ブラームス弦楽六重奏曲追加視聴

今週は室内楽週間となった感があって、ヤナーチェクSQのモーツァルト、ハイドン、ベートーヴェン、メンデルスゾーン、ブラームス、ドヴォルザーク、スメタナ、ヤナーチェクと聴いてきた。

特に、スメタナSQとヤナーチェクSQがユニットを組んだ、メンデルスゾーンの八重奏曲の素晴らしさに両SQの底力を再認識し、あまり成功例の多くない巨匠同士のユニットの例外的事例に加えさせてもらうことにした。

実は、個人で活躍する演奏家が集まった臨時ユニットが、個人個人はピカ1の実力者にも関わらず、その演奏がそれほど心に響いてこない例を、(偶然かもしれないが)、かなり知っているので、そういう観点から、ブラームスの弦楽六重奏曲演奏で、確認してみようという気になった。

弦楽六重奏は通常、弦楽四重奏にヴィオラとチェロを加えた編成である。
ブラームスは、弦楽四重奏では物足らずに、中低音部補強のためか、2つの楽器を追加したのだろうと思われる。

事実そのことによって、この曲はなお一層の重みと重圧さによる安定感を増している。
言い換えれば、中低域を充実した安定感があってこそ、高い音域を受け持つヴァイオリンの最高域をうまく使うことができるというわけで、ブラームスはヴァイオリンの最高域の少しキツく荒れ気味なボウイングの音色で、表現したい特別な思いがあったのではないか。

しかし、小生はブラームスがこのことだけにこだわって、中低弦を追加した六重奏曲を作ったわけでなく、弦楽四重奏では、「解る人だけに解ってくれレばよい」といわんばかりの、本当に言いたいことを包み隠す存在となり易いわき役、ヴィオラ、チェロの中低弦パート其々に、もう少し言わせてみたい…そんな欲求の表れではないかと推測することがある。

2楽章の有名なメロディを、ヴィオラに語らせているのは、画期的な試みと言ってよいのではないだろうか。

重圧な響きと内声部を大事にしたブラームスの総合力は、のちに、4つの交響曲で開花すると思うのだが、それは裏の音あるいは内声部こそが、ブラームスの生命線でなおかつ彼の音楽的到達点でもある。

そして、ブラームスが、なぜ弦楽六重奏という演奏形式を採用し、もっと分厚い響きと和声が得られる弦楽合奏にしなかったのか、という疑問が膨らむが、その答えは、きっと「個」の問題に帰結するのではないだろうか。

気になって弦楽合奏版の録音の有無を確認すると、数点存在しているようだが、個としての各パートの音と、それらが集合する和声を聴きとるには、このスタイルのほうが具体的に表現できそうだから、合奏版にはあまり触手は動かない。

それにブラームスの言いたかったものを、弦楽合奏で表現するには、かなり優秀な編曲の手腕が求められる。
よって、その辺の演奏家や指揮者の編曲では、相当困難なことが推測される。
たとえば、シェーンベルクなどの作曲家の手になるものがあれば話は別だが。

やはりブラームスは本来、「集団で物申す」的な音楽は似合わない。
このことを発展させて言えば、「ブラームスの音楽的本質は室内楽にあり」…ということになる。

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今までほとんど聴かずにいたのだが、サンプリング数は多いほど良いから、ブリリアントの室内楽BOXに入っている、アルバーニSQの演奏を聴き、追加で取り上げることにした。

小生実は、アルバーニSQの演奏を聴くのは、このブラームスでが初のこと。
名前も氏素性も、まして経歴などまったく知らないSQだが、そのことがかえって、演奏の評価や感想に及ぼす影響が少なく、演奏だけを聴いて純粋に判断することになるから、より信憑性があると勝手に思うことにして・・・聴いてみた。

小生は、演奏に関することを書きのべる時には、必ずそれ以前に数回、場合によっては、最低でも5回以上聴いているものから選択することにしている。

そしてこれも大事なことなのだが、ついで聴きは絶対にしない。
そのような聴き方での感想は、非常にいい加減なことが多すぎる、そういう経験をたくさん持つからだ。

音響装置にしても、たとえばPCとかポータブルオーディオ+イヤフォンの類は使用せず、メインオーディオ装置で聴くようにしている。

プラス評価を記述するときは問題はないが、特にマイナス評価の場合は、自分自身がシビアに音楽と対峙しなくては、まともなことなどいえるはずがない。

じっくり聴いたとしても、的を得た感想評価を、的を得た言葉で説明するのは非常に難しいのだから。

なかなかアルバーニSQの演奏の感想に、たどり着けなかったが、これから始めることにする。

まずはこのSQの技術的見地から見ると、かなり鋭い表現が、テクニックに裏打ちされているようで、技術レベルは相当高いとみた。

アインザッツや音のつなぎ目など、ずれるとすぐにわかるようなところも、息が合っており破たんがない。

テンポはかなり高速で、自分たちSQが表現したいことを演じているというよりは、インテンポで楽譜原理主義的な基本演奏スタイルのように聞こえた。
ベルリンよりも、よりザッハリッヒではないだろうか。

ただし、ところどころに微弱なスタッカート気味のアクセントをつけていることが、他の演奏と比較して顕著であった。

1978年録音だから、今のようにそうはいい環境下の録音ではないと思うのだが、中低弦の柔らかさと、ヴァイオリンの最高音域の音色も美しい。

ザッハリヒな演奏スタイルだから当然だが、音楽は早めのテンポで突き進み、チェックポイントの1つ、2楽章では、感情移入といった表現法を排除することで、非ロマン主義的な表現となっていて、あっさりと過ぎて次の楽章へ。

ただし彼等の演奏が、そっけないかといえば、決してそういうわけではなく、非常に少ないがここぞという強調ポイントでは、激しくアッチェレランドやクレッシェンドしていて、時には劇的な表現となることがある。

CDは1番と2番の六重奏が入っているが、このSQは2番の演奏のほうで、よりその力を発揮しているようだ。

また上の記述で、中低音部を充実させることで、逆に高音部が際立つと書いたが、その例として2番1楽章で第2ヴァイオリンが奏でる第2主題、いわゆる「アガーテ音型」を、ブラームスが強調しているように聴こえることを挙げておくことにする。

アルバーニSQ、ほかの演奏を一切聞いてないので、どうかと思うが、ブラームスを聴く限りは、新進気鋭の若手のメンバーが集まったSQのような香りがする。

70年代に活躍したとすれば、その当時としてはかなり異色のSQだったかもしれない。
しかしこのころ活躍し始めた四重奏団として、以下のユニットを知っているが、アルバーニは見つからなかった。

彼等は、それまでのユニットとは少し毛色の違う、モダンなSQとして当時評判となったものばかりである。

70年代を中心にこれほどまでの、新しい音楽表現スタイルを持つSQの出現は、決して偶然でなく、たとえば音大の教育方針の変化などの大きな力が働き、そして受け入れる側も、新しい音楽スタイルを強く求めていったことにあるのではないだろうか。

