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ハイドンとモーツァルト、その音楽的相違について語るのは難題

このところ、ハイドンの交響曲を聴いて、こんな昔話を思い出した。

DRAC:同志社大学レコード音楽研究会の創始者的存在であった、関西における音楽評論家としても知られていた、先輩の故松本勝男さんの家に遊びに行った時のこと。

文化祭EVEが終わった11月の末か、12月のはじめの頃だったと思うが、間近にレコード大賞の発表を控えていた時期、松本さんに、今度のレコタイは誰だと思うかと訊かれ、訪問した全員が黙っていると、松本さんは、○○だよと確信めいた言葉で言うのだった。

なんでも松本さんは、レコタイ審査員の一人で、発表のはるか前に、今年のレコタイ受賞者が誰であるかは決まっているということだった。

TVなどで観る限りは、その場で審査員が協議し、その後発表の形式をとる様子であったから、これができレースであったとは、当時の我々には信じがたいことで、その時初めてマスコミの「ヤラセ」という危うさを知ることとなった。

そんな話から始まって、現在のサークル活動の話に及ぶと、話の流れからこんな質問を、我々にした。

その質問は、「君たち、ハイドンとモーツァルトの音楽的違いがわかる?」というものだったが、1人を除き、その場にいた4人全員が、わかっているような、わからないような曖昧な顔をしたことがあった。

それから45年たった今、その質問を反芻してみると、今聴こえる音楽はどちらかという質問なら、多分答えられる自信はあるが、両者の音楽的違いを言葉で表現してみろと言われると、断片的にはいくつかのことが浮かぶが、それが断片的であるが故に、彼らの音楽全般に当てはまるという自信はない。

特にハイドンは、その作曲数に比べ聴いた作品は数少なく、モーツァルトの比ではないからか、どうしてもモーツァルトに有利な言葉が浮かんでしまう。

両者の音楽的違いは、数多くの楽曲を聴いた上で、しかもピアノソナタ、弦楽四重奏、交響曲、などのジャンル別に語るのが筋であろうが、それでは多作の作曲家の比較はできなくなってしまう。

しかしなんとか糸口をと思って、少し前から購入したままほとんど聴いてなかった、交響曲全集を聴き始めて、現在半分ぐらいまで聴いたが、今のところ確信には至ってないのが事実で、ボンヤリとした感覚が支配するだけにとどまっている。

非常に観念的だが、ハイドンとモーツァルトは、音楽の捉え方、あるいは音楽と自分の関係性の思いが根本的に違うような気がする。

平たくいえば、音楽は自分に取って何であるのかという、根本思想が違うということになるだろう。

それが聞こえる音楽そのものと、どのような関係性を持つのかを、語れる状態には未だない。

ハイドンとモーツァルトの音楽的相違について、皆様の知見を参考に、お聞きしたいと思うばかりの昨今である。

by noanoa1970 | 2011-05-31 12:18 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(7)

F・コンヴィチュニーの「ラインの黄金」

コンヴィチュニーの「指輪」とだけいえば、今や演出のペーター・コンヴィチュニーが有名になったが、これはペーターの親父のフランツ・コンヴィチュニーが、1959年9月18日から、ロンドンのコヴェントガーデン王立歌劇場で、「指輪」全曲を公演した時のライヴ音源から、前夜祭「ラインの黄金」の復刻盤である。

「指輪」全曲録音、残ってはいるが、今までコンヴィチュニーの「指輪」は、いわば幻となっていて、聴くチャンスはほとんどない状態であった。

小生は10年ほど前に、ネットオークションで、海賊版の「ラインの黄金」を入手したが、音源の状態に欠落やノイズが多く、ジックリと聴ける状態の代物ではなかった。

最近この時の第1夜「ワルキューレ」正規盤が発売となったので、早速入手して聴いてみたところ、音質は多少改善されていたが、イコライザーで中音域を下げた時のように、全体が詰まったような音だった。

しかしもともとワーグナーに定評のあったコンヴィチュニーらしく、1音1音に魂がこもり、確信に満ち自信に溢れた演奏で、歌い手の能力を、最も高いレベルで引き出す役割を十分担っているのが確認できた。

第3幕の前奏曲「ワルキューレの騎行」のところを聴くと、コンヴィチュニーが、いかに物語の流れを把握して音楽を作っているかがよくわかる。

歌手陣の起用は、海外公演としては(だから)豪勢な顔ぶれである。
また東ドイツと西ドイツの面々が参加しているのも、この公演に臨むものが、如何に大きいものであったかを想像させる。

戦後間もなくの東ドイツは、西ドイツに負けじと、得意の芸術領域で活発な海外へのアピールをしたという。

1962年のゲヴァントハウス管とコンヴィチュニーの来日も、そういう政府の政策の一環であったともいわれる。

「ワルキューレ」の主な出演者は
ラモン・ヴィナイ(ジークムント) 
アストリッド・ヴァルナイ(ブリュンヒルデ)
ハンス・ホッター(ヴォータン)
クルト・ベーメ(フンディング)
エイミー・シュアード(ジークリンデ)
ウルズラ・ベーゼ(フリッカ)、他
コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団、合唱団
フランツ・コンヴィチュニー(指揮)

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本日聴いた「ラインの黄金」であるが、以下のプロフィールである。
WLCD0334 2枚組 初出
ワーグナー:楽劇「ラインの黄金」
ハンス・ホッター(ヴォータン)
リフャルト・ホルム(ローゲ)
マルガ・ヘフゲン(エルダ)
クルト・ベーメ(ファゾルト)
エドガー・エヴァンス(フロー)
フランツ・コンヴィチュニー指揮
コヴェント・ガーデン管弦楽団、合唱団
1959年9月18日ロンドン、コヴェント・ガーデンでのライヴ

ワルキューレにも増しての歌手陣が揃った傑作である。
同じ音源だと思うのだが、ワルキューレよりも音質が良くなっている。
発売元は、いずれもWALHALLだが、マスターテープの保存状態が良くなく、劣化したのだろうか。

前に入手した海賊版にあった、コピーテープの音揺れや、音の欠落などもなくなっているから、細かいニュアンスが捕まえにくかったところは、かなりの改善だが、1959年録音にしては、音源そのものの録音状態が芳しくないようだ。

どうもコンヴィチュニーの残した録音に、一部を除きあまり音質が良くないものが多いのは、とても残念なことだ。

米国ではそろそろステレオ録音が主流になりつつある時代だったから、ヨーロッパの録音技術はやや遅れていたのかも知れない。

この頃のハンス・ホッターは、貼りがある朗々とした声は、ヴォータン役の定番に相応しい。

オペラ指揮者としてのコンヴィチュニーは、とにかく物語の流れをよく掴んでいて、脇役に徹しながらも、集中力が途切れる事のないように、適度な緊張感を保つために、殆どわからないほどの、非常に細かい変化をつけることにあるようで、歌手陣もコンヴィチュニーのそうした工夫と、冷めながらも熱い音魂のバックに、集中力を切らさない熱唱をしている。

海外公演で、しかも現地のオケだから、あまり練習やリハーサルなどが出来なかったであろうにも拘らず、コヴェントガーデン管は、さすがにオペラに慣れているせいか、他の指揮者とは少し毛色の違う、コンヴィチュニーの解釈にも破たんなく、その能力を発揮している。

ホルンのひっくり返りは、致し方ないことにしておこう。

噂だったヴィントガッセンの出場はこの2作にはない。
ジークムント役はラモン・ヴィナイだったが、残りの2作品のジークフリート役での期待が残される。

by noanoa1970 | 2011-05-30 15:25 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

