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モーツァルトの交響曲40番(小林秀雄が聞いたのは)

少々フライイングですがご了承ください。

モーツァルトの交響曲40番は、25番と共に短調で出来ていて、41曲の中でたった2つしかない。
モーツァルトの短調の曲はその数の少なさや、モーツァルトの意外性をも感じることから人気が高く、40番はその典型だろう。
「モーツァルトのト短調」といえば40番交響曲あるいは弦楽五重奏をさす。

40番を語るに際し、どうしても耳から離れないことが、特にわれわれ世代か、それ以前の先輩世代のクラシック愛好家には幅広く存在するようだ。

それは、小林秀雄(1902年生)が執筆し、1946年に出版た「モオツァルト」「無常ということ」のエッセイの影響である。

小林は、1946年12月に青山二郎と「創元」を編集しているから、それに先立って書いたものかもしれない。
青山二郎は装丁家としての仕事の傍ら、独特の審美眼で骨董をめでた人で、白洲雅子の師匠と言われた人だ。
小林は骨董を巡って青山二郎と交際し、やがて仲たがいしていくことが、白洲雅子の「なぜ今青山二郎か」に書かれている。
小林ものちに骨董に興味をもち、かなりの審美眼を持っていたことが推される。
「壺中居」 という日本橋の骨董商によく出入りしたらしい。

小林といえば「考えるヒント」が受験問題に良く出たから、少しは読んだことがあるぐらいだったが、「モオツァルト」に接したのは大学時代になってからだった。
難解な文章で、理解するには相当苦労したが、それでもわからないことだらけだった記憶だ。

『もう二十年も昔の事を、どういう風に思い出したらよいかわからないのであるが、僕の乱脈な放浪時代の或る冬の夜、大阪の道頓堀をうろついていた時、突然、このト短調シンフォニイの有名なテエマが頭の中で鳴ったのである。』

以上のフレーズは断片的にだが、覚えていて(調べて正確なものを記した)、40番は小林の抱いた感覚を、かなり自分に摩り込ませて耳に入れたところがある。

同じト短調の弦楽五重奏曲第4番冒頭を、「走る悲しみ」と評した言葉とが、ぐるぐる頭を駆け巡らないではいられない状態でもあった。

『モオツァルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない。涙の裡に玩弄するには美しすぎる。空の青や海の匂いの様に、万葉の歌人が、その使用法を知っていた”かなし”という言葉の様にかなしい。
こんなアレグロを書いた音楽家は、モオツァルトの後にも先にもない。
まるで歌声の様に、低音部のない彼の短い生涯を駈け抜ける。』


「かなし」は感情が痛切に迫って心が強く打たれるさまを表す意が原義、と辞書にあるが、小林の解釈はこれでよいのだろうか。
悲しでも哀しでも古語の愛しでも含んでいるような言い方である。

「低音部がない生涯」ということは、言い換えれば「不安定なモーツァルトの生涯」ということなのだろうか。
頼るものが誰もいなかったことを意味するのだろうか。

こんな文章は、学生時代には文字面を追いかけただけ、理解はできなくて当然のような気がするが、今は何となくわかりそうな気配がするのも、年をとったせいだろう。

「疾走するかなしさ」、これには引用元があり、アンリ・ゲオンの著書「モーツァルトとの散歩」の中で、「走る悲しみ」といったことに寄るのだが、小生はそのことを知らずにいた。

道頓堀で響いたのは40番の終楽章であるということだが、「走る哀しみ」の文章が40番に対してのことだったか、弦楽五重奏だったか確かな記憶がない。(もう一度読み替えす気力がない)
また両方とも「アレグロだし、曲想も哀しいと言えばそう聞こえるから、終楽章にでも1楽章にでも言えそうである。

平たく言ってしまえば「ト短調」すべてに言えるのかもしれない。

ブタペスト/トランプラーが聞きこんだ音盤だが、アマデウスの弦楽五重奏1楽章が営巣とともにあったので貼り付けた。

まだ確認作業はしていないが、多分同じト短調のアレグロを持つ弦楽五重奏に、小林は言及したのだろう。
しかし上の言葉は、先に言ったように40番と五重奏どちらにも当てはまるのではないかと思うから、どちらのことでも大した問題ではないように思う。

室内楽を積極的には聞いてない時期に、ブタペストSQ/トランプラーの音盤は手元にあったぐらい評価が高かったし、サークルでも評判になった音盤だった。。

小林の言及も手伝ってだろう、モーツァルトの短調曲には、何か特別なものがが付加されるようになった。
いや小生の大学時代には、すでにそうなっていた感がある。

小生は木林の呪縛から逃れようとしたことが何回もあったが、今になってもうその抵抗はやめにしようと、なぜか思っていて、そのことに関して、小林の頭で響いた演奏は一体誰のものか、逆にそれに興味を持った。
40番についてを文章にするに当たり、今日はそのことに迫ってみたいと思う。

小林が道頓堀の雑踏にいた時代は、「今から20年も前のこと・・・」というから、出版の年≒出筆の年と仮定すると、小林はまだ若き22.3歳ということになる。

しかしながら、「20年も前」という記述は、あいまいな記憶の諸相を残すから、それを考慮すれば、20歳から30歳ぐらいと範囲を広めることは出来そうだ。

小林が20歳から30歳、つまり1922年から1932年あたりに範囲を広げるのが、適切であるかは確信がないが、演奏会にしろSP録音にしろ、小林が40番をどこかで聞いた、しかも記憶をとどめるほど熱心に聞いたことは間違いないであろう。
さらに、小林の父親という人は、蓄音機のルビー針を製作したというから、レコードで聞いた可能性は高いだろう。
レコードであれば飽きるほど聞けるのだから。

