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007を知らなかった?某コメンテーター

以前Mixiの「つぶやき」に、某ジャーナリストで、あらゆる局のTV番組に出演しているコメンテーター「大○昭○」の、「シーハー」と云う息継ぎの音が余りにもひどいことを、やむを得ず書いたことがあったが、相変わらず今現在も治ってない。

個人の名誉やプライドもあるだろうが、視聴者のことを考え、TV局側でもう少しアドバイスしてあげればいのにと、何時も思って観ている。

最近は気になりすぎて、彼のコメントさえ、白々しくなってくる。
と云うのは、情報番組のコメントをしながら、TVを通して流される自分の姿かたちがサッパリ分かってない人間に思えるからだ。
こんなものはVTRを見れば、自分でも気がつくことなのに…
如何に癖とはいえ、公共の電波でやってしまえるものではないことを知るべきだし、少し訓練して直すべきだろう。
プロとしてTV出演する人間の、最低のマナーである。

さて本日も某コメンテーターの話。

普段、さも知識人らしく、また正統的リベラルの騎手としての発言で活躍。
ジャーナリストで、朝の情報番組のコメンテーターとして出演している某「T越」氏。

最近の番組中のこと。
話題はイギリス情報局だったか、あるいは「ヤン・フレミング」であったか、ハッキリは覚えてないが、情報番組で今はやりのパネルをつかっての説明の際のこと。

「MI6」と大きく書かれた、其のパネルの中の文字に反応した某ジャーナリストでコメンテーターが、「エム16ね・・・」と云ったのを、小生は聞きのがさなかった。

映画「007」あるいはヤン・フレミングの小説を読んだことがあれば、それが「エムアイシックス」であることは常識的なこと。

この某ジャーナリストでコメンテーターの某、映画も小説も観たり読んだりしたことがないのかと、そしてさもそれについて知っているようなそぶりで「エム16」ね・・・と云うのだから唖然としてしまった。

説明のアナウンサーは、気を使ったのだろう、「エム16」でなくて「エムアイシックス」ですよとは言わずに其の場が過ぎたが、某ジャーナリストは、ごく小さな聞えないくらいの声で、「エムアイシックス」か・・・と云ったのをマイクは拾ったのだ」。

生番組はこういうところが怖くて面白い。

なんでも知っている風に何時もふるまっていると、こうしたことに対して自ら逃げ場を失ってしまうことを彼ははじめて知ったのではないだろうか。
あるいは、エンターテインメントの世界のことだから知らなくて当然とばかり、開き直ったのか。

番組の話題について、事前に下調べしておくぐらいの努力も望まれるが・・・
一種の手抜としか言いようがないし、それはきっと知見を過信し過ぎているからなのだろう。

それにしても「007」、一作も観てないと推測されるが、冷戦下のヨーロッパの・・・イギリスとソ連の情報戦のことを勉強するについても、この映画やオリジナル「フレミング」の小説は有効とおもわれるが・・・・

by noanoa1970 | 2010-09-29 07:43 | トピックス | Comments(2)

ドンピシャ

最近TVCMで流れる曲。

「車はあくまでも、快適に暮らす道具」
「車に乗らないと、いけないわけではないぜイェーツ」

一体だれが歌っているのか、覚えやすいメロディラインに、快適なスタンダードロック風リズム。

最初は車に乗った女の子が、カーラジオから流れる曲に合わせて、運転中に唄っていたが、ごく最近は…たぶんオリジナルとおもうが、男性のバンドガ唄っているものが、かつてよりも長く流れるようになった。

そうするうちにどういうわけだろか、この歌が小生の壺にはまるようになってきて、気になりはじめ、唄い手を推理するが、たった1つを除き、とんと推理は進まなかった。

遠い昔何処かで聴いていた曲になんとなく似ている。

あれはビートルズ。

ビートルズのエキスをうまいこと使って曲を作るのは、あの男しかいない。

小生は彼自信の曲を聴いているわけではないのだが、彼を知ることとなった、「パフィー」のプロデュースでも、ビートルズ風の曲に終始していたし、井上陽水との「ありがとう」では60年代ポップスのエキスを巧みに取り入れた曲になっていた感がある。

