魔王雑感その後


これまで「魔王」について、色々書いてきたが、それ以来ずいぶん時がたって、新しいことも見つかったので、ここらで再び書き留めておくことにした。

es scheinen die alten Weiden so grau.
古い柳の木立が灰色に光って見えるんだよ

上はゲーテの詩に曲をつけた、シューベルトやレーヴェの歌曲「魔王」の一節である。

小生は以前から疑問に思っていたのだけれど、「alten Weiden 」を、「古い柳の木」、「シダレヤナギ」とか、調べた全ての訳詞が「柳」としているのは何故だろうと。

この物語の出自から考えると、柳ではなく、他の樹木でなくてはならないように思っていたからであった。

魔王は元々がデンマーク語の「妖精の王ellerkonge」から、ヘルダーが採取したもののドイツ語訳が、「榛の木の王ErleKönig」と誤解したことから、本来ならElfenkönigとしなければならなかったというのが定説になっているようだ。

しかし、「妖精の王」≒「榛の木の王」・・・「≒」としたのは、小生なりの理由があって、ヘルダーが誤訳したと言う説が一般的であるが、そうでなく、「榛の木の王」とは「榛の木」をトーテムとした自然神信仰の象徴で、自然神は後にキリスト教文化からは、「妖精」や「悪魔」と言われるように、妖精の王である「エルフElfen」と、榛の木の王ErleKönig」は同じ出自であるから、ヘルダーの誤訳などではない。

古代ゲルマン神話など民族神話や古謡の収集家、ヘルダーともあろうものが、そのことに気がつかぬはずがないから、言外に意を込めるように、造語として「Erlkönig」という言葉を編み出したと、小生は思っているからである。

樹木を自然神として神格化することは、ドルイド:樫の木の賢者、宿り木、榛の木、の他にも、イグドラシル、アールキング、ハオマ、など多くの古代民族で見られることである。

これらのことから想像すると、古い柳と訳されたalten Weiden、 「柳」に幽霊は似合うが、魔王や魔王の娘の象徴としては疑問が残るから、該当箇所を調べたが、ネット上の辞書では「Weidenは牧草地」となっているので、小生の乏しいドイツ語の知識からはalten Weiden が柳であるとはどうしても考えつかない。

日本人の訳者が、「柳に幽霊」の故事を持って、「柳に魔王」という受けを狙って のことなのか、それとも隠れた意味があるのか、未だにわからないのである。(どうも柳の意味があるらしいのだが・・・)

もしも(alten) Weiden(通常ならば、牧草地を表す)を、緑の殖物であれば何でも良いから、適当なものを選択したのだとすれば、それはトンデモないことで、古代民族の民俗風習を知らない証拠である。

俗語では柳のことを言うのかも知れないと思い、更に詳しい辞書で調べると、 Weiden=柳とするものがあったので、訳は一応正しいのだが、未だに小生は納得できないでいる。

ゲーテの詩の解釈にも関連するかもしれないと、小生は踏んでいるのだが、シューベルトとレーヴェの曲のつけ方というか、詩の部分的繰り返しと省略について書いてあるHPがあった。
今まで気がつかなかったが、極めて興味深いことである。

一番上に上げた部分、「es scheinen die alten Weiden so grau.古い柳の木立が灰色に光って見えるんだよ」を、レーヴェは繰り返していることが判明したのである。

繰り返しは純音楽的意味と、詩の強調の意味があるが、シューベルトはやっていなくて、レーヴェがやっていることは、注目すべきことのように思う。

シューベルトが魔王を作曲したのは1815年頃だと言われているが、楽譜出版は1821年であるから、レーヴェが1824年に、同じゲーテの魔王に曲付けをする以前に、シューベルトの曲をすでに知っていた可能性は大である。

レーヴェは、恐らくシューベルトの曲付けには賛同しなかったのだろう、3年後に全く異なる作風をもって、同じ詩に曲をつけることになった。

なぜならレーヴェという人物は、自身が音楽作品にした、ゲーテや後に流刑の神々・精霊物語を書いたハイネが、ヘルダーの「民謡集」の影響が強いことを知り、自らもヘルダーに興味を持った形跡があるからだ。
異国の古謡やバラッドには特に惹かれるものがあったのだと思われる。

