散歩の途中で

いつもの里山。
桜はまだ2分咲きだが、雪柳は今が盛ん。
真っ白な花をいっぱいに咲かせて、風にたなびく雲海のように見える。
微かな花の香が漂うのが朝の気分を良くしてくれる。
姿が見えない鶯の声が近くで聞こえてくる。
うす曇だが、時々日が射すとあたりの景色がその瞬間VIVIDになル、その変化が面白い朝であった。
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散歩をしながら、先日亡くなった「植木等」の歌のフレーズ、そして彼が流行らせた数々の言葉を思い出した。
人間一つや二つは「わかっちゃいるけど、やめられない」ものがある。
その反面、昨日の思い出に別れを告げるために「ハイ、それまでよ」と、合理化するもの。

1960年代初頭、その頃のサラリーマンには希望こそあれ、数十年後の悲劇を予想するものは誰もいなかったであろう。
特級酒と同じ味がするといって、二級酒に「味の素」を入れて飲んでいた父親の酒が、「トリス」から「角壜」のウイスキーに変わった時代でもあった。

TVとラジオが交差する文化の只中にあって、ラジオのS盤アワーで外国のポップスが流れる一方、TVの「シャボン玉ホリデー」では「クレイジー・キャッツ」が、ギャグを飛ばしつつコントをやっていた。演奏を聞かせることは少なかったが、本来彼らはJAZZバンドで、「桜井センリ」のピアノ、「谷啓」のトロンボーンは結構上手であった。「石橋エータロー」もピアニストだったから、クレイジーにはピアニストが2人存在するという奇妙なバンドでもあった。「ハナ肇」のドラムはドラムを叩くときの顔が面白おかしくて、結構好きだった。

シャボン玉ホリデーでは「ザ・ピーナッツ」が「レモンのキッスという曲を歌っていて、この曲は後にDRACのレコードコンサートで、「ポピュラー音楽になったクラシック音楽」というタイトルのレコードコンサートをやったとき、この「レモンのキッス」と「ポンキエルリ」作曲の歌劇「ラ・ジョコンダ」より「時の踊り」を両方厚かったことがあった。
「レモンのキッス」は、アメリカでは「ライク アイ ドー」といい、「シュガータウンは恋の町」の「ナンシー・シナトラ」が歌っていて、ラジオから良く流れていたのを覚えている。

そういえば「谷啓」はアメリカの喜劇俳優、「ダニー・ケイ」から取った名前であった。「植木等」はリードギターを担当していたが、ヴォーカルでの活躍のほうが目立っていた。
彼の親父は三重県の浄土真宗の寺の坊主で、「水平運動」に参加し、思想犯の扱いを受けたという。キリスト教と仏教の両方から多くを学んだのか、異色の人物だという。
情報では、親父の影響をかなり強く植木が受けたというから、TVや映画の上での植木と実際の植木の間のギャップは相当のものであったと推測される。

また一つ、「昭和」の一時代を担った「星」が消えていった。
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by noanoa1970 | 2007-03-30 11:20 | 季節の栞 | Comments(0)

コマーシャルで使われる曲

TVを見ていて思わず「懐かしい」と思ってしまう音楽が最近良く登場する。
棒携帯電話会社のCMでそれが顕著である。
ある携帯電話会社は、最近まで「プロコフィエフ」の組曲版「ロミオとジュリエット」から「モンターギュ家とキャピレット家」の音楽・・・・バレー音楽版では「騎士達の踊り」が使われていて、「予想外」というキャッチコピーとともに目と耳についたものであった。
最近では「予想外犬」が登場し、同じプロコフィエフの「ピーターと狼」のテーマが使用される。
このCM作者は、よほどプロコフィエフがお気に入りなのだろうか。

さて「懐かしい」と小生が言うのはクラシック音楽ジャンルではなく、60年代にリアルタイムに聞いていた曲が2つも登場したことにある。
奇しくも2つともが某携帯電話会社のCMである。

その一つは
新世代チャーリーズエンジェルの、「キャメロン・ディアス」が、子供と一緒に家から出てきて、スクールバスに子供を乗せようとするシーン。
あたりの風景は裕福そうな山の手の瀟洒な町並みの一角。
そのとき聞こえてくるのがなんと「フランク・シナトラ」の長女「ナンシー・シナトラ」が60年代半ばに歌って、深夜のラジオから時々流れるのを「素敵な歌」と思いつつ聞いていた「シュガータウンは恋の町」であった。
イントロのベースの音が特徴的な「にくい貴方」のほうがヒットし、ラジオからはこちらがよくかかってはいたのだが、小生は「シュガータウン・・・」のほうが断然好きであった。

