懐かしのレコードジャケット

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「少女は何を思うのか」・・・初めてこのジャケットを見たときに、思わず「かわいい」と思った。このレコードは「ウイーンの三羽烏」と称された「グルダ」、「デームス」、「バドウラ・スコダ」の「スコダ」が演奏したピアノ小品のアルバムである。
「FOR ELISE]と題しているオムニバスで、最初に「エリーゼのために」、次に「トロイメライ」「ブラームスのワルツ」、「ショパンのエチュード、ノクターン」から有名な3曲が、A面の最後には、「J・シュトラウスのこうもり」のポルカ」のピアノ編曲が見事な演奏で収録されている。

驚くのはB面だ、そこにはなんとドビュシーが3曲も収録されている。☆亜麻色の髪の乙女☆雨の庭☆グラナダの夕暮が「シューベルトの樂興の時2番」「リストのハンガリヤラプソディー2番」とともにB面の半分全12曲中3曲をも占めている。

「バドウラ・スコダ」はドビュッシーを特に得意にしているのかというと、そういうでもない。
勿論優れたピアニストだから何でもこなすであろうが、むしろモーツァルトあるいはシューベルトの演奏に秀でた人だといえる。
3羽ガラスの残る二人の、グルダのベートーヴェン、デームスのシューマンは特に素晴らしいものがある。そこでネットで「パドウラ・スコダ」の録音を調べてみたのだが、このLPのように小品をオムニバスにしたもの、そしてドビュッシーの録音は復刻されていないようで、現在は見当たらなかったから、このLPはクラシック入門レコードの位置づけになると思うのだが、今では貴重であることが分かった。

また小生はジャケットの少女は「エリーゼ」を現したものとズット思っていたのだが、この少女は「亜麻色の髪の乙女」であると、思うようになった。「亜麻色」とは少女のこの髪の毛のような色を言うのだろうと、強く思っているのである。
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by noanoa1970 | 2006-05-31 12:12 | レコードジャケット | Comments(0)

DRACの先輩からのメール

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『おはようございます。
初めて写真送ります。上手くいきますか?
まずは私の自然環境から。

昨年の秋、自宅から数百メートル歩いた所の田園風景です。
9月の稲の刈り入れのころ、秋晴れの午後です。
初めて買ったデジカメ(ニコン D-70s)での一枚で、
フィルムカメラにはない魅力を感じ、デジカメにはまるきっかけになった思い出の写真です。
後ろの山は、菅名岳(五泉市 986m)と言います。プリントして見て頂ければ嬉しいです。』


おととい届いたメールである。DRACの2年先輩、2回生のときに同じ下宿に小生が移り住み、公私共に大変お世話になった「K出」さんからである。数ヶ月前に、突然電話があり、東京の小生の先輩と友人の会社へ行ったときに、小生のBLOGを見てのことだった。
しばらくすると、封書で、手紙とともに、デジカメで撮影し、印刷した趣味のオーディオのアレコレの写真が入っていて、デジカメで撮ったものをPCで処理している旨かかれてあった。

そういえば先輩は学生時代から高価な「ライカ」を所有していて、財布が乏しくなると、そのカメラを質に入れてしまうのを恐れてか、小生の部屋に預かってくれと、持ってきたことがあった。
いろいろな意味で小生をかばってくれたり、信頼してくれたりしてくれた先輩たちの一人である。

小生も封書にて「返信」をしたのだが、せっかくPCをお持ちなのだからと、ネット接続することをお薦めした。その後どのようにされたか忘れ掛けていた数日前に、突然メールが来て依頼アレコレやり取りが始まった。ウイルウのことや、画像の保存などについて交換すると、すぐに写真を「添付」で送ってくれた。
上の写真がそれである。サイズを小さくしたBLOG貼り付けでは、本来の写真の持つ解像度のよさが分かりにくいのが残念だが、バックの山の鉄塔までがハッキリ見えていて、山の木々の濃淡や色彩の違いをも見事に映している。

小生は1回生の夏、先輩の家におじゃましたことがあり、そこで初めてマージャンを教わった記憶がある。夜どうし雨が激しくなる中マージャンをやっていて、朝になって表を見ると、橋の上を河が流れていた記憶と、「枝豆」と料亭のようなところで食べた「鯉料理」が格別美味しかったのを覚えている。

その先輩が久しぶりにおととしのDRAC 、OB会に出席され、2次会に三条烏丸東入ルある「イゾルデ」というワーグナーに関連するスナックで飲んで歓談している最中に、あの新潟の大地震が起こったとのニュースが飛び込んできて、先輩はあわてて帰っていったので、ろくに話も出来なかったのが残念に思っていたのだが、これからはネットのおかげで、距離がものすごく近づいた。

先輩は自ら「アナログ人間」と称し、CDよりもLPに重点を置いて音楽を聴いているという。恐らく小生など足元にも及ばないLPファンだ。その先輩がデジカメは、「ハマるほど使える」というのだから、そしてフィルムかめらのキャノンが撤退するというから、世の中デジカメの時代に完全になってきて、フィルムカメラはLPレコードのような存在になるのかもしれない。

