ピザ・・・長浜ベルペイそして京都NOANOAの味の思い出

先週京都で酔っぱらいの看病をしてから具合が悪くなった。
最初は風邪をひいたものと思っていたが、日を追うごとに体調が悪化。

体の節々が痛く、喉がはれ、寝床につくと咳が止まらない状態。
それでも、すぐに良くなるだろう・・・とばかり、寝ていればよいのに起きてウロウロ。

ようやく抗がん剤治療が終わったばかりの、シバの散歩は、小生の仕事だから、はずすことはできないので、ふらつきながらも朝夕の散歩に出かける始末。

そんなこんなで結局1週間たった今も、体長は万全ではないが、食欲は何とか戻ってきた。

「食欲が無くなった時は覚悟するように」と冗談で家族に言っておいたことがあるが、今回は・・・珍しくも実際にそうなってしまった。

食欲が戻ってきて最初に何が食べたかったかといえば、それは「ピザ」。
しかもそれは、長浜の「ベルペイ」のものでなければならなかった。

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前にもブログで紹介した長浜の「ベルペイ」のピザは、「本物」。
しかも小生の好きな「ゴーダチーズ」を使った、完全手作りのピザである。
(たぶんゴーダチーズの食欲をそそる塩分が恋しかったのか)

それで家内をせかしながら運転させて、一路長浜へ。

ゴーダチーズには、魚介類が似合うようだから、手始めにオイルサーディンのピザを注文。

ホテルで修業したという息子さんが作る、フレンチドレッシングのトッセイドグリーンサラダをはさみ、オイスターのピザで閉め。

この店では毎回、自家製のフルーツジェラートがサービスされるが、本日はメロンであった。

病み上がりにしては食べすぎ(1.5人前)であるが、1週間分の栄養補給だと思えば、許していただけるだろう。

店主とドウの作り方やイースト菌のこと、自作の手のひらサイズの麺棒を見せてもらったりしながら、美味しいひと時が過ごせた。

ゴーダチーズは、半径30センチ近い円盤状の黄色いオランダ原産のチーズで、小生のころはいちいちナイフで薄く切りだしていたが、今ではチップ状に挽く簡単な機械があるとのこと。これならチーズの量も均一でまんべんなくドウにかぶせられる。

特にゴーダチーズは、塩分がおいしいので、ワインかビールが欲しくなるが、酒類をあえておかない理由として、店主曰く。

「この店のシチュエーションと門構えから、場末のスナックと間違えて入ってくる客がいる。しかもすでに相当酔っ払ってから来ることがあって、メニューに酒類があると、メインの「ピザ」がどこかに消し飛んでしまう恐れがある」とのこと。またこのあたりの人種は酒なら何でもよい人が多いから、ワインなどは問題外らしい。

長屋の一角にある場末のスナックの様相を呈しているから、亭主の話通りこの店、何の情報もないままでは入るのをためらってしまう店構えであることは確か。

しかし世の中は皮肉なもの。
そんな店構えにもかかわらず、出てくる「ピザ」は極上である。

ピザに合う飲み物として、魯山人がやったように、ジンジャーエールを生姜の搾り汁とビールと蜂蜜とレモンで作る方法を教えてあげたが、いまいち反応はなし。(こうして作るジンジャーエールは、実にものすごくうまい)

京都で小生が1970年に始めた、ピザの店NOANOAを彷彿させる、材料を惜しまない贅沢なピザで、そのNOANOAがすでに「ゴーダチーズ」を使わなくなってしまったことを今回確認してがっかりしたが、「ベルペイ」では、高価であるが使い続けるという頼もしい言葉があった。

銀閣寺、哲学の道という観光地にあって、観光客で持っている店と、長浜でも観光地から遠く離れた過疎地といってもいい旧国道沿いにある店との商品戦略の違いが如実に表れているが、いくら一見の観光客が多い店とは言え、1970年代には「ピザといえばNOANOA・・・NOANOAといえばピザ」と地元でも評判があっただけに、現状のひどい「ピザ」の提供でお茶を濁しているのは、創設者の1人としてまた初代チーフとして、非常にやる瀬ない気持ちである。