ほぼ同時期だったと記憶するが「ペトラ・クラーク」というイギリスの歌手がヒットさせた「恋のダウンタウン」という曲の・・・・いつもボサノヴァが流れ、好みの映画を上映する映画館があって、忙しさはあるけど、いやなことを忘れさせてくれる明るい陽の当たる光溢れる元気な下町、きっといいことが待っているそんな下町が好き・・・などという下町賛歌を、少しボサノバ・タッチで明るく軽快に歌うメロディアスな音楽と、「ダーンタウン」「ダーンタウン」と歌うそこで転調する洒落た音楽に好感を抱きつつ、「ナンシーシナトラ」のほんの少しブルーノートがかった・・・つまりほんの少し♭気味なトーン・・・この人の特徴だと思うのだが・・・・ナンシーの歌う「シュガータウンは恋の町」とともに、いまだに忘れてない曲のひとつになった。

「ダウンタウン」のほうは、なんとなくその意味をつかむことが可能であったが、「シュガータウン」は、それと大いに反して、その意味がさっぱりわからなかった。
というのも、「シュガータウンは恋の町」という邦題のなせる業で、「ダウンタウン」と同じような「町の賛歌」あるいは「恋人達の町」のような先入観を持っていたからだと思うのだが、中に出てくる「なついてくれる犬はいなかった」とか「友達もいなかった」などという断片が聞こえてきたのだが、どこにも恋の町・・・すなわち「この町が好き」なんていうことは、サッパリ聞こえてこないから、なにやら複雑な中身があるようで、しかし「シュ・シュッ・シュー・・シュ・シュッ・シュー」「シュ・シュ・シュ・シュ・シュッ・シュー」「シュガタウン」というところに、恋の予感めいたトーンを感じているにとどまった。

CMでこの懐かしい曲を聴いた瞬間は「ナンシーシナトラ」のオリジナルではないと思ったのだが、(実はペトラクラークの歌声に聞こえたからしばらく混同していた)が恐らくリマスターによるものであろう。しかしこの歌、前奏の明るい4拍子のリズムで始まる割には、中身の詩はそんなにも明るいものではない。この詩とメロディの落差には驚きである。
CMの・・・キャメロン・ディアスの明るいタッチとこの歌のメロディラインの明るさはマッチしているが、歌詞はといえば少々疑問が残る。(難解な詩だから聞いてもそうやすやすとは、わからないだろうが)
どうも某携帯電話会社のCM政策担当者の中に、背景や意図と真逆の関係の曲を当てて、喜んでいるようなものが見え隠れする。
これも「意外・・・・」というキャッチフレーズのなせる業なのかと、勘ぐってしまう。

さて次の一つは上の曲を使ったCMとは別の棒携帯電話会社のもの。
この曲も60年代半ばにラジオからかなりの頻度で流れてきた。
「ダイアナ・ロスとシュープリームス」が歌う邦題「恋はあせらず」だ。
フィルスペクタータッチのリズムと、ダイアナロスのヴェルベットヴォイス、そしてチョットだけモータウン系のR&B的な要素を残しながら、繰り返しの強調が特徴的で、しかも小生が好きだったのは、曲想を変えるために、転調するための繋ぎのところ・・・「I need to find, find someone to call mine But mama said」の洒落たシンコペーションの歌いまわし・・・これを真似ようとして何回と無く不成功に終わったが、あるときちょっとしたきっかけで成功したときはうれしかったものだった。

また、中に「That keeps me hangin' on』という言葉が出てきて、後にダイアナロス自身は同じフレーズのYou keep me hangin' onという曲を歌うことになるのだが、同時期に「ヴァニラ・ファッジ」というアイスクリームのようなグループが「keeps me hangin' on」という曲を歌ってヒットさせていた「ダダン・ダダン・ダダン・ダダン・・・」「take me free why don't you know」という出だしで始まるソウルフルな曲でこれも好きな曲の一つであった。
「keeps me hangin' on」という言葉の意味がわからなくて、辞書を引いたが該当が無く、随分苦労したことがあった。
どうやら「忘れられない、あるいは脳裏を離れない」というような意味であるらしい。
慣用句・米国のその筋の俗語なのかも知れない。