ヘルダーが採取して翻訳した、北方ゲルマンやアイリッシュ&スコティッシュバラッド、「オルフ殿」「エドヴァルト」に、レーヴェは曲をつけているが、単に素材としてだけでなく、その悲惨な内容が持つ異国の民俗的宗教的文化的背景を、身に付けていったのだと思われる。

ゲーテの魔王は、四行詩構成で、これはアイリッシュ&スコティシュ・バラッドと同じ形式で、しかも中味は「ロード・ランダル」と、「魔王」の原型の「魔王の娘」「オルフ殿」「妖精の王の娘」の話は非常によく似ているから、デンマーク民話も、ケルトのオールドバラッドが伝わったのか、その逆なのか興味深い。

従って「魔王」は、古民話=バラッド⇒ヘルダー⇒ゲーテ、ハイネ⇒シューベルト、レーヴェという流れで伝わり、この二人の他に、シュポア、バッハマン、シュレーター、シュナイダー、ツェルター、トマシェク、マテュー、マウンジー、シュロットマンといった作曲家が曲をつけている。(小生は未聴)

さて本題のレーヴェの繰り返しは、文頭に上げた「Es scheinen die alten Weiden so grau."
年老いた柳の木が灰色がかって見えるだけのこと。」の他にもあって、以下が該当箇所に当たる。

Er faßt ihn sicher, er hält ihn warm.
男の子をしっかり抱いている。寒くないようにと。
"Mein Sohn, es ist ein Nebelstreif."
息子よ、あれは霧がたなびいているのだ。
In dürren Blättern säuselt der Wind."
枯葉が風にざわめいているのだ。
Erlkönig hat mir ein Leids getan!"
魔王が僕に恐ろしいことをしてきたよ!
(最後に)Es scheinen die alten Weiden so grau."
年老いた柳の木が灰色がかって見えるだけのこと。

以上が繰り返される内容から、子供をしっかり抱いた親が、子供の見る亡霊に対して、霧だ、枯葉だ、柳だといい、子供の訴えを退けるのに必死な様子が、レーヴェによって強調されることが分かる。
馬の駆ける様子はレーヴェの場合は聞こえなく、木々の葉末の音のように、ピアノが聴こえる。
メロディアスなシューベルトに比べ、レーヴェは後のヴォルフのような、語りと歌とが入りまじったような曲をつけた。

逆読みすれば、2回も繰り返し子供の訴えを否定することは、子供の見たものが事実であるということにもなる。
レーヴェは、「魔王」が何であるのかを、ヘルダーやハイネから学んでいたのではないだろうか。
魔王は樹木榛の木の王であると共に、自然神が変容した、妖精たちの王でもある、ということを。
大人には見えなくても、キリスト教の毒を知らない純粋な子供には、魔王や魔王の娘が見えるのだ。

小生が「柳」を「榛の木」としたいと思ったのは、以上のことからである。

情景描写的なシューベルトと、父親と子供の心理描写的に聴こえるレーヴェの違いは、シューベルトがストーリー素材として魔王を扱ったのに対し、レーヴェは魔王を解釈したこと、その差であるように思うのである。

以下はレーヴェの「魔王」、そして同じくレーヴェの「エドヴァルト」。
「エドヴァルト」は、後にブラームスが2重唱に、そして4つのバラードのトップに入れた「父親殺し」のオールド・バラッドで、ヘルダーが採取し翻訳したものである。母親にそそのかされて、父を殺したエドワードの告白で、不気味な氣配が漂っている。
ブラームスの4つのバラードでは「運命の動機」が巧みに使われる。



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by noanoa1970 | 2011-08-10 05:45 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(3)

「ゲーテ」と「ヘルダー」

シューベルトの歌曲「野ばら」の作詞者としても名が知られている「ゲーテ」であるが、この「ゲーテ」という人物、なかなか食わせ者である。

同じシューベルトの「魔王」が実は北欧デンマークに古くから伝わる民話を基にして、「ヘルダー」という人物が採取したものを、「ゲーテ」がチャッカリ採用してしまったということは調べがついたのだが、この「野ばら」も「ヘルダー」がし採取した「ドイツの田舎の民謡」を「ゲーテ」がチャッカリ使用した・・・現代風に言えば、「盗作」に当たるという話がある。

冒頭の箇所がその例で
「シューベルト」あるいは「ウエルナー」が作曲した「ゲーテ」の詩では
Sah ein Knab' ein Röslein stehn,
Röslein auf der Heiden,
War so jung und morgenschön,
Lief er schnell, es nah zu sehn,
Sah's mit vielen Freuden.
Röslein, Röslein, Röslein rot,
Röslein auf der Heiden.

