335.2

「交渉人(ネゴシエーター)交渉人 真下正義」をTVで見た。
「踊る太走査線」から派生した映画で、親の七光りの、刑事としてはあまり能力の無かったキャリア警察官が、新しく実験的に開発された能力を身につけて、「オタク」のテロリスト風犯人と対峙する映画である。

小生が面白いと思ったのは、映画のストーリーそのものではなく、・・・・・・米国の刑事ものみたいな設定の・・・・、クリスマスイヴに起こった地下鉄暴走事件と爆発テロも同時進行、その事件のヒントとして、ラヴェルの「ボレロ」を、クリスマスイヴに聞くという設定の、コンサート会場に仕掛けられた爆弾が、ボレロの335小節第2音・・・ほぼ終焉に近いあたりに鳴ならされるシンバルの周波数に感知して、起爆装置が働き、コンサート会場もろとも吹っ飛ぶという設定で、犯人が交渉人に、ヒントとして「335.2」という暗号めいたものを告げることであった。
ちなみに「ボレロ」の総小節数は「340小節」である。
コンサートの演題はモーツァルトの序曲「フィガロの結婚」から「ベト5運命」そしてチャイコの「胡桃割り人形花のワルツ」へと続きそして終曲が「ボレロ」という内容だ。

実際にこのようなコンサートがあったとしたら面白いのだが、ここではかなりまじめに指揮者として「西村雅彦」 が右手を軽く動かすだけの指揮者ぶりで出ていた。

ストーリー途中で、地下鉄のコントロール室の頑固な責任者と、公証人真下が、それぞれ母親と彼女とで、事件原場のコンサート会場に行く設定となっていルことがわかり、見るものを緊張させる。犯人は「真下」の彼女を殺害することによって得られる「真下」への勝利の快感を得ることがが望みだ。

犯人からの情報を収集分析した結果、「ボレロでクリスマスイヴを」という、クラシックイベントが催される新宿のコンサートホールが爆発のターゲットだと知ることになり、追って「335.2」の暗号の謎が解けることになる。
シンバルがなろうとした瞬間、やくざのような刑事がシンバルを鳴らそうとする打楽器奏者を羽交い絞めにし、舞台から降ろしてしまう。
打楽器奏者は一番後方に位置する、だから客席も、指揮者も、オケ仲間も、打楽器奏者が舞台から下ろされたことを知らずに、l曲は問題の335.2を通過する。
シンバルは鳴ならずに曲が進行し、「間抜けなボレロ」となって曲が終わるが、曲が終わっても客席からは、しばらく拍手が起こらない。
・・・演奏がよかったこと、音楽の余韻を味わうためであるのか、シンバルが鳴らなかったことへのブーイングの代わりなのか、このあたりの表現方法は面白い。

この事態を気づいてか、気づかないでか、指揮者は自体収拾のため、自身でおもむろに拍手をする。すると会場から初めて拍手がおきる・・・・
この場面は、いろいろな意味合いを含んだ面白いシーンである。

観客は「ボレロ」を何回も聞いているクラシック通なのか、あるいはその逆か。
この様なところにも、「オタク」が仕掛けそうなちょっとした推理ゲームが見え隠れする。

さてつらつらと書いてしまったが、
小生はこのストーリーで「ボレロ」が伏線のひとつになっていることを知ったとき、あることを思っていた。
それはこの・・・(踊る太捜査線をも含めた)音楽担当は、相当な「ラヴェル」の、あるいは「ボレロ」好きなこと。
果たしてそのアイディアをだし、それをやらせたのは、あるいは、やってのけたのは、制作スタッフのうちの誰なのかということであった。

ウイキで調べると候補はすぐに判明
製作(エグゼクティブ・プロデューサー):亀山千広 、監督:本広克行、原案:君塚良一 、脚本:十川誠志 、音楽:松本晃彦
以上の5人の人物の誰かであろうことがわかった。

一番怪しいのは、やはり音楽担当の「松本晃彦」 で、この男は、ラヴェルの「ボレロ」の「第2メロディー」を「踊る太捜査線」の所々に出てくる挿入メロディとして・・・若干の変化をつけてはいるが、明らかに、しかも意識して真似たと思われ音型を用いているのである。

「移動ド」で示すと「ドッ・シ・ラ・ドー」と、ところどころで繰り返して挿入されるメロディーは、明らか「ボレロ」の「第2メロディー」・・・「ボレロ」で最初に出てくるのは「ファゴット」によって奏される第1メロディーより暗い感じのもの、一度で覚えられるくらいおなじみのものであるから聞いた人ならすぐにピンと来るはずである。