行爲よければご褒美が

手術の甲斐あって、両目の視力が0.8POINTも上がった。

1ヶ月もすれば落ち着いてきて、本当の視力になるとのこと。

今は防護のため、ゴーグルをしていて、少し鬱陶しいが、これももうすぐ取れることだろう。

主に消毒のための4種類の目薬を、1日を4回指すのも面倒だったが、もう日常のことになった。
目薬は3ヶ月間程指す必要がある。

目が明るくなると、今まで気がつかなかったものが見えてきた。

リスニングルーム兼PCルームの隅に、埃がいっぱい溜まっている。

こんな環境で長時間過ごしてきたのかと思うと、気持ちが良いものではない。

それで部屋の片付けを兼ねて、掃除することにした。

1時間ほどかかり、汗が出るし、腰が痛くなったが、綺麗にすることは気持ちが良い。

部屋の中をつらつら眺めると、やはり掃除の効果が確認でき、今後定期的に掃除と片付けを使用と決めた。

細かいところの掃除には、ノズルを換えても、電気掃除機では取り回しが悪すぎて、かなりの体力がいることがわかって、今まで家内に任せていたことを少し反省した。

ハンディタイプの掃除機は必需品かも知れない。

掃除が終わり一息し、お茶を飲んでいると、宅急便が荷物を届けに来た、チャイムが鳴った。
一昨日注文したばかりのCDが届いたのだ。

受注後1週間から2週間以内の発送、というものがあったから、中2日で到着とは思いがけないこと。

注文品は、フランツ・コンヴィチュニーのロンドン公演「指輪」から「ラインの黄金」で、これは15年ほど前に、ネットオークションで、海賊版を入手したのだが、何しろ音質がひどくて、聴くに耐えないようなところがたくさんあったので、正規盤が出るのを待っていたもの。

先に「ワルキューレ」が発売されたから、可能性が有ると信じ待っていたものであった。

残すは「ジークフリート」と、「神々の黄昏」だが、いずれ発売になる期待はかなり持てると思う。

同送品には、カラヤンの「ワルキューレ」と「ラインの黄金」が入っており、これは長い間LPで聴いてきたものだが、LPを取り出すのと、交換する手間がかかるため、気を入れないとこの大曲に手が出なかったので、いずれCDで買い直しをと考えていたのだが、こともあろうにカラヤンの指輪が、半額になっていて、しかもバラ売りされていたので、迷うことなく購入したのだった。

掃除が終わり、見違えるほど綺麗になった部屋で、ワルキューレ1幕を聴いている最中。
LPと違い、音楽の終了を全く気にしなくて良いから、精神的にもよいし、他の仕事をやろうと思えば可能だ。

しかしBGM的になってしまい、音楽を集中して聴くことに、少し欠けるところもある。

LPは、これから聴くぞというような、気構えが出てきやすく、針を落とすまでの一連の儀式のような物が、それを助長するし、片面の終了まで気が抜けない。

CDではそのような気づかいは全く不要、このあたり、利用者への負担の重さなどの両メディアの特質の違いが、良くも悪しくも音楽の聴き方に影響している可能性があるように思えてならない。

by noanoa1970 | 2011-05-29 12:02 | 日常のこと | Comments(0)

鑑賞と観賞、その違いを知る

自分のプロフィールで、趣味は音楽鑑賞、と書いたことは、クラシック愛好家であれば経験があると思う。

それどころか、音楽ファンであれば、その程度や中身は全く関係なく、趣味は「音楽鑑賞」と、プロフィール紹介や履歴書に書いたことがあると思う。

自分の音楽の聴き方をレヴューしていた時、過去においては、いろいろな場面で使ってきたこの「オンガクカンショウ」という言葉が、どうも適当ではないような気がして、ワープロ機能で漢字に置き換えていると、変換候補には「観賞」と「鑑賞」という2種があることがわかり、自分がいままで履歴書などに、どちらを書いていたのだろうかと気になり始めた。

さらに、この2つの言葉の意味は同じなのか違うのか、違うのであればその違いはなにか、それも気になったので、自分の現在の音楽の接し方、聴き方を考える意味においても、一度抑えておかなければと思い調べることにした。

WEB上の辞書によると、あまり良くわからない文章だが

『鑑賞は、普通には、やはり「見る」「聴く」などの行為が前提になります。
「鑑賞」は、何かの対象を、深く心に考え楽しむ・愛でるとか、規範との比較で愛でる・味わうという意味です。「規範」つまり、反射させて比較する典拠を考えて対象を味わうことは、「鑑定する」というような動詞に出ているように、真贋、真偽を判断するというような、愛で方・楽しみ方で、これは、「亀鑑」のある「芸術作品」などを、判断し比べつつ、愛で楽しむということ。』

そして

観賞は、「深く見て愛で楽しむ」という意味。
で、鑑賞と観賞では位相が違うという
説明があった。

さらに

音楽や小説などは、「鑑賞」と言っても、そこには味わう人のレヴェルがあり、「観賞」に相当するレヴェルもあれば、芸術的吟味の「鑑賞」もあるということです。ただ、区別する言葉が特にないので、「鑑賞」というか、または、「音楽を味わって聴く」「小説を味わって読む」などが、「観賞」の代わりにあるとも言えるでしょう。
本来的意味は以上のようだが、どちらを使っても間違いとは言えないという結論のようだ。

例によって言葉の使われ方が、時代によって変化し、本来的意味を失い、新しい意味が付加されたものの一つと言ってもよいだろう。

趣味はオンガクカンショウです、という表現は、(クラシック)音楽を聞くことが大好きなことを言うための、少し固い表現とするならば、観賞・鑑賞どちらを使っても構わないということになりそうだが、かつて履歴書には、鑑賞と書いたような記憶がある。

本来的意味を知る人ならば、「ただ音楽を聴いて楽しむだけじゃなくて、まるで音楽研究のようなものが趣味とは、君は変わった趣味を持っているね」と言いかねない。

しかし現実は、そのようなことは言われた経験はないから、観賞でも鑑賞どちらでも、好きだという代名詞的に使い、そしてそう理解されてきた。

しかし今、音楽の接し方、聴き方などをレヴューしようとするとき、これら2つの言葉が表す意味は、非常に重要な意味を持ってくるように思えてしまった。

個人的な領域に入るが、「観賞」という文字のほうが、自分の音楽の接し方の表現に適していると思える一昔前の時代を経験し、今現在は、本来的意味における「鑑賞」を付加することが、適切となったように思っている。

現在の小生に取って音楽は最早、楽しんだり愛でたり、癒されたりするためだけの、対象物では無くなってしまっているからだ。

音を楽しむと書く通り、音楽は聴いて何かを感じれば良いし、良い音楽(あんにクラシック音楽を指している)は人間の心を豊かにする、という大正教養主義的音楽の捉え方に支配された時期があって、母親を始め、そういう時代の教育者の影響の傘下に、中学生時代まではあった。

クラシック音楽は人間の教養を豊かにする、しかしジャズやポップスなどは、人間を堕落に誘う的な発想による教育の影響に、かなり強く支配され、ラジオのS盤L盤アワーや、全米ヒットチャートを放送するFENは、密かに聴くような対象であった。

今でも懐かしく覚えている歌は、今で言うところの「オールディーズ」や、スクリーンミュージックがほとんどで、本当はそういう音楽が好きだったが、我が家にやってきたステレオで、音盤を購入して聴くなんて言うことはご法度だった。

しかし、クラシック音楽を聴くときは、うるさいことを言わないので、ちょこちょこ聴くうちに、学校の音楽の時間に聴いた曲と重なったり、クラスの何人かがステレオを持っていて、クラシックの音盤が話題になって、そのせいでクラシック音楽に興味がわくようになってきた。

それでは現在の音楽の接し方、聴き方はというと、「音楽を味わって聞く」という世界とは少しベクトルが違う方向、辞書にもあったような意味合いの、平たくいえば、自分にとってその音楽・演奏の価値を見出すことが加わったということになり、自分のメジャメントを持った上で、比較検討したり、他人の感性に触れることによって、自分の感性を刺激したりしながら、音楽と接するようになってきたことにある。

