相当数有った。

生に忠実な録音が、必ずしもリアリティーが有るということには繋がらないという証明のようなもので、レコーディッドミュージックのレーゾンデーテルの重要な要素であることを知らされたことになった。

with Clifford Brownは1955年録音だから、ヘレン・メリル23歳の録音、本アルバムは13年後のものになるから彼女はまだ36歳。

声の衰えなどはない、油の乗り切った絶頂期と言っても過言ではないと思うが、55年の録音はいかにも円熟した歌声のように聞こえて仕方が無い。

プロデューサー、録音エンジニアの意図的なものと思うが、なぜそういう録音にしたのかは不明のママになっている。
収録楽曲は、20代の女性には似つかわしくないから、彼女のハスキーヴォイスを最大限に生かして、つじまを合わせたのだろうが、それにしても、ヘレン・メリルは20代の若さで、40代以上のの歌手が持つ熟れた雰囲気を持っているのに驚きだ。

青江三奈もそうだったが、ハスキーヴォイスは、大人びて聴かせることが可能な声質なんだろう。


Personnelは
確認は出来なかったが、同じメンバーで割と長く続いたことから、多分以下のメンバーであろう。
猪俣猛 ( Takeshi Inomata ) (ds)
伏見哲夫 ( Tetsuo Fushimi ) (tp)
鈴木重男 ( 鈴木重夫? ) ( Shigeo Suzuki ) (as)
三森一郎 ( Ichiro Mimori ) (ts)
今田勝 ( Masaru Imada ) (p)
滝本達郎 ( Tatsuroh Takimoto ) (b)
中牟礼貞則 ( Sadanori Nakamure ) (g)

曲目
1-1 ニューヨークの秋
1-2 ノー・アザー・ラブ
1-3 グッドバイ
1-4 九月の雨
1-5 サムワン・トゥ・ウィッチ・オーバー・ミー
1-6 ローマの秋
1-7 セプテンバー・ソング
1-8 ラウンド・ミッドナイト
1-9 トゥ・スリーピー・ピープル
1-10 枯葉
1-11 コード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ
1-12 酒とバラの日々

演奏:猪俣猛/演奏:ウエスト・ライナーズ

You'd Be So Nice To Come Home toは、with Clifford Brownに比べると、掴みと聴かせどころが少しものたりない。
やはりClifford Brown があってこそ、ヘレン・メリルが生きた録音である。

1-3 グッドバイは、ショパンのエチュード Op.10-3 ホ長調 「別れの曲」である。

1-8 ラウンド・ミッドナイト、マイルス、マッコイタイナー、クロードウイリアムスン出はよく聞くのだが、ヴォーカルで聴くのはひさしぶり、この曲はヘレン・メリルに良く似合っている。

9月&セプテンバーの各曲、聴いていて染み染み感が高まって来るヘレン・メリルの真骨頂。

日本は、まだまだ残暑がきついが、NYやRome、PARISの9月はどんなものだろう。

by noanoa1970 | 2011-08-30 17:24 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(10)

手術室の音楽

先週の手術の折に流れていたのは、モーツァルトの「レクイエム」、ベートーヴェンのPソナタ「悲愴」。

音楽が趣味らしい先生は、東日本大震災の追悼として、手術室でレクイエムをかけていたとのこと。

術後冗談で、小生が「まさか手術室でレクイエムを聞くことになるなんて・・・」といったのを、覚えていて、今回は音楽を変更したと、術前の診察時に言った。

麻酔の効きがあまりよくなかったのか、先回よりは、ほんの少しだけ痛みがあったが、我慢できないほどではなく、一安心したその時、耳に入ってきたのは、ビル・エヴァンス、キース・ジャレット、おそらくはマッコイ・タイナーと思しきピアノで、それがごく小さい音で聞こえてきた。

どうやら、オムニバス盤か、其々のアルバムからコピーしたと思われるJAZZのBGMは、As Time Goes By [時の過ぎゆくまま]を除けば、ほとんどがオリジナル曲であった。

が、「時の過ぎゆくまま」というAs Time Goes Byの日本語訳は適切ではないという話がある。
As Time Goes By=「時が過ぎても」が正しいとすれば、「時が過ぎても」両目開眼の手術のことは忘れないと関連付けることが可能だが、BGMにそんな意図は無いのだろう。

それでも先週のレクイエムよりは、BGMとしての役割を、たいそう発揮したのと同時に、このところJAZZは、全く聞いてなかったから、帰宅したらJAZZピアノを聴いてみたいという、願望が湧いてきた。

それで、帰宅直後の最初の1枚は、Conversations with Myself 、次にStan Getz & Bill Evans を聴いた。

どちらも良いアルバムで、スタンダードナンバーをエヴァンスがいかにアレンジしているかを聴き取るにはもってこい。

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スタン・ゲッツ、リチャード・デイヴィス、エルヴィン・ジョーンズとの、変形カルテットによる、My Heart Stood Stillが印象的だ。

音響装置は、JAZZも快適に鳴らしてくれている。
たまにはJAZZも良いものだ。

先生がどのアルバムから、BGM音楽を作ったのか、次回訊いてみることにしよう。

お陰さまで「目からウロコが落ちた」ような気分。

この新鮮な状態、いつまで続くのか。

by noanoa1970 | 2011-05-27 00:42 | JAZZ・ROCK・FORK | Comments(2)

Round About MidnightをCDとSACDで聴く

ベスト調整をした・・・と本人は思っている音響装置で、jAZZを聴こうと取り出したのがこれ。

CDとSACDでの音の違いが比較確認可能だから、調整チェックを兼ねて両方聴くことにした。

この音盤を聴くのは、もう数年ぶりのことだから、両音盤の音の印象はもう記憶に薄い。

1956年の録音、プレステージ録音よりはかなり優れていると思うが、LPはまだしも、CDで聞くとやはり音がやや尖っている。

オープントランペットは勿論、ミュートでさえも、耳をやや刺激する歪音が強めに出るようで、かなり厳しい音で再生される。
JAZZファンの方の中には、このような音が50年代のJAZZ録音の音、あるいはマイルスの音である、そう思われている人も、少なくないだろう。