要するに、珍しくも、我々団塊の世代にも受け入れられやすい楽曲を提供する、ミュージシャンだということにほかならない。

・・・・多分「奥田民生」ではないだろうかと、当たりをつけ、先ほどネットで調べてみると、予想はドンピシャ。

おまけに、曲名までもが、ビートルズ「And I Love her 」をもじった「And I Love Car 」というからまいってしまい、おもわず笑ってしまった。

TVCMで流れる歌中で唯一分からなかった歌詞が、こんなにも愛してるよ、And I Love Car
一体何を言っているのか、日本語だと思っていたから、何度聞く機会があっても、さっぱりわからなかったが、この部分だけ英語だったことが判明。

そしてそれが楽曲のタイトルであったとは・・・

そして、車の損保CMであることすら覚えていなかったが、曲は耳に残っているから、なんとも不思議だ。

しかし、この歌詞の謎がわかった今、そしておまけに作者の推理がドンピシャで当った今、この楽曲の興味が途端に萎えてきてしまったのは、何だか淋しい気もする。

余談だが、奥田民生の作曲方法、おもにビートルズのリズムや和声、60年代アメリカンポップスのエキスをコンピューターに入力し、それを組み合わせて楽曲にしているように思ってしまうが、どうなんだろう。

そうはいいながら、楽曲から作者が推理できるということは、裏を返せばそれも「個性」と云えるのかも。

by noanoa1970 | 2010-09-28 11:55 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

いまではスッカリ・・・・

その様な面影は、多分ないように、自分自身でも思うところが多いのだが、たいそう気を使う幼児であったと、記憶をしていることがある。

その頃の近所付き合いでは、たとえば、自分の子供が悪くなくても、悪いことにして誤る・・・そんな方便が一般的のようであった。
少なくとも、小生の生活していた地方の一集落においてであるが。

そして、そういう日常の毎日が、「そうすることが良いことなんだ」「そうすることで丸く収まる」という、事なかれ主義的考え方に、反抗する気持ちはあったが、逆の立場をも垣間見ることで、割り切れぬ納得をしていたようだった。

まだ温度が熱い銭湯の湯船の淵に腰をかけて、温度が低くなるのを待っていた時、遅れてやってきた近所の友達が、挨拶代わりに、小生のおでこをつついたあおりをくらい、まだ熱い湯船にまっさかさまに落ち、御湯を大量に飲みながらも、近所のおばさんに両足を持たれひっぱりあげられた時にも、えあ類のは湯船の淵に座っていた小生だと、母親から言われたことがあった。