それでまず初めに、小林が聞いたとしたら、と思われる演奏会とそのプログラムを当たってみたが、モーツァルトの40番がプログラムにある演奏会は調べた資料では無かった。

おかげで戦中戦前の日本の楽団、「宮内省楽部、東京音楽学校管弦楽部、新交響楽団、中央交響楽団、星櫻吹奏楽団、東京放送管弦楽団、日本放送交響楽団、ハルビン交響楽団」の存在を知ることができた。

しかも、日本人が初めて耳にすることが出来たという、1925年(大14)4月26日「日露交歓交響管弦楽演奏会」開催の事実もわかった。
がしかしいずれもプログラムには、40番の名前はない。(38番、39番、41番はちらほら存在した)
このころ、40番はあまり人気がある曲ではなかったのか、単調だから時代の空気を助長したのだろうかなどと思ってしまう一方、40番はやはり小林によって広まり、人気が出たのかと推測してしまう。

しかし1957年のカラヤン/BPO公演でも40番は取り上げられず、35.38番だけが演奏されたようだから、もっとほかの要因が考えられそうだ。
また1954年単独来日しN響き振った時も40番は演奏してない。

しかし1959年10月27日、VPOを率いて来日した時初めて40番は取り上げられた。
NHKホール(旧)、東京
モーツアルト:交響曲第40番ト短調 KV550
ブラームス :交響曲第1番ハ短調 作品68

カラヤン人気は絶大だったから、この演奏会と評価が火付け役になったのかもしれない。
また小林のエッセイが後押ししたことが相乗効果を生んだとも考えられる。


以上のことから結論付けるにはやや総計だが、演奏会ではなく「録音」つまりSPレコードで聞いたという可能性が高くなった。
それでディスコグラフィーを探して、その時代の主なものをピックアップする作業に入ることにした。
結果、その中に可能性のある録音が3つあることが分かった。

1928/8/1、ブルーノ・ワルターベルリン国立歌劇場管弦楽団を指揮したモーツァルテウムザルツブルグ音楽祭での録音。
モーツァルト/ディベルティメント第15番
モーツァルト/バレエ音楽「レ・プティ・リアン」
モーツァルト/ピアノ協奏曲第21番
ルドルフ・ゼルキン(P)
モーツァルト/交響曲第40番
以上がプログラムである。

今ひとつが29/1/23、同じベルリン国立歌劇場との演奏、上のものと同一かはわからない。 

さらに一番年代的に可能性が高いものとして、1927年、R・シュトラウス/ベルリン国立歌劇場管弦楽団がある。

1930年代以上は、小林が20歳代の対象にならないから、この3つに絞ってもよいと思われる。
シュトラウスは1927年、小林が25歳、ワルターは小林が27歳と28歳となる年の録音だ。

小林の文面を性格にトレースすると、R/シュトラウスの演奏録音が一番可能性があることになるが、『もう二十年も昔の事を、どういう風に思い出したらよいかわからないのであるが、・・・』と書いているように20年も昔というのが、もう少し広い巾を持つというのなら、ワルターの演奏録音の可能性も無くはない。
むしろモーツァルトを得意にしていたワルターの可能性が高いということになる。

はたして小林はだれの演奏を聞いたのだろう。
『まるで演奏されたように響いた・・・』と書いているから、よほど演奏が印象に残ったのではないかと推測して、ワルターの演奏を聞いてみた(といってもNAXOSの一部だ)1楽章ではポルタメントの使いどころが1950年代のVPOの優雅な演奏とは少し違うが使っている。終楽章のテンポは凄く速く、疾走するかのように演奏される。
感想としてはかなりザハリッヒ、後年のVPOのものとは大きく違う。

シュトラウスの演奏は聞く機会が無かったが、どのようなモーツァルトになったのか、興味津々だ。

さて小生が何をお気に入りとするかについてだが、ここは,小林にあやかって・・いや確定はしてないのだが、たぶんそうであったろうという大胆な推理の下に、小林が聞いたであろうベルリン歌劇場管弦楽団(15分しか聞いてないので)との演奏ではなく、ロマンシチズムにあふれるVPOの演奏を挙げておくことにする。

準備が整えば、今後両演奏の特に終楽章の比較もしていきたい。
SKBとの演奏は、ザッハリヒな演奏だが排除しきれないロマンチシズムがあるのに対し、VPOとの演奏はポルタメントもパウゼも入れ込んで、ロマン性を強く出した演奏だと思う。
コロムビアとの演奏では少しテンポを落とし、特徴だったポルタメントをなくしている、しかしロマンチックな演奏である。

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小生が一番古くから聞いてきた演奏はワルター/コロムビアの演奏で、このLPジャケットは今でもよく目立ち一発で探すことができたほど。
俗物主義的な金色ジャケットだが、今では逆にいとおしい。
35番39番40番という、つめこみのせいか1面に40番全曲と39番1楽章、2面に39番3つの楽章と35番という録音のLP。
こういうレコードは聴く側に負担だった。
従って、このワルターの音盤では40番しか聞かなくなってしまった。

終楽章はこちら、ブルーノ・ワルター/VPO

by noanoa1970 | 2012-06-28 08:48 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(4)

モーツァルトの後期交響曲・・39番のお気に入り

日本人は3とか5とか7という奇数番号が好きなようだ。
3大神社、5人衆、7本槍などなど、しかし両面宿儺、四天王、六歌仙等もあるから一概には言えないようだ。
モーツァルトの交響曲を五つ選ぶとすると、小生の場合、25、29、35、36、39。
7つの場合に40と41が入るということになる。
しかし38も入れたいので、8という数になるから、この話はやめて、そろそろ本題に入ることにしよう。

