「ほっ」と。キャンペーン

旬!海の幸山の幸

滋賀県の長浜は昔から鯖街道と呼ばれるように北陸から京都への鯖の移動中継地に当たる、長浜から陸路水路で鯖は京都に運ばれた。

京都で鯖寿司が有名になったのもそのおかげなのだろう。

中継地であるし秀吉の藤吉郎時代の城もあり、また商人の町としても栄えた長浜では、「焼き鯖」が有名だ。

商店街の北の筋にある小さな魚屋を覗くと、焼き鯖があるのを発見。
この店はたいてい注文生産だから珍しいので早速購入した。
4月中旬長浜の曳山祭りが始まるころから、焼き鯖は市場に出始める。

長浜では鯖素麺として食べられるというので、余ったらそれを真似してみることにしよう。
小生はそのまま何もせずに食すのが好きだが、食べきれないときは
サラダに混ぜても美味しい。

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50㎝近い大きさがあるから、そして太い竹串を1本、職人芸のように鯖の体内を通して焼くから、こればかりはとても真似ができない。

長浜の帰路通過する岐阜県上石津の直売上には、この春初のものが置いてあった。

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山ウドは小生の大好物。
葉は天麩羅、茎は薄く切って酢味噌で、皮はキンピラと、残す所は無くすべてが美味しく食べられる。

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さらに嬉しかったのは「コシアブラ」を発見したこと。
こいつは塩でたべる天麩羅に限る。

小生は人気の「タラの芽」よりもこちらを好む。

前回はちょっと珍しい「ハナイカダ」を食したが、これも「コシアブラ」に似て美味しかった。
良が多ければ「おしたし」もいいと思うが、少々もったいないのでやはり天麩羅がいい。

本日は初物を3種類も発見してしまった。
夕食がとても楽しみである。

by noanoa1970 | 2009-04-24 18:38 | 「食」についてのエッセイ | Comments(0)

なんだかおかしいぞ

有名タレントで歌手G某君のヨッパライ騒動。
「公然わいせつ罪」とは誠に杓子定規な処罰を受ける可能性が大らしい。
一体この国の市場はどうなっているんだ。

過去に酔っ払って裸になった人は数多くいるだろうし、小生も何度かそのような光景を見たことがあるが、今回は深夜しかもほとんど誰もいない公園でのこと。

報道によれば、大声でわめく声を聞きつけた住人による通報ということだ。

迷惑防止条例で処罰というならわかるが、「公然わいせつ罪」云々、そして自宅立ち入り調査までするとは、警察権の乱用ではないのか。

もっと驚くことは、この国のマスコミの取り上げ方の卑猥さである。
そのマスコミの半ばクレイジーな報道の仕方にこそ、小生にはよほど公然わいせつに映る。

もっともっと驚いたのがある大臣のTVカメラに向かっての発言。
自身が推進責任となっている地デジ促進CMに出ているからよけいなのだろうが、激しく非難した。
(わざわざ意図的に取材をし、それを放送するマスコミもマスコミだが)

激しい怒りを感じるとか、地デジ推進の顔として恥ずかしい行為だとか、絶対に許せないとか・・・・
でも少し前、貴方のお仲間の某大神のヨッパライ会見の時、貴方は激しい怒りをぶつけたのですか・・と問いたくなってくる。

今回の顛末の影響などは貴方が考えるほどないのです。
地デジ促進がそのために遅れる?あり得ません。

どうせCM会社に丸投げでしょうが、税金投入し作成依頼した、一般人とあまり変わらない…万人受けするであろうと思ったキャラの男が、突然このような(いわば作られた騒ぎ)を起こしたことへの、間接的責任を問われるのを恐れる、または逃れるためのパフォーマンスが、あのような口調となった。

そのようにみる国民は多いだろう。

それよりも内閣の一員として、某大臣のヨッパライ会見の時にこそ、このような発言をすべきだったのではないか。

自分の責任の所在を根本的に履き違えた大臣のみっともない姿が浮き彫りになった。

しかし暴君の酒酔いは普通の酒酔いではないような、・・・・
朝になってもまだ朦朧としていたという報道が正しければ、誰かに酔いがひどくなるような薬品でも仕込まれたのだろうとしか思えない。

政治、マスコミ、芸能界それぞれの「闇」が存在しているようだ。

by noanoa1970 | 2009-04-24 10:33 | トピックス | Comments(2)

あなたは聴き分けられますか?