「ヘルダー」の原詩では
Es sah ein Knab' ein Roeslein stehen,
「Es」がゲーテでは削除されているだけという。全てを確認したわけではないので、これだけなのだが、「魔王」の話から考えると、やはり「ゲーテ」は「盗作」をしたのだと思わざるを得ない。
しかし盗作された「ヘルダー」は勿論そのことを十分知っていて、むしろ奏されることによるメリットを十分得ていたのではないかと推測する
この例でも分かるように「ゲーテ」と「ヘルダー」は近しい関係にあり、5歳年上の「ヘルダー」の影響をかなり受けたと思われるのである。
「ヘルダー」は。民俗学者的な哲学者であり、内容と形式が一致するものを「美」であるというような美学者でもあった。
「疾風怒濤」運動の立役者でもあり、数ヵの神話や言語に精通して、彼の採取した民話は、音楽の世界でも取り上げられている。
小生はスコットランドのオールドバラッドの「エドヴァルド」、デンマークの民話「オルフ殿」など太古の国の土着の神々とキリスト教の文化の衝突の反映が見えていてとても興味深い。

「ヘルダー」ヨーロッパ ドイツ連邦共和国 AD1744 ハプスブルク朝
 1744~1803 ドイツの哲学者・文学者、ゲーテの斡旋でワイマールの宮廷牧師となる。カントの理性主義に反対して,理性は根源的なものではなく,その根底に精神と自然と一なるものがあるとし,その直接的産物としての民衆の詩や宗教に着目した。彼はまた神と世界も一であり,さらに感性と悟性も区別すべきものではなく,また美も単なる形式ではなくて内的生命の象徴としての完全性であるとする。
d0063263_1752848.jpgベルリンの科学アカデミーが、当時活発であった言語起源論争の収拾を図るべく、1771年1月1日を提出期限として募集した懸賞論文の課題である。これに応募し見事受賞したのが、当時26才のヘルダー(1744-1803)であった。そしてその受賞論文を刊行したものが本書『言語起源論』である。
 ヘルダーは文学運動「疾風怒濤」において先導的な役割を果たし、若きゲーテの師として少なからぬ影響を与えるなど、ドイツ思想、文学史上に大きな功績を残した。風土や民族など自然的なものと人間との関わりを理論的に考察し、特に言語の問題には力を注いだ。
当時のドイツにおける言語の問題をめぐる哲学あるいは文学思想を深め、活性化させた画期的なテーゼであったことは疑いないであろう。

次回は「ヘルダー」が採取したスコットランドのオールドバラッドの影響で、レーヴェが歌曲を作り、ブラームスが作曲した4つのバラードから1番「エドヴァルド」について書くことにする。
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by noanoa1970 | 2006-02-26 15:23 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

「魔王」雑感-9最終章

アイリッシュ・オールド・バラッド「ロード・ランダル」の話は以下のようである。
領主の息子「ランダル」はある日、(禁断の)緑の森の奥深く迷い込んでしまう。そして・・・・

「ああ何処へ行っていたの、ランダル卿、わたしの息子
何処へ行っていたの、わたしの綺麗な若者よ」
「緑の森に行っていました。母様、ベッドをしつらえて下さい。
僕は狩りで疲れました、横になりたいのです」
・・・・・・・母親が問い詰めていくにしたがって、「ランダル」が愛人に毒を盛られて死につつあるという恐ろしい真相が暴露されていく、というストーリー。
「ウナギの毒を盛られたという具体的な話も別途存在する)
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結婚を明日に控えた「ランダル」が「心を奪われる女性」≒「美しい女性に化けた森の精霊か?」に遭遇したたのは「緑の森」。アイリッシュおよびスコティシュバラッドでは、緑は「妖精の色」。、森=「緑の場所」は「妖精」「フェアリー」が住む場所すなわち異界、魔界である。ここに無造作に足を踏み入れてしまうと、・・・タブーを犯すのだからとんでもない「災い」を招くことになる。。
古代から中世の人々にとって「森」とは、「生と死」「この世とあの世」がマージナルする「聖域」であったのである。
しかし一方では、「さすらい人」や「非常民」たちを受け入れる世界でもあxった。
「一般人=常民」たちを脅かす「魔界」であったことは、「童話」の世界でも語られることが多い。