今回はブログの盟友、abendさまのご提案で、モーツァルト後期の3つの交響曲である。

さて、39番は序奏つきの最後の交響曲で、モーツァルトに序奏があるほうがよいのか、40,41のように無いほうがよいのか、議論の分かれるところであろう。

小生のニュアンスとしては、序奏があると他の楽曲、例えば数々の序曲と混同してしまうし、無いほうがストレートな物言いでいいのではないかと思うが、これから始まる、というように、心構えする時間を与えてくれるのも悪くはない。
本格的に実施したことはないが、序奏の違いを聞くことも面白いかもしれない。

序奏は概して中身より大げさなことがあるが、39番もそんな例で、この曲の特徴でもある「不協和音」をあれだけ駆使した不気味な序奏にもかかわらず、展開は優しく聴く側をみごとに裏切るかのように進んでいく。

この曲、モールァルトの変わりやすい心、気性の反映だとすると、わかるような気がする。
通常ソナタ形式を、2つの相反するものの対立、そして融合などと説くものもあるが、モーツァルトの場合は、自分の内面にある矛盾した心の移り変わりが出ているのではないかと思うことがある。

さらにモーツァルトにきわめて特徴的に思うにのだが、それはフレーズの使いまわしで、例えはよくないかもしれないが日本の演歌がほぼ同じ進行で、先が読める音楽となっているように、次のフレーズの予測がしやすいのも、モーツァルトであろう。

しかし演歌と決定的的に違うのは、必ずどこかに毛色の異なるフレーズと、主に2楽章やトリオ部分でで聞こえるような、大胆で想像も出来ないような美しいメロディーを使うことのように思う。

演歌と比較するのもおかしいのだが、演歌にはそれが無いし、あっても稀有なことで、平たく言えば誰でも簡単に直ぐに、カラオケで歌えてしまうという具合の特徴が演歌にはある。

モーツァルトを聴いて飽きることがないのは、変わり目の面白さと意外性が、スタンダードフレーズの中から飛び出してくることだろう。

それだけに、演奏の可否を論じるのは至難の技だ。
昨今のピリドアプローチを全く否定する気はないが、聴いた限りにおいてはモーツァルトの持つ複雑な気質の表現には向かないのではないか。
また新版の楽譜が追い討ちをかけているように小生には思えてならない。

このことは非ピリオド演奏を昔から聴きなれているということもあるだろうが、ピリオド演奏のモーツァルトが、何を表現したいのかよくわからないことが先ず大きな点。

その時代に合わせたもので演奏するのなら、聞く環境も考慮しなければ片方だけでの自己満足にしか過ぎないというのが、小生の批判の論拠である。大きなホールで昔は演奏してないと思う。
ピリオドで大ホールでは、当然強く弾かねば合わないだろうし、それこそ座席の位置が問題となる可能性が強いと推測でき、それはオケの配置以前の問題であるのではないか。

さらに大概の演奏が速く速く、何をあせるのか、必要ないほどテンポアップしていること。
際立つのは、ティンパニのマレットを変えて鋭角的に響かせること。
そのために演奏がピシッとしているという錯覚に陥ることがある。

そして弦楽器の音色だが、ノンビブラートはバランスがピシット合ってないと、ハーモニクスが出来きらず乾いた・・・空虚な音になりやすく、小編成であるがゆえに、まともにオケの技量が出てしまう。

小手先のピリオドは、この辺りでヨシにしていただきたいと願うものである。

そんな観点から気に入っている演奏を挙げるとすれば。

・小編成だがバランスがよい。
・テンポもワザト速めてない。
・ビブラートは薄めではーモニクスも出ている。
・バランスがよいので音がスケスケでなく、しかも透明感が有って見通しがよい。
・楽器編成が手に取るようにわかる。
・不協和音の表現がお見事
・それに付随して、何も考えずにひたすら音楽していたが、時々これでいいのかと一瞬考え込むような・・・パウゼを終楽章になって入れ込んだところ、これはワルターの演奏でも特徴的だが、この指揮者は最終楽章だけに挿入した。
これが物凄く生きている。(小生は「戸惑いの表現、マークパウゼ」と呼ぶことにしている)

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そうです、その演奏は、ペーター・マークとパドーヴァ・ヴェネト管弦楽団。
ベートーヴェンでも透明感ある演奏を聞かせてくれたが、モーツァルトでは特にバランスのよさが際立っているので、少数編成のトーンで無いように聞こえる。

これを聴かずにピリオド演奏を礼賛するのは少し早計であろう。

ワルター、スイットナー、カラヤン、ムラヴィン他、よい演奏はあるが、小生の選択は「マーク」。
インマゼール、アーノンクールなどピリオド系は、苦手である。(もしピリオド系お挙げになったらごめんなさい)


by noanoa1970 | 2012-06-23 16:46 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(4)

岡田財閥のCSR、無料コンサートに行った

「AEON」でおなじみ、三重県の豪商財閥、岡田財団が、たびたびCSR活動の一環でクラシックコンサートを開催する。

小生が勤務していた会社は、今はどうかわからないが、バイオリニストのイツァーク・パールマンを招へいしたコンサートをよく開催し、小生は名古屋公演の担当者になったことがあった。
担当したおかげで、肝心のコンサートには参加することができなかったのが残念でならない。

今回は地元桑名での開催で、しかもオケも指揮者も外国人というのは稀なこと。
桑名でのクラシックコンサート、知る限り、外国人指揮者、外国オケのマーラーは過去に一度も演奏されてないと思う。

1200名無料招待というから大盤振る舞いであり、弱小地方都市での開催だから、たぶん抽選には漏れないであろうと応募し、招待券をいただけることになったが、クラシックとは縁のない人も、FBで知ったが、四国から来て大阪公演を聞いたのちに桑名に参戦したという、コアなファンまで、おそらく観客は多種多様であろう。

