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松の木々が知っている物語

昨日に引き続き、BAXの交響詩から・・・

「松の木々が知っている物語」を聞いた。

ケルトの神木は」樫とも榛ともいわれることが多いので、「松」がどのように扱われたのか、興味がわいてきた。

「松」は学名がPinusといい、松:pineを意味したラテン語の古名であるというが、ケルト語で山を表す pinが語源とされる。

つまり古代ヨーロッパでは、ケルト文化が思いのほか、その生命を維持していたことになり、イタリアの、あのレスピーギの・・・アッピア街道沿いに植えられた「ローマの松」も、その出自はケルトに通じる可能性がある。

「ピノキオ」も、松の木で作られた人形なのかもしれない。

このような例でもわかるように、古代ケルトの及ぼした文化的影響は、広くヨーロッパに根付いており、古代ギリシャ、ローマにもその影響は及んだと予想がつくことである。

広葉樹は確かに生活そのものに貢献する樹木ではあるが、冬になれば枯れてしまう。
ケルト人は広葉樹とともに、常緑樹の松を、冬でもかrてることのない剛毅の象徴として尊重した。

薪としても、またマツボックリは簡単に火が起こせるから、それをため込んでおき、生活に利用したものと想像されるから、やはり両方の意味でケルトの神木的存在であったのだろう。

「古代欧州では常緑の松は神秘的で恐れを感ずる神であって、松かさは魔除けとして考えられていた」という記述も見受けられるから、やはり、ケルト文化の残照としての「松」信仰があるのであろう。

わが国でもケルト同様、松に対する愛着の度は、かなり激しいものがある。

「松明」と言うがごとく、松の木で明かりを作るなど、実用面でも活用方法は多く、盆栽などの趣味的観賞や、玄関わきに五葉の松を植えて、魔よけとする文化もある。

「松の木々が知っている物語」とは、ケルトの歴史であり、それは今ではすでに忘却の彼方にある話・・・一部は神話や伝説になって残るが、太古から連綿と生きながらえてきて、今も枯れることのない、「松」は、古代ケルト民族の喜び悲しみが会い交じった歴史をかたるようである。

BAXは多分そのような思いをこの曲に秘めたのだろうと、想像をたくましくさせるものである。

縄文杉ではあるまいし、実際にはそんなことはあり得ないが、常緑樹の松には、永遠に枯れることのない、数千年の寿命がる、そんなことを思わせるようなところが、確かに存在する。

松の枝がこすれあい、ざわめきを立てているかのように始まる音楽だが、この交響詩を単に、自然を描いた音楽とだけ解釈することには、どうしても合点がいかない。

土俗的な・・・ドルイドを彷彿させるようなリズムも聞こえてくるし、異教徒の進行から祖国を守るための、戦いを前にした兵士たちを鼓舞し、勇気づける音楽のようにも感じるところ。

兵士たちの心に宿るのは、祖国の父母兄妹、そして恋人の姿であろうか。

幼いころから耳になじんだあの歌が聞こえてくるが、突然それは進軍ラッパに取って代わる。

いく時が過ぎ、戦闘の後だけが残る。
若い兵士たちの姿は、今はもう見ることができない。

ただ風だけが吹いていて、台地は今も変わることがなくそこにある。

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by noanoa1970 | 2009-10-28 10:30 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

11月の森

イギリス近代音楽の中で、小生が好んで聴くBAXという作曲家がいる。

気がつけばもうすぐ11月、月日のたつのは実に速いものだ。

久し振りに聞こうと思い立ち、ランダムに探したBAXのCDは、交響詩が収録されているものだった。

有名なティンタジェルが収録されているが、「ファドの園」「幸福の森」「松の木が知っていた」に加えて「11月の森」が収録されており、季節がらにと思い聞いてみた。

BAXの音楽の表題は、いかにもアイルランドやスコットランドあるいは北欧を彷彿させるようなもので、詩的なものが多い。

「11月の森」しかも、アイルランドやスコットランドのそれは、一体どのような装いなのだろうかと、思いを巡らせるのだが、多分BAXが曲に秘めた思いはそれら自然だけではない。

