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梅雨の間の夕焼け

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ふと後ろを振り返ると、
そこには夕焼けがありました。
本当に何年ぶりのこと、
そこには夕焼けが、ありました。・・・・



昨日墓参りに行った帰り道。

名神高速道路、小牧I・Cあたりの夕焼け。

この季節の夕焼けは珍しい。

思わず、友部正人の「一本道」が浮かんで、リフレインした。



by noanoa1970 | 2010-06-30 14:47 | 季節の栞 | Comments(0)

いくつかの場面

友人がプロデュースした「河島英五セルフ&カヴァー」アルバムは、非常に良い出来だった。

その中で、小生は「沢田研二」が歌った「いくつかの場面」が、特に忘れられない衝撃であった。
1975年のアルバムからのチョイスとあったので、youtubeで調べると、その音源があった。


いくつかの場面
作曲:河島英五
作詞:河島英五

いくつかの場面があった
まぶたを閉じれば
喜びにぐしゃぐしゃになった
あの頃 あの顔
淋しさに ふるえていた あの娘
いかりに 顔をひきつらせ
去っていったあいつ
泣きながら だきあっていた
あの人とのことを

まぶたを閉じれば
数々の想い出が胸をあつくよぎる
そしていつも心をはなれない
いく人かの人達がいた
できるなら もう一度
僕の回りに集ってきて
やさしく 肩たたきあい
抱きしめてほしい

いくつかの場面があった
まぶたを閉じれば
いつも何かが 歌うことを支え
歌うことが何かを支えた
野次と罵声の中で
司会者に呼びもどされた
にがい想い出のある町
有頂点になって歌ったあの町
別れの夜に歌った淋しいあの歌

まぶたを閉じれば
数々の想い出が胸をあつくよぎる
そしていつも心をはなれない
いく人かの人達がいた
できるなら もう一度
僕の回りに集ってきて
やさしく 肩たたきあい
抱きしめてほしい


沢田が感涙に咽ぶように歌っているからだ。

そして、その場面は以下の4分30秒あたりからを聞いてみると、よくわかる。



感涙に咽び歌うほどの、沢田の胸を居来したものはいったい何であったのか。

沢田が活躍したGS「ザ・タイガース」は、「1971年の日本武道館コンサートを最後に解散。
その後1981年11月に同窓会と銘打って1983年までの間再結成した。」とあるから、この音源が録音された1975年には、当時日本の音楽界で一世を風靡し数々のダイヒットを飛ばしていたGS,その中でもダントツの人気を誇ったグループ「ザ・タイガース」は解散していた。

ソロとなった当時、そんな過去の甘く苦い思い出の数々が、この歌を歌うことで、蘇ったのだろうか。

それにしても、通常の・・・プロデュース側の感覚では、多分「瑕疵」として 別テークを採用のが普通と思える、この泣きの入った・・・(音楽的には難がある)ものを、採用する度量と、勇気には感心してしまう。

また沢田は、近年の同曲の歌唱においても、涙腺が緩むような歌い方をしているから、よほどこの歌には思い入れがあったのだろう。

河島オリジナルの後に、沢田ヴァージョンを続けて聞くと、「いつも何かが 歌うことを支え
歌うことが何かを支えた」の歌詞が語るように、2人のアーティストの、歌い手としての生きざまをも感じるようだ。

by noanoa1970 | 2010-06-16 13:10 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(2)

コンヴィチュニーについてわかった2.3のことがら

コンヴィチュニーとSKD(シュターツカペレドレスデン)の新世界、1959年ウイーンでのライブのCD(ニホンモニター株ドリームライフ発売)には、これまでにないほどの、丁寧な解説が記載されている。

コンヴィチュニーのプロフィールのコーナーでは、主コンヴィチュニーとゲヴァントハウス管弦楽団との親密な関係が理解でき、彼がいかに親分肌の人間指揮者であったかがわかる。
そして、来日時の様子・・特にかねてから言われてきた彼の深酒のエピソードの実態なども紹介された。