年齢を重ねると心配なことは自分の耳の衰え。
急激な変化だとすぐに気がつくが、緩やかな劣化だと、気がつかないうちに悪くなっている可能性が大である。

オーディオチェック用の細かい単位の周波数の音が録音されたCDを持っているが、そんなものを肉耳似使うことは嫌だから、そこで小生なりのチェック方法の1つを最近考えた。

中部圏のラジオ放送局でCBCという古参の放送局がある。
そこで毎日のように流れるのが、お笑いコンビ「今いくよ、くるよ」のp「儲かりまっか」というトーク番組だ。

この二人の声はとてもよく似ているので、トークになると、今どちらがしゃべっていたのか・・・とても聞き取りにくいのである。

小生はTVで見ても、どちらが「いくよ」かどちらが「くるよ」か、その顔や体つきの特徴は正反対ではあるが、いまだに区別がつかないでいるのだが、非常に似ている声のものすごく微妙な違いにあるとき気がついた。

それでトーク番組の前に自己紹介をする時の声と、その後のトークの声から今どちらがしゃべったかを当てることが可能となったのだ。

微妙な声の違いは文章ではとても表現不可能だから、どれだけ彼女たちの声がそっくりであるか、機会があったら確認していただければと思う。

あるマイミクさんが「ユウコリン」と「スザンヌ」の声はソックリと書いていた。
確かに似たところはあるが、小生には彼女たちのベーシックな声質は少し違うように聞こえる。

いやいや、それよりも、「いくよくるよ」の声質はもっともっと似ているから、区別するのは相当困難だと思うのである。

しかもAM放送とあっては、声質の区別の困難さに拍車がかかろうというもの。

しかしそれが耳の訓練にもなり、彼女たちの放送が続く限りの話だが、彼女たちの声の区別がつかなくなったら、自分の耳が本当に衰えたと思うことにしたのである。

幸いなことにまだその時期になってはいないが、やがてその日が来ることだろう。

もちろんこのことが耳のチェックに最良の有効手段とは思ってないが、音楽好きやオーディオが趣味の諸氏は、何らかの方法で自分の耳の精度を一度疑ってみる必要があるのではないだろうか?

自分でリファーレンス・尺度を持っておくことも決して悪くは無いだろう。

by noanoa1970 | 2009-04-22 14:29 | トピックス | Comments(0)

その名も知らず

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散歩の途中の遊歩道わきに咲く花。
かわいい花だが名前は知らない。

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公園に今いっぱい咲く白い花。
清楚で美しい花だが、その名前は知らない。
一体どんな名前がついているのやら。


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日陰にこっそりと咲く花。
これは「シャガ」だ。
なぜか名前を知っている。

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これからが花盛り。
つつじの蕾が柔らかなふくらみ。

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今年は速いのだろう。
すでに咲いている「藤の花」

わずかな時間の散歩の間に、こんなに楽しめる季節となった。
季節の移り変わりはとても速い。

by noanoa1970 | 2009-04-20 14:03 | 季節の栞 | Comments(0)

me her

いまではもう死語に近くなってしまったのか、その昔よく聞いた言葉がある。
ちゃんとした記憶ではないが、たぶん昭和20年代のことだったと思う。

そのころ父親は、ある製鋼会社に勤務していて、人事畑の職務に就いていた。

終戦後労働運動が盛んになったころで、組合が赤化していく中、労使交渉などが過激に行われたようで何かと大変な時期だったと聞く。

そのころ田舎の農家の離れから、社宅へと引越しをして家が少し広くなったのと、同じ年ごろの子供がたくさんいて、小学校は遠くなってしまったが、それなりに快適に過ごすことができた。

そんな時代小生が今でも覚えている言葉がある。

「みーちゃん、はーちゃん」という不思議な響きをもった言葉であった。

父親がよく使っていたようで、それを聞いて覚えたのか、母親までもがその言葉を使うようになった。

何度も聞くうち、その言葉のよさそうな感じのする響きとは関係なしに、どうも悪いことを象徴する言葉のように感じ、そのことを問いただすことはなしに、そのように思っていた。

Aさんは「ミーチャンハーチャン」だから・・・。
「ミーチャンハーチャンじゃあるまいし」・・・。

その言葉の意味が、他人を少し見下した表現だと確信したのは、「ミーチャンハーチャン」が「ミーハー」という言葉に置き換えられ耳にするようになった大分経ってからのことであった。