勿論「音楽を味わって聞く」事は必要であるし、音楽の情緒に浸ることがあってもよいが、大きな目的は価値観の創造であり、感性の陶冶である。

従って、漫然と音楽を聞くことよりは、ある目的を持って聞くことの方に、重きが置かれることになった。

このことの要因は、これまでの長い年の経験でで、現在日常聞こえてくるクラシック音楽のほとんどが、すでに耳に馴染んでいて、初心の時のように何度も聴いて覚えるという行為を必要とすることが、少なくなったことにあるのかも知れない。

しかし多分、そうした聴き方だけでは疲れるから、価値云々とはあまり関係のないような、例えば、イギリス近代弦楽合奏曲集のような音楽を、BGMふうに流してぼんやりと聞くという、逃げ場も自然と確保している。
おそらくモダンジャズもその仲間に入るのだろう。

クラシック音楽愛好家に、ジャズ好きが多いような気がするのも、要因はそんなところにあって、「音に浸りたい」欲求を満たしたいという欲望からかも知れないが、そのテーマで語るのは、いずれかにしよう。

いずれかの時期のテーマ
「なぜコアなクラシック愛好者には、ジャズ好きが多いのか」
「コアなジャズ愛好者に、なぜクラシック好きが少ないのか」
という仮説にしてみよう。

by noanoa1970 | 2011-05-27 01:07 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(9)

手術室の音楽

先週の手術の折に流れていたのは、モーツァルトの「レクイエム」、ベートーヴェンのPソナタ「悲愴」。

音楽が趣味らしい先生は、東日本大震災の追悼として、手術室でレクイエムをかけていたとのこと。

術後冗談で、小生が「まさか手術室でレクイエムを聞くことになるなんて・・・」といったのを、覚えていて、今回は音楽を変更したと、術前の診察時に言った。

麻酔の効きがあまりよくなかったのか、先回よりは、ほんの少しだけ痛みがあったが、我慢できないほどではなく、一安心したその時、耳に入ってきたのは、ビル・エヴァンス、キース・ジャレット、おそらくはマッコイ・タイナーと思しきピアノで、それがごく小さい音で聞こえてきた。

どうやら、オムニバス盤か、其々のアルバムからコピーしたと思われるJAZZのBGMは、As Time Goes By [時の過ぎゆくまま]を除けば、ほとんどがオリジナル曲であった。

が、「時の過ぎゆくまま」というAs Time Goes Byの日本語訳は適切ではないという話がある。
As Time Goes By=「時が過ぎても」が正しいとすれば、「時が過ぎても」両目開眼の手術のことは忘れないと関連付けることが可能だが、BGMにそんな意図は無いのだろう。

それでも先週のレクイエムよりは、BGMとしての役割を、たいそう発揮したのと同時に、このところJAZZは、全く聞いてなかったから、帰宅したらJAZZピアノを聴いてみたいという、願望が湧いてきた。

それで、帰宅直後の最初の1枚は、Conversations with Myself 、次にStan Getz & Bill Evans を聴いた。

どちらも良いアルバムで、スタンダードナンバーをエヴァンスがいかにアレンジしているかを聴き取るにはもってこい。

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スタン・ゲッツ、リチャード・デイヴィス、エルヴィン・ジョーンズとの、変形カルテットによる、My Heart Stood Stillが印象的だ。

音響装置は、JAZZも快適に鳴らしてくれている。
たまにはJAZZも良いものだ。

先生がどのアルバムから、BGM音楽を作ったのか、次回訊いてみることにしよう。

お陰さまで「目からウロコが落ちた」ような気分。

この新鮮な状態、いつまで続くのか。

by noanoa1970 | 2011-05-27 00:42 | JAZZ・ROCK・FORK | Comments(2)

同志社学館1968年秋

2回生になって半年以上が過ぎた頃、恒例の同志社大学学園祭「EVE」が開催された。

その締めとして、当時関西で活躍しかかっている、フォークシンガーを招き、京都フォークキャンプのようなコンサートが計画された。

資金がないため、覚えている有名所は、ディランⅡの「大塚まさじ」、「永井洋」、そして「西岡恭蔵」ぐらいで、後は素人集団が前座で、CSNYのコピー曲を演奏した。
でもディランⅡ結成は1971年で、68年当時は「ザ・ディラン」というグループを、大塚、永井、西岡の3名でやっていて、このコンサートでは、のちのディランⅡのメンバー2人と、ソロのシンガーソングライターとして活躍する西岡が、すでに先を見越した編成で望んだと思われる。

しかも「パラソル指して」を大塚、永井がフオークロック調に歌った後、西岡が「私には少しアレンジが違うんで」と、バラード調に歌った記憶が鮮明にある。

この頃はまだ、持ち歌が少なかったのだろう。

他に「友部正人」「中川五郎」も多分出演したと思うが、ハッキリとした記憶がない。

その名前が記憶に残っているのは、「やしきたかじん」という人物で、小生は長い間「やしき たかじん」でなく「やしきた かじん」と覚えていた。

司会者の紹介のイントネーションがそうさせたことと、小生は初めて聞く名前だったこと、フォークシンガー=歌人(かじん)という具合に、勝手な連想により、そうなってしまった。

ローカルTV番組で「やしき たかじん」という名前を知り、学館コンサートの記憶が間違いであったこよに気がついたのは、40年もたってからのこと。

この男の名前を間違っていたにしろ、覚えていたのは、その時彼が歌った歌が、フォークでもロックでもなく、あえて言うならばサイケデリック調で、まるで「クスリ」を飲って歌っているような、アングラっぽい雰囲気がしたことと、それしか記憶がないが、歌詞の一部のに、「カンカンカンカン」という電車の踏切の鐘の音が擬音で有ったことによるもの。

今ではローカル局とキー局、2番組の司会進行を務めるまでになり、特に関西では抜群の人気と知名度がある、無頼漢的存在だ。

懐かしくなって、1968年歌ったあの「カンカンカンカン」(菅総理を揶揄ったものではない)が、歌詞中に出てくる歌はなんで有ったのか、そし何を歌いたかったのかを再発見するために、ネット検索をしてみたが、一向に引っ掛かってこない。

古くて、多分ヒットもしなかった歌だから、情報がないのだと、諦めていたのだが、youtubeを利用して検索すると、「ふみきり」というタイトルを発見。

急ぎ聴いてみると、そこには「カンカンカンカン」という擬音が有るではないか。

かれこれ40年以上、この曲の歌詞とタイトルを探してきたことになる。

奇妙なメロディに、和をかけたような歌いまわしの奇天烈さが、当時ヒッピー等によってもたらされた、マリファナや大麻などのドラッグを使い、意識が朦朧とした状態で歌ったかのように聴こえる。

事実この頃、街に出るとアチコチにサイケ喫茶なるものが存在し、取締が手薄だったせいか、昼間からラリった男女が薄暗い喫茶店で屯していた。

しかしよく見るとこの歌「やしきたかじん」が歌ったものでなく、カラオケをバックに彼を好きな愛好者によって歌われたものと知った。

しかし歌い手は、たかじんオリジナルを聞いているだろうから、歌い方も似ているものと確信する。

1977年との記載だが、これは多分アルバムに収録した年で、小生が1968年にこの曲を聞いているのは間違いない。万が一記憶違いであるとしても1967年から1971年までのいずれかだ。

おぼろげない記憶では、たかじんの歌は、もう少ししんみりした歌い方だったようだが、この人もそれなりに雰囲気を出しているから、なんとか曲想はつかめると思う。

小生の印象では、「ドアーズ」の影響を強く受けて、作曲編曲されたように思う。

たかじんのその他の歌には、このような歌い方はなく、桃山大学から龍谷大学に転入した、まだ学生だった初期の頃の彼が、そういったドラッグ経験の上での歌い方であったとしても不思議ではない。