このあたりをキチンと伝えておかなければならないが、一度その前に長浜の「ベルペイ」に、メンバーを連れて行くことにしようと思うこの頃である。

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by noanoa1970 | 2008-10-15 15:09 | 「食」についてのエッセイ | Comments(4)

散歩中耳にした若い主婦たちの会話から・・・

愛犬シバと自分自身のため、
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小生は毎日の朝夕の散歩を欠かしたことが無い。
シバが我が家に来て、かれこれ7年になるが、いまや日課となってしまっている。

当の犬本人は、「散歩に行くよ」:と声をかけると、ご主人様の前に来て、散歩用の綱を付けやすい、ドンピシャの位置で待機するようになった。

散歩のコースは大まかに2通りあり、朝は付近にある里山近くを回り住宅地を抜けて帰るコース、夕方は住宅地の中にある遊歩道を抜け、公園を回って帰るコースだ。

シバは面白いことに、朝夕のコースを認識しているようで、玄関を出ると朝は左方面に、夕方は右方面に向かおうとする。

何度か朝夕のコースを逆にしたことがあったが、そのときでも夕方は、朝とは逆の方向に行こうとするのである。

どうやら同じコースを行くことを「良し」とはしていないようで、犬には犬の思いがあることが分かって、なんだか嬉しい気分になるときがある。

で、今朝はいつもどおりのコースで、里山から住宅の中を通っての帰り際、道路の反対に、幼稚園の子供をバスに乗せた後だろうか、数人の若き主婦が立ち話をしている。

シバは用を足すために、そこらじゅうの立ち木により、滞留するから、そしてどうしても2里以上の立ち話は往々にして大きな毛となるようであるから、彼女達の話す声が聞くとは無しに耳に入ってくる。

話題はどうやらパンを作ろうと思って無塩バターを探したのだが、どこにもないので、仕方なく、無塩マーダリンを買ってきて作ったということのようである。

スーパーからバターがなくなったという話は、ニュースでも取り上げていて、小生も大手スーパーの食品売り場を見たことがあるが、やはりバターは、缶入りの高級品が少し置いてあるだけで、四角いカミの容器のものは一切入荷して無い様であった。

なるほど無塩バターの代わりに、無塩マーガリン・・・なかなかやるものだ等と感心していると、話は発展し、バター不足のことに及ばないで、有塩バターで作ってもチャント美味しいパンが出来る・・・などという話になった。

主婦A「塩の量だけの問題だから、少し塩分を減らしておけばいいのよ」
主婦B「なんだ、そんなことでいいの」
主婦C「それなら、ワザワザ無理をして無塩バターを探さなくてもいいわね」
主婦A「そうよ、塩加減さえ注意すればいいのよ」
主婦A「無塩バターのときと、全く変わらないものが出来るわよ」

道路の反対にいても、よく聞こえるような声高に、彼女たちは会話してた。
彼女達の子供は、お母さんが手作りしたパンを食べられて、幸せでいいな・・・創刊汁と共に、彼女達一体、パンに無塩バターを使う本当の理由をご存じないのだろうか、彼女達の作ったパン、かなり硬いんじゃなかろうかナドと、いらぬ心配をしてしまった。

パン作りを基本どおりに覚えた方ならご存知だろうが、パンを作りの工程は
小麦粉に水を加えて練る作業から始まる。

そのとき食塩を入れるのだが、それはイースト菌の過醗酵を抑える目的と、
小麦粉からグルテンを効果的に引き出す為のもの。
さらに無塩バターを加えてさらに練り込み、醗酵に進む。

このとき有塩バターを使うと、2つ問題が出る、その1つは塩加減が重なり塩分調整が難しくなるということ。
さらに過食塩は、醗酵が進みにくく、とても硬いパンになりやすいから、より発酵をしやすいようにイースト菌にわざわざ砂糖を加えるわけなのだ。