一説には「ミーチャンハーチャン」はそのころ・・・(昭和初期とされる)ミーあるいはハーという発音がある名前が流行した・・・あるいは多かったから、大衆的の総称として使われたとされているようだ。

大衆的だからされでもわかるような平易な諸相をさし、だから迎合的すなわち流行色の強い、感性的状態から行動様式までを指すものと思われる。

しかし、「ミーとかハーとかという名前が多かったから」というのには、小生はどうしても納得できかねる。

「ミ(ー)」なら、ミヨ、ミチなどたくさんあるだろからまだしも「ハ(ー)」が付く名前がそんなに多くて大衆的だとは思えないからである。

この説は後付けのこじつけ説であろう。

それよりも説得力があるのは「meとher」が語源・・・というより引用だが、その説を採りたいと思う。

大正~昭和の流行語に「モボ、モガ」という言葉があた。
今では死語に近いがなんとなく愉快でリズミカルな響きの言葉だ。

ご存じのとおり、「モダンボーイ、モダンガール」の省略語で、西洋化および和洋折衷の文化の中で、先進的ファッションセンスを取り入れた人をそのように称した言葉で、良い意味と逆の意味両方を備えていたように思う。

さて「ミーチャンハーチャン」あるいは「ミーハー」は「モボモガ」の亜流傍流なのではないか。

そしてその言葉はいずれも、そこから来る斬新な響きの奥に、「批判」「揶揄」がこもっているのである。

流行をいたずらに追う若者あるいはバカ者の生態を、その昔演歌師たちは唄にして盛んにうたい歩いた。

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添田唖蝉坊はそういった代表的な演歌師である。
「現代節」という唄があるが、それを高田渡が取り上げ、ウッディ・ガスリーの曲を借りて歌った歌がある。

「新案特許よくみれば、小さく出願中と書いてある アラほんとに現代的だわね」
「貧にやつれて目をくぼませて、うたふ君が代千代八千代 アラほんとに現代的だわね」


「アラほんとに現代的だわね」という女性言葉を使うのも「現代的」だが、「現代的」という言葉に封じ込めた社会風刺はとてもサビが効いている。

わざと婉曲な表現にしたのは、巷で歌っていて官憲にしょっ引かれることから逃れるすべであったのだろう。

高田渡は明治大正期の演歌師から多大な影響を受けていて、それが彼のフォークの原点だといってもいいのだと思う。

さらに面白い唄がある。
作詞作曲は「なぎら健一」とされる歌、彼も高田渡もうたった曲で、「流行りものには目がないわ」と題された歌である。

これも恐らく唖蝉坊の影響を受けて作られたものと推察する。

短びのパンタロン
それに不似合いなハイヒール
大きいだけが取り柄のチョウネクタイ
アメ横で買ったラメのシャツ

流行りものには目がないわ
いつでもかっこよくいたいんだわ
頭がチョイト足りないから
その分カバーするんだわ
頭が少し弱いからその分カバーするんだわ


モボ、モガ、ミーチャンハーチャン、そしてミーハーから続く、流行だけをひたすら追い求める人への風刺歌である。

そして流行を追い求める・・・というより遅れないでいようとそのスタイルは変化したようだが、いまだそのような人種は、絶え間なく存在している。


補足:宮川泰 が1960年代「安井かずみ」の詩に付けた曲「若いってすばらしい」があり、なぎらのこの曲はそれにそっくりである。

小生は初め「なぎら」のパクリだと思ったが、調べると作編曲宮川泰 となっていた。
これから推測すると両者のオリジナルは、アメリカンのカントリー音楽からのものだったのかもしれない。(調査中)

「唖蝉坊は生きている」と題されたCDが発売されているらしいが、まさにドッコイ唖蝉坊はいまだ現代に生きている。

by noanoa1970 | 2009-04-19 14:46 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

全快祝い

昨日の検診の血液検査で、昨年7月に肥満細胞腫という厄介な病気にかかって、抗がん剤治療を続けていた愛犬シバの結果が出た。

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結果は非常に良好で、もう再発の心配はほとんどないとの診断。

もう病院には来なくてもよいというありがたい言葉をいただくことができた。

手術の痕跡もまったく無くなって、シバは元気いっぱい状態だ。

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昨夜はシバの全快祝いをやり、今日は一緒にベートーベンの第9シンフォニーを聴いている。

