NO ANSWER by Michael Mantler

少しばかり毛色の違う曲を聞きたくなって、探し出したのがマイケルマントラーが作った「ノーアンサー」。

このLP、入手したのは、ルカーチ、ブロッホ、ゼーガース、の「表現主義論争」を読んだ頃、同時に「実存主義」という思想にも少し興味を持った学生の頃のことであった。
(と思っていたが、実際には入手は1974年だから、そうではなかったが、「表現主義」「実存主義」には少なからず影響を受けていたと思われる)

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マイケルマントラーという人は、1943年ウィーン生まれのトランペット奏者・作曲家である。JCOAやWATTといったレーベルの創設者としても有名、このアルバムにも登場している、「カーラ・ブレイ」の2度目の夫であリ、66年にカーラ・ブレイと共に結成した「ジャズ・コンポーザーズ・オーケストラ」でフリージャズ界に新たな潮流を生み出したとされる人物である。

2人ともフリージャズやプログレッシブロックの分野など活動は多岐にわたるが、それぞれの分野からは異端視されることが多く、このアルバム「ノーアンサー」においても、それは言えるのだろう。

サミュエル・ベケットというアイルランドの作家がいて、「不条理戯曲・演劇」の代表のように扱われて、「ゴドーーを待ちながら」という作品で有名であるが、マントラーの「ノーアンサー」は、ベケットの「how it is」という作品をもとに作られたもの。

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それをロックバンド「クリーム」のベーシスト「ジャック・ブルース」、フリージャズポケットトランペット奏者の「ドン・チェリー」、そしてジャズピアニスト兼作曲家「カーラ・ブレイ」の共演で録音されたものである。
発売は1974年WATTレーベル

出演者の顔触れを見るだけで、そこから聞こえる音楽の得体の知れなさが予測できるし、ベケットの小説に基づいて、マントラーが作ったとあらば、ますますその奇妙さが推測可能だ。

ベケットの「how it is」については情報が乏しく、やっとのことで、『事の次第』と訳されていることが判明。

しかし『事の次第』についての中身の情報は皆無に等しいので、詳細は不明だが、句読点を用いない手法によって書かれた後期の長編小説だといい、それに基づいた劇「クァクァ」:鈴木理江子主宰スリーポイントの公演があったことが分かった。

その解説によると、
「ベケット最後の長編小説『事の次第』。
袋一つを持ち泥の海を這い進む主人公がピムと呼ばれる何者かと出会い、別れるまでの<事の次第>が、「ピム以前」「ピムと一緒」「ピム以後」の三部構成で語られる。
真剣ゆえにそこはかとなく滑稽なやりとり、そこにときおり差し挟まれる美しい過去のイメージ。
それらを描き出すテキストは、いっさいの句読点のない独特の文体で書かれているが、これは単なる紙の上の実験ではなく、むしろこの作品に至る10年のあいだにベケットが踏み出した、戯曲やラジオ作品における声や息の領域の探索に深く根ざしたものだといえる。
いわば身体へと宛てられた、この特異なテキストに秘められた可能性を、新訳・翻案により、二人の俳優の身体と声をとおして舞台化する。」

以上のような解説があった。
解説を読むと、そのストーリーの奇抜さに、まるで「つげ義春」のマンガを見ているような錯覚に陥ってしまった。

また、『ベケットの解読』 真名井拓美著によると
「作家サミュエル・ベケットの40歳以降の小説作品のほとんどが胎内意識に基づくものだ──そう感知した作家真名井拓美は、そのことをベケットに告げた。そしてベケットはそれを認めたのである。
ベケットの作品には胎内記憶と明記したものはない。
だが所々にそれを反映させた記述を見い出し、はては胎内記憶を持つ者だけが知りうる描写を発見したという。

例えば、ベケットの小説『事の次第』は「出生時のうちでも、胎児の頭が子宮から産道に入った後の時点から出生直前までの思考ないし意識の流れが、細大洩らさず記述された文学作品である」と実に克明である。」・・・そのように書いている。

そして、句読点のない記述手法をとったことの意味を、ジョイス流の「意識の流れ」であるとする向きもある。

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さて、マントラーの「ノーアンサー」であるが、恐らくはベケットの意図したであろう、「言葉を縮減して声に還元し、イメージの生成のプロセスと化していく」または、「句読点のない言葉を語ることによる思いがけない音楽性」(リエゾンのように)を、ハプニング的に、あるいは即興的に、ある種の音楽的束縛から解放する、つまり調性や形式から自由になろうとする新しい試みがあったのではないだろうか。

実際に音楽からは「ノーアンサー」という言葉が呪術のように随所にちりばめられ、しかもそれが前衛的音楽手法によって支えられ、突き放されたもののように聞こえてくる。

ただし、シェーンベルクなど新ウイーン派の音楽を、その当時かじり始めたころであったから、12音技法のようにマントラーの音楽が聞こえ、ロック、JAZZの世界では多分画期的であったであろうその音楽も、所詮はクラシックの前衛の「亜流」としてしか認識しなかった思いがあった。

ただし、非クラシック分野においては、フリーJAZZとプログレッシブロックの融合などという言葉で語られたようにも思える、1970年代初めとしては前衛的で、実験的な試みとされた可能性も捨てがたい。

このLPを聴かなくなってからすでに30年以上がたち、今改めて聞いてみると、当時「前衛音楽」あるいは「現代音楽」というものに初めて接した時の驚きと違和感は全くなくなっていて、むしろなにがしか耳になじんでいることが実感としてわかったのには、自分ながら驚くことであった。

しかしこのアルバムについての詳細情報も、この録音についても、一切の情報がないことには驚いてしまった。

超レア盤であることは間違いないと思うのだが、その存在がもともと知られていないとすれば、どうしようもない。

恐らく「カーラ・ブレイ」、「ドン・チェリー」、「ジャック・ブルース」そして「マイケル・マントラー」それぞれのコアなファンでさえも、この録音のことは知らないのであろう。