だから、無塩バターを使うのが基本中の基本であるのだが、残念なことにこの主婦A、塩加減にばかり目がいっていて、肝心の発酵にまで、知恵が回らなかったようである。

同じことを小生も試したことがあるが、やはり発酵が芳しくなく、キチンと発酵が進まないから、パンが少し固く仕上がり、重くなってしまう。

でも、まあ家庭で作ることで、しかも最近の若い主婦にしては、子供のためにパンを焼くということだけでも、立派であると、小生はほめてあげたい気持ちになった。

そのうち子供が「お母さんこのパン少し固い・・・」などというようになれば、そこで気づくのかもしれない。

しかし今では無塩有塩にかかわらず、バターがないのだから、バターの香りたつ美味しいパン。
どう頑張っても作れない状況だ。

農政の失敗という評価がされるが、これは何も牛乳だけに限らない。
牛乳を大量に廃棄したニュースは、まだ生々しく残像としてあるくらいなのに、今度はバターのみならず、牛乳までもが不足するというから、減反政策の見通しの甘さといい、牛乳といい農政の欠陥はどうしようもない。

いったん「減」したものを復帰させるには、相当の力量と年月がかかることぐらい、素人でもすぐに考えられることなのに・・・

人口増加あるいは高齢長寿化と食料機器による国家存亡の危機は、地球温暖化等の悪害より深刻で卑近な問題をはらんでいる。

にもかかわらず、なんら対策が取れないのでは、つまるところ映画「ソイレント・グリーン」が、実感として現実性を帯びてきたこのごろである。

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by noanoa1970 | 2008-06-25 11:43 | 「食」についてのエッセイ | Comments(0)

矢場トンの「わらじ味噌カツ」

おとといの夜遅く、急に帰ってきた息子が、昨日近くのアウトレットショップモール、「JAZZドリームナガシマ」に行くというので一緒に行くことにした。

実はその前の日に家内と一緒に、散歩用のスニーカーを買いに行ったばかり、中にあるフードコートに、味噌カツの「矢場トン」、きしめんの「宮きしめん」、「ラーメンの「江南」他が入っていて、手っ取り早そうだからお昼をそこで食べることにした。

入っている店舗は、名古屋でも有名なところばかりだが、まるでファストフードのような手早さで、注文した品が出てくる。

入り口でメニューを決め、レジでお金を前もって払うと、すぐに厨房にオーダーとなり、係りの人が席まで案内するというシステムであったが、かなり狭いようだったから、きっと土日には、ここで渋滞するのだろうと推測していたのだった。

何しろここでメニューを決め手からお金を払わないと、店の中には入れない。
しかも10人ほど入ると、満杯になりそうな空間だから、メニューの数は絞ってあるとはいえ、ユックリとメニュー選択をすると、かなり迷惑がかかりそうであった。

金曜日だったから、比較的空いていたが、ここでの食事は何しろ初めてのことなので、少し時間がかかると、人でイッパイとなり、メニューについての質問などは、出来るはずも無い始末。

さて、息子が「矢場トン」の味噌カツを食べたいというので、到着するや否や、昨日と同じフードコートへ向かった。

11時30分になったばかりだったが、案の定、通路の外まで人があふれていた。

これは相当混乱が予想され、また時間がかかると腹をくくって居ると、店員が2人ほど交通整理をしながら、手にメニューを持ってそれを全員に配っている。
どうやら並んでいる間に、食べるものを決めておけというわけだ。

なるほどこうすれば、レジでお金を払うだけで済むから、メニューを決めるまでの時間は短縮できる。

これでもし、客席まで、係員が付いて案内しなかったら、まるで会社の食堂か、学食のようで、中に入っている有名店舗のカストマーサービスに、大いに影響すると思うが、そこはギリギリのところで、食の老舗の体面を保っているようだ。

小生は昨日、普通サイズの矢場トンの味噌カツを食べたので、今日は「江南」のラーメンにした。

d0063263_1615163.jpg息子は東京に行って久しいので、大須の本店(矢場町にあるから矢場トン)でよく食べた味とボリュームが懐かしいのだろう、「わらじカツ」を注文。