しかし大雑把に言うと、マイルスのトランペットは、バップの流れを汲んだもの、すなわちダイナミックさと先鋭なところ、それにクール時代の陰影に富んだ音とがあるように思う。

そして「Round About Midnight」は、上の2つの特徴をよく表した曲であろう。

さらにマイルスの音は、鋭いところも、決して金属が鳴らされているように尖ってはいないのであって、「トランペットが楽器である」ことを、哲学としているかのように、小生は受け止めている。

ここで聴き取るトランペットは、柔らかさと鋭さの共存と交代、そして時間的変化であり、それは逆の関係ではなく、いわばリニアに変化する裏表の関係、つまり裏と表の境目にグラデーションがあるかのものであると小生は思っている。

CDでは、かなり良い線を行っているとは思うけれど、残念ながら直接音が勝ち過ぎてていて、やや臨場感にかけ、白と黒の間、グレーゾーンの階調が少ない。

この音盤のみでで音響装置の調整をしたとするなら、真ん中の音が犠牲となりやすいから、他の音盤ではあまり芳しくない音の傾向になることは多分間違いないだろう。

その意味で、音響調整に使う音盤には、相当気を使わねばならない。
気に入っているからといって使うことや、ほんの数種類での調整はかえって逆効果だろう。
音の違いは確認できても、それが良い音か否かとは別次元のものだ。(オーディオファンが陥りやすい点がここにある)

ブルーノート盤を素晴らしく鳴らすことに、拘っているJAZZファンもいるようで、それはそれで一つの方向性だから、否定はしないが、小生は幅広く音楽を聴くから、なるべくオールラウンドで、しかし妥協は決してしない音の環境づくりを続けたい。

小生も昔から、調整時に使用する音盤が決まっている傾向にあるのだが、今回は頼りにしていたQUADが使えなくなってしまったから、最初から丁寧にやらざるを得なかった。

QUADが壊れた後仕方なく、今までまともに鳴らなかったダイナミックSP、YAMAHA1000の調整をセッティングからやり直し、気に入った音で鳴るのに要した時間は、2か月間延べ50時間ほどだ。

経費をまったくかけない作業だから、その事で返って調整の緻密さを要求されたのである。
確かにSPコードを変更すれば音は変わる、しかしその音がよくなったのかそうでないのかは微妙なところ。
お金をつぎ込んだことが、その評価を狂わし、高いコードに交換したからよい音のはず・・・なんていう、虚構アドヴァンテージが働くから注意しなければならない。

さて、米COLUMBIAといえば、それまでマイルスが主に録音したプレステージに比べ、お金持ちの会社だから、そのころでは最新の録音機材を揃えていたと思われ、録音年代から見れば、これもかなり良い録音といえるのかもしれない。

CDは、DSDマスターリングの国内盤で、今まで発売されたものの中で良いのかそうでないのかは不明だが、1955~6年の録音からすれば、どんなCDでもかなり高レベルなのだろう。

しかしそれでも限界はあって、CDを大音量で鳴らすと、隠れていた弱点があらわになってしまう。
全てにわたって出てくる音が強くて硬く、そして音楽が大げさに聴こえてしまうから、巨人(能力に長けた人でなく文字通り大きな人)が演奏しているように、SPからフルに音が溢れ、要するに「五月蠅い」のである。

さらにもう少し音量を上げて聴くと、レンジの狭さ、ベースの音の籠り・・・余分な音を引き連れて鳴るからあたかも低音が出ているように錯覚するし、結果音が耳に触る。

初めは音響装置の調整がよくないのかと思ったが、苦労して調整したし、今まで色々な音源を聴いて不満はなかったから、元凶は音盤にあるのではと、試しにSACDに代えて再生することにした。

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流石はSACD、CDとはかなりの違いがあるが、しかし音の好き嫌いは大いにわかれることだろう。

ミュートトランペットの音は勿論、オープンの音もCDとは少し違って、通常のトランペットの尖った少し耳を刺激するような、音の角が取れ、柔らかく丸い音になり、JAZZとは思えないほど、おとなしい音になった。

JAZZっぽいから、メリハリの強いCDのほうがいい、という人も存在するだろうことは想像できるが、やはりSACDで聴くほうが小生には断然音楽的に聴こえる。
ドンシャリ傾向の強いやや荒っぽい音は、JAZZの特徴の一つではあるが、演奏されることによって創出される音は、なによりも音楽でなくてはならない。

CDに存在した音に付随する、ゴミや汚れなど余分な音が拭い去られ、したがってSACDでは、CDよりも相当ヴォリュームを上げて聴きたくなる。

ベースの低音も、普段CDで聴いている時より相当軽く聞こえるから、あたかも低音が出てないかのように聞こえる。
小生はやってないが、SACD録音をスペアナで計測すれば、聴感上はさておき実際には、CDをかなり凌駕するのではなかろうか。(このあたりが不思議なところである)

重たく聞こえてくるのは、楽器の音の他に何かが加わっているからであろうし、ドラムスのハイハットも、単なる音響でなく音楽として聴こえるから、リズムがよりヴィヴィッドに聴こえ、演奏が生きてくる。

概してJAZZファンオンリー、過去に存在したJAZZ喫茶も含む、の音響装置の調整は、小生が知る限り、非常に偏っていることが多く、たとえばクラシック音楽の室内楽や声楽入り大編成音楽を聴くと、とんでもない音で鳴ってしまうのを経験したことがある。

多分この原因は、例えば「ブルーノート」のバンゲルダーがプロデュースした音盤再生を、最重点にした調整結果が、もたらしたものなのではなかろうか。

JAZZでもヴォーカルには不向きの調整となっていることが、往々にしてあり、より良い音で聴ける音楽の範囲・・・JAZZの中でさえ範囲が狭くなるように小生は思うのである。