ベケットの「事の次第」も、とっくに廃版で、復刻希望が出されているし、古書では数万の値段が付いていることが、時代を感じさせる。
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by noanoa1970 | 2008-10-31 10:40 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(1)

シバの近況

10月半ば、注射と投薬による抗がん治療も一段落し、これからは月1回の通院となった。

抗がん剤と投薬の影響か、体力が弱っていたらしく、以前の力強さがなくなったように感じていたとともに、水分と食欲が余計出るようで、1キロ余り太ってしまった。

以前は音楽を聴いていると、必ず近寄ってきて一緒に音楽に耳を傾け、時には音楽に合わせて遠吠えをすることがあったが、手術後は、それまで必ずと覚えしていたブルックナー5番やピンクフロイドの原始心母にも、反応しなくなってしまったのだった。

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それが残念で、ひたすら回復を願っていて、注射と投薬の影響が切れかり、体力の回復の兆しが見え始めた時を見計らって、先日入手した一連のCDあを聴いていると、シバが近寄ってきて、音楽を聴いている小生の膝にもぐりこみ、スピーカーに向かって耳を傾けたのだった。

遠吠えこそしなかったが、かなり長い時間音楽を一緒になって聴けたことに、シバの回復の兆しを実感できた。

抗がん剤と投薬治療が無くなって、このまま何事も起こらないことを願うばかりである。

一時はどうなることと、ものすごく心配もしたが、最近のシバの様子からは、7月のあの衝撃がだんだん遠のいていくのを感じつつある。

ただ、抗がん剤というのは、がん細胞に対してその成長能力を抑えるだけのものであるらしいから、いつ拡張転移するかはわからないから、これからが勝負なのである。

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by noanoa1970 | 2008-10-29 10:16 | 愛犬シバ | Comments(4)

レオポルドルートヴィッヒのベートーヴェン第9

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初CD化のこの録音、小生はLP時代でも聴いたことがなかったので、今回入手した「ブラームス1番」、そして「チャイコフスキー5番」の交響曲の中で、最も聞きたかったものであった。

指揮者である「レオポルドルートヴィッヒ」についての詳細情報は、40年前のコロムビアクラシック大全集のブックレットでは、ドイツ中堅の指揮者で、手堅い演奏をする人だとしか紹介されテなく、おまけに、プアなマスターコピーからの廉価盤LPのチャイコフスキーの5番・6番、そしてブラームス1番の交響曲を聞いただけにすぎなかったが、いずれも印象度は低かった。

小生はもうずいぶん長いこと、指揮者の腕前を自身で確かめるたもに、ベートーヴェンの第9交響曲を聴くことにしている。

それはオーケストラと合唱、そして独唱が混在する曲の統率ぶりと、音の響かせ方をみたいためであり、合掌指揮者とのコンビネーションをも見たいためである。

楽器と音声の巧みなコントロール、そして合掌指揮者を含め、すべてのパートとの綿密な連携ができてこそ、音響が音楽として響くと思うからである。

大指揮者と呼ばれる人の演奏に、破綻が生じるのは、信頼関係が構築できなかったことの結果ではないかと思えることがある。

逆に、マイナーな存在の指揮者の振ったオケにも、ものすごい演奏があることも事実である。

そんなときに、小生は「オーケストラにおけるチームとしての信頼関係」を見たような気分にさせられる。

だから、小生にとっての演奏者の良否を決める試金石的ポイントの重要な一つが、ベートーヴェンの第9交響曲であるわけだ。

したがって、はじめて聞く第9の演奏は、どんなものでも心がときめくのである。

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さて、今回の「レオポルドルートヴィッヒ」の第9は近年で最も心ときめく存在であった。

音盤数がもともと、その活躍の割には少ない指揮者であるから、第9が残されていることは知らなかったのも、よけいに興味を持つ原因となったのだが、ようやく彼についての新たな情報が得られることになったのも、嬉しいことだ。

オイロディスクあたりからの情報を入手して書かれたものと思えるCD解説によると、彼は1908年生まれというから、「カラヤン」、「アンチェル」、「カイルベルト」、「アイヒホルン」と同じ生まれ年である。

モラヴィア(当時はオーストリア領)生まれで、ブルノ歌劇場の指揮者でもあったというから、フランツ・コンヴィチュニーと同郷(広い意味ではチェコスロヴァキア人)で、彼よりも6歳若いだけだし、大戦後は東西のベルリン交響楽団の客演指揮者、ベルリン国立歌劇場管弦楽団、ベルリン市立管弦楽団を指揮して活躍したというから、コンヴィチュニーとはどこかで知り合っていた可能性が高いといえる。

コンヴィチュニーは東ドイツで活躍し、ルートヴィッヒは北ドイツで活躍と、その守備範囲は違うが、巷の評価ではどちらも「手堅い」、「質実剛健」といったドイツのカペルマイスター的称号を与えられることが多い。

そしていずれも「オペラ」をも得意にしていることが共通点としてあげられる。

コンヴィチュニーは、ベートーヴェン、ワーグナー、そしてルートヴィッヒは、ウエーバーやなんとベルクの「ルル」まで録音しているというから驚きである。

そんなルートヴィッヒの第9が、どのように演奏されたのか、興味を持たないわけがない。

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レオポルド・ルートヴィッヒ指揮
ベルリン交響楽団
聖ヘドウイッヒ協会合唱団
マーリス・ジーメリング(sop)
ギゼラ・リッツ(Alt)
ルートヴィッヒ・ズートハウス(Tno)
エルンスト・ヴィーマン(Bas)
録音不詳・・・録音状態からすると50年代後期から60年代初めだと思われる
またベルリン交響楽団とは、東西両方存在したが、このころはハンブルグ国立フィルの常任となっていたころであるから、旧西ドイツのそれであると思われる。