そんな生活における、方便的思考が身についてしまったのか、かなり気を使う幼児へと、小生はなっていって、それは両親に対してでも、一時期はそうであった。


小学一年生か、もう少し小さい頃のこと。

朝食は、真中が火鉢が置けるようになっていて、普段は蓋が閉まる、丸いテーブルでとるのだが、母親は一段低い炊事場で、まだ家事の最中。

テーブルには父親と小生が向かい合って食事をし始めた。

その頃、生玉子は貴重品で、おまけに高価であったから今のように毎日食べることがかなわなく、一週間に1~2度くらいしか食卓に出ててこなかった。

卵が必用な時には、鶏をを飼っている辻本さんと云う、近所の家に五〇円持って3個買って来るのだった。

その朝もそうして食卓には卵がならんだ。

父親は、味の素と醤油を加えて、丁寧に丁寧に卵を溶き、熱いご飯の上に卵をかけて、そしてさらに念入りにご飯と卵を、これでもかというほど混ぜてから食した。

そんな、卵という非日常な食べ物の扱い方をしならい小生は、父親の一挙一動を注意ぶかく見守ったのであった。

すると、父親は残りの卵を全部掛けて2敗目を食し、さらに卵の器に少しご飯を入れて、残りの卵をすべて掬い取るようにして、食べたのであった。

小生はそれを見て、器に少し残っている卵は、その様にして食べるのかを知り、自分ではそうしないで、黙ってその器を父親に渡したのだ。

それは父親の満足げな顔が何だか嬉しくなったからであった。

しかし、器を受け取った父親は中を見て「なんだ、何もないじゃないか・・・」そうぶっきらぼうに云ったのだった。

喜んでもらえる・・・そう勝手に思っていた小生は、その時抑えられなくなってボロボロと涙を流したが、多分父親はなぜ泣いているかを知る由もなかったことだろう。

小生は絶対に卵とご飯を完全には混ぜないし、カレーライスを食べる時でさえ、ご飯とカレールーをまぜない。
そして「味の素」を絶対に使用しない。


もう一つの思い出話があって・・・・

それは小生の叔父が遊びに来た時のことである。
叔父は煙草を吸う人間で、小生はいやだったが、その叔父に抱っこされて、高い高いを遣ってもらった。

くわえ煙草のままだったから、何かの拍子に小生の腕に煙草の火が接着し、思わず悲鳴をあげてしまった。

驚いて小生を下におろした叔父と、周辺の人間に対して小生が云った言葉は・・・

「蜂に刺された・・・」であった。

もちろんこのことは、小生のためにと「たかいたかい」をして遊んでくれようとした叔父に対しての気遣いと、その叔父がくわえ煙草で子供を火傷させたという周囲の目から叔父をまもってあげるためであった。

多分水ぶくれができていたと思うから、火傷のあとだと気がつくであろうが、「蜂に刺された」ということになって、其の場が終わった。

もっとも、あしなが蜂あたりは、家の中まで新入することがあって、その光景を見て知っていたから、煙草の火とは分かってながら、とっさに蜂の性にしたのだが。

今思うに、実に子どもらしからぬ気使いをする子どもだったか。
今では其の真反対になった自分の存在に、遠い幼年時代がなつかしく思えるのであった。

by noanoa1970 | 2010-09-21 12:29 | 歴史 | Comments(2)

Françaises Libresド・ゴールとチャーチル・・・「ナチスドイツ フランス侵攻の30日」

ド・ゴールとチャーチル・・・「ナチスドイツ フランス侵攻の30日」が放映され、久しぶりにくぎ付けとなって最後まで観てしまった。

歴史は嫌いなほうではないが、ヨーロッパ戦線については、フランス西部戦線が舞台の「コンバット」あるいは、イタリア戦線を舞台にした米国陸軍のTV番組「ギャラントメン」でしか、其の知識がないのが実状だ。

しかしこれらは、いずれも戦時の兵士の日常を描いたものだから、大局的な動きは残念ながら伝わってこなかったし、時代背景はすこし後の米国参戦以後のことである。

それで小生、恥ずかしながら、今の今まで・・・特に「パリ陥落」に象徴される、ナチスドイツ・・・ヒトラーのヨーロッパ支配の実状を知らずにいたのだ。
そして、それに伴うフランスレジスタンス運動の原点がうかがい知れるのではと、大変矯味を抱いた次第。

ヴィシー政権ペダンとの確執、そしてイギリス亡命。
イギリスBBC放送を使用した徹底抗戦プロパガンダ。
チャーチルとの政治的信頼関係。

面白かったのは、イギリス・フランス連合国の成立を図るところで、こんなことが秘密裏に行われていたという事実であった。

観ながら思い出したのが、高校の古典の女先生が語った言葉。
「ルーズベルトのベルトが切れて、チャーチル散る散る首が散る・・・・」
戦時中女学生だったという、古典の臨時教員は、当時だれもがこんな歌を口遊んだというのであった。

その女先生、凡河内 躬恒(おおしこうち の みつね)の発音が、(おおしこうち みつね)とは聞こえなくて、(おおしこうち のみつね)・・・「のみつね」と聞える発音だったから、小生かなり長い間「のみつね」とおもっていたのだ。