これはおそらくゲヴァントハウス管弦楽団でコンマスを務め、現在指揮者としても活躍する「カール・ポッセ氏」あたりの回想などからヒントを得たものだと推測するのだが、執筆は「吉岡豊紀氏」。

小生は10年ほど前に「クラシック招き猫」あるいは「クラシックCDコレクション」といったネット掲示板で、「吉岡伊豫守爛柯」という名前でHPを立ち上げ、ときどき掲示板にも投稿していたので、知っていた。
関西では知られたクラシック愛好家で、SPやLP初期の収集家でもある。

彼の文章で、小生が初めて知ったことが多くあったので、ここに書き留めておくことにした。
コンヴィチュニーについては、おざなりのプロフィールぐらいしか、今まで紹介されてこなかったから、こういう紹介は非常にありがたく、以前ボッセ氏の回想文が原語で書かれたものをスキャナーの翻訳ソフトで読んだのだが、10分の1ほどしかわからなかったが、コンヴィチュニーがパーティ好きで、楽団員を招いて飲み食いをよくさせていたことや、楽団員同士の喧嘩に、「お前たち、豚を食わせてやっただろう」といって」仲裁をしたことが何となくわかった。

さて
記述によると・・・・

コンヴィチュニーがゲヴァントハウス管弦楽団のカペルマイスターになる直前、ライプチッヒはヘルマン・シェルヒェンをゲヴァントハウス管の精指揮者に招へいする動きがあったらしい。
シェルヒェンは、住居を移すことを嫌がって、その結果コンヴィチュニーがマイスター指揮者として就任したらしい。

それ以前の1933年には、フライブルグ市立劇場のシェフとなり、ブルックナー音楽祭ではブルックナーの交響曲とミサ曲全曲を演奏した。(30歳ほどの若手でブルックナー全曲は凄い)。

1935年にはブルックナー8番とブラームスのP協奏曲で、ベルリンフィルデヴューをしたという。

・・・・・まだ続く

by noanoa1970 | 2010-06-13 06:24 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

河島英五セルフ&カヴァー

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大学時代のサークル、DRACの友人からCDが届いた。
彼のプロデュースということだ。

彼はSONYレコードに現在勤めていて、以前にも、彼の手がけたCDを聞かせておらったことがあった。

その時は、多くのレコード会社のプロデュースと同じような、「~ベスト」とか、「青春のポップス」のたぐいの、70年代80年代にレコード盤にて発売されたものを、寄せ集めてCDにしたものだったから、製作者の意図が、「手軽に聞ける」という以外には、これと言って思い当たるものがなく、それなら、今ではYOUTUBEあたりで、十分賄いがつくのでは・・などと思ってしまっていた。

しかし昨日届けられたCDは、そのタイトルが示す通り、河島が自ら歌ったものと、同曲をほかのアーティストが歌ったものを合わせて収録したアルバムである。

コンセプトはおそらく、河島英五トリビュートであると思われるが、本人オリジナルを加えた点が、従来のトリビュート作品とは決定的に異なっている。

こういうコンセプトCDで面白いことは、オリジナルが持つ普遍的な価値、そしてそこから湧き出てくる、いわば琴線に触れることが可能な瞬間が味わえることと、同時に、河島をトリビュートする歌い手たちが自ら、琴線に触れることで得られたその歌唱を、我々に、間接的かつ、有機的に伝えてくれることである。

二重の喜びと感動を我々に伝えてくれるというわけだ。

その意味で、このCD作品はかつてないほどの優秀企画であるといえる。

トリビュートしている面々は、ショウケン、ジュリー、堀内孝雄、小柳ルミ子、あのねのね、加藤登紀子、ちあきなおみ、矢代亜紀、三代目魚武濱田成夫、桑名正博、やしきたかじん、森田公一、中村雅俊、そして河嶋の残した子供たちである。