音大出身者がユニットを組んで、ハードロックからプログレへと変化していく様子に近いのでは、と推測するのだが確証はない。

このあたりロックのスペシャリストdracーobさんに、ご教示いただければと思うのだが・・・・

アルバンベルク弦楽四重奏団、イタリア弦楽四重奏団、エマーソン弦楽四重奏団、クロノス・カルテット、タカーチ弦楽四重奏団、東京クヮルテット、ラサール弦楽四重奏団、ブダペスト弦楽四重奏団
ちなみに、上にあげたユニット、従来の演奏スタイルと一線を画す存在だったが、中で最も異色の演奏スタイルとして、評判になったハーゲン弦楽四重奏団は1980年代の結成である。

アルバーニもこういう、新即物主義的なものと、新ロマン主義的の混合物を、背景として背負っていたのかもしれない。

期待が薄かっただけに、軽い疲労はあるが、かなりの充実感を味わえたし、新発見した気分が、とても気持ちがよい。

後述記
アルバーニカルテットを聴くのは初めてと行ってきたが、実はとんでもない思い違いで、小生はこの演奏団体のボロディン2番&チャイコフスキー1番の四重奏をかなり頻繁に聴いてきた。
アルベルニSQという呼び名をつかっていたので、アルバーニとアルベルニが同一のSQと思わなかったのが真相だ。

後に訂正の記事をかいたがここでも訂正させていただくことにした。
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by noanoa1970 | 2011-01-29 15:20 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(4)

ブラームス弦楽六重奏曲を3種聴く

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どうしても、ベルリンフィルハーモニー弦楽八重奏団演奏のアナログ盤で聴きたくなった。

理由は2つ有って、何故かといえば、1つはオーディオ機器調整のリファーレンス音源となっているからで、特に1番2楽章の第1Vnの最高音部がキンキンせず、音楽性豊かに再現されるかであり。

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いまひとつは、昨日から聴いてきた、コチアンSQ+スメタナSQピックアップメンバーの録音、そしてアマデウスSQ+第2ヴィオラ セシル・アロノヴィッツ 、第2チェロ ウィリアム・ブリース の演奏が、今一つピンとくるところが少なかったことによるものだ。

それでレコード棚を探すと、運よくすぐに見つかったから、先ほどから聴いているというわけだ。

上記2つの演奏が決して悪いというわけではなく、アマデウスSQも、トラ出演メンバーのスメタナSQも定評あるカルテットで、小生はあまり縁がないが、コチアンSQはスメタナAQと同国出身の実力者との評価の高いカルテットであることは、聴けばすぐにもわかることだ。

小生の不満点を、ザックリと言うことが許されるなら、その理由は、2つの演奏ともに、小生のイメージするブラームスとは少し違うように感じるからだ。

演奏スキル自体は高水準、いやそれどころか大変素晴らしく、その観点からの不満らしきものは見当たらない。

2番のヴィオラとデェロの2人を、トラで借りてきたアマデウスSQ、コチアンSQのように、2番のヴィオラとチェロをスメタナSQから借りてきた、急ごしらえのユニットにしては、そのデメリットなどは、まったく感じさせない、見事なアンサンブルを聴かせてくれた。(急ごしらえのユニットでなく、かなり付き合いの古くからあるメンバーなのかもしれない)

この曲に対する小生のイメージは、甘いメロディでできた2楽章優先の楽曲では決してないということで、映画に使われて一躍知られるところとなった、あの有名な2楽章を甘く切なくしすぎない演奏を好んでいる。

あえて言葉で言えば「ストイックな演奏」というのが似合っている。。
言い換えればザッハリッヒなスタイルの演奏、それがより好みなのだ。

ブラームスは、内心を包み隠す性格の持ち主で、それが音楽に顕著に反映されて居るのではないか、そのように小生は、これまでのブラームスとのお付き合いを通じて思うようになってきた。

だからあからさまな、甘くやさしいメロドラマのテーマ音楽然とした部分があったとしても、あえて厳しく演奏し、奥のまた奥から、時々ほんのちらっと顔をのぞかせ、すぐに引っ込む、そんな感じの表現の演奏を好むというわけだ。

ブラームスは、言いたいことを和声の奥に閉じ込め、すぐには悟られないように、和声というベールで包み隠す。
音楽の奥に隠された、あるいは包み込まれたものとは、ブラームスの内声の叫びに他ならない。

したがって、ブラームスが重きを置いたと思われる、内声部、和声を常に意識した演奏、それをどのように処理しているかということが、小生のブラームス演奏の重要な視点、チェックポイントということになる。

上記2つの演奏は、今一歩そのことが希釈気味だから、小生にとっては非常に惜しい演奏だ。

ベルリンフィルハーモニー弦楽八重奏団の演奏であるが、いつものオケのメンバーで構成されたユニットで、しかもさまざまな指揮者で訓練を積んできたことが力になったせいなのか、ブラームスの楽曲解釈に、そのことが非常にプラスに働いているようで、ビルトーゾ風派手さはまったくないが、実直に自分のパートをこなすことは勿論、ブラームス演奏の方向性が、頑丈な1枚岩のように実にしっかりしていて、最初から最後まで緊張度の高い、裏の音や横の線を明確に表出する演奏を聴かせてくれた。

自己流メジャメントの2楽章の処理の仕方も、甘く切なくとは聞こえてこない。
したがって、それに固執するようなところ、あるいは郷愁にしがみつくような素振りがまったくない、客観的な演奏スタイルをとっているから、小生が気に入ってしまう演奏となった。

縦の線同様、横の戦を重視した上に、長年ベルリンフィルで活動した成果なのか、音楽的構成の完成度という点は随一ではないだろうか。

小生はめったに使わない言葉だが、こういう演奏スタイルをドイツ的と言い換えても、あまり陳腐ではないような気がするから、お許し願いたい。

アンサンブルの緻密さ
ベルリン>アマデウス>コチアン
2楽章甘く切ない雰囲気
アマデウス>コチアン>ベルリン
構成の強固度合
ベルリン>アマデウス>コチアン
優美加減
コチアン>アマデウス>ベルリン
裏の和声・内声部の表出具合
ベルリン>アマデウス>コチアン
録音
コチアン>ベルリン>アマデウス

以上が小生のリスニングポイントで3種を比べた結果だ。
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by noanoa1970 | 2011-01-28 15:51 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(2)

今日もコロッケ明日もコロッケ

コロッケが大好きな小生、以前ブログでも簡単に触れたと記憶するが、中学2年生の時、母親が弁当を作れなかった時があって、そんな時は購買で、パンを買って食べるべく50円もらって学校に行ったことがちょくちょくあった。

しかし購買で販売しているパン類は、食事だというのに、殆どすべてが菓子パンの類だった。
当初は中途半端ではあったが、なんとかお昼ご飯の代わりとなっていた。

しかしそれが続くと、もともと菓子パンが好きでなかったから、飽きてきて、中でも唯一あったトーストパンに狙いを定めたが、販売量が少ないのか、人気があったのか、すぐに売り切れ状態となって手に入らないことが多かった。