今のところ一緒に歌うことは、無くなってしまったが、それでも一生懸命耳を傾けている。

不治の病といわれる肥満細胞腫の悪魔から解放されたシバ。

一時はどうなるかと心配したが、よく回復してくれたものだ。

幸運の女神が付いている・・・そんな気さえする劇的回復。

内臓に発病していたら・・・
たぶん発見が遅れ、したがって手遅れになったに違いない。
手術や抗がん剤の副作用で苦しい思いはしただろうが、それを思うと実に幸運だった。

全快宣言できることに感謝!

by noanoa1970 | 2009-04-18 12:13 | 愛犬シバ | Comments(4)

待てば海路の・・・・

小生が毎日のように見るWEBに、クラシック音楽CDネットオークションがある。

小生の愛好する音楽家フランツ・コンヴィチュニーの指揮する、まだ見入手の音盤があるかどうかをチェックするためだ。

今まで収集した彼の音盤で大概のものは入手済みなのだが、それでもいまだ未入手のものがある。

その昔海外で発売されETERNAのLPには、あいにく輸入されなかったもので貴重なものがまだある。

コンヴィチュニーは60歳という短命だったから、残された録音はそれほど多くは無いと思われるが、ワーグナー以降の・・・たとえばR・シュトラウスの「メタモルフォーゼン」を残している。
「ティル」以外の作品は未聴だからこれはぜひとも聴いてみたい録音の一つだ。

シューベルトの「グレート」交響曲は、ヨッフムとともに小生の好きな演奏の一つだが、「未完成」交響曲も残している。

シューベルトの暗黒面を、これでもかと引っぱり出しているムラヴィンスキーの演奏が今のところのお気に入りだが、コンヴィチュニーの「未完成」どんな演奏をしているのか大変気になるところである。

旧ソヴィエトに多くの旧東ドイツの音源が持ち去られたと聞くが、一昨年の「ギレリス」とのモーツァルト21番の協奏曲以外はまだ世の中に出てない。(ショスタコーヴィッチの10番11番がそうかもしれないが)

ご存知の方はあまりおられないと思うが、コンヴィチュニーは晩年、手兵ゲヴァントハウス管弦楽団もさることながら、チェコフィルとの演奏を盛んに行ったようである。

彼の最後は、チェコフィルとのベートーヴェンのミサソレムニスの練習中のことであったと聞く。

そんなコンヴィチュニーは、1961年(だと思う)残された唯一のであろう録音、バンベルク交響楽団と演奏したのがドヴォルザークの「新世界より」であった。

生粋のドイツ人と思われるような演奏スタイルの彼だったが、やはり生まれ故郷モラヴィアの血は争えないようで、晩年のチェコフィルとの共演、そしてその時期政変でチェコフィル~何を逃れてバンベルク交響楽団に移籍したと伝えられる演奏者たちと彼が残した唯一のドヴォルザーク。

小生の「新世界」全曲初聴きは、フランツ・コンヴィチュニーとバンベルク交響楽団の演奏によるものだった。

このLPを一体何回聞いたことだろう。


クラシック音楽入り口時代の中学1年生の時、数少ない同好の士は、コンヴィチュニーという人の名前さえも知らないとき。

そのころ「新世界より」といえば、トスカニーニ、ワルター、ライナー、ターリッヒ、セル、ややおくれてカラヤンといった巨匠ばかり。

そして小生はというと、名は知られてないがコンヴィチュニーが一番だと、何も分からず、ただ皆に対抗する意識のままに突っ張っていたのだった。


こういうのを「刷り込み」というのだろうか、そんな気持ちで数を重ねて聴くたびに、小生のいわば「新世界」のリファーレンスとなってしまったようであった。

当時のLPはいまだ手元にあるが、針圧が10g以上は軽くあるステレオ装置のせいか、音盤は相当傷んでしまったし、なんとかもう少しよい音で聞きたいと思い、ETERNAオリジナル盤を中古ショップで探し出し、比較的傷が少ない国内盤と合わせて都合4枚所有することになった。

1990年代の初め、コロムビアから「コンヴィチュニーの芸術」と題されて10枚ほど彼の録音が発売され、その中に「新世界より」もあったのだが、LPで聴けば十分とあえて購入しなかった。

