シェルヒェンのベト5、リハーサル録音から「トスカニーニ」を巡って






いきなりyoutubeの動画を張り付けで恐縮ですが、HABABIさんがワルターのリハーサル音盤を紹介しておられたので、刺激を受け、シェルヒェンのリハーサルのCDがあることを思い出し、感想などを書きこむつもりで捜したのですが見つからなかったので、もしやと思いyoutubeを探してみると、ちゃんとあるではないか。
存在することを、再確認できたたようで、ありがたいと同時に嬉しい事だった。

(昼食後に改めてCDを探したところ、一番最後に捜した棚の一番右端にあるのを発見、こういうことが小生には多く、一瞬で見つからない場合は、何度探しても見つかりにくい)

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ベートーヴェンの交響曲第5番のリハーサルと本番。
1965.2.24~26.スイス・イタリア語放送管弦楽団

これからリハーサルに入りますとかなんとか言ってているのか、最初はボソボソとしゃべっている。
パンパンパンパーーン・・・・パンパンパンパーーンと2度、足を床に打ち付ける音で本格リハが始まる。
最後の音だろうか、シの音は「f」だとか何とか言っているようだ。
繰り返しのパンパンパンパーーンとパンパンパンパーーンに「間」があるのが面白い、コーダでもそうだからこれはシェルヒェンが意図してやっていることなのだろう。

ブゾーニ、モーツァルトと言っているらしいのも聴こえるガ、何をいおうとしているのかわからない。

所々で出る自ら歌うのを交えての音楽用語は、何とかわかるが、その言葉で何を伝えているのか、前後の脈絡がよくわからない。

いずれにしても、想像をたくましくさせる音源だということは間違いない。
リハというよりゲネプロかも知れないが、続く本番まで一気に聞き通してしまう、そんな魅力をこの音盤は持っている。

1楽章中間部を過ぎる頃から、だんだんシェルヘンの声が高くなり、終楽章に至るまで、まるで、レースを走る馬を、ムチで煽るような、凄いリハになっていく。
オケを煽りまくるシェルヒェンだが、何やら自分の主張らしきものをしゃべっているところがる。

一番の印象は、最初の方に出て来る「トスカニーニ云々・・・」たしかにそう聴こるが、イタリア語ともスイス語その他の言語とも判別がつきにくく(ミクスされているようなところもあって)、ましてや語学に疎い小生だから、最初聴いたときは、「トスカニーニ賛」、「トスカニーニのようにプレストで」演奏しろと言っているのかと思った。

しかし何度も聞くと、どうもそうではない、「パパパパーンと指揮棒でトスカニーニを思わせるように譜面台を叩き、どうも「俺はイタリア人のようなザッハリヒな指揮者ではない」というようなことを言っているようだ。
勿論イタリア人とはトスカニーニのことであろう。

考えてみれば、シェルヒェンの表現主義的演奏スタイルと、トスカニーニのザッハりヒな演奏スタイルとは、決して相容れないから、シェルヒェンがトスカニーニを尊敬したり、まして、トスカニーニのまねをするはずがない。

トスカニーニの音楽性を引き合いに出して批判していると考えていいだろう、もしそうであれば、そこがシェルヒェンらしくて、興味深い。

リハではそんな事まで語ることはないと思うが、拡大解釈をすれば、ザッハリッヒな演奏スタイルの芸術的バックグラウンドの「新古典主義」を批判していると想像すると、芸術的志向の違いが見え隠れし面白くなってくる。

シェルヒェンは、シェーンベルク、ヴェーベルン 、ベルクなど新ウイーン楽派の音楽の初演や、ヒンデミット、オネゲル作品の初演も行っている。
またノーノやクセナキス、シュトックハウゼンといった「前衛音楽」の初演にも積極的であった。

しかしそういった前衛的な側面のみならず、小生が所有している音源でも、バロック、バッハ、からロマン派、現代音楽まで幅広いレパートリーを持つが、割とオーソドックスな指揮をするものと、全く違う方向の破天荒なものが混在する(時代別変遷に言及するほど、自己統計が取れてない)指揮者だ。

これらの姿勢が示すように、表現主義:無調、12音そして前衛音楽の作曲家達との交流、さらには彼らの作品を積極的に取り込んだことが、指揮者としてのシェルヒェンに、それまでの指揮者にはない、楽譜の読み方と、革新的な演奏スタイル構築に寄与したのだろう。

そのことは「音楽とはかくあるべし」といった、音楽に対するシェルヒェンの情熱を感じさせる、大きな要因となったのではないだろうか。

シェエルヒェンの音楽的あるいは芸術的志向形成と時を同じくして、表現主義を志向する芸術家集団と、新古典主義者を標榜する集団が、激しい論争をしたことが影響したのか、音楽や演奏、そして指揮の分野においても、両者(単純には区分できるはずはないが、一応特徴から、シェルヒェンとトスカニーニを、それぞれ表現主義的な指揮者と、新古典主義的(ノイエザッハリヒカイト)指揮者としておこう)の、批判的対立が有ったことを思わせるものである。

以下の英文は、動画を投稿した外国人が、イタリア語とスイス語その他言語でシェルヒェンが、トスカニーニを引き合いにしてしゃべるのを聞きとって、英文にしたと思われる文章である。

これが正しいとすれば、小生の意訳では以下のようになる。

あまり自信がないので、英語が得意のベイさんに、よりよい訳をお願いしたいところだ。

He's talking about the different manners of interpretations before the first world war and after...blaming Toscanini for having introducted a way that is guilty of the distruction of creativity and originality in Art...

第一次世界大戦(1914-18)の前後で、音楽(楽曲の解釈)にはかなりの違いがある。
トスカニーニが示した方法は、藝術の創造性やオリジナリティを阻害するものだから、彼の罪は大きいといってトスカニーニを批判した。(小生の意訳)

「第一次世界対戦前後で藝術における主義主張、作品が変化した」というようなことを言っているが、それはまさに音楽において、後期ロマン派を経て、印象派、そして新ウイーン派の出現と、新古典主義音楽、さらにそれ以降の前衛音楽の出現を示唆しているように思われる。

そのこととシェルヒェンが批判したトスカニーニの音楽性とがどうして結びつくのかはわからないが、トスカニーニを大戦前の、いわば古い体質の指揮者であるということを言いたかったのだろうか。それとも大戦後出現する、新古典主義的傾向にある指揮者であるということを、言いたかったのだろうか。

大戦前の藝術は、いずれもロマン主義の亡霊であり、象徴主義の流れと平行して出現した表現主義は、ロマン主義の申し子という捉え方をシェルヒェンはしたのだろうか。

大戦後はというと、ロマン主義の亡霊に影響を受けながらも、否定するところに、不可思議さはあるが、反ロマン主義、反印象主義という立場の仏6人組やメシアン、ジョリベ、ブーレーズと続いていき、ドイツでは、新ウイーン派、すなわち調性の完全崩壊が出現することで、従来の音楽的価値観も崩壊することになった。

ロシアなど、各国でも時をほぼ同じくして同じような世代交代が行われ、中でもスクリアビンやストラヴィンスキーの出現は影響度も大きかったと思われる。

しかし一人の音楽家や演奏スタイルを、こうやって~主義というように括ってしまうことは、表面的な見方であることは、重々承知で、ドビュッシーを例にとっても、晩年は印象派とは呼べない作品を書いているし、作風がすごく変化した人もかなり存在する。

ではあるが、便宜上世紀末から20世紀へと時代が変わるときの、世界大戦があったからより激しく動いたと思うが、その変化過程を簡単に鳥瞰するためには致し方無い。

「第一次世界大戦前後の藝術、藝術思想・運動の変遷」という視点は、非常に奥が深から、これについては、もっと詳細な情報取得と整理が必要であろう。

中途半端な情報で恐縮だが、続けさせていただくとして、この時代の音楽の変化は、他の芸術運動の影響を多分に受けており、音楽が他の藝術ジャンルの思想や運動から、一番影響を受けた時代であったかも知れない。

物凄く大雑把に言ってしまえば、後期ロマン派音楽の亡霊が住み着いていたのが大戦前、大戦後にその残滓であるフランス印象主義音楽とドイツ表現主義音楽が出現し、それらを絡め取ろうとしたのが、新古典主義音楽であるが、奇しくも否定したロマン派の音楽的特徴を内包していたという摩訶不思議な世界だ。

時代は繰り返し、藝術も思想も繰り返していくのだろうか。
前衛はそれを断ち切りたいと願うところから始まったと小生は思う所がある。

シェルヒェンの表現主義的演奏は、ドイツロマン主義の流れから決してはみ出るものではない。
むしろトスカニーニのザッハリッヒな指揮のほうが、近代的≒反ロマン主義だが、実はロマン主義を内包する新古典主義的要素がある。
新しいようで古く、古いようで新しいのが新古典主義に内在する要素だ。