JAZZにはJBL、クラシックにはタンノイがよい・・・決まり文句のように言われてきたことは、実は調整不良のシンボルではなかったのだろうか。

小生の装置の調整は、主にクラシック音楽の各々のジャンルにて行ってきたが、果たしてJAZZではどうか、特に今日聴いた50年代の金管とピアノ他のリズムセクションのユニットの音盤は、古い他ジャンルインストルメンタル再生の調整の良否を判断するのに好都合だ。

改めてJAZZの一片を聴いた限りだが、小生のYAMAHA1000は、クラシック音楽を再生するときとほぼ同じ高レベル再生の音を聴かせてくれた。
どうやら一から出直し調整をしてきた甲斐があったようだ。

過去に行ったさまざまな調整は、QUAD健在時代、このSPを本格的に聴くわけではなかったから、それでずいぶん甘い調整に終わっていたのだろう。

さらに望むところは、その当時の録音の特徴とされるプロデューサーの録音技術及び演奏の質や雰囲気がもしもうまく再生できれば大成功といえる。
具体的に言うと、ブルーノートやプレステージ録音との違い。
・・そんなことまで分かるようならば、素晴らしいのだが。

ジャンル、年代を問わず、幅広く音楽を聴く人の音響装置調整には、録音が良いとされる音盤ばかりでは、ベストな調整はできない・・・こう断言できそうだ。
だからたとえSP録音のLP復刻盤でも、それだけではいけないのはもちろんだが、プラスして実施すると、調整時の参考音源としても相応しくなるわけだ。

小生の見解では、音楽の種類によって、再生に良否が出やすい装置は、未だ調整不良である、そういってよい。

その意味においても、Round About Midnightは、小生にとってはGood choiceだったようだ。

SACDで聴くと、CD時に全体を支配する音の籠りがスッカリ取れて、余分な音がなくなり、チョット聴きの耳には物足りなさを感じるかもしれないが、演奏者が自分の出番に備える様子さえもがわかりそうな、そんな細かい雰囲気や息遣いがとてもリアルだ。

SACDは、場の空気感さえも表現するような能力を持っているようで、CDとは印象がかなり違って聴こえる。

ただし求めるものは、人それぞれ。
CDで満足したって不思議ではないし、確かにSACDでの改善ポイントは極小さいもので、しかも表面には出にくいものだ。

近年SACD売上不良を感じる原因は、コストパフォーマンスがよくない点と、中級価格帯製品では最近ではとても安価になったとはいえ、買い替え需要がまだ少ないせいなのだろうが、今後SACDが果たして伸びていくのかを考えると、かなり難しいといえそうだ。

by noanoa1970 | 2011-02-13 17:19 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

NO ANSWER by Michael Mantler

少しばかり毛色の違う曲を聞きたくなって、探し出したのがマイケルマントラーが作った「ノーアンサー」。

このLP、入手したのは、ルカーチ、ブロッホ、ゼーガース、の「表現主義論争」を読んだ頃、同時に「実存主義」という思想にも少し興味を持った学生の頃のことであった。
(と思っていたが、実際には入手は1974年だから、そうではなかったが、「表現主義」「実存主義」には少なからず影響を受けていたと思われる)

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マイケルマントラーという人は、1943年ウィーン生まれのトランペット奏者・作曲家である。JCOAやWATTといったレーベルの創設者としても有名、このアルバムにも登場している、「カーラ・ブレイ」の2度目の夫であリ、66年にカーラ・ブレイと共に結成した「ジャズ・コンポーザーズ・オーケストラ」でフリージャズ界に新たな潮流を生み出したとされる人物である。

2人ともフリージャズやプログレッシブロックの分野など活動は多岐にわたるが、それぞれの分野からは異端視されることが多く、このアルバム「ノーアンサー」においても、それは言えるのだろう。

サミュエル・ベケットというアイルランドの作家がいて、「不条理戯曲・演劇」の代表のように扱われて、「ゴドーーを待ちながら」という作品で有名であるが、マントラーの「ノーアンサー」は、ベケットの「how it is」という作品をもとに作られたもの。

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それをロックバンド「クリーム」のベーシスト「ジャック・ブルース」、フリージャズポケットトランペット奏者の「ドン・チェリー」、そしてジャズピアニスト兼作曲家「カーラ・ブレイ」の共演で録音されたものである。
発売は1974年WATTレーベル

出演者の顔触れを見るだけで、そこから聞こえる音楽の得体の知れなさが予測できるし、ベケットの小説に基づいて、マントラーが作ったとあらば、ますますその奇妙さが推測可能だ。

ベケットの「how it is」については情報が乏しく、やっとのことで、『事の次第』と訳されていることが判明。

しかし『事の次第』についての中身の情報は皆無に等しいので、詳細は不明だが、句読点を用いない手法によって書かれた後期の長編小説だといい、それに基づいた劇「クァクァ」:鈴木理江子主宰スリーポイントの公演があったことが分かった。

その解説によると、
「ベケット最後の長編小説『事の次第』。
袋一つを持ち泥の海を這い進む主人公がピムと呼ばれる何者かと出会い、別れるまでの<事の次第>が、「ピム以前」「ピムと一緒」「ピム以後」の三部構成で語られる。
真剣ゆえにそこはかとなく滑稽なやりとり、そこにときおり差し挟まれる美しい過去のイメージ。
それらを描き出すテキストは、いっさいの句読点のない独特の文体で書かれているが、これは単なる紙の上の実験ではなく、むしろこの作品に至る10年のあいだにベケットが踏み出した、戯曲やラジオ作品における声や息の領域の探索に深く根ざしたものだといえる。
いわば身体へと宛てられた、この特異なテキストに秘められた可能性を、新訳・翻案により、二人の俳優の身体と声をとおして舞台化する。」

