「ほっ」と。キャンペーン

師走の入院

といっても、人間ではなくQUADのESL63のこと。
京都の北にあるヴィンテージオーディオ修理店で修理を引き受けてくれるというj事で、助っ人が帰ってくる時
を待って運ぶことにした。

元箱はかなり長い間取っておいたのだが、あまりにも大きく押し入れにしまうと他のものが全く入れられないので、やむなく廃棄してしまったから、自分で運ぶことになるが、業者に任せるより安心だ。

年末ギリギリで迷惑だとは思うが、こればかりはやむをえない。

それで明日31日、京都まで走ることにした。

行き先は勝手知ったる修学院のすぐ先だ。

今まで日本には修理業者が2件しかなく、談合的な高額でしか修理しなかったが、ここは評判が良いし、親切丁寧で、修理費が格安ときているから、今までためらっていた修理をお願いすることにした。

運が良ければ、既存修理屋の4から6分の1ぐらいで済むかも知れない。
高額な部品代のドイツではなくスエーデンの部品供給会社と取引するらしく、また何でもかんでもユニット交換ではなく、手作業修理可能なものはやってしまうというところ。

外国産のオーディオ機器類の修理はとても高額なことが多いが、今や車でさえそうではなくなっている時代だから、オーディオだけがむかしのままで良いわけがないだろう。

今は生産してないESL63の全ユニット交換は、新品購入価格よりも高額になるなんて言う矛盾を抱えてずいぶん長いが、そのため手放す人も増えている。
オークションで入手したとしても修理費には相当な金額が必要になる。それでまた手放すという悪循環が起きているのが現状だ。

小生が購入した店では、湿気に弱く不都合が起きやすいなど一言も説明しなかった。
エアコンのある場所で使う必要があることは雑誌で知ったようなもの。
おまけに新品が運ばれてすぐ次の朝には片方のSPからブツブツという雑音が聞こえてきて交換となった。

其れでも音質に惚れ込んで入手したのだが、20年間で修理が必要になったのはこれで3回目。
以前は15万円ほどかかったので、3回の修理合計は、ほぼ1台の定価に等しくなる。

本国イギリスではどうなんだろう。
おそらくメンテナンス料金は日本ほど高額ではないのだろう。
ソウでなければQUAD:Quality Unit Amplifier Domestic、つまり家庭用ハイクオリティという会社名が泣く。

せっかくの銘器がメンテナンス費用が高額なため廃れてしまうのは非常にもったいない話である。
オーディオショップは新製品を売ろうとするばかりでなく、適正なメンテナンス、修理の面倒をみることが求められる。
部品が特殊なわけでもないし、人件費が高額なわけもないのに、何故海外製品の修理はべらぼうに高いのか、購入者が金持ちだから、ふんだくろうとでも言うのだろうか。
考え方がせこすぎる。

そんな中
こういう業者の存在、非常に助かる。
これでおそらく廃棄の運命にあるESL63が、何台か生き返ることだろう。

壊れてないもう1台も、点検してもらうことにした。
無事生き返った暁には、大いに宣伝させていただくつもりだ。

写真は明日の出陣を待つESL63
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by noanoa1970 | 2011-12-30 16:13 | オーディオ | Comments(7)

バレンボイム/スカラ座管「ラインの黄金」

ヴォータン:ルネ・パーベ
ドンナー:ヤン・ブッフバルト
フロー:マルコム・イェンツ
ローゲ:ステファン・リューグマー
アルベリヒ:ヨハネス・マルチン・クレンツェル
ミーメ:ヲルフガング・アウリンガー・シュベルハック
ファゾルト:ヨン・クワンチェル
ハフナー:ティモ・リーホネン
フリッカ:ドリス・ゾッフェル
フライア:アンア・サムイル
エルダ:アンナ・ラーション
ヲークリンデ:アガ・ミコライ
ヴェルグンデ:マリア・コルチェフスカヤ
フウロス・ヒルデ:マリナ・バルデンスカヤ
演出:ギー・カシアス
指揮:ダニエル・バレンボイム
管弦楽:ミラノスカラ座管弦楽団
他:ダンサー
2010年5月バレンボイム就任記念