少しだけ遠慮をして1枚だけリクエストしたが、複数で来場した人も多く見られたから、欲を出すべきだったと後悔している。
しかし欲を出すとハズレとなることが多いから、これでよかったが、このような素晴らしい演奏なら、音楽好きな人に聞いてもらえたら、という心残りは強い。

エド・デ・ワールドはそんなに知られた指揮者ではなく、自分で編集したワーグナー管弦楽を、確かN響でi指揮した記憶があるが、力の割に派手さは皆無だから、並みのクラシックファンでは積極的に聞く指揮者ではないようだ。
またロイヤル・フランダースOも、ベルギーのオケの中では地味な存在で、歴史は深くはない。
しかし個人的には・・・・聞くのは初めてだが、おそらく弦パートは素晴らしいに違いないと、「フランコ・ベルギー楽派」の伝統と教育が生かされているのではないだろうかと、推測していたのである。

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演目は
メンデルスゾーン/ヴァイオリン協奏曲ホ短調
ヴァイオリン:森 彩香
マーラー/交響曲第5番嬰ハ短調
管弦楽:ロイヤル・フランダース・フィルハーモニー
指揮:エド・デ・ワールト

音盤では少年時代から聞いてきた協奏曲だが、生では初めて、マラ5も生では初めてである。
地方都市の大きくはない音楽ホールで、フルオケでのマーラーやブルックナーはかなりきつい、というか出来ないので、隣町の四日市、あるいは津では最近演奏されるようになったが、桑名は最近になってホールを改装して演台を広げ、客席数も300人ほど増えたので実演可能となったようだ。

でもまだやはりフルオケの演台としては窮屈で、オケは平面的に並ぶしかない。
しかしフルオケが窮屈とはいえ演奏可能とわかったから、今後を楽しみだということにしておこう。

小生は音盤に対しては感想やコメントなど、少々深堀して書くことはあるが、生演奏を同じレベルで書こうとは思わないし、書けるわけもない。

一回性の生演奏と、繰り返し確認できる音盤では、その評価も印象も、感想も、コメントも相当に違うことが予測でき、生演奏の評価などは、ただでさえ主観的な文章に尾ひれが付きやすいと思うからである。
「行列を並んでようやく食べたラーメン」・・・以前からそう皮肉を言ってきたが、職業評論家たちの、生演奏評はあてにならないと確信しているが、その影響を受けるクラシックファンはよい迷惑である。

味について云々カンヌンより、有名店のラーメンを食べることができた、という満足度のほうが勝ってしまい、それが味の評価に強く反映される、そういう危険性を危惧するものである。

特に音楽は、「そういわれると・・・・」という世界、つまり他の要因によって感性が惑う子とが多く、その影響の範囲はかなり広いから曲者だ。
音盤であれば、確認は可能だが、生演奏は自分で確認することが困難であることも、1つの要因であろう。

という自己弁明をしながら、演奏中に感じたことで、今でも鮮明に記憶しているものだけ書いておくことにする。

無料のチケットであるがゆえに、良くも悪くも、思った通り書くことができるというものだ。

メンデルスゾーン
オケは集中力が欠け気味に始まる。
バイオリンもそのわずかな雰囲気に戸惑うがごとく、そして緊張のせいか、音程がハイ上がりで不安定。
しかし1楽章の再現部にはいると、オケもバイオリンも本来の調子を取り戻したのか、指揮者が建て直ししたのか、美しい中にも哀しさを伴ったように張りつめた演奏に変化していった。

メンコンは優しい音楽だと思っている人は、…過去には小生もそうであったが、エドの解釈はそうではなく、大げさに言えば、ユダヤの哀しみをも表現するかのような解釈サポートであった。
惜しむらくは弦の音色がもう少し枯れていたならば、両者あいまった、より素晴らしい、小生好みの演奏になったであろう。
ただこれは小生の個人的欲張りで、若く美しい新進気鋭の御嬢さんに望むことではない。
彼女の腕の確かさは最終段階のフラジオレットの美麗さに表れていると思う。
最近は、見目麗しい女性音楽家が増えてきたが、彼女もその一人だ。
美貌を武器に商売替えなどして欲しくない。

マーラー5番
今まで聞いてきた多くのこの曲の演奏が、鋭角的な刺激的な演奏がほとんどであった。
弦はうねりを上げ金管が咆哮する、いかにもマーラーでございます、といった演奏が実に多いのである。
中にはインバルのように、マーラーもブルックナーも、同一水平線上にあるという解釈の指揮者もいれば、思想的背景は別にして、マーラーを演奏しない指揮者、反対にブルックナーをやらない指揮者も存在する。

最近中堅指揮者で両方無難にこなす指揮者もいるようだが、聞く限り・・といっても一部しか聞かないでいうのはなんだが、いずれもあまり顕著な特徴がないように思えてしまう。

いずれもが1時間を超す長大な曲を、まだ若いうちに全曲録音、しかもブルックナーもマーラーもやってしまうというのは、傍若無人というしかない。(と思うが、もうそういう時代ではないのだろう)

正直に言えば、積極的に聞いたことのない、エドと見知らぬオケでのマーラー、期待していなかったが、トランペットの柔らかく暖かい出だしで「オオッ」と思い、金管楽器が重なる音を聞き、このオケ、ひょっとしたら、あたりかもと思った。

エドの地味な指揮ぶりから出てくる音は、各パートの音のバランスが見事、であるがゆえに、内声部が見渡せるような、ただただ迫力を追求した昨今のものとは完全に違うマーラーであった。