以上のような解説があった。
解説を読むと、そのストーリーの奇抜さに、まるで「つげ義春」のマンガを見ているような錯覚に陥ってしまった。

また、『ベケットの解読』 真名井拓美著によると
「作家サミュエル・ベケットの40歳以降の小説作品のほとんどが胎内意識に基づくものだ──そう感知した作家真名井拓美は、そのことをベケットに告げた。そしてベケットはそれを認めたのである。
ベケットの作品には胎内記憶と明記したものはない。
だが所々にそれを反映させた記述を見い出し、はては胎内記憶を持つ者だけが知りうる描写を発見したという。

例えば、ベケットの小説『事の次第』は「出生時のうちでも、胎児の頭が子宮から産道に入った後の時点から出生直前までの思考ないし意識の流れが、細大洩らさず記述された文学作品である」と実に克明である。」・・・そのように書いている。

そして、句読点のない記述手法をとったことの意味を、ジョイス流の「意識の流れ」であるとする向きもある。

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さて、マントラーの「ノーアンサー」であるが、恐らくはベケットの意図したであろう、「言葉を縮減して声に還元し、イメージの生成のプロセスと化していく」または、「句読点のない言葉を語ることによる思いがけない音楽性」(リエゾンのように)を、ハプニング的に、あるいは即興的に、ある種の音楽的束縛から解放する、つまり調性や形式から自由になろうとする新しい試みがあったのではないだろうか。

実際に音楽からは「ノーアンサー」という言葉が呪術のように随所にちりばめられ、しかもそれが前衛的音楽手法によって支えられ、突き放されたもののように聞こえてくる。

ただし、シェーンベルクなど新ウイーン派の音楽を、その当時かじり始めたころであったから、12音技法のようにマントラーの音楽が聞こえ、ロック、JAZZの世界では多分画期的であったであろうその音楽も、所詮はクラシックの前衛の「亜流」としてしか認識しなかった思いがあった。

ただし、非クラシック分野においては、フリーJAZZとプログレッシブロックの融合などという言葉で語られたようにも思える、1970年代初めとしては前衛的で、実験的な試みとされた可能性も捨てがたい。

このLPを聴かなくなってからすでに30年以上がたち、今改めて聞いてみると、当時「前衛音楽」あるいは「現代音楽」というものに初めて接した時の驚きと違和感は全くなくなっていて、むしろなにがしか耳になじんでいることが実感としてわかったのには、自分ながら驚くことであった。

しかしこのアルバムについての詳細情報も、この録音についても、一切の情報がないことには驚いてしまった。

超レア盤であることは間違いないと思うのだが、その存在がもともと知られていないとすれば、どうしようもない。

恐らく「カーラ・ブレイ」、「ドン・チェリー」、「ジャック・ブルース」そして「マイケル・マントラー」それぞれのコアなファンでさえも、この録音のことは知らないのであろう。

ベケットの「事の次第」も、とっくに廃版で、復刻希望が出されているし、古書では数万の値段が付いていることが、時代を感じさせる。

by noanoa1970 | 2008-10-31 10:40 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(1)

JR東日本新幹線社内誌トランヴェール

d0063263_11175545.jpg先日息子が帰宅したとき、新幹線の社内誌として無料配布されたという雑誌「トランヴェール」をもらった。

まさかグリーン車に・・・というと、最近は普通車でも、この雑誌のサービスがあり、
JAZZの特集だったから、もらってきたというのだった。

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特集:「東北、ジャズに酔う旅」とタイトルのある表紙には、アナログレコードプレーヤーとポアノ、ベース、バックにはトランペット、トロンボーンのイラストらしきものが書かれていて、いかにも・・・という雰囲気をかもし出している。

この雑誌を見たのが、仙台の大地震の直後で、一ノ関の「ベイシー」は大丈夫だろうかと、新潟の先輩Kさんと電話で話して、間もないときであったから、まだ一度も訪問していない「ベイシー」が地震の被害に遭遇してないことを願いつつ、その雑誌を見た。

JR東日本発行の雑誌・・・昔のJRでは到底考えられないような、まるで「スウィンジャーナル」の特集を見ているようで、大衆性と、マニアックなところが上手く共存するその内容に、感動すら覚えたものだった。

「トランヴェール」は仏語からとったものだろうか、さすれば「緑色の旅」という意味となる。

「緑」は、美しいものの象徴であると共に、未知、魔物の象徴であるから、旅は病み付きとなる魔物のような存在でも有る。
誰が命名したかは知らないが、意味深長なネーミングだ。

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ナベサダとベイシーのオーナーで、JAZZファンなら誰でもその名を知っている菅原さんが対談した記事があった。

余談であるが、今度の地震で亡くなった方やその親戚筋に「菅原」性を見ることになってしまったが、東北のこのあたりには菅原姓が多いのだろうか。

対談の中で面白いことを言っていて、そのことは小生が常々感じていたことと同じであったから、思わず膝を打ってしまった。

それは演奏時の手拍子のことである。
クラシックでもおきまりのように、J・シュトラウスのポルカ等で、観客の手拍子が聞こえることがあるが、殆どはそれが最後まで続いたのを見たことも、聞いたことも無い。
観客のリズムと指揮者・演奏家のリズムは微妙にずれるから、合わなくなって途中で屋根ざるを得ないのである。

分かっていても手拍子をすることがマナーだと勘違いしているやからはまだまだ多い。

クラシックでも手拍子は難しいのだから、JAZZのようなアゴーギグだらけの演奏での拍手は、単に難しいばかりでなく、演奏者のリズムを大いに狂わすことになろう。
決して一定のリズムで演奏するわけではないから、よほどの鍛錬者以外は、音楽とのリズムが狂って当然だ。

だから手拍子はやめて、拍手だけにしておけばいいのに・・・・
演奏者にも、観客にも迷惑なときがあるから。

以前から小生はそう思っていて、手拍子は絶対に、拍手でさえ気に入った演奏でなければ、しないことにしていたのだった。

対談でナベサダは、婉曲な表現ではあるが、そのことについて語っている。
プロなら手拍子などに惑わされずに演奏すべき・・・などという意見もあると思うが、狭い会場で全員が手拍子を・・・しかもリズムずれの・・・する中で、まっとうな音楽をやれというほうが無理というものだろう。