以上で録画しておいたものを先ほど観終えた。
バレンボイムの指揮、スカラ座管、歌手陣全ては合格点をさし上げて良い。
しかしただただ演出はというと、幾つかの疑問点と意味不明な点が目立った。

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ギー・カシアスが何者かしらないが、そして彼にとってはさして重要でなかったと思われるが、時代背景がさっぱりわからない。
というより、中途半端であると言うことを上げておきたい。
北方ゲルマン神話が元だからといって、また超古代のむかしに帰ったり、神々の物語だからといって古典的な背景や衣装にしろというつもりもないが、本人は今流行りの斬新さを求めたのだろうが、これはいただけなかった。

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場の背景に使用される映像を駆使したオブジェ、床に水をはってのラインの水底の演出など、映像の威力は確かにあるのは認めよう。

しかしヴォータンはどうであろう。
隻眼と槍がシンボルだというのに、およそ槍を持つのに相応しくない衣装、それ以上にヴォータンの顔にある目は、隻眼らしく装ったのか、左目の周りに黒いものが枠取りで塗られていて、目はパッチリと開いたままだ。

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ヴォータンが知恵の泉と交換に渡した目なのだから隻眼は当たり前。
歴代のヴォータンが隻眼なのを古いとし、斬新さを狙った以外には考えられないものだ。
しかしそんな演出が却ってヴォータンの立ち位置を危うくしている。(もちろんヴォータンの性格は優柔不断な所があるが)
まさかヴォータンのずる賢さを演出するために隻眼は嘘であったなどという意図はないであろう。

まだまだ文句は有る。
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場の間に不必要に出て踊りまくるダンサー。
あれは一体どういうつもりなのか、ギー・カシアスは場と場の間を退屈な時間だと思ったのか、観客の目を集中させる意図があったのか、なんの意図も感じられない。

ダンサーがオペラに登場するのは、ワーグナーでもタンホイザーには存在したが、あれはわけがあってのこと。

単純に踏襲したのか、全く分からないし、場と場の間の音楽は意味があるということを理解してないようだ、場の間のまたは幕間の音楽は、今までのストーリー展開の振り返りとこれから起きる物語への架け橋なのだ。

ここは黙って音楽そのものに耳をかたむけるべきものと小生は思うが、ダンサーが出てきて踊りまくっては、ワーグナーの意図が台無しである。

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しかもダンサーは至る場面で登場し、意味のない踊りをするかと思うと、ミーメの作った隠れずきんをアルベリッヒが取り上げて実験するときの、隠れずきんの役目、ローゲにそそのかされ変身するときの隠れずきん、そしてヴォータンに捕獲されるときの縄の役目までする。

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こんなものは何もダンサーにやらせる必要は全くない。
ダンサーの女性は美人揃いだから、まさかなにか取引でもあったのかと疑いたくもなる。

まだまだあって、
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巨人の二人、巨人でもなんでも無い・・・ここは多分演出家が苦労するところと思うが、普通の躯体のまま出てきてその代わり影絵のようなもので、実際はこんなに大きいのだということを見せる。

虚構の上に虚構を作るという演出は、小生にはいただけない。

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ギー・カシアスは映像・CGにこだわりすぎて、実演に手抜きをしたのかと推測いてしまうほど、なくても良いものを登場させ、例えばアルベリッヒやローゲの出演場面で、彼らと同じ動作をダンサーにさせるという全く理解しかねることを平気でやってしまう。

こういうのはどうしても目に入ってくるから、非常にジャマであり、演出効果は全くない。
却って楽劇というスタイルを壊しているとさえ思うほどだ。

しかし既存のスタイルを革命的に覆すには全く至らないのがギー・カシアスの限界だろう。
ひょっとして音楽には相当疎いのではなかろうかと疑わしくなってくる。

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巨人の兄弟は神族たちと等身大だが、エルダは15等身ほどの細長い演出をしていて、巨人の兄弟ではしなかったことのお詫びかと思ってしまった。