古代森で暮らす民、「山の民」は自分たちの環境で最も大切なものを彼らの「トーテム」として信仰の対象としていた。・・・インディアンの「トーテムポール」を想像されたい・・・
彼らは「自然」を・・・「食糧」としての「動植物」あるいは家屋のための丈夫な「木々」等をその種族のシンボル=「トーテム」としたのだ。

彼らの作り出した「物語」は長い歴史の中で「神話」へと変わっていき、有る時期・・・・キリスト教の勢力支配の元で、伝承されてきた彼らの物語はさらに「神話化」され「悪魔」「魔女」「妖精」へと都合よく変身させられていったのであろう。

そのときの「残像」がその形を変化させながら、いまも伝承されている。
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なお「魔王」雑感に貼り付けた「絵画」は「詩人グエルの世界」より、拝借させていただきました。下記URLです。とても「不思議な、感性を刺激」する絵です。是非ご覧ください。
http://guel.ld.infoseek.co.jp/
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by noanoa1970 | 2005-11-17 09:01 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

「魔王」雑感-8

「デンマーク語」で残っていたからデンマーク固有の伝承・・・と思いがちであるが、其れは違うのだと思う。

小生はこのように考える。
「古代ケルト人」、→「北方ゲルマン人」に伝えられ「ヴァイキング」によってさらに「北」あるいは海を越えて「グレートブリテン」にも伝承された。デンマークなどの内陸部の北欧諸国ではキリスト教j化が強力に進められたが、「ブルターニュやスコットランド、アイルランド」、特にアイルランドでは政策的にケルトとキリスト教が長い時間を掛けて融合した。アイルランドなどでは口述伝承で伝えられたが、北欧では文字文化が早く訪れた結果、文字によって残されたのであろう。

しかし同じような物語、民間伝承、民話、神話の類は・・・・この「魔王の娘」を例にとっても各地で残されているし、そのスタイルは多岐に渡ることになる。
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アイリッシュ・バラッドの「ロード・ランダル」と「魔王」の原型の「魔王の娘」「オルフ殿」「精霊の王の娘」の話は非常によく似ている。シューベルトの、あるいはゲーテの「魔王」一つをとって見ても、その背景にはさまざまな歴史的時間の変化が存在していることを知ると、同じ曲を聞いても新たな感性が呼び起こされる。

なお「魔王」雑感に貼り付けた「絵画」は「詩人グエルの世界」より、拝借させていただきました。下記URLです。とても「不思議な、感性を刺激」する絵です。是非ご覧ください。
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by noanoa1970 | 2005-11-16 10:00 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

「魔王」雑感-7

ドイツ語で「エ・ル・ケー・ニッヒ」はデンマーク語の「妖精の王」をヘルダーが誤って「榛の木の王」と訳し,定着したものらしい。・・・・・・という一見説得力がある話があるが、其れは非常に近視眼的である。小生は其れとは異なる意見を持つ。

ヘルダーの訳=「榛の木の王」は実は正しい訳であると考える。其れは古代ケルト人やゲルマン人たちは自然神の崇拝者であり、彼らの住まう環境のシンボルを「トーテム」としていたから、例えばケルトの宗教神「ドルイド」は「樫の木の賢者」すなわち「王」であり、デンマーク語で語り継がれた「魔王の娘」の「魔王」とは、その最もオリジナルは「榛の木」の賢者すなわち「王」である可能性が非常に高い。
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「榛の木」をトーテムとする種族の力が一番強力であったから、各種族の自然神の「長」=「王」となり、のちにキリスト教によって「妖精」「魔物」「魔王」「悪魔」へと変身させられる前までは、大いなる信仰の対象であったのだと思われるのである。
したがって後に「魔王」とされる「妖精」の「王」、と「榛の木」の「王」は同じことになるのである。
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by noanoa1970 | 2005-11-15 10:00 | 徒然の音楽エッセイ