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話は変わるが、この雑誌のガイドを見ると、東北地方、特に岩手県には中心都市を凌駕するようなこだわりと、雰囲気と、オ-ディオ装置、それに大量のソース・・主にレコードを伴った、JAZZ喫茶があり、しかもその数が少なくないことに気がつき、その理由はなんだろうかと考えてみた。

恐らくその答えの一つは、コンサートホールが見j皮下に少ない。
交通の便が不自由。
したがって生の演奏を総簡単に聞ける環境ではなかった。
音楽喫茶とは、もともとは、音楽が好きだけど、いろいろな事情で好きなときにすぐ音楽に親しむことができない、人たちのために出来てきたもの。

都会の音楽喫茶でも、もともとは同じ発想であったが、今では、時間と金とその気があれば、好きなときにライブ演奏が楽しめる都会と、その機械が全く均等ではない地方との格差が広がって、いまでも地方に、物凄い音楽喫茶が生き残っているのだろう。

そしてそのような音楽喫茶は、演奏者達の巡業の場の存在価値を有し、情報発信のコミュニティの働きもして、連綿と生命を維持し続けてきたのだろう。

偶然だが、昨日ブログにUPした、南部鉄器の町、岩手県水沢の「Half Note」という店も掲載されている。
LP保有数20000枚というから、膨大なアーカイブ。

東北岩手は、昔からJAZZ喫茶の宝庫だったのだろうか。

今度の地震で大きな被害にあってないことを祈りつつ、近いうちに、みちのくJAZZ喫茶探訪と蕎麦を味わう旅をしたいと思っている。
  

by noanoa1970 | 2008-06-22 11:24 | トピックス | Comments(4)

Emperor of the Keyboard

オスカー・ピーターソンが亡くなった。
MIXIでもブログでも、そのことの話題と、追悼の意を表すもので、満杯状態であったので、小生はただ黙って彼の残したアルバムを聞くことにし、少し時間を置いた本日ブログにアップすることにした。

「リユニオンブルース」というタイトルで、オスカー・ピーターソンについてUPしたのが今年の早春、3月27日のことだった。

そのときには今の消息などは不明のまま・・・何しろ小生などのオールドファンの頭の中では昔の映像やアルバムでしか知らないため、今でも彼の音楽はフレッシュのである。

先日、湯ノ山温泉の近くの、とあるJAZZ喫茶に立ち寄って、ピアノの入った曲をとお願いしたら、かけてくれたのが「We Get Requests」だった。

ピアノの入った曲をというリクエストに、ピーターソンの「リクエスト」で答えるという粋な試みに、オーディオ装置の割には音量の低さは気になったものの、かってのJAZZ喫茶のマスターとの間での、丁々発止的なやり取りを髣髴させて、久しぶりにホッコリしたものだった。

帰宅後オーディオ装置の違いによるピアノの音を再確認すべく聞いたのが、・・これは少し前のブログにも書いたビル・エヴァンスの「TORIOー64」。

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そしてそのときのブログには書かなかったが、勿論JAZZ喫茶でかかった物と同じピーターソントリオの「We Get Requests」そしてこれもバーブ盤の「Torio Plays」だった。

そしてピーターソンのピアノに、小生はロシアのピアニスト「エミール・ギレリス」の鋭さの有るタッチから出てくる、研ぎ澄まされたような硬質の音・・・

それがギレリスの特徴の一つでもあるのだが、彼の録音にはミスタッチなどは決して見当たらなく、しかも無機質の硬い音・・・鋼鉄の鍵盤と評されることがあるが、その表現は適切でなく、そこから出てくる音楽は、例えばコンヴィチュニーとのモーツァルトの21番の協奏曲2楽章を聞くと分かることなのだが、スカルラッティや、バッハ、ベートーヴェン、ブラームスのそれぞれの演奏とは、かなり趣の異なる叙情美あふれるピアニズムもあることが分かる。

つまり卓越した技術をもつが、その技術に音楽をゆだねることなく、JAZZで言うならば、変化しながらスウィングしている状態を、それぞれの作品に自然発生的に付与している・・・(誤解を招きそうな表現であるが)

卓越した技術の陶冶から表出される音楽の叙情性
これこそがギレリスのピアニズムで、それに良く似たところを、小生はオスカー・ピーターソンに見出すのである。

JAZZファンを表面的に気取る人は、ピーターソンをポピュリズムの大家であるように言うことが多いが、それは彼の音楽を一部しか理解してないからであると、小生は確信できる。

職人としてのJAZZメンは、少なくないが、ピーターソンのように、職人の粋をはるかに凌駕し、「芸」の域に達している人はそれほど多くない。

ギレリスも、ピーターソンも、そのピアニズムを、「鋼鉄」と呼ぶことが多いが、良く聞いて御覧なさい。

ベーゼンドルファー製ピアノの、豊かな低音域と、バカラグラスのような高音域のピアノが、決して無機質な鋼鉄なんかではない、音に血と肉が通った有機的なものに聞こえてきませんか。
どちらもまさしく、「スウィングするピアニズム」といってしまってよいのでしょう。

そしてこれは、まさしく文字通り「鍛錬」ということの結果でしょう。

活躍の場こそ異なるが、両者ともに「巨匠」と読んで差し支えないピアニストだった。
しかし両者ともに、今はこの世に居なくなってしまった。

by noanoa1970 | 2007-12-27 11:38 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

最近のJAZZ喫茶の音量は・・・

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昨日湯ノ山温泉に行った帰り、とあるJAZZ喫茶兼ライブハウスに立ち寄ることにした。
小生が生活している町にはJAZZを聞かせてくれるお店が一軒もないが、隣町には、少ないながらも数件在って、この店は脱サラをした人が趣味で始めたというお店だ。