最近は訳のわからない演出家の手になるものが増えているが、オペラは彼らの実験の場ではない。
音楽の流れと物語の背景にあるものをあまり理解せずに、騎乗でかんがえ、斬新ということを主眼においたような演出は、せっかくの音楽を台無しにしてしまう。

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オケも歌手陣も、なによりバレンボイムの指揮が素晴らしいだけに非常に残念なことだ。
こうなると映像を消し音だけで楽しむしか無いだろう。

歌手陣でとくに素晴らかったのは
巨人ファゾルト役の東洋人ヨン・クワンチェル
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アルベリッヒ、ミーメ、ローゲ、3人の水の精といったところ。
エルダ役のラーション以外のその他の女性陣とヴォータンはやや不調だったように思う。
ヴォータンの声量のなさは、次回のワルキューレが同じ配役だとするとやや不安だ。

「ラインの黄金」ではと言うか「指輪」全体でも、ヴォータンは決して主役ではないが、幕引きの挨拶で、どうでもいいことだがセンター位置にいたのが気にかかった。

演出に対する反応だけを抜き取ることが出来るとすれば、おそらく大ブーイングであろう。
今公演のブラヴォーはバレンボイムとオケ、歌手陣の一部に対するものと受け止めた。

by noanoa1970 | 2011-12-28 21:30 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(13)

MESSA DE MINUIT

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NOELNOELを聴いていたら、何処かで聴いたような音楽が聞こえてきた。
特定することは困難だったが、小生はM・Aシャルパンティエの「真夜中のミサ」を思い描くことになり、早速聴いて見ることにした。

この曲については過去記事でも映画で使われた音楽として取り上げている

真夜中に聴くべきであろうが、思い立った時も聴きどころである。

ノエル、キャロルの宝庫であるようだが、先に聞いた音楽との関連性を見出すことが出来なかった。
こういう作者不詳の伝統音楽の引用は、かなり編曲されているのが普通だから、耳に相当馴染ませないと、引用などを指摘することは困難だ。

しかし雰囲気的にはそんな事を十分伺わせるものである。

いつ聴いてもとても親しみやすいメロディだから好きな人も多いのではないだろうか。

テ・デウムが収録されているNAXOS盤もいいが、最初に聴いたマルティーニ/パイヤール管盤が小生の愛聴盤だ。

オルガンには、レクイエムで有名なあのモーリス・デュリフレが参加している。

小生はかつて大晦日深夜に、智恩寺の読経を除夜の鐘の音と共に聞いたことがあるが、あの時の神聖な気持ちと似たものを、真夜中に聴くと味わうことができるのではと思っている。

今夜実行してみよう。

by noanoa1970 | 2011-12-25 11:48 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(4)

クリスマスの音楽

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NOELNOELを聞くことにした。

中世からバロック期までのフランスのブルゴーニュ地方などに伝わるクリスマスの曲を集めたもの。
グレゴリオ聖歌に歌詞をつけたものも収録されている。
クリスマス音楽としては、何れも聞きなれないものばかりだが、こういうクリスマス音楽を聴くと、俗世間を忘れそうになる。

いずれもがキリストの誕生を心から祝おうという、敬虔かつ尊崇の気持ちが表現される。
世俗的民衆的な音楽だが、聖なるものを十分感じることができる。

演奏陣の静謐さによる所が大きいのだろう。

中身についてはかつて記事にしたのでそれを参照されたい。

by noanoa1970 | 2011-12-25 10:56 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

二人の黒人女性歌手で「アヴェマリア」を聴く

クリスマスイヴにはいつも非クラシック系統の音楽を聞くことが多いが、今年は志向を変えて、「アヴェマリア」にした。
「アヴェマリア」には多くの作曲家の作品があるが、ここはやはりバッハ/グノーの曲を二人のアメリカ黒人女性歌手で聴くことにした。

最初は小生の好みのレオンタイン・プライス、カラヤンとVPOがサポートした往年のクリスマス名曲集をLPで。
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1961年録音だが、さすがにDECCAだけのことはあり、今聴いても決して色あせていない。
カラヤンもプライスも絶頂の時期に録音されたものだ。
50年代後半から60年だ前半の、VPOとのDECCA録音時代のカラヤンは、一番栄光の時ではないだろうか。