演奏については、思いのほかメリハリが強く出されるもの。
出だしの弦のサザ波のような強めのボウイングは、小生が好むもの。
コンヴィチュニーの演奏をさらに強調したようなザワザワと波立つようで、これから始まる物語を前に、ワクワクさせられる。


1楽章17:05、2楽章11:19、3楽章16:16、4楽章25:28…約70分と標準的な演奏で、インテンポではあるが、かなり聴感速度は速いように感じるほどグイグイ音楽を引っ張っていく。

2楽章のティンパニーをずいぶん強調し、激しく叩いているのが特徴で、
この楽章のテンポはかなり早めである。

3楽章になると、ほんの微妙にテンポを動かすが、とても微かな範囲であり、オケを歌わせるのだが、他の主要な演奏に比べると即物的だといえる。

4楽章の「テーネ」は、バリトンに「F-F」と歌わせるオーソドックスなもの。
独唱は男性陣のバリトンソロが小生の好みではないが、テナー、女性陣と合唱人は大健闘だ。

バリトンの声がカントリー界の大御所、ジョニー・ キャッシュの声にそっくりなので、思わず笑いが出てしまった。

テナーのルートヴィッヒ・ズートハウスは、フランツ・コンヴィチュニーの「トリスタンとイゾルデ」で、「トリスタン」を歌っている人物。アーベントロートとのベト9にも出演しているし、フルベンの「指輪」にも出演している。
コンヴィチュニーのトリスタンのジャケットを見る限り好男子である。

カラヤンの起用する「ウイーン学友協会」のあまり上手とは言えない合唱団に比べ、「ヘドイッヒ教会合唱団」は、相当な技量をもっているようで、素晴らしいハーモニーを聞かせてくれた。

かつて某大型クラシック音楽掲示板に、小生がコンヴィチュニーの音楽を、建築物に例えて、「骨格が太くガッシリした建造物のようだが、同じ基準のレンガによって組み立てられた西洋建築ではなく、日本の城の城壁のように、大きさや材質の異なるものを組み合わせ、しかも継ぎ目が寸分の隙もないように、シッカリと組まれているが、水たまりを逃がすための穴をところどころあけている・・・そんな演奏である」と投降したのと同じような感想を、CDの解説者YK氏は、ルートヴィッヒの演奏家から感じたらしく、「石造りの堅牢な建築物ではなく、木造の骨格の建築のような、自然のしなりや撓みを生かした軽みがある演奏」と評しているが、ルートヴィッヒの演奏の一側面をとらえているように思われるものである。(ろくに音楽を聴かないで論評する評論家がいる中、この人はよく音楽を聴いているようだ)

小生には、表現主義的要素と即物的要素を併せ持つ、この時代にしては新鮮な演奏スタイルのように感じられる。

そのために、極端な個性を出さないためか、得意レパートリーを固定せず、古典から表現主義作曲家の作品まで、何でもこなすといった芸風が見られることが、帰ってあのオーマンディのような存在になってしまったのではないかと推測するものである。

しかし実際はこういう没個性に見えるような演奏こそが、聞き続けても飽きの来ない演奏であることが多いもので、ルートビッヒの第9も、おそらくそうであると小生には強く思われるのだった。

チャイコフスキーやブラームスを聞いて思うのだが、よくぞこのような演奏を、埋もれたままにしないで復刻してくれたものだと、作成者および発売元日本コロムビアに感謝の意を表したい。
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by noanoa1970 | 2008-10-28 18:45 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

光琳「飛梅天神の図」真贋のほどは・・・

マイミクさんの日記に、「琳派」の展覧会のことが書かれていたので思い出した。

本物であれば我が家の家宝的存在となるのだが・・・

父方の祖母から伝わった軸。
祖母の母親の実家に代々伝わったとされ、それを長女である祖母が受け継いだものらしい。

小生の父親は「本物」であると信じている。

それは軸に添えられた由緒書きと、箱の裏に書かれたことからである。

意味が少ししか判明しないが、それによると、祖母の実家は「新見」と言ったらしい。
軸に書かれた「飛梅天神」の図は「菅原道真」であろうことは予想がつく。


箱はすでに古くなって壊れていて、現在はその蓋しか残っていない。
新しい箱をいつの時にか新調し、箱の蓋が同時に入れられていた。

絵を見た感じでは、小生には何とも分からないので、日本画をやっていた京都の義父に生前見せると、直感的で「違う」といった。

作者の名前を書くのを忘れていたが作者は「尾形光琳」である。
義父によると、光琳の人物は、もっとユーモラスであるとのこと。

確かに軸の絵は、そこからは少し遠い位置のようである。

しかし「菅原道真」を、誰かの依頼によって書いたとするならば、いつものようにはユーモラス仕上げとはしないのではないかという考え方もある。

デジカメに撮影し細部を改めてチェックするが、小生の知識と審美眼では、真贋の区別は困難である。

15年ほど前のこと、近くの大手量販店の新年のイベントで、「何でも鑑定団」の鑑定士2人を招いて、桑名のお宝鑑定大会を催したことがあった。

息子がどうしても出て鑑定してもらうというので、この軸を出品すると、鑑定士は息子に、「君のお父さんは何をやっている人?」と聞き、息子がサラリーマンと答えると、何か2人でゴソゴソとしばらくしゃべった結果「25万円」という鑑定結果を出したことがあった。

しかしその時、軸の真贋には一切触れなかったことを、妙に引っかかったことがあった。

偽物ならば25万という評価額がつくはずもなく、本物であれば、たぶんそのような評価額ではないはず。

そのことが今も気になって仕方がないが、本日久しぶりに押し入れから出してきて、しばらく眺めてみることにした。

光琳の人物画は「大黒天図、「布袋図」が有名だが、実物を見たことはない。
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線がシャープなこと。
墨の濃淡を使い分けること。

