お知らせ

4月1日から、abendさんとのブログ企画第2弾、「私の愛聴盤」と題し、一番目として、ベートーヴェンの9つの交響曲を順番にコメントしてゆきます。

時間が許せばHBABIさんも参加してくれることでしょう。

お互いの愛聴盤の聴きどころや素晴らしいところなど中身の濃いものに
なるはずです。

ご覧いただいているみなさんで、もし参加希望があればお待ちしております。

この投稿のコメントでお知らせください。
なおブログは何でも構いませんが、ブログ投稿が基本です。
その節は、ブログURLもお教えください。

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by noanoa1970 | 2012-03-28 16:22 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(2)

演歌とはなにかを探る途中

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読み始めた本がこれ。
「美空ひばりは演歌なのか」という攻撃的なキャッチが、著者がそうでないという根拠があり、それがいかなる観点から理論展開されるかが興味があった。

さらに「演歌」は日本の心の代名詞ではないという作者の考え方が、創られた「日本の心神話」という副題となるようにとなってあらわれているが、その根拠が紐解かれるのであろうと期待しつつ読み始めた。

演歌の歴史からはじまるが、たまたま小生は学生時代のサークルで、「日本音楽史」に関する文章読んでいるから、よくわからことだが、1960年代から演歌はより複雑要素が加味されて「演歌」」というジャンルが形成されたと説く。

このあたりは大瀧が80年に日本ンpポップスが大きく変化点を迎え。ようやぅ西洋音楽からのコンプレックスから脱却できるようなったと説く「分母分子論」のロジックとよく似ている。

西洋音楽との絡みであることはいうまでもないが、西洋音楽を模倣した時期に、演歌と言われる音楽が発展したのは事実であろう。

著者は演歌以前の明治期、「唱歌」の外国からの引用を、国策、つまり国家発揚のツールとしたことを指摘し、集団で歌われること、学校の音楽に時間に歌うことが集団形成のための国策であったという。
要するに上野音楽学校の設立も、政府は教養や芸術を浸透させるための学校でなく、国家の意思に沿った音楽教育の実践者養成という目的があったという。

音楽に決して造詣の決して深いとは思えない明治政府高官たちが、諸外国の国家意識向上のツールとして、音楽を使ったことは、歴史上音楽の持つ力をよく勉強していたのだろう。

明治期の演歌は反体制で、唱歌は国策つまり体制という事ができる。

しかしそれらの論理は、うたう側の感性を無視した論であって、小生は明治期の人間では無いが、唱歌を聴いたとき、特にイングランドの歌は、唱歌の大本の諸外国を想起したことは間違いないことと思っている。
つまり唱歌の多くの向こうにはイギリスが、スコットランドが、アイルランドが、そしてドイツアメリカが見え、日本語でなじみやすいが、やはり借り物の音楽であるという気が大きくしていた。
しかし、そのことと音楽自体の良さは別で、音楽を聴いて思うのは日本の情景であったことも間違いないことだった。
これは間接的な故郷回帰ではないか。
明治期の小学生中学師たちはどう思って聞いたのだろう。

今であれば、「鉄道唱歌」を聴いて大本がアイルランド古謡と知る人も少なくなくなってきたように思うが、「故郷の空」を聴くと、今現在の家族よりも幼児期の家や家族の姿を空想体験して思い浮かべることが多い。

小生は、著者と違い「演歌」は日本の心であると思うが、「日本の心」というのが肝心で、おそらく著者と小生の考え方は異なるのであろう。
そして)著者は「日本の心」というのが概念化されたものとしてあるようだ。
小生は「観念」であり、広義の立場をとるものだ。
日本的なるもの」が存在するものは「演歌」であるるという立場である。
具体的ではないので、説明は困難fであるが、もしうまく説明できるいうことになれば、そうしたいと思う。

以前浅川マキという歌い手について、「浅川マキの故郷回帰」という記事を書いたが、その時から小生は日本人のDNAとして、「回帰」というものがあるような気がしてならない。

回帰するものは家、家族、自然、故郷、いわゆるその人にとっての古き良き時代であり、言葉であり、習慣である。

少し前の世代の人だが、青年期まで日本的な歌を毛嫌いし、外国の歌ばかり聞いてきた人間が、年を取ると、演歌が嫌ではなくなってくるという話を聴いたことがある。
いっぽうでクラシック音楽を教養とかエリート意識を持って聞いてきた人の多くは、年とともに、クラシック音楽を聴かなくなり、もっぱら演歌を聴き、カラオケでは流行歌用を歌うようになる。
このことは2つ意味があり、1つはクラシック音楽の接し方が、受け身でしかなく、深堀するための知見と耳を持ってないことだろうが、その奥には大正教養主義の残影が存在、2つめはこのような事象がが日本人のDNAであるというものだ。

これらのことを発展させれば、演歌=日本的なるもの、日本的なるもの=演歌という図式はある範囲で成たつであろう。
それはメロディであり、予定調和的変化であり、旋法的であり、ヨナ抜き手法であり、コ節であり、フレージングである。
これらがたとえオーケストラをバックにしようと、ブルーグラス、カントリーをバックにしようとも、あるいはロック、モダンフォーク、ジャズ、ゴスペル、R&Bを使おうが、其れは音楽的アレンジの問題で、歌詞の内容をよくよく吟味した時に、歌詞の深層心理には「日本的なもの」が潜んでいることが多い。

いかに形は変わってていても、そいう要素を含むものは「日本的であり、象徴としての「演歌」である。
このように「日本的なるもの」を含む日本の歌曲を演歌と規定しなければ、今や演歌は存在しえなくなって、創られてきたジャンルのどこにでも吸い込まれることになる。

日本人は、血液型占いの例を挙げるもなく、既成概念の中に物事を押し入れる傾向が強いが、これはコミュニケーションを迅速に成立するためと、自分の不安な理解を核心に持っていくためであろう。