ウイークデイの午後3時辺りのことでもあったせいか、われわれの他には客は誰も居なかったから店の主人とお話することができた。

店に入ったときには、ソニーロリンズの「ヴィレッジ・ヴァンガードの夜」がかかっていた。

オーディオシステムを拝見すると、スピーカーはJBLのエベレストDD55000という巨大なもの。
1980年代半ば、JBLがフラッグシップモデルとして発売したもので、ペアでで高級外車が買える位の価格設定の高級モデルである。

ここまでのスピーカーを使っているJAZZ喫茶は結構珍しいだろうと思う。
ハーツフィールドや、パラゴンに匹敵するモデルだから、一般には余り使われることはないし、まして趣味でJAZZを聞く人の中でも、器(部屋)から気にしなければ使えないからだ。

しかしながら、JAZZ喫茶にしては、そして超恕級システムの割には、音量はかなり小さく、小生が家で聞くJAZZの音量よりも随分低く設定してあった。

室内空間が広く天井も高く、2階席までしつらえた見る限りにライブな空間からは、システムの割には軽い爽やかな音が聞こえていた。

聞いていると、途中でなにかエラーのような音が出る箇所があり、途中で他のソースに変えたようだった。

変える前のものは、はじめはCDソースなのかと思ったが、どこかデジタル臭がないような感じだったので、店主にLPかCDかを尋ねると、最初にかけたのはアナログで、次にCDに変更したという。

そしてその理由とは、最初にかけたアナログレコードは、なんとELP社のレーザーターンテーブル・・・すなわち光学式アナログ読み取りのプレーヤーでかけたのだが、レコードのソリが激しく、読み取りエラーをしだしたので、CDに変更したのだということだった。

この店では従来のアナログレコードプレーヤーでなく、カートリッジや針に相当するところが、光学式の読み取り装置でなるプレーヤーを使用していたのだった。

小生はこのプレーヤーを20年ほど前、学生サークルDRACのOB会で業者が持込みデモしたのを拝聴したことがあった。

ソリのあるもの、傷があるもの、LP・SPを問わず、又半分に割れたSPでも難なく再生するという触れ込みに驚いたが、当時1台100万を越える価格設定で、とても購入可能なものではなかった。

凄い装置が現れたと思っているうちに、世の中はCD時代となり、アナロググLPファンに多い古手のJAZZ愛好家達も、仕方なく同じソースをCDで買いなおす羽目になった。

今わずかに残っているアナログLPファンは、LPの本当の潜在能力を知る数少ない方たちばかりであろう。
LPに録音されているすばらしい情報を良い状態で引き出すには、相当の努力と資金が必要だ。

かつてJAZZ喫茶は、そのようなものの原点的存在でもあった。

ところが最近ではどうしたことだろう、一部を除くと・・・昔から続いていて、今なお存在しているお店でさえ、最近のお店は言うまでもなく(勿論例外はあるが)小生が訪問したほとんどのお店はCDに依存し、オーディオ装置も昔のように、目で見ても凄いと思えるものを使用しているところは少なくなってきたし、音量は小さく絞られていて、かつてのようにオシャベリを拒むような店は数少なくなってきた。

昔のように、JAZZ喫茶は、最早夢の音響空間ではなく、BGM的にJAZZが聞こえてくるお店になってしまったようだ。

まるで手打ち蕎麦屋がBGMにJAZZをかけるのと似たようになった。(これはこれで素敵なことだが)

湯ノ山温泉に程近いこの店も同じで、折角の装置の音の力が全く発揮できてないのは、大いなる消化不良だ。

音量の問題は微妙なところが在って、いわばそれは店主の専権事項、場合によっては書ける曲も然りであるから、小生は何とかこの装置の基本の音色を確認すべく、話がレーザーターンテーブルに及んだときに、かつて経験した話を持ち出すことにした。

「レーザーターンテーブルの音は、どちらかというとハイ寄りの傾向があるようですが、聞いておられてソのあたりはいかがでしょうか?」という質問をすると、「特にそのようなことはないように思う」との返事とともに、「何かLPを掛けてみましょうか」と、小生の誘導尋問に乗った形となったので、それなら待ってましたとばかり・・・ここで具体的にレコードタイトルを指定すると、万が一不幸にしてそのレコードがない場合、亭主に恥をかかせてしまうのを懸念して、(この店の店主はそのような雰囲気の人ではなかったが)、ピアノの曲を何かアナロフで・・・とだけリクエストした。

何が聞こえてくるだろうと思っていると、それはオスカーピーターソントリオの「・・・リクエスト」。

このあたりの丁々発止が、店主と客との隠された戦いでもあった時代が、昔は確かにあった。

きっとこの店主は、音の比較をするのなら、誰でも所有し何度も聞いているだろうはずだと、推測できるものとして、このLPをチョイスしたのだろう・・・そう思い、店主の気持ちが伝わってくるのを感じたのであった。

音量は相変わらず絞っていて、システムの力を見据えることはかなわなかったが、レーザーターンテーブルの・・・カートリッジと針の接触型にないプレーヤーから聞こえるスクラッチノイズレスの音はCDと近しいが、ピアノの音色と響きは、全く異なる再現性で、ピアノの音が非常にやわらかく聞こえるのには少々おどろいた。

やはりデジタルは、「音」の再現ではアナログには勝てないのかもしれないと思うこととなった。

しかもこのプレーヤーでは、レコードの偏心や傷が無視できるし、ワウフラッターも殆ど無視できるから、ピアノの再生には強みを発揮する。

たった一つの難点はレコードのソリの問題で、余りひどいと読み取りエラーを起こす。
しかもレコード盤のソリは、昔から修正が困難、かなり厄介なことなので、結論は痛し痒しと言ったところだろうか。

ちなみに小生は、ソリがあるレコードの再生不良を懸念して「吸着式」のレコードプレーヤーを使用しているが、吸引するために出るポンプノスルからの音が少々気になり、この音が再生に影響するのでは、などと疑うときもあるから、ソリの少ない物は吸着しないで使うことがある。