漢字を見たが「のみつね」と呼んでもおかしくないと思っていたから、まさか出所を表す「の」だとは創造だにしなかったのである。

以前の古典の先生は、小生の名字を間違えることなく、正しく発音した・・・生涯で唯一の人物であったから、そしてその出典が万葉集からだと云ったから、尊敬の念を抱いていたのだが。

古典の代理教師の老女先生は、これと云って面白くも何ともなかったが、女学校時代に口遊んだという「チャーチル散る散る・・・」だけが印象的であった。

ネットで調べると、やはりその歌は実際に唄われたらしく、「ルーズベルトのベルトが切れて、チャーチル散る散る国が散る、出て来いミニッツ、マッカーサー」とつづくのだそうだ。

そしてそのメロディーは、「ツーレロ節」=「シャンランぶし」だったという説もあった。


話しはずいぶんそれてしまったが、放送の中のチャーチルが、吉田茂とよく似ていること、それが風貌と政治姿勢とリーダーシップのすべてにおいてであることに気がついた。

有事の際、我が国のTOPはどのように決断し、国民を導いていけるのだろうか・・・かなり不安にさせられることに、なってしまった。

by noanoa1970 | 2010-09-21 11:34 | 歴史 | Comments(0)

誤使用の典型か

以前、なになに「を得ない」を、「おえない」という人の多いことについてブログで触れたことがある。

かなり有名な、いわゆる「知識人」と世間では称される人も、最近のマスコミ関係者・・特にアナウンサーまでもが、「おえない」と、平気で言うのには大いに参ってしまう。

小生のような偏屈物は、この言葉の正しい発音をするか否かで、其の人の見識を図ってしまうことが多いのだが、ガッカリすることが多い。

さて本日は、前々から気になっていたことだが、ある切っ掛けがあって、よみがえってきたので書きしたためておくことにした。

それがfutureとfeature。

音楽関係のブログなどで、この言葉の・・多分混同的使用・・・が時々見受けらっれるのである。

「誰誰をフューチャー:futureして」…云々。
耳からの言語使用の盲点であろうが、云うまでもなく正しくはフィーチャー:feature。

フューチャー:futureは、「未来の,将来の; 来世の.」という意味合いであるから、特徴づけることや、ハイライトすることを意味するのは、フィーチャー:featureして(する)・・・である。

この言葉の誤使用も、なになに「を得ない」同様、かなり多く見受けられる。

by noanoa1970 | 2010-09-17 10:05 | トピックス | Comments(2)

夏は死にゆく庭の夢の中で驚き疲れそして微笑する

9月もすでに第1週を過ぎるのに、相変わらず暑い。
もうこれは「残暑」などと呼べるようなものではない。

それでも一昨日あたりから、明け方にはかなり涼しくなって、目が覚め、肌掛けを掛けなおすこともある。

この夏集中して聴いてきた、ブルックナーも、クナッパーツブッシュの1951年1月8日、ベルリンのタイタニアパラストで、ベルリンフィルと録音された8番を、ARCHIPELから発売のリマスター盤で聴いて、コンヴィチュニー盤と双璧をなすことを、改めて認識した。

9月に入って、この月ににちなんだ音楽をと、あれこれ探すも、「セプテンバーソング」が頭に浮かぶばかり。
そしてそれが、「ヴィクター・ヤング」の作品ではなく、なんと「クルト・ヴァイル」であったことを知った。

先程CDの収納棚を物色していると、セルとシュバルツコップのR・シュトラウスの「4つの最後の歌」を見つけたので、何時も聴いている、カラヤンとヤノヴィッツとの表現の違いを確かめるべく、聴いてみることにした。

ちょうど「9月」という曲目もあるし、最近夕方の散歩のときに、見ることができるようになった「夕焼け」・・・「夕映え」は、4つの最後の歌の中でも、小生が最も好んでいる曲である。

小生が生まれるちょうど3年前の1945年、ドイツではベルリン、ドレスデン、ライプツィヒ、ケムニッツ大空襲があって、小生の誕生日と同じ、3月12日には、ウィーン国立歌劇場も、わずか玄関を残すだけですべてが焼失してしまった。