人間の性質などをたった4つの図式に当てはめる乱暴性は、音楽の「ジャンル」にも顕著に表れることになる。

「美空ひばりは演歌歌手だったのか?」という疑問を解くには、彼女の歌ったが曲の分析も必要だが、多くは歌詞の中に「日本的なるもの」が存在するか否かであろう。

「日本的なるもの」を狭義の概念にすれば、美空ひばりは演歌歌手でないといえるし、広義に解釈すれば、演歌歌手であるといえる。

つまり「演歌」というものの解釈規定を具体的なものにするか、それとも曖昧なものにしておくのか、ということとになりそうだ。

千昌夫 北国の春は演歌である。なぜかといえば故郷回帰が良く出ているからで、一見そうではない吉幾三の「おら東京に行くだ」は、コミックソングのようで東京都田舎の格差から村は嫌だというが、最後に、「東京でベコ飼うだ」という所に吉幾三の田舎回帰が歌われる。
東京行きの願望はあるが、現実はベコを育ての生活であり、それが一番似合っているという思いに回帰するところが表現される。
そのほかでは愛だ恋だという話が、女の悲しみとして歌われたり、世間から疎まれたり、村社会から出ようとしたりでたのはよいが現実がさらに厳しくなったり、孤独、阻害といったものが多いようだ。
親を恋しい=故郷が恋しいと歌うものもあるが、それらは全て「演歌」」といってよい。

ここに面白いデータがある、BMG JAPANが企画・制作、デジタルダイレクトが販売している通販専用CDボックス、『歌王 演歌名曲120選』というもので、レコード会社、日本コロムビア、ビクターエンタテインメント、テイチクエンタテインメンキングレコード、日本クラウン, ユニバーサルミュージック、BMG JAPANが曲を提供したものだ。

いろいろな思惑があるだろうが、「演歌」で括られたBOXに、舟木一夫の高校3年生、森進一襟裳岬、バス・ストップ平浩二、二人でお酒を梓みちよ、心凍らせて高山厳、といった狭義の演歌には決しておさまらない曲がはいっている。

バスストップでは別れるることになった女が、男を気遣ってバスを待つ間に化粧をするという場面がある。
音が誦敵には、リスト愛の夢→愛さずにはいられない→バスストップであろうし、曲想はポップスとR&Bだが、
これが奥ゆかしさを失ってない日本の女性であるがゆえに演歌としたのか、チリジリバラバラになるであろう最後の高校生活の思いでばかりで、将来への意欲も何も語ることはないが底辺に「男の友情」「同窓意識」がある。

襟裳岬は何もなjい中で土地の老人の親切が身にしみる歌で、老人に新たな目が向くことによる、古ききものえの憧憬と回帰が歌われる。
二人でお酒をは、別れた人が今も恋しいという、少し前のよき時代への回帰の話、未練という過去への回帰良き時代の思いでが歌われる。
古くから有名な「青い山脈」も演歌として入っている。
モダンなサイクリングによる遊行の中で流れる、若者賛歌の歌であるが、地に足がついてない若者の不安が「父も夢見た母も見た」「旅路の果てのその果ての」と、やがて両親をそして生まれ故郷(村社会)に回帰する歌でもある。

このCDはごく最近の発売で通販用であるから、発売元が曲を提供するのに、そんなに神経を使ってないこともあろうが、演歌というジャンルに舟木が入って来るのは、今までの演歌という概念が大きく変わったという事になるかもしれない。

コード進行が一定で、メロディーに予測ができ歌の内容も狭義のいわゆるド演歌が減ってきたのか。

ここでの結論めいたものでしかないが、今やジャンル分けなどはあまり意味のあることでなく、音盤ショップが販売に便利なようにあえて分けているのがそのままになっているということだろう。

経験するところ多しだが、探している音盤がジャンル不明のものの検索はすごくしずらいものがあrつし、エクトル・ザズーのligts in the darkがクラシックの宗教曲の棚にあって購入したが、もしこれがほかのk-ナーにあれば出会うことが無かったろうし、店の担当者もどの棚においていいのやら迷って、恐らくジャケットの宗教性と、「マリア」という言葉が数多い曲なので、クラシックの宗教曲だと思ってしまったのだろう。

意識するしないにかかわらず現実の音楽は、ジャンルなど全関係のない世界で生きている。
なんでも規定したい人間と、そうでない作品のギャップは埋まることがない。

まだこの本は読みかけで核心には至ってないが、著者が最初にぶちかました「美空ひばりは演歌歌手か?」に関する展開がどのように進みどのように結論づけられるのか、興味津々である。

続きはまたいずれ

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by noanoa1970 | 2012-03-24 13:48 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(4)

詩人の夢

高田渡の歌に「深夜」というのがある。
これも山之口獏の詩に曲を付けたものだ。

夢の中の話だが真実味を帯びていて、聴き終わった時には詩人の現実が見えてきて、やるせなさを覚えてしまった。

金に困った男が質屋に向かう。
風呂敷包みに入った質草を見せるが、質屋のおやじは首を縦に振らない。
何度も頼んだ挙句ついに、生き物はお預かりできない、なぜなら食い物を与えなければならないので、お金がかかるから、そういわれてしまう。

そこで目が覚め明かりをつけると、風呂敷包からころがり出たばかりの娘に女房が寝ころんでいる・・という内容だ。

夢の中の夢の話だが、これは悪夢である。

お金のために娘と女房を売り渡さんばかりの現実がそこにある。
家族を守り養うための金でなく、家族を犠牲にまでする男の切羽詰まった様子が窺いしれる。
目が覚めて全て夢だと知った時、詩人は何を思ったのだろう。

詩人はこの後悪夢を追放するために「獏」に頼んだに違いない。
しかし悪夢を2度とみることが無くても、現実は容赦なくそこに存在する。
恐怖は現実の世界の産物なのだ。

高田渡 『獏 詩人・山之口獏をうたう』より佐渡山豊「獏」


  

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by noanoa1970 | 2012-03-23 13:58 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(1)

Playing For Change

殆どがくだらないものが多い中、時々ハッとするCMに出会うことがある。
大和証券GのCMがその少ない1つである。

CMだから数十秒しか流れないのだが、もっと見聞きしたいという欲求にいつもかられててならないので、
youtubeで検索してみると、大本に行きついた。

国境、人種を超えて歌うことをつうじて社会貢献するためのボランティア活動で、1つの曲をテーマにし、多くの演奏によって引き継がれていく場面が動画で全編が記載されていた。。