何故にシェルエンがトスカニーニの批判をしたかが、わからなくなりそうだが、それは多分主義主張といった物ではなく、音楽への取り組み姿勢ではなかったか。

トスカニーニは、米国に渡ってから特に、レコーディングによって、万人に音楽が聴けるように、積極的にスタジオに入って録音のために演奏した。
スタジオ8Hでの一連の録音は有名である。
くり返し聽かれることをも見越していたのか、作曲者の代わりに音楽を提供するべく、自己流の解釈を拒否した演奏で通している。

一方シェルヒェンは、録音よりもライブを重視したせいか、残された録音用音源は多くはない。
トスカニーニと違い、自分のベートーヴェンを聴いてもらいたいと言うような演奏だ。
しかも録音にもかかわらず、観客を録音スタジオに入れての録音演奏あるいはライブ演奏かと思うほどの感覚をいつも与えてくれる。

そういう例として、カラヤンとチェリヴィダッケの確執が取り沙汰されるが、音楽に対する姿勢を巡っての確執は、それ以前の少し古い時代から有ったのかも知れない。

このあたり、録音に対する演奏家の取り組み姿勢の変化や違いが明確に出ることになるのは、大戦を挟んでの録音技術の急速な発展に大きな要因があると思うが、(・・・戦争が科学技術発展の最大のファクターだから)そのことは、シェルヒェンの言うところの、大戦前後の変化の重要な1つになっているのだろう。

この録音でシェルヒェンの発する言葉が全て理解できたら、リハーサルは、こんなふうにやっているのだ、ということだけでなく、シェルヒェンの「解釈」を知るという事を含め、もっともっと広い見地から、いろいろなものが捉えられ理解が可能だろうが、残念なことに、小生の外国語の能力では、いかんともしがたいのが残念だ。

以前から小生には、音楽評論や音楽ジャーナリストを始め音楽を生業としている人に強い要求がある。
それは演奏家と聴衆の橋渡しをすることにあると、小生は思っている。
演奏表やCD評などは、今や多数の素人の耳の情報の方が圧倒的多数で、しかも様々な視点からのものが、ネットから入手可能だから、プロ個人の見方などは、なくても困ることはない。

何をやっていただきたいかというと、演奏会でも録音に置いても、演奏家がどのようにその楽曲に取り組んだか、如何に解釈したか、どういうところを重点に聴いて欲しいかなど、演奏家と聴衆を結びつけるための取材や、それができない過去の演奏家については、そのことをなるべく示せるような、有効な情報を集めて、教示して欲しいということだけである。

それを満足することが可能であれば、評論の視点はそこからたくさん導かれるはずだから。
今不足していること、それは演奏者と観客の情報共有のための橋渡しなのではないか。

今回聞いたリハの音源なんかは、シェルヒェンの音楽姿勢や解釈、人間性をも含めて、深く知るための格好の材料であるから、音源から読み取れる情報を精査した上で整理して提示していただくと、情報の価値はかつて無いほど高まると思うのだがいかがだろうか。

演奏者の音楽的姿勢や狙い、解釈の仕方などを知ることができれば、演奏の善し悪しなどは、単なる技術でしか無いことに気づくことも、大いに有り得ると小生は思っている。

また演奏者も、そのような自分の音楽的姿勢や考え方を、積極的に聴衆に知ってもらうこと、つまり情報発信することを、常に念頭に置いておくべきであろう。

いつまでも藝術の開かずの扉の内に、閉じこもって、「音楽を聞いてもらえばわかる」なんていうことを言っている時代は、20世紀末、イヤもっと昔、それこそ第一次大戦後で、とっくに終わってしまったことを、認識するべきではないだろうか。font>

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by noanoa1970 | 2011-06-29 11:00 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(9)

気怠い昼に

どうもすっきりしない天気だ。
暑くてジメジメするから、気分も良くない。

そんな時に聞く音楽は、どれにしようかと、考えるまでもなく、とっさに閃いて決めたのがこの音盤。

この曲はこのアナログディスクでしか所有してない。
足掛け50年に渡る愛聴盤だし音質が良いので、他の演奏やCDに換える必要のないLPディスクの1枚である。

しかし実は、現在所有のアナログディスクの前に、国産のオリジナル盤を所有していたのだが、知人に持っていかれてしまい、それっきりとなってしまった。

それで現在所有の、いわば焼き直し盤、メタル原盤使用とした音の良さを売り物に、廉価で販売されたものを80年代に購入することになった。

このシリーズ、例によってジャケット裏には、スペアナの測定値がグラフに示されていて、いかにもオーディオファン好みの音盤に仕上げてあるが、発売当初から録音の良さで知られていたものでもある。

しかし音質は初期盤のほうが良かったように思うが、家庭用ステレオで聞いていたから、本当のところはわからない。

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現在所有のジャケットは、スペインの踊り子が使うような、豪華な扇子が写されているものだが、初期盤のジャケットは以下の写真と同じである。
今は手元に無いので捜したが、このCDジャケットしか見当たらなかったが、オリジナルレーベル仕様としてあり、ジャケットも初発売の小生がかつて所有したものと同じもので、懐かしいので借りてきた。
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1960年70年代のレコードジャケットは、何故か、それが似合うか否かは別として、演奏者の顔写真が使われることが多かった。

恐らくは、情報量が少なかったその頃は、現在のように個人が簡単にWEBで調べることなど出来なかったから、演奏者のプロフィールの一環としての顔写真という意味合いがあったものと思われる。

だからロンドン(DECCA)レコードの「アンセルメ」のような、あの顔とは、およそ縁がないと思えるフランス音楽集のジャケット始め、新譜が出るたびことごとくあの顔が使われていた。(演奏はよかったがジャケットは・・・)

その頃のほとんどの指揮者、ソロイストの顔写真が、ジャケットに使われたと思えるぐらい、レコード会社こぞって顔写真を使うことが多かった。
ジャケット写真のイメージは、それから長くそのままの姿形で、頭の中に残っていたから、時がずいぶん過ぎてから、実物や現在の写真を見て、その変容に驚くこともあったほど、ジャケットでの最初の出会いの残像は強力だった。

際初に入手したこの音盤は、確か1963年のことで、うろ覚えになるが、ハイティンク/コンセルトヘボウの「展覧会の絵」を購入した時に、フィリップスの見本盤としておまけでついてきた17センチ盤(購買促進のサンプル盤)の中に、1楽章のほんの僅かな時間でしか無かったが、強烈なリズムと金管が炸裂するオケ、それまで聴いたことのないような柔らかなヴァイオリンが聴こえ、曲も演奏も一気に気にいってしまい、それでレコード屋に走ったという記憶がある。

ローザンタールもグリュミオーも、ラムルー管も、全く知らなかったが、実物見本は効果的で、この演奏は凄い、そう思えたものだ。

このころ小生は中学3年か高校1年生、迫力のある音楽に興味を惹かれた時期でもあったから、この曲の強烈で、しかも変拍子的リズムが情熱的な所、そして交響曲としながらも中味はヴァイオリン協奏曲という、洒落っ気のあるネーミングに惹かれたのだった。

そして「ラロ」という作曲家が何者であるかも知らないまま、この曲を愛聴してきた。
今では笑い話になってしまうが、「イスの王様」とは、「椅子の王様」という、おとぎ話の音楽かと思ったほどだった。

グリュミオーというヴァイオリニストは、ボベスコとともに、フランコベルギー楽派の流れを汲んだ人といわれ、グリュミオーの弟子がデュメイである。

フランコ・ベルギー楽派は「ヴュータン」の弟子の「イザイ」、イザイの弟子「デュボワ」という師弟関係が創りだした奏法で、「ヴュータン」の後継者「ヴィエニャフスキ」とその門下の「エネスコ」とも関連があるとされるから、大本は「ヴュータン」で、その師弟関係、音楽的交友関係によって確立されてきた演奏法と言える。

最初この言葉を聴いた時には、「フランコ・ベルギー楽派」の「フランコ」とはなにかがわからなく、やがて「フランコ」とは「フランス」のことと分かり、「フランス・ベルギー楽派」と言い換えると、音楽的特徴がわからぬでもないと思ったりもした。

改めて聴いてみると、グリュミオーは、冒険をしない丁寧な音作りだから、面白みに欠けるように思うかも知れないが、大きな特徴の彼のヴァイオリンの音色を象徴する言葉は、「豊饒」「芳醇」「純凛」である。

肥沃な大地で作られた良質の米を40%まで削り、不純物を削ぎ落として醸しだされた大吟醸、小生の好きな「春鹿」のように、仄かに洋なしの香りがする、舌離れのよいキリっとした旨みが、歯に絡んだ後、鼻から喉へと漂いながら五臓六腑に染み入っていく。
ワインに例えるなら、後味のよいシャブリ グランクリュというところだろうか、そんなヴァイオリンである。