さてyoutubeで発見した奇妙な音楽はこれ。
「ふみきり」
荒木十章作詞. 家鋪隆仁作曲. クニ河内編曲


by noanoa1970 | 2011-05-26 12:50 | JAZZ・ROCK・FORK | Comments(2)

みなさんのご意見伺いたく思います。

ベイさんからある議題が提示され、それについてのみなさんの意見を聴きたいという希望がありました。

「レコーデッドミュージックとライブ」というブjログ記事のコメントに、この問題提起がありました。
必要があれば、クリックしてリンク記事をお読みください。

話の流れがあるので、別ブログ記事にするのは恐縮ですが、コメント総数に限りがあるらしいので、いっそのこと、かつての掲示板のような感じにしたいと思い、新たにここにその話題について、コメントというよりも、お互いに意見を自由に述べ合う、意見交換の場所にしたいと思います。

どなたの意見に対する言及なのかがわかりやすいように、例えば小生に対してなら,>sawyer(noanoa1970)のように、だれに対してかがわかりやすいように表記していただけると良いと思います。

また文章を引用する場合にも、引用箇所の頭に、>を付けると、わかりやすいと思います。

ブログでの掲示板の的運用は、小生がいつかやってみたいと思っていたことでもありますので、実験を兼ねさせていただき、今回やってみようと思います。

ぜひ活発な意見で賑わうようご協力ください。
併せて今後問題提起なども考えていただけるとありがたいです。

以下にベイさんが問題提起されたことを、そのまま掲載します。

『生のクラシックは本場(ヨーロッパ)で聴くものがより本物に近い」という命題があります。
みなさんはこれに対してどう思われますか?
私はこの意見にかなり近いのですが。』

by noanoa1970 | 2011-05-23 18:54 | クラシック | Comments(9)

レコーデッドミュージックとライブ

多分100人中100人が、「生」に勝る音はない、そういうことだろう。

特にクラシック音楽愛好家には、コンサートホールで聴く、生演奏は、応えられないだろう。

しかし、小生はそのことについて、かねてからある疑問を感じてきた。

そのこととは、音楽を聴くのには「絶対に生のほうがよい」という、手放しで生を賛美することに対してのことだ。

素晴らしいコンサートというものは、条件がいくつか整わなければ、成り立たないし、半分以上は賭けみたいな所があって、良し悪しは結果論であることがほとんどだからだ。

勿論逆に、録音された音を再生して聞く音楽が、生より良いということは、通常では難しいことであるし、稀なことでもある。

しかし、所詮生といっても、そこで鳴り響く音は、楽器や声そのものの直接音と、ホールの、ホール特有の間接音の混合された結果の産物であり、加えて観客など、付帯されたものが生み出す混合音であるはずだ。

コンサートホールの音と、レコードの音の違いは、突き詰めて表現すれば、アコースティックな本物か、人工的な偽物かということになるが、果たしてそうなのか。

それに、コンサートホールなら常時良い音で音楽を享受できるかと言えば、絶対的な条件ではないことは、響き方や音の聞こえ方が、ホールのどの位置に自分がいるかによって、変化すること、○○ホールは、2Fの何番の席が一番良い音が聞こえるなど、言われることでもそのことの一部が言えそうだ。

何を言いたいかというと、無条件で「生のコンサートだから、録音再生に比べ音が絶対的に良い」、ということにはならないということだ。

しからば、音響装置を使って聞く、レコーデッドミュージック、(LP、CDがその代表だが、)ではどうかというと、生の音との直接比較においては、生の音響にかなうわけが無い事は周知の事実であろう。

オーディオの歴史において、「源音再生」という言葉が、麻薬となってゆき、良い音≒生の音≒源音、であると言う図式が出来上がってしまったのも、生音>録音再生音、という背景が常に存在したことによるものと考えてよさそうだ。

そしてかつては、生の音に近い音のする音響装置(音響装置だけで、決定されるわけがないから、実際には実際にそんなものはないのだが)が、良い装置といわれ、オーディオメーカーは、それを売り言葉に、オーディオ愛好家は、より生に近い音≒源音、を再生するのに血眼を揚げてきた。

ウイーンムジークフェラインでのウイーンフィルの音に近づけたい、などというオーディオ愛好家でクラシック音楽ファンがその昔存在した。

1966年ヴィクターだったと思うが、観客とオーケストラをいれたホールで、途中までは生音、そしてどこからかは、再生音に切り替える、という実験をしたが、いつ生からオーディオ装置の再生音に切り変わったかを、当てる人は誰もいなかったということがあった。

この例などは、いかに生の音に近づける事が出来たかという、音響技術の成果を示すもので、その当時1960年代中期以降のオーディオ志向を表すものであった。

しかし実際はそれ以前、1950から60年代初期に、生に近い音を録音再生することと並行して、そうではなく、よりリアル、いやヴァーチャルリアリティというほうが正確だが、実際にはそのような音ではないにもかかわらず、聴く側にとってみれば、音楽が生き生きしていて、よりリアリティのあると思わせるような録音が出現していた。

JAZZのバンゲルダー、クラシックのカルーショウなどの、録音エンジニア&プロデューサーがその代表だ。

彼等に共通してあったのは、生の音に近づく事が録音技師の使命などという、記録を通り越して、生まれた過去の録音コンセプトでなく、録音されたものを聴く人にとって、一番心地よい音を作り出すことに主眼があった。

そのために、楽器の近接位置、大胆なのは、ピアノの内部にマイクを入れて録音したり、ホールでは聞こえない音を強調したり、効果音まで入れるという、一昔前には考えられない方法で録音し、実際のホールで聞こえる音からはかなり遠いが、それが聴衆には評判となった。

いうなれば、ライブコンサート疑似体験のための録音でなく、録音そして再生という家庭内個人的過程における、快適さを求める方向が、付け加えられたといってよいだろう。

録音=演奏の記録(ドキュメント)を経験し、さらに、音楽における録音再生は、新しい表現法の重要な要素であることを、認識する演奏家も出現し、多様化された価値観を持つに至ったと言い換えてもよい。

録音再生技術の進歩によって、家庭で手軽に、ダイナミックで生々しいと感じられる音が、かなりの情報量を伴って聞こえ、音楽が個人の領域から、いつでもどこでも聴くことが可能な万人の領域へと、その範囲を広げた結果、演奏者や作曲家においては、再生芸術という言葉があるように、つまりコンサートホール以外に、家庭内で音楽を聴くことを睨んでの芸術好意を意識せざるを得なくなったということだ。

従って、良い音、本当の音、源音とは、コンサートホールの生の音響であると、何の疑いもなく信じ込んでいて、生に勝る音はないなどという、生絶対主義的にものをいう人は、相も変わらず存在するが、必ずしも生に近い音を目的としない録音があるということも、知っておくべきだろう。

録音ばかりではなく、そのようなことは、現代の作曲家や演奏家の前衛現代音楽には、コンサートホールで聴かれることを、前提としない、録音再生によって聴かれることを主眼に、造られているものが多く存在することでも明らかなことだ。

大きく分けて、2つの方向があるにもかかわらず、いやそのようなことはとにかく、録音再生音は、いずれにしろ全て人工だから、自然音である生より良いわけがない、という理屈があるが、現代において、そのような理屈は、最早成り立たなくなっている場面があることに気が付くべきだ。

生に近づこうとする録音再生コンセプトも消えたわけではないが、生に近づくことが目標では、端から生に勝てるわけはないし、努力の限界は確かにあるが、それとは異なる次元で、「生より良い音がする録音再生音がある」などというと、そんなことはあり得ないと、真っ向から否定してくる生絶対信者はいまだに存在する。