それで考えた末、裏門の向かいに肉屋があって、コロッケを売っていることを、家のおかずに買いに行ったことが何べんもあって知っていた。

肉屋のコロッケといわれるもので、ラードとヘッドを混合した油で揚げるから、香りが立ってものすごくおいしい。

そのコロッケを、菓子パンの代わりに昼ご飯に、というアイディアが浮かんで、3時間目が終わった時の休憩時間に買いに走ったことがあった。

1個5円だから10個買え、お腹を満たすには十分な量だったが、香りが立つ油で揚げたコロッケをお昼まで机の中で保管しておく必要があった。

そのうち付近に油の香りが充満したらしく、周囲が騒ぎ出し、もう少しで大騒ぎになるところだった・・・そんな記憶がある。

このことが示すように、小生はコロッケが大好きなのだ。

幼少期の話だが、田舎の小さな町はずれの、父親の務める会社の30世帯ほどの社宅に住んでいたことがある。

共同の井戸が3か所と、共同の風呂があるだけの質素な社宅で、集落には1件だけ雑貨屋があった。
食料品と日用品を扱う民家を少しだけ改造したみすぼらしい店であったが、最寄駅まで30分近くかかる所に集落はあったから、たいていのものはその店で調達せざるを得なかった。

店の親父はお昼過ぎまで仕入れに行っており、午後遅くになって仕入れた物品を店先に並べるのだった。

食品の中に、練り物に交じって、ジャガイモコロッケとカレーコロッケの2種類が並べられるのを、よく買って食べた。
やや小さく作られたカレーが3円、ジャガイモが5円という値段で、おやつを買う小遣いで、小生はコロッケを買っていたというわけだ。

どうもそうした幼児期の体験が、今でもコロッケには目がない理由の1つなのかもしれなくて、見知らぬ街に行くと必ず、コロッケを揚げている肉屋を探す。

そんな小生だが、コロッケのことを唄った、かなり古いと思われる歌があるのを知っている。

歌詞は一部だがその部分のメロディは、はっきりし今でも覚えていて、どのくらい前から記憶があるのか、探ってみるのだが、どうもハッキリとしない。

多分幼児期か少年期、母親が歌っていたのを聴いたのではないかと、推測するのだが。

記憶にある歌詞の一部
「今日もコロッケ
明日もコロッケ
これじゃ年がら年中
コロッケコロッケ」・・

いったいだれが作った誰の唄なのか、気になって調べてみると、面白いことが判明した。

益田太郎冠者作詞で作曲者未詳だ
作詞の増田さんは、以下のようにすごいプロフィールの持ち主。
益田太郎冠者(ますだたろうかじゃ、1875年(明治8年)9月25日 - 1953年(昭和28年)5月18日)は、日本の実業家・劇作家・音楽家。貴族院議員。男爵。東京都出身。本名、太郎。三井物産の創始者・男爵 益田孝の次男。

そしてコロッケの唄は、大正時代の作といわれているようだから、小生はリアルタイムで聴いたわけでなく、昭和元年生まれの母親にしても、リアルタイムで聴いていたことにはなりにくい。

リバイバルされたのか、それとも人気が昭和のかなりの年代まで続いたかどちらかだろうが、リバイバルにおそらく軍配が上がるであろうと推測し、いつも頼りのyoutubeで検索すると、現代の歌い手によると思われるものが、数種類あることが分かった。

しかし当然ながら大正時代のオリジナルがあろうはずはなくなく、全てがリバイバだ。

①友竹正則と楠トシエ バージョン
まず聴けたのが、彼らが活躍した昭和30年代か40年代の録音の可能性が強い①。
しかし、小生が記憶していた歌詞は同じだが、メロディは少し違う。

それで別の歌い手で・・・編曲から推測すると戦前のものかもしれない③を聴いてみたのだが、①と同じで小生の記憶とやはり少し違う。

②歌い手不明 バージョン


間違って覚えたのだろうかと気になり始め、さらにほかのバージョンを聴いていくと、③を発見した。
小生の記憶にはまったくないのだが、五月みどりが歌った「コロッケの唄」
昭和37年録音だそうで、声がまだ若々しくてかわいい。

それで、・・・小生の記憶にある歌詞とメロディ部分は、なんと③の五月みどりバージョンと同じだったのである。
しかし記憶にある「今日もコロッケ明日もコロッケ・・・」以外の部分は、①や②とまったく異なるものであった。


以上のように、作詞 :浜口庫之助 作曲: 浜口庫之助 編曲: 宮本光雄の手になる③は、オリジナルバージョンである益田太郎冠者作詞、作者不詳メロディのリバイバル、①および②とは、異なるもので浜口の新作であった。
ただし、小生の記憶がハッキリしている歌詞部分は、益田太郎冠者の歌詞から引用していることが判明した。

そして、浜口が詩を引用し、曲をつけたその部分のメロディこそ、小生が長い間記憶してきたものだったのである。
昭和37年録音だというから、小生14才の時だが、かすかな記憶では、中学生時代にそれを聴いたという記憶はなく、もっと小さい時だったと思う。

はたして、小生が聞き覚えたのは、五月みどりが歌った浜口庫之助バージョンなのか、それともオリジナルを用いた友竹+楠バージョンなのか、それ以外なのか。

母親が歌うのを聴いての記憶なのか、自分が聴いての記憶なのか。
もし母親が記憶の原点なら、母親は誰の歌うのを聴いたのだろう。
「コロッケの唄の謎」・・・疑問は解決するのだろうか。

次回のお楽しみ。

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by noanoa1970 | 2011-01-26 12:20 | 「食」についてのエッセイ | Comments(2)

不世出のユニットでメンデルスゾーン八重奏曲を聴く

最近この曲の録音は、かなり増えてきたようだが、一昔前はほんの数えるほどしか発売されていなくて、選択範囲はごく限られていたように思う。

その中で有名どころでは、ウイーンン八重奏団の演奏と、本日取り上げるスメタナQ+ヤナーチェクQが、この曲のために、ユニットを結成して演奏した録音があった。

この2つの四重奏団は、いずれもが、スメタナ、ヤナーチェクそしてドヴォルザークといった母国の作曲家の作品が得意で、しかもその実力範囲は、それだけにとどまることを知らない。

ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、などの演奏においても、相当の評価を得てきた、チェコの四重奏団だ。

特にスメタナQは、ファンも多く、彼等の演奏は高い評価を得ている。
民族主義的なカルテットを脱皮し、もはやグローバルな存在でもある彼らの演奏は、緻密で「真面目」あるいは「全う」という言葉が相応しい。

一方ヤナーチェクQは,スメタナQとは少々方向性が異なるようで、土俗性が色濃い演奏をしながらも、自国の作曲家の作品以外ではその上に、大胆な鋭さを併せ持ち、彼等の言語をしっかりと保って活動している。

卑近な例でいえば、誰もが聞いたことのある、ドヴォルザークの「アメリカ」。
この曲の1楽章第2主題の、表現方法の違いを両演奏で聴けば、そのことが理解しやすいのではないだろうか。

そんな方向性の質が異なる傾向の強い、2つのカルテットが、メンデルスゾーンの八重奏局のために、臨時にユニットを組んだ演奏を取り上げることにした。

アンサンブル手法や技術、解釈の微妙な相違が、音楽に及ぼす影響の有無、気心知れたメンバーで活動してきた、すでに完成しているユニットが、急遽異質のユニットメンバーと、(多分レコード会社の要求で)一緒に演奏することのリスクはなかったのか。