小生は個人的な趣味で、クラシック音楽を愛好している。
クラシック音楽の世界では同曲異演は、当たり前であり、「解釈」と言われるような、ごく些細な表現の変化を見出すことも楽しみの一つだ。

しかし非クラシックの世界では、同様のことがものすごく大きな表現の変化となって表れることが多い。

オリジナルから大きく逸脱してしまうものも少なくないが、このCDに収録されたそれぞれの歌い手は、編曲:アレンジこそかなり違うとはいえ、いずれもが河島をトリビュートし、そして河嶋の詩とメロディーとその奥にある何かを、強く表現していて、「彼らの表現による河島感」が、我々にかなりストレートに伝わってくる。

たとえば、沢田研二が歌う「いくつかの場面」の後半終了間際には、沢田が一瞬、感涙にむせぶような声を発しているかのように聞こえ、沢田の歌唱もさることながら、沢田を通して、河島の音楽的、いや「それ以上のなにか」という琴線に触れることができた。

本CDに収録された曲では、このような・・・一気に2枚のCDを通して聴いたが、思わず目頭が熱くなる瞬間が数回あったことを付け加えておく。

収録されたSONY以外のレコード会社所属のアーティストたちの、版権に絡む諸問題を、きりぬけて、このようなコンセプトアルバムを完成したことは、非常に素晴らしいことであり、こういうアルバムを制作し続けていくことが、現在のCD供給側の問題を解決してゆく1歩となることを、切に希望するものである。

このCDには、未発表音源「鰻谷」が収録されていて、これらの発掘や発売許可などなど、制作にあたり、社内外の交渉事も多かったと予見される。

友人によれば、
「カバーアーティストの所属レコード会社や事務所の許諾をとるのに時間がかかった。
何度も奈良(河島英五の奥さんがやっているカフェTEN.TEN.CAFEでいつも打ち合わせします。)に行き、相談したりして制作した企画です。一年かけてやっと完成しました。」
制作に1年・・・ベスト盤などはおそらく数か月で済むと思うから、かなりの労力を費やしたのだろうが、それだけにとても素晴らしいアルバムに仕上がった。

ブックレットも従来のものとは一線を画し、曲ごとに、河島の元マネージャー原久尚氏が、河島のエピソードや楽曲にまつわる知られざる情報を語っている点も見逃せない。

こういうアルバムが出せるということは、CD業界も捨てたものではなく、希望が見え隠れするようだ。

久々によいアルバムに巡り合うことができた。

Sony music 2010/05/19発売
通常価格¥3,200(税込)
CD/GT music/MHCL-1750

by noanoa1970 | 2010-06-12 12:48 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(6)

「新世界」超レア音源を聴く

小生のお気に入りの指揮者の筆頭が、「フランツ・コンヴィチュニー」である。
彼は61歳と若くして亡くなってしまったことと、大戦後の東ドイツを拠点として、60年代までを過ごしたから、その活発な音楽活動に比べて、残された音源は多くはない。

しかし最近では過去の歴史的音源の発掘、そして復刻CD化という、うれしいことも多くなってきたようだ。

幻となっていた、1961年日本公演のゲヴァントハウス管弦楽団とのベートーヴェンの9番の交響曲が復刻されたし、長い間待ち望んでいたバンベルク交響楽団との「新世界」も、ごく最近リマスターリング再復刻された。

