木曽駒高原の桜

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昨日天気が良いという情報で、木曽へ桜を見に行った。
いや、正しくは先祖の墓参りのついでに桜を見ようと行ったわけだ。

先祖の墓は木曽駒高原の中腹にあり、ふもと付近では今ソメイヨシノが満開。

しかし、目当ては先祖の記念の土地に、数百年の歴史を刻む1本の桜。

天候不順なので少しタイミングをはずすと、早すぎたり、遅すぎたり。
しかも天気が良い日はまれなのことだから、昨日は期待をもっていくことにした。

念のため過去のデータを見ると、2003年の4月28日は運よく満開だったから、咲く姿は何らか見られることとさらに期待した。

実によい天気で、めったに見られないことなのだが、真っ白な残雪を蓄えた木曽駒ケ岳も一望できた。

まずお墓参りをして、先祖の地に向かう。

老木にもかかわらず、今年も見事に可憐な花を咲かせてくれた。
直径約1.2Mほどだから、幹の周囲の長さは約4M。

標高800M極寒の地で、これだけの巨木に成長するのに、いったいどれだけの歳月を耐えてきたことか。

先祖はきっと、この桜の開花する春を待ちながら、厳しい土地での暮らしを耐えてきたのだろう。

前から気になっていた桜の種類を判別するためと、仏壇に飾って上げるために、ほんの少し桜の枝を折ってきた。

仏壇に飾るのだから、許してくれるだろう。

この桜の正体を調べると、多分「江戸彼岸桜」の「しだれ」と推定。
長寿で巨木になる
愕が丸い
以上のことから多分間違いないと思う。

「樹齢2000年を超えるといわれる神代桜や樹齢1500年を超える淡墨桜、樹齢1000年と言われる樽見の大桜、その他にも樹齢300年を越える石割桜などが有名」とあるから、寒冷地でも長生きする桜なのであろう。

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by noanoa1970 | 2010-04-29 15:04 | 歴史 | Comments(0)

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E|d0063263_10262399.jpg|201004/22/63/|mid|686|514#]

桑名は隠れた筍の産地だ。
しして小生の大好物。
其れが高じて、筍煮物専用の器を作ったほど。
今日は筍づくし。
夕食が楽しみだ。

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by noanoa1970 | 2010-04-22 10:30 | 「食」についてのエッセイ | Comments(0)

イオン

なかなかブログ更新ができないまま過ごしたが、その間音楽だけは相も変わらず聞いてきた。

数あるベートーヴェンのソナタの中で、俗称「ハンマークラヴィーア」という29番は、これまでなぜかあまり熱心に聞いてこなかった気がする。

多分その長さに原因があるとは思うが、それでこの際29番をまとめて聞こうと企んだ。

今まではグルダの演奏を、しかも流し聴きしたに過ぎないから、これはもったいないとばかり、聞くことが可能な演奏家のものをすべて聞いてみることと決めた。

最近TVで辻井君の演奏を途中から見たが、演奏曲目がハンマークラヴィーアと判明したのは、しばらくしてからだったから、いかに熱心に聞いてこなかったかがわかろうというもの。

辻井君は、このような楽曲までもこなすようになったのかと、感嘆したが、彼を正当に評価するには、彼のマイナー要素を加点ポイント都市内聴き方も必要だろう、そしてそうなることによって、この先彼が超1流となるか否かが決まってくるような気がする。

3楽章終了時に、観客の一部から拍手が起こったが、絶賛の拍手なのか、この曲が4楽章構成ということを知らない、辻君ファンによるものなのか。

いずれにしても3楽章は、聞かせどころの厳しい曲である。

グルダ、ハイドシェック、ケンプ、バックハウス、イーヴナット、ギーゼキング、ツェヒリンを、しかもそれぞれを数回ずつ聞いた。

1曲が40分以上もある大曲だから、のべ10時間余り聞いたことになるが、寝転んだりしながら聴いたので、3楽章でついウトウトしてしまうこともあった。

この曲は、激しさを伴う「フーガ」で構成される、終楽章が特に有名であるが、それとともに、小生が目をつけるにいたったのが1楽章のアタック和音。

アタックの鋭い和音で構成されるものは「運命の動機」ではないかという推理。
5番の交響曲でおなじみの「運命の動機」、通常ジャジャジャジャーンと4つの音で語られるが、実は最初の音の前に無音の前打音ともいうべき音があるから、実際は「ズ」ジャジャジャジャーンと5音というのが正しい。