ほとんどが無名の人だが、歌も演奏もすごくうまい。
時々驚くような人物も登場し、映像もすこぶる良い。

説明を受けなくても、映像で彼らの歌いっぷり、演奏を見るだけで、訴えているものがなにかわかってしまうようで、思わず涙腺が緩んでしまった。

一緒に、世界を音楽で結びつけましょう!というコンセプトのもと、PFCバンドが結成され、インターネットを使って活動する新しい形の運動のように見受ける。
日本からはChar、東儀、福原が参加している。

CMで印象的だったドグオブザベイとスタンドバイミーの完成度は、オーティスレディング、ベンEキングと互角で、数々のカバーの中ではトップクラスであると思う。

グランパ・エリオットとロジャー・リドリーの歌には心が揺さぶられるし、バックコーラスの各国の女性Gも実にすばらしい。

印象的だったのは、塗装も剥げ落ちた古いドブロギターの音色、そしてシタールをリード楽器に使ったところだ。

民族も多様だから楽器も多様で、今まで見たことも聞いたこともないような楽器が使われ音を繋いでいく。
「永遠の絆」のライブ映像を超えたかもしれない。


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by noanoa1970 | 2012-03-23 08:13 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

獏はなぜ悪夢を食うのか

現実社会が厳しすぎ。
だから夢の世界に逃げ込む。
夢の世界では、「獏」が出てきて不安の大きなタネである原子水素爆弾を食べてしまう。
世の中が急に明るくなった。
こんな夢の中の話を詩にした山之口獏。
夢の世界の話や、迷信とわかっている「獏」に登場して貰ってでも、今であれば原発をぜんぶ食べてほしいと願う気持ちが出ている。
廃炉まで40年と何世代が交代する気が遠くなるような年月、そして廃棄物処理法が確立しない今、我々にはどうしようも出来ないことだ。
国家の顔としての政府は手をこまねいているだけ。

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こんな現実だから、獏に登場してもらいひと仕事してほしいという気持ちにさせること、よくわかる。
そんな思いで高田渡のアルバム「獏」から「獏」を聴いた。
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by noanoa1970 | 2012-03-20 11:29 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

ブログ連動企画第13弾ストコフスキーのヴォカリーズ潜音記

ストコフスキーとラフマニノフはかなり縁があるようだ。

ラフマニノフがアメリカに渡った時1918年以来、ラフマニノフはピアニストとして活躍したから、自作の協奏曲2番と3番を録音したが、それぞれオーマンディとストコフスキーがフィラデルフィア管弦楽団を指揮を執ったもので、ストコフスキーとオーマンディ両方がフィラデルフィア管のシェフをやっていた時のことと思われる。
パガニーニの主題による狂詩曲もストコフスキーとの共演で、ストコフスキーとオーマンディが初演権を巡って争ったといわれる交響曲3番の初演は、ストコフスキーによるものだ。
協奏曲は分け合ったが、ラフマニノフに関しては、録音上でのことだがややストコフスキーに分があったようだ。

今回のテーマ「ヴォカリーズ」は、小生には縁のない音楽で、たぶん架蔵してないと思うし、あっても全く聴かずじまいである音楽だ。

今回聞いてみると不思議なことにメロディは途中までだが記憶にある。
しかし多分それはBGM]的に耳に入ってきたものだろうだが、もしそうであれば、かなりいろいろなTPOで使用されたのだろう。

最初に聞いたときに小生はこの甘い曲の中に、リムスキーコリサコフのシェエラザードの中のある旋律と同じ匂いを感じた。
それはシェエラザードの2楽章、ヴァイオリンソロの後、オーボエの民謡風のメロディとヴォカリーズ冒頭、そしてソプラノがコロラトゥーラ風に歌った後何度もでてくるチェロによるフレーズが類似しているよう思ったからだ。

それで」小生の趣味の1つでもある、(シェエラザードからの)「引用」」を探ろうと注意深く聴いていると、さらにシェエラザードの冒頭のサルタン国王のフレーズと、ヴォカリーズの冒頭がなんととなく似ているように思ったので、絶対音感など持ってない特権だが、耳で聞こえた音を、調性を同じにして聴くと、シェエラザードの冒頭は、「ファドミレドレ」と直すことができ、ヴォカリーズ冒頭は「ファミファレミド」音の長さは異なるがこのようになった。

耳から起こし変調したから、正しいという自信はないが、あっているとすれば、配列は異なるが使われた音符がほぼ一緒であることlが、似ているとと思った理由になるだろう。

そして不覚にも小生は気が付かなかったが、ヴォカリーズの冒頭は、ラフマニノフ得意のグレゴリオ聖歌のディエスイレが引用されたという情報があって、こんな歌曲にまでディエスイレを引用したのかと、改めてラフマニノフとディエスイレの因縁を感じた。

古今の作曲家ののディエスイレ引用を、耳で聴いて見つけるのに自信を持ってきた小生だが、ヴォカリーズのように変容されると、気が付かないものであることを思い知ったが、やはり耳で聴く限界だろう。
しかし楽譜を追っても、調性が違うと気が付かない人は多いと思うから、やはり小生は耳を頼りにすることに変わりはない。

今では常識となった、サン=サーンスの交響曲曲3番に、誰も言及しない前に、ディエスイレが潜むことを指摘したのはその1つだった。やはり引用した音楽を空で覚えるほど聴きこんでないとそれは難しいし、和声との絡みもあるので、得手不得手があるのだろう。

ところで、グレゴリオ聖歌のディエスイレは、「ファミファレミドレ」となる。
シェエラザード冒頭は「ファドミレドレ」、ヴォカリーズは「ファミファレミド」で、ほとんど同じ音符を使っていて、引用との説明があったヴォカリーズと、ディエスイレは全く同じフレーズだとわかる。
ラフマニノフは人知れず、ディエスイレをヴォカリーズに潜ませたのであった。

リムスキーコルサコフもディエスイレをシェエラザード冒頭に引用したのではないかということで、小生の頭の中で3つの音楽がつながったことになり、新しい発見ができたことになる。

ディエスイレは「死と怒り」の表現の代用としても引用されるから、シェエラザードがもしそうであるとすれば、性格的に乱暴で、夜伽の女性を殺したとされるサルタン王の表現には似合っている。
一方ヴォカリーズは、14の歌の最後に、しかもその名が示すように、言葉ではない声で歌われる。
歌詞がないということは、それまでの13曲は歌曲だから、歌詞を選択し曲を付けたことで音楽の内面もわかりやすい。
ラフマニノフが最簿の曲にヴォカリーズという形式を採用したのは、おそらく2つ理由があって、1つは純音楽的なもの、2つ目は歌詞で表現するとまずいような意味を込めてがあったのだろうと推測する。