「矢場トン」のトンカツは、その大きさもさることながら、味噌のソースがタップリかけてあるもの。

小生は味噌カツという食べ物が、実は好きではないのだが、ここの味噌カツだけは、美味しく食べることが出来るのだ。

それは恐らく味噌ソースの作り方にあり、そのせいで味が薄めのデミグラスソースによく似ているからだと思う。

確認はしていないが、多分「八丁味噌」を使い、それを香辛料と、赤ワインを使って煮込んだものだと思う。

味噌臭の無い・・・動物臭の無いデミグラス・・・まさに和風デミグラスのような味に仕上てあり、味は薄めで少しだけ甘く、しかも上品である。

あれだけタップリ・・・お皿がソースであふれるぐらい、かかっているにもかかわらず、また脂肪部分がキチントあるロース(だから美味しいのだが)を使っているのに、ちっともくどさを感じさせない。

携帯の写真だから、分かりづらいかもしれないが、誰もがこのサイズ(この大きさだから、わらじトンカツという名前)本当に「わらじ」・・・いやそれよりも大きいだろうものを、一人で全部平らげることが出来てしまう。

名古屋が生んだ名物の一つが、この「矢場トン」の味噌カツである。
矢場トンのHPはここ


*(フードコートではメニューは2種類に限定されていて、価格も本店より割高である)
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by noanoa1970 | 2008-05-11 16:02 | 「食」についてのエッセイ | Comments(2)

空想三ツ星レストランの料理

今日は久しぶりに料理の話を。
クラシックの古典で使われる「ソナタ形式」にのっとって、料理を作るとどうなるか・・・
勿論シェフは小生が務めまして・・・。

こんな遊びをつい思いついた。



まずは序奏に当たる前菜・アペリティフとして、次の主題(メインディッシュ)へと続くスムーズな移行展開を見越して

アペリチフには、モーツアルトの後期交響曲を醪(もろみ)に聞かせて醗酵させた、会津喜多方の小原酒造の手になる日本酒、純米大吟醸 蔵。
フルーティーな香りが高く、深みと広がりのある味「藏粋」から「Orchestra」をチョイス。

前菜として、「牡蠣のカークパトリック風」を無農薬有機栽培のトマトで作ったケチャップとレモンのカクテルソースで召し上がってください。

あっ、お客様はかなりのクラシックファンでいらっしゃいますね。

先日も食通としても有名な、ある高名な指揮者の方がいらっしゃって、「カークパトリック」の名称を、あの有名なチェンバロ奏者のRalph Kirkpatrickさんがその由来ではないか・・・(あのシャリアピンステーキや牛フィレ肉のロッシーニ風トルネードのように)・・・と聞かれました。

私も実はそう思い込んでいたのですが、ラルースの料理辞典で調べたところ、なんでもグラタンにした牡蠣が好きなハワイの王様の名前から取られたというらしいのです。

でもその味は、まるで上等なクリームのような感触の牡蠣と、トマトの甘みとレモンの酸味が織り成す上品で繊細な味わいがありますから、チェンバロ奏者カークパトリックからとられたとしても全く不思議では無いでしょうね。

どうです辛口のフルーティな日本酒「藏粋」と意外にピッタリマッチするでしょう。
この組み合わせを発見するのに、相当時間がかかりました。
それまではワインとばかり組み合わせていましたからね。

生やクリーム仕立てであれば「シャブリ」がやはり一番合うと思いますが、グラタンで、トマト、そしてレモンの酸味の利いたソースですから、ここはやはりもう少しだけ主張するお酒がいいのでしょう。

どうぞごゆっくりお楽しみください。

実はこの料理の隠れテーマは、当レストランの音楽好きなシェフが、ソナタ形式にのっとって仕上げたものなのです。ほらこのアペリチフ「藏粋」の「Orchestra」が聞いて育ったモーツァルトの41番の交響曲の2楽章は、ソナタ形式の代表格ベートーヴェンの運命に類似したところがあるとの指摘もあるのですよ。

