ストコフスキーのワルキューレからMAGIC FIRE MUSIC

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ストコフスキーという指揮者、その名は有名であるが小生の世代の人間は、あまり彼の音楽を聴いたことがない人が多いのではなかろうか。

ストコフスキーがフィラデルフィア管弦楽団と出演し、「オーケストラの少女」で話題になった当時は1937年。
我々より2世代上の人には想いでの映画であったろう。
中でチャイコフスキーの5番が効果的に使われたという話はよく聞いていた。

ディズニー映画のファンタジアは復刻盤で見たことがあるが、アニメのバックだからストフスキーがハイライトされるわけではなかった。

ところがなぜかその後ストコフスキーといえばグールドのバックを務めたベートーヴェンの「皇帝」コンチェルトで、我々の眼前に登場したのだが、この演奏には賛否両論あったように記憶する。

我々の世代の人間の多くがストコフスキーの名前を知っているが彼の演奏をあまり聞いてない畏友の一つに、彼がディズニーなどと組んでアニメのバック・・・銀幕の裏方を長くやってきたからであろう。

小生も見た記憶があるが「田園」」で頬を膨らませて雷雲を吹き飛ばすところのシーンは豚だったか熊だったかがやっていたような記憶がある。

また古い録音にラフマニノフの3番の協奏曲や変奏曲の初演をしたりヴォツェックをやったり、かなり精力的であったようだ。

小生もフェイズフォーというロンドンレコード1枚を所有しているのみである。

そんなこともあって今回のストコフスキーのBOXで、名前だけ知っている有名指揮者の本領を知るために入手した中に、ワーグナーハイライト集があった。

確かにストコ節といわれる大きな音楽の動かし方や、楽譜にはあまりこだわらない感じの音楽があったが、今回あえて挙げるワルキューレで最も美しい音楽・・・ヴォータンによってブリュンヒルデが炎に包まれ眠りにつくところの音楽が、思いのほかよかったのだった。

カラヤンの演奏はさすがカラヤンと、カラヤン嫌いの人間でもその美学に包み込まれてしまうと思うが、ストコフスキーの演奏は、カラヤンがヴォータンの気持ちになり替わったかのような感情移入をした音楽に比べると、もう少し客観的というのだろうか、この後に続くジークフリートでんの展開を予測したかのような演奏、つまり冷めつつ暖かい・・・そんな矛盾の塊のようでそれが却って聞く人の心を揺さぶることになる。

楽譜などには全面的に頼ることのない、」そしてこの場合はストーリー展開を予測しての表現が良く表出された良い演奏であった。

その1つが現れているのが、ローゲが火を呼び熾す時の音、ほとんどが擬音を入れた録音なのに、ストフイスキーはその擬音をはぶいて、ヴォータンがブリュンヒルデを守らんがための彼女にはやさしく、外敵には強な炎の様子を描いて見せた。

有名なワルキューレの騎行のリズムの取り方などを聴くと、ストコフスキーは只者ではなく、まるでワーグナーそのもののようなパースペクティブを持った指揮者、というより総合プロデューサーといってよいであろう。

ディティールこそが全体を決める、るとは彼の音楽のことではないだろうk。

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by noanoa1970 | 2012-02-26 22:50 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(6)

ペレイラのモーツァルト協奏曲第一印象

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発売が延期となっていたCDが今朝届いた。
なかにペレイラのモーツァルト協奏曲があるので、19.20.21.22と聴いた。

まだ初回の視聴だから確実なことは言えないが、「しっかり過ぎ」というのが印象である。
キマジメといってもそうは違ってない印象だ。

弾き振りが逆効果にでたのかどうかは今後さらに聞いて確認するとするが、指揮者がいる場合は、方向性が怪しくなったり路線が危うくなったり、単調子になりかけるのを敏感にンキャッチし、美味く調整をしていくのが今まで聴いたモーツァルトをはじめとする協奏曲だ。(中には完全に反目し合っているような録音もないことはないが)

ペレイラのピアノ演奏は完ぺきに近いものがあるが、ただ1つ大きく欠けているものがあるように思う。

それは「遊び心」「ウイット」であるように小生は今感じている。
音楽としては完ぺきなほど成立しているが、モーツァルトの音楽としては未完成。(のように思ってしまうところが多々あった)