もう一つはキャスリン・バトルがクリストファー・パークニングのギターをバックに歌ったもの。
東芝EMI初期のもので、録音が良いという触れ込みで発売されたCDだったと記憶する。
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今聴くと相当な機械雑音が入っているし、触れ込みほどの高録音ではないように思うが、歌唱はさすがに素晴らしい。
バックのくぐもったギターとバトルの声は、ミスマッチではないだろうか。

バトルの声は美しさと若い女性の色気が共存していて、高域のビブラートの抜けるところを聴くと背筋がゾクッとしてきてしまう。

バトルの色気はどうもそれらしく装ったものに感じるが、やや低めのソプラノのプライスは大人の色気がある。

芦田愛菜という今評判の子役がいるが、小生はあの作りに作った演技がどうも好きになれないが、それに似たようなところをバトルに見てしまうことがある。

いずれも黒人歌手特有の「張りと艶」が有り、とくに高域が美しいが、プライスは芯のしっかりした声、バトルは倍音成分豊かでやや鼻にかかった声。

いやはや甲乙付けがたいが、ここはオケをバックに歌いこなしたプライスに一日の長があるのを認めることにする。

バトルは高域でやや不安定になる所があるが、プライスはいかなる時にも安定しているし、ビブラートがバトルより少なめなのも小生が評価する理由だ。

カラヤンのバックも、オペラで鍛え上げただけのことはあって、のちのグンドラヴ・ヤノヴィッツとの「4つの最後の歌」に匹敵する素晴らしいものだ。

小生所有のLPは廉価再発盤だから、細かい所が出し切れてないから、リマスターさサれたCDでぜひとも聴きたいものである。



by noanoa1970 | 2011-12-24 13:25 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(27)

ルロイ・アンダーソンを聴く

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今日は朝から「ルロイ・アンダーソン」を聴いている。
一昨日からフランクチャックフィールドのコールポーター、スンタリーブラックのチャップリンの音楽を聴いてきたがその延長だ。

普段シンコペティードクロック、ラッパ吹き、トランペット吹き、タイプライターぐらいしか耳にしないが、まとめて聴くのも悪くない。

収録は下記のとおり。
日本でもおなじみとなったビンカス・スタインバーグが指揮をしている。
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すべての曲が十分楽しめるもので、どこかで聴いた記億があるものが多く、ケテルビー同様好みの音楽家である。

ポップス調の音楽は、緊張したり対峙することもないから、たまには悪くないものである。
この手の音楽は、あらゆるジャンルの要素を取り入れているし、見通しが良いので裏切られることが全くない。

本来は「風刺音楽」「音楽の皮肉」というべき音楽なのだろうが、音楽そのものからはそんなモノは微塵も見えないし聞こえない。

軽快でユーモラスな面が強く出ているのは演奏によるものだろうか。

他の指揮者ではどのように演奏されているか、スラットキンやフィドラーの演奏も聞きたくなってきた。

クラシック愛好家と軽音楽愛好家の狭間にあるが、どちらからも見直されてしかるべき音楽(家)ではないだろうか。



by noanoa1970 | 2011-12-21 10:55 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(8)

フランクチャックスフィールドとルームチューニング効果

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優秀なDECCA録音を期待したのと、懐かしさもあって購入した音盤だが、その再生音はひどいものだった。
きらめく弦の音色も、ところどころ聴こえるホルンやコールアングレも、音が美しくなく艶がなかったので、軽快な音楽が全く楽しくない。

大概は優秀なDECCAの録音だが、ひどいリマスターCDを発売したものと思い、もうずいぶん長いこと聞くことはなかった。
YAMAHA NS1000用のルームチューニングも、幸いなことに、コストは全く欠けず、手間だけで、むかしよりも数段良くなったこのごろ。