むかし、クラシックCDコレクションという掲示板で、「生より優れた録音」に関連した話題があった。
この掲示板はその名の通り、CDを中心とする、レコーデッドミュージックの感想や聴きどころ、録音状態、そして演奏の印象のQ&Aを通じ、購入の参考にしようとする人たち、それに対し、アドバイスする人たちで、たいそう賑わっていた。

そんな中、「生に匹敵する録音が、ありやなきや」という質問があって、生に勝るものはないから、質問が不適当という意見、そもそも生と録音されたものは別物と考えるべきだから、比較はナンセンスというもの、いや、優れたエンジニアによる優れた録音を優れたマスターリングによってCD化したものを、良い環境下で聞いた場合は、生に勝ることがあるとか、色々な意見があり、相当盛り上がったことがあった。

ある人の投稿で、生のコンサートの音と、それがCD化された時の再生音を比べ、生のほうがよいに決まっていることは、火を見るより明らかなことだというものがあり、補足には次のようなことが書いてあった。

人間の耳で聞く音楽は、マイクで音を拾うのとはわけが違う、耳とマイク、どちらが優れているかは、論ずるまでもない。
さらに、音声ミックス、マスターリング、デジアナ変換など、電気信号化されたものを扱うのだから、いかにデジタルといえども、その過程で音声の劣化がある、というより、余分な音がついてくるから、生の音の奥行、立体感、自然な広がりは、コンサートホールで聴くようにはなるわけがない。

本物の音楽や音、音響は、再生装置がいくら頑張ったところで、それは偽物である.
本物の音楽は、生でしか得る事が出来ない。

「生」絶対主義者は、おおよそ上のような論理展開をすることが多い。

要するに、ライブコンサートだから、本物の音楽が聞けるし、音は絶対に生のほうがよい。
録音再生された音は、本物に近づく目的で人工的に加工されたもの、だからいわば偽物の音を聴ていることになる。
偽物だからどんなに頑張っても本物には劣るから、生に勝るものはないという結論となる。

よく演奏会批評やその感想の記述を、いろいろな場面で見ることがあるが、自分が参加した数少ないコンサート以外の記述を、小生はほとんど参考にしない、今ではそれどころか、読みもしない傾向にある。

コンサートの話題は、その演奏会に行って演奏に接することができた少数の人以外には、共通の話題になりえなく、それを聴いていない人には、実感が伴わない。
そして、それを参考にして自分も同じ参加するというところまで発展することのT・P・Oは、殆ど無いと言える場合が多いから、あまり意味があることではない。

音盤なら、同じものを聴く機会は相当にあるが、コンサートになると、参加するにはいろいろな条件が伴うし、そもそも万人が体験できるものではない。
だから、その話題は参加できた非常に少数の人の、楽屋オチのような内輪の話に終始する。

しかも、コンサートの演奏批評や感想を、コンサートホールという、良い意味でもそうでない意味でも、独特の雰囲気を持つ空間で、たった1回しか聴かないで、まともな印象や評価が成り立つものかという疑問がある。

「1時間行列して、ようやく食べる、ちょっと有名なラーメン」、
小生はよくこの例を出すが、ラーメンの味そのものより、そのラーメンを、長い間行列して食べる事が出来た・・・つまり時間をかけて待ったという結果、ようやく食べることができたという、自己満足と、そのことによる付加価値が加えられ、それがラーメンの味に強く影響を与え、ラーメンの味を印象づけることがある。

一流の料亭で、会席をふるまうという企画に集まった10人の主婦、初めのほうに出された吸い物の印象を、やはり一流料亭の味は違う、などと全員が感想を漏らしたが、実はその吸い物は、小学生が作ったものであったという事実は、場所と名前と雰囲気によって、味覚が大きく変化することの証明であろう。

つまり、かなり主観的情緒に左右されやすいということになる。
主観でモノを言うことは当然のことだが、主観的情緒となると、話は違って来て、それが文章となって表現されることの影響による危険性は、プロの物書きなら余計にあるが、最近の傾向なのか、そういうプロの物書きが多いような気がする。

音楽の場合に重要なのは、聴覚であるが、その聴覚も同じように、視覚や触覚、嗅覚など他の五感、いや六感によって、感覚が鈍ることや、逆に感覚が鋭くなりすぎて、情報が加減されることがあるのではないか。

コンサートホールでのあの雰囲気は、思い込みや先入観なく演奏そのものを印象付け、しかもたった1回しか聴いてないにもかかわらず、出来上がってしまう演奏評、コンサート評などは、ありのまま正当に、正直に伝えられているものか。

リラックスして、必要な時に何回も繰り返して聴くことのできる再生音楽でさえ、その時々で、音も演奏も違うニュアンスで聴こえるのだから、何回も繰り返して聴くことで、ようやくその音楽演奏について、一定の感想評価が出来ることになるが、たった1回限りで、しかも聴覚を邪魔する要素が多いコンサート会場での視聴において、そもそもコンサート評というものが成り立つのか。

よほど耳を鍛錬し、耳に自信を持った人でも、瞬間的にすぐ消え去る音楽の印象評価は、そう簡単ではないし、まして、素人の音楽愛好家では、かなり困難なはずだ。

それに、集中したままで、すべての演奏品目を、2時間余りも聴くことは、そもそも困難である。

くり返し接することが出来るもの以外、特にその瞬間でしか無いものの評価は、相当あてにならない。
瞬間瞬間の「印象」による論評は、多分に情緒的すぎるからだ。

小生がコンサート評なるものをブログに書かないのは、そういった背景があるからで、同じ物を聴いて検証ができないものについて読む気がしないと、自分で思っているものを、書くことは不自然だからである。

その点、CDやLPなどのレコーデッド音楽であれば、自分でも同じ物を聴くチャンスは十分あるから、感性の共有や新しい気づき、他人の感性の多様性などを、実感できるとともに、自分の感性の刺激、さらには感受性の訓練にもなると思っている。

・・・・書きかけ、続かない可能性大

by noanoa1970 | 2011-05-22 11:11 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(8)

手術室での怪

この病院の眼科には長く通院していたが、それまでは、白内障手術で、片目で1週間づつ掛かっていたところを、1泊2日の入院手術でOKという、術式と器械と技術を携え、すでに一般的ではなくなった感のある、当該病院のスタンダード術式を変えるために、名古屋大学から派遣された新進気鋭の先生が、小生の主治医となったことで、小生もようやく手術に踏み切ることにした。

それで昨日入院し、白内障の手術を終え、先ほど帰宅したところ。

まだ片方の右目を終えたばかりだが、いつも見慣れた風景がまるで違って見える。

驚いたのは、若い看護師さんだと思っていたのに、急に顔にシワが増えたようになったこと、自分はどうかと、手足を見ると、今まで歳の割には、肌は衰えてないとばかり思っていたが、そうではなく、細かいシワが有るのがはっきりと分かるようになった。

物がハッキリくっきり見えるのは良いが、今まで気にしなかったものの粗まで、はっきりと見えてしまうのは、痛し痒しである。

でも、大げさな表現ではなく、片方だけでもすでに、世界が変わったような心持ちである。

次回は1週間後だから、両目がよくなった時のことを思うと、いったいどうなるのだろう、期待が膨らむばかりである。

徐々に進行していく物には、人間は凄く鈍感であることを、改めて思い知った。
白内障は軽いうちに手術したほうが、全てにおいて良いこと尽くめだから、特に小生と同世代のみなさんには強くオススメする。

手術は実質15分、振動で水晶体を粉砕したものを、バキュームで吸い出し、その後眼内レンズを入れる、今ではもうスタンダードな術式だ。

水晶体の硬度によっては、この術式が使えない人もいるらしく、その場合は水晶体をそのまま取り出すための穴を、もう少し大きくするために、従来の大きな切開方法をとることになるが、万が一そうであっても1時間以内で手術は終わってしまうとか。