その「ボレロ」がコンサートの「トリ」で使われ、コンサートのキャッチが「ボレロを聴いてすごすクリスマスイヴ」だから思わず笑いがこみ上げてくる。
さらに重要なストーリーの伏線である「335.2」とペアになっているのだから、・・・・

こんな大胆不敵なことを仕掛けた人物を特定し、犯人を検挙せねばならない。

第1容疑者は、やはり音楽担当の「松本晃彦」である。しかし彼が単独でこのアイディアを出したかというと、疑わしいものがあり、彼はやはり誰かの指示で実際に動いた「実行犯」だろう。

次に疑わしいのは、脚本の「十川誠志」(そごまさし)と読む珍しい名前だ、アニメ作品の脚本を主に手がけ、今までに有名どこでは、ポケットモンスター(脚本) 学校の怪談(脚本) ショムニ(脚本) などを手がけたという、しかし彼からは「ボレロ」の発想は見えてこない。

さらに、監督「本広克行 」は、うどんが好きで映画「UDON]を製作したという、いわば「オタク」の若者である。デジタル技術の信奉者で、今後一切「フィルム」を使用しないという信念の持ち主だから、まさに時代の兆児である。

富野 由悠季、押井守、庵野秀明をリスペクトしたというから、「ガンダム」「機動警察パトレイバー」「新世紀エヴァンゲリオン」オタクでもあったと思われる。
そういえば、小生の息子が「エヴァンゲリオン」に夢中だったころ、突然「ヘンデル」の「メサイア」はある?とか「ツァラトウストラ」、「ベト9」など矢継ぎ早に、・・・今までピアノでは、クラシック作品を練習してはいたが、それ以外にまったく興味の無かったはずなのだが・・・音盤を探しに音楽部屋に来たことがあった。

後にそれが、庵野秀明の「新世紀エヴァンゲリオン」の影響と知ることになったのである。
なるほど、彼の中には、「創世記、原始キリスト教」などの古代文明・文化、宗教、が
ちりばめられていて、アニメの中にはクラシック音楽が多く使われている。
「死海文書」は、小生も興味がわいたものだった。

「公証人・・・・」は、「オタク」がハイライトされている作品だということもでき、この「オタク」監督「本広克行」が、「ボレロ」仕掛けの、真犯人の可能性が高い。
「機動戦士ガンダム」「新世紀エヴァンゲリオン」、「機動警察パトレイバー」によって「オタク」的影響を強く受けた「本広」なら、それらからの感性を、この「公証人・・・」で組み立てなおしたと、推測するに外れはしないだろう。

「本広」は、「ボレロ」のアイディアをスタッフに持ちかけ、脚本、音楽、プロデュース、書く担当了解の下で、この物語に、自分の・・・若き日々に夢中になったアニメ作品の作者へのオマージュとして、「踊る大捜査線」に埋め込まれた「ボレロ」第2メロディーの本家帰りとして「ボレロ」そのものをたくみに使用した・・・・と、小生は見るのである。

ここに「本広」が先輩諸氏から学んだ「オタク」・・・・「類まれなるオタクでしか解けない謎掛け」が存在しているように思えるのであった。

往年の名演奏といわれる2つを聞いた。

「エルネスト・アンセルメ」と「スイス・ロマンド管弦楽団」・・・小細工を弄しない・・・・ラヴェルが好んだであろう演奏の典型のような色彩美あふれる演奏。
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終曲の「シンバル」の音に象徴されるように、ダイナミックで派手で、情熱のこもる演奏。「シャルル・ミンシュ」と「パリ音楽院管弦楽団」の技術も素晴らしい演奏。
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by noanoa1970 | 2006-10-16 10:44 | ボレロ | Comments(2)

夏に似合う音楽・・・ヒンヤリ感有るマージナルミュージック

d0063263_1353561.jpg1972年DRACではJAZZグループで、これをJAZZと呼んでよいのか・・という議論が巻き起こったというアルバム。ウェザー・リポート(1971年)と双璧のJAZZアルバムで、モダンジャズ一辺倒だった小生が新しいJAZZの分野に目を向けるようになった1枚でもある。