この曲は結構起伏の激しい情熱的な曲だが、グリュミオーのヴァイオリンは、気負った所がなく終始気品を感じさせてくれる、しかし暑く燃えないところが不満だという人もいるだろう。

小生はこの曲を、バスク人の血がはいっているとはいえ、フランス生まれでフランス人のラロが、サラサーテをインスパイアし、擬似的望郷の観念的意図で作った曲と解釈している。
サラサーテに曲を献呈したとは、サラサーテを通じて、心の故郷バスクに想いを馳せた、そういうことであろう。

そのような意味から、小生は、スペインスペインするのではなく、ノーブルでスマートな香がどことなく漂う演奏が相応しいと思うので、それを高いレベルで満足させてくれた、グリュミオーの演奏に何ら不満はないばかりか、この演奏さえあれば良いと思っているぐらいなのだ。

ロザンタールの明色鮮やかで濃淡ハッキリの音楽、さらにこれでもかとばかりの、一際金管を引き立たせる棒は、グリュミオーのこの曲における唯一の弱点、情熱に溢れ、息をもつかせずというアグレッシブな表情を抑えて、少し覚めたところがある演奏をバックアップして補い、音楽全体のバランスをとっているように聴こえる。

従って情熱的なバスクの血とフランス人のノーブルなところが、うまく補完しあえたところが、この演奏録音の評価ポイントになる。

小生の所有音盤の中でも、もうすぐ50年の、最も古い付き合いで評価の高い音盤。
LPは買い直ししたが、演奏も録音も優れた音盤だから、CDに替える気は全く起こらない1枚で、昨今著しくなった駄演や駄録音と比べると、アナログディスクの時代は、司司に良いフィルターが存在したせいで、高水準の演奏録音しか、俎上に登らなかったから、絶対数は少ないものの、外れることは少なかったように思う。

さて、グリュミオーのヴァイオインの特徴をもっと知るために、ベートーヴェンのソナタをオイストラフと比較しながら聴いてみた。

ヴァイオリン奏者の奏法や音色に言及するのは、かなり困難だから、いずれは両者の特徴について書いてみるつもりである。

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by noanoa1970 | 2011-06-28 01:34 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(9)

ベルリンフィルの巨漢

先日UPした往年の名指揮者の写真を見ていろいろ議論が進んだ。

撮影場所はどこか、誰がホスト役か、この写真の時代背景など、興味深いコメントが寄せられて、たった1枚の写真から、有意義な時間が過ごせたことは、ありがたい事だ。

その中で、指揮者の身長に話が及び、いくつかそれに纏わるコメントを頂いて、初めて知る意外な事実などもあり、話が発展した。

常連のcyubaki3 さんからは、ジョージセルが、意外に身長が高く、180センチ有るのではないかという情報が寄せられ、小生も意外なことだった。

Abendさんから、>バスのアッティラ・ユンです。高身長のみならず、巨体ですね。彼を歌手と知らないで見たら、プロレスラーとしか思わないでしょう。以上の情報が寄せられ、他にノイマン、カラヤン、ラヴェル、ドビュッシーが背の低い事を上げておられました。

それで、いつもコメントを頂いているAbendさんへのコメント返しを、こちらですることにさせていただくことにしたのは、ある画像を貼り付けたいからである。

<ベルリンフィルの巨漢>
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上の画像は最近のベルリンフィルの第2バイオリン奏者ヴィオラ奏者のもの。
アバドの「大地の歌」終了時の退場の場面。
カメラが映しだすたび、バイオリンヴィオラが小さく見えて、この人の指で、本当に弦を正確に押さえられるのか、心配になるような、ひときわ目立つ巨漢である。

巨漢だが、ニコッとする場面に遭遇した時の顔つきが、思いがけず柔和だったのが印象的だったので、かなりの高印象。

それでデジカメで写撮っておいたものである。

名前は確認できてないから、どなたかご存知のかたご教示願います。

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全体像では、向かって右の2列目、女性奏者の向かって左の人になりますから、2列目ということになります。
実はBPOのメンバーリスト、捜したのですが見つかりませんでした。
ご教示ありがとうございました。


追記
abendさんの協力で、
件の巨漢人物は、Va奏者Joaquín Riquelme García さんと判明しました。

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by noanoa1970 | 2011-06-26 15:21 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(14)

往年の名指揮者が一同に会した写真

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大変貴重な写真である。
貴重だから有名な写真でもあると思う。

小生はこの写真を、ベルリンフィルの歴史を扱ったTV番組で見て、取り込んだ。

往年のマエストロが一同に、ベルリンに会した時のもの。
米国で活躍のトスカニーニが、ニューヨークフィルとともに、ドイツに演奏旅行に来た際、だれの呼びかけかはわからないが集まった時のものだという。

よくも5人の巨匠級の指揮者が集まれたな、という驚きの写真だ。
撮影されたのが、1929年という説と31年という説があるがどちらも体制に影響はない。

1930年にベルリン芸術祭が開催されているから、ひょっとしたら、それが目的で、参集したのかも知れない。

撮影場所もバイロイト祝祭劇場という説とベルリン歌劇場という説があるが、背景の壁紙の文様からは、プロイセン国王ルートビヒ好みのように思えるから、バイロイトではないかとも思える。

しかしフルトヴェングラーは、1931年夏にバイロイト音楽祭に初めて出演し、「トリスタンとイゾルデ」を指揮することになるが、それより1年早い30年に出演を始めたトスカニーニは、運営をめぐりワーグナー一族と対立、フッルトヴェングラーも32年6月バイロイト音楽監督を辞任したというヒストリーがあるから、バイロイトではない可能性も十分ある。

古手のクラシック音楽愛好者にとって、とても貴重で、なおかつ演奏史に残るであろうこの集合写真。

1929から31年は、世界恐慌そしてナチスの台頭というドイツの悲劇の始まりの時代でもあるが、そんな中において、この写真が攝られることになった背景や事情がわかる記述はないものかと、少々気になるところだ。

写真を見てつくづく思ったが、クレンペラーはやはり大男だ。
背の高いフルトヴェングラーよりも、20センチは高いから、2メートル近くあったかも知れない。

向かって左から

ブルーノ・ワルター 
アルトゥーロ・トスカニーニ 
エーリッヒ・クライバー
オットー・クレンペラー  
ウィルヘルム・フルトヴェングラー

クライバーだけが違う方向を見ているのが印象的だ。

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by noanoa1970 | 2011-06-25 12:37 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(10)

久しぶりにオーディオの話でも

だいぶ前のことになるが、テンシュテット&LPO(1985年) BBCL4131 レーベル : Bbc Legends を聴いていて、音に違和感を感じたことがあった。

それは、スピーカーの左右に音が広がりすぎているように聴こえたことと、全体に薄い靄がかかったように聴こえたことであった。

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ライヴ録音だから仕方ないかと思ったが、(本来の目的は、バランス入出力インターフェースだが、パワーアンプのBTL接続をやめたから、その機能は不要となり、現在はCDのデジタル臭を消すために使用している、位相切り替え機能つきのトランスを、CDPLとプリアンプの間に入れてある)harman/kardon CT-1の位相切り替えスイッチを反転させ、逆相にしてみると、不自然な音の広がりはなくなり、靄が消えて、低音がハッキリしたように思った。

それでオーディオにも造詣が深い諸氏が集まる、掲示板で、「このCDは位相が逆ではないか」という質問をしてみた。

たちまち耳が良くオーディオに詳しい人から、「逆相ではなく正相である」との返事が来た。

しかし小生の耳には、逆相にした時の音のほうが自然に聞こえるから、このCDを聴くときは位相反転させて聴くようにしていた。

しかし位相の変換が起こす音の変化は、ほんの少しあるかないかで、しかも不確定要素が強く、変化したからと言って、それが良い方向なのかそうでないかを結論づけるのは難しいことだ。

それでも位相を逆にしたほうが良いと思えるCDは、少ないながら他にもあるようで、なにか変だと直感的に思うものは、位相を切り替えて聴いてみるようになった。

ほんの自己満足かも知れないが、位相を切り替えたほうが、自分の耳に良く聞こえるCDが少ないながら存在することは、確かだと思う。

切り替えて、音が変化するものと、変化しないものがあるが、いずれにしても聴くにはあまり差し支えないから、普段はいちいち切り替えて確認することはないが、どうしても気になるCDだけは、位相を切り替えてみることにしている。

ボタンをプッシュするだけのことだから、簡単だし切り替えのタイミングも、変化の音を聞き逃さない程早く行えるから、確認作業に煩わしさはない。

効果測定が極めて個人的感性領域だから、手間がかかる切り替えは決しておすすめはしない。

なぜキチント調整してあるはずのオリジナルCDが、位相を切り替えると、自分の耳にはよく聞こえることがあるのか、という疑問はあるにしろ、決定的な音の善し悪しの差は、ごく少ないから、深く追求はしなかった。