カトリック教徒にとって11月は特別な日であるらしい。
それは、11月1日を「万聖節」:「諸聖人の日」とすることである。
したがって、アイルランドをやんわりとカトリックに変えていった、あの聖パトリックや 聖コロンバン などの聖職者が祀られる日でもあろう。

しかし11月はそれだけではない、11月2日は「死者の日」、すなわち、全ての死者の魂のために祈りを捧げる日である。

この日はおそらく、キリスト教が入ってくる以前の宗教文化の…先人の聖者たちをも含めた「死者」を思いだし、彼らのために祈る日でもあるのだろう。

ドルイドの聖者は森の聖者でもあるから、「11月の森」とは、自然賛歌でもあるが、かつてアイルランドやスコットランド地方の土俗宗教であったドルイドの神や聖人たちを思い出すという意図があったと小生は思っている。

新しい文化と宗教であるキリスト教と、古くからある土俗的な宗教文化の類稀な融合・・・BAXは単に、古を偲ぶばかりではなく、そのような歴史的宗教改革への讃辞を、自然賛歌とともにこの曲にしたためた。

したがってこの曲を、歌詞のない「レクイエム」としても聴くことが可能である。

・・・そんな気さえするように、小生は思ってこの曲を聴いた。

レクイエムや宗教音楽を書かなかったBAXだが、小生は「11月の森」をレクイエムとして聞くことにしよう。

冬も近い、風が強くなってきた森の中で、ドルイドの信者たちが集まって、異国の侵入に備える話し合いを持っている。

徹底交戦を主張する者、相手を受け入れ和睦に持ち込もうとする者、話し合いは難航し、気がつけば、夜が白々と明け、森には朝がやってきて、太陽の光がところどころ射し込んでくる。

結論が出ない長い時間が過ぎようとしたとき、ドルイドの長老が「この森を自然を、この国の民衆や遺産をなんとしても守りたい」

国が存続できるのなら、異国の・・・異教を受け入れてもいたしかたない。
国を守るため、これ以上他国の侵入をさせないためにも、ここは全員で改宗しよう。

改宗してもこの国の伝統文化をそのまま存続できるように、私が交渉してこよう。

反対する者も大勢いたのだが、戦争になって国が滅ぶことを考えれば、それしか方法はないと、半ばあきらめつつ従うことになった。

全員でドルイドの祈りを大自然と、先祖に捧げて、交渉の成立と、これからの国の運命が良き方向に展開することを、祈ったのだった。

森は冬の到来の予感が遠のき、全員に安寧の感覚がもたらされた。

・・・こんな想像をたくましくさせるような・・・・

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by noanoa1970 | 2009-10-27 09:46 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

これはすごい!

最近著作権切れのクラシック音楽データが、WEB上でDLできることを知った。
増えてきつつあるようだが、よく利用するのは、ここPublic Domain classic (パブリックドメイン・クラシック)というサイトだ。

ワーグナーの「指輪」がフルトヴェングラーで、全曲聴くことができる他、数々の歴史的録音を聴くことが可能だ。

古い録音だから、MP3でも満足でき、DLしてCDに焼いておけば、車の中で楽しむことが可能だ。

長時間のドライブには、うってつけになると、楽しみなことだ。

著作権切れの音楽を、どんどんUPすると、ますますCDの売り上げが落ちそうだが、ユーザーには大変ありがたい。

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by noanoa1970 | 2009-10-26 22:27 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

ライカはちょうど5万円

ある日中古カメラ屋のショウウインドウを物色していると、キャノン、ミノルタ、ニコン、ペンタックス、ヤシカ、マミヤなどの往年の国産品に交じって、ブロニカ、ハッセル、ローライなどの有名海外ブランドのカメラやレンズが、そして傍らになんと、垂涎のライカM3ブラックボディがあるではないか。