水晶体のカルシューム化が原因で、硬くなると振動で粉砕できないのだそうで、新術式は3~4ミリ、従来方式では9ミリ切開が必要だから、入院期間も長くなる。

だから手術はそうならない前、すなわち中後老年期になる前、若ければ若いほどよいらしい。

幸い小生は新術式がギリギリ可能で、トータル30分で終了した。

手術中の痛みは全くないが、事前の目薬がかなり滲みて、このほうが痛かったが、すぐに痛みはなくなる。

麻酔は点眼による局部麻酔、術中会話は自由にでき、無論耳も聞こえるから、手術の過程がすべて分かるし、先生とオペ看の会話もすべて聞こえる。

局部麻酔下では、患者が全部聞いてしまうから、オペの関係者は、うっかりしたことは話せない。

小生の場合は、途中先生がひとりごとを言うのが聞こえて、小生の水晶体は難しい部類のようで、少し不安になりかけたが、しかしその途端、順調に行ってます、もうすぐ終わりです、と声をかけてくれ、安心を取り戻した状態で手術は無事終了した。

あとで聞くと、小生のはどうも水晶体の外側が固く、中が柔らかい状態の、通常と少し異なる水晶体らしく、少しだけ難しい、多分超音波で粉砕しにくい、ところが有ったようだ。

術中は何の痛みも感じなかったが、術後眠りに入ろうと言う頃に、手術した右目の奥から後頭部、そして肩まで、鈍い痛みに襲われ、それがどんどん強くなって、肩凝りを起こすようになった。

我慢できなくはなかったが、眠れないと、夜が長すぎるので、ナースコールし、痛み止めと湿布で、なんとか痛みは弱くなって、ようやく眠ることができた。

1時間150円換算になる、バカ高いカード式のTVも、たった1日半辛抱すれば、見ないで済んでしまうこともあって、全く見ようという気にならなかったから、退屈極まりない。

長い入院であれば、FMラジオや音楽ソフトを必要なだけ持って望むが、1拍2日では必要なし、そう決めて全く何も持たずに行ったのが大間違い。

病院の夜は長いのだ。

病院のベッドに腰をおろした途端、頭の中は音楽でイッパイ、これから手術までの5時間余り、どうして過ごすか、考えてみても、何もよいアイディアは浮かばない。

前日のブログがもたらしたからに違いないのだが・・・頭の中では、ブル8が楽章をまたいで、さらに楽章順不同で鳴り続けていた。

本日は午後から、先生1人で5人の手術だそうで、小生は4番目とのことだが、それまでの手術がすべて順調なので、時間通りの3時半開始となった。

すべて順調とは、先生の腕がよい証拠、そう考えると余計安心だ。

術中にはBGMを鳴らすことが多いらしく、以前は、ライトミュージックが掛かっていて、これがクラシックか、せめてモダンJAZZなら良いのに、と思ったことがあった。

音楽に飢えていたことが、幸いしたのか否かは、わからないが、しばらくして耳を澄ますと、聞こえてきたのは、モツレクのラクリモサをコンピュータで音声変換したもので、それが終わると、今度はピリオド奏法らしき演奏のキリエそしてディエスイレーを抜粋したものが流れるではないか。

さらにそれが終わると、ライトクラシック風にアレンジされた、ベートーヴェンのPソナタ8番「悲愴」2楽章であった。

レクイエムに悲愴・・・・「死」を想起させるから、手術中の音楽として、あまり相応しいとは思えないこの曲、偶然聞こえてきたものか、それとも誰かの好みで掛けているのか、手術の最中にそんなことを思案しながら、それでも音楽に飢えつつあったものに取っては、いまわの際の一滴に匹敵するから、今日最初のクラシックBGMに耳を集中させた。

時はすぐに過ぎゆき
「はい、お疲れさまでした。
手術は無事終わりましたよ。」
先生がそう告げたあと、小生はこう切り出した。

「先生有難うございます。でもまさか、手術室でレクイエムが掛かるとは、思いもしませんでした、それに加えて悲愴までだなんて、このまま私は死んでいくんじゃないか・・・そんな気分になってしまいましたよ。」
勿論冗談顔で言うと、先生は、一瞬驚きの表情を浮かべながら、「そんなことを言われたのは初めてだ、BGMがモツレクだなんて指摘をされたのも・・・そして、これは先の東日本大震災の後、この曲に変更したんです。追悼の意を表したくて変えたもので、この曲が何者であるかは、バレル事はないと思っていたが、
sawyerさんにバレてしまうとは・・・」
先生は、震災前までは、違う曲をかけていたこと、そしてレクイエムであることと、その音楽が意味するものなど、誰かが知っている分けもないし、誰も気を止めもしない、そう思っていたらしい。

やはり、先生自身の好みで術中にクラシックを流していたようで、この一連の短い会話で、お互いがクラシック好きであることが、言わずもがなに分かることとなった。

そして先生の言うとおり、震災後2ヶ月あまりたって、すでに100人ほどの手術をしている勘定になるが、今の今まで誰にもバレなかったのだから、クラシック愛好者の存在が如何に少ないか、この出来事の一場面でも分かろうというものだ。

「でも先生、この手術、命に別状が殆ど無いからいいようなもので、もしこれが命の危険を伴うような、大手術であったなら、やはりBGMとしては相応しくないのでは・・・」小生は軽い冗談交じりにそう言っておいた。

そんな術後の短い会話であったが、それまでは診察待ち時間が1.5時間、診察時間が数分という関係でしかなかったものが、急に接近できたような気がした。

趣味が共通するということは、人間関係がよりスムーズに行くための、良い道具立てでもあることを実感した。

手術室に流れる「モツレク」が結んだ縁ということになるが、しかし、術中、レクイエム「死者のためのミサ曲」が聴けるなんて、そうあることではないだろうな。

レクイエムは「鎮魂曲」と訳されることが多いようだが、死者の魂を慰めるものではなく、死者が無事に天国にいけますようにと、現世の人たちが神に祈るための音楽である。

「鎮魂」という誤解を持ったままで、伝わっている可能性があるのは確かなようだが、それも悪くはないから、そっとしておくことにしよう。

今後診察の時間が、小生の時は、長くなるかも知れない。

by noanoa1970 | 2011-05-18 13:54 | トピックス | Comments(8)

シャイーとゲヴァントハウス管・ブル8を聴いて

以下の記述は、かなり長くりましたから、ご注意ください。
また2日間数回に分けての記述になりましたので、つじつまや、話の繋がりに欠ける所がありますことを勘弁ください。

シャイーはインタビューで、伝統のゲヴァントハウス管が、ガチガチの保守的なオケではなく、新しい解釈や新しい演奏法にチャレンジし、リハで納得した暁には、ものすごい集中力で、エメルギーを放射し、素晴らしい音楽を生み出すことができるオケだ、というようなことを述べた。

しかし、このことは、裏をかえせば、ゲヴァントハウス管、納得できないことには従わないということにもなる。

伝統・保守と革新という図式は、どのような世界にもあるもので、世界最古のドイツ伝統のオケと称されるゲヴァントハウスと、斬新な解釈が特徴の、シャイーの間にどのようなやりとりがあったのか、そして彼らの音楽の愛好者として、そのポイントがなんであったのか、そしてゲヴァントハウス管の伝統とは、シャイーの革新とはなにかを知っておくことは、彼らの音楽の発展を見守っていくためにも必要なことと思う。

シャイーが、公演を前にして、いろいろな場所とタイミングで、伝統オケに対して、いかに自分流儀を納得させてきたか、ということを、オケの協調性や素直な点をことさら強調して語ることは、その背景にはかなりの苦労があったことを想像させる。