そして、そんなある日見つけたのが、 takin さんのブログの、「レーベルによる位相の違いへの提言」という記事。

読んでみると、仰天するようなことが書かれてあった。

『CDなどの音楽レコードの録音は、制作会社のレーベル(ソニー、ビクター、EMI、ドイツグラモフォンなど)によって正相と逆相とに分かれています。そこで私たちの側でも、それと同じ相で再生しないと、音楽鑑賞に支障がでます。』

なんだって、レーベルによってCD制作に正相逆相がある。そんな馬鹿な。

耳を疑うような記事に、そんなことがあるのだろうか、エンジニアは正相を忠実に守っていて、全て正相で制作は無いのか。

そんな疑問が湧いてきて、記事の最後にある「レーベルごとの位相一覧表」を見ると、以下のレーベル別位相が書かれてあった。

正相
EMI、ERATO、カメラータトウキョウ、キングIN、コロンビアME、DEROS、DENON、東芝EMI、ナミ・レコード、HARMONIA MUNDI、ビクター(JVCビクター・エンタテインメント、フィリップス、フォンテック

逆相
RCA、アルヒーフ(ARCHIV)、Westminster  エイベックス・クラシックス、オクタビィア・レコードキングレコードCBS/SONY、SONY TEICHIKU RECORDS、デッカ(DECCA)、ドイツグラモフォン(DEUTSCHE GRAMMOPHON)POLYDOR、ロンドン(LONDON)、ワーナークラッシクス 

小生の所有の多いレーベル、デッカ、グラモフォン、SOSY、RCA、アルヒーフ(ARCHIV)、Westminsterがなんと逆相で、正相ではEMI、ERATO、コロンビアME、DENON、東芝EMI、ビクター(JVCビクター・エンタテインメント、フィリップスという、正相逆相がほぼ半々に分かれ分布することがわかった。

国内盤よりも数が多くなった輸入盤ではどうなるのかが知りたいところだが、国内盤では以上のデータというわけだ。(輸入盤データ、調査方法は記載なし)

このうち位相を逆にして聴いたほうが良いのは、逆相で制作されたCDということになる。
サンプリングがごく少ないので、なんとも結論づけにくいが、変わるものと変わらないものがやはりあるようだ。

従ってこのデータは、一応参考にはするが、闇雲に位相切替をして聞くことはせずに、あくまでも、自分の耳で聞いて、今まで通り、なんかおかしいと思った時だけ、切り替えてみるということにした。

それにしても、エンジニア個人でなく、メーカー別に正相逆相が存在するのは、何か理由がないと納得できかねるが、それは今持って謎のままである。

輸入盤はどうなっているのかとその理由は、ぜひ知りたいものだ。

小生の場合は、たまたま簡単に位相を切り替えることが出来るからいいが、そうでない人は無理しないほうが良いと思う。
いちいちSPコードの+-を逆にするのは、大層な手間で、しかも効果は余り見込めないからだ。

だけど、中には良い方向に変わるCDがたしかに存在するのも事実であるから、オーディオは奥が深いというか、オーディオには無限の闇があるから、足を深く突っ込まないことが得策だと思う。
    

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by noanoa1970 | 2011-06-21 15:08 | オーディオ | Comments(23)

岡田暁生著「音楽の聴き方」重箱の隅的想い

2005年6月5日に開始したこのブログ、気が付いたら丁度6年が過ぎた。

わけあって、途中一ヶ月だけ更新をしなかったが、後はすべての月更新ができた。

しかし、毎日更新していた勢いは失せて、だんだん間延びするようになった。

自身の性格から言えば、日記でさえ続けたことがない小生だから、主に音楽に纏わるエッセイを書くことにしたこのブログ、こんなにも続くこととは、思いもしなかった。

やはり、音楽の持つ不思議なエネルギーのなせる技なのだろう。

話は変わるが、友人の勧めで、岡田暁生の「音楽の聴き方」なる著書を読み、重要な箇所はほぼ抑えたが、学生時代に徹夜で討論した事柄のいくつかと交差する所があって、思い出し懐かしくなった。

現代の音楽享受事情に置いて、かなり有意義な示唆をこの著作は含んでおり、単に音楽の聞き方という範疇では括れないほどの、深く広い内容にチャレンジしている。
ハウツー本なら、古今東西いろいろなものが出版されたが、この著書は「音楽との関わり合いかた」について、様々な角度から、様々な分野からの事象を捉えようとしたものである。

ありそうで実際にはかつて存在したことのない著書と言えるが、あまりにも多岐に渡る内容だから、まえがき、あとがき以外直接すぐに参考になるものは無い。

しかしながらこれらのことに興味が少しでもあれば、考えるヒント満載だから、後は自己鍛練で、本書は自己鍛練への引導の役割でしか無いのだろうが、小生にはそれで十分である。

小生はこのブログで書評というか感想というか、そのような類のもの書こうとして、今ようやくちょっとした形になったが、批判的になってしまった所がかなりあるから、さっきまでUPを躊躇していたが、覚悟を決めて投稿することにした。

ネット上では絶賛の声が多いから、重箱の隅的小生の言及が通用するワケはないし、逆批判も有ることと察するが、それでも3日間かけて綴ったものであるし、この著作を読んだことの記念でもあるので、勝手な言い分だが、著者へのさらなる期待を込めて、UPする決心をしたものである。

失礼な言い回しがあるやもしれませんが、気を悪くされないようにお願いいたします。

小生は少し前に、「音楽、聞き方接し方のちょっとした変遷」と題したブログ記事を書いたが、その時の内容と、友人の勧めのこの著作と重なる所が多く在った。

このような類の著作、古今東西の音楽研究者、音楽美学、社会学の立場で、あるいは演奏家が書いたものなどを読むのは、実に久しぶり、少ないながらも、市場にある音楽研究の、あらゆる書物を読もうとした学生時代以来のことである。

「音楽の聴き方」というテーマは、個人的にも興味が有り、それは、音楽を本格的に聴き始めてから足掛け50年の今、自分の音楽に対する接し方、つまり聴き方が、どのように始まって、どのように変遷しながら今に至ったかを、一度レヴューしなくてはならないと考えていたこと(その概略は先のブログにて書いた)。

さらには、愛好家諸氏のそれは一体どのようなものなのか、程良く記述されたものにお目にかかったことがないので、プロの立場で記述したこの著書は、自分との比較において、参考になるであろうと思ったからである。

読んでみて、この著作の内容と、自分の音楽の接し方は、かなりオーバーラップする所があるが、著者の話の前提で、少しだけどうしても気になる所がある。

それは、著者が、時代錯誤をしている所が見受けられ、それを前提にした上で、多岐にわたった話を展開するから、かなりの論点飛躍や時にかなり恣意的になることで、文脈に誤謬が散見されることだ。

彼の主張の前提となる「まえがき」には、以下のことが書かれている。

『コンサートにはいかず、ほとんど専らCDやPCからのダウンロードなどで音楽を聞くことを慣わしとしている人々の場合は違うかも知れないが、』
とした上で、以下の文章が続く。

『やはり大多数の人にとって、音楽を聴く最大の喜びは、他の人々と体験をを共有し、心を通わせ合うことにあるはずである。』

『例えば、素晴らしいコンサートを聴き終わった後、それについて誰かと語り合いたくて、うずうずしているところに、知人と会って「よかったね!」の一言が口をついてでてきたときのこと、互いの気持ちがピッタリと有ったことを、確信させてくれるコンサートの後のあの「一言」がもたらす喜びは、音楽を聴いている最中のそれに勝るとも劣らない感興を与えてくれると、私は信じている』

『自由闊達に語り合えるほど、やはり音楽は楽しい。
聴く喜びは、かなりの程度で、語り合える喜びに比例する。音楽の楽しみは聴くことだけではない。
「聞くこと」と「語り合うことが一体となってこそ音楽の喜びは生まれるのだ
。』


何度読んでも、著者の言う、大多数の人の分母が何であるのか、小生にはよくわからない。

「CDで専ら聞く人は違う」というのだから、「大多数の人にとって、音楽を聴く最大の喜びは・・・」、と続く文面からは、大多数の分母は音楽愛好家の全てを含んではいなくて、CDを専ら聞く人は含まないとみるべきなのか。

であるならば、「コンサートにはいかず専らCDなどで・・・・」音楽を聴いている人が愛好家に占める比率は、相当高いにもかかわらず、そういう愛好家を、「そういう人達は違うかも知れないが」とし、「やはり大多数の人にとっては・・」と、分母から除いて展開した、著者の現状認識は、かなりずれているとしか思えない。

さらに、コンサートに行った人のコンサート後の会話の楽しみを強調し、「音楽を聴いている最中のそれに勝るとも劣らない」とし、音楽について語り合うことが、音楽の楽しみ方の1つで、聞くことと語り合うことが一体となってこそ云々と、あたかもコンサート後の会話によって、音楽の喜びが達せられるという錯覚を与えてしまったこと。