推測だがエドは、ホールの利点と弱点を見抜いていて、しかも限界を知って、金管楽器軍や打楽器を水平に並べ、弦楽器も近代配置としたのではないか。
オケの総体が意図したように響くのを、重点的綿密にチェックしたに違いない。

楽器が埋もれてしまうことを懸念したり、あるいは強調せんがために、金管楽器を立たせて演奏させたりする指揮者もいるが、ホールの音響特性を敏感にキャッチした指揮者である証拠に、何も細工しないで非常にバランスの良い音・・・すべての音が聞こえるかのような、透明度の高い音を聞かせてくれた。

往々にしてバランスを無視したような演奏(録音)があるが、これが欠如しているとマーラーがマーラーではなくなってしまい、迫力と鋭さだけが印象の音楽となってしまう。
そのような演奏では、最後まで飽きずに聞くことは難しいものである。

エドのマーラーは、まず暖かい。
苦悩やら人生のマイナス思考などそこにはなく、観衆を包み込んでくれるような、大きなマーラーであった。
言い換えることが許されるのなら、子供のころに親しんだ歌を、その心を想起して編曲再現したような音楽だといいたい。

トゥティでも大仰な身振り指示など全くしない、淡々とした指揮者だが、出てくる音楽は分厚く暖かく優しくそして艶があった。

よくオーディオ装置での再現音楽は、「生」には絶対勝てるはずはない、そういう人が大勢いるが、だからオーディオ装置が絶対適わないわけでは決してなく、バランスのピシッと取れた演奏からくる、微細な音の表現と見通しの良さが引き起こされ録音された音盤は、アンバランスな生演奏よりも優秀な場合がある。

しかしこういう演奏を聴くと(小生の座席位置は1回の前から10列の、向かっていちばん右であった)が、まるで純フレンチのベシャメルソースのように、仕上げに黄卵を加えたような、舌触りと、アイスクリームよりも滑かな食感、そしてほのかなグローブ臭を伴い、同じベシャメルソースを使った異なる料理が提供されても、初めて味わう料理の新鮮なこと同様、あのしつこいマーラーが、音が響くたびに新鮮に聞こえるから不思議なことであった。

観客は通常のコンサートとは、おそらく異なり、無料だから…という人もいたと思うが、何もトラブルはなく、周囲の方々も熱心に聞き入っていたように思う。

メンデルスゾーンでは楽章間の間がなく演奏されるから、咳のタイミングを外された方もいたであろうに。
演奏の最中の咳も気になるものではなかった。

しかしこういう人はどこにでもいるのがとても残念なことなのだが、マラ5が終了するや否や、まだ残響音があるうちに、早い人の拍手よりも先、ほんの少しフライイング気味に、ブラヴォーと叫んだ人がいた。

よい演奏に観客が呼応するのを否定するわけではないが、音が消え去るまで数秒待てないものか。
音の余韻を楽しむという文化はまだまだ足りないようだ。
しかもおそらく割とコアなクラシックファンと思しき人だと推測されるから、余計に・・・少しいやになってしまったが、そんなことはもうどうでもよいほど素晴らしい演奏であった。

最後に、今回のような素晴らしい企画をバックアップし、音楽文化発展に貢献した(効果測定には言及しない)岡田財団に感謝しておかねばならない。

エドがフライイングブラヴォーをいやに思ったか否か、わかるべくもないが、鳴りやまない拍手に数回答え、おそらく観客はアンコールがあると思ったかに思えた瞬間、コンマスと握手をしたその手をひぱって伴に舞台裏に消えると言う、ユーモラスというか、アンコール要求の拍手はごめんというか、耐えられないというか、あれだけの熱演をしたのちに、アンコールなどには応えられるわけがない…小生にはエドがそういっているように思えた。

次回は有料とし、今回無料だから参加したオーディエンスが、自費でも来るのか否か実験してみたらどうだろう。
集めたお金は財団からの寄付ということで被災地に回せばよいではないか。
今回そういうことになっているに違いないと思っていたが、寄付の寄の字もなかったのは少々残念であった。

ここから先は余談
先日、町内にあるホールのコンサートでは、管理運営する役人は、かなり立派なホールなのに使用率が少なすぎるのを問題にしたら、お金を取ると客が来ない、そう言い切って、まるで音楽教室の発表会のような企画をしたが、こんなことばかりやってるから、皆が名古屋に出かけてしまうのがわかってないようだ。

小生の居住地は転勤族が多いし、名古屋への出勤者が多い。
高速バスは割高だが、三重交通のドル箱路線となっているぐらい人口も多く、クラシック以外の音楽や演劇に興味を持つ人も少なくはない。
周辺の市民を巻き込むぐらいの勢いのある企画は、たぶん役人ではできないだろう。
せっかく市の管理から外れたにもかかわらず天下り役人では同じことなのだろう。
ホール活用の活性より、自分たちの仕事が楽な方を取る体質は、昔と全く変わっていない。

税金を使って企画運営可能な位置にいながら、民間の財団よりもはるかに劣るものしかできない、というより月間数回の催しで、しかも趣味のサーlクルの発表会や、わけのわからないような怪しげな会社の面接会などなどで終始しているのには困ったものである。
市の直轄で無くなったことが、かえって災いしたのかもしれない。

大都市のホール、たとえば10月に行く予定の武蔵野市民ホールでは、あっと驚くような企画コンサートが格安で連続して提供され、チケットが取れないぐらい盛況のようである。

わが町にこのような状態は果たしてやってくるのだろうか。


by noanoa1970 | 2012-06-19 22:20 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(8)

ブラームス交響曲4番についての仮説、いや妄想。

ブラームスの4つの交響曲の中で、馴染みにくく、難解であると思ってきたのが4番である。
今回まとめて数多くの演奏を聴くに及び、その理由とこの曲が表現しようとするものが、ボンヤリ見えてきた様な気がする。