そんなことがあって、家に帰って来たのだが、どうも音量の小さな巨大システムで聞いた音が消化不良を起こしていたので、改めて聞いたのが「ビルエヴァンス」のアルバム「TORIO64」。

4曲目にはこの季節ピッタリの「SANTA KLAUS」が収録されていることに気がついた。

「サンタが町にやってくる」を、かなりいじった演奏で、チョット聞いただけではすぐにそれと分からない。
が、これはいい!

by noanoa1970 | 2007-12-17 09:09 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

ベリオ「フォークソング」

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以前のブログ2007-10-04 「ドビュッシーとブリテン諸島 」で、FERRIER,Kathleen: Songs of the British Isles :英国諸島の歌(1949-1952)とともに、ベリオの「フォークソング」は、聞いておくべきだということを述べた。

本日改めて聞いてみたので、それについて書いてみることにした。

ベリオというと現代音楽の筆頭者としてその名が知られている。
2003年彼が亡くなった直後、京都で開かれた大学時代のサークル、DRACのOB会出席当日、ベリオの「セケンツァ」全曲コンサートが、京都左京区内の3箇所の寺院で順次開催されることを知った。

小生はOB会開始前のひと時を、OB会開催場所から一番近いお寺の本堂で聞くことにしたのだった。

前日の夜京都に到着し、昔よく通ったクラシック喫茶「柳月堂」に行くために、大学前の京都御所の北、今出川通りを歩いて出町柳に向かった。
秋の月が街路の木々をを照らしていて、まるでシェーンベルクの「浄夜」を思わせたので、店に入ってすぐに、あの素晴らしく美しい・・・京都の秋の夜にふさわしいとリクエストした。

その昔ここで聞いたことの有る「浄夜」だったが、「あいにくその曲はございません」というメモが渡された。
そんなはずは無いと思ったが、個々はそのままにしておこうと、ちょうどかかっていたシュバルツコップのモーツァルトのオペラの歌曲を聴いた。

多分「浄められた夜」といえば見つかったのだろうと少し悔やんだが、京都はそのような些細なことをすぐに忘れさせてくれる何かを持っている。

・・・そんなことを思い出しながらベリオの「フォークソング」を聞く。
この曲集は愛妻だったキャシーバーベリアンのために作られた歌曲集だそうだ。
なるほど全ての収録曲には、その頃かなり彼女に無理強いして歌わせた、奇声やうめき声、ヴォーカリーズなどの非人間的で人間的な・・・実験音楽的な前衛歌曲の姿はどこにも無い。

美しい声を存分に発揮して、それぞれの国の古い歌を、「詩と音楽」そしてその歌の歴史背景をも見通すように歌って欲しいといわんばかりの曲が集められている。

ベリオのオリジナルもあれば、古くから歌われてきた歌・・・文字通りフォークソングもある。

何気なく聞くと何気なく聞こえるのがフォークソングであるが、聞いていて思ったことがある。

それはこの曲集、ベリオは何気なく曲を集め、または自ら書いたのではなく、この背景にあるのは、ベリオの音楽の原点としての民族性・民俗性・宗教性への回帰ではないかということだ。

ベリオは人間の声にしても、楽器にしても、本来「そうである」という既成概念を、感性というより、理性を持って打ち破ってきたようなところがあったように思う。
キャシーバーベリアンはその手助けをやってきた歌い手であった。

しかし面白いことにこのように前衛的だと言われていた人が、突然古いものに回帰することは、他の作家において経験することは少なくない。

「回帰」と簡単に言ってしまうことも出来るが、小生はこれらは「回帰」では無く、彼らが本質的に持っていた・・・例えば幼い時母親が歌っていた子守唄や、冠婚葬祭時にだれかが歌っていた歌、お腹の中で胎児が聞くように、それらがある日突然塊となって押し寄せてくる・・・

そんなことがあったのではないかと想像してしまう。

フォークソングの語法は、どこのものを聞いても、底の部分でつながっているようなところがある。

クラシック音楽の歴史を見ても、自国の民謡は勿論のこと、異国の民謡に着眼してきた例は数多く存在する。
ベートーヴェン、ブラームスなどなど、数え上げたらきりが無いほど多くの作曲家が、積極的に異国の民謡を取り入れて、それを上手く使いこなしている事実がある。

異国の珍しい音の響きに着目しただけの人もいるが、中にはその歴史風土民族宗教に関心をもつ人もいた。恐らくベリオはその一人ではないかと思われる。

アイルランド、アゼルバイジャン、アルメニア、シチリア、サルディニア、オーベルニュの民謡を、余り極端に変化させること無く、あくまでもエキスを限りなく残した姿で、再構築している。

第1曲目のBlack is the Colour を解説の殆どがアメリカ民謡としているが、このオリジナルはアイルランドの民謡である。
「黒い髪は私の恋人の証」という恋の歌であり、トラッド、フォーク、JAZZで歌われる。

youtubeからピックアップした「Black is the Colour」

Judy Collins Black is the color

Nina Simone's Black is the Color

The Corrs - Black Is The Colour

by noanoa1970 | 2007-10-30 10:29 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

暖かい暖炉に水を掛けるな

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Cannonball Adderley Quintet のMercy,Mercy,Mercy!Live at 'The Club'を初めて聞いたのは1967年。
京都の「蝶類図鑑」か「YATOYA」でのことのように記憶する。

当時、バップかフリーがよくかかっていたのに、この選曲は大変目らしく、小生は一瞬R&Bが聞こえてきたかのような錯覚を覚えた。

それというのもその頃ラジオからは良くアレサフランクリン、パーシースレッジ、そしてオーティスレディング、サムクック、ソロモンバークなどのソウル系のミュジシャンの音楽が聞こえてきて、そのゴスペルとブルースとJAZZミクスのような音楽にインパクトを覚えていたからであった。