そういう観点からすると、1楽章の出だしの和音のアタックには、2つの音に挟まれて、「運命の動機」が隠されていると思える。

さらにこのアタック和音には、ミスタッチかと思えるような1音があり、気になって手持ちのすべてを聞いて確認したが、いずれもがそのように弾いていたから、これはミスタッチではない。

バレンボイムの演奏が動画であったので参考にどうぞ。


するとこれは、ベートーヴェンか、あるいは楽譜出版社のミスプリかなどと考え、何度も聞いているうちに、これこそがベートーヴェンの作曲上のテクニックではないかと気がついた。

その音は多分・・違うかもしれないが、高音のcの音で、その音が加わることで、「和音」を乱し、不安感が根底にある、強い緊張感を引き出しているのだ。

このイレギュラーな音を強調して弾いているのはギーゼキング。

小生の高い評価のツェヒリンは、最初はさりげなく、リピートではやや強調していて、このイレギュラーの1音の処理が、演奏家によってかなり違うことが確認できた。

ベートーヴェンには「不協和音」使用を割と認めることができるが、ピアノでこういうことをやられると、非常に目立つから気になって仕方がない。

不協和音とも聞こえるが、そうではなく別の響きをわざと加味することで何かを強調する、ベートーヴェンの技とも・・・だからこれも「和音」であるということになるやもしれぬ。

とにかくこの1音がものすごく効いていて、和音のアタックの連打とともに、これからはじまる物語を予感させるだけの力を発揮していることは、多分間違いないだろう。

「イオン」・・・「倚音」:「外音」とも、音楽用語で言うらしいが、ここでは「和音外音」と言ったほうが分かりやすいかもしれない。

これ以上は専門的になるので、書ききれないが、是非この1音を聞きとっていただければ、たった1音がどれだけ重要な位置を占めるかが、お分かりになると思う。

3楽章のアダージョは、小生にはベートーヴェンの「レクイエム」に聞こえてしまうが、このあたりについてはまた後日。

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by noanoa1970 | 2010-04-16 15:24 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

最後列に並んだ

久しぶりの長浜・鳥喜多に行った。
黒壁STには、あまり観光客の姿が見られなかったから、多分そんなに待たなくても大丈夫いだと思ったからだ。

ところがどっこい、予想に反して店の前には12人の行列ができていた。
時計はすでにお昼をとっくに過ぎた、13時30分におなろうというのに。

この店に通うようになって25年ほど、当初は古い民家そのままの、掘立小屋のような雰囲気の店で、先代のおやじさんと、その息子である今の主人が二人だけで運営していたのが、黒壁商店街の立ち上げとともに、今やいいつでも行列ができてしまう店になってしまった。

地元の高校生などが通っていた店だったが、今ではその姿はもう見られなくなり、観光ガイドを片手にした観光客で、店内はあふれかえる用になった。

名物の「親子どんぶり」は、安価で美味しく、上に卵の黄身が乗せらるというパフォーマンスのせいか人気が高い。

多分観光ガイドの力で、100%に近い人が「親子どんぶり」を注文するものと思うが、小生は「カツ丼」を注文することにしている。

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これは昔、地元の高校生から教えてもらったのだが、隠れた存在だが実に美味しい。

今日はやはり「カツ丼」と「かしわ鍋」でいこうと決めて行ったが、12人の御待ちで、並ぶのが苦手な小生は、よしお手ほかに行こうと思ったが、すぐに周囲団の席が空いたよぷで、お町の数が半分になったから、そのまま待つことにした。

しばらく待っていると、店の中から見慣れない女性店員が出てきて、ことらに向かって「あのー」というので、店締めの合図かと思ったが、そうではなく、最終お待ちの小生たちに、そのことを指し示す札を持ってくださいというのであった。