モーツァルトの音楽の中の喜怒哀楽的な情念表出・・・赴くままの情念がペレイラのテクニックによって相殺される場面がいくつかあるようで、これは実に惜しいことだ。
いまさら言っても仕方ないが、なぜペレイラが弾き振りを採用したのか、モーツァルト演奏のベテラン指揮者ハインツワルベルグか、ネヴィルマリナーあたりと組んでいたら、このようなキマジメ1本のモーツァルトにはならなかったのではないか。

音楽は素晴らしいが面白みがない…これが第一印象であった。

ペレレイラはやがて指揮者になろうという欲望があるのかは知らないが、今のままではせっかくの実力が見えなくなる可能性があるように小生は危惧している。

今のペレイラならブラームスかベートーヴェンのほうが似合有っていると思うがどうだろう。

ただし何回か聞くうちに印象は変わる可能性があるというとを言っておこう。
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by noanoa1970 | 2012-02-24 19:18 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(6)

おちょぼ稲荷参道商店街散策

おもいたって・・・・というより「蕗の薹」を入手したくて先日からアチコチと廻ったが、あいにくこの冬は厳しくて、まだ市場に出るほど収穫がないそうだ。
それで」もしやと思ったのが「おちょぼ稲荷」。
お参りを兼ねて商店街を散策し、八百屋で物色することにした。

3件ある八百屋はいずれも空振り、田舎言葉なのか、「昨日はあったんだが」という言葉がむなしく返るばかりであった。


人出が多くて歩くのも厄介だ、それで神社にお参りを済ませてから、恒例の「玉屋」で串カツとビールで一休み。
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さらに新しくできた手打ち蕎麦屋を冷やかしに寄った。
この商店街の客層から見て、おでんや串カツラーメン、うどん、餃子、カレーなどは似合うと思うが、本格的手打ちそばはどうだろうと思ってはいたのだった。

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お金の価値観が一般人とは少し異なるような商売人たちが多く集まる場所がら、笊そば1杯800円かけそば700円・・・いくら手打ちとはいえ、あわただしく来ては去っていく商売人たちには、駅蕎麦のような物があっているような気がしてならない。

メニューも、都会に店をもつそこそこの手打ち蕎麦屋と全く同じもの。
といってわざわざ遠方からこの店の蕎麦を食べに来るほどではない。

真面目に作っているようだから長く続いてほしいと祈るるばかり。
食感から二八であることはわかるが、能書きもなければ玄蕎麦の産地の表記もない。

マーケティング不足であること、そして宣伝、コンセプト表示がプアーであることは目に見えている。
付加価値をたくさんつけなければ、蕎麦なんて言うものは麺類の1つでしかない。

それに一番遅れている・・・裏を返せば頑固だし、辛辣に言えばそれしか知らないのが今の蕎麦屋だ。
師匠のその師匠はもはや時代人付いていけない人種、」それに倣うのだから知恵も工夫も何もない。
だから出し巻一つまともに焼けないん蕎麦屋が五万と存在することになる。

夏と秋冬でのそば切りの太さを変えるのはまだましだが、それすらせず、そうしたとしてもそばつゆは全くの同じ作り方だ。
こんな料理人がいるだろうか。
蕎麦職人が蕎麦料理人と言われるようにならないと未来はないように思う。

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さて、話を戻して、商店街での収穫は肉屋が作るチャ-シュー、ばら肉を丸めて溜り醤油で煮込んだものだが、これが実においしく、しかもなんにでも使えてすごく便利だから1.5㎏ほどのものを一本、青森産のにんにく、祖父江産の銀杏、オチョボ漬物屋のべったら漬け、ふきのとうは姿を見なかったが、これだけのン収穫があった。

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さっそくチャーシューと
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銀杏を食すことにした。
バラのチャーシューはやはり一番美味だ。
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そして祖父江の銀杏は殻が薄く、中味が大きく実がとても甘い。
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by noanoa1970 | 2012-02-19 21:23 | 日常のこと | Comments(7)

通販サイト上の考えられない販売価格の差について

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手首式血圧計を大手通販ショップ俗称「密林」で購入した。
サイトをよくよく見ると、まったく同じ製品にもかかわらず、値段が倍以上違う案内があることに気づき驚いた。
別サイトでのことならば理解できるが、同じサイトの中だから恐れ入ってしまった。