視聴にと手持ちの主な音源をカナリ聴いたが、過去にはダメ音盤でも、改めて聴くと良いものが多いことが分かった。
やはりルームチューニングの威力はすごいものがある。

それで、もしやと思ったのがこの音盤。
過去には相当な悪評をつけたもので、音盤全てを聞くなどはあり得なかったほど音が汚くて最初の曲を聴いてすぐにストップした音盤であった。

さて、その視聴結果は・・・・
1972年録音だから最新鋭の録音ではないが、音楽がヴィヴィッドで聞いていてとても楽しい。
完璧ではないが、高域から低域までが素直に出てきているから、オーディオ的な音云々を気にしないで最後まで楽しんで聴くことができた。

バイオリンソロの美しいことといったら、過去には到底聴こえて来なかったもの。
弦楽器の合奏も、チャックスフィールドらしい透明感が漂ってくる。

金管楽器の張りと色気のあるソロ、過去に聴いた時とは雲泥の差だから驚いた。

思わずヴォリュームを上げたくなってしまい、気がつくと相当なヴォリューム位置になっていたが、音は全くうるさくない。
またヴォリュームをかなり絞っても音が明瞭なことも確認できた。

音を良くする手段として
ルームチューニング+セッティングが音響の効力の50%以上を占めるのではないだろうか。
音響装置自身はその前提の上に初めて成り立つ・・・モテる能力を発揮できるのだと思う。

ネット上で見るkなりのオーディオ&音楽ファンでも、音響装置には凝ったものを使用するがルームチューニングに触れる人が多くないのは不思議なことである。

気にしなくて良いほど良いルーム環境なのか。
どうしようもないと諦めているか、あるいは無関心なのか。
まさか音楽を聴く耳がこなれてないなどは、おそらく無いと思うのだが。

ケーブルなどのアクセサリー類を変えて音が変化することで満足してしまっているのだろうか。
微妙な音の変化がわかる耳の持ち主ならば、ルームチューニングによる変化の大きさを実感できるはずだと思うのだが。

部屋も重要な音響装置である、と言うよりも、部屋こそ音の決め手といっても決して過言ではないように思う。

聴こえてくる音の半分以上は部屋の反射音だというのに、よりよいチューニングをしないまま手付かずでは、せっかくの高級ハードが泣きをみるだろう。

遠い昔小生もそういった時期があったが、お金をかけたから良い音がするはず・・その思い込みで現実の音と乖離していってしまうのではないだろうか。

専門的なことはよく分からないが、クラシックは良いがジャズはダメとか、器楽は良いがヴォーカルがイマイチとか、ソースによって音の良し悪しが変わるのは、おそらく再生周波数のピーク・ディップがかなりある証拠と見て良いようだ。

定在波と呼ばれる反射音の悪い干渉もそのひとつ。

今回のチューニングは、場所によっては少し存在した定在波を徹底的に除去するのに成功したことに尽きる。

早で手を叩いてみると、その位置によっては鳴き龍のように響く所があった。
それを共振と勘違いしたこともあり心当たりのものを除去したが改善されなかったことがあった。
またリスニングポジションで良ければOKと言う理由にはいかないようだから、響きが強い壁の対向面に対策をしてみた。

試行錯誤の結果ほぼ満足が得られる状態になったようである。
その成果が、過去に聞いてダメな音盤が、よみがえったように美しく響くようになったこと、そして「何々向き装置」などという言葉とは無縁になったことである。

そして幸いだったのは使用した材料が、吸音材ではないからか、部屋がデッドにならなくて済んだことだ。
吸音材を使いすぎると部屋がデッドになりすぎて、音がヴィヴィッドでなくなってしまい、楽しめる音響とならないが、結果オーライで犠牲なく改善ができたことが最大の収穫であった。

リマスターや録音が良くない、そういう前にそして装置を交換する前に、ルームチューニングを見なおすほうが先決であることを思い知った。

しかしこの作業は相当な時間と根気が必要で、市販のチューニングツールを使っても、必ずしももうまくいくとは限らない。

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現在は外したがそれまで壁の50%に張り付けていた、繋ぎ合わせて簡易なカーペットにするモノ、これの効果も相当あったように思う。
DIY店で1枚約30センチ四方のものが1枚100円足らず、つなぎ合わせ自由だから使い勝手は良い。
裏はスポンジ状、表は起毛した繊維が貼られているもの。