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小生たちでもうお昼の営業はおしまいということで、新たに並ぼうとした人が来たら、その札を見せてくれというわけだ。

凄く丁寧に依頼されたからではないのだが、快く了承しさらに待っていて、その時家内と尾ky化うが来たらどう言おうかなどと話ていたのだが、あいにくというか都合良くというか、さらなるお客はならびにこなかった。

新たな客が並ぼうとしたときに、札を見せて「ここでおしまいです」と言った時の客の反応を見てみたかったというのが、内心の我々の期待だったが、其れができなくて残念だった。

しかし25年間、最後尾に並び、しかも札を渡されたことは経験しなかっただけに、何となく運があるような気がして、小生はカツ丼とかしわ鍋、家内は初めての、あんかけうどんを食べることpにした。

食べを終わりかけるときに、さっきの女性店員が、「先程は済みませんでした」と言いながら、さしだしたのは粗品。

ただ札を持っていただけで、何もしてないのに、気を使ってくれた心遣いに恐縮であった。

当時は1杯480円、今では680円となったが、それでもコストパフォーマンスと味に優れているから、絶え間なくお客が入る店となったおかげで、この「鳥喜多」は今や3階建の立派なビルになった。

昔と全く変わっていない、その味の継続は大いに評価されるべきであろう。

ビルになっても、客席数を昔とほとんど変わらないようにしたのも、昔の味をかたくなに守ろうとする意志の表れだろう。

ほとんど観光客が占めるようになったが、決して其れに甘んじることのない姿勢は「近江商人」に通じるのかもしれない。

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家内が食した「あんかけうどん」は、京都のそれとほとんど同じ作り方だそうで、相国寺の向こう隣りの女子大の入口に近いうどん屋から、出前で研究室に運んでもらって食べたものとソックリであると感激していた。

カツ丼は食べきれないほどカツの量が多いし、かしわ鍋は摩り下ろし生姜を混ぜて食すのだが、これがまた実に美味である。

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しかしかしわ鍋の一番良いところは、アルミニューム製の鍋・・・これは凄く懐かしい。

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by noanoa1970 | 2010-04-09 14:48 | 「食」についてのエッセイ | Comments(0)

普天間移設の歌…天国の高田渡より

高田渡が天国でこんな唄を歌っている。

県内移設はぜんぜん考えぬ

県内移設は考えぬ

県内移設ははありえない

極力県内移設はおさえたい

今のところ 国外移設はみおくりたい

絶対県外移設を認めない 


しかし国外移設があるとしても今ではない

なるべく県内移設はさけたい

県内移設せざるを得ないという声もあるが県外移設するかどうかは検討中である

県内移設もさけられないかもしれないがまだまだ結論は早すぎる

移設決定の時期は考えたい
県内移設を認めたわけではない

なるべく県内移設はしたくない

県内移設には消極的であるが 
5月に勝連案もやむを得ぬ

近く県内移設もやむを得ぬ

県内移設もやむを得ぬ

勝連案にふみきろう



・・・・しかしこの結果、県民およびアメリカ双方との交渉がうまくいかず、沖縄基地は現状維持のまま継続放置されることとなった。

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by noanoa1970 | 2010-04-02 16:56 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(2)

面白ネタ

 「鳩山由紀夫首相の夫人幸さんら4人のコーラスグループ「スワンシスターズ」が14日、
福島市のホテルでコンサートを開き、ジャズ>「嘘(うそ)は罪」
など14曲を披露した。
福島県男女共生センター「女と男の未来館」の企画。

 メンバーは幸さん、音楽評論家の湯川れい子さん、同館長でジャーナリストの下村満子さん、
細川護熙元首相の夫人佳代子さん。4人は歌を通してチャリティー活動などに取り組んでいる。」




幸さん、この歌だれよりもまず、夫の由紀夫氏に聞かせなくては・・・・

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by noanoa1970 | 2010-04-01 15:03 | トピックス | Comments(2)