音楽上のリーダーシップは、どちらの誰が握るのだろうか。
そして何の諍いも、わだかまりもなく、忙しい間に、十分な練習ができての録音だろうか。

小生はそのような心配をせざるを得なかった。
なぜならば、小生の経験では、巨匠同士のメンバーによるユニットが成功した例は、かなり少ないようだからで、ダメな代表は、巨匠中の巨匠カラヤン+ロストロポーヴィッチ+リヒテルの、ベートーヴェントリプルコンチェルトだが、ほかにもこのような例は多々ある。

大成功したものも、数少ないがもちろんあって、カッチェン+スーク+シュタルケル、以上3人のトリオでのブラームスだ。

古の有名な百万ドルトリオも、残された録音を聴く限り、成功したとは思えない演奏を見かける。

ウイーン八重奏団をはじめ、オケのメンバーで構成される室内楽ユニットは、臨時ユニットでさえ、成功する場合が多いようだが、もともとユニットが成立しているのだから、それなりに素晴らしい演奏が少なくない。

たとえばベルリン弦楽六重奏団、ゲヴァントハウスSQ、などなど。
最近は学生時代からユニットを組んで、室内楽専門プロとして活躍するといった風潮も多くみられ、こうした若い人たちの中にも、優秀なユニットは多い。

たいていは指揮者がいない室内楽では、やはり気心が知れた・・・阿吽の呼吸とか、つーと言えばかーというか、酸も甘いも心得たというか、弱点を補完しあい、長所をより伸ばしていけるような、そんな小集団でしか、たぐいまれな音楽性で見事なアンサンブルに培われた、素晴らしい演奏を聴かせてくれる可能性はそんなに多くない。

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小生はこの曲を、ロンドン・フェスティヴァル管弦楽団アロス・ポープル(指揮&Vc)という、チェロ奏者が指揮者を兼ねる珍しい演奏の最新録音でも聞いている。
メンデルスゾーンBOXセットの中の1枚だ。

そうとうに荒々しい演奏で、最初はまるで素人の演奏のようだと思ったが、何度か聞くうちに、このユニットのメンデルスゾーン解釈が実に異質で、その結果あのような驚嘆してしまうほど過激な表現をしているのであろうことに気が付いた。

もともとこの曲、緩急が入りままじる、少年の希望に満ちた青春の夢や希望と落胆、青春の息吹のような、感情の変化表現したと、長い間言われてきた、メンデルスゾーン齢16歳の時の、天才的傑作である。

しかし上記ユニットの演奏は、そんな甘い少年の夢ライクのものを表現するような、今までの演奏スタイルを拒否するがごとく、非ロマン主義…適切ではないかも知れないが、ネオ表現主義的な音楽表現を、いたるところで仕掛けているのだ。

緩急の急は、今まで経験したことのないほどの圧倒的なスピードで、まるで何者かから必死に逃れるかのように表現される。
このようなスピードで、しかも急変するのだから、演奏は非常に困難を極め、ビブラートをかける暇もないから、音色も物凄く先鋭に聞こえ、優雅さなどはどこをとって見ても微塵もない。

これだけのスピードとダイナミクスそしてアインザッツを満足したうえでの表現をするには、指揮者の存在を必要としたのだろう。

おもに第1Vnで奏される、通常は甘味に響くメロディは、優美でも甘くもなく、彼らが醸し出す音はひたすら鋭く尖っていて戦闘的だ。
多分意識してわざとそうしているのだと思う。

急激な変化点が、随所にちりばめられた音楽で、なおかつものすごく荒々しく聞こえるが、それはこの曲あるいはメンデルスゾーン解釈の結果によるものだろう。

彼等はこの曲を、若きメンデルスゾーンが背負った、ユダヤの出自、裕福な身にもかかわらず、いつも心のどこかに付きまとい、決して消えることのないユダヤの血・・・そのような宿命を持つメンデルスゾーン、名前まで変更せざるを得なかった人間が、作った曲であるという認識の上に立った、解釈をしたのではなかろうか。

当時から存在した、ゲットウのユダヤ人たちの生活ぶり、それとはあまりにも違う暮らしぶりの自分は決して自己肯定できない、若き日のメンデルスゾーンの心象の発露がそこにある。

通常なら、そして普通の暮らしをしている普通の多感な16歳の少年、まだ夢見る年頃であるはずが、ユダヤ人という宿命を背負った、少年メンデルスゾーンが心の底に秘める、得体のしれない感情の発露が内在しているという新解釈をしたように、演奏から推測できるほど、異質で激しい音楽を作っている。

ウイーン八重奏団の演奏のように、美しいロマン主義的な感情表現の演奏とは、真逆の演奏である。

それでは、スメタナSQ+ヤナーチェクSQ盤では、どのような演奏が繰り広げられているのだろうか。

それまでに聴いてきた、あまりにも違う二つの演奏のことがあるから、非常な興味を持って聴いてみた。

まず驚いたのは、まるで相当な年月連れ添ったメンバーでのオリジナルユニットによるような、正確無比なアンサンブル、お見事の一言に尽きる。

間の取り方、タイミングも、緩から急に移行するアッチェレランドも、随所に入るアクセントの位置もすべてが寸分違わない。

付け焼刃であるにもかかわらず、さすがは実力あるSQ同士のユニットだ、高レベルの満足度を得ることができ、その精密さはまるで四重奏のように聴こえることがある。
経験の中では、かつてどこにもなかったような、大成功の画期的なユニットといっても過言でない。

よくぞ期待をよい方向に裏切ってくれたものだ。
この企画を実施し、ユニット成立に力を入れたプロデューサーに感謝しなくては。

曲の解釈らしきものは、ロンドンフェスティバル管メンバーのユニットほどは、異質ではないが、それでも陰影強弱緩急の変化を強めにつけた、特にマイナス面の表現が印象的で、青春を謳歌する少年とか、少年の将来の夢と希望いった、従来のメンデルスゾーン解釈:明るい未来賛歌に終わらせることは決してない。

もう少しで演奏が破たんするかのような、ロンドンほどの、予想を大きく超える劇的過ぎる表現ではなく、あくまでも音楽性を根っこに持つ。
明るさの中に常に潜む隠れた暗黒面を追求し、弦の音色と音魂で表現している。

独立して主メロディを弾く第1Vn、果たしてどちらのSQの奏者なのか、などの詳細は明らかではないが、DG録音ということから考えると、スプラフォンに多くの録音を残したスメタナSQではなく、DECCAにも録音を残したヤナーチェクSQがリーダーシップをとっていて、したがって主はヤナーチェクメンバーである可能性が高いと推測した。(どうでもいいことだが)

この演奏を聴いて、特に小生が気付いたことがある。

あくまでも耳を頼りの推測であるが、・・・・

2楽章は、短調のラメント風の音楽で開始されるが、これはユダヤの嘆きの歌なのか。
中間部になると、悲しげな音楽は、ダンスのようなリズムの音楽に変化するが、これは多分ユダヤ民謡と思しきものからの引用ではないだろうか。

1楽章の終了近くには、聞き逃してしまうぐらいほんの束の間のことだが、Vn協奏曲の最初のソロの部分と同じフレーズが使用されている。
つまりこのころから、協奏曲で使用したモチーフは、すでにメンデルスゾーンに存在していたことになる。
この実に悲しげな、ユダヤの匂いがどこかしこで漂うようん、ラメント風のフレーズ、なぜVn協奏曲のソロが、最初に奏でるのか、ということにも、なにか重要な意味や秘密が隠れているように思われる。