どうせ高額に決まっているから買う気は毛頭ないのだが、少し気になり商品札をみると、なんと「50000円」とあるではないか。

あのライカM3が50000円?
きっと怖れてていてもう使い物にならないのだろうと思いつつも、あの用の美に秀でた質感と、そればかりではない、デザインの美しさは、たとえ写真が撮れなくても、持っていたいものだ。

それは少年のときにあこがれた「拳銃」。
本物のずしりとした質感や、アクションレバーの感触、レボルヴァーやラチェットギアーの金属が擦れ合う時の音・・・実際には球を発射しなくても、それを手に持つだけで満足できそうな感じがしたものだった。

S&W,コルト45、ワルサー、ベレッタ、南部、など、シングルアクションでもダブルでも、自動でも手動でもなんでもいいから、本物を触りたいという欲望があったのと、それは似ているのだろう。

使えなくなったカメラに50000円の投資・・・通常では考えにくいところであるが、LPレコードで、BLUE NOTEの初期盤は、・・・マニアにはものすごく違うらしい、後年発売ものが中古で1000円で入手可能なのに、数万円の価格がつくから、このような世界は然としてあるのだ。

小生はかなり迷った結果、思い切って店の中に入り、店主に「あのー、ウインドウにあるライカのM3,壊れていいるから50000円ですか?」と聞いた。

すると店主はいかにも怪訝そうに「いいえ、あれは現役バリバリの機械です」「うちは使えないものは置いていません」と、少しむっとした表情を、その顔面にたたえながら言った。

「でも50000円だなんて・・・・」小生がそういうや否や、店主は、この度素人め、だからライカがわからないやつは嫌いだ・・・そんな目をしながら、「よく値札を御覧なさい、50000円とついているのは、ライカ本体の隣にある システムフラッシュユニットSF24Dのことです 」と言ったのだ。

そして、「ライカ本体は・・・」あなたが買えるような値段ではない・・・そういう目と顔をしながら700000万円です」と追い打ちをかけるようにそう冷たく言い放った。

「ええーつ700000円なのか」恥ずかしさで顔が赤くなりながら、そして自分がおかした不注意を自身で軽蔑しながら、ライカのことを知らない小生が、ライカの世界に入ろうとしたことを激しく後悔しながら、もうその場には居たたまれなくなって、「すみません、また来ます」とか何とか言うが否や慌てて店を飛び出した。

・・・・・・

そして店を出た途端、目が覚めた。・・・・・そして、これが夢だと分かった。

先日UPした「ライカはローリングストン」というダジャレ、パロディの曲を作った、今は亡き加藤和彦の影響が多大であることを再認識したのであった。

夢の中で、加藤のパロディを」真似て・・・・

「ライカは50000円ピッタリだった」(と思ったら実は違っていた)という言葉で
すぐにピンと来たあなたは偉い。

そうです
「ジャスト ライク ア ウーマン」
ボブ・ディランの「女のごとく」を「ジャスト、ライカは五萬(ウーマン)」・・・ライカは50000円ピッタリだったという、加藤流のダジャレを夢の中で真似たということであった。

ウーマンはマージャンでは「五萬」だから、念のため。

それではディランの「ジャストライクアウーマン」をお聞きください。
どう聞いても、「ジャストライカウーマン」と聞こえてしまう。

「ノーボディ・・・・Nobody feels any pain」・・・誰も痛みなど予測できない・・・と歌は始まるが、ライカ50000円は、ボディの値段でなく…(すなわちノーボディ)、フラッシュの値段だった、こんなことは予測できなかった、という「落ち」付きで。


ちなみに「like a rolling stone 」は以下の通り。65年ニューポートフェスのライヴで。
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by noanoa1970 | 2009-10-24 11:35 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(8)