何れ欲しくなればその時に購入すれば・・・などと軽く考えていたことも、それを手伝った、がしかしそれからすぐに廃盤のようになってしまい、なかなか再発売されない。

そうなると気になって、ネットオークションをチェックしまくったがこのCD、恐らく購入者がごく少数のためか、あるいは熱烈なコンヴィチュニーファンがいて手放さないかで、なかなかオークションに登場しない。

今まで数回登場してその都度応札するのだが、ことごとく落札できなかった。
小生のそれまでの応札最高値は4000円だったから、落札者はそれ以上の応札価格を出したことになる。

やはり熱心な愛好者がいるものだと感心するとともに、残念な気持ちを味わい続けてきたのだった。

そんな中、コロムビアエンターテインメントが「オイロディスク・ヴィンテージ・シリーズ」という企画のもとに、懐かしの演奏家たちの音源をリマスターして発売する情報を入手した。

なんとそこには、ブルショルリ、パウムガルトナーといった通好みといわれる演奏家たちの録音が復活しているではないか。

このシリーズは現在第4回まで続いていて、それぞれ味わい深い演奏家たちが犇めいているから、オールドクラシックファンにはたまらない企画だ。

コンヴィチュニーの音源は、ほとんどがLP時代のETERNAそしてCD時代にはベルリンクラシックス(エーデル)そしてヴォイトブイリック、たまにウラニアがある。

しかし一部には「オイロオディスク」録音のものが存在し、「新世界より」も然りである。

だから小生去年の夏、コロムビアにメールでコンヴィチュニーの新世界の発売予定の湯無の問い合わせをしてみた。

すると回答があり、予定はあるが発売時期は未定、早くても来年(2009)となるでしょうとのこと。

過去2年・4回の発売時期をみると毎年4月か5月そして9月だから、もう発売予定についての詳細は決まっただろうと今年になってすぐにまたメールで問い合わせをすると、数日経ってからの返事では、まだ何も目途が立ってないので不明、コンヴィチュニーの件もわからないと冷たい返事が返ってきた。

去年の話と全く違うので一体どうなっているのか不安になりかけていたが、それでも愛好者の思いはいつも合理的、たぶん問い合わせた相手が確認しないで適当に返事をしたのだろうなどと思う一方、やはり4月になった今の今までそれらしき情報がないから、この企画自体販売が芳しくなく、途中でリタイヤーすることになったのか・・・などと思ってまたもネットオークションで探す日々が続いていたのだった。

つい先日滅多に出ないコンヴィチュニーの新世界がオークションに登場。
さっそく上限4500円・・・少し高いしひょっとすると今年中にリマスター発売になるかもしれない、そうなると1260円で購入できる、しかしもし発売されなかったら永久に入手できないかもしれない。
でもLPはあるから落札できなくても、発売されなくても、そのときは腹をくくろう・・・・・・
とばかりに応札した。

つい2週間前のこと、てっきり落札できたと思っていたが、結果はダメ。
なんとまだまだ熱心な愛好者がいるのかと、この音盤を限りなく愛好する一人として、残念というよりそれほどまでしてこの「新世界」を聴きたいと思っている人・・・ひょっとしたら「コンヴィチュニー」というより、「新世界」のコレクターなのかもしれないが、まぁそれは問わないことにしよう、世の中捨てたもんじゃないと逆に思ってしまった。

CDの「コンヴィチュニーの新世界」は、小生には縁がなかったと諦めかけて、昨日たまたま大手CDショップのコンヴィチュニーのCDカタログを見ると、TOPには先日首を長くして待った日比谷公会堂ライブのベートーヴェン第9があり、次を見ると「新世界」という文字が目に飛び込んだ。

まさか・・・
急いで確認すると、それはまさしく待望のバンベルク交響楽団との「新世界より」。
詳細はほとんど書かれてなく発売は6月24日予定としてだけあった。

何の前触れも情報もなく、突然カタログに乗るのもうれしいやら悲しいやら。
コロムビアのサイトをくまなく探すもそれらしき情報は皆無。
オイロディスクヴィンテージシリース第5回発売なるのだろうと、検索を駆使して探すとそれらしき発売予定のCDが見つかった。

これも小生の全曲初聴き、レオポルド・ルートヴィッヒとハンブルグ交響楽団のメンデルスゾーン「イタリア」そして第4回発売では5番の熱演を聞かせてくれ、意外なほど素晴らしい演奏のチャイコフスキーの「悲愴」。