以上がよくあげられるが、道真公の烏帽子の黒と直垂の濃淡は、よく見ると墨を違えて書かれているようにも思える。

画像ではわかりにくいと思うが、デジカメの画像を貼り付けておくことにする。

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謹画「尾形光琳」と書かれていて、巡り巡って譲り受けた「新見」某=祖祖母の父親に当たる、の裏書きがある。

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軸の全景。

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人物部分の拡大。

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大覚寺大徳寺の和尚が読んだ歌が記載される。達筆過ぎて内容はわからない。

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この図の由来書きのようだが、なにが書かれているか読めない。

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図向って右下にある落款。

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落款の拡大「青光琳」と読むjことが可能だ。

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実物写いかにも古そうな箱の蓋の裏には、漢文で明治8年8月に、新見家に来たものを表装したとあり、この軸の由来と出自が書いてある。
ここに箱書きをしたのは、華族「大原」氏とされている。

華族大原氏を調べると、永倉新八日記・島田魁日記には、 「文久三亥年六月頃ノ事文久三亥年六月頃の事既二大原左衛門督殿、御勅使トシテ相州小田原迄御下向コレアリ」と記されてある。

「18625月、勅使大原左衛門督の江戸東下」と資料が存在するから実在の人物であろう。
『徳川慶喜公伝』の中の「島津久光公実紀所引大原左衛門督手控書」によると「文久2年6月10日(1862年7月6日)
勅使江戸城登城。将軍より上席に座って勅旨を伝える」とある。

その中で大原は
「外夷の事ありしより、神宮・御代々に対せられて恐多ければ、叡慮御憂苦を絶えさせられず、何とぞ外夷を拒絶せんと思召さるれども、公武一和ならでは成りかぬるにより、和宮を御降配遊ばされて、一和を天下に表したれば、十年内には必掃攘あるべき事と叡慮を安んぜらる。さて当春松平大膳大夫(長州藩主毛利敬親)公武の間に立ち、天下の為に周旋せしに、あにはからんや西国・中国の浪士ども蜂起して、容易ならざる事を唱へ、既に天下の乱にも至るべき形勢なりしを、島津三郎程よく鎮静したれども、原来外夷の事より起りたれば、外夷の事定まらずんば実に治まりたるにはあらず、因りて深く国難の増長せるを歎き思召さる。国難なければ天下幸福なり、天下の幸は徳川家の幸なり、徳川家幸なれば朝廷の御安心は申すに及ばず。故に深く宸衷をめぐらされ、数々御廟算在らせらるる中にも人選登庸を最上と思召さるるが故に、此趣を仰出さる」
と言って沙汰書を将軍に授けたと書かれている。

また島崎藤村 夜明け前 第一部上の中には、「勅使 大原左衛門督 ( おおはらさえもんのかみ ) に随行して来た島津氏の供衆も数多くあって帰りの途中も混雑するであろうから、ことに外国の事情に慣れないものが多くて自然行き違いを生ずべき 懸念 ( けねん ) もあるから、・・・」というくだりもある。

勅使は天皇の代理としての資格を以って宣旨を伝達することから、勅使を迎える者が、たとえ官位において勅使よりも上位であったとしても、天皇への臣礼同様、敬意を払うこととされたから勅使は公家あるいは幕藩主)の身分であったことはほぼ間違いない。

大原は明治期に貴族あるいは幕藩から華族となったらしい。


大徳寺の和尚が歌を詠み、華族大原氏が箱書きし、近江の膳所の幕藩山口家6代目金衛門、京都の豪商上菱屋、そして紆余曲折して新見泰吉へと伝わったことが、何とか読める。
新見泰吉という人物が、小生の祖祖母の母親の夫に当たる。

京都の義父は、「鑑定士のところには絶対に持っていくな」と言い残し、この世を去った。

だから今後絶対に「鑑定」は以来しないつもりである。
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by noanoa1970 | 2008-10-25 15:00 | 骨董で遊ぶ | Comments(1)

無常の喜び:オイロディスクヴィンテージシリーズ

昨年コロムビアから発売となった「オイロディスクヴィンテージシリーズ」はすでにVol5となって、現在も続いている。

内容は1950年代から70年代付近の「オイロディスクレーベル」原盤のCD復刻である。

40年~50年ほど前には、LPで発売されたものがほとんどであるのだが、当時はクラシック音楽の巨匠時代。

トスカニーニ、フルトベングラー、ワルターが、そしてカラヤンやベームが華々しくクラシック音楽界をけん引した時代であった。

そんな中、初録音にもかかわらず、そのような巨匠たちの陰に隠れ、廉価版として密かに発売されたのが「オイロディスク」の演奏家たちであった。

小生がここに収録されている演奏家の名前や演奏を聴いたのは、1962年・・・小生が中学2年生の時、家にやってきた「ステレオ」と、次いで父親が購入したコロムビアからのクラシック音楽大全集という50枚のLPによるもの。

その中には今まで…音楽雑誌などの情報源からは程遠い、見知らぬ名前の演奏家たちがたくさんいたのだった。

その実力とは遠い評価などは全く存在すらなかったような、それらの演奏家の録音で、小生はクラシック音楽に目覚め、育ってきたといえる。

しかしよく聞くうちに、巨匠とは言えないような彼ら演奏家の中で、心を打つものが何種類か存在したのだった。

小生が好むフランツ・コンヴィチュニー、若き日のイストバン・ケルテス、フリッツ・ブンダーリッヒの「水車小屋旧録音」、素晴らしかったウイーンコンチェルトハウス弦楽四重奏団、そしてパウムガルトナーのモーツァルト、並びにブルショルリのモーツァルト20.23のP協奏曲。

そしてレオポルドルートビッヒによるチャイコフスキーの5.6番交響曲。
中にはオイゲンヨッフムの兄弟のゲオルグルートビッヒヨッフムのロシアもの、そしてこれも珍しい、ピエールデルヴォーとハンブルグ響の近代仏ものがあったのだ。