80歳を過ぎたR・シュトラウスは、崩壊してゆくドイツを、どのような感慨を持ってみたのだろうか。

庭が悲しんでいる雨が花の中に冷たく沈む
夏は静かに待ち受ける終末に対して身震いする
       ・
       ・
ゆっくりと夏は気高くとても疲れた目を閉じる

ヘッセの詩に基づいて曲を書いたR・シュトラウスが、9月:「晩夏」を、ドイツの崩壊とダブらせて、イメージしたのかも知れない。

そして前曲「春」は、古き良き時代のドイツへの想いなのだろうか。

「眠りに就くとき」では、何もかもが失われ、無残に残された肉体が、ひたすら休息をもとめる様子らしきものが・・・

さらに、アイヒェンドルフの詩の「夕映えの中で」では、死を前にした今、かつての輝きを一瞬回想したように思える。

シュバルツコップの歌唱は、たしかにいいのだけれど、小生には、あの微妙なビブラート時の、少女の様な唄い回し・・・・可愛いすぎる感がある、それがシュバルツコップの特徴でもあるのだが、それゆえ、どうもこの曲には似合わないようで、おまけにセルの指揮ぶりとのマッチングは、さほど良くないようだ。
さらに、細かいことだが音程に、ややふらつきがあるのも惜しいところだ。

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したがってどうしても、小生は、ヤノヴィッツとカラヤン盤を、この曲の演奏の自分なりのベストとしたく、いまも聴き直しの最中である。

カラヤンのロマン主義的そして表現主義的なバックと、ヤノヴィッツのやや冷めたストレートな表現が相まって、オケのトーンと、特にヤノヴィッツの、高域音声の相性の妙を呈しているようだ。

この曲を初演した、フルトヴェングラーとフラグスタートの演奏も聴いてみたが、音質さえ気にしなければ、相当優れた演奏であろうが、やはり音質が悪すぎて、細かいニュアンスがつたわらない感があったのが残念だ。

by noanoa1970 | 2010-09-08 13:04 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

私には夢がある

マーチン・ルーサー・キング牧師の有名な演説I have a dream that one day even the state of Mississippi, a state sweltering with the heat of injustice, sweltering with the heat of oppression, will be transformed into an oasis of freedom and justice.

この文面と同じのぼりをTVで見た。
例の民主党の代表選で、「小沢」が街頭演説をしているシーンでのことだ。

「私には夢がある」という、青いのぼりをたてていた。

しかし、この文面がキング牧師の演説からの引用であることを、知る人間はそうはいないだろう。
それよりも・・・・

「僕には夢がある
希望がある・・・・」という保険会社のCM。

そのCMから・・・「そして持病がある」を連想する人は多いのではないか。

小沢には持病がある・・・と、飛躍して読んでしまう若者は多いかも知れない。

小沢選対本部は、このことを想像しなかったのだろうか。

それにしても、キング牧師と小沢は、その信条も哲学も全く似つかわしくない。
キング牧師の国家の基本理念は明確だが小沢は・・・。

小沢の夢とは一体何なのだろうか。

ぜひともハッキリ語っていただきたい。

by noanoa1970 | 2010-09-07 15:50 | トピックス | Comments(0)

最近のブルーレイHDレコーダーは凄い

3年ほど前、それまで使用していた「東芝」製のブラウン管TVが壊れ、しかたなく小さな液晶TVを、我慢しながら見る日々が続いていた。

しかし、もうすぐアナログが終了するとのことで、去年東芝製の「レグザ」を購入した。
其の時、HDレコーダー内蔵の機種を選択するつもりもあったのだが、「ブルーレイ」の影がチラつき、躊躇して断念した。

東芝はブルーレイに対応するレコーダーを製造していなかったが、いずれは対応機種が出る・・・そう踏んだからというのもあったし、元来TV番組を録画して愉しむ趣味は持ち合わせてはいなかった殻というのもあった。

