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もうすぐ9月、ヘレン・メリルを聴く

ヘレン・メリルといえば、あまりにも有名な、クリフォードブラウンとのアルバム「Helen Merrill with Clifford Brown」だが、あと少しで9月になるから、9月そして秋にちなんだ歌を多く集めたアルバムをとり出した。

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日本ヴィクターが1967年に録音したものを、KATARYSTレーベルが米国で発売したLP。

ヘレン・メリルは日本で生活していたそうだから、日本での録音となったのだろう。

アルバムは、やがてくる季節に因むスタンダードナンバーばかり集めたもので、いずれもヘレン・メリルらしいハスキーな声でしっとりと歌ったものになっていて、心が洗われるようだ。

バックが日本人ということも、録音が日本で行われたことも、当時は気が付かないまま聴いていたが、この猪俣猛/ウエスト・ライナーズのバックが実に良い。

ヘレン・メリルも収録曲がスローバラードが多いせいか、かなりのびのびと歌っているようで、かつての名盤と」比べ、声の伸びは断然こちらの方が良い。

20年ほどたっていて、もう若くもないのに声の伸びがよく聞こえるのは、with Clifford Brownの録音の仕方が原因ではないかと思えて来た。

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ジャケット写真でも分かるように、with Clifford Brownでの録音は相当なオンマイクだから、サシスセソの音を含むハスキートーンが強調されて録音されたのではないだろうか。

今聞くと相当意識して造られたトーンであると言えそうだが、しかし其れがまたなんとも言えぬGOOD FEELINGを醸しだしたことは間違いないと思う。
50年、60年代のJAZZ録音には、人工的な録音が多かったが、そのことが却ってリアルさをうむ事に繋たものが相当数有った。

生に忠実な録音が、必ずしもリアリティーが有るということには繋がらないという証明のようなもので、レコーディッドミュージックのレーゾンデーテルの重要な要素であることを知らされたことになった。

with Clifford Brownは1955年録音だから、ヘレン・メリル23歳の録音、本アルバムは13年後のものになるから彼女はまだ36歳。

声の衰えなどはない、油の乗り切った絶頂期と言っても過言ではないと思うが、55年の録音はいかにも円熟した歌声のように聞こえて仕方が無い。

プロデューサー、録音エンジニアの意図的なものと思うが、なぜそういう録音にしたのかは不明のママになっている。
収録楽曲は、20代の女性には似つかわしくないから、彼女のハスキーヴォイスを最大限に生かして、つじまを合わせたのだろうが、それにしても、ヘレン・メリルは20代の若さで、40代以上のの歌手が持つ熟れた雰囲気を持っているのに驚きだ。

青江三奈もそうだったが、ハスキーヴォイスは、大人びて聴かせることが可能な声質なんだろう。


Personnelは
確認は出来なかったが、同じメンバーで割と長く続いたことから、多分以下のメンバーであろう。
猪俣猛 ( Takeshi Inomata ) (ds)
伏見哲夫 ( Tetsuo Fushimi ) (tp)
鈴木重男 ( 鈴木重夫? ) ( Shigeo Suzuki ) (as)
三森一郎 ( Ichiro Mimori ) (ts)
今田勝 ( Masaru Imada ) (p)
滝本達郎 ( Tatsuroh Takimoto ) (b)
中牟礼貞則 ( Sadanori Nakamure ) (g)

曲目
1-1 ニューヨークの秋
1-2 ノー・アザー・ラブ
1-3 グッドバイ
1-4 九月の雨
1-5 サムワン・トゥ・ウィッチ・オーバー・ミー
1-6 ローマの秋
1-7 セプテンバー・ソング
1-8 ラウンド・ミッドナイト
1-9 トゥ・スリーピー・ピープル
1-10 枯葉
1-11 コード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ
1-12 酒とバラの日々

演奏:猪俣猛/演奏:ウエスト・ライナーズ

You'd Be So Nice To Come Home toは、with Clifford Brownに比べると、掴みと聴かせどころが少しものたりない。
やはりClifford Brown があってこそ、ヘレン・メリルが生きた録音である。

1-3 グッドバイは、ショパンのエチュード Op.10-3 ホ長調 「別れの曲」である。

1-8 ラウンド・ミッドナイト、マイルス、マッコイタイナー、クロードウイリアムスン出はよく聞くのだが、ヴォーカルで聴くのはひさしぶり、この曲はヘレン・メリルに良く似合っている。

9月&セプテンバーの各曲、聴いていて染み染み感が高まって来るヘレン・メリルの真骨頂。

日本は、まだまだ残暑がきついが、NYやRome、PARISの9月はどんなものだろう。

by noanoa1970 | 2011-08-30 17:24 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(10)

白い渚のブルース

ブログで行き来があるHABABIさんが、「ビリーヴォーン」のLPのことをUPしていたので、同じLPが有ったことを思い出して探してみた。

いかにも60年代初期という女性の扮装が印象的なので、このLPのことは遠い記憶の中でハッキリ憶えていた。

今からもう40年も前になるが、学生時代の音楽サークルDRACが、其れまでは部員数50人を超えたこともあったが、学園闘争の中にあって、部員数が極度に減少し、その存続が危ぶまれていたころの事。