ブラームスの室内楽を聴きながら

ブログ更新をサボりっぱなしている間に、いつの間にか4月となってしまった。
約2週間ぶりの更新となるが、内容に乏しく、書くことがない。

主にこの間何をしてきたかといえば、「何もしてない」というのが実情だ。

ただブラームスの室内楽・・・数が少ないから全部聞くのには、さして手間はかからないので、聞いてきたが、やはりブラームスは、室内楽がいいと改めて思った。

室内楽を聴く限り、新古典派というより、ロマン派の作曲家であると思うところしきり。

3曲のピアノソナタ、バイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲、ピアノ四重奏曲、弦楽四重奏曲。
2曲のクラリネットソナタ、弦楽六重奏曲、弦楽五重奏曲。
そして、クラリネット三重奏曲、クラリネット五重奏曲、ピアノ五重奏曲、ホルン三重奏曲を1曲づつ。

全部で28曲になるが、ブラームスにとってこの数は決して少ないとは言えないようだ。
古典派の作曲家・・・たとえばハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンですら、ものすごい数の室内楽を書いている。

ブラームスの作品数が数少ない理由は、はたして何だったのだろうか。

駄作がない・・・こういうとほかの作曲家に対して大変失礼にあたるかもしれないが、特にブラームスの音楽は、そのことが顕著のように思われる。

またブラームスは、音楽というものを、「ある形式のもとにおける、精神性表出のツール」と、自ら捉えていた節があるのを、彼のさまざまな楽曲から聞きとれる。

このことは、最適な器に盛られた料理・・・シナジー性が豊かで、味覚をおおいに増大してくれる、しかもその料理と器の、感性的論理的調和が見通せるようなものに匹敵する。

実はこのこと・・・「形式とその内容・・・精神性の発露のギリギリのバランス」というものが、ブラームスの音楽の中における、さまざまな音楽的要素・・・特に素材と相まって、直感的にも、そして論理的にも、素晴らしい音楽を形成している。

何度か破たんしそうな個所も「形式たる器」に支えられて、音楽的に立派に成り立つ面もたくさんあるように思えるし、かといって精神的発露の制限があるというわけでなく、むしろ、もう少しではみ出してしまうような、ギリギリのところにかろうじて踏みとどまるというところが、ブラームスのブラームス的なところかもしれない。

ギリギリのところにかろうじて踏みとどまるブラームスに、革新性があることを積極的に認めようとした、シェーンベルクの知見を、大いに評価すべきかもしれない。

一気に書き上げた個所もあるように感じるのところと、熟考を重ね推敲しながら漸くたどり着いたところとが、入り混じっていて、其れが不思議なほど調和した全体を形成しているのも、ブラームスの特徴のようだ。

「ブラームスはソドレミがお好き」でも書いたことだが、このことと関係性があるのか否かは別としても、室内楽では特に「各国の民謡」…一般的にはジプシー音楽とくくられるが、決してそれだけではなく、小生はイギリス・・・ブリテン諸島の古謡から材料を取得した跡がかなり散見されるのが聞こえてきて、とても興味を持って聞いたのだった。

多分このあたりは、何方かのブラームス研究何がしかに記載されていることだとは思うが、もっと事実を知っておきたいことだ。

さて、4月桜の季節…「春」とブラームスにはあまり目立った作品上の関連がない。
むしろ音楽的には「秋」を思わせるようなものが多い。

それで「春」に関連する・・・たとえばシューマンの交響曲やベートーヴェンのバイオリンソナタの「春」のようなものがあるか調べたのだが、歌曲にいくつか散見される以外には、これといったものがないことを知った。

ハンブルグ出身でウイーンに滞在したブラームスだから、「春」を心待ちにする北ドイツ市民のような感性が発揮され、春の祭りを楽しむ陽気なウイーン市民の感性が音楽に反映されているだろうとの推理は見事に外れてしまった。

「春」とはあえて自身では表現はしていないけど、ところどころに垣間見れるわずかな明るさの日差しが、其れに当てはまるのだろう。

そのように思いながら、今弦楽5重奏を聴いている所。

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by noanoa1970 | 2010-04-01 10:15 | トピックス | Comments(0)