①OMRON 手首式自動血圧計 HEM-637IT価格:¥ 17,640 ¥ 4,980
②オムロン手首式血圧計 HEM-637IT価格:¥ 19,320
③OMRON(オムロン) 手首式血圧計パソコン接続対応タイプ HEM-637IT価格:¥ 13,039
④オムロン手首式血圧計HEM-637IT ビッグフィールド新品: ¥ 16,800

オムロンという表記とOMRONとがあるが、型番はいずれも HEM-637ITで全く同じ商品である。
③はわざわざパソコン対応タイプとしてあるが、①②④も同じであり、④のビッグフィールドとは取扱店の名前である。

4980円から19650円まで、おまけに①が示す定価(販売希望価格)より高いものまで存在している。
通販サイトなんて、こんなものだと思ってしまえばそれまでなのだが、①を知らずに②以下の価格でオーダーした人が、後でこの①を知ったら激しく怒ることであろう。

見なかったほう調べなかったほうが悪いということになるのだろうが、そうとばかり言えるのか、同じサイトでこういうことが起きるのは、同じ商品を扱ういくつかの業者と利用提携しながらマージンを取るが、中身のことは無頓着なサイト運営側にも責任があるように思えてならない。

逆に言えばもちろん、購買者が良く調べれば損をするばかりでなく、得をすることにも繋がるから、痛し痒しなところがあるが、それにしても価格の開きがありすぎるから、メーカーの製造原価の安価なこと、価格フリーとはいえ②③④は利ザヤが適正ではないことを暴露したようなものだ。

損してまで売ることは、特別な場合を除きあり得ないから、①だっていくばくかの利益があるのだと考えてよいだろう。

隅から隅までサイトの商品案内を目を通した人から、②③④は絶対に買ってもらえるはずがない。
知ってか知らずかわからないが、同じ案内サイトに、こうも販売価格の開きがあるものが同居していることは、いずれわかることだろう。

というより同じ商品でこのような差があることはサイトが気がつく筈だから、依頼者におしえてあげるのが親切だし新hンライ関係構築に繋がるというもの。
知っていての放置はまるで詐欺のようなものだ。
せっかくサイト利用料を払っているにもかかわらず、売れないのでは無意味だしもったいないことだ。

小生は幸運にも①を購入したが、もし②③④のいずれかでオーダーし、あとでもっと安価な①を発見したらショックであることは間違いない。
しかしどこに文句を言ってよいかわからないから非常に厄介だ。

多少の価格の開きは当たり前だが、もしこう大幅な開きがあるのを黙認していて、それが当たり前になっているようなら、大手通販サイトとしての信用問題になりかねないと思うが、経営者はどう思っているのだろうか。
こういう事実を知らないのだろうか。

たぶんそれは通販サイト側の問題ではないとするのだろう。

しかし昔から「問屋」」が」その役目を担ってきたように、今や通販サイトも市場の価格安定に寄与するような考え方と体制仕組みを作らなければ、未来はないのではなかろうか。

便利だけでは通用しなくなる世の中が来ていると、小生は常々思っているのだが。
通販大手はそろそろ考え方を改める時ではないだろうか。



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by noanoa1970 | 2012-02-14 21:25 | 日常のこと | Comments(8)

相性

人間同士の相性はよくあるが、パソコンのアプリにも相性が相当あるようだ。

IE6.7と長らく使ってきたが、最近あまりにも遅いのでgoogle chromeに切り替えた。
web閲覧は速くはなったが、今度は入力変換がメチャクチャになり、学習機能がまったく働かないので、次から次へ候補が出てきてしまうというトラブルに見舞われることになった。

それで複数導入していたセキュリティソフトを1本に絞り、ついでにgoogle日本語を使うことにした。

しかし便利になった反面、変換の変換が効かないため、ミスのまま決定してしまうと何回も入力しなおして候補が出るまで待つことになる手間は相当の負担。

MIXIや最近参加したfacebook上での入力はかなり無理があり、おまけに文字化けまでする。

何かいいことはないかと探すと、IME2010が使えるとわかった。
少しややこしかったのはMSoffice2010とIME2010は全く同じものだということ。」

今まではMSoffice・・・とMSIME・・・は別物であったが今回はMSofficeIME2010として括られることになった。

正規版のofficeXP以降を持っていれば無料DLできるというので、さっそくDLして現在実験中。
ウェブ絵での再変換もス8ムーズだし、まだ若干学習不足なのか、変換率がすこぶる良いとは言えないが、様々なトラブルがまったくないことだけでも、相当助かるというもの。