学生会館別館BOX4Fに有った部室には、ほとんどだれも寄りつかなくなった。

部室荒らしや盗難のおそれがあったため、研究会が開催されるようになったときには戻せばよいので、高額なアンプだけは、小生が預かることにして下宿に持って帰ることにした。

普段触ることのないレコードBOXには、入部した頃から数枚のLPが有ったが、手にとって見ると、非クラシック系統のものばかりなので、全ての部員が見向きもしない物だった。

入部した時からすでにそこにあったから、そして当時の4回生も誰の持ち物だかわからないようであったから、すくなくとも1965年以前からそこにあったものだと言える。

其のまま放置しておいても問題はないのだが、確かめると中に「ビリーヴォーンゴールデンベストヒット集」というLPがあるのに気が付き、夏はそろそろ終わりであったが、その頃FMで良く流れていた「真珠貝の歌」を始め、全てが何らかで聴いていたものばかりが収録されていたので、懐かしく思い聴いてみようと、そのLPを持って帰ることにした。

その時持って帰ったものが、今小生の手元にあるというわけで、持って帰ったのはいいものの、あまりにもひどい状態の盤だったから、3曲目の「白い渚のブルース」まで針を落としただけで、その後一切聞くことがないまま他のLPに紛れ込んで、長いことその存在すら忘れてしまっていたのだった。

HABABIさんがUPした、ジャケット写真を見て、どこかで同じ物を見た記憶が蘇り、ひょっとしたらと、ほうぼう探して発見したのは全く同じジャケットのLPだった。

日本ヴィクター、SWG-7002
Dotレコード、SDOT-10002
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40年以上前のことだけれど、女性の顔のジャケットだから、印象的だったのかもしれない。

先ほど針を落としてみたら、やはりスクラッチノイズが多く盤の状態は良くなかったが、聞くに耐えないほどではないから、片面を聞き終えたところ。

そういえばむかしは、状態が良くないレコードは、フォノカートリッジの針を傷めるという話を信じていたから、そういうレコードを極力聴かないようにしていた。

その頃、後先の事はお構いなしで、ようやく入手したのが、SONYのTTS-3000サーボマチック・ターンテーブルと、MCカートリッジ、サテンM7-45、アームはSTAX、UA-70という組み合わせのプレーヤーで、合計出費が10万円に届く贅沢なものだったが、スピーカーは使用せずSTAXのイヤースピーカーで聴いていたから、合計額ではそんなにも高額ではなかった。

それでも当時、下宿代が6000円、近所のレストランのカレーが120円、市電が13円、学食のBランチが70円、素うどんが15円の時代だったから、かなりの贅沢品であったのは間違い無い。

だからカートリッジの針を痛めるのは飛んでもないと、レコード盤の状態はとても気になった物だ。

ビリーヴォーンが特に好きというわけではないが、むかしは夏になると、彼らの様々な曲が良く聴こえてきたから、曲名は知らなくても、親しみやすいメロディーと、スローマリアッチスタイルと言っていいのだろうか、独特のサウンドは、記憶の片隅にある。

原曲名「Stranger on the Shore」、本来ならば「渚の異邦人」あるいは「海を渡ってきた異邦人」などと訳すのが忠実だろうが、「白い渚のブルース」と邦訳したのは、渚の青と白い砂浜という色彩感が出ていて、ベタではあるが良い。

「渚、砂、サンゴ礁、波」「白、青、蒼」は、当時からいまでもポピュラー楽曲のタイトルに良く使われる。
関係はないが、「渚ゆうこ」の京都シリーズも良く掛かっていた。

この曲は、別ヴァージョン、というか、こちらがオリジナルかもしれないのだが、「アッカー・ビルク」というJAZZクラリネット奏者で作曲編曲家の作品である。
ビブラートの利いたクラリネットが、妙に哀愁をさそう。

「アッカー・ビルク」は事故に合って指の第1関節をなくしたというが、ギターの「ジャンゴ・ラインハルト」のように、其れをものともしないような素晴らしい演奏者となったという。

クラリネットの音色が素晴らしく柔らかいのは、その事と関係があるのだろうか。

この曲は、「アッカー・ビルク」で聴いた記憶が全くなく、ビリーヴォーンかときどきハーブ・アルバートでかかっていたと記憶するが、アッカー・ビルクとビリーヴォーンは少し似た所があるから、気が付いてなかっただけかもしれない。

HABABIさんも言及されているが、左右の分離がとても良い。
左右の分離が良いのは、この頃の時代の録音の特徴でもあるが、其ればかりかセンターからもキチント音が出ていることに、当時のアメリカ録音のレベルの高さ、プロデューサーの質の高さを改めて知らされた。

by noanoa1970 | 2011-08-27 16:14 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(6)

囲炉裏灰のメンテ

晴れたらやろうと思っていた灰の掃除。
天気予報が外れて朝から晴れなので、早速開始した。

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ダンボールにビニールブクロをかぶせたものを2つ用意。
1つは囲炉裏から灰を救って入れるもの。
もう一つは篩いに掛けた灰を入れておくものだ。