すでにお気づきのことだとは存じますが、「藏粋」と書いて「クラシック」と読ませている、この小原酒造の純米吟醸「Orchestra」は、ベートーヴェンが密かに手本としたと思われるモーツァルトの後期交響曲41番をも聴いて育ったお酒ですから、料理長の狙いのソナタ形式にのっとった、これから続くメインディッシュへの導入和音としても大変に意味があると自負している次第なのです。

これはとりもなおさず、お客様が大変なクラシック音楽好きでいらっしゃると、お見受けしたからからこそ、申し上げていることなのですが・・・・

これから2つの主な食材を使って、それぞれの食材の持ち味を生かしたヴァリエーション豊かに料理しますのでどうぞご期待ください。

本日のメイン素材は2種類です。
1つは、四万十川で捕れた天然の「ウナギ」
2つめが、加賀大聖寺で猟師が捕獲した野生の「鴨」でございます。
お客様のために、特別注文しておいたものが手に入りましたので、本日はこれを使ってのお料理とします。

次の料理がでるまで、しばらくお待ちください。

・・・・・何れかに続く。

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by noanoa1970 | 2007-12-09 10:26 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(2)

再び春の香り

伊吹山麓の道の駅に立ち寄ったとき、付近の野原で見つけた「土筆」。
さすがに少し呆けているが、この寒い地ではまだ健在。
ちょっと賑やかしい皿に盛り付けてみた。
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by noanoa1970 | 2007-04-04 10:03 | 季節の栞 | Comments(0)

春の香り

岐阜県養老山脈の際の町「南濃」と滋賀県長浜市の山奥、伊吹山麓側にある「杉野」それぞれで見つけた「春の香り」
野生の「タラの芽」そして「フキノトウ」。
ハウス栽培のものとはまったく形状が異なり、タラの芽、フキノトウともにまだ芽を吹いたばかりで極小ぶりである。
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若い山菜は雑実が無く、柔和な香りがしてとても味わい深いから、「天麩羅」にするだけではもったいない。
塩と胡椒とオリーブオイルだけの山菜ソースのスパゲッティーもよさそうだ。
5月になれば、山菜の勇者「行者ニンニク」が登場するから、それまではいつものように、「コシアブラ」を加えて楽しむ予定である。
「行者ニンニク」は「ペペロンチーノスパゲッティー」にするし、「コシアブラ」、「フキノトウ」、「タラの芽」の比較的良く育ったものは、塩で食べる天麩羅が美味しい。
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窯の中で捩れてしまい、少し変形した伊万里の、浅い鉢のような隅切り皿に盛り付けてみた。
写真ではわかりにくいが、この皿は四方30cm以上の大きさがある。
さわやかな香味が当たり一面漂い、染付けの「藍」と濃淡の「緑」が鮮やかである。
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by noanoa1970 | 2007-04-03 08:54 | 季節の栞 | Comments(0)

旬の食材・・・1「枝豆」

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新潟の先輩Kさんから送っていただいた「枝豆」1967年だから今から40年近くになる学生時代の夏休み、ちょうど今頃だったか、先輩Fさんの軽井沢の別荘で何人かが集まってた中に、Kさんがいて、軽井沢の帰りに「新潟」へ急遽行くことが決まった。

「三国峠」を越えればほんのすぐそこ・・・という言葉に乗せられて延々と走り続けて着いた夕食に出していただいたのが良く冷えたビールと、大量の「枝豆」であった。
「枝豆」はその頃でもそんなに沢山は食べることができなかった貴重な存在であった小生は、ビックリしたのだが、先輩は軽く・・・こんなもん売るほど有る・・という。

知らなかったが、新潟・・・先輩の住む地域では枝豆も特産らしい。
井戸水が現役だという話だから、豆腐も美味しいのではなかろうか。

その時の小生の町では到底味わうことが出来ない甘味の有る「枝豆」の味が忘れられなく、このことと、教えられて初めて徹夜マージャンをしていた時に降りしきっていた雨で、朝になって雨戸を開けると、橋の上を川が流れていたこと、近くの料亭風の店で美味しい「鯉料理」を生まれて初めて食べたことの思い出などをメールしたら、季節になれば枝豆送るとメールが届き、一昨日枝豆が到着した。