変換スピードも速く以前のIMEよりは改善の跡が大きいようだ。

ちなみにアイコン表示は次の通り。
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少しは使いやすくなったと思う。





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by noanoa1970 | 2012-02-13 16:20 | 日常のこと | Comments(0)

ちょっとした贅沢

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お金を出して購入したことがない洗髪用ブラシ。
どこかの景品で貰うことが多かった。

最近のものはよく出来てはいるが、それでも長くは使えず、使い心地もよいとは言えない。
それで探し出したのが、ヘルシンキフォーミュラ製のスクラピングブラシ。

髪の毛も薄くなってきたが、それだけに気持ちの良い洗髪はしたいもの。
たいそう高価・・・といっても豪華ランチにデザート、コーヒーを付けたぐらいの値段。

これで快適になれるなら安いもの。
使い心地は、値段だけのことはある、程よい硬さで快適な洗髪ができる。
おそらく頭皮マッサージ効果もあるのではないだろうか。

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by noanoa1970 | 2012-02-13 11:56 | 日常のこと | Comments(0)

ブログ、MIXI,facebook

久しぶりのブログ投稿です。
この間ほとんどfacebookに時間を費やしていました。

MIXIとの大きな違いは、高校生までの旧友を見つけやすい、いや小生の場合主に会社時代の知人を検索しやすかったのが実名IDを登録することが多いfacebook。

どちらかといえば、知人友人を検索し、ネット上でも友達になっていくことに重点があるようだ。
その反面、まだ未開であるかも知れないが、趣味・同好の士の、見ず知らずの人と近づける可能性が高いのがブログ、MIXIのような気がする。

音楽を通じて知り合った人は今のところfacebook上では皆無。
しかし会社時代の友人知人には、すでに30名近く連絡が取れた形となった。

中学、小学校時代の友人検索はスタンダードではできないからアプリを使うのだが、今のところ登録者がないのか、まったく同窓生にお目にかかったことがない。

facebookで期待したものは、かつての大規模クラシック音楽掲示板のような、議論の場としてだったが、MIXIはいまいち盛り上がらないし、facebookは方向性が違うことが分かった。

日記的な使い方だと、MIXIで十分だし、ブログは使いようで本を書くのにも通ずるところがあり、三者三様のところがあるが、結局は時分の使用目的をハッキリすることが肝心ということだ。


facebookの使いこなし方をもう少し習得した暁には、使い分けを考える必要があるかもしれない。

ただ1つ、小生のブログのようなエッセイ風なものにはあまり向かないような気がする。
じっくりと読んでもらうというより、見た瞬間に物事がわかるものがfacebook的。

イイネ!、と簡単に終わるものがほとんど、コメントもいただくが中身が発展することはほとんどない。
知人としてのあいさつ程度に終わってしまうのはもったいないと思うが、趣味の異なる人が、1つのヴァーチャルな会社仲間サークルを作っているので、趣味的な投稿が発展するのは難しいのだろう。

今のところ、使いこなし方を覚えるのに時間をかけているが、そのうちまたブログ重点になると予想している。


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by noanoa1970 | 2012-02-10 17:04 | トピックス | Comments(6)

facebookに参加した

MIXI,ブログと参加しているので、どうかと思ったのだが、試しにとばかり、おとといfacebook参加してみた。

切っ掛けの一つは、指揮者をやっている小生の従兄弟を検索したら、facebookに参加していると分かり、日頃疎遠になっていたのと、指揮回りの話が聴きたいと思ったからであった。

驚いたことに、旧所属会社名をプロフィールに書いただけで昔の知人が何人も見つかり、早速20人ほどにお友達リクエストをし、すでに10数名から返事があって、旧交を温め合うことが出来るようになった。