現在可能性がありそうなのは、ラジオ放送もされた、日本公演のベートーヴェンチクルスであろうが、第9発売以外にはまだ音沙汰がないようだ。

コンヴィチュニーのCDは、ごくまれにしか発売されないので、小生は数カ月ごとに、大手CDショップの検索サイトで確認することにしているが、たまに見逃すことがあった。

月が変わり6月になって、まさかとは思いながら、検索をかけて調べると、目に飛び込んだのが「新世界」。

少し前に発売の、バンベルク交響楽団との演奏の焼き直しだろうと思ったが、よくよく見ると、仰天するようなことが分かった。

其れは今まで存在しないと思われていた、新世界のライブ録音で、しかもオケがシュターツツカペレ・ドレスデンというものだった。

1959年ウイーンでのライブ録音だそうだ。

61年エテルナに録音した、バンベルク交響楽団の演奏がとても素晴らしかったから、コンヴィチュニーがドイツの伝統オケを率いて、はたしてどのような新世界を聴かせてくれるのか、そしてライブというのも非常に興味深いことであった。

今までの経験からすると、コンヴィチュニーという指揮者は、ライブでやはり最も威力を発揮しているように思えたからだ。

さてCDが到着してから3回あまり聞いてみた感想は。

これは鮮烈な演奏である。
熱血のコンヴィチュニーといえるほど、ほとばしる情熱にあふれている。
フリッチャイ/RIASの素晴らしい演奏に勝るとも劣らない。

バンベルク響との演奏では、かなりテンポを揺らしていたし、のびやかに歌うところも多く見受けられたが、このSKDとのライブでは、インテンポのままひたすら突き進む印象だ。

ただしコーダ部分ではコンヴィチュニー節の特徴の1つでもある、リタルランドして、大見えを切る場面も見受けられる。

ほとんど、いつもかなり忠実な演奏をするコンヴィチュニーだが、バンベルク響との演奏で見せたようなダルセーニュは、今も演奏では採用していない。

そんなこともあって、遊んでいる暇と余裕のないままに・・・かといって演奏が画一的でつまらないことは一切なく、音楽がしっかりしていてより構築的だ。

1楽章時の・・・多分チューニングの成果が、気温や湿度の環境の変化でおもわしくなく、弦楽器に微妙なズレがあるが、2楽章入りの前の再チューニングによって、其れがまったくなくなって、SKDの弦アンサンブルの匠が聞こえてくる。

例のイングリッシュホルンは、ややぶっきらぼうだが、弦パートの素晴らしさはよく体感でき、思わず聞き入ってしまうほど。

3楽章は確固としたリズムに支えられ、かなり細かい表情まで表現していて、各パートの普段はあまり聞こえてこないような音まで導き出している。

4楽章の特徴は、冒頭の管楽器のトランペットのオクターブ上げを実施していないのはなぜだろうか、理由はわからないが、楽譜の版の違いなのかもしれない。

長い曲だけに、中には聴いている最中に、聴きダレを起こしてしまう演奏も多い中、コンヴィチュニーの新世界は、バンベルク響のものとともに、一気に聴きあげられる演奏だ。

クラシック音楽を聴き始めて約50年。
コンヴィチュニーの新世界が、別バージョン、しかもSKDとの演奏があるなんて言うことは、想像だにできないことだったし、これまでそんな情報も一切皆無であった。

コンヴィチュニーは短命だったし、東ドイツでの存命中は、LP初期時代でテコーディングもままならない状況であった。

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1960年になって漸く、ステレオ録音もあるが、其れはごく少ない。

しかし今この時代にこのような音源が発見され、復刻の憂き目をみることができるということは、今後さらに新しい音源が発見され復刻される可能性もある。

日本公演のベートーヴェン全集は、どこかにテープが残っているものと推測できる。
一昨年にはこの中から第9が復刻発売されたから、ソ連によって押収された音源とともに、いずれかには復刻されることを期待するものである。

モノラルだし、ところどころに瑕疵も散見されるから、お勧めはしないが、コンヴィチュニーに興味ある人は、泣いて喜ぶだろう。

ほとんど同時に、今や幻となっていた、コヴェントガーデンの「ニーベルンクの指輪」から「ワルキューレ」が復刻されたから、これも是非入手したい。(海賊版で小生は、ラインの黄金を持っている)

by noanoa1970 | 2010-06-06 15:46 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)