天候不順で例年より甘味が少ないとあったが、早速食べてみると、この近辺りでは味わえない甘みがあり、豆の味がキチンとした美味しい枝豆だった。「有機栽培」・・そして枝豆は「アナログ」であるというコメントがあったのがKさんらしく、その思いと一緒に枝豆を味わった。

枝豆を持った2つの皿は
◎微塵から草の印判染付け7寸皿
◎京都の実家から伝わった古い「粉引き」の7寸皿、この皿は、裏がコバルトブルー色というモダンなもの。家内の話では、ほんのたまに「すきやき」 をやる時にだけ使われたという。
物心ついたときからあるというから、半世紀以上の年齢には間違いない。
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by noanoa1970 | 2006-07-29 10:21 | 「食」についてのエッセイ | Comments(0)

旬の食材・・・素麺

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素麺の季節である。
小生は素麺好きで、この季節になると好んで素麺を食べるのだが、最もお気に入りの素麺ををご紹介することにした。
奈良の三輪素麺、播州の揖保の糸、三重の大矢地、三河の一条と名品は多いが、小生の一押しは富山県は砺波地方の「大門素麺」だ。「大門」・・・砺波に「だいもん」という地名があるが、素麺は「おおかど」という。
この素麺のよさは食べるとわかるのだが、一目で分かるのは、通常の素麺と違いその太さと、形状にある。
太さはちょうど「冷麦」と「素麺」の中間で、素麺としては太めであるが、この太さが極上の「アルデンテ」感をだし、握りこぶしを小さくしたような形に4つまとめられた形はなんともいえない愛嬌がある。「丸髷」に例えることもあるようだ。
そして勿論手延べであるのだが、延べる際に一切油を使用していないという。
庄川水系の水と砺波平野で取れる小麦、そして寒暖の差と、立山からの風が激しい土地柄が織り成す名品といってよいだろう。

油を使用しないということは「ヒネ」物・・・冬を何回か越したものでも油が浮いてこないため劣化がなく、逆に麺の熟精度が増して美味しい。やはり2年以上寝かせたものがいいように思う。
したがって地元の人はこの「ヒネ」物を大事にする。

かつては冨山から送られてきた大門素麺がこの季節になると、京都の家内の実家から届いたものだが、今ではそれもなくなってしまった。しかし、インターネットで至極便利に注文可能であるから、すぐに手に入れることが出来るのがうれしい。

三輪素麺や揖保の糸しか知らない素麺好きの人には、是非味わっていただきたいお薦めの一品である。噛んでいると麦の甘さが体感できる素麺である。

茹でてからいつもの倍の時間「もみ洗い」するのが美味しく食べるコツ、そして薬味は「茗荷」に限る。

約150年前の1848年(嘉永元年)、越中の国砺波郡大門村(現在の富山県砺波大門)の田守三右衛門が薬の行商で能登を回っているときに、加賀前田藩の御用そうめんを製造している栗田次兵衛を知り、田守が地元に持ち帰り、紹介したと伝わっている。1911年(明治44年)11月そうめん生産者や村の有志が無限責任大門信用購買生産組合を設立。1916年~1918年(大正5~7年)、全国の著名なそうめん製造技法や品質を研究して製粉機を導入。以後も施設の拡充と品質改良に努めながら、伝統の『大門素麺』を守り育ててきた。現在は農家21軒が製造出荷したものをJAが委託を受けて販売している
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by noanoa1970 | 2006-07-19 09:15 | 「食」についてのエッセイ | Comments(0)

お気に入りのレストラン「アルペジオ」

「アルペジオ」という言葉は音楽好きな方ならすぐに「アレ」と思い浮かべることが出来るでしょう。「ギター」でも「ハープ」でも「ピアノ」でもアルペジオを聴くことが出来、ドビュッシーやラヴェルなどフランスの作曲家が好んで用いた分散和音の奏法である。
しかし「アルペジオ」とは、もともとイタリア語で「竪琴」を表す言葉であったといい、それが音楽擁護となったという。