友人知人検索は、MIXIUよりも具体的でひじょうに楽だ。
ホトンドが実名登録なのも、MIXIと大きく違うが、これが大きな差の要因だろう。

まだまだ奥が深そうだが、とりあえずこのブログとfacebookをリンクサせた。
単にURL標示のMIXIと違い画像標示付きだからよりキャッチしやすいだろう。

友人知人検索で一つ不満は、出身校検索が高校、大学までとなっていること。
小学校中学校がベーシックアプリには無い。

もちろん本名検索できればよいが、結婚などで姓が変わっているから難しい所がある。
しかしこなれた人はカッコつきで旧姓を入れているからみつけやすい。

友人の友人を辿っていくとカナリの確率で発見できることは、facebookの大きな特徴だ。

このため別アプリを使うことになるのだが、あまり利用されないのか、小学校中学校共通の人はだれも存在しなかった。
そんな訳は無いはずだが、このアプリ登録してないのか、あるいは小生の年代の登録者がホトンドいないのか。

高校大学での検索で結果が出たのは若い世代の人ばかりだ。
友人知人で音沙汰無し、行方不明の人は、年の若い時の人のことが多いから、基本必要項目としていただければと思う。
学校と卒年をリンクして検索できるともっと良いとももうがいかがだろう。

困ったことというと、googlecromeと相性が良くないのか、時々文字化けし、□にあってしまい必要な文字が入力できない時があるのはどうしたことだろう。
新たな登録が反映されてないことも時々見られる。

偶然だが、ブログで交流がある方が昨日facebook登録したということがわかったので、検索してもらい新たな場所での友人となり、今までわからなかったID他もようやくお互いが確認できた。

秘密の上でのやり取りも悪くないが、そうでなくなった今後、何か変わることはあるのだろうか。
多分変化はないと思うが・・・・

意外な発見というと、会社時代にはそんな素振りもなかったような人が、リタイヤー後、レコード店をやっていたり、ITには疎かったが勉強して会社を興した人や、まだ現役で頑張っている人、多岐にわたるが。

中で特筆することは、ある女性、なんとジャズの勉強をして、今ではライヴハウスで時々歌っているとか。
いちど歌を聴きたいものだ。

小生のようなホトンド趣味だけで生きている人は全く居ない。(いや一人だけ放浪旅行者がいた)

ほんとにみなさん激動が続くであろう組織の中、あるいは独立して頑張るのには驚いた。

この先どんな展開が待っていることやらすこし期待が膨らんでいる。

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by noanoa1970 | 2012-02-04 15:25 | 日常のこと | Comments(5)

ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の生き残りボッセ氏死去

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ついにその日がやってきてしまった。
ゲルハルトボッセ氏が2月1日90歳でお亡くなりになった。

コンヴィチュニーがLGOのカペルマイスターだった時代、かれは、ズスケとコンマスの地位を分けあった。

さらに四重奏団を結成し、モーツァルトベートーヴェンなどいくつもの名演を残してくれた。
おとといも、オペラレーベルに録音したモーツァルト録音を聴いていたところだ。

近年は神戸でオーケストラを率いて自ら指揮をとって活躍された。

これで旧東ドイツの音楽文化の伝統を引き継ぐ伝道者がいなくなってしまうことになる。
以前にも書いたことがあるが、コンヴィチュニー時代の東ドイツの音楽事情、LGOのこと、そして何よりも、コンヴィチュニーについての知られざるところを、もっと語り伝えて欲しかったと思うところだ。

以前から問題のブルックナー4番問題、ソ連に没収されたままの音源の数々。
コンヴィチュニー指揮のブラームスの1.4以外の録音の有無、そしてR・シュトラウス以降コンヴィチュニーの音楽演奏的興味がどこに向かったのか。

コンヴィチュニーは、何故バイロイト指揮者になれなかったのか、フルトヴェングラー、シェルヒェン、ケーゲルとの音楽的私的関係、コンヴィチュニーがアルコール依存症になった真の理由などなど。

戦後直後、そして50年代から60年代の東ドイツの音楽文化状況は今もなお、隠された部分が多く、誰も語りたがらない、もう語れる人がいなくなる今日だから、ぜひとボッセ氏に期待をしていたのだった。

ボッセ氏が亡くなられたことは、音楽的な損失もあるが、コンヴィチュニーとLGOを含む旧東ドイツの文化状況、音楽・文化政策、旧西ドイツとの関係性・文化的交流などが語れるほぼ最後の人であり、音楽だけにとどまらず、政治文化社会そして教育・芸術の実践と言った多方面の体験者でもあったから、後世にきちんとしたカタチで残されなかったのはひじょうにに残念なことだ。