炉を深く作り過ぎてしまい、4~50センチ近くあるため、全ての灰を掃除するのはものすごく大変。
だから影響がある深さの灰にとどめおくことにしたが、其れでも灰の重さは10㎏以上有る。

周囲が汚れないように、慎重にスコップで救いながらダンボールに移し、篩いにかけるために表に出した。
篩いの作業は順調だったが、篩い終えた残骸は、小さな炭や木片が沢山、道理で灰均しがうまく行かないわけだ。

残骸は植木の根元に撒いて肥料の代わりにすることにした。

玄関先に持ってきた10㎏あまりの灰を、全て古い終わるまで約30分。
開始から1時間で作業終了。

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囲炉裏に戻したところで、火箸と灰均しが見当たらないことに気がついた。
そこで、ダンボールで簡易の均し道具を作成してやってみたところ、金属性のものとには及ばないものんの、そこそこ使えて一応灰均しが完了。

振るったお陰で灰が細かくなり、空気を沢山含んだのか、ふかふかで、均しもスムーズになった。
久しぶりに汗をかいたが、非常に気分がよい。

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五徳を設置して一息。
これでいつでも炭を熾せる状態になって、趣味の冬支度は無事完了した。
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by noanoa1970 | 2011-08-23 11:03 | 日常のこと | Comments(0)

手入れとしつらえ

昨日冬に備え、骨董の鉄瓶の掃除をしたので、本日は自在鉤の手入れをした。

長い間使ってないまま、ぶら下がっていたから、埃が付いているし、鉄の輪を組み合わせたチェーンのような形状の自在鉤は、最下部の輪が一番細い部分で2ミリほどにすり減ってしまって、今にもちぎれそうだから、そこにテンションガかからないようにしなくてはならない。

どの時代のものなのかは判然としないが、これも高山の骨董屋で入手したもの。

壁に沿って吊るされた自在の先には、籐製の花入れが下がっていて、生けられた花とのバランスガ非常に良かったので、有無をいわさずに入手した。

自在鉤にしては華奢で重い物は吊るせないようだから、囲炉裏には向いてないのかも知れないが、小生の家野囲炉裏は、囲炉裏風のテーブルを改造し、銅で創ってもらった炉が納めてあるものだから、所謂囲炉裏ではない。

したがって自在鉤は、古くからあるデザインのような重厚なものだと、囲炉裏テーブルには似合わない。
火災の危険があるから、薪は一切使用しなくて、炭だけしか使わないから、大きな鉄鍋を上から吊り下げることはないし、もしそうなっても、五徳の上に置けば済む。

あくまでもデザイン優先となったが、都会の偽物の囲炉裏では其れも致し方無い。
しかし炭であれば、十分に熾り、炉の厚さも30センチ近くあるから、熱が籠ることはない。

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清掃して乾燥させていると、家内が水焜炉を(器の中に水を張りその上に炭を載せて使用する)出してきたので、早速試しに自在の先に鉄瓶を吊るし、高さを調節して、昨日の鉄瓶を水焜炉の上にくるようにした。

実際にはこのようなな使い方はしないので、あくまでも実験的アイディアだ。

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この水焜炉は、白洲正子の随筆、『日本のたくみ ── 土楽さんの焼きもの』で紹介された 福森雅武氏の窯で焼かれたもの。

伊賀焼の土鍋は、土の密度が高くてしかも硬いから、熱しにくいが非常に冷めにくい性質を持っており、ことこと炊き上げる料理には最適だ。

本日は写真はないが、大きさは尺2、全体が黒い釉薬で覆われていて、持ち重りがする土鍋で、高温で焼きしめた感のあるものだ。10年前、丸柱まで行って水焜炉と一緒に入手し、以来様々な鍋物で重宝してきたものだ。
*水焜炉は、現在生産されてない模様
*土鍋に興味が有る方は上の色が変わったところをクリックで「土楽」HPにいけます。

囲炉裏の五徳か、横着したときは卓上ガスコンロの上において使うことが多かったから、この水焜炉に熾した炭を入れたことはない。

だからほぼ新品に近いが、置いておくだけではもったいないから、この冬は囲炉裏と併用して使ってみることにした。

本来目的は、土鍋を置くためのものだが、本日は囲炉裏の代わりになるような、しつらえとしてみたが、これもなかなかの雰囲気がある。

すぐにでも炭を熾して、鉄瓶でお湯を沸かし、美味しいコーヒーデモ飲みたい衝動にかられるが、後数ヶ月の我慢が必要だ。

家内と二人では土鍋の出番はないが、冬になるとかつてはミニパーティを開催して、土鍋が活躍したものだった。

永源寺の漁師から分けてもらった猪のロースを、味噌仕立てにしたときの油の美味しさは格別で、新鮮な猪のロースの脂身が、熱すると三角形のギザギザになることを初めて知った。

あるときは鍋いっぱいにおでんを、そしてあるときには丸のまま1匹手に入った鮟鱇で鍋を、さらに長浜で入手した青首の鴨鍋を、作者の福森氏はこの土鍋でステーキを焼くと最高の味がするという、まだ試したことはないが、小生の料理の勘がローストビーフがよさそうだということを告げている。