曲調はただ美しいのだが、ラフマニノフは悲しみと怒り、そして現実から逃避するシューベルトの「死と乙女」のように、死を恐怖でもあるが憧れと捉えたのではないか。

youtubeで聴ける限りのヴォカリーズを聴いたが、ほとんどどれも美しく時には哀しい表現であった。
小生もそうであったが、この曲の持つメロディアスなところにまんまと引っかかった演奏ばかり。

ラフマニノフをよく知っていると思われるストコフスキーは、そのあたりをどのように解釈したのか、興味を持って聞いてみた。
歌い手は中学生時代に(たぶんオペラ中継だったと思う)知った怪しい美形アンナモッフォだ。
オケをバックに歌ったものは以下の5人、モッフォを加え6人聴くことができた。
Kiri Te Kanawa
Cynthia Haymon
Natalie Dessay
Terada hitoko
Galina Oleinichenko

ストコフスキー盤はさすがにここでは、音の長さの変化をあまりつけない敷き振りだが、管弦楽だけのパートでは微妙にアーティキュレーションを施している。

ところで、ラフマニノフのディエスイレの引用加工と今まで聞いてきたストコフスキーの指揮ぶりは、音の長短をダイナミックに活用するところが似てなくもない。

今回は長短よりも強弱が強調されているようだが、長短の変化ははラフマニノフがすでに施しているからだろうか。

モッフォの歌唱は悪くはないが、歌だけ取ればキリテが好きだ。
伴奏を採ればストコフスキーにかなうものは聴けなかったし、歌と伴奏総合でもかなりいい線を行くのは間違いないと思う。
モッフォには失礼だが、このまま歌を消しても十分聴きごたえがある、ストコフスキーのバックだ。
しかし、モッフォの弱点であり特徴でもある、イタリアオペラティックな歌唱が出過ぎないように、うまく管弦楽に薄め調和させて高水準な歌曲にしているのは、ストコフスキーの力であろう。

バックの音楽に何らかの意思を感じたのは、聴いた中ではやはりストコフスキーで、音魂がある音楽であった。

しかしラフマニノフという作曲家とディエスイレの関係は思った以上に奥が深い。

abend様
お次はエネスコの「ルーマニアラプソディ」でいかがでしょう。
小生初聴きです。
それでしばらく間を置きまして、チャイコの6番といきましょう。

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by noanoa1970 | 2012-03-16 10:43 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(6)

ブログ連動企画第11弾ストコフスキーのハンガリー狂詩曲第2番懐聴記

小学校の運動会に徒競走という種目で毎年使われていたので、耳になじんでいた曲があった。
しかし、当時はその曲が何者か知る由もないことであった。

同時にもう1曲勇ましい行進曲が流れていて、その曲がものすごく気にいてしまい、中学生になって「スーザ」というマーチの専門作曲家を知ることになり、曲名もわからないまま、レコードを買ってもらったが、その中には入ってないのでひどくがっかりしてたこともあった。
その曲が「双頭の鷲の旗の下に」で、作曲者がワーグナーと教えてくれたのは、夏休み行った京都の叔父であったが、小生は長くリヒャルト・ワーグナーと同じ人だと思っていた。

中学生になると、運動会に徒競走はなくなって、小学生時f代の音楽は聞こえなくなった。
たぶんクラスの中の音楽好きの家に行った時のことだろうと思うが、(家の誰かがクラシックを好んでいたと思われレコードが20枚程度はあった)その時かけたのが、運動会の音楽がはいっているもので、リストのハンガリー狂詩曲第2番と知ったことはうれしかった。。

ハンガリー狂詩曲第2番から徒競走の音楽が聞こえてきたときは嬉しかったが、冒頭の低い音が不気味に聞こえたが、なかなか勇ましいところがあって、小学生の時、京都の高等学校で音楽の先生をやっている叔父から聞かされた、リストのレ・プレリュード(叔父は前奏曲とは教えずにそう教えた)のリストと同じ作曲家であることはさらに嬉しいことだった。

中学2年生が狂詩曲2番との出会いであったが、作曲家リストの名前は小学生時代に知っていたということになり、リストは勇ましい音楽の作曲家という印象を持った。
叔父は必ず「ゴセックのガボット」という具合に、作曲家を一緒に教えてくれたから、リストの・・・・が記憶に残ったのだろう。

小学校の低学年の音楽の授業で、ポータブル電蓄とSPレコードで聞かされた音楽が京都で聞かされたガボットで、曲が終わるやいなや、「ゴセックのガボット」と小生が叫んだ時の先生の顔が今でも目に浮かぶ。の
叔父から最初に聞かされた音楽が、偶然にもゴセックのガボットであった。

そんなことを、思い出しつつ改めて音楽を聴いてみた。
しかし、ストコフスキーの音楽から、運動会の音楽は聞こえはしたが、それ以上にストコフスキーの音楽に圧倒されてか、昔友達のうちで聞いたときの音楽とは、当たり前だが次元が違う音楽であった。

今回のご指定のストコフスキー盤を何回か聞いているうちに、昔運動会で聞いたものは、もっと後ろから押されるように急かすような音楽だったことを思いだし、大きな違和感を感じることになったが、また例のストコ節のせいではないかと思ったので、youtubeでカラヤン盤を聴いてみた。
記憶の該当箇所は、カラヤン盤で9分4秒あたりから出てくるが、やはり少年期のたとえようのない、感動は戻るはずもなかった。
なにかが違うのだ。


ストコフスキーの演奏もカラヤンの演奏も、今聞くと走りを促進させる運動会の音楽には不適当なので、演奏もさることながら曲自体が違うのではないかと思い始め、しばらく間をおいて考えることにした。