著者は具体的には言及していないが、専らCD等によって音楽を聴く人を除いてしまったことを思うと、この著者、どうも「生」至上主義的な傾向の発想が根本にあるようだ。

生のコンサートと複製ソフトで聴く音楽に、聴くという行為における音楽本来の基本的な差はなく、有るのは付加価値である。

生のコンサートは、たしかに素晴らしい時もあるが、常に一回性だから、時間と共にその音楽の記憶は薄れていってしまう。

それに、生のコンサートにいくことが可能な人間は、著しく限定され、首都圏以外の住人には、頻繁なコンサート参加は、物理的経済的に非常に困難だし、聴きたい演奏家はいつも首都圏のホールでしか公演をしない。

しかし複製ソフトであれば、何人も同じ演奏録音を聴くチャンスがあるし、必要なら何回もくり返し聴くことが可能だから、その音楽や演奏について深く浸透していくことが出来るし、共通の話題となる絶対数は、はるかにコンサートのそれより多い。

そもそも1回ポッキリしか聴いてないのに、深みのある演奏評を書くことは相当困難だ。

小生は、音楽を聴くということにおいて、両者は等価であると思うのだが、生>複製ソフトという生偏重主義者の言動には碧々する所があって、小生はかなり懸念を持っている。

著者は、専らCDで音楽を聞く愛好家たちが、WEB上のSNSや掲示板やブログなどに、自分が聴いたCDの印象や軽い批評などを書き込み、それに対して不特定多数からコメントが寄せられ、またそれにお返しをするという、インターネット時代におけるコミュニケーションスタイルには一切触れることがない。

つまりコンサートに行く愛好家人口よりも、おそらく何倍もの人がいると思われる、複製音楽愛好家の存在という現代の音楽享受事情を考慮してないこと、そこに著者の時代感覚のズレが有るのを小生は強く感じるのである。

「CDやパソコンダウンロードなどで、音楽を聞く人は違うかも知れないが・・・」「大多数の人にとっては・・・」と、文章が続くから、口説いようだが、先に小生が述べた、現代の複製音楽享受状況を全く踏まえないことになり、学者としては現状の音楽享受事情に対する見方の偏重があるように思うのと、言い換えれば自分の話を都合よく展開できるものだけをチョイスするという、極めて恣意的な方法の文章に思えてならない。

およそプロの、しかも学者的立場の物書きが、音楽享受スタイルの多様化現状を無視し、言い換えれば都合の良い材料だけを抽出して、自分の考えの正当性をバックアップしながら話を展開をすることは、肯定できるものではない。

小生のように、主には自宅でLPやCDなどのソースで音楽を聴き、LDやDVD他で映像を観、時々コンサートという人間は、無視されるような少人数の音楽愛好家ではない。

作者の言う「大多数」の分母を、音楽を聞く人すべての人と解釈するしたいところだが、そうするには文章的難があり、前段の、「コンサートにはいかず専ら・・・」とわざわざ断りを入れて、「そのような人々は違うかもしれないが・・・」と帰結する文章展開からすれば、やはりこの文章は、家で専らCD他のソフトを主に聴いている人々を除いたもの、つまりコンサートに行った人を分母とするその中の大多数になる。

いや、著者の言いたいことは、こういうことなのかも知れない。

つまり、専らCDなどを聞く人は、コンサート後の会話のよかったね!を他人と共有するチャンスガ無いが、コンサートに通う「大多数の人にとって、音楽を聴く最大の喜びは、他の人々と体験をを共有し、心を通わせ合うことにあるはずである」・・・・・・と言う文章にしたかったのではないだろうか。

こういう文章であればかなりスッキリわかるが、それにしても内容には問題がある。

先に書いたように、同じ録音を聴いた愛好家たちの、WEB上でのコミュニケーションに一切言及しないのは非常な違和感がある。

直接顔を見ての会話か、素性の知れない誰か、しかし愛好家たちと、WEB上でコミュニケートするかの違いで、会話やコミュニケートの中味が、さして変わるものでもないと思うのだが、何故にそのような1つのカルチャーガ存在している事には言及しないのだろうか。

生偏重主義は、音楽を聴くという行為ばかりではなく、コミュニケーションにまで及んでいると思える著者、やはり時代錯誤感覚の持ち主だと言わざるを得ない。

文脈を逆に読めば、家で一人でCDなどで音楽を聴く人には、「音楽を聴く最大の喜びである、他の人々と体験を共有し、心を通わせ合うこと」ができない、ということを言っていると読め、そしてそれを逆補完するのが、例に出したコンサート後の「よかったね!」ということになるだろう。

WEB上の掲示板、MIXI、ブログなどの情報発信ツールと、そこでの会話の有ようは、無視も否定も出来るはずがなく、現代の立派なコミュニケーションツールとして最早確立されていることだし、機会的にはそちらの方に部があることでもある。

事実掲示板やブログ、SNSにコンサート評や感想をUPする愛好家が、相当数存在する。

以上のように、音楽愛好者の多くを占めるであろう、現代の音楽享受事情の典型、一人でCDなどで音楽を聞く人達の存在に、あえて触れてないことが、話の展開が恣意的であることの証と小生はみる。

素人の書いた文章ならば、決してこのような重箱の隅的に言わないが、出版という行為によって幾許かの収入を得、副次的に名前を売り出すことにも繋がるプロとしての社会的行為だから、批判はあってしかるべきで、しかもこの著作の大前提には、時代錯誤的欠落や間違い、言い換えれば現代の音楽享受事情を考慮すべき重要な点が欠落していること、論理展開がご都合主義的なことなど、何れにしてもプロの物書きの文章としては、あまり評価できるものではない。

内容のいくつかには、気づきを与えてくれるところや、はっとするところもあるのに、恣意的な言い回しや例の引き方が見受けられるのは、文章全体の品性を下げ話を難解にてしまうから非常に残念である。

恣意的なことの例はこれだけではない。

著者の知人である外国人の管楽器奏者が、「蝉の声がうるさくて楽器の練習ができない」といったことを例に出し、外国人とに日本人の聴覚の根本的な違いに言及する箇所がある。

『日本でかなり長い間ある邦楽器を学んでいたドイツ人の友人宅を訪問したときのことだ。うだるような夏の京都の昼下がり、いたるところでセミがかしましく鳴きたてている。その友人が苦々しくつぶやいた -- 「夏はセミがうるさいので楽器練習の邪魔になる」。私は仰天した。』
日本人の聴感と西洋人のそれとの違いを言うために持ちだしたのか、蝉の声がうるさいといった西洋人を見て仰天したというが、この著者の見方はすごく表面的すぎで、なぜそうなのかということを全くつかみきれてないまま、現象だけを捉えて例として出してしまった。
著者が如何に恣意的な人間であるかの理由は以下のとおりである。

小生の体験
夏の暑い日のこと、外ではセミが鳴いている。
窓を開けて風を入れながら音楽を聴くと、蝉の声がじゃまして音楽の細部が聞こえない。
それで音量を上げると、それにつれてセミも鳴き声を大きくするのだ。
結局は諦めて窓を閉めエアコンの世話になりながら音楽を聞くことになる。


そんな経験をしたことがあり、セミは音楽に激しく反応して、音楽が強い音では鳴き声が大きくなり、小さいとセミも小さく鳴き声を落とすことを知った。

おそらくこの外国人は、邦楽器を吹くと、楽器の強弱音に合わせたようにセミが鳴くのを、うるさいと思ったに違いない。
音に関して何かをしようとする時、それに反応し、妨げになるものは、西洋人東洋人問わず、やはり邪魔になり五月蝿いのである。

著者は東洋人と西洋人の聴感の違い、あるいは右脳で聞くか左脳で聞くかの違いの例として有名な「虫の音」の話を蝉の声に変えて、外国人の邦楽師に無理やり当てはめようとしたのではないか。

「ケージの東洋的思想の影響音楽を補完」する目的と西洋人の「人間中心的考え方」の典型として、この外国人邦楽者のセミの話を持ちだしたが、物凄く表面的でご都合主義の見方であり、恣意的なこの例の引用が、胡散臭いことは、夏の暑い日窓の外から聴こえてくる、セミの鳴き声を聴いた経験の持ち主であれば、誰でもわかってしまうことだ。

練習の楽器を吹くと、楽器の強弱と合わすように、鳴き声は大きくなったり小さくなったりするのだから、練習に支障を来すほど鬱陶しくて、五月蝿いに決まっている、それは何も西洋人に限ったことではない。

実情にそぐわないこのような例え話の引用は、ある目的をはたさんがための架空のつくり話と思われても致し方無い。

そう思われてしまうのは、実体験的物言いが少なすぎることが原因で、そのことは「音楽の聴き方」というテーマにも当てはまることだから、もう少し自身の聴き方を生の声で披露して欲しかったと小生は思っている。