息子が帰ってこないと多分出番がなかなか無いが、この冬は土鍋を大いに活用しようと、せっかちだが今から思いを馳せている。

by noanoa1970 | 2011-08-21 22:57 | 日常のこと | Comments(7)

ギトリスのクライスラー

昨夜録画しておいた、ヴェルビエ音楽祭2011を少しだけだが観た。

その中で特に印象が強かったのが、ギトリスだ。

小生は彼の演奏録音も生演奏も見聴きたことはない。

随分昔、アチコチで話題になったのは知っていたが、縁がなかったのだろう、全く聽かなかった演奏家の一人である。

姿を見て驚いたのは、もうかなり高齢になっていた事。
80歳はとっくに超えているだろうと思い、調べると、1922年8月22日生まれとあり、偶然にも明日で90歳の誕生日を迎えることにな」る、現役最高齢のヴァイオリニストであることが分かった。

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ギトリスが若手中堅ベテランの女性伴奏者と共演したものの中、ユジャ・ワンもブニアティシヴィリも良かったが、なんといってもベテラン、アルゲリッチとの共演が素晴らしかった。

他の二人が、ギトリスの独特な歌いまわしが理解出来ないまま、曲が終わってしまった感があるのに、最初こそ手間取った様子のアルゲリッチだったが、すぐにギトリスの独創的シンコペによる歌いまわしを理解し、お互いが個性の強いどうしにもかかわらず、昔から馴染んできたような優しい表情の音楽を創ってくれた。

普段は滅多に聞くことがない、クライスラーの有名曲、今まで誰もあのような過度とも思えるシンコペ演奏はしなかったであろう、ギトリスの表現にもかかわらず、新鮮であることは勿論のこと、少し間違えれば、嫌味とも取れるようなギリギリまでデフォルメした表現に、圧倒され思わず聴き入ってしまった。

技術的なことは避けたいが、最初は年齢が年齢だけに、音程が不安定なのだと思っていたが、どうも違っていて、ギトリスは、わざと少し外れかけギリギリの音程を出しているらしいと気がついたが、それが受け手に与える効果は、非安定と不安つまりsuspenseだが、それをそのまま放置しない音楽になっているのは、ピアノ伴奏に負う所が大きいのではないだろうか。

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ヴァイオリンの音色は、ファルセットヴォイスを思わすように濡れていて、フランコベルギー学派に通ずるものを感じるが、演奏スタイルこそ全く違えど、往年のシゲティが醸しだす音楽の雰囲気と共通するものが有ったように思う。。

円熟期を遥に過ぎた、老ヴァイオリニストがたどり着いた心境が感じられるような、優しく柔らかな暖かな音色であった。

若い頃のギトリスも聽かなくてはと言う、欲求にも惹かれる一時であった。
表現法にはかなりの変化が有ったのではないかと思わせるほど、今のロマンチシズムと神秘性を持ち合わせたような演奏は、ギトリスの心臓の鼓動、そして呼吸から湧いて出ているかのようだから、それとは異なるはずの、壮齢期熟年期のギトリスも是非聴いてみたいものだ。

こういう演奏は、録音されたもので、繰り返し聞けるものではなく、一期一会の演奏なのかも知れないと思った。

美しいロスマリン(クライスラー)
(ピアノ)マルタ・アルゲリッチ
(バイオリン)イヴリー・ギトリス

愛の悲しみ(クライスラー)
(ピアノ)マルタ・アルゲリッチ
(バイオリン)イヴリー・ギトリス

by noanoa1970 | 2011-08-21 09:05 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(4)

冬が来る前に

ここ数年間お世話にならなかった囲炉裏。
今年は十分活用しようと思い立ち、少し気が早いけど、引っ張り出したのは鉄瓶。

我が家には、骨董の鉄瓶が3個あって、その1つ飛騨高山の骨董屋で見つけたもの。
他の2つは義父の家にあったものを、引き継いだ。

高山で入手したものは、
骨董屋も気がつかなかったほんの微細な象嵌が、持ち手にあるもの。

大小の古い鉄輪を、いくつも繋ぎ合わせた自在鉤と一緒に入手したが、鉄瓶も自罪もこれは良い拾い物をしたと思っている。

本日は、鉄瓶をメンテナンスしようと、埃にまみれた鉄瓶を、先ずは洗浄することにした。

古い鉄瓶は、大体内側に赤錆が付着するものが多いが、3つ共に赤錆が付着している。

お湯を注いでみたが、幸い錆による影響はないようだから、しっかり乾燥させて、もう少し涼しくなったら、コメのとぎ汁か、さつまいもかじゃがいもを茹でたものを入れて、卓上ガスコンロでエージングすれば大丈夫のはず。

ガスストーブを使用するようになれば、その上に載せていつもおゆを沸かすようにすれば、これで完璧のはず。

いつもというわけには行かないので、ここぞという時には、炭を熾して囲炉裏に移し、その上でお湯をわかすことにしよう。

お湯が沸騰する前の合図のように、鉄瓶の蓋が共鳴して、チンチンという音を聽かせてくれるのが楽しみなことだが、砂鉄で作られたた鉄瓶でないと、あの音が出ないそうだ。

幼児期、父親の実家に行くと、火鉢に鉄瓶がかかっていて、チンチンという音を立てていたことを覚えているが、あの鉄瓶は砂鉄でできていたのだろうか。3つの鉄瓶の内どれかが、そうだといいのだけれど。