TVのCM製作者達は年齢的には、恐らく50台人になると第一線から遠ざかっていることだろうから、30台から40台の人が当たることであろう。
彼ら若手の作るCMに使う曲が、60年代に・・・ヒットこそしたが、トップチャートにぐランキングされなかったものを採用したのにはどのような理屈や感性が・・・あるいは商業的、趣味的要素が働くのだろうかと、興味がわくこのごろである。

そしてもう一つ50年代、60年代の音楽が、どのように現代の・・・主に若者に受け入れられているのかにも、興味を抱いているのである。

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by noanoa1970 | 2007-03-28 10:01 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

リユニオンブルース

しばらく「骨董の陶磁器」ばかりUPしていたので、ここらで音楽の話をと思い、久しぶりに取り出したのは「ミルト・ジャクソン」と「ピーターソントリオ」が会して録音した「リユニオンブルース」とタイトルされたLP。

リユニオンとは「再結成」のこと。
この言葉をタイトルにした曲の入ったアルバムが1971年に発売された。
この年は小生がモダンJAZZを聞き始めてから数年たった時のことで、オスカー・ピーターソンやMJQ、パウエルやモンク、そしてコルトレーンなどをJAZZ喫茶を中心にして聞いて、ボツボツLPを買い揃えはじめだしていた頃から数年のことであった。

そうするうちに、MJQのミルト・ジャクソンがオスカーピーターソントリオと組んでアルバムを出すといううわさが耳に入り、発売を待ちわびながら入手したのがこのアルバム「リユニオン・ブルース」であった。
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それまではMJQとオスカー・ピーターソントリオ単独の録音は聞いていたのだが、パーソネルこそ違うものの、同じ構成によるユニットがオリジナルMJQとどのような違いが出るのかが楽しみであった。
収録曲もスタンダードナンバーが中心で、なんと「ローリングストーンズの名曲、「サティスファクション」が1曲目に収録されているし、「いつか王子様が」、「恋に落ちたとき」「ドリーム・オブ・ユー」も録音されているというのだから、期待を持つのも当然である。

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しかし何故「リユニオン」=再結成かというと、実はこのメンバー1961年に「ヴァリー・トール」というアルバムを録音しているというから「リユニオン」であり、収録曲にミルトジャクソンの書いた「リユニオン・ブルース」が収録されているところもあるからであろう。

「MJQ」は、そのメンバーに
・ミルト・ジャクソン(ビブラフォン)
・ジョン・アーロン・ルイス(ピアノ)
・パーシー・ヒース(ベース)
・ケニー・クラーク(ドラムス)
(1955年からはドラムを・コニー・ケイ)

一方「オスカー・ピーターソントリオ」のメンバーは
・オスカー・ピーターソン(ピアノ)
・レイ・ブラウン(ベース)
・ルイ・ヘイズ(ドラムス)

小生は勘違いの勘違いをMJQに対してしていて、当初MJQ=ミルト・ジャクソン・カルテット」の頭文字の略だと思っていたら、友人に「モダンジャズ・カルテット」の略だといわれ、Milt Jackson Qは間違いであると思っていたのだったが、彼らの最初の名前はまさに「ミルト・ジャクソン・カルテット」であって、すぐ後に「モダンジャズ・カルテット」と改められたということが判明したのだった。

ともあれ、当時のJAZZの巨匠が再結成し、録音したJAZZは大いなる期待を抱かせたことは事実であった。

「スウィングが無けりゃ意味が無い」とはよく言ったもので、「リユニオン」されたユニットのJAZZは全編スインギー、MJQオリジナルの深遠さと、ピーターソン・トリオの小洒落れたところは少ないにしろ、各パーソネルは自分の存在感を限りなく発揮し、何かとピアノとヴァイヴばかりが目立つオリジナルのユニットを凌駕する音楽を聞かせてくれた。

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ピアノとヴァイヴの組み合わせは、「チックコリアとゲイリーバートン」の「クリスタル・サイレンス」のときにも書いたことなのだが、音が被る心配をよそに、「音のモアレ」がこの世のものとは思えないほどの音楽・・・・天上のおとを聞かせてくれたことに驚いたものだが、畢竟このアルバムにおいても、・・・勿論MJQオリジナルの音楽もそうであるのだが、「モダンジャズ」という狭い範疇を超えたモダンな音楽と音を提供してくれたことに大いなる賛辞を送っておきたい。