ネットで探ると、「クシコスの郵便馬車」が絡むようなので、聞いてみると、記憶にある徒競走の音楽が聞こえてきた。
ウイキに書かれていたことは、
『ハンガリー出身とされるリストはハンガリー狂詩曲第2番でこの主題をフリスカ(速度記号急速)に登場させており、後世のネッケがうまく取り入れている。』、あまり上手な文章でなくこの主題がどこを指しているのか推測しなければならないが、つまりネッケという人物が作者で、リストが使った曲を引用したというではないか。そして一方リストはジプシー音楽を多引用したといわれるから、主題というのはおかしいが、とにかくリストが引用したジプシーの音楽をネッケがまた引用したということになる。
小学生の徒競走で聞こえていたのは、ハンガリー狂詩曲ではなく、「クシコスの郵便馬車」であった。
しかしこの引用部分、ジプシー音楽で無いように思うのだが・・・・
もしかすると、ほかの引用を聞き逃しているかもl知れない。

以下のyoutube音楽の28秒あたりが記憶の該当箇所だが、今聞くと運動会ではこの曲全体が流されていたと確信でき、記憶の音楽の正体は「クシコス」が正解であった。

リストもネッケもハンガリア人であるから、ジプシーの(現在はロマというが、あえて昔からの呼び方を使った)音楽とは、直接間接的に接する機会があったのだろう。
また小生の耳にはジプシーと同時にユダヤの音楽のように聞こえるところがあった。
古民謡の引用はいろいろな作曲家によくみられるが、特にヨーロッパの被差別民が影響を与えた芸術音楽の文献はないものだろうか。(誰も指摘しないが、メンデルスゾーンの中のユダヤ音楽)で書いたとがあった。

クシコスの郵便馬車・・・クシコスポストという名前からは、「走り」の曲のイメージがわいてこない。
ストコ6.25

さていよいよストコフスキーの演奏に入るが、この狂詩曲2番は伝聞だが、ディズニーのアニメにも、映画「オーケストラの少女」でも使用されたという。(これらをぜひ見聞きしたいと思う)
ストコフスキーお得意の、というより自分のカラーを色濃く出すためか、劇伴音楽のためか、見なくてもわかるほど大幅に楽譜をいじっていて、カラヤン盤と比較すると全く違う音楽になっているから、カラヤン盤が正統とはいわないが、「ストコススキー編(曲版)」といったほうが良いのではないだろうか。
ストコフスキーと劇伴音楽については改めて調べてみる価値は大いにあるし、映画もアニメも見る必要がある。それなくしては彼の音楽を、大局的には理解できないないかもしれない。

音の長短を激しくいじっている演奏は、これまでのストコフスキーの演奏にたくさんあり、ストコ節の要素の1つであると思われるが、今回はそれが、今までの西洋音楽演奏からは、想定できないところで実施するから、聞く側はおろおろしてしまう。
きっとオケもかなり戸惑ったのではないだろうか。
異常なほどのフェルマータを想定外の場所で掛けるが、リピートの時はまた違う場所でやるから手におえない。(劇伴を想定してのことと推測は可能だが、断定は今のところ出来ない)

こういう非予定調和的な演奏は、19Cスタイルにも見られないし、爆演タイプの指揮者にもこれほどのものはない。

こういう音の長短の意外な変化、そして編拍子的なリズム処理がいたるところで入る。
メンゲルベルグ、シルヴェストリの音楽も、似たようなところがあるが、いずれも予定調和内で、ストコフスキーの比ではない。

純粋音楽的なものか、あるいは先に言及した「劇伴」に伴うものか、ここは非常に大事であろう。
勘所としては、「劇伴」を考慮しなければ、あの大胆すぎる音楽はいかにストコイフスキーでも、あり得たとは思えないが。
あの不思議なフェルマータと入れどころの不可思議さは、なにかにの動き合わせたと思ったほうが理解しやすい。
宿題として、アニメと映画を見ることと、旧録音を聴いてみることがのこされる。

純音楽的には、こういうハチャメチャと思えるような変化をこれでもかと言わんばかりにつけたアーティキュレーションは、「ジプシー音楽」の解釈なのだろうとも思われるが、果たしてどちらが的を得るのか。

この演奏はおそらく、好き嫌いがはっきりと分かれるのではないだろうか。
これだけやられると、小生も消化不良気味になるようで、聴いた後「すごい演奏、だけど・・・」となってしまう。
小生にはなじみの、ゴージャスなフィラデルフィアサウンドの「ユージン・オマンディ」盤を聴いてみた。

LP時代の廉価版でもこの2人は、煌びやかサウンドの対抗者として比較されることがあったが、大型の音楽でない限り勝負は互角の感想を持っていたが、今回のリストに関して、どちらかを選択しなければならないとしたら、オマ-マンディを採るであろう。

ピアノ版も聴いて確かめてみたが、やはりストコフスキーの演奏は特異である。
こうなると、ストコフスキーの演奏を通して作曲家リストを観るという、古典的音楽の聴き方は生命を失い、何時まで経てもリストは見えて来ない。
視聴者はただただリストを材料にしたストコフスキーの音楽と接することになる。
わかってはいるが、そして驚くほど素晴らしい面は確かにある。

今回のストコフスキーの演奏は、映画というメディアのもとにあるという仮説の元であれば補完できるが、純粋音楽とすると、あまりにも異質で重たすぎる。
だんだん重みを増していき、誰も持ち上げられない、ということになる可能性がある。
そういう意味からも好き嫌いがはっきりしてしまう。

(純音楽として)素晴らしいオーマンディ盤と比較すると、ぼんやり答えが見えてくるように思う。


abend様
お次は「王宮の花火」をお願いします。



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by noanoa1970 | 2012-03-15 09:08 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(4)

ブログ連動企画第9弾ストコフスキーのコリオラン序曲外聞伝

小生はこの曲を聴いていていつも、ベートーヴェンの「英雄」の葬送行進曲のフレーズを引用した形跡があると、思っていて、仕方がないのだった。
改めて何度か聴きかえしてみたが、いや葬送行進曲だけではなく、「英雄」全体に曲想が類似している。

作品年表では「英雄」が(1803~04/1804初演/1806出版)、コリオラン序曲が(1806/1807初演/1808出版)となっており、比較的近い位置にあるから、コリオランに英雄のフレーズを引用した可能性はなくもないが、これは小生の耳が言うだけだから、何の確証もない。

序曲というからには背景に、「フィデリオ」のような歌劇があって、それに対するレオノーレ序曲だと思っていて、創作が未完に終わったのではないかと思っていたが、どうやらそれは違っていて、「演奏会用序曲」という形式があることがわかったのは、そんなに昔のことではない。