この曲の難解なところは、3楽章で完結していると思わせて、実はまだまだ・・・4楽章という必要あらざるように小生が思うものが、つけられていることであろう。

小生は昔からこの4楽章が、なぜ付加されているのか不思議でならなかった。
しかし、ある仮説、いや、妄想を抱くとわかりやすいので、今のところはそういうことにしておこうと思う。

咽び泣くような高弦と静かに見守るような低弦と、そして恥も外聞もなく感情を吐露するような管楽器群。

これは最後まで続くこの曲の主要モチーフ、つまりブラームスの秘めた恋、恋愛の反映の姿ではないか。
ある時はユニゾンで、そしてまたある時は対位法で、男女の恋愛の縺れや綾の表現とみると、3楽章でいったん終結させた恋だが、どうしても断ち切れない未練が4楽章となる。

4楽章にパッサカリアを使いしかも3拍子なのは、少しの希望とかつての恋がまだ冷めやらずに、再び元の戻る…復活への希望の祈りではないか。

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このようなロマンチックな妄想を与えてくれた演奏は、なんと思いもよらぬフランツ・コンヴィチュニーがベルリン国立歌劇場管弦楽団を指揮した1960年の録音であった。

過去に何度となく聞いてきた演奏であったが、今回ほかの演奏と聴き比べて、そのことがハッキリ確認できた。

しかしまさか、コンヴィチュニーがこのような演奏をしようとは、確かに振り返れば、チャイコフスキーの4番5番ではこのような表現の演奏を聞かせてくれたが、彼の残した録音の中では非常にまれであり、たとえばブラ1と比べても、ブラームスそのものの解釈が正反対のように思えてくる。

出だしの千々に乱れる高弦の咽び泣きは、弦がピッタリと合わずに(合わせずに?)それが感情の高ぶりを強く表現しているようだ。
ブラームスの音楽は絶対音楽だという固定概念を大きく打ち破る演奏で、
コンヴィチュニーが意識してそれをやらせたとしたら、やはり只者ではないと思うが、果たしてどうだろう。

オケはベルリン国立歌劇場管だから、下手はしまいしその後はキチンと揃うから、わざとなのか、だんだん気が入ってきたのか、コンヴィチュニーがやらせたのかは、神のみぞ知るというところ。

聴衆の拍手の長いこと、これが物語らないはずが無い。

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これと正反対にあろう演奏は、ウイリアム・スタインバーグがピッツバーグ交響楽団を指揮したもの。
この演奏は、途中で爆竹の音がするトスカニーニ/フィルハーモニア管よりもずっとザッハリヒである。
過去にはこういう演奏を好んでいたような気がするが、今現在はそうではない。

比較視聴の中から、ザハリヒな演奏を出した狙いは、コンヴィチュニーに潜在的にある、ロマンチシズムを強く表現しいたいがためである。

コンヴィチュニーの指揮ぶりは、固定観念からやや解放されつつあるように見えるも、ここまでのロマンチシズムはこ、の曲を聴かないでわかることはないだろう。

惜しむらくは1番4番しか今のところ録音されたものがないが、来日時に2番を演奏したという記録があったと記憶するから、3番もどこかで演奏したに違いない。
その1番さえもCD化はされたが、いまだにリマスター復刻はない。

どんな形でも構わないから、全集として発売を強く期待する。
また、来日時の演奏はベト9しか発売されてなく、NHKがおそらく音源を持っているのだと思うが、こちらも発売を強く希望する。

チャイコフスキーで垣間見れた、コンヴィチュニーのロマンチシズムが、ブラ4で全開となった気がするし、
コンヴィチュニーのもう1つの顔、あるいは多面性、あるいは臨機応変といった、実力者だからこそ可能である演奏が聴ける。

素晴らしいと確信している。

by noanoa1970 | 2012-06-16 13:11 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(4)

とうとうボケ始めたか

この10日のブログに、文部省唱歌「雪」のルーツは、スラブの民謡だったのか、という記事をUPしたが、書いているときには何も思わなかったのだが、書き終えてしばらくすると、ドッペルゲンガーに襲われる感覚を持った。

この前から、カラヤンのブラ3とドヴォ8がカップリングされたCDを探し続けていて、過去に記事にしたことがあったかもしれないと、ブログ内検索で「ドヴォルザーク」をピックアップしてチェックすると、「よく似た曲」というタイトルで、今回の「雪」のルーツは・・・とほとんど同じ内容の記事を書いたことが判明。

2006年8月25日の記事だから、ほぼ6年前のことである。

しかし以前に書いたことを、その時点で思い出せなかったとは・・・・
そういえば最近名前や地名などがすぐに出てこなくなって「あそこ」とか「あの」とか。
「ちょっと、あそこにあるあれ取って」とかなんとか言っているような気がしてならない。

過去記事はここ
以前の記事は、以下の通り。
http://sawyer.exblog.jp/3634566/

似ている曲の番組があると教えられ、見に行ったこともあったが、それに頼ると感性がダメになるとコメント返ししたことも書いてあった。

小生は教えられた番組のHPは絶対に見ないことにしたし、今ではンそういう番組のことさえ忘れていた。
人によって教えられて・・・あ、そうかと思うなんて言うのは嫌だからで、先に誰かが言及したかしないか関係なしに、自身の耳で聞いて発見することに大いなる喜びを味わうから、あらかじめ知ってしまうと楽しみが減ってしまうからである。

小生がブログにUPしたものは、すべて自身で発見したものであるから、すでに誰かが言ってるよ、とかそれは誰でも知ってる有名な話だよとか、何を言われようと、それよりも自身の感性が鈍ってないと思えることが重要なことだし自信にもつながる。