これらは今であれば、クラシックマニア垂涎の録音なのだが、その存在さえ知られてないものも多い。

こともあろうに・・・といったのは、決して商業ベースには乗らないであろう、これらの昔の録音の数々をシリーズ化して、しかもリマスターで、中には世界発CD化というものまである。

手元に残るLPもあるにはあるが、すでに紛失してしまったものもある。

そこで今回一連のシリーズの中から、以前に入手して、復刻状態が非常によいのを確認できたので、さらに今回追加発注をしたのが以下のもの。

レオポルド・ルートビッヒとハンブルグ響による交響曲で、小生は彼のチャイコフスキーで5番と6番を知ることとなった。
またブラームスの1番の初聴き体験もルートビッヒとハンブルグ響の演奏であった。

今回はその懐かしいものと、これは初出ではないかと思うが、同じく彼のベートーヴェンの第9交響曲。

それに、パウムガルトナーとブルッショルリの前回買いそびれたものを注文した。

ケルテスのベートーヴェンの序曲、昔聞いた時には何と凄い識者がいるものだと、感動すら覚えたもので、バンベルク交響楽団とのその演奏も、シリーズには2番、4番の交響曲と同様収録されている。

オイロディスクのエンジニアの、「マスターテープ」についてのコメントがあって、非常に興味をそそられるのだが、今回は外したので、次回またにする。

以前コロムビアに問い合わせたところ、コンヴィチュニーがバンベルク響と録音した「新世界より」も来年には発売予定とのこと。

オイロディスクの隠れ名演奏の数々が、このような形で復刻されることは、小生にとって今一番の楽しみである。

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ピアノ協奏曲第2番 ブルショルリ(ピアノ)ラインハルト&シュトゥットガルト・プロ・ムジカ管弦楽団

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チェロ協奏曲第2番、他 ナヴァラ(チェロ)パウムガルトナー&ザルツブルク・モーツァルテウム・カメラータ・アカデミカ

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交響曲第5番 Lルートヴィヒ&ハンブルク国立フィル、他

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モーツァルト:戴冠式ミサ曲、ハイドン:『ロンドン』 ケルテス&ウィーン響、バンベルク響

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交響曲第1番、ハンガリー舞曲第5番、第6番 Lルートヴィヒ&ハンブルク国立フィル

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交響曲第9番『合唱』 Lルートヴィヒ&ベルリン交響楽団

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by noanoa1970 | 2008-10-24 10:22 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(2)

ブリティッシュロックの歌姫

学生時代FM大阪の深夜番組で、もう誰だったかは忘れてしまったが、女性のパーソナリティが2人、いかにも眠そうな声で、彼女たちの好きなアルバムを紹介する番組があった。

下鴨の下宿でその番組を聞いたのを覚えているから、あれは1967年のことだ。

そこで彼女たちが取り上げたのは、今まで聞いたことのないような得体のしれない音楽であった。

「フェアポートコンヴェンショウン」そして「ペンタングル」という名前のイギリスのバンドであった。

最初の曲がかかった時はラジオのスウイッチを切ってしまおうとも思ったが、しばらく聴いているうちに小生は、そこでかかる多くの音楽に、知らず知らず引き込まれて行った。

アルバムタイトルは忘れたが、そこでは何と2つのバンドのアルバムが全曲にわたり流れたのであった。

フォークともロックとも、プログレッシブとも、サイケデリックとも形容のしようがないような、しかしどこかで耳になじむその音楽と、中で歌っている女性ボーカルの素朴でかわいらしい、しかしどこか風変わりで神秘さを思わせるような歌い方とその声は、番組が終わってからも耳に残るのであった。

それから数年後、松ヶ崎のアパートで今度はあの時と同じような、女性ボーカルの、しかし音楽的にはさらに変わった音楽に遭遇することとなった。

トラッド、JAZZ,ロック、クラシック、R&B、プログレなどさまざまなジャンルの音楽が入り混じり、まるでJAZZがバイオリンを取り入れたように、ロックがクラシック音楽を取り入れたように、ピンクフロイドがシンセサイザーを駆使したように、4ビートあり8ビートもあるその音楽は、さまざまな音楽のジャンルを飛び越し、しかも奇をてらうことがない良質のものとして耳にはいりこんだ。

女性ボーカルが活躍するそのバンドの名前を「カーブドエアー」といった。

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フェアポートコンヴェンションの「サンディ・デニー」


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ペンタングルの「ジャッキー・マクシー」


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カーブドエアーの「ソーニャクリスティーナ」

この時代の特徴なのだろうか、3人とも髪が長い。
マリアンフェイスフルも同じような髪形をしていたし、日本でもデヴュー当時のカルメンマキがそうであった。

「長い髪の少女」という歌があるぐらい、このころはこのような髪形が一世を風靡したが、どうも世の男性は、(小生もその一人であるが)髪の長い女性には特別なものを感じるらしい。

彼女たち3人のいるそれぞれのグループが、新しい音楽経験をさせてくれることとなり、ブリテン諸島のトラッド、イギリスクラシック音楽、などとアメリカのブルーグラス、カントリー、ヒルビリー、そして日本の本来の意味でのフォークソングとの関連性について興味を持つ原点となったのである。

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本日はそんな思い出のアルバムから「カーブドエアー」の「ファンタスマゴリア」を聴いてみる。

「ファンタスマゴリア」というのは、走馬灯への幻想、あるいは幻想が走馬灯のように駆け巡る・・・そんな意味のことのようである。  

「ファンタスマゴリア -ある幻想的な風景-」
 / カーヴド・エア  1972年発売
MARIE ANTOINETTE
MELINDA (MORE OR LESS)
NOT QUITE THE SAME
CHEETAH
ULTRA-VIVALDI
FANTASMAGORIA
WHOSE CHOULDER ARE YOU LOOKING OVER ANYWAY ?
OVER AND ABOVE
ONCE A GHOST, ALWAYS A GHOST