ブルックナーの4番は、ウイーン交響楽団との演奏が発売予定となっていて、そのほかにはパウムガルトナーのモーツァルトのセレナーデ他が数枚あった。

ブルックナーはかってはゲヴァントハウス管弦楽団とウイーン交響楽団の演奏が両方同時に発売されていて、小生もLP、CD両方で塩有しているが、なぜか今回はウイーン交響楽団との演奏だけだ。

この両演奏は
全く同一演奏であると、とある方が、いろいろ調べたデーターに基づいて指摘していたが、それで小生はCDとLP両方で何回も聴き比べをしたことがあり、その結果をブログ記事にしたことがあった。


ともあれ、どんな形にせよCD復刻がなされることになったことは喜ばしい。
急いで・・・急いでも仕方がないが、予約注文をしたのは言うまでもない。
あと2カ月が大変待ちどうしいこの頃である。

「待てば海路の日和あり」とはこのことか。

by noanoa1970 | 2009-04-17 15:19 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

目から火が出た話し

大辞泉 国語辞書によると
「目から火が出る」とは以下のように書かれている。

頭を強くぶつけたとき、目の前が真っ暗になって光が飛び交うような感じがすることをいう。

たとえ話、あるいは慣用句として認知されているのが常識なのだが・・・・

実はそうではないことを小生は経験している。

あれは小学校4年か5年生のころだった。
住んでいた家から徒歩で30分はかかるある池に釣りをしに行ったことがあった。

学校が終わってからだから、池に着いたのは午後2時か3時。

なかなか魚が釣れないので、そろそろ帰ろうかと思っていると浮がピクピクしだした。

時計などはもちろん持ってないので正確な時間はわからなかったが、ソロソロ夕暮れが近づいて来たころだった。

小さな鮒がかかった後、立て続けにシラハエやカワムツがかかりだした。

気がつくと夕闇が迫っていたので、釣り上げた獲物を持って、急いで帰る支度をして、薄暗くなって周囲には誰もいなくなった池の怖さに怯えながら、一生懸命に家に向かった。

行きはよいよい帰りは恐いという童謡の通り、長い時間暗い道を帰ってようやく家にたどりついた。

お勝手のドアをあけると、母親が血相を変えた顔で、「こんなに遅くまでどこに行ってたの」と、いきなりドアの入り口の前で小生に平手打ちを喰らわしたのだ。

その途端である。

平手打ちをされたに右の頬から右目にかけて、似たようなもので例えるなら、線香花火の中間の絵に描いた星のように出るときのあの火花が、パシッという音とともに見えたのだった。

平手打ちの痛さにも、母親のいきなりの暴挙にも驚いたが、それよりもっと驚いたのは、「目から火が出る」という物の例えのような言葉が現実だったことだ。

それでそのことをすぐに母親に話したのだが、母親は全く信用しなかった。
そればかりか、遅くなった理由を問いただされ、晩御飯はナシなどと言うばかりだった。

小生はそんなことより、実際に「目から火が出る」体験をしたこと、しかもも信じられないくらいのすごくきれいな星々が、顔の付近から暗闇に消えていったことに感動し、しばらくは声も出なかったのであった。

以上の経験から「目から火が出る」とは、実体験から出た言葉であることを確信するものである。

しかしながら「頭を強くぶつけたとき、目の前が真っ暗になって光が飛び交うような感じがすることをいう」という・・・「感じ」をいうとあるように、あたかも非現実的にしてしまったのは、そういう経験者がものすごく少ないこと、とくに最近では体罰が少なくなったことがその原因であるのかもしれない。

今考えると「目から火が出る体験」は、T・P・Oを選ぶように思え、それは多分、感想した空気の澄んだ夜、暗闇の中、頬の平手打ち、そしてお互いの持つ静電気の極性(小生は釣りで体が湿っていた、母親は家の中で乾燥下にあった)・・・そんなことが科学的推理として思いつく。

以来ことあるごとに、「目から火」の実体験の話をするのだが、いまだに小生以外の体験者にはお目に描かれない。

国語辞典などの解説を変更する必要があると思うのだがいまだに変更もされてないようだ。

そしてその体験、今のところ小生に2度目は無い。

by noanoa1970 | 2009-04-16 12:49 | 歴史 | Comments(0)