おそらくメンデルスゾーン少年は、町の周囲のゲットーで暮らすユダヤ人たちの、祖先から伝わる民謡を聴いていたのだろう。

この「マイムマイム」に類似しているユダヤ民謡は、2楽章の半ば以降を支配するのだが、前半のラメントとユダヤ民謡と思しき者を使用した、メンデルスゾーン。
彼に一生付きまとう、ユダヤの陰という心象が、何となくわかりそうで、この曲の新しい解釈をはかり知ることができたようだ。

よほど拘ったのか、民謡風フレーズは、あれだけ登場し印象的な2楽章に引用するだけに終わらず、3楽章にも随所で顔を出し、しかもフーガを使うことで、なお一層印象付けているから、メンデルスゾーンがこのフレーズの引用に、相当力を入れたということがわかるだろう。

2つのSQのユニットの演奏を聴くと、彼等の胸に去来したものは、ユダヤ民族とチェコがいずれも、歴史的に置かれてきた立場と、ダブルものがあったに違いない、などという妄想に駆られてしまう。

スメタナ+ヤナーチェク盤は、さすがにDG、1959年という古い録音にもかかわらず、かなりの品質である。

生涯聴き続けたい、音盤の中の重要な一つである。
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by noanoa1970 | 2011-01-24 14:37 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

「せきまき」とは何だ?中仙道に新旧があるのか

時々訪問するある方のブログに、天下のNHKの女子アナが、定時ニュースの中で、「席捲」という漢字をSEKIMAKI「・・・その音楽はヒットチャートをセキマキしています」といったのを聴いて仰天したと書いていた。

民放ならまだしも、視聴料で運営している国営放送だから、それを見る人の目はやおら厳しくなる。
このような間違いがあると、すぐさま電話でクレームをつける人も大勢いると聞く。

小生もこうしたアナウンサーやキャスター、コメンテーターの間違いは、ものすごく気になるほうである。(ブログにも書いたが、「を得ない」を「おえない」という、知識人と称される人間が、いかに多いことか)

例え成績優秀で放送局に入社し、一定の訓練をした女子アナだとしても、せいぜい数多居るOL達よりは少しましな程度であろう。

大学に入って4年、会社の研修期間が3年としても、たった7年余りで、完全に一人前の常識人になれるほうがおかしい。

それに大学で幅広い知見を身に着けることは、かなり困難なことでもあるから、女子アナの実態は素人の女性とほとんど変わるところはないのである。

しかしプロのアナウンサーという立ち位置であるから、まして電波を通じて万人がウォッチするわけだから、期待もあり反面厳しい目で見られることになる。

例外はあるだろうが、年の若い女子アナたちは、そういう厳しさに耐えられるだけの力は持っているわけもなく、したがってある程度以上の美貌が支えなければ、アナウンサーとしてTV放送に乗せることはできない、従って見た目は平均点よりはかなり上の人が多い。

しかしニュースやそのほか、あらかじめアナウンスすることが決まっている・・多分それが大半を占めると思うが、間違えるということは、知識不足の側面はあろうが、予習が足りないという一言に尽きる。

昔と比べて近年のアナウンサーは、間違いが多くなっているという話を聞くが、このことはあらかじめの準備不足でも登用してしまうし、そうぜざるを得ない事情が、局側にも内在していることの証明であろう。

通常、原稿をトレースする際に、読み方がわからなければ、事前に調べて解決するだろうし、誰かに聞けばすぐさま解決することだ。

世界で1番TV番組出演時間が長いとされるMM。
MMは朝早くからの生番組出演があるから、事前打ち合わせの時間がどうしても少ない。
したがって、いつもあのような週刊誌の見出しのような文言をパネルに張ったものをめくりながら少しだけの補足程度でお茶を濁し、後は自分の知見…これがあると思っているから厄介なのだが、危ういとみる局側は、コメンテーターを多数登用して、意見の標準化にいそしむ。

席捲:セキマキ問題は、単に事前打ち合わせが十分されなかったからであろう。
それに、この女子アナの力量を、番組スタッフが過信したのかもしれない。

重要な視点が忘れがちだが、しかしこの事件では、女子アナの能力を非難するのではなく、事前チェックを怠ったことに向けられるべきだろう。

もちろん「席捲をセッケン」と読めなかったことは、誠に不甲斐ないが、日常使用する言葉でもないから、女子アナが知らなくても当然だったのかもしれない。

いくら難読文言集などで教育しても、抜けてるところは必ずあることを認識することが大事。
知らないことは事前に押さえることが必要。
あいまいな概念の危うさというリスクを、常に考えて事前対処しておくことだろう。

NHKアナの問題はそれで解決する。


真偽のほどは確認できてないが、笑い話的間違いの例がある。
これは有名な話だ。

民放某番組で、ある女子アナが、「『旧中山道』を『1 日中 山道』イチニチジュウヤマミチと読んだ他局の女子アナ(のちに有名キャッチャーと結婚した)がいた」と紹介したが、読み間違いを指摘したその女子アナ自身が、なんと「きゅうちゅうさんどう…ですよね」と間違えて読んだという。
漫才のネタになりそうな話だ。

無知な2人の女子アナと片付けられやすいが、これにはいろいろな問題が隠れている、そう小生は思うのである。

そしてこんな疑問が膨らんでくる。
まずは、中山道に「旧」も「新」もない、にもかかわらず、「旧中山道」の表記を番組スタッフが女子アナに読ませたのか。

ひょっとうると、女子アナは間違えたのではなく、中山道に旧も新もないはずだから「旧」はおかしいと思い、1と日が少し離れていたのを見て「1日」イチニチと読み、続きで(イチニチ)ジュウヤマミチと読んだ可能性もある。

もしそうだとすれば、この女子アナはものすごく頭の回転が良い人間だということができる。

さらに今では「中山道」と表記されることもあるが、その昔は「中仙道」と表記され、教科書でもそのように表記されていた時代があって、小生の時代も中仙道であった。

いつから「中山道」表記となったのかはわからないが、その女子アナが、「中仙道」と覚えていたとすれば「中山道」という表記はナカセンドウに該当しないわけで、さすれば「1日中山道」をイチニチジュウヤマミチと読んでしまっても無理ないところだ。

知識がありすぎ、頭が回りすぎた結果の失敗ということになるし、そのように思っておきたいところである。

大問題は、その過ちを指摘した女子アナのほうだ。

「イチニチジュウヤマミチ」じゃなく、「きゅうちゅうさんどう」ですよね・・・って。

「中山道」をナカセンドウというなんてことは、小学生か最悪中学生でも知っていることだから、これは笑うに笑えないことだ。
小学校か中学校の授業で必ず習っているはずの、歴史的固有名詞が読めないとは、あり得ない。

当時の学校教育指導要領からは、外れていたのだろうか。
そんなはずはないし、それにしたって、成人になるまでにその言葉は何回も聞いているはずだろう。

これはその女子アナ自身の問題だが、・・・・
大きな原因は、「中山道」の漢字表記にあるように小生は思っている。

それは、「中仙道」表記で、もし読めないのなら調べるであろうし、「チュウサンドウ」とは読まず間違えて読んだとすれば「チュウセンドウ」と発音するだろうからだ。

近年やたらと多いと感じるのだが、安易な固有名詞表記の、しかも長い歴史を持つ表記の改ざんは、してほしくない。
その例の1つがここにある。

ついでに言いたいのだが、市町村合併で、村や町の旧名称が、実につまらないものに変身させられていることにも、危うさを感じるのである。

名称の歴史的意義、あるいは歴史文化に支えられてきた地名、またはその逆をいったいなんと心得ているのだろうか。

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by noanoa1970 | 2011-01-21 10:05 | トピックス | Comments(2)

