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東京物語を見る・・・・映像の表情・・・「繰り返される日常」

しかし小津は、前にあげた「生と死」の単なる対比だけには終わらなかった。
「とよ」がなくなり、周吉は尾道での新しい生活が始まることになるのだが、小津はやはりそこまでケアーしたのである。
それは、「紀子」が尾道を去るときに乗ったであろう列車を、それまで殺風景な尾道の国鉄のレールに走らせることによって、「過去と決別」することが、漸く適うようになって、再び新しい尾道の生活をする、という意欲が湧いてきて、新しい日常が始まり、恐らくそれが繰り返されるであろうことを、小津は見るものに訴求する。

尾道の、「生と死」の象徴でもある河口付近の「船」の行き来の風景は、力強く描かれ汽笛の音とともに写されることでも分かる。

今まで聞こえなかった蒸気船の音、そして汽笛の音、機関車の力強い音が、最後になってここで聞こえてくる。
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by noanoa1970 | 2006-08-31 07:35 | 小津安二郎 | Comments(0)

東京物語を見る・・・・映像の表情・・・「静と動」

この映像はいずれも「とよ」の生前そして死後の尾道の定点風景。
「とよ」が亡くなった直後の映像では人もいない、列車も走らない、とてもうつろ、空虚な、何もない風景画描写される。周吉、そして京子の心の中を代弁するものとして挿入されたのであろうか。前に挙げた河口付近の常夜灯の風景と重ねると、しかしどう見ても「早朝」にかこつけた小津の意識的な演出ではないだろうか。
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by noanoa1970 | 2006-08-31 07:33 | 小津安二郎 | Comments(0)

東京物語を見る・・・・映像の表情・・・「生と死」

「とよ」が倒れ生死を彷徨っている時に描写される河口あるいは港近くの風景。船が2隻港方面から、そして川上から近づき、やがて交差する。一瞬重なるがすぐにまた離れていく。
2隻の船は「生と死」の象徴であろうか。周吉の、・・・妻「とよ」に対する思いの実感描写の象徴なのか。漸く近づいてきたのに、また去っていかなくてはならない「運命」をあらわすのだろうか。肉親の死を目の前にして、人は始めて、自分の心の中を自分で見ることが出来るのだろうか。
そんなことを思わせる印象的な映像である。
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by noanoa1970 | 2006-08-31 07:31 | 小津安二郎 | Comments(0)

東京物語を見る・・・・映像の表情と対比

物語最初の映像。船は左から右に進行する。海に向かうのか川上に向かうのか、港に帰るのかはハッキリしないが、それはどちらでもいいのだろうが、この映像は川上、あるいは港に戻る船と見てよいかもしれない。

2枚目のの映像が恐らく「母なる海」へと出向する船なのだろう。
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「とよ」が亡くなった後の、物語冒頭と同じ風景の映像。しかし船の進行方向は画y管。
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単純に考えれば、最初の映像はお昼近くそして2枚目の映像は明け方あるいは早朝であるから、当然船の進行方向は逆でよい。
しかしただそれだけではないような隠された表現がありそうなのを強く感じる。

1枚目が希望に満ちた思いの東京行き・・・すなわち、生き生きとした「生活力」の象徴すなわち、尾道の日常。。
2枚目は肉親の「死」を体験して、漸く湧きあがってきた「静謐」すなわち尾道の非日常。

ほとんど同じような2枚の「静かで美しい「映像」から受ける印象が、物語の展開によって、かくも異なることに驚いてしまう。船の進行方向は、そんのほんの小さなことに過ぎないのだろう。

by noanoa1970 | 2006-08-31 07:30 | 小津安二郎 | Comments(0)

「東京物語」を見る・・・「うちわ」の謎-3

長旅を終えた安堵感と、やはり尾道がいい・・・そんな思いが交差する至極ユッタリとした「うちわ」。
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「とよ」が倒れ生死を彷徨う時、祈るようなな気持ちで・・・単にユックリではなく「目を覚ませ」と呼びかけるような「うちわ」の使い方・・・素晴らしい。
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家族が集まる中一人皆のため、そして母のために「うちわ」で扇ぎ続けることが、仏神に願いが届け、とばかりに、助けを請うように扇がれる末娘「京子」の「うちわ」。
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by noanoa1970 | 2006-08-30 15:45 | 小津安二郎 | Comments(0)

「東京物語」を見る・・・「うちわ」の謎-2

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熱海の旅館でのこと。老夫婦はいつもの習慣どおり、早くとこにつく。しかし慰安旅行などの行楽客の夜は長い。察するところ恐らくまだ22時前であろう、が床に就いた老夫婦は外がうるさくてなかなか寝付かれない。