Sonja Kristina (vo,ag)
Darryl Way (violin,vo,p)
Francis Monkman (g,key,syn)
Mike Wedgwood (b,g,vo)
Florian Pilkington-Miksa (dr)

ソーニャのボーカルは幻想的で、タイトルとドンピシャ。
ダリルウエイが見事なバイオリン裁きを見せる。
多分クラシックから入った人であろう。かなりしっかりした演奏をしている。
モンクマンのキーボードも基礎がしっかりできているようで速弾きでも全く破綻がないのが見事。
   

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by noanoa1970 | 2008-10-23 10:36 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

やがて美味しそうに・・・

「神無月のころ、来栖野といふ所を過ぎて、ある山里にたづね入る事侍れしに、遥かなる苔のほそ道をふみわけて、心ぼそくすみなしたる庵あり。
木の葉にうづもるるかけ樋のしづくならでは、つゆおとなふ物なし。
閼伽棚に菊・紅葉など折りちらしたる、さすがにすむ人のあればなるべし。
「かくてもあられけるよ」と、あはれに見るほどに、かなたの庭に、大きなる柑子の木の、枝もたわわになりたるが周りを、厳しく囲ひたりしこそ、すこしことさめて「この木なからましかば」とおぼえしか」

徒然草第十一段で吉田兼好は、そのように書いている。

趣ある家人が住まいする山里の邸であるなと思っていたら、そんな人が、周囲を囲って
蜜柑を盗まれないようにしているのに気が付き、興ざめしてしまったという話である。

しかし小生、以前からこの方、「大きなる柑子の木の、枝もたわわになりたる」という部分が気になって仕方がなかった。

「大きなる柑子の木の」とは、木が大きいのかそれともその実が大きいのか、たぶん木が大きいのだろうが、普通の蜜柑(温州みかん)とは違って、さらに大きい・・・夏ミカンのような大きさのものだろうとも思えるのだった。

そしてその柑子蜜柑のたわわに実る光景と、美味しそうな蜜柑の味を夢想することがあった。

季節は神無月、しかも旧暦の神無月だから、新暦では10月下旬から12月上旬ごろに当たる。

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写真はこの季節小生が最も気になっているものの一つ。

柑子は固有種で、形は温州みかんのよう、約40g内であるとされている割と小さいものであるから兼好の「柑子」ではないらしい。

どうも「八朔」のような感じがする。

ある家の庭に植えられたものだが、遊歩道に枝が張り出し、いつもたくさんの実をつけている。

まだ蜜柑の実は少し黄色が付いた程度、あと数週間で黄色く色づき、食べごろになるだろう。

相当色づいてもなかなか収穫しないので、いつもやきもきするのだが、気がつくといつの間にか無くなっている。

ジュースにしたらどんなに爽やかで美味しいことだろう。
マーマレードを作ったらどんなに美味しいものができるだろう。

しかしあんなに大量になっている蜜柑、その家の人はどう処理しているのだろうなどと、ひとりで気をもんでいるのだ。

兼好が見たのと同じような、見事な「たわわに実る柑子」を思わせてくれるものを近所で見れる、そして取ろうと思えばだれでも取れるようなところにあるのが、来栖野のそれとは違う。

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by noanoa1970 | 2008-10-21 10:21 | 季節の栞 | Comments(2)

秋を見つけた

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プラタナスの樹木に寄生する直径15センチほどの「きのこ」。
散歩の途中で発見した。

遊歩道はプラタナスが両脇に続いているが、キノコが」生えていたのは、この木だけ。
とても美味しそうに見えるが、たぶん毒キノコであろう。

きのこ図鑑で正体を探すが、悪戦苦闘の結果、結局は正体不明。

きのこの判別は相当難しい。

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by noanoa1970 | 2008-10-21 09:50 | 季節の栞 | Comments(0)

Purcell:Dioclesian suite

「予言者、またはダイオクリージャン」という歌劇がイギリスの作曲大家、ヘンリーパーセルにある。

といっても、小生はその歌劇の全貌は聞いたことがなく、その中の断片を組曲風に仕上げた表題の曲を聞いたのみだ。

イギリスは音楽不毛の地であったと音楽界ではよく言われることが多く、それはヘンリーパーセルからブリテンが出現する間の約200年のことを指すらしい。

しかしバッハやベートーヴェン、ブラームス、仏バロックの作曲家やロシア5人組のような大家や曲における華々しさはないものの、イギリスの作曲家たちは決してその才能が開花しなかったわけではない。

むしろ小生はそんな過小評価されやすいイギリスの(広い範囲の)作曲家たちの音楽を好むことが多い。

特に非アングロサクソン系統の作曲家のものには、日本人にもなじみやすい伝統歌をモチーフとした作品が多く、懐かしさと安堵感を味あわせてくれるものが多い。

しかしやはりイギリス音楽を語るとき、ヘンリーパーセルの存在は欠かせない。
小生は、パーセルの存在をブリテンによって知るところとなって、それは中学生時代に音楽の時間に聞いた「青少年のための管弦楽入門」が別名「パーセルの主題による変奏曲とフーガ」であることを知った時に始まる。

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そんなパーセルの楽曲を聞きたくなったが、おどろおどろしい「メアリー女王の葬送のための音楽」を、こんな清々しい朝から聞くわけにもいかず、取り出したのが入手して久しいが全部を聴くことができてないハルモニアムンディから発売となった、バロック全集の中から。