喩えそうでなくても、目の前でシュンシュンと湯気を立てるのも魅了的だ。

鉄瓶のお湯で立てる抹茶もさぞ美味しいことだろう。
鉄瓶でわかしたお湯で立てるコーヒーも旨いはず、濃い目のモカかキリマンを、古伊万里のそば猪口で飲むのもチョット贅沢な楽しみだ。

幸い倉庫にはメーカーから送られた備長炭が山ほどある。
地格の上石津の山奥では、今も炭焼き行われていて、かなり良い炭を安価に提供してくれるから、キャンプ用の粗悪な炭を使わなくてもよい。

そんな思いを巡らせながら、本日のメンテナンスを終わることにした。

道具はキチント使用し、メンテナンスさえ怠らなければ、どんなものでも便利に長い間活用することが可能だ。

蔵から鉄瓶が出てきても、赤錆が鉄瓶の友である事をご存じない人は、使いものにならないと、処分してしまうらしいが、非常にもったいないことだ。

鉄瓶などを使う環境がないから、致し方無いとは思うが、お茶好き、コーヒー好き、水にうるさい方、市販の水にばかり目をやらないで、水道水を鉄瓶で沸かしたお湯を使うと、驚きが待っていると思う。

鉄瓶のお湯がなぜおいしいかは、ペアである炭で沸かすことによる対流、鉄さびが少し溶け出し、タンニンと接触することで、カルキなどの成分を除去するなどが有るようだが、なぜかということも興味はあるが、やはり惜しいコーヒー紅茶、日本茶、抹茶を飲みたいという方が先である。

中国茶には鉄瓶は不向きだとも、そしてあっさりとしたコーヒーガ好みならば、ステンレス製のポットのほうが良いという説もあるので、万能ではないかも知れない。

お湯が沸く前の音、沸騰中の音、鉄瓶の形状、蓋のツマミの凝ったデザイン、すり減った胴に刻印された文様、長い時を生きた黒ずんだ肌、お湯を注ぐときの音、燃え炭の赤と黒そして白の美しさ、鉄瓶を掛ける自在などなど、目と耳そして味覚をも楽しませてくれるものがあるから、冬もまた楽しである。

茶碗やそば猪口豆皿を活用し、扁炉に花を添えるのもまた一興。

そんな冬の楽しみのために、本日から続くメンテがある。
明日は自在鉤に付着した、埃を取り除く作業の予定だ。

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by noanoa1970 | 2011-08-21 00:16 | 日常のこと | Comments(2)

PCのキーボード交換

使用してから丸8年。
キーボードの調子がすぐれなくなってきた。

Aキーの反応が鈍くなり、入力できてないことがあるから、誤変換するので訂正が多くなって、一苦労するので、キーボードを交換しようと思い、あれこれ調べるが、其の種類の多さに圧倒され、選択に迷うことしきり。

価格も1000円を切るものから、数万円までとても幅広く、同じ働きをするのに何がちがうのかと不思議だったが、その主なところは、キータッチと耐久性にあるようだ。

小生はブログで活用するだけのユーザーであるが、今はあまり使わなくなった、IBM ThinkPadのような感触のキーボードが、どちらかと言えば好きである。

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今のキーボードは、DELL PC付属のもので、音がカチャカチャすること以外にこれと言って不満はなかったのだが、Aキーが接触不良か何かで、強く打鍵しないと、効かなくなってきたからには仕方ない。

それに、全体がコンパクトなのは良いが、キーが少し小さめだから、となりのキーを叩いてしまうことが頻繁にあった。

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それでなるべくキータッチが柔らかくて、あまり音がしないもの、そしてキーが小さすぎないものを探していると、Microsoft社製「Comfort Curve Keyboard 2000」に行き着いた。

Microsoftのことだから、キーボード専門メーカーよりは、価格が高めだと思うが、そんな事を気にするほどの価格でないから、ダメモトで発注した。

アマゾンは、バカに出来ない送料が無料だから、価格の安いものを購入するのには、非常に都合が良い。

昨日発注したのだが、本日午前中に到着。
これも素早い対応だった。

附属CDをインストールし、USBケーブルを挿し込むだけで、接続完了。(PS/2対応でないからそこだけ注意必要)

打鍵感覚は前評判通り、割りと浅くできているのだろうか、沈みが少なく、音もカチャカチャしない。

さすがに、この価格では、ThinkPadのような打鍵は望むべくもないが、それでも相当似ている感じがして、この製品相当CPが良いことを思わせる。

デザインがあまり好きになれないが、これは諦めるしかなさそうだ。
windousユーザーには、使えるワンタッチキーが幾つかあって、メールソフト起動、インターネット起動、ヴォリューム調性、進む 戻るなど、マウスを使わなくても、キーボードから支持ができる機能が付いている。

キー配列の場所がカーブしていることには少将面食らうが、これも慣れの問題だろう。
ありがたいのは、正面のキーが他のものより大きくなっていることだが、エンターキーが大きくないのは残念なことだ。