「魔王」雑感-6

明らかにキリスト教化が進んだことが、死を目の前にしたオルフに「キリストよ助けたまえ」、と言わせていることで分かる。しかし神はオルフを見殺しにし、太古の妖精=自然神によって命を奪われる。いかにキリスト教化しても太古からその地方の「民族固有の神」は長い歴史の間も力を衰えない。キリスト教に改宗した・・・と思われる「オルフ」がタブーを犯したことで、太古の神々から「死」の報酬を受けることになるのだ。
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なお「魔王」雑感に貼り付けた「絵画」は「詩人グエルの世界」より、拝借させていただきました。下記URLです。とても「不思議な、感性を刺激」する絵です。是非ご覧ください。
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by noanoa1970 | 2005-11-13 08:54 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

「魔王」雑感-5

さらに興味深いのは、
デンマークの作曲家ニルス・ゲーゼに『妖精の娘』というバレー・オペラがある
テキスト:「クリスチャン・モルベック」、「カール・アンデルセ」、「ゴットリープ・シスビュエ」作曲:1853年初演:1854年(音楽協会)
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内容は
{オルフ}が「妖精の娘」の魅力に惹かれ,夜な夜な妖精の森をさまよい妖精の娘と逢引をする。「妖精の娘」と婚約者との間で葛藤するオルフとそれを知った母親。物語は結婚式の朝に妖精の森から馬を走らせ戻ったオルフが息絶えることで終わる。
「妖精の王の娘」 という物語を、バレーに仕立てたものある。
ヘルダーの「魔王の娘」とほぼ内容は同じ、これも古いデンマークの民話、あるいはもっと古い北欧の神話から編集されたものであろう。

このような「妖精と人間」」の恋愛に代表される「交流」の話は古今東西「文芸」の注目するところであった。
人間に恋して望みをかなえられなかった「水の精」が復讐をする・・・「オンディーヌ」は音楽では特に有名である。

ニルスゲーゼについてはほとんど知られてないようであるから、『ウィキペディア(Wikipedia)』を参考資料とさせていただき、資料として添付することにした。

以下ウィキペディアよりの引用である。
『ニルス・ゲーゼ(またはガーゼ、Niels Wilhelm Gade, 1817年11月22日コペンハーゲン - 1890年12月21日コペンハーゲン)はデンマークの作曲家・指揮者・音楽教師。北欧諸国の音楽界の近代化に貢献。

コペンハーゲンの王室オーケストラでヴァイオリン奏者として活動を開始し、自作の《交響曲第1番》を提出するが、コペンハーゲンでは演奏が拒否された。しかし、これをフェリックス・メンデルスゾーンに送付したところ、積極的に受け入れられ、ライプツィヒで初演してもらうことができた。そこでゲーゼも同地に転出、ライプツィヒ音楽院で教鞭をとるかたわら、ゲヴァントハウス管弦楽団の副指揮者をつとめた。メンデルスゾーンと親交を結んで、創作活動において重要な影響を受けたほか、ロベルト・シューマンとも親しくなった。

1847年に恩人メンデルスゾーンが没すると、ライプツィヒ・ゲヴァントハウスの主席指揮者の地位を引き継いだが、翌1848年にデンマークとプロイセンの紛争が勃発するとデンマークに戻った。その後はコペンハーゲン音楽協会の終身総裁に就任し、新たにオーケストラや合唱団を設立した。また、オルガン奏者としての活動も始め、ヨハン・ペーター・エミリウス・ハートマン Johan Peter Emilius Hartmann からコペンハーゲン音楽院院長職を引き継ぐ(1852年にハートマンの娘と結婚)。晩年は北欧の音楽界に権威ある教育者として名をなし、後にグリーグやニールセンらに影響した。

諸外国でも名声ある北欧の作曲家と言えば、ソナチネアルバムにも名を残したクーラウや、外国の進歩的な作曲家と親交を結んでいたハートマン親子もいたが、特にソナタ形式に関係する器楽ジャンル、交響曲とか室内楽を重視したという点において、ゲーゼが北欧音楽史上に果たした功績は歴然としている。

ゲーゼ作品のうち、8つの交響曲、ヴァイオリン協奏曲、室内楽、いくつかのピアノ曲、カンタータの大作《コモラ Comala》(1846年)や《妖精の娘 Elverskud》(1853年)、演奏会用序曲《オシアンの余韻》作品1などがある。作品の多くはメンデルスゾーンやシューマンの影響が濃厚だが、中にはデンマーク民謡に基づく作品もある。』