ベートーヴェンには「序曲」といっても、コリオランのような演奏会用、そしてオペラ用、さらにエグモントのようにオペラ上演がされなく、カンタータ形式作品に対するものと、3つの要素の序曲があるということになる。

オペラ、コリオランの製作見込みが、ベートーヴェンにあったか否かははっきりわからいが、一応文献上では「なし」という結論になっているようだ。

そもそも「コリオラン」とはなんであるかを知ろうにも、直接説明された文献にはお目にかかれてないが、
辿っていくと、シェイクスピアの戯曲に『コリオレイナス』(The Tragedy of Coriolanus)コリオレイナスの惨劇と訳すのだろうか、という作品があるということが判明した。

ウイキペディアによれば、この戯曲のネタは、プルタルコス『英雄伝 対比列伝』から持ってきたという。
中身は簡単に言えば、ローマ時代の政治政策の問題で、先軍政治的な考えを持つ ローマ貴族で将軍のケイアス・マーシアス(後にコリオレイナス)は貧民に冷たい仕打ちをするが、暴動がおこるのを察知し、ロ-マから離れる。別の将軍タラス・オーフィディアスを救援し、敵の大将と壮絶な戦いをし、勝利を導いたことで、防衛した町の名前コリオライにちなんだ「コリオレイナス」の添え名を与えるとある。

ということは防衛を味方した土地の名前を貰った英雄であったという顔と、貧民のことなど考えないという顔を持つ人物であったことになる。

ローマに戻り執政官選挙に出るが、最初応援していた民衆が途中で寝返ったため、衆愚政治のような発言をしたので護民官に叱責され、死刑を求刑されるが、過去の戦果実績で免除され、ローマを再び離れて、かつて戦った相手にローマを滅ぼすための支援を求める。

その一方コリオレイナスは、ローマ攻撃の約束をしたにもかかわらず、無断でローマと和平を結んだので、支援を受け入れたオーフィディアスによって裏切り者として暗殺される。

上に挙げたコリオレイナスを表したものに、さらに約束を破った裏切り者という顔が加わることになる。

少々長くなってしまったが、「コリオラン」の背景と人物像を、コリオレイナスから探っていこうとしたためである。

以上の情報が正しいとすれば、コリオランは土地の名前を貰ったローマの将軍で、貴族だった人物だが、勇敢ではあったが、貧民に冷たく、民衆に嫌われ、護民官から死刑宣告され、故郷を離れその恨みでローマを滅ぼそうとし、かつては敵であった国と同盟したが、一方でローマ和平交渉をしたことによって同盟相手に殺されるという、政治軍事両面で、「英雄」と」するには無理がある人物だ。

ただし、ベートーヴェンがシェイクスピアを読んだかどうかは不明で、多くは友人の戯曲作家、「コリン」の戯曲からヒントを得たように書いてある。(コリンがシェイクスピアを読んだ可能性は十分あると思うが確証がない)

もしそうだとすれば、コリンの脚色の仕方にもよるが、ベートーヴェンがコリオレイナス=コリオラン英雄視したとすると、2回失敗したことになり、英雄とは縁がないということになってしまう。
もしコリンがシェイクスピアを読んでかなり忠実に真似をしたすれば、「悲劇」・・・母親の説得から自分の心情をまげて同盟した国を裏切ったことで暗殺されたという・・・これを悲劇といっていいかは別にして、ベートーヴェンが知っていたとも考えられるが、これはシェイクピア好みの悲劇だから、果たして疾風怒濤時代の中で、コリンが材料にしたかどうか。

ベートーヴェンの人物に関係する作品は、ことごとく、といってもそうは多くはないと思うが、自由平等博愛の精神、啓蒙主義思想に関係するものが多く、そういう思想と実践の持ち主をベートーヴェンは「英雄」としたのであろうから、おそらくベートーヴェンの中に「悲劇の英雄」というものは存在しないのではないか。

であるからベートーヴェンはコリオランを、シェイクスピアレベルでは知らなかった、従ってコリンの戯曲にはその話はなかったか、コリンの戯曲を完全に読んでいなかったかということになってくるが、想像ばかりなのでここらで止めておく。

小生の耳を背景にした仮説だが、・・・・

ナポレオンを想定した交響曲「英雄」だが、ナポレオンが英雄ではなかったことを知り、耳学問の「コリオラン」の中に再びベートーヴェンの「英雄」を描いたというものが考えられる。

ベ-トーヴェンは人物としての「コリオラン」の本性を知り得ないため、彼を(悲劇の)「英雄」とした。
このために、英雄であると信じて作った交響曲「英雄」から、ある音型を引用して、真の「英雄」のための曲として、「コリオラン」を書いたが、結局それもベートーヴェンの誤解であった、しかしベートーヴェンはそのことを知り得なかった。

友人コリンの戯曲は、身を捨てて友人を窮地から救ったという所が中心であった可能性。

コリンの書いた戯曲の隅々までベートーヴェンが読まなかったという可能性。
その可能性からはコリオランは純粋演奏会用の音楽、絶対音楽的に書かれたものという結論が導かれる。

ベートーーヴェンが後でコリオランの本性を知ったとすれば、きっと激怒したのだろうと想像してしまう。
そういう逸話が残ってないのは、コリンの戯曲がコリオランの良いとこ取りをしていたという可能性がなくはない。

勿論コリオランを悲劇の英雄と見たうえでの作曲である可能性も否定できない。
そうなるとコリンの戯曲が読みたくなるが、残存しているかどうか定かではないらしい。

要するに小生が書いてきた文章は全て外聞を基にした想像にすぎないが、昔から音楽的には交響曲「英雄」から、かなり引用されているように聞こえてきたことは間違いないことで、それをどのように見るかだ。

ただし今のところ、小生の思いと同じような文献も、ネット上の記事も見たことはない。
おそらくは悲劇の将軍コリオランという想定のもとでの作曲であるというほうが正解かもしれないが、
どちらにしても交響曲「英雄」との類似性が気になるところである。