始めは、そのうち静かになるだろうと、我慢しながらユックリと仰いでいた「うちわ」だが、やがて動きが少し早くなり、ついには虫が寄ってきたかのように、「パシッ」音を立てて体や顔の辺りをたたく。それでも外は相変わらずうるさい、それに文句も言えない周吉。
こんなところに来ることになってしまった自分たちの惨めさを味わうことになった、怒りと悲しみの表現でもある。

外は夕凪が終わっても相変わらず風がないのか、ほとんどの観光客は「うちわ」を手に持って、扇ぎながら談笑したり行き交ったりする。お忍びできている怪しそうなカップルでさえ「うちわ」を持っているのが面白い。

やがて周吉夫婦は我慢の限界を超えてしまい、突然布団の上に起き上がる。
この旅館で唯一静かな・・・静かであってほしいという願望の表現が、部屋の入り口に、丁寧にそろえて脱ぎ置かれた「スリッパ」。
静と動の対比」が素晴らしい映像である。

by noanoa1970 | 2006-08-30 15:40 | 小津安二郎 | Comments(0)

「東京物語」を見る・・・「うちわ」の謎-2

「うちわ」は人の心を写す「鏡」である
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4枚の映像は、熱海の旅館から予定よりも早く引き上げて、「しげ」の美容院に戻ってき「とよ」に「しげ」が、2階に上がってきて、何事か聞き出そうとする、そして取り繕おうとするシーンである。

迷惑になるからソロソロ尾道に帰ろうかと思う・・・という「とよ」に、「しげ」は今夜寄り合いがあるので、実は戻ってきてほしくなかったことを言いながら、まだいいじゃない、もう少しいて歌舞伎でも見たらどう・・・などと内心は「しめしめ」と思っているのだが、矛盾を隠し、平気で儀礼的にモノをいうところ。

このときの「杉村春子」野表情は・・・顔は笑っているが目は全く笑っていない。こんな演技が出来るのだからやはり「杉村春子」は演技派の名女優だ。

小津は「しげ」のこのときの内心を、「杉村」の演技力にさらに追い討ちを掛けるように、「うちわ」を使って表現した。

それは
「うちわ」を「とよ」に向かって立てに扇ぐところ。しかも少し早く。
こんなことは通常では絶対しないこと。
増して親子の間で、この仕種をやらせたということは「しげ」を徹底的に「性悪」に見立てたかったのだろうか。

「小刻みに立てに扇がれては、早く帰れと堰かされているのではないかと誰でも思うようなもの。
いくら口で、もっと居てくれといっても、心の中がそうでないことは誰の目にも明らかになるのである。

by noanoa1970 | 2006-08-30 15:30 | 小津安二郎 | Comments(0)

「東京物語」を見る・・・「うちわ」の謎-1

この物語の季節は「盛夏」である。それは作中いろいろな場面で、「うちわ」が使われていることからも分かるが、小生は、「うちわ」を小津が何かを表現するための小道具として、一貫して使用してきたような気がしてならない。
さて、それでは「うちわ」が、どのような場面で、何を表現しているのかを例を挙げてみていくことにしよう。

久しぶりに家族が一堂に会したときに、「しげ」の使う「うちわ」はごくユックリと両親のために扇がれる。久しぶりに会えた喜びと、しばらく長男の家に厄介になる両親を見て、「しげ」はこの時点では安心しているのか、心の内が、比較的平穏である。「うちわ」の扇ぎ方と「しげ」しかうちわを使ってないことが面白い映像表現である。
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長旅をして無事東京に着いた安堵感と、少しくたびれた感じが「うちわ」に出ている。しかしここでは東京の暑さは、さほど感じない。
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長居されると困ると思った「しげ」が、夫も巻き込んで長男に、熱海行きの相談を持ちかける場面。「しげ」の「うちわ」がせわしなく、足元やすその中をも扇ぐ姿が描写される。口先では両親のためになどといいながら、その実「寄り付いてくる虫を追い払う」かのような「しげ」の心理を表現するように思う。
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by noanoa1970 | 2006-08-30 15:20 | 小津安二郎 | Comments(0)

「東京物語」を見る・・・7

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周吉夫婦は長男宅から、美容室をやっている長女「しげ」の家にいくことになる。長女の美容院があるところは、長男の家よりは中心に近いところにあるらしい。付近を都電や都バスが走るのが見える。

どういうわけか長女「しげ」はこの物語では、一番の「悪役」として描かれる。
実際なら両親が尋ねてくれることはうれしいはず、もし家庭の主婦として「嫁」に行った身の上であれば、夫や家族に遠慮もあろうと、思うのだが彼女は子供もなく、亭主はいわゆる「髪結いの亭主」、普段から女房のほうが実験を握っている家だから、夫への遠慮などはないはず。

d0063263_200428.jpgところが「しげ」は、久しぶりに会えた両親にかなり冷たく振舞って見せる、それが「隠れたとこでのこと」だから始末が悪く、関西風に言えば「いけづ」の性格を見事に演じた「杉村春子」はとても見事であるとしか言いようがない。