シャイーは、ゲヴァントハウス管のカペルマイスターとしての意気込みを、ガーシュインのラプソディ・イン・ブルー録音に際し、以下のようにも語っている。

幅広いジャンルに取り組むのは、偉大なオーケストラの懐の深さを証明したいとの思いがあってのことです。
「サウンド・アイデンティティ」と彼らは言いますが、音の個性、自己証明をするような音の個性を持ちつつも柔軟性をもっていること。柔軟性というと、何か変わればいいと勘違いされる方が多いかもしれませんが、そうではなく、しっかりとした自己を持っているかどうかが重要なのです。
幅広い知識を持ち、奏でる技術をもっている、多種多彩な色をもちながらも自らの色、文化を維持し保っているのです。
 
オペラは息継ぎ、フレージングなど、風のごとく、その時々で状況が変わります。
オペラハウス出身のオーケストラに最高のオーケストラと言われるオーケストラが多いのは、そのような柔軟性ゆえではないかと思いますが、ゲヴァントハウス管弦楽団もまたしかりです。


「音の個性」「柔軟性」という、背反するような言葉がシャイーから出たのだが、ゲヴァントハウス(以後LGOとする)のオケの特徴は、「サウンド・アイデンティティ」と、団員自らが言うように、そのトーンつまり「音の個性」にあると言われて来たことは確かである。

小生は、何度もその見方が一方的過ぎると言ってきたが、一般的な風潮としては、「渋い、分厚い、どっしりした、かっちりした、燻銀」など、の言葉で表現されてきた。

そしてそうしたLGOの音の特徴は、主にマズア以前、ノイマン、さらに遡り、コンヴィチュニー時代のLGOのトーンについて言及したものが多かったようだ。

世間では、シャイーになってLGOのトーンガ変貌したいう意見があり、極端なのは、シャイーになってからのLGOはダメになった、というものまである。

シャイー自身も、(オケのトーンだけのことではないと思うが)、伝統と革新の融合調和などという意味のことを語っているが、果たしてそのことがそのような評価を産む原因なのだろうか。

では、LGOは、いったい何が変わり、何がよくなって何を失ったのか、そんなことを、自分の耳で確認するのも、今回のライブを見聞きする楽しみの1つだった。

そしてもちろん、ブル8という曲は、すべての楽器が活躍する楽曲だから、各オケパートの技量も見て取れそうだし、今まで聞いてきたブル8演奏と比べて、シャシーの解釈がどのよう(に斬新なのかも)確認したいこともある。

それで小生は「伝統・保守と革新」という切り口から、主としてLGOが260年前からそうしてきたと思われる、主には弦における「ノンビブラート」での演奏に重点着目することにした。

「ノンビブラート」というと、誤解を生むかもしれないが、ピリオドアプローチによるピリオド奏法を指すのではなく、あくまでもモダン楽器によるもの、そして必要なとき以外には、ほとんどビブラートを掛けない、あるいは、ごく薄くかけるものを指すのであって、全くビブラートを掛けない古楽器のピリオド奏法とは違うものであることを、言って置かなければならない。

LGOのトーンの印象だが、マズア時代や、マズアよりも古い時代のトーンと比べれば、かなり違ってきたという印象だ。(生のコンヴィチュニーは中学生時代、ほかは音盤でしか聴いてないが)
昔のLGOの弦の音は、野生の麻の織物のような感じに思われているが、実は海島綿のシャツのような手触りを持ち、混ざりっけの無いストレートで筋が通った(ピュアな音)音がするのであって、決して田舎臭くないしゴツゴツもしていない。

素朴で鄙びた田舎の雰囲気を持つトーンという評価は、よく聽かれるベト全、シューマン全などの録音のイメージがそうさせるもので、他の音源で、数は少ないがライブ音源を聴くと、LGOのトーン他についての言及が、表面的にしか過ぎないことがわかると思う。(来日時のベト9が良い例)

またオケの配置も、ベト全は特別の近代配置だが、普段は両翼配置で演奏したことは、来日時のベト9で明らかになった。

ベト全の近代配置は、録音上の都合ではないだろうか。

以前のLGOに比べると、シャイー/LGOのトーンは、かつてあったサウンドコンセプト(意識しているか否かは別として)がなくなってしまったように聞こえてしまう。

しかにながら、かつてあったものとは、先程も言ったように、素朴、燻銀、鄙びた等々の、いわば作られたイメージのトーンではない。

その変化を、言葉で言えば、輝き(艶ではない)が付加された明るめのトーン、つまり、綺羅びやかさが付けられたということになるし、逆に言えば、このような音を出すオケは、履いて捨てるほどあるということになるが、その意味で、かつて合ったものと、あえていっておく。。

シャイー&ゲヴァントハウス管、耳障りが良いが音楽の深みに欠ける、エリアフ・インバル/フランクフルト放送交響楽団のブルックナーのように聞こてしまったのは、小生だけだろうか。

LGOはダメになったのではなく、シャイーによって、サウンドアイデンティティが希薄になり、普通のオケになった、という言い方のほうが、的を得ているように思う。

LGO自体が、自分たちの伝統なるものを、常に意識して演奏などしてない、ということは、例えば日本の能や歌舞伎といった伝統芸能役者の例を出さなくてもわかることだ。

彼らの伝統とは、おそらく意識した何かではなく、先達や先輩諸氏から、連綿と引き継がれてきた全てを、体感しながら身につけてきたものだろう、そしてそれが団員が言うところの、「サウンドアイデンティティ」という言葉となるが、具体的なものを表すものではない、いわば観念なのであって、概念ではないのだ

LGOの伝統とは何を指すのかを、問うたところで、具体的な答えが得られるわけもなく、「サウンドアイデンティティ」ですら、抽象化された概念だから、「すべて」あるいは「そんなものの意識はない」などの答えが返るだろうし、「自分たちの演奏そのもの」と言うかも知れない。

だから、具体的に、何がLGOの伝統で、伝統の音なのか、さらに具体的に、なにがLGO伝統の奏法であるかを、彼らは意識しておらず、それがごく当たり前のことで、自然に身につけてきただけに、小手先でそれらを変えて、新しい何か違う方向に、急激に持っていけるはずもない。

「クラシックから20世紀までの幅広いレパートリーの音楽を演奏することは、私自身、偉大なオーケストラの懐の深さを証明したいとの思いがあってのことです。」とシャイーは語ったが、この発言には少々噛み付きたくなっていまう。

オケの懐の深さ=どんな音楽でも高いレベルで、演奏できる事、であるとするなら、それを証明するために、例えばノーノの音楽を演奏するなどというのは、本末転倒頭であろう。

シャイーはLGOのマイスター就任に際し、世界最古の伝統あるLGOという、そのことを、神経質に考えすぎてしまったのはないだろうか。

自分の個性を出すために、今までと異なるやり方の、何か目新しいものを、という欲求、そのために、自分の意思の結果、今までとは違うLGOの別の顔を見せたい、などという勇み足的な考えが支配していたのではないだろうか。

音が変わったことは、シャイーの意思と努力の産物の1つであると考えてよさそうだが、それは推理したことが少なからず当たっていて、ビブラートが殆どに置いて付けられ、強くなっている事に、大きな要因の1つがある、そう小生は見ている。

ビブラートを施す場面は、弦の動きが高速になる時以外は全てにおいてで、ほぼ全般にわたりビブラートが付けられていた。

要するにLGOが一般的なオケの、弦楽器の奏法を採用したという事になるのだが、これでは全く斬新さなど無いし、逆にLGOの個性が目立たなくなってしまった結果に、なっただけではないのだろうか。

そしてそのこと・・・長い楽団の歴史において、ノンビブラート運弓で慣れ親しんできて、ドイツの、いや世界のあまたあるオケの中にあって、今では独特のサウンドを持つに至った大きな要因の重要な1つ、ノンビブラートを、シャイーが継続採用することなく、ビブラートONで演奏させた意味は、トーンが少し明るく綺羅びやかになったこと意外、果たしてあったのだろうか。