しかし、時々放映される、バイロイト音楽祭の「指輪」全曲などのオペラを中心とする音楽番組は例外であった。

また、2003年には、小津安二郎の映画をすべてろくがしたこともあった。

しかしS-VHSを使用したビデオ録画では、必用なテープの時間配分や、録画予約の手間などが、相当あって、手間とコストと失敗のリスクが常にあり、完璧には録画出来ないことも多かったと記憶する。

それでも、いままでの歴史の中で蓄えた相当数のテープで、かなり愉しんできたのだが、不慮の事故によって、たとえば1992年バレンボイムの「パルジファル」のテープは、機械内部で引っかかって、途中で切れてしまい、見ることができなくなったし、テープの劣化だろうか、ゆがみが出て、映像が乱れたり、音声が途切れたりすることも、ママある。

これはテープを介在する録画機械の宿命だから、いたしかたないが、せっかくの貴重な映像が台なしになってしまう。

しかしながら、費用もなく、また東芝製のブルーレイレコーダーも発売されないから、いまのいままで我慢・・・というか、なければなくても済むから、つよい欲求もないまま過してきたのだった。

そうしているうち、息子が帰ってきて、突然、「ブルーレイ・HDレコーダー」設置しようか・・・そう云うのだった。

東芝からブルーレイ対応レコーダーガ、それに大容量のHDを積んだ機種が安価ででているという。

それで、すぐさま近くの大型電気店に向かうと、すぐに目当ての機種入手のダンドリとなった。





どうも息子のプレゼントのようで、この際それに甘えることにして我が家に来たのが、D-B1005Kという機種。
なんと、1000GBのHDを積んでおり、そして東芝製だからレグザリンクOK。
1000GBとは1TBだから、これは凄い。

長時間モードで508時間、超高画質録画でも127時間録画可能だそうで、これならば、「指輪」も難なく録画可能だ。予約も、番組表から選択し、ⅠプッシュでOKだし、録画したものを検索するのも1タッチだ。
これは予想もしなかったことだが、ビデオテープデッキの操作性とは比較にならないほど便利だ。

誰でも至極簡単に録画予約可能だから、家族全員が使用出来る。

小生には、いまのところ必要のないWチューナーまでついているから、家族が多くて競合になることもない。
こんな化け物のようなレコーダーが、5~6万で購入可能なのだから、小生が使用しているSーVHSデッキの20数万と比較しても、そのコストパフオーマンスは絶大だ。

しかし、こんなに簡単だと必要のないものまで録画予約しそうで、しかもそれを見る時間のことを考えると、総統怖いことになる。

バイロイト音楽祭の「ワルキューレ」のライヴ放映後だったから、残念なことだったが、今後の危険な楽しみがやってきてしまった感がある。

ともかく、息子に感謝しておかねばなるまい。

by noanoa1970 | 2010-09-06 12:16 | オーディオ | Comments(0)

堕ちたクラシックファン

ニュースによると、以下の通り。

横領した金銭を、すべてCD購入に、あてていたとしたら、相当の保有枚数になるだろう。
しかしこの男、横領した金銭で買ったCDで、音楽が楽しく聴けたのだろうか?

もしかしたら、クラシックCD購入でなく、誰にも言えないような目的に使ったのでは・・・


「名古屋、小学校の元事務長を逮捕 12万円横領容疑
 愛知県警中署は1日、小学校の公金約12万円を着服したとして業務上横領の疑いで、名古屋市立汐路小学校の元事務長増田節雄容疑者(60)=名古屋市昭和区川名町=を逮捕した。  中署によると、増田容疑者は「クラシックCDの購入費用が欲しかった」と供述。市教育委員会は約239万円を着服したとして告訴しており、同署が調べている。  逮捕容疑は2009年4月から8月にかけ、汐路小の銀行口座から数回にわたり、市教育委員会から交付された前渡し金約12万円を引き出し、着服した疑い。」… [記事全文]
2010/09/01 19:16 【共同通信】

by noanoa1970 | 2010-09-03 06:47 | トピックス | Comments(4)