Eaglesが名古屋にやってくる・・・が

7年前東京ドームのライブに、息子と参加した。

息子は結婚式で、「デスペラード」を流した時からこのバンドのファンになったらしい。

小生はクラシック以外の音楽では、EaglesやCCR,CSNY、さらにBSF、バーズ、POCO,NROPなどのカントリーロックを特に好んでいる。

上記のバンドは殆どが、それぞれのメンバー全員、ヴォーカルと楽器を優れた技量でこなせる、当時は画期的な実力あるバンドであった。。

中でも歌心あるメロディーに、やや難解な歌詞をつけたEaglesは相当好きなバンド。

息子はそのことを知っていて、東京公演のチケットを確保してくれた。
7年前小生は、東京ドームまでEagles観戦をしに向かったのだった。

しかしいくら優れたPAを使ったとは言え、ドームの音響効果は音楽にはまったく不適。
ギンギンと響く音の洪水は、Eaglesのあのファルセットを加味したハーモニーの良さを掻き消してしまった。

さらに彼らの姿は豆粒ほどにしか見えなくて、双眼鏡を持つ手がくたびれてしまい、音楽鑑賞どころではないし、立ち上がって観戦する人間がいるからその後ろ、また後ろと観客が立ち上がってきて、小生のところからは、前の人の後ろ姿しか見えなくなってしまい、座った状態が保てなくなってしまった。

中高年らしき観客の姿も多かっただけに、野球場など不適切な会場はよして、もう少しタイプの異なるコンサートにならぬものかと思っていた。

7年前のプロモーターの触れ込み宣伝文句が、「最後の日本公演」だったが、また来日するというし、おまけに会場をまたまた野球場に設定した上でのライブで、今回は東京以外にも行われるという。

確かにEaglesは有名で、ファンも多いが、彼らは本当に野球場でのライブで満足しているのだろうか。

かれらはもう1970年代の若者ロックバンドではなく、再結成後すぐにおこなわれたライブ、比較的小さな会場でのアコースティックコンサートHell Freezes Overは、これぞ40年後中高年となった彼らに相応しいものであった。

彼らも今はもう小生と同じ年齢の、初老のミュージシャン。
野球場でのライブが似つかわしくないこと、そして音楽への悪影響は十分認識しているはず。

文句をつけても埒が明くわけでもないが、せめて音響効果がよく、彼等のパフォーマンウが見渡せるコンサートホールでやっていただきたいと願う。

ドームでのチケット代は1.2万から1.3万で、多分収容観客数は1万人を超えるだろうから、これをコンサートホール興業に置き換えるとなれば、高額なチケット料金を必要とする。

それにしても、最近そんなに活躍もしてないオールドロックバンドに、いかにネームヴァリューがあるとはいえ、そんなにも高額な出演料が必要なものなのか。

そんなことを考え出すと、1時間以内で行くことのできる名古屋ドーム公演だが、行く気がしなくなった。

ライブで歌われる曲に、かれらEaglesの今はない。
昔の歌をとっかえひっかえ聴いたとしても、昔のノスタルジアが甦るだけに過ぎない。

それならば、最近発売になったFarewell Tour Live From Melbourneか、少し前のHell Freezes OverをDVD観戦したほうがましである。

多分ガッカリすると十分予想が立つ、したがって今回はキッパリ、ライブ参加をあきらめることにした。

youtubeの動画を貼っておく
それは、「われわれはこの曲から始まった」と彼らが口にする「 Take It Easy 」のライブ。
The Eagles - Take It Easy Central Park (1972)
ランディマイズナーが健在だったころの初期映像。
今回の公演ではドン・フェルダーがメンバー参加してないそうだ。


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by noanoa1970 | 2011-01-20 08:45 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

ベートーヴェン4番を開眼

常人ではないとの噂が蔓延した感のある、ヘルベルト・ケーゲル。

ベルリオーズの「幻想」の鐘の音を聴いて、そのあまりにもの奇怪さに、背筋が凍りついたとか、アルビノーニ・・・最近ではジャゾット作とする「アダージョ」の、死の淵を見るようなおどろおどろしい演奏に度肝を抜かれた人も多かったらしい。

癒しの音楽を集めたコンピレーションアルバムだったから、イ・ムジチやルツェルンなどで聞いた耳には、ケーゲルの演奏はとても奇異に聴こえたようだ。

ケーゲルはコンヴィチュニーと同様、東ドイツ出身そして東ドイツで生涯を終えた指揮者で、何故か一定の評価が得られるには、来日してからある程度時間が必要であった。

小生もケーゲルの名前は、来日時に知ることになったにすぎず、60~70年代オイロディスクに録音し、わが国ではコロムビアから発売された、数少ないLPの存在も知らなかった。

今ではそうでもないように思うが、10数年前、CDショップで、かれのベートーヴェン交響曲全曲とバロック癒し音楽コンピレーション、ブラームスドイツレクイエム、ベートーヴェントリプルコンチェルトのアルバムを含んだボックスCDが、格安で売られていたのを入手した。

総体的にCDの価格が下がっているころではあったが、それでもその価格はとんでもなく安価であった。

80年代半ばの録音だから、音源はよいはずなのに、ベートーヴェンの全集にも拘らずの信じられない安価設定は、ケーゲルの評価がそんなには高くなかったことの表れでもあるようだ。

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しかし、ケーゲルがドレスデンフィルを振って、録音したベートーヴェンは、事前に思ったよりも数段素晴らしい演奏を聞かせてくれた。

すべての番手の交響曲が、手放しで素晴らしいかといえば、決してそういうわけわけではないが、本日はその中から、4番の交響曲を取り上げることにした。

小生にとって4番は昔から何故か、愛好するまでには至らぬ音楽で、したがって聴くたびに漫然と音が鳴って過ぎて終わるという繰り返しであった。

コンヴィチュニー盤を聴いても、定評あるカルロス・クライバー盤を聴いてもそうだったし、7番を聞きたくて入手した、7番とのカップリングの4番も、相当種聴いてきたが、心にガツンとくるものがなかったため、ベートーヴェンの中では、もっとも下位に位置づけてしまうことになっていた。

そんな経緯があって本日、奇異な演奏をすると評判のケーゲル盤であれば、今までと違う何かが発見できるかもしれない、そんな淡い期待を抱きながら聴いてみた。

ケーゲルの3.5.6.7.9番は、今までにすでに聴いてきたが、避けてきたため4番8番はこれが初めてだ。

出だしの低弦部のピチカートの、不気味な響きにまずは驚き、続く最1Vnが殆ど運命の動機のようなリズムを伴って、クレッシェンドしていくところは、これから始まる物語を強く暗示するかのようだ。

弦パートそれぞれによって、高から低へと下降してゆくと、次にはすぐに弦の上昇がみられ、第1主題に発展するが、そのストーリーの緊張感は、只者ではないケーゲルを予感させるに十分だ。