リョウメンテープで壁に貼れば、剥がすのも楽だし、色も豊富なので、壁の色に有ったものを使うと良いかも知れない。(小生の場合は、色壁の色に合わない色だったので、みっともないから外し違うものを代わりにした)

by noanoa1970 | 2011-12-19 22:44 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(4)

2012年音楽家生没記念を調べてみた

20132012年に関係する音楽家の出没を調べた。
我が敬愛の「フランツ・コンヴィチュニー」の没後50年に当たるのが切っ掛け。
他にどなたがどのような記念にあたるのか、興味をそそられたからだ。
主なものはネットで簡単に調べられたが、20132012年に関係するのは、没後なのか生誕なのか、いちいち計算しなくてはならなかったから、ウイキのプロフィール検索で補うことにした。

中にはぴったしでなく1年前後しているものもあるが、そこは我慢していただきたい。
残念だったのは、「生誕没後2013指揮者音楽家」で検索したところ、肝心のコンヴィチュニーノ姿形も見えなかったこと。
そんな状態だから、来年彼の記念アルバムなぞは望み薄なのだろう。
ドビュッシー、ディリアスは何か出そうだ。
ケージは微妙だがしかし、生誕100年没後30年という年だから何かあるかも。
ジェミニアーニ、イベール、アイアランド、コールリッジテイラーも大々的とは行かないだろう。

マルケヴィッチ、ブロハスカ、山田一雄、ラインスドルフ、ショルティ、ヴェーグ、ライトナーには期待がかかるがどうであろうか。
チェリビダッケ、ヴァントは今年からBOXが登場しているが来年も続くだろう。

それにしても「コンヴィチュニー」が記載されないとは・・・・
少数の愛好家しか居ないことを物語るようだ。
できれば、今まで音盤化されなかった音源や、例えばGOLとのブラ1など過去に一度しか復刻されなかったものをリマスターで、「指輪」全曲、日本公演音源の音盤化を強く望むところだ。
フルベンがあれほど・・・隅から隅まで音源を探し復刻しているのだからやってできないことはないと思うのだが、やはり愛好家の数に圧倒的違いがあるのだろう。

生誕500年 de MORALES (1512-1553)
生誕450年 BULL (1562-1628)
生誕450年 SWEELINCK (1562-1621)
生誕400年 MACE (1612-1706)
生誕200年 FLOTOW (1812-1883)
生誕150年 DEBUSSY (1862-1918)
生誕150年 DELIUS (1862-1934)
生誕100年 CAGE (1912-1992)
生誕100年 FRANCAIX (1912-1997)
生誕100年 Igor Markevitch(1912-1983)
生誕100年 Morton Gould(1913-1996)
生誕100年 Felix Prohaska(1912–1991)
生誕100年 山田一雄1912-1991)
生誕100年 Erich Leinsdorf(191- 1993年
生誕100年 Sergiu Celibidache(1912- 1996)
生誕100年 山田一雄(1912- 1991)
生誕100年 Ferdinand Leitner(1912- 1996)
生誕100年 Sándor Végh(1912- 1997)
生誕100年 Sir Georg Solti(1912- 1997)
生誕100年 Günter Wand(1912- 2002)
生誕100年 Kurt Sanderling(1912- 2011)
生誕100年 Kathleen Ferrier(1912- 1953)

没後400年 HASSLER (1564-1612)
没後350年 LAWES (1596-1662)
没後250年 GEMINIANI (1687-1762)
没後200年 DUSEK (1760-1812)
没後150年 HALEVY (1799-1862)
没後100年 COLERIDGE-TAYLOR (1875-1912)
没後100年 MASSENET (1842-1912)
没後50年 Franz Konwitschny(1901-1962)
没後50年 IRELAND (1879-1962)
没後50年 IBERT (1890-1962)
没後30年John Cage(1912 - 1992)

by noanoa1970 | 2011-12-18 15:30 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(17)