こうして書いていたとき、当時ジャズの入り口から少し億に入った・・・居間に続く廊下ぐらいの位置にいるファンの間で流行ったジャズユニットのパーソネルをもじったお遊びのひとつを、突然思い出したので記してことにしておく。

MJQネタで・・・・
有る夜のNYのホテルでの出来事。
「コンコルド」の録音を明日に控えて、「朝日のようにさわやかに」のリフの打ち合わせにホテルの一室に先に到着した「ジョン・ルイス」と「パーシー・ヒース」が残りの2人の到着を待ちながら、バーボンのグラスを傾けていると、やがてドアをコンコンとノックする音。
それに気がついた「ジョン」が「コニーかい」とドア越に声をかけるが返事が無い。
そこで「ヒース」が徐に立ちあがって、ドアをあけて顔を出して「見ると、ジャクソン」だった。・・・・というお話。

今ではどう見ても面白そうには思えない「与太話」だが、1960年代後半小生たちがJAZZを聞き出し、ユニットのパーソネルを覚えだした頃、得意そうになっての話題の一つである。
MJQの新メンバーのパーソネルを全て知っていて、すぐに口をついて出てくるくらいになった・・・などといわんばかりのネタぶりであった。

JAZZ入門後しばらくすると、このような・・・・JAZZ好きな仲間にしかわからない「遊び」をして、悦に入っていた時代があった。
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by noanoa1970 | 2007-03-27 11:24 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(2)

伊万里・・・富士山・氷烈紋皿

古伊万里染付富士山・氷烈文様皿
江戸末期の志田窯の染付け皿と思われる。
志田窯の大きな特徴として、「氷裂文(ひわれもん・ひょうれつもん)」を多用しているという点が挙げられるという。

志田窯の特徴の一つは、大胆でユーモラスな図柄にありますが、富士に松そして氷烈紋のこの皿の絵はとてもダイナミックで、大らか。
にんまりと笑みを浮かべて絵付けしたように感じられてしまいます。

氷裂文は「地文様」として用いられ、富士山と松の周囲を埋め尽くすことで、主題を目立たせて強調しつつ、氷裂がピシピシ音を立てて、割れながら広がっていく印象を与ええ、皿を実際よりも大きく見せるような効果を感じる。

氷烈文様はかなりの人気を持っていて、特に富士に松の絵付けのものは、今ではあまり骨董店でもお目にかかれることが少なくなってきてしまったようだ。
富山県福野町のあるお寺の客間に、これと同じものが飾られてあったのには驚いてしまった。普段使いのものであるはずのものが、床の間に鎮座していた。

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by noanoa1970 | 2007-03-26 11:30 | 骨董で遊ぶ | Comments(0)

伊万里青磁向う付け

「蕎麦猪口」と呼ばれている通常のものより一回り大きな物。
青磁の「青」が程よいので、気に入っている。
京都の義父はこの器に水を入れて、水墨画に使う筆を洗うのに使っていたという。
一つしかないが、青磁の奥深い色が心地よく、紅茶を飲むのに良く使っている。
紅茶の「朱赤」と器の中の「白」そして青磁の「青」がとても良く映える。
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by noanoa1970 | 2007-03-23 10:39 | 骨董で遊ぶ | Comments(0)