音楽美学や社会学、そして哲学的知見からの言及引用は、それなりの著者の学習の成果による知見を表すものだが、ほとんど全てが自分の論理展開の都合の良い道具として引用されている。

著者は、テオドール・アドルノに傾倒していると思われるが、彼を含む古今東西の、音楽に物を言ってきた人たちの著作の文脈から、話の展開に都合の良い部分を引用することが多い。

そして、引用部分をまとめて見せることで、自分の意見の代用としてしまうというやり方に特徴を持つが、そしてそのことがこの著作を難解にしている。

まとめるのなら、わかりやすくが原則で、こ難しく云いたがるのは、自身がよくわかってない証拠だと先人が言ったが、この著者は、まさにそうなのかも知れない。

難しいながらも、この著作の良いところは、漫然と音楽を聴いている音楽愛好家、音楽を癒しとか慰めとか感動を与えるとかの範疇でしか捉えていなかった人に対しては、それらとは違う価値観があることを提示したことだ。

たまたま小生は、学生時代の音楽研究サークルで、音楽の聴き方について、「他人の音楽の聴き方には口をだすな」というタブーめいたものがあった中、音楽研究には必須の「音楽の聴き方」について、自分なりの考え方を確立する必要に迫られた経験があった。

音楽を聴くために、なぜハウツー本が必要なのかと、ベテランの愛好家程思うであろうが、この著書はハウツー本とは全く違う。
初心者がそう思って読むと完全に期待を裏切ってくれることだろう。

だがこの著作、著者はいったい誰を対象に描いて書いたものなのだろうか。

「音楽の聴き方」と言うタイトルにもかかわらず、初心者が参考書として読むには、あまりにも難しいし、聴き方の手ほどきなんて言うものは一切ないから、少しも読まないのに放り出してしまうことだろう。

かといって、コアな愛好家ほど、「聴き方などは自分の自由」と、最初から他人の聞き方など参考にする気がない人には、あまり読まれることはないだろう。

そういう意味からすると、この著書、タイトルのつけ方には大いに問題がありそうだ。

「音楽の聴き方」ではなく「音楽との接し方」「音楽がわかるということ」「音楽と言葉」ならば、強い関心がある愛好家は存在し、原題のままよりは読む気が起こるだろうが、そういう愛好家が大多数いるとは思えない。

だとすればこの書物の読者として丁度良いのは、音楽大学生や音楽研究者、演奏する人など、音楽に深く関わって従事する人たちのような気がする。

もしも、多くの音楽愛好家に対しての、ある種の啓蒙の狙いがあるのなら、著者のこれまでの音楽体験から出てきた「音楽の聴き方」、「音楽の接し方」などのスタートからその変遷を通じ今に至る、それこそ著者の言うところの、「現在の自分の型」のいくつかを紹介したほうが、良かったのではないか。

話の展開が分散化傾向にあるし、引用文がそもそも難しい内容で、著者のまとめがあってさえ難しいから、結局何が言いたいのかがわからなくなってしまう事になりがちだ。

啓蒙の本としては失格で、自身の音楽観と言うには実体験記述が、あまりにも少ない。

そもそもまえがきに有るこの著作の前提、あるいは必要条件とも言える事の、素晴らしいコンサートの後、知人たちと「よかったね!」といって言葉を交わすことより、小生はそういう感性の刺激を、一人で静かに噛み締め直すことのほうが性に合っている。

著者はよかったね!の共有や会話が大多数の愛好家の欲求というが、要するにそれらのことは、個人ごとに違いがあることだという認識が必要なのだ。

小生にとって、「よかったね!」の共有が、音楽を聴いての音楽的感性の揺さぶられと同等であるはずはない。

「よかったね!」の共有は、自己の感性が他人と同じであることで、「安心できるという特効薬・免罪符」を得た気持ちになるに等しいのにすぎない。

著者は、聴こうとする音楽の周辺の知識を多く持つことが、より深く音楽を楽しむことに繋がると言っているが、それはオールラウンドに当てはまることではなく、そうでない事をもって音楽に望んでも、楽しむことは可能だ。

ただし音楽の理解という事については、音楽周辺の知識はあったほうが良い場合が多いのは事実だろうが、しかし原点に戻ってしまうが、「音楽の理解」「音楽を楽しむ」とは何かという定義が再度問われることになる。

著者は言葉の概念定義を明確にした上で、もう少しテーマを絞って、平易な言葉を使って、自分の体験を加味した著作を書くべきではないだろうか。

例えば「音楽がわかることとは」どういうことなのかなど、いくつか考えられるテーマがあるはずだ。
しかもそれらのテーマは、その解決方法を導くのは、1つ1つがかなり難しいから、徹底し充実した中味が望まれる。

今回のように「音楽の聴き方」が、1つのテーマにとどまらなく、いくつかのテーマを含んだものになったのは、必然性があり、其々がとても厄介なテーマだけに、どうしても総花的になってしまい、結局著者の確個とした意見不明のままになってしまった。

たった6文字の「音楽の聴き方」は、実は巨大なテーマで、その中には、たくさんの個別テーマが含まれている。
著者の難解物に対してのチャレンジ精神は評価するが、まず個々のテーマにチャレンジし、そのあとでそれらを積み上げることが必要であろう。

観念→概念化、そして概念化された言葉の定義は、必要不可欠なことである。

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by noanoa1970 | 2011-06-15 08:49 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(15)

佐渡/BPO定期公演雑感

佐渡/BPOの公演について書きこもうと思っていたら、友人のベイさんが、MIXIのつぶやきに、小生のつぶやきを引用して佐渡の公演を批評していたので、その事へのコメントをかねて、ブログに書くことにした。

ベイさんは、今回の佐渡/BPOの公演(ショスタコ5番)には、かなり批判的であったが、小生は期待が低かっただけに、BPOの指揮者になったばかりの初定期公演ということを考慮し、期待した以上に検討したと発言した。

定期公演の観客は相当手ごわいはずだから、佐渡も満を持して望んだのだろうが、後ほど言及するが、公演に先立ち彼は有る工夫をしていた。

ベイさんは、ショスタコ5番における佐渡とバ-ンスタインの類似について言及されていましたが、バンスタの初録音と2番手ではかなり違うから、初録音との比較でしたら、こういう小生のコメントになります。

「ショスタコ5番演奏で最も好きな、バンスタ/NYKフィルの初録音とは似て非なるものです。」

それよりも指揮ぶりがバンスタを真似ている所が見受けられました。
しかし、小生の印象は、「佐渡が所々でバンスタ譲りの、飛び上がるような指揮ぶりをを見せたのは、わざとらしい。」印象が強いです。

小生が「期待以上の良い出来」「演奏品目が寄与した」と、つぶやきに書いたことに対しての意味は以下のとおり。

小生は、手放しで佐渡を褒めたわけではありませんで、小生の期待が低かっただけに、「期待した以上の良い出来」であったといい、「演奏品目も寄与した」と言ったのは、聴衆のほとんどが初聴きの武満は、珍しい打楽器群の技と視覚で圧倒する所があるから、指揮の上手い下手はさほど関係なし

ショスタコ5番も楽曲の持つ起伏の激しさと、デューナミクスに富んでいて、ソロがかなりハイライトされるので、おっしゃるとおり、「オケ依存度が高い」曲なので、指揮そのものの評価は出にくいものと思います。

つまり音楽そのものがモノを言う曲だから、ほとんど誰がやっても、それなりのものが表出される音楽だとも言えます。

その意味では、曲想こそ違うものの、印象効果の観点からは、武満もショスタコも同じように括れる楽曲と見てよいでしょう。

佐渡は楽曲自体がモノを言うことを知っていて、これらの曲目を選定したのだと思います。(少し小賢しいが、こういうことも大事です)

ショスタコは、1.4楽章に目が行きがちですが、2.3楽章の扱いに着目すると、佐渡はまだまだの感は否めません。

ハッタリ気味ですが、終了後オケのメンバーに敬意を表する所や、愛想良く振る舞うことは、異邦人指揮者には必要なことでしょう。

パユが言う「佐渡はもっと自分の音楽を語るべきだった」の境地には、もう少し時間がかかるのではないか。

頑固な伝統のBPOですから、ましてや東洋人の指揮者ですから、まずは人間性を認めてもらい、信頼関係を造り、それからコントロール(自分の音楽を語る)に入るのが順当でしょう。

オケとの良好な関係を促進するのに、新コンマスの樫本大進の存在は、佐渡にとって強い味方だと思います。

オーボエのマイヤーがホルンだったかヴァイオリンだったかの女性と談笑しながら楽屋に引き上げるところが映されていましたが、もし演奏のことだとすれば、彼らにとってそんなに悪い印象ではなかったように見えましたが、初公演ですから、佐渡の指揮、団員も多分ご祝儀的に暖かくみたのではないでしょうか。