たいめいけん・・・日本橋界隈の思い出

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富士ゼロックスに入社して赤坂にある営業部勤務になったのが、1977年だった。
まだファクシミリが一般的でなかった時代のこと、小生の配属されたのはビジネスシステム営業部といい、大型複写機、医療機器(乳がん検診用の機会)そしてテレコピアというファクシミリを扱う販売部門を参加に抱えている営業部であった。

複写機部門は全国に営業所を持つが、ビジネスシステム営業部は東京、大阪、名古屋という3大都市にしか展開しなかったほど、会社の中ではマイナーな存在で、部員数も200名足らずであった。

テレコピア販売部は約70名の営業部で、小生が受け持つことになったのが中央区日本橋であった。

日本橋といっても、1.2.3丁目の超大手企業がある所ではなく、日本橋の後に○○町、例えば本町、本石町、大伝馬・小伝馬町、馬喰町、人形町、東日本橋までとかなり広範囲のテリトリーで、面白い事に業種が固まって存在していた。
大企業から中小企業、果ては商店まで点在するテリトーは、変化があって面白いものだった。

ときどき三越前で地下鉄を降りて、付近を散策したことはあったが、残念ながら「たいめいけん」の存在を目にすることは出来なかった。

焼売の小洞天にはかなりの頻度で行ったのを覚えている。
山本山を横目で見ながら木屋で包丁を物色し、丸善ではよくお気に入りの作品を購入したが、たまたま旧友に遭遇したこともあり、昼ごはんを一緒に食べたものも「小洞天」だった。

というわけで、日本橋を根城にしながら「たいめいけん」とは縁がなかったのが至極残念なことであった。

人形町に本部があった京樽を訪問し、総務部長と食について話をするうちに、小生の前職に話が及ぶと、その総務部長に今の会社をやめてうちに来ないかと誘われたことがあったのを思い出した。

また同じく人形町の紳士服の「ジョンストン勝根」では、スーツが欲しいというと、すぐに倉庫に案内され、どれでも半額にしてあげるからといってくれ、3着購入したこともあった。
「三越」というタグがついたものもあって、三越では4~5万円で売るのだが、同じものがここでは2.5万円しかもその半額で良いというから驚いた。
紳士服の値段の付け方の仕組みを知ってしまったこともあった。

小伝馬町の「インテコ」は、靴の卸問屋で、イタリア製の高級ブランドを多く扱っていた。
小生はどちらかと言えばトラディショナルだったから、好みではなかったが、会社の仲間に話すと欲しいといい、つれていくと、全てが40%OFFで購入できた。

本町の鉄総合商社の「カネキカナカオ」の専務と親しくなり、昼ごはんをごちそうになったこともあった。

とにかく日本橋近辺の会社ではこのような人間の結び付きがいたるところであったものだ。
セールスマンという職種なのだが、中規模以上の会社はホトンドがゼロックス複写機のユーザーであったから、他のセールスマンとは違う目で見てくれたのだろう。

日本橋界隈はサラリーマン時代の、数々の思い出の地でもある。

「たいめいけん」は未だに縁がないから、今度東京に行ったときには必ずよってみようと強く思うのである。
やはり洋食屋も伝統がある方が良い。
昔ながらの製法を守っているからだ。



by noanoa1970 | 2011-12-16 00:01 | 「食」についてのエッセイ | Comments(8)

うなぎの「竹葉亭」

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HPを拝見すると、以下の文章があり、貴重なので拝借させていただくことにした。

「星丘」とは魯山人が起こした星ヶ岡茶寮発行の雑誌であろう。
二代目金七は、美術のコレクターでもあり、琳派の収集家でもあったらしいが、戦争で多くを消失したという。三代目哲二郎は、鰻料理に加えて日本料理にも本格的に取り組み、当時親交の深かった北大路魯山人の「星ヶ丘茶寮」に弟の得三を修行に出していました。