誰かがすでに言及しているものもあると思うが、誰も気が付かないものもあると思うから、そういう意味では、してやったりという自身が内心湧くものである。

それにしても同じ内容の記事をダブらせてしまうなんて、実に情けないことだ。

by noanoa1970 | 2012-06-13 00:06 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(4)

文部省唱歌「雪」のルーツは、スラブの民謡だったのか。

ゆーきやこんこ、あられやこんこ、降っても降ってもなお降りやまぬ。
犬は喜び庭駆け回り、猫はこたつで丸くなる。

だれでも知っている童謡あるいは唱歌「雪」。
子供の楽しそうな姿と、動物それぞれの応対の姿が目に浮かぶかわいい歌である。

いったい誰の作詞作曲家と思って調べたが、「作者不詳」となっている。

最近のこと、ディスカウが亡くなったので何か聞いてみようと取り出したのは、シューベルトでもヴォルフでもシューマンでもなく、ドヴォルザーク。

アンチェル/チェコフィルのレクイエムの余白に収録されたた「聖書の歌」抜粋。
通常10曲からなる歌集だが、1、3、4、7、8、10の6曲からなっているもの。

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聖書から引用した文に曲を付けたもので、おそらくは正式な宗教曲とは言えないぐらいポピュラリティがあるもので、たとえるならば、聖歌や賛美歌に対するゴスペルといったところだろうか。
教会で歌う目的以外のために作ったのかもしれない。

収録された最後、作品でいと10番目「聖書の歌~第10曲「主に向かって新しい歌を歌え(Zpivejte Hospodinu pisen novou)」を聴いて驚いた。
デームスのピアノ伴奏が・・・・・

文部省唱歌「雪」にそっくりではないか。
これは偶然の一致とは到底思えないから、誰かがドヴォルザークからメロディーを引用したのか。
それとも、ドヴォルザーク自身がどこかの古い民謡を引用したのか。

推測でしかないが、スラブ地方の民謡をドヴォルザークが引用し、それを誰かが引用し詩を付けたのが文部省唱歌となったのだと思いたい。

赤とんぼのメロディー、ドイツの古い民謡そっくりという話もあり、シューマンが引用したものを山田耕筰が再引用したという可能性もあるように、聖書の歌は民謡から引用され、それを最引用し「雪」となって、皆さんに愛される歌となった。

そう考えると、イギリス、スコットランド、アイルランド、アメリカ、ドイツ以外にスラブという、童謡唱歌のご先祖がいたことになって面白い。

by noanoa1970 | 2012-06-10 15:44 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(2)

私の愛聴盤・・・ブラームス交響曲3番

この音盤を上げるために、今一度聞き直そうと思って探したが、見つからない。
大体この付近にあるはずと思って探したのがいけなかったかと、非常に面倒だが音盤を1枚ずつチェックしてみたがそれも徒労に終わった。

見逃しがあるに違いないと、最終手段はメーカー別に並べ替える決心をして、作業に取り掛かった。

目指す音盤は、「ロンドン」だから、例外もあるが白赤青の帯模様があるから、その中にあるはず。
半日かかりで、メーカー別に並べ替えしてみたが、いまだに発見できない。

もちろん棚の奥や並ぶCDの後ろ、非クラシック音楽の棚もチェックした。
残念なことにいまだ見つかってない。

つい数年前も、ドビュッシーの前奏曲全曲盤を探していたが、見つからず諦めていたら、少し大きな地震があって、落ちてきたCDがの中にそれを発見したことがあったから、どこか尋常でないところに隠れているのだろう。

探している音盤は、カラヤン/VPOの60年代のDECCA録音、小生のはドヴォ8とカップリングされている廉価盤だ。

ブラ3はこのカラヤン盤をLP,CD合わせて一番数多く聞いた。

甘く切なくそして哀愁を帯びた演奏で、4つの交響曲の中ではカラヤンに一番良く似合う曲と小生は思っている。
VPOの弦もホルンもきわめて柔らかく、しかも合奏では、音の厚みを感じることができる。
和声の中にこっそりと秘めた思い・・・・そんなブラームスのプラトニック面が表現されるようなカラヤンは、素晴らしく思った。

映画で使われたから、ということではないことは、映画をいまだに見たことがないことで明らかだが、特にカラヤンの3楽章は見事ととしか言いようがない。
ここだけ取り出してリピートして聞きたいものだ。

かつて小生はまだウォークマンがカセットの時代、手持ちの音盤すべての3楽章を録音し、持ち歩いては聞いたことがあった。

ベームもシューリヒトも、ザンダーリンクも、トスカニーニもマズアも収録し、さらにMDに落としてランダム再生までして聞いた。

中でよかったのが、バンスタ、バルビ、カラヤン、そしてケルテスで、今考えればすべてがVPOとの演奏であるのが不思議なこと。

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当然愛聴盤はカラヤン/VPOということになるが、今一度聞き直すことができないため、今回はバルビローリ/VPOに譲ることにした。

バルビローリ盤は2番とのカップリング。
この2番も相当な演奏だが、親子ほど年齢が離れているにもかかわらず、バルビのようなコントロールでVPOを操縦した、ケルテスに敬意を表した。
いずれも自我を殺し、オケに裁量の余地を多分に残して、このオケの良いところを自然に引き出した演奏だ。

アインザッツが難しのだろう。
1楽章冒頭の弦がピッタリそろった演奏を聴いたことがあまりないが、VPOの演奏はいずれもが弦のアラが目立たない。

いつも思うのだが、数ある管弦楽団の中で、低弦の音がもっとも安定しきっているのはVPOではないだろうか。低域をしっかりさせると、高域もそれにつれて良くなっていくオーディオに似ているように、管弦楽団では、やはり低域の確固とした支えが特に重要なのだということを思い知らさせる。