バックスペースキーを一緒に押してしまいそうになる時がある。

2000円と少しで購入できる価格の割りには、作りはしっかりしているし、設置してガタつきも全くないのは立派である。

どうやらとても良い買い物だったようだ。

by noanoa1970 | 2011-08-18 14:45 | 日常のこと | Comments(2)

懐かしのポップスオーケストラ「夏の日の恋」

夏になると、毎晩のようにラジオから聴こえてきた曲。
それが「夏の日の恋」だ。

それが映画のテーマ曲と知ったが、当時中学生の小生は映画は見ていない。
夏休み、祖父の家にあそびに行くと、高校生になった叔母が、映画を見たのだろう、このレコードが置いてあり、安物のレコードプレーヤーで、聞かせてくれたが、あの時の演奏はだれのものだったのだろう。

演奏する楽団は聞く度に違っていたようにも、同じようにも聴こえたが、当時はそのようなことよりも、ラジオでこの音楽がかかるのを楽しみにしていたし、なにせ、気になるのは、音楽の題名「夏の日の恋」そして映画の「避暑地の出来事」、叔母に聞いてもキチンと答えが返らなかったので、いったいどのような物語なのかと、想像を巡らしたものだった。

実際に映画を見たのは、それから40年後のことだが、映画よりも、音楽の新鮮度、印象度のほうがずっと強かった。

youtubeはこんな時便利で、検索すると、一番のヒットは、パーシーフェース管弦楽団と判明した。

高域の弦とホルン、トロンボーンの合いの手は記憶に残っている。
これがやはりスタンダードなのだろう。
Percy Faith 映画「避暑地の出来事」 Theme from '' A SUMMER PLACE ''


こちらはヘンリーマンシーニ。
パーシーフェースとよく似たアレンジだが、キーが高く、よって弦がきらめくように聞こえる。


101ストリングスのものがあったので・・・
こちらは少しアップテンポで、ヴァイオリン弦は先の2つよりも低く、低弦部が伸びやかだ。
弦楽合奏中心のものだ。101 Strings Orchestra: Theme From 'A Summer Place' (Steiner, 1959) - Movie Clips


ドイツのジェームスラストオーケストラも録音していた。
リズムの取り方が違っていて、ワルツになっているが、これもおもしろい試行だ。
THEME FROM A SUMMER PLACE-James Last


小生がラジオで聞いたのは上記のどれかだっただろう。
パーシーフェースかマンシーニの公算が強いと思うが、101ストリングスの名前もよく登場した。

こちらは番外編。
小生の大好きな「この世の果て」のスキーター・デイヴィスの唄うもの。
初めて聞いたがなかなかよい。
Skeeter Davis - Theme From A Summer Place

by noanoa1970 | 2011-08-16 16:13 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(15)

懐かしのポップスオーケストラ「リカルドサントス」

ブログ仲間のHBABIさんが、フランク・チャックスフィールド管弦楽団のEbb tide「ひき潮」について書いておられたので、小生が唯一所有している「the music of cole porter」を聴いた。
今やスタンダードナンバーになっている、コールポーターのミュージカルの音楽がほとんどで、どれも耳に馴染んだものだ。1972年DECCA録音だが、リマスターのせいか、昔聞き覚えた透明感のある弦と、張りのある金管の音色が濁っている。

それで想いだしたのが、高校1年生の時、音楽好き仲間のA君、彼はオーディオ好きでもあり、ヴィクターのステレオにFMチューナーが付属されていなかったので、後付けでトリオのT-102というチューナーを、彼の手を借りて接続してもらったことがある。

そんなA君がある時、すごい録音のレコードがあるといって、持参したのが、「リカルドサントス楽団」の「お江戸日本橋」であった。

何ががすごいかというと、高域に上昇していく弦楽器のアンサンブルの音色が、今まで聴いたクラシック音楽のオケからは、到底聞こえてこないような、透明感に溢れキラキラと輝くように聴こえたから、ポピュラーの分野のオーケストラが、人をわくわくさせる、素晴らしい演奏ができることを知り、そして録音も今まで聴いたどの音盤よりも相当優れていて、家庭用のステレオからでも、それは得も言われぬ音が出てきたことだ。

友人Aが持参した音盤は17センチ盤であったが、小生はしばらくそれを借りて何度も効きなおしたものだった。

「お江戸日本橋」の記憶があるだけで、オーケストラ名などは忘れてしまっていたが、検索すると、すぐに「リカルドサントス」がひっかかり、先ほどyoutubeにあることが解った次第。

音楽とは47年ぶりの邂逅であるが、クラス対抗の軟式野球で、小生はセカンドで5番だったが、3番でピッチャーをやった頭脳明晰のA君、いまどうしているだろう。


by noanoa1970 | 2011-08-16 15:17 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(2)

「ロードランダル」と「激しい雨が降る」のことなど

ボブディランの「激しい雨が降る」が、スコティッシュ&アイリッシュオールドバラッド「ロードランダル」から、メロディを引用したことは、トラッドファン並びにディランファンでは、すでに周知のことであろう。