アッシャー家の崩壊

ポーの生誕200年だからというわけでもないのだが・・・・

「アッシャー家の崩壊」の訳文をネット上で発見できたので読んでみることにした。

天然痘かチフスに感染した、アッシャー家の兄妹の住む家は、恐らく17世紀ごろ建てられた古い石造りの館。

無気味な沼と木立、そして蔓植物で覆われた、陰鬱な湿気とカビ臭さを放つ異様なところだった。

そこに手紙をもらった古い友人が訪ね、館で過ごすうち、物語は奇妙で恐ろしげな展開となっていく。

ポーの短編小説はとても難解で、読み進むにつれて、単なるホラーではないように思えてくる。

小生は当初、「アッシャー家の崩壊」という邦題から、家系が途絶える話だとばかり思っていたのだが、それは間違い・・・いやそれも含めて、最後に本当に屋敷が物理的に崩壊してしまうのだから凄いことになる。

この家が数百年続く、文芸に秀でた金持ちの、いわば名門の家であったことは、以下の記述でもわかるというもの。
古くから方々に寄付をしていたとの記述もあった。


ごく古い家がらの彼の一家が、遠い昔から特別に鋭敏な感受性によって世に聞えていて、その感受性は長い時代を通じて多くの優秀な芸術にあらわれ、近年になっては、それが音楽理論の正統的なたやすく理解される美にたいするよりも、その錯綜した美にたいする熱情的な献身にあらわれているし・・・・


小生は上と以下の記述に着目した。
それはアッシャー兄妹が双子の兄妹であるということと、この一族は多分、代々近親婚で家系の存続を守ってきたのではないかという想像である。

近親婚の子供同士が結婚し、またその子供が結婚することで、純潔の一族・・・ものすごく血の濃い一族となって、それが続いてきたのではないか。

しかし今のアッシャー兄妹には子供ができなかったし、そればかりか、近親婚の悪影響で、兄妹そろって、精神に異常をきたしたのだと、小生は推測している。

また、アッシャー一族の血統は非常に由緒あるものではあるが、いつの時代にも決して永続する分家を出したことがない、いいかえれば全一族は直系の子孫だけであり、ごく些細なごく一時的の変化はあっても今日まで常にそうであった、・・・・

彼のいうところによると、それは生れつきの遺伝的な病であり、治療法を見出(みいだ)すことは絶望だというのであった。

彼を悩ましている特殊な憂鬱の大部分は、もっと自然で、よりもっと明らかな原因として、――長年のあいだ彼のただ一人の伴侶(はんりょ)であり――この世における最後にして唯一の血縁である――深く愛している妹の、長いあいだの重病を、――またはっきり迫っている死を、――挙げることができるというのであった。

この一家の呪いの元凶は、石造りや沼や壁や木立・・・そういった自然から呼び覚まされるものではなく、「近親婚」という・・・一族の純粋な血を守る意味では、それもある意味認めざるを得ないところではあるが、医学的にみれば、いずれ悪さが起きるところからのものであろう。

そしてさらには、キリスト教的見地からは、決して許されるべきではないことであり、この一族が非キリスト教徒の出自であったことを予感させる。

そして先祖代々の知恵で、そういう歴史を培ってきたアッシャー家では、何のためらいもないことであったのだろうし、古来からよくあることでもあったから、彼らにとっては自然の成り行きでもあったのだろう。

しかし彼らの・・・アッシャー家の不幸は、子供に恵まれないことと、彼ら兄妹自身が、近親婚のせいで、精神の病に冒されていたことだった。

それに加えて赤死病・・・チフスあるいは天然痘に感染したことが、この物語の結末となった。

友人はそのさなかに招待を受け、屋敷に向かいそこでしばらく滞在することになるが、この屋敷ではすべてが、死に向かって動いていることを知り、周りの環境も、何もかもが不気味に思えてくる。

妹をまだ息絶えてない間に棺桶に入れて蓋をし、穴倉に放置したが、息を吹き返し・・・復活し、棺桶から這い出て、兄の元へ行き、兄の手の中で息絶え、それを見た兄もほとんど同時に息絶えてしまうという下りは、友人も一緒に埋葬を手伝ったのだから、実に奇妙な話だから本当は、生き埋めではなく、「死者の復活」と解釈できよう。