だからイタリアンレストランの名前に「アルペジオ」というのはピッタリとも言える。

小生が好んでよく行くイタリアンレストラン「アルペジオ」は、人知れない山里の中にある。
かれこれ通い始めてから10年以上は経つだろう。
岐阜県養老郡上石津町・・・現在は岐阜県大垣市に編入されて、大垣市上石津町となった。

ここに以前BLOGで紹介した「 日本昭和音楽村 」が有る。ここには「憧れのハワイ航路」などのヒット曲を作曲した「江口夜詩」の記念館や、フォーク・ニューミュージックにスポットをあてた「FN音楽館」があり、YAMAHAのYGシリーズのギターも展示されているし、ジューキボックスで当時の懐かしい音楽を聴くことも出来る。

そこに行ったときに併設されていたのが「リストランテ・アルペジオ」であった。
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日本昭和音楽村管理事務所
■住所/岐阜県養老郡上石津町下山2011
■電話/0584-45-3344
■休業日/毎週水曜日(水曜日が休日の場合は翌日)、休日の翌日
■入場料/土日・祝日(ビデオ上映あり)大人 200円、小人 100円。平日は無料。
ただし施設貸切等の場合は一般のお客さまがご利用できない場合があります。
音楽村各施設へお越しの際は、事前に電話等でご確認ください。

最初に行ったときに食べた細麺のトマトソーススパゲッティが美味しかったので、以来たびたび行くこととなった。また音楽村の小ホールでは、時々思いもよらないコンサートが密かに開催されることがあるので、見逃せない。
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もうずいぶん前のことになるが、ブルーグラスの第1人者である「ビル・モンロー」がここでコンサートをやったことがあった。この地から40分ほど南下すると三重県桑名市へ出るのだが、そこにはカントリーとブルーグラスのライヴで有名な「OK牧場」というピザが美味しい店があり、そこに「ビル・モンロー」が来たことがある。恐らくその流れでこの地でのコンサートとなったようだ。

この上石津にはその道では有名な「フラット・マンドリン」の製作者NAO工房の「安川直樹」氏も在住するから、彼のコーディネートによるものかもしれない。
おととしの馬頭琴の「リポ」氏のコンサートもここでのことであった。

話がずいぶんわき道にそれてしまったが、今日はここの「リストランテ・アルペジオ」の紹介をしなくてはならない。
去年までここは第3セクターとしての経営であったのだが、ことしから個人の経営となった。
個人経営ならやりたいことが出来る反面、今まで以上の経営努力が求められるから、少し心配していたのが率直な感想である。
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そこで久しぶりに行ってみることにした。
厨房責任者も接客も今までと同じで安心し、肝心の味はどうかというと、小生が特に好んだ1.3ミリの太さの国内では発売されてない麺が、「ヴァリラ」の1.3より少し太い麺に変わっていたほかは変化がなくこれも安心。
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今までとほぼ変化がない味に安心して帰ってきた。
価格はほんの少しだけ値上がりしていたが、前が安かっただけに、またこの内容であれば十分許せるものである。