かつて、ロードランダルの話と、北方ゲルマンの民話「オルフ殿」の類似性について、そしてそれが、ヘルダーが採取したデンマーク民話「妖精の娘」を引用した、ゲーテの「魔王」の原型であろうことは、当ブログでも書いてきたが、こういう「殺し」に関する話は、広くヨーロッパに伝搬しているらしい。

特にアイリッシュ&スコティッシュオールドバラッドには、父親、娘、夫、兄弟姉妹、子供の「殺し」に関するものが多いが、母親殺しはなぜか見当たらない、このことは母権社会であることを象徴するものだろうか。

ディランや彼の先人たちが、海の向こうのブリテン諸島のトラッドフォークソングから、多大な影響を受けたことは、アメリカ音楽の歴史を紐解くまでもなく、アメリカという国の発祥や移民を考えれば、至極当然の成り行きであろう。

ブルーグラス、カントリー、フォークというジャンルにワケられるが、いずれもがブリテン諸島のトラッドフォークから影響を受けており、ジャズやゴスペルといったほかのジャンルからの影響が少なく、最も純粋なのが、ブルーグラスとアメリカンフォークソングということが出来る。

我が国の60年代に始まるフォークソングは、アメリカンフォークソングの影響を多分に受けていて、アメリカンフォークソングの推移を追いかける様に、やや遅れてその歩調を併せてきたフシがある。

故人となってしまった「高田渡」はその一人で、彼もまたアメリカンフォークの先達からメロディーを借りて、それに日本語の詩をつけて歌った。

中にはディランやディランの先達者、ウッディ・ガスリー、ランブリン・ジャック・エリオットの影響を強く受けたフォークシンガーもいて、彼らからの引用メロディに日本語の詩をつけることによって、日本のフォークソングを牽引した時期があった。

彼ら自身は気がついていたかどうか分からぬが、彼らが引用したアメリカンフォークソングの引用先は、ブリテン諸島のオールドバラッド=トラッドソングが多いから、孫引き引用ということになる。
つまり、ブリテン諸島トラッドフォーク⇒アメリカンフォーク⇒日本のフォーク(全てではないが)という図式となる。

本日は、日本のフォークソングやその他のジャンルの音楽に、多大な影響を与えた、ディランが引用したモトネタ「ロードランダル」について再度考察することにした。


Lord Rendal
 “O WHERE ha you been, Lord Randal, my son?
   And where ha you been, my handsome young man?”
   “I ha been at the greenwood; mother, mak my bed soon,
   For I’m wearied wi hunting, and fain wad lie down.”
“An what met ye there, Lord Randal, my son?
   An wha met you there, my handsome young man?”

オールドバラッドにみられる典型的な4行詩でできていて、「問いかけ」とそれに対する「答え」という形式で物語が進む。これはデンマーク民話、父親殺し「エドヴァルト」と全く同じ形式である。
第1節
どこに行ってたの,可愛い息子ランダル。
だれにあったの、可愛い息子ランダル。
森に行ってました、お母さん早くベッドをこしらえてください。
狩りで大変疲れました、体を横たえたいのです。

ディランは、4行詩から逸脱した節による、しかも「問いかけ」に対する「回答」が非常に長い。
ロードランダルでは母親が問いかけ息子が答える形式だが、ディランは、問いかけ者が誰か、答えるものが誰か一切わからなくしていて、しかも節の行数を多くとっているのは、言いたいことがたくさんあるということなのだろう。
「where have you been」「I've」「And」という言葉を多用して詩においても曲においても、印象づけの工夫をしている、ちがう言葉を使用しているが、このことは5節の詩すべてに共通するものだ。
こういうところ、すなわち「韻」を踏むことで、語感とリズムが、詩単独とでも引用メロディとの調和を図る意味でも大成功、ディランの天才ぶりは、こういうところからも分かるように思う。
原曲もその傾向はあるが、ディランの曲ではリフレインの妙味が最大の特徴と言ってよいだろう。

(以下のような、隠された物語の背景もあるが、「オルフ殿」との類似性が強い)
禁断の緑の森の奥に踏み込んだランダルは、そこで女に遭遇するが、女は妖精であった。
妖精はランダルを誘って踊の輪に入れようとするが、ランダルは、それを断って森から脱出する。
しかし妖精は自分の誘いに応じなかったランダルに、仕返しをして、死に至らしめる。

ディランの歌はわかりにくいので、ジョーンバエズで。

Oh, where have you been, my blue-eyed son?
  Oh, where have you been, my darling young one?
  I've stumbled on the side of twelve misty mountains,
  I've walked and I've crawled on six crooked highways,
  I've stepped in the middle of seven sad forests,
  I've been out in front of a dozen dead oceans,
  I've been ten thousand miles in the mouth of a graveyard,
  And it's a hard, and it's a hard, it's a hard, and it's a hard,
  And it's a hard rain's a-gonna fall.