今夜は「たけのこ」で

「はないかだ」の天麩羅は「こしあぶら」によく似た味。
ほんの少しだけ苦さがあり山菜らしい。
たぶんお浸しにすればもっと香りが出たのだろう。

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昨日帰宅するとうれしい贈り物が届いていた。

小生が大好きな「たけのこ」。
桑名は竹林が多く、隠れたたけのこぼ産地でもある。
しかし収穫量があまり多くないから、市場に出回ることは少ないし、あってもごく限られた地域のみである。

今の季節の「たけのこ」は柔らかくて甘みがありとてもおいしい。
残念なのはこの時期、自然の木の芽があまり見当たらない野で入手が困難であること。

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しかし、小生の「たけのこ」好きと、同時に木の芽を求めることを知っていたのか、若い木の芽が枝ごと1本添えられてあった。

とてもうれしい心づかいである。

今夜の主食はタケノコご飯である。

昔はガス炊飯器を使っていたのだが、便利さのあまり電気に変えてしまっていた。

いかにも美味しそうなブランド米・・・一時は玄米を購入し精米機で精米して炊いていたこともあったが、電気だと米に凝ってもそんなに美味しいご飯が炊けないことが分かり、最近は3合炊きほどの中蓋付きの土鍋を利用するようになった。

卓上ガスコンロでこれを炊くのであるが、炊くのは小生の役目だ。

同じようにやっているつもりだが、いつも炊き加減・・・すなわち炊き味が変化する。

「初めチョロチョロ中パッパ、赤子泣いても蓋取るな」という昔の炊飯方法の教えを守ったがみごと失敗、美味しかったが焦げが多すぎた。

4種類ほど火加減や水分の量、酒を加えてみたり、水につける時間などを変えて試した。

しかし電気炊飯器よりは数段美味しいのだが、いまだに満足するご飯が炊けていない。

炊飯は簡単だがとても奥が深いことを知る。

今夜はタケノコご飯。
薄い味をつけると、余計炊き方が難しいが、炊いたたけのこをご飯と一緒に炊くスタイルか、後で合わせるスタイルにするか目下悩み中である。

木の芽があるとタケノコ料理が一層充実するから、失敗は許されない。

タケノコの煮物(ごくうす味の関西風)でキリッとした日本酒がいい。
新潟の先輩から頂いた〆張鶴本醸造があるから今夜はこれで1杯。

タケノコの先端部分を具にした若竹の吸い物とタケノコご飯が閉め。

タケノコの煮物専用に自作した織部風の鉢に入れて食す予定。

by noanoa1970 | 2009-04-11 13:46 | 「食」についてのエッセイ | Comments(0)

はないかだ

歳時記を頼りにする・・・俳句をやられる人か園芸に詳しい人なら「はないかだ」という言葉をお聞きになったことがあると思う。

春の季語であることや、その葉っぱが少し変わっており、葉っぱの真上に花が咲きそして身をつける。

曲水の宴の跡とや花筏  黛まどか


その姿が筏を漕ぐ船頭の様子に似ていることからその植物は、「はないかだ」と古来呼ばれた。

さらに「はないかだ」は、桜が散って、川面を集まって流れる様子をもいう。
花の筏というわけだ。

昔の人はなんて優雅な名前をつけて、その植物に意をこめてきたのだろうと感心することしきり。

以前MIXIでこの名前の蕎麦屋に行って蕎麦屋の門前に「はないかだ」が植わっていて、蕎麦の付け合わせに「はないかだ」のおしたしがでてきたと言って喜んで書いている文章と蕎麦の写真が掲載してあった。

写真に撮られた蕎麦膳の器を見ると、桜の文様があった。
しかし本人は器のことなんかには目もくれない様子だった。

きっとその人は、「はないかだ」は植物としか見ていないようで、せっかくの蕎麦屋の心づかいがお分かりにならなかった様子で、少し残念な気がしたことがあった。

山ウドが欲しくて、長浜の手前の産直販売を覗くと、この季節の山菜が並んでおり「こしあぶら」かと思って手に取ると、なんと「はないかだ」だった。

山ウドは売り切れだったが、珍しいものを手にすることができた。

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今夜は「はないかだ」の若芽で天麩羅である。

桜文様の小さな明治期の印判の器と、表面が白い大正期の器に盛ってみた。

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写真をよくご覧いただくとお分かりのように、葉っぱの中央部分にもう小さな蕾が付いている。

by noanoa1970 | 2009-04-10 19:27 | 「食」についてのエッセイ | Comments(0)