「しげ」の夫の方が気を使ってアレコレしようとするのを、ことごとく文句をつけるとこから始まる。
夫が美味しいからといって「饅頭」を買い込んでくると、そんな高級なのは必要ない。おせんべいで十分などと平気でいい。「きのうもおやつ、おせんべいじゃないか」と夫が言うと「おせんべいが好きなのよ」と、夫が両親にかこつけておやつに「饅頭」を買ってきたのを見透かしたように言う。

忙しさにかまけて、自分は何もしないにも拘らず、見栄っ張りでもあるから、人に何でも頼もうとする。戦死した弟=老夫婦の次男の妻「紀子」にさっさと電話し、「紀子」の会社を休ませてでも、東京見物に連れて行ってほしいと頼み込む。
この辺り、いくら「しげ」が自営業だから忙しいとは言え、「いやな娘」の、かなりオーヴァーな演出である。

d0063263_19561897.jpg周吉夫婦が熱海の旅館から予定より早く帰ってきた時、その姿を見ての娘「しげ」の顔つきには凄い物がある。この表情が出来るのは「杉村春子」しかいないであろう。

しかしこの辺りに「都会の色に染まりきった、・・・・田舎の出身だから余計にそうなるのかもしれないが・・・小津はこの辺りで「自分の資質をも変えないと、生きてはいけない都会の生活の厳しさ」あるいは「似非東京人の合理化された精神構造」のようなものを表現する。
江戸っ子は決してそのようなことはない・・・生粋の下町江戸っ子である小津が、そう訴えているかのようで、「しげ」の素行に対して、小津は・・・・「品性」までなくしてしまった人間に対しての嫌悪感をあらわに表現する。

ここに、「田舎者」にたいする小津の「隠れた差別意識」のようなものが見え隠れする。

銭湯に行くのに、そこの「汚い下駄を履いていけ」、といい(考えようによっては合理的)
美容室の客には自分の「両親を知り合い」と説明する。
夫が歌舞伎をに連れて行こうとするのを(おそらく拒否したのだろう)通常であれば、喜んで夫の行為に甘えるもの。

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長男の家も周吉夫婦が長いできる空間はなかったが、「しげ」のところも、それは同じで、2階は住み込みの弟子が寝泊りする状態であった。
そこで「しげ」は兄と相談して、熱海へしばらくの間行ってもらうことにする。
これには理由があって、その理由とは仕事上の寄り合いでお客が来るためだということが後に判明する。
熱海から予定より早く帰ってきた周吉夫婦は、自分たちの居場所がなくなってしまったことを改めて知ることになる。
夫婦は、「宿無しになってしまった」といって、「周吉」は古い友人を尋ね、、「とよ」は義路の娘「紀子」野世話になろうと決める。いずれも、行き当たりばったり、「当てのないいわば放浪への出発」である。

旅に出て一番心配なことは、寝るところが決まってないこと・・・・そのような経験は小生にもある。
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周吉夫婦は相手を訪ねてもよい時間になるまで、東京を放浪する。
そして周吉夫婦の目的は何一つ達成されぬまま東京での日々はむなしく過ぎることになる。

ただ一つ戦死した次男の嫁「紀子」が会社を休んでまで自分たちのために、東京見物に付き合ってくれて、アパートでお酒や・・・・恐らく「カツ丼」をご馳走になったこと。
後になくなってしまう周吉の妻「とよ」は紀子のアパートを再び訪ねることになるのだが、その時にも、いままで味わったことのないほどの「精神の安らぎ」を感じることになる。

小さくて狭いアパートの一室で、アレコレ・・・・亡くなった次男の話や、もう8年もたったのだからこの先、いい人を見つけて、結婚してくれないと心苦しい・・・という「とよ」に、
好きでこの間々いるのだから・・・・と義理の母を気遣う「紀子」
肉親でもない人間と枕を並べて添い寝する人間味あふれるような扱いをしてくれることへの感謝の念が沸いてくることだけが救いであった。

紀子の扱いの思いのほかのうれしさ、肉親の冷たさ、そんなものが一気にこみ上げ、「とよ」は布団の中で忍びなく。隣ででそれを「紀子」が察する時の紀子の顔のアップシーンは、思わずジーンと来てしまう。

16時間も掛けてやってきた老夫婦。落ち着く暇もなく、アチコチと自分たちの意にかなわないことで、引っ張りまわされ、肉体的にも、精神的にも疲れ果てた状態で真夏の込み合う冷房もない夜行で、帰路に付くことになるのだから、たいていの人は参ってしまうに違いない。