第1節1から2行目、Lord Randal, my son?がmy blue-eyed son?に変わっているが、ディランの詩と、ロードランダルの詩の共通点は、最初の2行、オールドバラッドでは固有名詞が出てくるが、、ディランでは抽象化してしまったが、其の方が普遍的な広がりを見せることになる。

しかし、オールドバラッドの目的は、ブロードサイドが、かわら版などで、固有名詞を明かすことにあるから、それはそれですごく意味の有ること、しかもヨーロッパ中に広まったというから、ディランよりも、影響度は高かったと思われる。

ブラームスが歌曲とピアノ曲両方に曲をつけた、カールレーヴェの詩「エドヴァルド」の時に、父親殺しの犯人を探ってみたが、エドワード3世だとする推論は、ほぼ合っているとの確証を、いつも訪問していただいているabendさんの情報から得るに至った。

それで、詩のことはこれぐらいで置いておいて、ウナギの毒を盛られて、女房に殺された「ランダル」とは、実在したのかを探ってみたい欲求に駆られたのでそのあたりを。

その前に「ウナギの毒」について、小生はこのバラッドがアイルランドで創作若しくは取材されたものだから、古くからアイルランドで食用とされてきた「ウナギ」が、その血液に毒素を持つことから、ウナギの毒で死んだとされているのではないかと思うことがあった。

小生は有るところで、ウナギの刺身を食したことがあったが、血液が少しついた所があったのが原因なのか、刺激がある苦酸っぱい味がしたことを覚えているが、体調に変化は一切なかった。

調べると、確かにウナギの血には「イクチオヘモトキシン」という毒が含まれているが、先ず生で食べなければ問題はなく、もし血が体内に入ったとしても、死に至るほどの毒ではないというから、バラッドの翻訳の「ウナギ毒」には疑問が残る。
第一生で食す風習が有ったのかも疑わしい。

従って「ウナギの毒」と言われるが、そうではなく、ほかの原因だと推測される。
歌詞の別ヴァージョンでは以下のように、ウナギとウナギのスープを食べたというランダルが、「彼女は、それらをどこから手に入れた」という、母親の質問に直接応えるのでなく、背後のコーラスが陰の声のように、(この場合は民衆の声か)に、「(彼女が手に入れたのは)お母さん、生垣や溝からです」と語らせる。
Rendal, my son? Rendal、ランダル、私の息子?
Where did she get them from, 彼女は、それらをどこから手に入れた
My pretty one? 私の可愛い息子よ?
From hedges and ditches, mother, 生垣や溝からです、お母さん。
From hedges and ditches, mother. 生垣や溝からです、お母さん。

つまり、「ウナギの毒」とされる恋人が盛った毒は、「ウナギの毒」ではなく、生垣や溝から採取した何かに寄るものを暗示していることになる。
ウナギは、生垣や溝には生息しないから、よって推測できるものといえば「毒蜘蛛」あるいは「毒蛇」「毒蜂」などでhないのかと推測される。
そしてそのほうが毒素が強いから、死に至るには十分である。ウナギの毒では死ぬことはない。

さらに、母親に肌の色を問われたランダルは、spickit and sparkitと答えるが、これは不規則な斑、斑点を表すから、「ウナギの毒」ではないように思われる。

スコットランド音楽博物館によると、ロードランダルは、1787年に、「ロードロナルド」として印刷されたものが有るとのことだが、印刷される前からあると推測されるので、当然それより時代は下がるであろう。

ランダルがだれかということについて、以下のような記述を発見した。

『サーウォルタースコットは、トーマスランドルフロバートブルース(スコットランド王ロバート1世)の甥でマレー伯爵であると推測した。
それは次のことからである。
Randolph died at Musselburgh in 1332 and some suggested because the death was so untimely for Scotland, it could have been caused by poison.
ランドルフは1332にマッセルバラで死亡したとされる、早死だったので、毒によって引き起こされている可能性が有ることを示唆した。』

ウォルタースコットといえば、スコットランドの詩人、作家で、「アイバンホー」で有名だが、民謡収集家でもあったようだから、「ロードランダル」について調べていたのであろう。

一方、以下のような記述をも発見した。
『民謡の学会誌 (Vol.ii.、第6号および第III巻。、第10号)で、ミスギルクリストは、ランダルのアイデンティティは、1232年に亡くなったチェスター第六伯爵であることを示唆している。 The said Earl was poisoned by his wife.* 伯爵は彼の妻によって毒殺されたと述べた.』
しかし、チェスター第六伯爵とは、第4代チェスター伯ラヌルフ・ド・ブロンドヴィルの誤記ではないだろうか。
チェスター第六伯爵に関する情報は得ることが出来なかった。

調べてみた結果、以上のように、マレー伯トーマスランドルフ1323没、あるいはチェスター第六伯爵(第4代チェスター伯ラヌルフ・ド・ブロンドヴィル1232没)のいずれかである可能性が高いと思われるが、しかし、いずれも決定的根拠は薄い。

調べるうちに分かったのだが、バラッド詩自体が、時代と共に、そして地域ごとに微妙に変化してゆくから、原形を確定することは、極めて困難なことである。
其の年代が特定できるものの中で、一番古いものがそうである可能性は高いが、民間伝承発祥の歴史的時間的事実関係は、いつも曖昧であることが多いので非常に厄介だが、固有名詞を事実上の人物と符合させることが目的ではないから、あまりこだわっても致しかたあるまい。

曲が付けられたものの中に、中世のシャンソンンを彷彿とさせるカウンターテナーによる、興味深いものがあったので、貼りつけておいた。

by noanoa1970 | 2011-08-14 00:26 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)