そのような関係で星丘に禁止地が鰻の話を投稿したのであろう。

昭和9年に亡くなった2代目金七が、昭和8年1月発行の『星丘』誌上に書き残した『鰻の味』から引用致します。

この頃の鰻屋なんかは零落したもんです。天然の鰻なんかを惜しげもなく使う家なんて、どしどし無くなってまいりました。大和田、小松屋、拙宅(竹葉亭のことです)、それに浅草のやっこの蒲焼の方などわずかなものになりました。これらの家以外は、第一使おうとしたってそうそう天然の鰻なんぞ手に入らなくなりました。まったく乏しい数量しか捕れなくなったのです。

先ず秋口に捕れる上等の天然鰻は、年に二千貫から三千貫くらいのものでしょう。そこへいくと、近頃どしどし捕れるようになった養殖の鰻。静岡の焼津だけでも1年間に三十五万貫から出来るそうです。大井川のあたりで盛んにやっているのです。たった一カ所で捕れる養殖鰻だけでかくの如くで、昔からの名物場所利根のシモ下りの天然鰻が総掛かりでやってきても、わずかその十分の一にも達しない有り様なのです。養殖の方は、一貫25円、27円から34.5円までなのに、天然の鰻は一貫85円以上90円くらいまでの相場です。

春の彼岸から後、天然鰻は新規に捕れるものを使います。一体に鰻は旬というものがなく、時季によってうまいとかまずいとか、良い悪いは定められません。ですが、捕れます場所によって、一年中良い悪いが決められてしまっています。ですから、良いと言われる場所のものを選んで食べていれば、いつでも良くてうまい鰻が食べられるわけです。

昔から東京湾の鰻が一番いいとされています。ところがそれは昔のことで、今はそうは行きません。東京湾などはすっかり荒らされてしまいました。石油の臭いがしたりする鰻が出てくる始末です。羽田の鰻は釣る餌によって捕れてくる鰻が全然種類が違います。餌にはしゃこ、えび、ごかい、こじゃこなどを使います。羽田の鰻と言えば古来からやかましいものですが、ガスのコールタールを流したりして、今では臭いが付き、州崎の遊郭の先の方ではゴミを捨てるとかで、又妙な臭気がある鰻が捕れます。以前、羽田のさかりには、一日に百貫目からの鰻が捕れたものでした。それが今では、捕れる量も一日に十貫目も難しい有り様、これでは天然の鰻を使う家も少なくなりました。私共は、天然鰻が年々乏しくなるので、これで尽きるのではないかと思うくらいです。

昭和8年にすでに天然鰻が絶滅するのではないかと危惧した見識は、ウナギを見てきた一だけに前もって理解できたことだが、今では現実となりつつ有るようだ。
「ウナギ」には旬がなく、取れるところ、つまり環境が良いウナギが美味しいとは、卓越の見解だ。

小生は残念ながら「竹葉亭」のウナギを食したことはないが、「冷めたほうが美味しい」と常識とは逆の見解が述べられていることを見ると、先代からの見解を受け継いでいるのであろうことを想像させられる。

『なるべく冷蔵庫に入れずに炊き立ての熱い御飯にのせて食べるのが一番いい』とは、四代目信雄の口癖でしたと記載されており、小生が重要に思う「白飯」についての見解と同じことが書かれてある。
生ぬるいご飯の上に乗っかったウナギは極端に美味しくない。

熱いものは熱く、冷たいものは冷たくが魯山人の料理の基本であったようだから、魯山人の下で修行したということから想像すると、その事が引き継がれてきたのであろう。

さすがは伝統のうなぎ屋で、最近では評判になっているうなぎ屋でさえご飯を保存して時間が経つ者を平気で使うから、せっかくのウナギが台無しなことが多い、。

料理を盛り付ける器についても相当勉強したであろうし、2台目は美術収集家でもあったということから、恐らく他の店とは一線を画すものと想像する。

一度訪問したい店であるが、昔と変わってなければと祈るばかりである。

民芸や美術に明るい経営者の店の広告が「民芸」には記載されているようだ。
またこの頃は東京と大阪に集中しているが後半になると、地方の店の広告もちらほら見られるようになってきた。

by noanoa1970 | 2011-12-15 00:01 | 「食」についてのエッセイ | Comments(0)