この場合の死者の復活は、キリスト教的なそれではなく、ゾンビ・・・悪魔的復活なのかもしれない。

このポーの小説の深い内面には、キリスト教の精神、すなわち「近親婚」への穢思想のようなものが見え隠れする。

そして最後の物理的な屋敷の崩壊は、キリスト教の力によるものであり、おそらくキリスト教徒の友人の夢か幻影であるのだろう。

友人によって夢物語として語られた、アッシャー家に題をとった奇譚、キリスト教讃辞とも読めてくる。

そのことをさらに大胆に推し進めれば、キリスト教世界の礼賛であり、翻っては非キリスト教世界への悪魔的憧れなのだろう。

この矛盾こそが、ロマン主義的世紀末思想の断片である・・・そのように小生は解釈した。

この小説を題材とした、ドビュッシーの未完のオペラ。
いすれジックリ聞き込んでみることにしよう。

どのような曲想に仕上げたか興味は尽きない。
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by noanoa1970 | 2009-10-23 14:13 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

バナナボート

昨夜・・といっても今朝早く午前3時のこと、最近昼と夜とが逆転しがちで、なかなか寝付けないので、FM放送を聴きながら床に就いたのだが、気がつくと午前3時になり、ある音楽番組が始まった。

サブタイトルが「私のS盤アワー」だったから、懐かしく思い、つい聴き入ることになったのだった。

担当は1965年にヴィクターに入社し、西洋ポップス担当を長くやってきた石島もしくは牛島という人。

小生より6~7年歳上の先輩に当たる人だった。

その彼がヴィクターでプロモートした曲も含めた、懐かしきS盤・・・S盤はヴィクターレコード傘下の曲を集めて放送する音楽番組で、ちなみに、L盤はコロムビアレコードであった・・・をチョイスして流してくれた。

PFスローン、ゼーガーとエバンス、グラスルーツ、ヘドバとダヴィデ・・・ダヴィデは本当はデイヴィッドであったが、語呂がいいと彼がダヴィデとしたのが、全世界に広まったという、バリー・マクガイア(PFスローン提供の明日無き世界は、高石、RCがカヴァーした)、シルビーヴァルタン、ホセフェリシアーノ、ジェファーソンエアプレーン、ゲスフー、勿論プレスリーなどなどがかかって、そのうち、彼が最も影響を受けたという、高校生時代に聴いた曲を紹介した。

それがハリーベラフォンテで、彼が音楽業界に入るきっかけを作ったといっていた。

2曲チョイスし、1つが「バナナボート」もう一つが「さらばジャマイカ」、どちらも有名な曲で、小生も確かにこの曲は聴き覚えがある。

「バナナボート」はわが国でもかなり流行っていた覚えがあり、小生が小学校3・4年生のころではなかっただろうか。

周りでは皆が「イテーオ、イテテ・イテテ・イテテーオ・・・」と、歌の最初の部分を、耳で聴いたままに真似して歌ったものだった。

小生は少しひねくれていて、皆と一緒では我慢が出来なかったから、「コンミツァ・タリマン・タリミバナーナ」という個所を、「今月足りない、お金が無ーい」という替え歌にして、他の子供と一線を画していた。

京都の母方の実家に行ったとき、地蔵盆で集まりがあって、大学生のお兄さんと一緒にいろいろなゲームをして遊んだ時に、この替え歌を披露したら、そのお兄さんは目を丸くし、「凄い!」といって絶句したことがあった。

「さらばジャマイカ」は、記憶がハッキリしているのは、ハリーベラフォンテの歌ではなく、といってもメロディは頭に入っていたので、映画「007」の中で、ジェームスボンドがカリブの島で合い言葉のように歌うもの。(多分記憶に間違いないと思う)

作品名が記憶にないので調べると、『007ドクター・ノオ Dr.No』だと判明した。
(しかし、この中で歌われたかは、確認が取れてないので、間違いかもしれない)