廃墟で見つけたお宝

通るたびに気になっていたものがある。
それはおよそ100年以上、時を経ていると思われるほどの古民家。
わらぶき屋根で出来た農家のようだが、今では壁は朽ちており、わらぶきの屋根は野草が生えている状態である。庭は荒れ果て、もう随分長い間放置されてきたようだった。
周囲は新しい建物が立ち並び始めているから、そしてこの民家は、もはやリフォームも利かないのだろう、見るたびに荒れ果てていく様子は見るに耐えないものがあった。
それでも小生は、この民家の柱や梁が見たくなって、あるとき抜け落ちそうな床を注意深く踏みしめながら、中に入ったことがあった。
柱も梁もそんなに太く立派なものではなかったが、奥まったところに、これも朽ちかけた茶箪笥らしきものがあることに気づいて、今ではスムーズには開かなくなってしまっている引き戸を恐る恐る開けると、奥のほうに長方形の箱があることに気がついた。
少しためらったのだが、持ってみると重たく、「何か陶磁器のようなものが入っている」のでは・・・と直感したので、蓋を取ると、中から出てきたのが下の写真・・・・「印判の猪口」だった。
このまま放置しておいても、やがてはブルドーザーで壊されてしまうと思い、かといって承諾を得る伝もわからないので、黙って我が家に持ち返ることにした。(もしも持ち主がいたのならご勘弁ねがいます。)
泥のような土埃で汚れてはいたが、キチンと箱に収まっていたし、割れたり欠けたりしている様子は無かったから、漂白剤で洗浄すれば当時の姿がよみがえるという確信を持った。
こうしてきれいにしたこの「猪口」は、明治期に流行ったと思しきデザインの印判染付けの・・・・恐らくお茶を飲むための器なのだろう。今でも時々骨董店に置かれてあるのを見ることが出来るもの。古来の花唐草文様を印判を使って大量生産するために、さらにデフォルメしたものであろうと思う。
当時の雑器であろうが、今では逆に斬新だから、人気が有る印判手のひとつであるようだ。
同系統の印判の皿と合わせてみると、不思議な高級感を呈するのが、この「印判手」と呼ばれる器の面白いところかもしれない。
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by noanoa1970 | 2007-03-21 14:08 | 骨董で遊ぶ | Comments(0)

骨董で遊ぶ

思いつきで少し遊んでみました。
少々皿のザイズが大きいですが、何とか使えるでしょう。
いずれは、組み合わせの「妙」・・・・素敵なカップルに出会えるでしょう。
濃い目の珈琲をこの器で味わいたいです。
京都三条堺町の「イノダ」のプレミアムが好物です。
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by noanoa1970 | 2007-03-19 15:40 | 骨董で遊ぶ | Comments(0)

「蓮」アラベスク文様の赤絵豆皿

見込みには「松竹梅」の吉祥紋が、そして「蓮」のアラベスク文様が精密に絵付けされている豆皿。
直径12cmほどの小さな皿だが、一切の手抜きが無い。
裏面には、咲いたばかりの梅が一輪と、蕾を持つ「梅の枝」が3本、一気に描かれている。赤の発色が素晴らしく、藍の色とのマッチングがまた素晴らしい逸品である。
和菓子を盛るのに良いだろう。あるいは白系の淡色で出来たデミタスカップや小ぶりの猪口を乗せてカップ&ソウサーで使用すると、また趣が違って、楽しく美味しく珈琲が飲める。

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by noanoa1970 | 2007-03-19 14:30 | 骨董で遊ぶ | Comments(0)

微塵唐草豆皿

新しいページにも小さな器同士を組み合わせて遊んだ写真を掲載してます。
微塵唐草の豆皿と猪口を組み合わせ、カップ&ソウサーに仕立ててみました。
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by noanoa1970 | 2007-03-19 14:25 | 骨董で遊ぶ | Comments(0)

金襴手膾皿

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かなり頻繁に使用する「膾皿」。
「膾皿」の食卓での用途は非常に多岐にわたり、使いやすい。
サラダでも、煮物でも、鍋の取り皿としても、冷奴、雑炊の器・・・・何でもかんでも使える便利さがある。

金襴手の器としては、そう派手ではないところが気に入っているし、大きさもちょうど手ごろだから重宝している。絵付けはかなり手の込んだもので、5枚全て微妙な違いがある。
裏に施される文様は「ねずみ」らしきもの、「波」そして羽子板のような横長のものと赤い三ツ星である。
これらはかなりよく見られるもので、何故このデザインが施されるのかはわからないが、何でもこれらの品物を収納する「蔵」と関係するようで、羽子板の横長文様は蔵の「鍵」をあらわすというように聞いたことがある。
さすれば「ねずみ」は蔵につき物で、寝ずの番をする・・・すなわち盗難よけ。
「波」は水だから水害よけ、赤い三ツ星は何か縁起の良いものの象徴であろうか。

それらが厳重な蔵に納められ、シッカリした「鍵」がかかっているから、天変地異や泥棒の害から守れる・・・ということなのかもしれない。
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by noanoa1970 | 2007-03-18 11:31 | 骨董で遊ぶ | Comments(0)