なお「魔王」雑感に貼り付けた「絵画」は「詩人グエルの世界」より、拝借させていただきました。下記URLです。とても「不思議な、感性を刺激」する絵です。是非ご覧ください。
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by noanoa1970 | 2005-11-13 08:40 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

「魔王」雑感-4

そしてその原型は、デンマーク語にて残されたオールドバラッド「魔王の娘」または「妖精の王の娘」レーヴェはそれを「オルフ殿」とした。
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結婚式に友人を招くために夜中に馬を走らせる「オルフ」は禁断の妖精の森に足を踏み込んでしまい、妖精たち=魔王の娘の誘惑を拒否しようとするが、妖精はオルフに「死」を与えてしまう。必死に岐路に着いた「オルフ」が家の前で息を途絶えそいになっているのを母親が発見する。・・・という内容である。登場人物の改ざんはあるが、「魔王の娘」とヘルダーの「魔王」そしてゲーテの「魔王」の共通点は多い。
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by noanoa1970 | 2005-11-12 08:45 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

「魔王」雑感-3

さて「魔王」であるが、調べると非常に興味深いことが分かった。実はゲーテの「魔王」に曲をつけた人物はもう一人いて、(これも面白いのだが)その人物とは「シューベルト」の「父親殺し」と同じようなモチーフの、スコットランドの古い「父親殺し」の物語を「エドヴァルト」=「エドワード」という題名の歌曲にした「レーヴェ」である。余談だが同じ題材をブラームスは「4つのバラード」の1曲目で取り上げている。
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この「レーヴェ」が歌曲にした「エドヴァルト」その詩は「ヘルダー」という文筆家が「オールド・スコティッシュ・バラッド」をモディファイして作ったものである。彼は「民謡収集」の大家で、各国の古い民謡・・・(民謡といわれることが多いのだがこの言葉は誤解を生むから、「民間伝承」とした方が良いだろう)・・・を収集して其れを新しい形で再構築したといわれる。
そしてゲーテの「魔王」はこの「ヘルダー」が収集し、モディファイした「民間伝承」からさらにモディファイしたものだという。

なお「魔王」雑感に貼り付けた「絵画」は「詩人グエルの世界」より、拝借させていただきました。下記URLです。とても「不思議な、感性を刺激」する絵です。是非ご覧ください。
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by noanoa1970 | 2005-11-11 10:51 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(2)

「魔王」雑感-2

なお「漁師の娘」における「水男の歌」の内容は、北欧神話をモチーフにしたという「彷徨えるオランダ人」と似たところがある。
小生はこれがワーグナーのオペラの「最初の原型」であったのではないか思っている。
内容は、
「水の精」である水男が人間の騎士に化けて陸に上がり娘をかどわかすというもの。水男の化けた騎士に娘が愛を誓うと、水男は娘を水の中に連れ込んでしまう。・・・・北欧の伝説を民謡にしたものらしい。

「オランダ人」では「水の精」が「キリストの神」を冒涜したオランダ船の船長へとモディファイされ、、「神」にそむいた罪と罰として永遠に海を彷徨うことになり、7年間に1度だけ上陸を許される・・・という「亡霊」的存在となる。船長であるオランダ人に献身的な愛をささげる女性とめぐり合えば、その罪と罰は救済される。というもの。

いかにも北方海洋民族の伝説らしい話である。

小生はこの「民謡」とされるゲーテの詩のオリジナルが「北欧民話」あるいは「北欧神話」である、ということに大変興味を持った。「北方ゲルマンの神話」には、キリスト教勢力が政治、経済、文化などのあらゆる面で、その支配を強める前の文化遺産が、時とともに変貌しながらも、わずかながら「民間伝承」などの形で残っていることが指摘され、このことは古代ヨーロッパを席巻した「ケルト民族」が残した文化遺産が、「アイルランド、スコットランド、ブルターニュ地方」で「オールド・バラッド」等となり歴史を超えて語り継がれてきたことと合致する。
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この地方のキリスト教化は支配ではなく融合であったことが其れを助長してはいるが・・・・そこが他の地域のキリスト教化とは異なるものの、中にはオリジナルに近い形で伝承されるものもあるようだ

なお「魔王」雑感に貼り付けた「絵画」は「詩人グエルの世界」より、拝借させていただきました。下記URLです。とても「不思議な、感性を刺激」する絵です。是非ご覧ください。
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by noanoa1970 | 2005-11-10 09:00 | 徒然の音楽エッセイ