オケとの信頼関係が、まだ完全に構築されてない、最初の定期公演ですから、そして曲が曲だけに、これを持っての確定した評価は、まだ早いと思われますが、今後定番の曲目を演奏した時に、佐渡の本質がわかるものと思います。

モーツァルトやベートーヴェンあるいはマーラー、ブルックナーがキチント振れるか否かが見たいものです。
放送の後半、サイモンラトル/BPOのシンガポール公演でのマラ1は、佐渡の時と比べ、曲の性質によるところが大きいとしても、オケのハーモニーの部厚さが、違いすぎる印象を持ちました。

実力が認められていたラトルでさえ、BPOとの最初の公演は相当苦労したはずですから、佐渡は、なにをかいわんでしょう。

佐渡の今公演の影の狙いは、自分よりもオケをハイライトさせ、自分の指揮ぶりが表面に出にくくしたことにあったとの見方も考えられます。

最初に述べた「ある工夫をした」というのは、まさに自分の指揮ぶりを見えにくくできるような楽曲選定のことです。

これは大成功で、もしブラームスやベートーヴェンなどの定番楽曲をやていたら、BPOを聴き慣れているベルリンの定期の聴衆は、指揮の良し悪しをすぐに見抜いてしまうでしょう。

佐渡は今公演における楽曲チョイスの役割の重要さを知っていて、楽曲自らが演奏させる曲目、指揮ぶり云々に影響度が少ない楽曲をチョイスした。

関与度の低さを悟られないように、逆に言えば自分の関与度を上げるために、大仰な身振りが必要だったのでしょう。

初定期公演としては、「まずまず」というのが小生のレヴユーだ。

そして、真価が発揮されるであろう、次の公演の曲目・・・佐渡の次の一手が楽しみなことだ。

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by noanoa1970 | 2011-06-13 10:10 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(4)

シゲティのブラームス・・・妄想

昨日聴いたメンゲス盤に引き続き、今朝はシゲティのもうひとつの演奏、オーマンディ/フィラデルフィア管との1945年録音を聴くことにした。

狙いは昨日の晩年の67歳の演奏、それより15年若い52歳の演奏を聴くことによって、その変化の軌跡を掴もうとしたことにある。

聴いてみると、表現方法に大きな違いはないようだが、指の圧力(運指の力)が衰えてない絶好調期の録音だけに、メンゲス盤の時に比べて弓圧を強めて弾いてないようで、その結果なのか、ヴァイオリンの音色は、こちらのオーマンディ盤のほうが柔らかいがしかし流麗ではない。

メンゲス盤のシゲティの特徴でもあるヴァイオリンのかすれた音は、ブルーグラスのフィドル奏者がよくやる、顎に載せて弾くのではなく、胸に当てて引いた時の音に似ていて、多分ヴァイオリンの古い奏法であると思うが、シゲティの音色は大昔の胸に当てての弾き方が、歌いながら弾くためであったように、人間の声とヴァイオリンの親密な関係性を強く思わせるものである。

人間の声による歌があるから、ヴァイオリンは歌う必要もないし、ヴィブラートは胸に当てたヴァイオリンでは掛けることができないし、指圧があまりかけられないから、弓で弦を強くこすったりアタック気味に弾いたりする奏法ができたのだと思うが、シゲティの演奏は、そういった古くからヴァイオリンを使う民族の伝統奏法からヒントを得たのではないかと推測させるような所がある。

それに加え、シゲティは若い頃、何故かサーカスで働いていたという。
サーカスは、ジプシーなどの古典的芸能民族が、働いていたと想像され、つきものの音楽は彼らの伝統的な音楽で、異国の音楽の例えばジプシーのヴァイオリン奏法を密かに学んでいたとも考えられ、ヴァイオリンの教科書的弾き方から、卒業する素地がすでに合ったとも考えられる。

アメリカに渡り、アパラチア山脈の麓に定住した、ヨーロッパからの移民、特にアイルランド系やスコットランド系の音楽がブルーグラスとなって、アメリカ音楽のジャンルを形成したが、そうしたブルーグラスのフィドル奏法の影響をシゲティは受けたのかも知れないという、妄想まで湧いてきてしまった。

オーマンディ盤では、シゲティは少し早めのインテンポで通しているが、シゲティにしては珍しく、メンゲス盤には見られなかった、ちいさなルバートや細かいリズム変化がみられる。

ヴァイオリンの音色は、指圧が十分かかっているらしく、メンデス盤に比べると数段柔らかく聴こえる。

しかし反面、これがシゲティである、という特徴は、メンゲス盤に比べ少ないように思う。

オーマンディは、なんでも屋というイメージガ強かったが、最近は見直されてきた指揮者の一人で、伴奏指揮にとてつもなく優れているところを、小生は評価している。

ラフマニノフの3番を、作者ラフマニノフのピアノで初演した時のバックを務めた指揮であり、数々の有名ソロイストたちと共演して、素晴らしい音楽を提供したにもかかわらず、ポピュラークラシック音楽の第一人者というレッテルは、売らんがためのレコード発売による所が大きいのだと思う。

オーマンディ盤は総合的に素晴らしいが、数ある優秀な演奏の1つとなってしまった感がある。
メンゲス盤は、瑕疵が無いわけではないが、聴いてすぐにシゲティだと分かる特徴を備え、独特のヴァイオリンの音色は、好事者には答えられないであろう魅力を持っていて、特にブラームスにはよく合っていると思う。

小生は、メンゲス盤のシゲティのヴァイオリンを聴いて、うらぶれたジプシーの長老が奏でるヴァイオリンの音色を想起した。

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by noanoa1970 | 2011-06-11 09:24 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(5)

シゲティのブラームス随想

「美は痙攣的なもので あるにちがいない。さもなくば存在しないであろう。」
(アンドレ・ブルトン著『ナジャ』)

この言葉はブルトンの「ナジャ」に出てくる言葉だ。

「痙攣的」という難しげな言葉の意味は、様々に解釈されているようだが、小生の勝手な解釈によれば、以下のようなものではないかと考えている。

痙攣は理由や意図なく突然起き、筋肉が緊張⇔弛緩を繰り返すことだ。

つまり意識も予想もできない突然の、肉体的精神的な、予期せぬ変化を痙攣という言葉で象徴したのではないか。

そしてこの場合、変化するのは自己の感性の成す技であるが、その瞬間今そこにある感性は、すぐに痙攣が治まるように喪失されてゆく。

人間は、そうした痙攣のような、緊張⇔弛緩の繰り返しによって、新しい美を発見する。

新しい美とは、既存の価値観や秩序を崩壊させる力を持つもので、既存の価値観や秩序とは、近代的「均衡」であり「調和」である。

スタンダードな価値観は、長い経験を積み重ね、人間の意識下に存在しているが、既存の価値観や秩序を崩壊させる原動力は、無意識下にある。

無意識が創りだすものとは、観念、意識、理性が介在できない状態、言い換えれば偶然の産物、夢のなかの出来事などであろう。

このような創作物は時として、既成概念を崩壊させるばかりか、それまでの価値観を革命的に変換する力ともなる。

シゲティはヴァイオリン演奏の既成概念を、おそらく彼の研ぎ澄まされた感性で、今あるべき演奏のスタイルとして、直感的に打ち破ってみせた。

それはシゲティと同時代の作曲家たちとの、交流による影響の賜物であったかも知れないが、現代風の演奏スタイルの確立は、シゲティの自然な感性のなせる技であったと思う。

改めてシゲティの演奏を聴いたとき、小生はブルトンの「美は痙攣的なもので あるにちがいない」の言葉が浮かんだ。

調和や均衡を図り、美しく奏でるといった従来の演奏の概念を超越した演奏、それがシゲティであるというように、今ブルトンとシゲティがリンクしたというわけであった。

シゲティを、シュールレアリズムと結びつけようとするものでは決してなく、それまでのヴァイオリニストとは、傾向の異なる演奏法を、シゲティが採用したことで、聴こえてくる音楽は奇異で音色も良いとは言えないが、そのような演奏法は、新しい音楽美を創造しているように思えたからだ。

その意味で、シゲティの演奏を、ヴァイオリン奏法の前衛といってもいいのではなかろうか。

小生はそのことの象徴として、ブルトンの「美は痙攣・・・・」を想起し持ちだした。


小生が年齢を加え、見方や聴き方が変化したからかも知れないが、演奏技術が上手い下手などは、どうでも良くなってきたとは、確かに言えることで、そんなものより「訴求力」と「味」のある演奏に強く惹かれる用になったのは、長い年月が流れてからであった。

そしてそういう演奏を、小生は何時の日からか、「音魂」「音霊」のある音楽と呼ぶことにした。

もっともシゲティのブラームスやベートーヴェンを、好きになれずにいた時代は相当長く、初めて接した学生時代から数えると、もう40年程になるが、ようやく還暦を過ぎた最近、シゲティの演奏を肯定的に捉えることができるようになった。