劇音楽「女予言者,またはダイオクリージャンの物語」
1 Argenta, Nancy - The Prophetess, Or The History Of
2 Ouvertuere
3 Dance - Lied: If Music Be The Food
4 Dance Of Bacchanals - Trumpet Tune
5 Prelude - Lied: Oh How Happy - Hornpipe
6 Dance Of The Furies
7 First Music
8 Duett: Lost Is My Quiet
9 Prelude - Lied: Let The Soldiers Rejoice - Spielst
10 Chaconne
11 Second Music - Paspe - Chair Dance
12 Argenta, Nancy - Concerto Grosso G-moll Op. 6 Nr.
13 1. Largo E Affettuoso
14 2. A Tempo Giusto
15 3. Musette - Larghetto
16 4. Allegro
17 5. Allegro
18 Argenta, Nancy - Il Duello Amoroso Hwv 82 (kantate
19 1. Sonate: Allegro Menuetto
20 2. Rezitativ: Amarilli Vezzosa

ナンシー・アージェンタ(Sp)、マイケル・チャンス(C-T) ゴットフリート・フォン・デル・ゴルツ(指揮&Vn)、フライブルク・バロック・オーケストラ

さて「ダイオクリージャン」とは、はたして何者か、また女預言者とは一体何者なのだろうか。

パーセル節が、そして美しい女性のソロが挿入される楽曲を聞くうちに、こんな疑問が頭をかすめた。

苦労して調べてみると「ダイオクリージャン」とは「ディオクレティアヌス」と同一人物であることが判明した。

「ディオクレティアヌス」とはGaius Aurelius Valerius Diocletianusというローマ帝国の皇帝(在位:284年 - 305年)で、軍人皇帝時代を収拾し、ドミナートゥス(専制君主制)を創始し、テトラルキア(四分割統治、四分治制)を導入したことで知られる人であった。

東と西にローマ帝国を分けて、それぞれに副帝(カエサル)」を任命、自分たちは正帝として、ローマ帝国を4つに分けて統治したとされる。

いわばパックスロマーナ時代のあとの混乱期の統治機構で、キリスト教に対する迫害が最も強かったとも言われる。

この劇音楽組曲には,ディオクレティアヌスが皇帝の座に上っていく様子が,そして彼の婚約者「女予言者」・・・(デルフィーの信託に関係があるかも)から、違う女性を愛するという愛憎劇の2つの側面があるようだ。

パーセルがこのローマの昔話をもとにした歌劇を作ったのは、名誉革命で英国の国王になったオラニエ公ヴィレム3世と女王メアリー2世への賛歌の意味を込めたからだといわれる。

パーセルはメアリー女王をとても崇拝しており、彼女に対する様々な楽曲を書き残している。

ちなみに
クイーン・メアリー(Queen Mary)は他に3人がほぼ同時代に存在する。

メアリー・オブ・ギーズ:スコットランド王ジェームズ5世の妃で女王メアリー・ステュアートの母
メアリー・ステュアート:スコットランド女王
メアリー・テューダー:フランス王ルイ12世の妃。本項のメアリー1世の叔母。
メアリー女王、メアリー1世に限っても2人、メアリー・テューダーに限っても2人が存在することになる。

このためパーセルが崇拝したというメアリー女王がどのメアリーか、断定することは容易ではない。

同じ祖父(チャールズ1世)を持ついとこ同士で、世にも珍しい “共同君臨” をした、俗にいう「オレンジ公ウィリアム3世」と「メアリー2世」がパーセルのメアリー女王である。

女王メアリー2世は1694年に天然痘で死亡し、その死を悲しんで作ったのがパーセルの「メアリー女王の葬送のための音楽」であろう。
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by noanoa1970 | 2008-10-19 11:31 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(2)

昨日眼科の定期検診に行って、眼圧の検査をしていた時、先生に「なんだか熱っぽい感じがある」といわれた。

ここ10日ほどの体調不良がまだ影響しているかと思ったが、あいにく家の体温計がすべて壊れている状態だったから、体温測定はしていなかった。

それで病院の帰りに体温計を購入して測ると37度あった。

普通の人なら体温37度は少し平熱より高いというだけのことだが、小生の平熱は35.5度~36度と普通の人よりも低いのだ。

学生時代に風邪を曳いて熱が出て寝込んでいるところに友人が来て、37.5度熱があるというと、「お前そんなこと言ってると本当に熱が出るぞ」と、小生がフーフー言っているのを仮病だと思い信じなかったことがある。

平熱36.5度の普通人ならば、37.5度は大したことはないが、小生にとっては、普通の人の38度ほどに相当するから、今回の37度も少し高いほうなのだろう。

10日余り体がだるく体の節々と喉が痛かったのは、早い時期の「インフルエンザ」なのだろうか。

今更内科にかかるわけにもいかずに、風邪薬でごまかしながら、時が過ぎるのを待つ日々であった。

昨夜もそうして寝る前に風邪薬を飲んだが、多分それの影響だろう、このところ不思議な夢ばかり立て続けに見るのだ。

ほとんどはすでに記憶から消えてしまっているが、昨夜のものは割とハッキリ覚えている。

見知らぬある町外れを歩いていて、気がつくと立っていたのは、鬱蒼とした森の中。
気がつくと、あたりはすっかり暗くなっていて、不気味だが恐ろしくはない。

昔どこかで見たことのあるような、懐かしさがある。
進んでいくと昭和初期に建てられたような2階建ての木造の校舎風の建物が見える。
明かり・・・たぶん裸電球だろう、が灯っているのだが、人影は誰も見えない。

次に見えるのは、やはり裸電球がともる古い工場の建物。
2階建てで、1階には材木がたくさん置かれているが、人の姿はない。

そこを過ぎて、なおも進むと今度は廃墟が現れた。
アールデコ風の建物が、廃墟と化していて、建物は崖に沿って建てられていて、崖の下には、古い民家の小さい集落がある。

ここはどこだ、どうしてこんなところに居るのだろう、そう思って来た道を一目散に駆け足で帰る。

「そうだこれは夢なのだ、夢に違いない。」
夢の中で、これは夢に違いないと言い聞かせている自分が、得体の知れないものから逃れようとしていることに、自分で気が付いているのも面白いのだが、そう思う根拠がやはり夢の中にあった。