小生のS盤アワーはというと、あえて挙げると、「ロネッツ」の「ビーマイベイビー」そして「シャングリラース」の「リーダーオブザパック」であろうか。


さて、「私のS盤アワーは、来週木曜日午前3時から2時間で、放送されるというから、次回も楽しみである。

そうなると、昼夜逆転がしばらく続いてほしいものだ。



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by noanoa1970 | 2009-10-23 10:01 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(2)

新生フォークルの・・・

「ライカはローリングストン」

これも全編パロディだ。

ネーミングから登場人物までもが、物まねで歌われる。

誰のものまねかわかる人・・・かなりたくさんいるだろうね。

ライカはローリングストン


カメラのライカ、そしてギターのマーチン・ギブソンは、確かに憧れのグッヅであった。

先輩のK出さんがライカを持っていて、なぜか小生に預かってくれと言ってきたことがあった。

自分で持っていると、質屋に持って行ってしまうからなのか、理由はよくわからなかったが、小生はそれを預かり、机の一番下の引き出しにしまい、鍵をかけてしまった。

半年ほどたってから、K出先輩は、預けたライカを引き取りに来て、お礼の意味だろうか、小生を三条河原町新京極の映画館に連れて行ってくれ、勝新の「座頭市」を観た。

マーチンは長い間手に入れることができずにいて、1900年代の終わりに、ようやくD-28を入手できた。

歌の中、神田は楽器屋が多かった。中でもクロサワ楽器 は、海外有名アコースティックギターの代理店をやっていたこともあって、垂涎のマーチンD-45が、ショウケースに鎮座していて、小生は仕事のついでに立ち寄って眺めることがしばしばあった。

マーチンなどの外国のギターは、小生には少し臥体が大きすぎて、弾きづらいが、それでも出てくる音は、今までのギターとは比べ物にならないぐらい、澄んだ大きな音がして、特に低音の音程の確かさには驚くものがあった。

弾きやすさは、やはりYAMAHAだろう。

さて現在の小生にとっての「ローリングストン」はというと、京都あたりに、仕舞た屋風の家を探してのんびり暮らすことかな。

出来れば周囲を木立に囲まれた、高野川縁に立つ家がいい。
窓からは比叡山が見え、大文字如意ヶ岳も何とか見れるような・・・

やはり小生は、京都が恋しい。

ディラン、拓郎、コウセツ、飛び入り参加の泉谷しげる、最後には「風に吹かれて」の引用で終わる。
九州大学のくだりは、北山であろう、北山は現在精神科医となっているはずだ。

「~あたりをうろつけば・・・」は、学生時代の春歌のにソックリなところが、懐かしいところだ。

河原町あたりをうろつけば、同女の姉ちゃんが横目ででにらむ・・・

飲んで騒いで皆で歌ったものだった。

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by noanoa1970 | 2009-10-22 10:20 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(2)

右手指のしびれ・・・その後

主治医の診立てでは、「手根管症候群」ではないかということで、整形外科にかかることになった。

診断結果は、「手根管症候群」ではないらしい。

ひじや腕の角度を測ったり、手の甲を併せて曲げたり・・・多分これが診断の根拠」となるのだろう・・・そして右肩付近のレントゲンも撮ったのだが、手根管症候群ではないとの診断。

「しびれ」はなかなか診断が難しいのだ・・・そんなことを、その若い整形外科医は言う。

しかしネットで事前に調べると、症状からは手根管症候群だと思えるところが多い。

その時は症状が無かったのか、気がつかなかったのか、診断の根拠の1つ、「親指のしびれが無い」と言うことだったが、今はどうも親指までしびれているようだ。

それに、薬指の、向かって右半分がしびれ、左半分は正常という、手根管症候群特有の症状がある。

主治医に報告すると、絶対手根管症候群だとおもうのだが・・・・と。
しかし整形外科医がそうでないというのなら仕方がないと、患者にとってはどうしてよいかわからないような話だった。