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先頭のほうで「演奏会用序曲」というジャンルのことを書いたが、なにも物語のストーリーやその受け止めかたと関係しないということではなく、曲として独立性があるのかそうでないのかということだと小生は思っているのだが、あたかも独立した絶対音楽であるかのように作ったベートーヴェンはやはりすごいと思うし、ワーグナーのワルキューレの騎行でもabendさんと意見が一致したが、それはワーグナーというよりストコフスキーの力量が強い結果だ。

ストコフスキーがこの曲の背景をどのようにとらえて演奏したかは、演奏された曲からは、もともと劇的なこの音楽をさらに(悲)劇的にするのに、(悲劇の英雄と見たか)もともと曲が持っているデューナミクスだけではなく、フェルマータとテンポを普段以上に動かして演奏していることで、それは個と全体においても使用され、金管楽器と木管楽器群ノテンポと」弦楽器のテンポをわざとずらすことで、大がかりなテンポルバートあるいはシンコペーションの効果を、随所で演出するがこのことで、劇的雰囲気が助長されるように思う。

クナッパーツブッシュ程ではないが、アインザッツをずらす(わざとやっているように思う)のもストコフスキーの演出のように思える。

コンヴィチュニーは絶対音楽的に扱った演奏、ストコフスキーはどちらかといえば悲劇の主人公として、カラヤンは・・・・交響曲英雄の縮小版のような演奏で、小生はカラヤン盤を長いこと聞いてきたから思い入れが強いかもしれないが、3つの演奏をそんな風に受け止めている。

さらにストコフスキーはかなり速いスピードで演奏しており、(コンヴィチュニーとは1.5分、60年代のカラヤンと比べ2分以上速い)のに、せかせかした感じがないのは、巧みなアーティキュレーションの成せる技なのだろう。

これまで聞いてきたストコフスキーで、うすうす感じてはいたが、共通していること、すなわちストコフスキーの音楽語法は、俗にストコ節と言われるが、上に挙げたような要素が醸し出すものであろう。

休止と前打音を表現効果を高めるのに、うまく使うことを入れれば、楽譜通りには絶対演奏しないし、派手さはあるが決して非音楽的ではない、それがストコ節であるといってもよいのではないだろうか。

ベートーヴェンが何を思って作ったのか。ストコフスキーが何を思って棒を振った(いや彼は指揮棒を持たなかった)たか想像の世界にしか答えはないようだ。

余談だがCD時代になって、交響曲「英雄」とコリオランのカップリングが多いのは、収録時間だけのことだろうか。。

abend様
だんだん曲が少なくなってきました。
序曲には序曲くでということで、ブラームスの「大学祝典序曲」でいかがでしょう。


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by noanoa1970 | 2012-03-13 18:11 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(1)

震災から早、もう1年たつが・・・小生の提案

東日本大震災から1年たった。

息子はその時仙台にいた。
12日のサッカーの試合を観戦するため前日11日から行って、友人と会い食料を調達しようということになったそうで、先ず海方面にに向おうとしたが、途中で気が変わり、温泉でのんびりということになって作並温泉にいたとき災害が起こったそうだ。
事の大変さに気がついて、即座に友人の車で山形まで行き、キャンセル待ちをした飛行機で山形空港から羽田に戻ったということだった。
運が良かったとしか言いようがないことで、予定通り夕食の材料の魚を調達しに海方面に行っていたら、なにが起こったかわからない。
少年の時からキャンプや温泉に、よくつれてていったのが功を奏したのか、海を辞め山に向かったのが大正解だった。
観光客なら松島は必ず行くはずだが、サッカーが目的なので、観光はどうでもよかったのだろう。


個人的な感想は1年たってもまだ細かいところまで手が回ってないということだ。
日常を素早く取り戻すということが一番必要なのに、個別の日常とは何かを把握してない。
震災直後と1年たった今では日常に対する考え方も変化する。
それと重大なことなのだが、政府も東電もこぞって情報隠ぺいを行ったということ。
国民、特に被災地の住民は政府行政をを信用してない。
復興の計画が被災地個々のニーズ、ウォンツを踏まえたうえで、きちんと整理でき、実施計画が詳細に立てられ、予算措置がとればすぐに実施可能なレベルにあるのだろうか。

部分的な応急処置の話は聞こえるが、大局観的な発想とその実施計画など見たことも聞いたこともない。
なにがプライオリティなのか本当に考えているのだろうか。
国家的危機レベルのことが起こったのに、意思決定があまりにも遅くはないか。
誰かが民主主義は時間がかかるといったが、時間がかかっては間に合わないこともある。
平時ならばよいが有事の場合にそんな悠長な決定過程がとれるものか。

極論は有事には民主主義は有効ではないということだ。
反論は当然あるだろうが、この制度では「リーダーシップ」などは採りようががない。
おまけに国のトップは議院内閣制のもとにあるから、何をやるにも承認が飛鳥だし法律に触れれば実行の可能s例はほとんどない。
復興のめどがつくまで、復興臨時政府を作るぐらいしてもよいと思うが。

役人や議員の削減もよいが、一定期間現場に10人単位で常駐させ、自分の耳で目で現状をしっかり隅々まで見聞きし、報告を受け方針を作る機関に挙げさせることは、優先度が高いのに、上っ面だけを見たり、現場に行くことそのことが貢献と勘違いしている公務員が多い。
的確な対応がいまだにできないのはそういうことだ。
被災地の生活に基づいた真の要求とは何か、本音の部分までも聞き出す必要があるのだが、東京から通いで行ったって、所詮あんたはよそ者という目で見られ、受け答えするだけだ。

極端なことをあえて言うが、汚染が残る地域とそこに住んだ場合のリスクを、科学的根拠に基づき信頼筋から提示してもらい、同時並行的に政府は「新しい街」「新しい職場」を汚染のない地域に作ることが必要だと思っている。
このときに首都機能も同じ地域に居転させれば必然的に産業構造が変化し、雇用の需要が生まれてくるはずだ。
政府がこのぐらいの大きなことを考え実行に移すことをしなければ、このまま時だけが過ぎるだけだ。
汚染地域に住めないか住めるか基準を作るよりも、まったく汚染のリスクのない土地に首都機能を伴う集団移転を考えるほうが良いのではないか。移転費用と居住の施設は特別税で一時賄えばよい。
街が機能しだしたらその中から少しずつ変換してもらうようにすれば国民も納得するだろう。