重々しく地の底から湧き出るような出だしが象徴するように、ケーゲルのテンポと間の取り方は、4番の言いたいことは、運命と類似しているのでは・・・と推察するのに十分であるし、4番と運命が持つかなりの接点…いわば兄弟姉妹のような近親関係が強い作品であることの理解をもたらしてくれる。

静と動、緩急、粗さと緻密さ、甘さと辛辣さ、などなど、いわば相反するような諸象を、通常は楽章ごとに顕著に表出し、変化をつけていくことが多いが、4番はそれらを楽章内で表現することに長けた音楽であると、小生は思うようになった。

リズムの変化が顕著な音楽として、7番を挙げる人が多いが、それは楽章間にその変化点が置かれており、大概の音楽はそうである。

ケーゲルは、楽章内のさまざまな変化点を、すごく重視するから、あらゆるテクニックをしのばせる。

流れる音楽の強調ポイント・・一応アクセントと言っておく、そのアクセントの位置を自在に変化させ、あるタイミングでは後ろに、ある時は前に意識して指示することで、楽章内の変化を、より際立たせる。

そのせいで音楽が非常にヴィヴィッドに聞こえる効果を生むことになった。

そしてリズムの刻み・・・楽譜には恐らく無いであろう箇所のスタッカートを、かなり頻繁に入れていることも、音楽をよりリアルに響かせるための、ケーゲル独自の工夫と見た。

さらに通常は聞こえない音がたくさん聞こえてくる、ふつうは内声部を強めに出すことで、そういう効果を生むことが多いのだが、ケーゲルの場合は強めに出すのではなく、違う音符を弾かせることがかなり頻繁にみられるように小生は聴いた。

平たく言えば、時にしてはスケスケで伽藍としたところに、差し掛かることがあるベートーヴェンの音楽の弱点を補うかのように、新たな音を挿入しているように聞こえるのだ。

たとえば正規の楽譜通りの演奏だと、第2Vnが活躍する場がなく、そのことが音楽自体を薄っぺらくし、結果それまで培ってきた音楽の厚みを失くしてしまうことがある。

このことはベートーヴェンを聴くとき、小生はたまに体験することで、なんでここでオケの音量を急に少なくしてしまうのだろう、そんな疑問を持ったことは少なくない。

おそらくケーゲルはそのことを補完するために、正規の楽譜には存在しない音符を入れ込んで演奏させている・・・・小生にはそのように聞こえる。

さらにケーゲルの・・・多分お得意だと小生は睨んでいるのだが、PPからFFの変化の急峻さ、そしてそれは、いつも聞こえてくる演奏時間軸の、ほんの少しの一歩手前で実施しているようで、この点は音楽を躍動感溢れさすための、ケーゲル独自のそして重要なテクニックであろう。

アゴーギグという言葉は、それらのことを指すのかもしれないし、解釈とはベートーヴェンが表現したかったものを類推し、それを音響に変化させることといえるであろう。

ケーゲルの演奏では、そのことがかなりハッキリとした自己主張を伴って見えてくる。

小生が4番を聴いて、これまでの聴こえ方とは、かなり異なるものが聞こえてきたことに、ケーゲル演奏の、小生にとっての付加価値を、初めて実感することとなった。

ただ1つだけ惜しむらくは、第1楽章後半フルートソロの後、弦楽器が追いかけて、第2主題を奏でるか所。

前打音を入れない処理をしているが、ここは前打音を入れたほうが曲想にあっている。

・・・しかしケーゲルの描く4番の曲想は、常人とはかなり異なるから、前打音なしでやるのも仕方ないのかもしれない。

推測するに、それ以前のパートの別のところでは、前打音を追加して弾かせているから、この部分では前打音なしで行くことにしたのかも知れない。

細かいことにこだわるようだが、この一つの前打音の有無で、音楽の感じが相当異なってくる。
だから音楽は不思議なのだ。
小生はコンヴィチュニー盤で慣れてきたから、前打音賛同者である。

相棒のドレスデンフィルを、小生はケーゲルで初めて接することとなったが、このオケの技量大したものがある。

かの有名なシュターツカペレドレスデンとの関係の有無は、はっきりしないが、SKD相当の実力で、バンベルク交響楽団あたりにも匹敵するし、音の印象は似通っている。

弦の滑らかな表現力は、特筆されるべきことだし、グリッサンドが多い4番においては、弦のうまさが特に引き立っているし、ヴァイオリンの3連符の処理の仕方にはハッとするものがある。

そして4番では金管がフライイング気味に出てしまう箇所が散見されるが、これも勢い余ってのこと。

そういうミスの存在が彷彿とするもの、それは出てくる音楽のように、ケーゲルの指揮ぶりの尋常ならざる姿が、目に浮かぶようだ。

楽譜はブライトコップフを基本に、ダルセーニョをきちんとやっているが、聴こえる音が通常のものとはかなり異なるのは、この時代のベーレンライター版使用はあり得ないから、おそらく楽譜を自分流にかなり改訂したことによるのではないだろうか。

ティンパニーの音の追加補強に見られるように、とくに低音部の増強の跡がうかがえる。

全般的にアクセントが強めで、スタッカートを付加した表現がどこかしこにみられる。
しかしながら、音楽がスムーズに流れるのは、巧みなシンコペーションの力によるところが大きいと小生は見た。

「2人の巨人に挟まれた女神」と、シューマンは4番を例えたらしいが、ケーゲルの4番には「女神」なんかは決して居ない。

ケーゲルの4番、そこ見えるのは、ベートーヴェンに常に内在したであろう、葛藤と苦悩であり、ケーゲルの演奏で歓喜を見ることは決してない。

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by noanoa1970 | 2011-01-19 16:31 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

雪は降り積もる

昨日は約15~20cmだった雪は、夜中中断続的に降り積もり、先ほど外に出ると、なんと30㎝近くになっていた。

三重県北部のいなべ市、桑名市の北部でさえ、40cmの予報が出ているから、さらに北の上石津、関ヶ原方面ではものすごい積雪であろう。

いつも見るBS放送が見えないので、2階のベランダに設置してあるパラボラアンテナの雪を取り払いに行った。

ベランダはスリッパではいけないほど雪が積もっていて、アンテナまで届かないから、デッキブラシを取りに行って雪を払った。

しかしその甲斐なくアンテナレベルは19から21しかない。
時々22に復帰するのだが、まともな映像は送られてこずに写真のように、抽象絵画のようなディスプレイとなる時があるばかり。

映像があまりにも面白いので、思わず写真を撮った。

こういうのを、「怪我の功名」というのか、いや「人間万事塞翁が馬」のほうが適当だろう待てよ、「災い転じて福となす」のほうがこの場合あってるようにも思う。

ところで「人間万事塞翁が馬」の人間とは、「にんげん」の意味とばかり思っていたのだけれど
じんかん」と読み、世間という意味を表すということを知ることとなった。

BSが映らないことで、こんな知識が身についたというわけだ。

ちなみに、BSアンテナ感度不良が作ったハプニングアートはこれ。
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by noanoa1970 | 2011-01-17 08:41 | 季節の栞 | Comments(0)