しかし枯淡の境地や悟りのようなものを、シゲティと自分に当てはめてのことではなく、純音楽的な見地からであることを、付け加えておかねばならない。

ぎこちないフレージング、強弓圧(言葉が適当でないが)のボウイング、掠れるような音色、不安定な音程、ままならない運弓、歌わない旋律、思わぬ箇所でのスタッカートなどなど同世代の有名バイオリニストと比較すると、シゲティの演奏は、初心者が弾くヴァイオリンのような感じさえ受けたものだった。

同時代のハイフェッツは、シゲティとは正反対で、そのふくよかで美しい音色と、高度なテクニックは、圧倒的なボリュームで迫ってくるような音楽であった。

このような正反対の演奏法が、同時代に出現したことも、興味のわくことである。

聴衆の支持は圧倒的にハイフェッツに傾いたと思われるが、そのような中でシゲティを認めたのは、当時の作曲家の面々であったといい、シゲティは積極的に彼らの作品、つまり近代現代音楽を積極的に取上げて演奏した。

しかしなぜ当時の作曲家たちがシゲティを支持したかは、多分シゲティの演奏法と、ドビュッシー、ストラヴィンスキー、プロコフィエフ、バルトーク、マルタン、アイヴス、ベルク、ラヴェル、オネゲル、ウェーベルン、ブロッホなどの作品が、シナジーを持った結果によるものではないだろうかと小生は推測している。

既存の音楽概念をうち破った音楽家たちの作品は、最早既存の演奏法で満足に表現することが困難となり、
新古典、印象派、新国民派、新ウイーン楽派、といった(後期)ロマン派を脱出した、革新的な作曲家たちの作品は、ロマン主義的な演奏手法とは反りが合わないということになる。

つまり19世紀的ロマン主義的演奏法では、自分の作曲の意図を十分反映できないと、作曲家自信が考えていて、楽譜を駆使して詳細な指示を書き込む作曲家も多かった。

その点シゲティの演奏は、ザッハリッヒカイト、つまり新即物主義的演奏法で、クライスラー以後のヴァイオリニストが培ってきた、メロディ楽器オンリーのヴァイオリンとは一線を画すものであったから、楽譜中心主義的な同時代の作曲家との相性はよかったと考えられる。

シゲティの演奏は、甘いメロディラインのレガートを使うことなく、ヴィブラートも大雑把だからそれが音の揺れを感じさせ、勿論ポルタメントもないし、ルバートもごく少なめだ。

だから鋭角的直線的に聴こえることが多いが、そのことでシゲティのヴァイオリンを、あまり上手でないとおっしゃる人は、それがシゲティの演奏法であることを理解してないようで、それまでの既存の演奏法の特徴とも言える優雅で流れるような、そしてヴィブラートタップリの甘い音色が、ヴァイオリンの持ち味だと思い込んでいる事が要因となっているように思う。

シゲティのヴァイオリンは、決して上手い下手で語れるものではないと思うが、かといってシゲティの演奏を、神がかり的だとか精神性が深いとか、そのような形容詞で語ってしまうのも、シゲティの演奏の本質を見失う危険性がある。

シゲティを神格化した思いは、小林多喜二のシゲティのコンサートでの感涙のエピソードで、太宰は逆に俗人の資質を加えたシゲティを、ダス・ゲマイネで取り上げたから、特にその読者は思い入れが強いのかも知れない。

「技術的衰えはあるが、精神性が深い」という言い方は、シゲティの演奏を評価する、多くの人の言い方の定型文の一つのようだ。

しかしこのような言い方は、「~の割には○○だ」・・・「安い割には美味しい」という特売品の評価によく似た所があり、常套句のようなもので、実は何も重要なことが語られていないと小生は思う。

問題は「精神性が深い」という言葉だが、その意味するところを明確に表現した記述を今まで読んだことがないのは、この言葉を使うことで、さもわかっているように、ごまかしてきたからではないのだろうか。

と言いながら、シゲティの演奏における精神性の実態を語れるレベルには、小生未だ至ってない。

しかし、技術的に衰えた人の演奏が精神的に深いという、演奏技術と表現結果、そして受ける印象の因果関係とは全く関係のない言い方の奥には、「何がどうしてなぜ」という疑問を挟みこむ余地が十分にある。

小生は、何故にシゲティの演奏が琴線に触れ得るのかを、少しばかり追求したい気分である。

ベートーヴェンの協奏曲も聴いたが、印象では非常に細かいことだが、ブラームス演奏とは少し違う演奏法をとったように小生には聴こえた。

そのことを深堀するなら、シゲティは楽譜という作曲家のメッセージを、この上なく綿密に判読するのが得意な人で、それを忠実に再現しようとしたその結果が、演奏法の違いとなったのではないかという推測も可能だ。

このことも考慮して今後の課題とすることにした。
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シゲティの晩年67歳の演奏録音
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲二長調 op.77
 ヨゼフ・シゲティ(ヴァイオリン)
 ロンドン交響楽団
 ハーバート・メンゲス(指揮)
 録音:1959年3月

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by noanoa1970 | 2011-06-10 14:03 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(4)

東日本大震災:観光客900人の安否不明

いまさらなことで恐縮なのだが、以前から気になっていたことがある。
このことに関する報道は、小生の知る限りは、無かったようなので、ネット検索してみると、以下のことが記事になっていた。

気になった理由は、大震災の前日から、息子がJリーグのサッカー観戦に仙台に行き、友人の家に宿泊するという予定になっていて、きっと仙台周辺の観光地や美味いもの巡りをするに違いないと推測していたからであった。

もし定番の松島あたりに観光に行っているとすれば、震災に巻き込まれた可能性もあるなどと、連絡が取れない中心配していた。(実はMIXIに現在地の情報を投稿していたが、気づかなかった)

少年時代からの山間地でのキャンプと温泉の経験によるものなのか、海よりも山が好きなようで、仙台周辺に観光に行けば、ほとんど誰でも行く松島には行かないで、山間地の温泉に行ったことで、震災の被害から逃れることができたようだ。

しかし、観光地である仙台周辺には、たくさんの観光客が滞在していたはずなのに、それら観光客の被害状況が一切報道されない(小生が気づかなかっただけかも知れないが)のは何故だろうか、観光客被害者が0のはずはないと考えられるのだがと、被害にあっていてもおかしくない息子のことがあったので、ことさら気になっていたのだった。

先ほど思い出し、ネット検索したのが以下の記事である。

ネットの毎日新聞情報では、「900人もの観光客の安否が不明」とあって、この震災の巨大さを改めて認識させられた。

それとともに、観光に行ったとしても、ブラリ旅のように予定が確定しない観光客の場合は、行方不明になっていることも当分わからなく、まして安易確認もままならないから、何らかの方法で居場所を確認する方法を考えておく必要があると思った。

毎日新聞が主なニュースソース源になっているようだ。
毎日新聞 2011年3月16日 東京夕刊

 地震発生時に被災地を観光や出張で訪れていた人のうち、15日午後8時現在、約900人の安否が不明のままだ。観光庁によると、主要な旅行会社が扱ったツアーなどで約5500人が宮城、岩手、福島、茨城、青森の5県を観光旅行中だった。大手旅行会社の添乗員付きツアー客についてはほぼ連絡が取れたが、「個人旅行客の一部とは連絡が取れない状況」(JTB)という。被災地の避難所には、遠方からも行方の分からない家族や知人を捜す人が相次いで訪れている。

 JTB、近畿日本ツーリスト、日本旅行によると、旅行会社を通じてホテルや旅館だけを予約した観光客の一部が安否不明という。JTB広報室の担当者は「地震発生時にどこにいたのか把握できず、電話が通じない宿泊施設もある。確認が非常に難しい」と話す。

 仙台市若林区の避難所、市立六郷中学校には、県内はもちろん、埼玉県など他県から行方不明者を捜しに来る人が絶えない。

 区内には、県外にも事業所などを設ける企業が立地しており、多くは出張客とみられる。安否を案じるあまり「なんで分からないんだ」と詰め寄る人も。自らも被災し、近所の人たちと避難所運営に携わる会社員、佐藤敏之さん(49)は「遠くから訪ねて来られても、うちは集落の人間の安否しか分からない」と戸惑う。

 難は逃れたものの、帰宅する手段がなく、観光地に数日間足止めされた人も多い。日本三景の一つ、松島がある宮城県松島町は津波に襲われた。町内の寺の本堂に最も多い時で300人の観光客らが避難した。約50人は地震発生3日後の14日午後になって、ようやく町を出ることができ、バスで仙台に向かった。本堂で3晩を明かしたという埼玉県の男性(27)と栃木県の女性(28)は「地震当日は毛布もなく、寒くて眠れなかった。山形まで抜けて、なんとか首都圏に帰りたい」と話した。
【遠藤孝康、稲田佳代】

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by noanoa1970 | 2011-06-09 16:27 | トピックス | Comments(0)