両親のことを・・・両親が欲していることを理解することなく、自分たちの都合と勝手な解釈で行動してしまった結果、後に母「とよ」を亡くすことにも繋がるなるのであるが、この長男と長女はそういう自分たちにもあった「落ち度」を一切認めようとしない・・・・そういう「合理化」された精神の持ち主になってしまっていることが最後まで描かれる。

そのような長男と、長女を見て末娘の「京子」が黙っていられなくなると、「紀子」が長男、長女の立場も分かる・・・・などというところは、この物語の本質の一つだが、それについてはまた改めて述べることにする。

by noanoa1970 | 2006-08-30 07:40 | 小津安二郎 | Comments(0)

「東京物語」を見る・・・映画の中の音楽-3

周吉夫婦が「熱海」の旅館に行くが、その旅館も周期ツ夫婦が心落ち着ける場所ではなかった。イアン会らしい集団が大勢飲食し、マージャンをしたりして、夜中までうるさかったのである。

そんな旅館に来た「流し」が歌う歌が、雑踏の中2曲聞こえて来る。
その一つが「湯の町エレジー」もうひとつが「煌めく金の星」である。
坂口安吾が安吾巷談野中で、「湯の町エレジー』というエッセイを書いている。

『新聞の静岡版というところを見ると、熱海を中心にした伊豆一帯に、心中や厭世自殺が目立って多くなったようである。春先のせいか、特に心中が多い。
 亭主が情婦をつれて熱海へ駈落ちした。その細君が三人だか四人だかの子供をつれて熱海まで追ってきて、さる旅館に投宿したが、思いつめて、子供たちを殺して自殺してしまった。一方、亭主と情婦も、同じ晩に別の旅館で心中していた。細君の方は、亭主が心中したことを知らず、亭主の方は、女房が子供をつれて熱海まで追ってきて別の旅館で一家心中していることを知らなかった。亭主と細君は各々の一方に宛てゝ、一人は陳謝の遺書を、一人は諌言の遺書をのこして、同じ晩に、別々に死んだのである。・・・・・・・』

・・・という書き出しで始まるのであるが、この話はこの旅館の女中たちが客の談義をすることと少し重なって見えるのが面白い。小津は安吾の文章を読んでいたのであろうか。



「湯の町エレジー」
歌   近江俊郎
作詩 野村俊夫  作曲 古賀政男
昭和23年
1 伊豆の山々 月淡く
  灯りにむせぶ 湯の煙
  ああ 初恋の
  君を尋ねて 今宵また
  ギターつまびく 旅の鳥


2 風の便りに 聞く君は
  出湯の町の ひとの妻
  ああ 相見ても
  晴れて語れぬ この思い
  せめて届けよ 流し歌


3 淡い湯の香も 路地裏も
  君住むゆえに 懐かしや
  ああ 忘られぬ
  夢を慕いて 散る涙
  今宵ギターも むせび泣く 
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次に歌うのが
「燦めく星座」
唄 灰田勝彦
作詩 佐伯孝夫  作曲 佐々木俊一
昭和15年

1 男純情の 愛の星の色
  冴えて夜空に ただ一つ
  あふれる想い
  春を呼んでは 夢見ては
  うれしく輝くよ
  思い込んだら命がけ
  男のこころ
  燃える希望だ憧れだ
  燦めく金の星

2 何故に流れくる 熱い涙やら
  これが若さと いうものさ
  楽しじゃないか
  強い額に 星の色
  うつして歌おうよ
  生きる命は一筋に
  男のこころ
  燃える希望だ憧れだ
  燦めく金の星

小生はなぜかこの唄を知っていて、メロディは全て覚えており、歌詞も出だし「男純情の・・・」そして「煌めくの星」と、間違えて覚えていたから、調べるのに手間がかかってしまったが、それは「銀」ではなく「金」であることが分かった。

灰田勝彦という名前を知っている人は少ないと思うが彼は、「ハワイ」生まれの2世。ディック・ミネとともに、当時の看板スターの歌い手で、独特の♯していくビブラート唱法はこれを真似する人が多かった。小生が覚えたのも、恐らくはラジオ番組の「のど自慢」や「2つの唄」などの番組で、戦後も変わらず歌い継がれていて、覚えているのは、アコーディオンを伴奏にして慰労とが歌う番組では、良くこの唄が歌われていたように記憶している。親しみやすいメロディなので人気があり、歌いやすく、好まれたのであろう。

戦後の唄とばかり思っていたが昭和15年戦争真っ只中に出来た歌であった。
「灰田勝彦」はアメリカ系の2世、この歌は「星」や「愛」など軍隊を刺激するというので、かなり制限を受けたといわれる。

by noanoa1970 | 2006-08-29 10:20 | 小津安二郎 | Comments(3)