病名がハッキリせず、治療法が確定しないことは最悪だ。

整形外科からは痛み止めの薬が2週間分出たが、しびれに痛みどめというのもよくわからない。

2週間様子を観て改善しなければ、親指のことを訴えて見るしかないが、「しびれ」とは実に木本の悪い厄介なことだ。

もし手根管症候群であれば、治療法があるから、そしていやだが最後の手段は手術で完治するらしいから、病名がハッキリすることが肝要だ。

ただジンジンするような強いしびれは、少なくなってきたようだ。

しかしキーボードやマウスを長く使うと、しびれが強くなるのは、相変わらずである。

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by noanoa1970 | 2009-10-22 09:17 | トピックス | Comments(2)

花の香りに


銀木犀の白い小さな花が、仄かに香る朝です。

今日も加藤和彦の作った曲を。
1968年だから、小生が大学2年生のころ。
大学は学園封鎖の最中、小生たちのグループは、封鎖の中の校舎の中で、サークルの研究会を継続した。

ほかの部員は三々五々チリジリとなり、部室にも学校にも寄りつかなくなってしまったが、バリケード封鎖は、われわれ学生の意思でもあったから、その中でのサークル活動を選択したのだった。

しかしさすがに無理があったらしく、当初7人ほどいたグループ員も、一人減り、また一人減り、最後には数人を数えるに至り、やむを得ずサークル活動を中止した。

そんな折、ラジオ~聞こえてきたのが、「何のために」と「花の香りに」であった。

両極端ともいえる、その内容と曲想だったが、小生は「花の・・・」の、それまでの日本人にはなかったメロディの斬新さと、それだけではなく、親しみやすさをあわせもったその歌に、完全に参ってしまったのだった。

とりわけ弦楽合奏で始まる序奏と、短調から長調へ転調するところが斬新で、ものすごく素晴らしい。

一見GSの歌うポップスのようだが、そんな範疇をはるかに超えた曲、後のベッツイー&クリスの「白い色は恋人の色」の登場を予感させる素晴らしいものであった。

フォークル時代、作詞北山のこの歌は、今も心に残る曲の1つだ。

今改めて聴いてみると、「オーティスレディング」の「ドッグ オブ ザ ベイ」の音型とほとんど違わないのが分かり、少し前に流行ったレディングの曲からの引用だとわかる。

しかしいつでもそうなのだが、彼は借りもの競争に参加してきたが、常に1等賞。
いつの間にか、借りものが本物に変身するから、やはりそこが彼の才能なのだろう。


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by noanoa1970 | 2009-10-21 08:09 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(2)

ガス爆発、ガスバッカス、スーパーガス

加藤和彦の「スーパーガス」

「スーパーガス」、小生は「ガス爆発」と「ガスバッカス」の語呂的、意味的複合から命名したように思っている。

加藤和彦は、生涯パロディに活路を見出し、そしてその中で生きた人であった。

ガス・バッカスの数少ないヒット曲「恋はすばやく」は1960年代中期に日本で紹介され、少しだけヒットした。

軽快なリズムと親しみやすいメロディ、そしてこじゃれた歌い方は、印象度が強く、小生は今でも覚えているぐらいだから、当時この曲を1度でも聴いた人なら、すぐに思いだせると思う。

加藤は多分(高校生時代)ガスバッカスを聴いて、強い影響を受けたに違いない、そう小生は思っている。

この曲を聴くと、加藤和彦のサウンドの1つが聞こえて来る。

ちなみに、吉田 拓郎の「結婚しようよ」は、加藤和彦によって編曲され大ヒットしたが、この曲も、1960年代中期「ヴィレッジ・ストンパーズ」のヒット曲、「ワシントン広場の夜は更けて」からの引用度が強く、高校生の時のラジオ音楽番組の影響は、加藤和彦にとっても、(勿論小生もだが)計り知れないものがあるのだと思う。





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by noanoa1970 | 2009-10-20 19:48 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)