モーツァルトを聴いて追悼とする。


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by noanoa1970 | 2012-02-02 18:10 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(18)

昔を懐かしむ。ROBERTA FLACK / FIRST TAKE

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彼女については、過去記事にも数回書いたことがあるが、もう一度。

このアルバムには1970年、京都でnoanoaを始めた当時の思い出がいっぱい詰まっている。
朝9時FMで、彼女の曲が2曲連続で流れるのを聞きながら、開店準備をしたものだ。

ロバータ・フラックのファンなら誰でも知っているファーストアルバム、そのタイトルも「ファーストテイク」。
小生は今もこのアルバムが一番好きで、アナログと最初期のCDで聴いている。

しかしながら1969年という録音年の割りに、音質は相当悪い。
アトランティックレーベルはかりの録音がそうであるように思うが、このアルバムも例外ではないようで、せっかくのロバータの柔らかい鼻に向けていく美声が大きく犠牲になってしまっている。

小生のCDにはオリジナルマスターテープからの新リマスターとあるが、LPもCDも再生音質はそう変わりはないから、、オリジナルの録音が良くななかったことがわかる。

それで本日、更にリマスターリングされたであろう最新盤を探すと、こともあろうに廃盤であることがわかった。

全米ヒットチャートで、上位それも1位から3位までのあいだを常に占めた「Hey, That's No Way To Say Goodby」と、「The First Time Ever I Saw Your Face」が連續で収録されている定番の音盤なのに、廃盤とは。

2作以降はなんとか現役だが、いかに「やさしく歌って」 が広く受け入れられたとはいえ、1作と同じ運命をたどることは目に見えている。

この第1作は、ジャズ、ポピュラー、ロック、ゴスペル、R&Bなどの要素を含むが、それらのジャンルを超えたところの存在だ。
だからよけいに廃盤の憂き目になったのかも知れないが、最近の業界の身のこなしの激しさと言うか、相対的にCDが売れなくなってきているが、すこしでも売れないものは直ぐに廃盤にしてしまうのはいかがなものであろうか。

しかし、たとえかつて全米ヒットチャートでトップの座を占めた曲が2曲も入っているアルバムだって、資本の論理から外れるのは例外ではないようだ。

そんな思いをもちつつ、特別クリニカルのエージング法で、最近とみに音質が良くなった我がシステムで久しぶりに聴いてみた。

大元が良くないから激変までは行かないが、それでも過去に聴こえてきた無機質で神経質なロバータの声が、温かみのある人間の声に聴こえてきて、録音状態の良くないオリジナルマスター・リマスターからでも、以前とは違う響きが聞こえて、かない改善効果が観測された。

過去に音質が極端に良くないと思っていた音盤が、そんなにも悪くないことがあるかとおもぅと、過去に聞いた時凄い録音だと思っていたものが、実は低音を電気的に膨らましたり、高域を強調したりで、音響、音響技術としては目を見張るが、音楽的には全くつまらない・・・あれこれといじったことで音楽が音響に負けてしまった音盤であるというものがあることも、より鮮明にわかるようになってきた。

例えば、ERATOの60年代の録音に、音楽的に優れた録音が多く、今日の最新デジタル録音を凌駕する録音も多い。

ロバータの最初のアルバム、ファーストテイクは、その音質でいうと50年代のモノラル録音のようだが、全体に音に艶がなく、ボーカルもロン・カーターを始めとする折角の素晴らしいバックも、3重のベールを纏ったような音が犠牲にしてしまった。

ぜひ最新デジタルリマスターで、ジャズが得意なプロディーサー&エンジニアに寄って復刻して欲しいものだ。

全8曲46分の収録、LPとなったく同じであるが、そこがまたいい。
しかしCDになっても音質の改善効果は無い。

黄色文字の曲は特別に素晴らしい曲である。

Compared To What (LP Version)
Angelitos Negros (LP Version)
Our Ages Or Our Hearts (LP Version)
I Told Jesus (LP Version)
Hey, That's No Way To Say Goodby (LP Version)
The First Time Ever I Saw Your Face (LP Version)

Tryin' Times (LP Version)
Ballad Of The Sad Young Men (LP Version)

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by noanoa1970 | 2012-02-01 19:51 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(2)