幼児期、高熱が出ると決まって見る夢があり、その夢のことを今でも覚えている。
幼児期には、よく扁桃腺が腫れてすぐに熱を出し、時には譫言を言ったという話を聞かされた。

その譫言とは・・・・
米と麦が喧嘩をする。
小生は米が好きで、米の応援をするために、麦の悪口をいう。
麦が怒って追いかけてくるので、「それ逃げろ・・・とっとことっとこ・・・」。

このとき「麦は嫌いだ、逃げろ、トットコトットコ」ということを、譫言でよく言ったと聴かされていた。

それに加えて、同時に見たのは、暗い船の底か、倉庫のようなところ。
大きな歯車がゆっくりと音をたてて回転している。
奴隷船の櫂のようなものを、一生懸命に漕ぐと歯車が回転する。
漕ぐのを少しでもサボると、何かしらの圧力が体を支配する。
苦しくて喘ぎながらも、仕方なく櫂のようなものを捜査している。

まるで「蟹工船」の労務者のようであるが、そんな夢を必ず見た。

「これは夢に違いない、そう夢の中で思っている自分がいたのは、見知らぬ町外れから、迷い込んだ自分が見た、記憶の底の古い光景と、そこから逃げ出そうと、泥濘の道帰り道を探して、裸足のまま駆け足で、かなり必死になりながら・・・それでもなかなか町がある元の道に帰りつくことができない自分がいて、それが幼児期、高熱を出している最中に見た夢、そして譫言の記憶を呼び覚ましたからに他ならないからだ。

小生の場合、いつも夢というものは、まるでコラージュのように断片的なものが張り付いて来て、それがまとまりのない物語となっていくものだ。

突然のように、海が見える小高い場所の、集会所か野外音楽堂のようなところにいて、周りには見知らぬ人が大勢いる。

後ろを振り返りながら、誰かを探しているのだが、誰を探しているのかはわからない。

何かを叫んでいるのだが、周囲が騒がしくてよく聞こえない。

いつの間にか周囲の騒がしさが消えて、小生の声だけが響いたと思った瞬間、ステージではコンサートが開始される。

ステージには、指揮者が一人向って左に。
真中奥にはコントラバス奏者。
そして右には・・・記憶があいまいだがピアノではないことだけは確か。
木管楽器・・・ファゴットだったろうか・・がいる。

演目はシューベルトの「アルペジオーネ・ソナタ イ短調 D.821 」
これを指揮者付きで、ファゴットが主旋律を、コントラバスが伴奏をするという変わった趣向でやるというのだ。

「アルペジオーネ」というのは、今はもう存在のない弦楽器で、六弦のフレットを持つ・・・ギターのような楽器だとされ、しかもアルコで奏される楽器だという。

現在ではチェロとピアノで演奏されるのが一般的で、小生が今まで聞いた演奏も然りである。

この10日ばかり全く音楽を聴いてないが、なぜ夢に出てくる音楽がシューベルト、しかも最近はほとんど耳にしない「アルペジオーネソナタ」なのだろうか。

この曲、決して嫌いな曲ではないが、とりわけ・・・シューベルトの作品の中でも、好きな曲というわけではないのだ。

熱が少しある夢の音楽で、シューベルトなら、やはり「さすらい」に関係のある曲であるべきだろうに。

ファゴットやコントラバスでの演奏というだけならば、多少通常パターンではないにしろ、面白い試みだと理解は可能であるが、室内楽デュオでは絶対考えられない、指揮者がいて、指揮をしているのだからまいってしまう。

さらに驚くべきこととして、
I. Allegro moderato 13:16
II. Adagio 04:51
III. Allegretto 10:09
以上約30分ある曲の全曲が、夢の中で演奏されたことだ。

小生はこの曲、非常にメロディアスだからよく覚えているほうではあるが、それは大体を口ずさむことができる程度で、とても終楽章までの全部は無理なのだ。

ところが夢の中では、1楽章はファゴットがチェロ部分を、コントラバスがピアノパートを演奏し、2楽章になると演奏者が入れ替わり、指揮者もいなくなって今度は木管楽器奏者ばかり・・・オーボエ、クラリネット、ファゴットが演奏し、終楽章になると金管楽器のトランペットが加わって、面白いことに音を出さずに息を吹き込む音のみで演奏し、とうとう全楽章全部演奏されていまうのだった。

おまけにこのトランペット奏者は、本日のベスト演奏者として、最後に表彰されてしまう。

スーッウとかハーという音しか出さなかった演奏家が表彰されるという、何とも不可思議なものだが、どうもこれは現実ではなく、たぶん夢だろう・・・そう夢の中で思う自分がいることがまた面白い。

夢の中で夢を見る経験は少ないが、夢を見ていてこれは夢なのだと思う・・・それも夢の中の夢なのだろうか ・・・は、少ない経験ではない。

年をとったせいか、高熱ではなかったせいなのか、幼児期のような、暗い地の底のような夢を見る事はなくなったが、昔どこかで見たような、どこか懐かしいがしかし非現実的なコラージュのような夢を時々見ることがある。

そんなわけで今朝は
「アルペジオーネソナタ」を聴くことにした。
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シューベルト/シューマン

シューベルト:
アルペジオーネ・ソナタ イ短調 D.821 [4]~[6]
シューマン:
幻想小曲集 作品73
民謡風の5つの小品 作品102

マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)
ミシャ・マイスキー(チェロ)

マイスキーのチェロは小生の好みからは遠いが、アルペジオーネという楽器の特質のような音をチェロで出していると解釈すれば、聞きようもある。
音の深みや響きの厚み、マイスキーのチェロからはいつも遠いものを感じてしまう。
アルゲリッチのピアノとも相性が良くないように感じてしまうが、これしか持ち合わせていないので仕方がない。

シューベルトを感じるには、違う演奏を探さなければならないだろう。

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by noanoa1970 | 2008-10-18 12:35 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(2)