ブラームスはここぞという素晴らしいメロディを、低弦に任せることが多いが、低弦で奏される3楽章は、ブラームスの真骨頂であり指揮者のそれでもある。弦はもちろん金管木管のセンスがハイライトされやすい曲で、しっかりした低弦のささえで、高弦にすすり泣くようなボウイングをされるともうたまらない。

優しく包み込む男性の腕の中ですすり泣く女性、しかしブラームスには、男女逆転したところもある。
紺のあたりをいかに表現する加賀、面白いところ、指揮者のブラームス観がでやすいところだ。

また指揮者の性格や持ち味が演奏に反映され、それがわかりそうな楽曲があるとすれば、ブラームスではないかとも思ってさえいる。
単体での演奏はもとより4曲通しての演奏になると、それがよくわかるような気がする。
バルビは、2番3番が出色の出来だ。
しかしカラヤンは3番しかもVPOとの60年代DECCA録音だけが突出してよい。

ケルテスは高水準を維持しながらも、4番がはたしてケルテスの解釈通りうまくいった演奏なのか、聴いているとやや不安さが乗っかっているようだ。

ブラームスは、ドイツのオケと指揮者が一番という前に、いや後でも良いからバルビを聴いていただくと、ブラームス像や音楽イメージに変化があるかもしれません。

by noanoa1970 | 2012-06-10 12:55 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(7)

私の愛聴盤・・・ブラームス2番

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この曲の愛聴盤は,迷うことはない。
イストヴァン・ケルテス/VPOの演奏である。
DECCAの輸入全集盤を入手したのは1974年か5年のころ。

通勤帰りに、ジャズ喫茶によく行っていたが、あるときそのすぐ向かいに小さなレコードショップができた。
輸入盤専門の店でジャズが多かったが、クラシックも取り寄せできるという。
輸入盤の価格が心配だったが、どうしても欲しいレコードだったので注文したもの。
12000円いただきたいが、9000円で良いという。

クラシックレコードで儲けようとは思わないと、主人は言い、その後かなり親しくなって、新婚の奥さんとともに、京都に一緒に行った。
その時案内したのが、今は亡き中国関東料理の元祖「飛雲」。
古民家の中国料理屋で、谷崎 潤一郎も江戸川乱歩も訪問したという。

京都の義父が日本画の修業時代、居候していたところで、店の主人は華僑で京都のさまざまな芸術家のパトロン的な人物であったらしい。
2階の部屋の廊下の角には、河井寛次郎の作品がいくつも無造作に置かれていて驚いたものだ。

今京都の美味しい中国料理の店は殆どが「飛雲」育ち、あるいはその弟子や、そのまた弟子という事という。

しかしケルテスの2番の演奏は、そんな昔のノスタルジアばかりではない。

LPで聴いても2番の録音状態が他3曲とちがうので、調べると、この曲だけが1964年録音で、他の1番、3.4番は、1972年から3年の録音であることがわかった。
しかし小生にとってはこの64年録音のほうが、丸みがあってVPOらしさが良く出た録音だと思う。

sの録音年の違いがるのからか、CDでのジャケットは2番だけがほかのとは少し違っていて、顔写真は一緒だが文字の書いてある上の部分が白抜きとなっている。

世間ではこの曲をブラームスの「田園交響曲」などと呼ぶ風潮があるが、小生は未だにそのネーミングを激しく拒否するものである。

それは新しい発見をすることになったからであり、このことは今まで誰も指摘する者はいない。
しかし」小生は確信に近いものを持っている。

以下のケルテスの演奏の2分45秒からしばらく、そして4分11秒~5分まで聞くと、お判りになると思うが、ここに使われているメロディはあの「ブラームスの子守歌」の変形である。
7分17秒あたりから8分ぐらいまで、9分15秒以下数回にわたって再現される。

何回も繰り返し出てくると言うことは、それほど重要な意味を持つもので、其れが「子守歌」という事は、「田園」などというベートーヴェンにあやかったネーミングを付けては、ブラームスに失礼なこと。

どうしても名前を付けたいというのであれば、「遮られた眠り」とでも言ったほうがよい。

ブラームスがいくら引用の名手であろうと、まさかフォスターのビューティフルドリーマーのメロディーを冒頭のホルンに応用したなんて言うのは、少し行き過ぎだろう。
しかし自作の「子守歌」のメロディーを応用したという事なら、納得できるし、音楽からもそう思える節から説得性があるのでHが無いだろうか。

それにしても今の今まで・・・。小生がこのことを発見した1970年代から今まで、誰もこのことに触れないのは少々腑に落ちない。



VPOは素晴らしいオケであるが、この演奏では彼等の良いところが全て表出している。
「新世界」でもそうだったが、任せられるところは、ケに委ねるという姿勢が好演想を生んだのではないだろうか。
できることなら、このコンビでベト全を聴いてみたかった。
モーツァルトももっともっと聴きたかったし、またコダーイやヤナーチェク、バルトークの音楽も。

by noanoa1970 | 2012-06-04 09:13 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(4)

ツバメとカラス

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巣立ちしたばかりのツバメをカラスが狙っている。
しかし、そこはツバメ。

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カラスなんかのスピードでは全く追いつかない。
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ツバメの飛行経路を見張っているカラスだが、獲物はなし。

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ツバメはそんなカラスをあざ笑うかのように宙返り。

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電線に止まり、家への帰還が安全なのを確かめているツバメ。

1時間余りの撮影でした。

by noanoa1970 | 2012-06-01 21:58 | Comments(2)