A面の2曲目の「GAMES」はナットアダレイの手になるソウルフルな曲だし、3曲目アルバムタイトルにもなっている「Mercy×3」は、なんとジョーザヴィヌルの作品で、こういう音楽をJAZZでは(「ファンキー」というのだろう)エレクトリックピアノを使ったスローだが軽快な音楽に魅了されてしまった。

(今聞きなおしてみると、この曲どこかオーティスレディングのドッグ オブ ザ ベイにフレーズが似ているところがある)

早速壁に掛けられたレコードジャケットを記憶しタイトルをコースターの裏にメモしてから、レコード店に行き入手した。

その頃の小生はJAZZZ喫茶とクラシック喫茶の両方を渡り歩いていて、クラシックはもっぱら出町柳の「柳月堂」か余り出ることは無かったが、街中に出たときは、三条川原町の「るーちぇ」、しかしJAZZ喫茶はかなり乱立していたのと、店によって音響装置が違う性で、音の特色の違いがが色濃かったので、いろいろなところを物色した。

「ブルーノート」、「ダウンビート」、「52番街」、「しあんくれーる」(1Fがクラシック2FでJAZZを掛けていた)、少しシャレた雰囲気を味わいたいときは「ムスタッシェ」、大学の4年になってもまだ単位を取ってなかった体育の授業で一緒だった男が今度始めるといった「コットンクラブ」などなど、思い出の場所は多い。

熊の神社の交差点に近い「YAMATOYA」は中でも好みのJAZZ喫茶だった。
この店は他の店ほど音量を上げないから、真空地帯のような沈黙がなく空気管があり、しかも声高にしゃべる声は逆に聞こえない店の持つ独特の雰囲気があった。

この主人、陶芸をやる人で、後にNOANOAの2Fで個展を開いたときに再開した。
当時は若い奥さんと2人で店をやっていて小生とほぼ同じ世代の人間のように思えたが、40年時を経てみると、やはりそれらしくなっていて、それは小生も同じなんだと納得したものだった。

あの当時はレコード音楽、それにかかわる情報はうんと少なかって、このアルバムの
Live at 'The Club'の'The Club'とはどこかのJAZZクラブ、そしてこのレコードの録音はそのライブ録音であると信じきっていた。

レコードからはそれらしいライブハウスの雰囲気が伝わってきて、客のざわめきも、ナレーションも、あたかも自分がそこに存在して生で音楽を聴いているかのような気分を味わうことが出来、こんなところでお酒でも飲みながら音楽が聴けたらいいな・・といつも思っていた。

レコードジャケットの裏にはそれらしきことがかかれていて、「シカゴ」のJAZZクラブでのライブであるように読める。

しかしある筋からこれは「真っ赤な嘘」であるとの情報を得ることになった。

このレコードはシカゴのJAZZクラブでのライブ録音ではなく、ロスアンジェルスのスタジオに観客を入れて、(お酒などを出したかどうかは、分からないが)あたかもJAZZクラブのライブのような演出の元で録音されたものであるなどという、いわば今流行の「情報公開」がなされた。

でも、しかし、・・・・

たとえそれが事実であったとしても、そのことを声高の叫ぶことが、誰のために、そしてどのようなメリットがあるというのだろう。

隠された真実を公表することは、一般論的に言えば、確かに正しい行為であるかもしれないが、隠されていた(擬似ライブ・・・これはクラシックの世界においてもよくあることで、ゲネプロに観客を入れたものをライブ録音として市場に出すなどの事実は必際にあったことだ)ことを、そのままにしておいても、誰も不利益にならないだろう。

それにもかかわらず、敢えて公表し、「俺はこんなことまで知っているぞ」などという極個人的な喜びを満たすための道具としてしか「情報」を公開する意味がないとすれば、このプアーな正義感から出た情報公開は、(この場合はまさしくそうであると思う)付加価値を生産することにはならず、帰ってマイナスの価値を生産してしまう。

しかもこのレコードが世に出てから40年経つのだが、当時からこのレコード音楽に抱いてきた視聴者の「夢」や「思い」そして「憧れ」をも一瞬のうちに打ち砕いてしまい、「騙されていた」という感情が先走ることになる。

価値を再生産しない情報公開などは必要が無い・・・というと反感を食らう可能性が大であるが、敢えてこのように言っておくことにした。

「真っ赤な嘘」という悪意がこめられたような言い回しが、このレコードに収録された音楽演奏に悪影響を及ぼす可能性があるなどとは思わない想像力の欠如は、・・・多分音楽関係者であろう人間の言動としては最低であり、「それは別にして音楽そのものの価値に変わりは無い」などのフォローを入れておく気遣いは必要であろう。

「亀田事件」のマスコミの、そして視聴者の反応がたった1日で逆転するような危うさを人間の感性は持っている。
こうした例を挙げるまでも無く、「情報」の与え方、そして得方の問題は奥が深い。

by noanoa1970 | 2007-10-29 10:45 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(1)

お気に入りの珈琲と聞きたいレコード

リー・コニッツとレッド・ミッチェルが、1974年にステイプルチイスに録音したコールポーターも作品ばかりを集めたアルバム。

ジャン・リュック・ポンティが、フランクザッパの曲を演奏した「KINGKONG」

ジャックブルース、カーラ・ブレイ、ドン・チェリーの3人が会し、サミュエル・ベケットの詩にマイケル・マントラーが曲をつけた超レア盤「NO ANSWER」

復帰後のアート・ペッパーのアルバムも・・・

・・・定盤の「ジャイアントステップ」、「ア・デイ・インザ・ライフ」や、リーモーガンが聞きたくなって、「イーストコーストjAZZ」などかなり珍しいものも取り出だした。

ジャケットの上にある赤い缶は、京都三条堺町の「イノダ」の珈琲、小生の大好きな
レギュラーコーヒー「アラビアンブレンド」である。

高田渡が「三条に行かなくちゃ・・・三条堺町のイノダって珈琲屋へね」

珈琲を飲みながら60年代のJAZZ喫茶の気分を味わってみたい。

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by noanoa1970 | 2007-10-22 12:52 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)