お昼は
カルトメニューのほかには
AからCまでのランチと特別メニューがあるのだが、小生は十中八九Aランチをオーダーする。

Aランチ
今日はグリンピースのポタージュ。日によってスープが変わる。夏場はビシソワーズになり、このスープは絶品。ミネストローネのときにはイタリアンパセリがふんだんに入る。クルトンは自家製の香草入りのパン(ホカッチャ)で作られたもの。
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小生が美味しいと思うトマトソースのスパゲッティ。以前のスパゲッティより少し太くなり、食感も前のものより、もちもちしている「ヴァリラ」になったが、どちらかというと小生は以前のもののほうが寄り好み。以前のものはアルデンテ感が素直に出ていたように思う。ソースの絡みも良かったように思うが、今の食感のほうを好む人も多いだろう。皿の深さがあるので量が少なく見えるが、実際の量はかなり多い。
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遺書に出してくれる自家製のパン。香草入りで暖かくしてくれている。小生はいつもこのパンでスパゲッティの残りソースをぬぐうようにしてきれいに食べる。厨房の料理人が見たら泣いて喜ぶことだろう(笑)
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祭儀にホット、デモアイスでもお好みのコーヒーか紅茶の飲み物が出される。コーヒーは以前より美味しくなっていた。
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個ででAランチの内容であるが、一度に料理を持ってくるのでなく、コース料理のように、頃を見計らって順に持ってきてくれるから、あったかいものは暖かく、冷たいものは冷たいうちに食べることが出来る。

これで価格が880円。今までが850円であったがこのサービスと味なら全く文句はない。
都会であればきっと行列ができるところなのだろうが、何せここは里山の中、大和水と緑に囲まれた抜群の環境中で、このようなサービスを受けることが可能だから1時間かかっても通ってしまう。

Aランチ1000円でもいいから、デザートをつけて欲しいとは家内の弁である。小生はデザートは要らないが、主婦層にもっと受けるにはデザートへの工夫が必要であろう。

レストランからはこのような風景画見渡せる。
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by noanoa1970 | 2006-05-24 08:07 | 「食」についてのエッセイ | Comments(0)

この季節美味しいもの

5月は美味しいものが沢山出てくる季節である。
海の「鰹」、山では[山菜、たけのこ]が取れ食卓を彩る。
今年は「たけのこ」が豊富で、今年はほとんど頂き物でいっぱいとなった。
たけのこにつき物の「山椒」も今年は間に合った。
まだ「行者にんにく」は手に入らないが、いつものように「ふきのとう」「山独活」「つくし」「セリ」それに加え「コシアブラ」が手に入り、GWの食卓は満足できるものとなった。

5月のお祭りのシーズンに登場するのが、長浜の「焼き鯖」、昔から「北国街道」あるいは北陸から途中琵琶湖経由船で運ばれ、この地の逸品となった美味しい鯖の食べ方の一つである「焼き鯖」。地方によっては鯖の浜焼きとも言う。

CWが終わった頃を見計らって長浜までチョイスしに行ってきた。
いつも行く商店街の北にある「しもむら」という魚屋のものが、いい塩梅だ。

この店の親父はかなり頑固で、作り置きはしないし出来上がった鯖をすぐに渡すようなことは決してしない。
地元の人であれ、観光客であれ、鯖が冷めるまで待たす。小生も焼きたての鯖が冷めるまで30分ほど待たされたが、美味しい鯖を食べるためには当たり前のことであるから、苦にもならずに、商店街を一回りした。

この季節鯖はとても膏が乗っていて、家に帰りもって来る頃には、包み紙が油でぬれているほど。
「焼き鯖」には竹で作った太い串状のものが、頭から尾っぽまで裏表に貫通していて、その茸串の美しさも見逃せない。
これは一つの民芸品であるかのようだ。
勿論まずかろうわけがない。京都をはじめとする関西人の、鯖に対する思い入れは、ものすごいものがある。
昔から美味しいがすぐに腐ってしまう鯖という魚をいかに新鮮に運送するか、いかに美味しく調理するか、大勢の職人たちが一生懸命考え、「塩鯖」「酢鯖」「焼き鯖」を現代まで生かしたのであろう。この長浜は塩鯖ではなく生の鯖を使うのだが、昔の運送手段を考えると、この地までが生鯖の限界であったのかもしれない。

そんな思いで焼き鯖を味わうことにした。

焼き鯖を盛る皿として
氷紋の富士と松の皿を用意してみた。d0063263_1411532.jpg





盛り付けた焼き鯖。美味しそうな焼き加減である。写真では分かりにくいが、鯖は全長40センチはある大物である。d0063263_1423258.jpg
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by noanoa1970 | 2006-05-09 14:04 | 「食」についてのエッセイ | Comments(2)