「フリー・ジャズによる「音楽」の解体の後に再び「音楽」を構築しようというポスト・モダン・ミュージックの試み」などと(「○○ジャーナル」データベースより)で書かれていたが、
このレポートはこのアルバムが発売された当時のものではないと思われるから恣意的でありすぎて面白くない。
フュージョンなどというわけの分かったようで、その実意味のない言葉でくくろうとする不届きモノが多いのも困ったものである。「フューズオン」は「アンプラグド」の対向の言葉なのだろうか?
それにしても品のない言葉だ。


d0063263_14165633.jpg1972年11月6日オスロ,タレント・スタジオにて録音されたECMの名録音である。

「発表されたチック・コリア&ゲイリー・バートンの初めてのデュエット・アルバム。静かな熱気を孕んで展開されるクールなエモーショナル・ミュージック。チックのピアノとゲイリーのヴァイブが緩やかに移りゆく自然の風景を見事に描いている」
・・・・これも(「○○ジャーナル」データベースより)の批評記事である。一体どこから「緩やかに移りゆく自然の風景を見事に描いている」・・・などという言葉が生まれてきたのか。
ヴァイヴの音とピアノの音というだだけでは何も分からないし誰でも画そのような意味のないことを言おうと思えばいえてしまう。

寸評とはいえ、このようないい加減な言い回しに、決してだまされることのないようにしなければいけない・・・とつい言いたくなる。
お金を取って寸評を書く「評論家」あるいはそれに準じる職業音楽ジャーナリストや関係者は、この記事を読む読者のために、もっと真剣に音楽を聴いてから、評しなければならない。

この音楽からそんなことしかいえないのかと、あきれてしまうが、それはさておきピアノとヴィヴラフォンの組み合わせは、ミルト・ジャクソン&オスカー・ピーターソン・トリオの オスカー・ピーターソン&ミルト・ジャクソ/ 「リユニオン・ブルース」でも、MJQ(ジョンルイス)のでも不思議な親和性を程よく出していることは確認できる。しかしこの「クリスタル・サイレンス」では「デュオ」だから純粋にピアノとヴィヴラフォンの音が混じりっけなく交わることになる。

誰が思いついたのかは定かではないが、「デュオ」とはとても大胆な試みで、それぞれの楽器の持つ音響特性と、それらを最大限生かした録音技術、録音場所、勿論マイクセッティングなど全てにわたり冒険であったことだろう。厳密なことを言えば録音環境の空気でさえも多分重要な要素を占めるにいたると思われるのである。

この録音がECMの手によってなされたことは、単に契約したレコード会社などという以上に、彼らのこだわりが感じられるところ。彼ら自身の希望であったのかもしれない。
結果、この録音は非常によい出来。それぞれの『打楽器』の(ピアノは鍵盤楽器だという話は置いておいて)共鳴度が強く出る2つの楽器のよさを損なわないばかりか、プラス「3」になるかのような・・・空気感をも表現する名録音と言ってもいいだろう。演奏も両者のナチュラルなアドリヴと、親しみやすいメロディのヴァリエーションに好感が持てる。

一番面白い発見は、2つの異種の楽器が織り成す「共鳴」が「モアレ」・・・・平安時代の「御簾」や「絹織物」が複数重ねあわされた時に出来る縞模様のように、新しい次元の音を作っているということである。
クラシックオンリーの人種にも是非聞かせたいアバムの一つである。


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1.Improvisation On Robert de Visee’s Menuet2 2.Ann Arbor 3.Pavane For A Dead Princess 4.Improvisation On Robert de Visee’s Sarabande 5.Song For Jim Webb 6.Lulie la Belle
7.The Restful Mind
ジャズギターの名手「ラリーコリエル」とネイチャーサウンドグループの「オレゴン」が「ラヴェル」の「なき皇女のためのパヴァーヌ」(コリエルのソロ)を演奏した「The Restful Mind」1975年録音のアルバム。

ラヴェルの「皇女の・・・」はジャズでもよく取り上げられるが、コリエルのギターサウンドは、普段余り聴きなれない古びたトーンを出していて、アドリヴのよさとともに、転調やリズムの変化など独特の味を出している。とりわけ「ハーモニクス奏法」の見事なテクニックには目を見張るものがありクラシックの古楽器で聴いているかのような錯覚に見舞われる。

最近ではギターで「パヴァーヌ」を演奏するのがはやっているのか「オシオコウタロー」がやはり見事な演奏を、古くは「ローリンド・アルメイダ」が演奏したものがある。
しかし演奏スキルとギタートーンの変化の妙では、より深く神秘的ですらある「コリエル」の録音に勝るものは少ないだろう。ラルフ・タウナー、コリンウォルコット、グレン・ムーアのオレゴンのメンバーが参加する。