新しい街づくり、外見的なものは昔の住宅都市整備公団はそのミニ版を数多く手掛けてきたではないか。

今の政府、おそらくは、そんなシュミレーションもしてないであろう。

以前から首都移転の候補はあるのだから、それに被災地の人たちを加えた街づくりをすれば良いだろう。
故郷とは恋しいものだ、だから定期的に入れるように処置をすることも考える必要があるし、何よりも重要なことは住民が納得することである。
被災の土地はとてつもなく広いが幸い住民の数はそんなに多くはない。

サラリーマンに転勤はつきものだし小生も多く転勤を経験した。
しかしその地でで働くという前提があるから、見知らぬ父へも行くことができたのだ。
だから働き場所と住居えさえ整えば、知らない土地に行くのもそれは仕方ない。
汚染地域で不安を抱えながら住むよりましなのではないか。
住民の意思決定がしやすい条件を整えて交渉すれば、意外とすんなりいくように思う。
絶対条件は首都移転で、その地域があたらしい被災民の新しい土地であるということにすればよい。
職業の変化という問題はあるが、其れは訓練機関で教育すれば良いことで、絶対農業、絶対漁業という人は現在いるが、それは見通しがつかないから元に戻りたいという希望上のことが大きいのだと思う。
「出稼ぎ」という言葉があるように東北北海道の人は本業の第一次産業が出来ない期間は、都会に出て全く違う職種のもとで働いた。
今のままでは解の見通しのない地域社会ですべての不安とともに過ごしていくことになる。
小生は諦めるのも肝心で、新しい土地での見通しがはっきり提示できれば、チャレンジする人はいっぱいいるのだと思う。
10万人規模の新しい街作り、巨大国家プロジェクトになろうが、必要なものはすでに見えていることだし、未知のものではないから比較的簡単だと思うがどうだろう。
こういう話はすぐにまずモデルを」作り遊行度を見てから次へ移るというが、そんなことをやっていたら10年20年地尾かかってしまう。

大がかりでしんどいことを誰が旗を振ってやらせるか、民主主義では時間が足りない。
ワンマン経営の会社のようでも良いから意思決定は速ければ早いほどよい。

臨時災害復興政府を樹立して一定期間震災に関して全権委任させるような大ナタを振るわなければ、先は遠い。そこで決定したことはすべて従う、足かせとなる法律は無視してよいぐらいの権限が必要だろう。




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by noanoa1970 | 2012-03-12 00:48 | トピックス | Comments(4)

ブログ連動企画第7弾ストコフスキーのロミオとジュリエット溢愛記

5つの演奏曲がどこから取られれているのかをとりあえず調べてみた。

①噴水の前のロメオ(第1幕第1場,第2曲ロメオ)
②ジュリエット(第1幕第4場,第14曲ジュリエットのヴァリアシオン+第3幕第2場,第44曲ローレンス草庵にて)
③ロミオとジュリエット(第1幕第5場,第19曲バルコニーの情景)
④ジュリエットの墓の前のロメオ(第4幕エピローグ)
⑤ジュリエットの死(第4幕エピローグ,第52曲ジュリエットの死)

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ストコフスキーがこの順序で抜粋した理由はこれだけではわからないので、ストーリーを確認してみたが、其れにも沿ってない。
気の向くままにやったのかというと、そんなはずはないだろうから、それぞれの楽曲が付けられたシーンを洗ってみた。

そこで気が付いたこととぃうと、ロミオの心境のようなもの、同じくジュリエットの心境・・・ここは舞踏会に初めて列席するときの音楽で、次にはロミオとジュリエットが恋仲になったところの音楽。
そして悲劇の始まり、ジュリエットが眠っているのを死んだと勘違いして自分も死のうと思っているところの音楽、そして死んだはずのジュリエットが目を覚ましたが、恋人のロミオは自殺したと知って自分も後追いし死んでいくときの音楽。

長いストーリーをもっとも簡単にロミオとジュリエットの「愛から死」までを取り出した抜粋音楽と言える。
短い中にもストフスキーの場推移の意思が見えて安堵したというか、よくぞこれだけに圧縮したと感心した。
有名な両家の対立の音楽もなくてよかった。


聴いた印象を少しまとめてみたが、かなり想像がはいっていることを勘弁願いたい。

①噴水の前のロミオ・・・・・愛に満ちたりたところと不安な様子が表現されていて、おそらく噴水の周りを考えながら歩いているような感じだ。

②ジュリエット・・・・・冒頭のフルートはおそらくジュリエットを表現しているのではないだろうか。
チェロが少し不気味な音楽を作り、ジュリエットの心の中を描き出す。
しかし舞踏会にも興味があるのか3拍子のワルツが時々聞こえてくるが、すぐに不安が高まってしまう。
第五なロメオでも出てきたモチーフが現れ、愛の予感をが暗示させる。

③ロメオとジュリエット・・・・・ロミオとジュリエットの愛が始まる音楽で、フルートがジュリエット、ヴァイオリンがロミオを表すのだろう。
2人は惹かれあうが時々憎しみ合っている家jのとが特にジュリエットは気になるようだ。しかし愛が高まるにつれそんなことは忘れていく。
分散和音とグリッサンドが2人の愛の強さを物語るか。

④ジュリエットの墓の前のロメオ・・・・・いきなり悲痛な和音で始まり、ロミオの悲しみにくれた表情を奏でる。時々強めに入る金管はなにかロミオの意思を表現するようで、それは死の決意だろか。
中間部は過ぎた日の2人の愛の思い出が出てくるが、結局はは強い決意と「家」同志の反目親への恨みのようなものも聞こえるようだ。

⑤ジュリエットの死・・・・・明るい音楽、これはジュリエットが目覚めた瞬間の音楽であろうか。
いつか暗い音楽になるであろうと思ったが、最後まで悲痛な音楽は聞こえてこなかった。
ロミオの死を知ったジュリエットだが、ロミオの死ぬほどの愛を感じ、幸せに死んだということなのか。
最初はハッピーエンドの設定を改定し、悲劇に終わらせた矛盾が出たのか、その検証は面白そうだ。

しかし原曲だと長すぎてコメント不能だろう。

abend様
お次はスメタナの「モルダウ」でいかがでしょう。

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by noanoa1970 | 2012-03-11 18:21 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(1)