平地桑名でも大雪

昨夜からの雪は、我が町桑名で約15㎝積もった。

三重県でも最北部に近く、鈴鹿山系のふもとに位置したところだから、時折大雪となることがある。

JR,近鉄の駅まで行くには、長い坂を通行しなくてはならないから、こんな雪の日は、必ず立ち往生する車が出て、道路が渋滞してしまう。

小生はここに引っ越してきたその年の冬、そんな光景を目の当たりにし、それで乗用車を4輪駆動車にチェンジして以来25年たつが、おかげさまで雪の弊害に遭遇したことはない。

少し前までは雪が降り積もる中、わざわざ車を出して、より雪深い場所に行ったものだ。

誰も走ってない山間の道路で、雪の中朝早く鹿に遭遇したり、サルが集団で餌を探しているところに出くわしたこともあった。

もしシバが生きていれば、こんな雪の積もる日も、必ず散歩に行ったものだが、シバがいなくなってからというもの、散歩に行くことがなくなった。

こんな雪の日には一人だけでは、歩く気がしないのである。
そういえばシバは、初めて見る雪に最初は手間取った様子だったが、少し慣れると、雪は食べることができると、学習したようだった。

そんなシバの思い出が脳裏をかすめるが、本日は家の前に出て、写真を撮るのが精いっぱい。
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by noanoa1970 | 2011-01-16 15:35 | 季節の栞 | Comments(4)

チャイ4、コンヴィチュニーの度肝を抜く演奏

「ドイツ系指揮者によるチャイコフスキー」と題したブログ記事を書いたのは、2008年11月のことだった。

読み返してみると、最終文章に「・・・続く」と書いているが、それから今日までその続きらしい記事を書いたことはない。

続けようと思っていたのだが、それを忘れてしまっていたというわけだ。

懐かしきレオポルド・ルートビッヒのチャイコ5番、6番のCD復刻も入手し聞いてはいるが、ドイツ系の指揮者のチャイコフスキーという括りで、まず挙げておかずにはいられない、チョットすごい演奏がある。

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それはコンヴィチュニー1961年3月の、ライブ録音による、チャイコフスキーの4番の交響曲だ。

ちょうど来日の1か月前の録音で、ゲヴァントハウス管ではなく、シュターツカペレ・ベルリン響との演奏である。

オイストラッフとのVn協奏曲は有名だが、チャイコフスキーの交響曲があることはほとんど知られてないようで、ヴォイトブリックが2000年に発売した物の中に収録されていた。

小生はすでに5番の交響曲のLPを所有しており、聴いてきたが、多分世界初出となる4番を聴いて、あまりにもの音楽の圧倒的な凄まじさに仰天してしまった。

チャイコフスキーを、ほかの有名作曲家ほど色々な演奏で聴いているわけではないのだが、そして小生の大ファンであるからというわけではないが、その加点を差し引いても、この演奏は物凄い。

一心不乱の演奏の様子や出てくる音に対し、オケが燃焼しているという表現を使うことがままあるが、この録音を聴くと、まさにそのことがピタリとあてはまる。

来日の1月前そして亡くなる1年前のライブ録音で、コンヴィチュニーがチャイコヅスキーを演奏したこと、そしてこのような凄まじい限りの、卑近な言葉だが、全身全霊を傾けた演奏だ・・と形容しても決して恥ずかしくない。

同じ年1960.10.8、ゲヴァントハウス管とのコンサートでの運命も、渾身の演奏だった。

亡くなる1年未満の時期の演奏が、それまでとは比較にならぬほどの凄まじさや悲壮感に近い何かを感じさせるから、コンヴィチュニーは、やがて来るそんなに遠くない自分の死を予感していたのではないかと、つい思ってしまうほど。

もっともコンウイスキーと揶揄されるように、晩年はほとんどアル中状態だったというから、死の意識は少なからずあったのかもしれない。

文献もないので事実が不明なのだが、そしてコンヴィチュニーのアル中とは、因果関係があるとはいえないが、共産圏におけるさまざまな軋轢が存在したことは多分確かなことだろう。

ショスタコーヴィッチの10番11番を、曲完成直後に演奏したことも、何か怪しい臭いがする。

結果は素晴らしく喜ばしいのだが、あの時期に、決してコンヴィチュニー得意のレパートリーとは言えない、チャイコフスキーを演ったのは、政治的胡散臭さが見え隠れする出来事だったのかもしれない。

それともコンヴィチュニーが、自ら進んでチャイコフスキー演奏に、取り組もうとした結果なのか。
そうあってほしいが、残された録音が4番5番のみと少なすぎる。

今後他のチャイコフスキーの楽曲が発掘されれば、また変わってくるのだろうと思うが。

数年前ソ連所有の音源から、ギレリスとのピアノ協奏曲が世の中に出たから、ひょっとするとロシアには、知られざるコンヴィチュニーの音源が残っているかもしれない。

中でもとりわけ6番の交響曲「悲愴」は、コンヴィチュニーと似合いの曲に思えるし、ゲヴァントハウスのオケトーンとも相性が良いように思われる。

4番、5番と録音し、6番だけ未録音というのは考えにくいので、期待しないで待つことにする。

4番は楽曲そのものが、静と動の変化の激しいそして運命の動機をふんだんに使用した、わかりやすくそして迫力ある曲だ。

また随所に日本人好みの、美しく優しく郷愁にあふれるロシアの民謡を使用しているから、ドイツ音楽中心に育った聞き手には、お涙ちょうだいの甘ったるくて、神経に触ってしまうから、毛嫌いする人もいるが、チャイコフリークは少なからず存在するようだ。

4番の交響曲もご多分に漏れず、これでもかこれでもかとばかり、しつこいところがあるのだが、小生はコンヴィチュニー盤で聴く限り、常に次に出てくる音を待つ…そんな状態であった。

チャイコフスキーの音楽に対する、マイナス評価を払しょくすることが可能な演奏は、6番では散見するが、こと4番となるとそれに該当する演奏、今まで言われたこともないし、聴いたこともなかった。

もしチャイコフスキーの概念を変えた演奏という括りで挙げるとすれば、その筆頭はコンヴィチュニーであると小生は思っている。

ただし、コンヴィチュニーをドイツ的な、そしてドイツ的なチャイコフスキー演奏スタイルかというと、そんなことは決してなく、「爆発する客観性・沈着な主観性」の音楽である…そう言っておきたい。

このような、内包されたチャイコフスキーの音楽的精神性の具現化の1つの方法がそこに存在し、チャイコフスキーの嘆き怒り喜び苦悩葛藤の叫びという、言葉では表しきれない情念の発露を、客観的に表現するときと主観的に表現する、そのタイミングを自在に操れる。

コンヴィチュニーの演奏には、それを強く感じることができるのだ。

当然この楽曲が持つダイナミクスの表現にも、思いのほかの力を注いでおり、4楽章ゲネラルパウゼ・・・(小生昔ははここで音楽が終わるものだと思っていた)の直後のFFFは、凄まじい音で展開され、スピーカーのツイーターが飛びそうなほどである。

モノラル録音だから仕方がないが、この時期にはステレオ録音が可能だったはずだから、この録音がもしステレオで残されたなら、いわゆる名盤とされたくさんの人に聞かれたことだろう。

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by noanoa1970 | 2011-01-16 11:44 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)