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1980年代初期に流行したいわゆる「癒し系」の音楽。「ウインダム・ヒル」レコード」からG・ウインストンやW・アッカーマンなど、かなりの枚数発売され、70年代待つから80年代半ばに掛けて大変な人気を呼んだ。レーベル参加者たちは全てアコースティック、沿いs手実力の持ち主ばかりと思われ、イージーリスニング。JAZZ、カントリーポップ、そしてクラシックまでそのジャンルは広く、聴衆の層を問わなかったことも人気の一つであったのだろう。個人の起こしたマイナーレーベルだったが、その後大手資本に吸収された頃から方向性に陰りが見えてきて一時の人気は衰えた。
いまでこそ『癒し系』などという音楽ジャンルがあるくらいなのだが、ウインダム・ヒルはその元祖で、ジャケットの写真もLPのレーベルも「自然」を強く意識したコンセプトアルバムを多く出した。この「パッセージ」というアルバムは、バイオリン、チェロ、ピアノにイングリッシュホウンという珍しい組み合わせ。「ポール・ウインター」や「オレゴン」そして「ケルトミュージック」や、クラシックの「ラヴェル、ドビュッシー」にも通じるような音楽性を出し、「居心地のよい」音楽を作っている。




JOHN WATTS THE ICEBERG MODEL このLPはジャケットとタイトルネームが夏らしいのでアップした。ジョン・ワッツの詳細はWEBで検索しても見つからない。1980年代中期のアバムだと思うのだが、なぜ手元にあるのかも分からない。青空に白い雲のようなものに見立てた太い線によって、良く見ると「顔」のようなものが書かれている。
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by noanoa1970 | 2006-08-14 13:59 | JAZZ・ROCK・FORK | Comments(0)

ラヴェルの「子供と呪文」のティーポットとティーカップ

子供の「いたづら」を題材にしたこの小さなオペラは「コレット夫人」の作った台本をもとに、「ラヴェル」によって作曲された。少年は母親に反抗してばかり、周りの動物植物静物などに当り散らし、わがままな破壊行為をするのだが、やがていけないことと知った少年は、最後に母親の胸に飛び込む、というお話。
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幼児虐待、子供の親殺しとは無縁の世界であり、とても高感度の高い音楽である。

物語には多くが登場するが、母親と子供を除くと他は全て動植物及び、静物。それらが擬人化され、怒りや悲しみを訴える。
中に「ティーポット」tp「ティーカップ」が登場し、子供によって木っ端微塵にされた恨みつらみを歌うところがある。
「ティーカップ」はそこで「マージャン」「ハラキリ」「セッシュウ」「ハヤカワ」と、中国語と日本語の混ざった言葉で歌い、其れが恐らく「コレット夫人」のオリジナルと思うのだが、小生が聞いた「ペーター・マーク」の演奏では「ハラキリ」「セッシュウ」そして「フジヤマ」と歌わせている。
「フジヤマ」としたのは誰だったか?
小生はこの犯人は「ラヴェル」自身であっただろうと推測する。

「セッシュウ」は「ce・sur」とフランス語でもなじむが、「HARAKIRI・HAYAKAWA」では最初のHを発音しないから「ARAKIRI・AYAKAWA」となり「早川雪舟」のイメージが音楽的に薄くなる。そこでラヴェルは其れを嫌って片方を日本の象徴でもある「富士山」=「フジヤマ」を後に当てたのではないかと思うのだ。

またここで登場する「ティーポット」はBLACK!BLACK!と叫び、これを黒人のボクサーとする向きもあるのだが、小生はこのポットをイギリスの「ウエッジウッド社」製の「ブラック・バサルト」=「黒玄武岩」を原料にした「磁器」のことであると思う。d0063263_13263251.jpg

そして「ティーカップ」は「中国茶碗」ではなく、「CHINA]=海外では陶磁器を広く指し、「ティーカップ」が「ハラキリ」「セッシュウ」「ハヤカワ」または「フジヤマ」と叫ぶことから、日本製の「輸出磁器」これはあくまで推測だがd0063263_13271773.jpg「薩摩焼」のティーカップであったのだろうと思う。
「薩摩」のーティーカップ」・・・輸出品は全て六客セット、輸出戻りの骨董品をもう少しで購入するところを、同じ里帰りの「九谷」に化けたことがある。外国人には「薩摩」はとても人気があったそうで、「パリ万博」にも出品されたという。
お里帰り=(江戸から明治期に輸出したものを、ヨーロッパで買い付けで日本に戻ったもの)の「九谷」のティーカップ&ソーサーは、六客1セットで、「ボーン」でなく「玉子の殻」を入れて、ものすごく薄く、白く、硬く焼いてあり、透けて向こうが見えるようなものである。

模様が「あやめ」か「杜若」なのでシーズンになればお見せしようと思う。
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by noanoa1970 | 2006-02-19 07:00 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(2)