しかも気を付けてみていると、このビブラートの強弱のニュアンスが、高弦と低弦で差があるのはまだしも、其々のパート内で、強めの人、弱い人が存在し、結果音の震え方がばらついたこと。
さらに驚いたのは、他の人がかけているのに、数人がビブラートに反応してなかった時があったことだ。

まさか、シャイーが意識してビブラートとノンビブラートを混在させた、なんていうことはないだろう。・・・・まぁそんなことは、ありえないことだ。

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第1コンマス(白髪で小太りだから、クリスティアン・フンケさんか)を筆頭に、第1第1Vnからビオラまでの中に数人、他の人比べ、ごくごく薄くしかビブラートを掛けない人がいた。

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トーンが変わったことの最大の要因は、多分ビブラートであるのだろうが、オケのメンバーの中には、ビブラートをほとんどかけっぱなしの奏法(シャイーの革新の1つと言ってよいだろう)に、疑問を持っている人がいるのか、他の人に比べごくごく薄くしかかけてないので、仕方なく弾いているように見えてしまった。

第1コンマスのクリスティアン・フンケさんは、ケヴァントハウス・バッハ・オーケストラの指揮者で、ゲヴァントハウスゆかりのバッハを得意としてきたから、シャイーのモダン改革に、諸手を上げて賛成しなかったとしても仕方あるまい。

LGO、260年の伝統奏法から、そんなに急には足を洗うことができてないようで、シャイーの思惑に納得できないメンバーの存在が見え隠れするようだ。

かつて、N響が、アーノンクールだったか他の指揮者だったか思い出せないのだが、ピリオド系の指揮者の要求なのだろう、ピリオド奏法で演奏したことがあったが、結果メロメロの音楽になってしまったことがあった。

長年ビブラートをつける指運弓でやってきたものが、急にノンビブラートで、しかも運弓もピリオドでという要求だから、弓の運びは揃うはずもなく、音楽そのものに多大な影響を与えてしまったのだ。

LGOは、N響きとは逆パターンだから、大して音楽には影響はなかったようだが、シャイーの目指すオケと、そのトーンに、柔軟に対応することができるには、まだ発展途上にあるようだ。

そしてその試みがシャイーの自己満足に終わらなければいいが、と小生は強く思うし、危惧の念をいだいてさえいる。

視覚と同時に聴覚を働かせ見聞きすることは、、聴覚だけで音楽を聴くよりも、音楽の情報量が減りやすいし、聞き逃しも出て来やすい。

それで聴覚だけで、つまり音だけを聞いてみることにした。

やはり弦のビブラートによる音揺れが、一見柔らかい響きを・・・(これを艶があるとか美しいとか言う人もいると思うが)しっているように聞こえる。

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しかしビブラートのつけ方に、ばらつきがあるせいか、フワフワした大きなうね感がつきまとう。

だからコンヴィチュニー時代のLGOが見せたブルックナーのような、一本筋が通った、歯切れのよい、鋭角的な、重低音に支えられた安定感あるサウンドから、遠いものとなってしまったようだ。

LGOが標準化されてしまいつつある、というのが小生の印象で、そのことでシャイーの目指すところが、バロック~現代音楽まで幅広いキャパをもつオケになること、そして伝統を持ちながら、新しいものに積極r的に眼をを向けられること、(ここまでは言ってはいないが、)発展させて、(伝統の音色・音楽も新しい音色・音楽にも柔軟に演奏でき、弾き分けできること)、ということを付け加える、とすれば、音色以外においては、すでにできていることなのではないか。

シャイーは、自分の解釈に従って演奏してもらうだけで良いのではないか。
そして演奏したい曲目を演奏すれば、よいのではないか。

自分の意思をオケに分かってもらい、要求とうりの演奏をしてもらうために必要なもの、それは信頼関係に他ならない。

LGOが、今まで経験がない奏法や解釈による演奏を、もし拒否するとすれば、それは楽団の古参や首席の地位にある人が、キーを握っているはずだ。

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であるのに、ブル8では、第1コンマスが、ビブラートの強調を拒否するが如くのボウイングを見せたが、まだシャイーと完全な信頼関係がないのだろうか。

ブルックナー8番は、音が豪快に前に出やすい音楽だから、オケの資質を見るには、あまり都合の良くない音楽で、金管が咆哮し、低弦が強力な運弓で大音量を造り出し、肝が座ったドシリとした音に圧倒され、演奏の良否を見失う恐れが多分にある曲だ。

特に管楽器のホルン群にミスがなく、そしてコーダがクレッシェンドしながらモルト・りタルダンドして金襴豪華に終われば、不満は少ないもので、一昔前の優秀な学生の吹奏楽の演奏に似た所がある。

中には管楽器だけが引き立つ演奏もあったりするが、ブルックナーは多分、弦楽器群と管楽器群其々が活躍する場所をキチンと設計し、お互いが主人公になったり脇役になったりを演出したように思うところがあり、そしてノヴァーク版8番1楽章を例外とし、コーダでは、Fがいくつあっても足りないほどのツッティとなることが多い。

さらに音のダイナミクスはもちろん、音の有無、特に無音を重要視し、突然の休止と無音状態を方方に入れ込んでいる。

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そのことを意識した上でなのか、シャイーは音楽開始と楽章間の時間を、他の指揮者の数倍も取って、聴衆もオケも、ホール全体が完全に落ち着くのを待って、祈るようにしてから音楽を開始した。

ブル8において、シャイーの解釈に、特別変わったところは見られず、ビブラート云々を除き、思っていたよりはるかにオーソドックスだったが、やはりこのオケとの演奏では、それが一番適しているように思うのと、その反面、シャイーは、本当にやりたいことが、まだできない状態にあることを十分推測させることになった。

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しかし思ったよりも、LGOのメンバーには、若い人が多く、さらにに意外だったのは、女性が多かったことと東洋人が多いことだ。女性は10人以上いるし東洋人は5人ほどいるように画面でみえた。

若い人ほどこだわりがあまりないし、切り替えも速いようだから、このことは、この先LGOが質実共に若返りをする、1つの有力な材料であるかも知れないし、シャイーの目的達成には、かなりの手助けになる可能性はある。

レヴァイン退任後のボストン響のシェフに就任するのでは、という噂がシャイー周辺を飛び交っているようだが、カペルマイスターになってまだ日の浅いシャイーに、そのような噂があるのも、シャイー&LGOの評価があまり芳しくないこと、そしてその向こうに、シャイー&LGOの確執のようなものを、敏感に嗅ぎとった結果でなければいいのだが。

オーケストラだって生き物であるから、変化してゆくのは当然のことだし、進化もする。
楽団員も変わるし、指揮者も変わるから、変化しないほうがおかしいと言える。

しかし、非常に見えにくくて分かりにくく、かつ抽象的だから、そのことを理解できる人は多くはないと思うが、自然に、当たり前のように引き継がれて来たもの、それはたしかにある。

人はそれを「伝統」と呼ぶが、オーケストラという音楽表現集団のそれは、何かの拍子に、それまでと変わった何かを感じることによって初めて分かることでもあるようだ。

小生はそれを、「ビブラート」という切り口で見ながら来たが、勿論単一のものだけで、モノを見る危険が有ることは、十分承知のつもりだ。

なぜなら、伝統の内容を規定するそれらは、お互いに有機的な繋がりを持っているからで、本来多くの他の切り口を合わせて、解明すべきものだからだ。

本日のブログは、そのほんの序章、いや目次にさえなってないが、かかった時間と少しの労力は、多分無駄ではないはずだ。

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ホルン軍団はかなロ上手で、難しいとされる、持ち替えのワーグナーホルンも立派な出来であった。

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第1ホルンと4楽章で大活躍のティンパニは、イケメン。

by noanoa1970 | 2011-05-16 16:16 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)