思い出すのは、DRACに入部して、サークルのグループのオリエンテーションで、先輩がなんと、小生が好きな「F・コンヴィチュニー」の「運命」を聞かせてくれて、自身が率いる「古典派グループ」の紹介をしたことである。

おととしのOB会で顔を拝見するまで、なんと35年も経つのだが、やはり学生時代の絆は、ものすごく強い物があると、改めて感じているこのごろである。

また次のBLOGで紹介できそうだが、もう一つうれしいことガ有った。それは、小生のBLOGを見て小生より8年若いDRAC 後輩がコメントをくれたのがキッカケでメールのやり取りがつい最近始まったことだ。BLOGの思わぬ効用が見出せ、BLOGを始めて明日でちょうど1年になるが・・・初めて良かったと心から思っている

DRAC関係の人手で、このBLOGを見てくれている人たち。「コメント」を記入して是非送信ください。それぞれの投稿文の下のComments(0)とあるところをクリックすると、コメントがつけられるようになりますから、メールの要領で文章を書いて送信のボタンを押せばコメントできます。

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by noanoa1970 | 2006-05-30 12:12 | DRAC | Comments(0)

懐かしのレコードジャケット

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我が家にやってきた「ステレオ」の付録としてついていたのは、33回転の17センチの「見本」用のレコードだった。その中にショスタコーヴィッチの5番の交響曲4楽章が聞き所見本として録音されていた。
VICTORのステレオであったから、ジャケットのバーンスタインの演奏ではなかったが、とにかくそれは今まで聴いたことのないような激しさと、力強さと、軽快感を与えてくれ、。何度もこの部分だけを聞いていたが、あるときどうしても全曲聞きたくなってレコード屋を覗くと、調度このレコードが評判の「新譜」として発売されていたのである。バーンスタインは確か1962年に来日したと記憶している。それは小生が特に好んでいる「F・コンヴィチュニー」と同じ年のことであったので購入したのも同じ年だった記憶だ。

d0063263_1433962.jpg1959年NYKフィルとの録音でかなり古い録音になるのだが、その録音のよさは驚くものがあり、今でも十分耐える・・・ばかりか優秀な録音といっていいと思うほどである。この録音の少し前にバーンスタインはロシアでコンサートを開き5番を「ショスタコーヴィッチ」の前で演奏したところ、感激のあまり彼が壇上に駆け上がってきて抱擁したというエピソードがある。

4楽章のテンポは大雑把には2種類あり、かなりゆったりした演奏と、このバーンスタインのように快速で飛ばしているものがあるのだが、バーンスタインのこの1959年の演奏は、中でも「超特急」ではないだろうか?パルシャイ、ムラヴィン、アンチェルなどの名演と呼ばれる録音も、バーンスタインの前では、色あせてしまうかのようだ。
話によると、四分音符=188四分音符=88両方の楽譜があるらしいので、時により、倍のテンポの差が生じてもおかしくはない。
4楽章の「解釈」についてはかなりの論議があるが、それはまた別の機会に譲ることにする。

めったに聞かなくなった曲ではあるが、最近はどうも年のせいだろうか、CDの「パルシャイ盤のウエイトが高くなったようなので、今一度「バーンスタイン」を聴きなおしてみることにした。

ジャケットはかなり汚くなってきてしまっているが、ロシア郊外であろうか?雪原を行く馬ソリ、そして鈍色の夕焼けの風景の写真がすごく印象的である。
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by noanoa1970 | 2006-05-29 14:25 | レコードジャケット | Comments(0)

懐かしのレコードジャケット

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これは確か1962年に我が家に「ステレオ」が到着してすぐに入手したレコードのジャケットである。
といっても勿論自分での購入ではなく、繁華街に出かけた母親が購入してきたもの。
帰宅そうそうレコード入った袋を見せて、得意そうに「何を買ってきたか分かる?」と聞くので、「皇帝」と答えると、「どうして分かるの」と、とても不思議そうな顔をした。

小生はそのとき音楽の授業で「ハイドン」の「弦楽四重奏ハ長調・・・皇帝」2楽章を聞かされていて、そのメロディに痛く心を奪われていた、だから咄嗟に思いつくもので好きな音楽の名前を答えただけのことであったのだが・・・・・
曲名を当てた種明かしはせずに、また偶然とはいえ的中したことに喜びと、これからハイドンが聞ける期待を持ちがらレコードを取り出し良く見ると、それは「ハイドン」ではなく「ベートーヴェン」の「ピアノ協奏曲5番皇帝」であることが分かった。

母親との受け答えで、てっきり「ハイドン」の美しいメロディが聞けるとばっかり、思い込んでいた小生にはとてもガッカリした記憶がある。

それでも数少ないレコードが増えたことに喜びを変えて、このレコードを相当楽しんだ。

「ルドルフ・ゼルキン」のピアノに「オーマンディ」と、「フィラデルフィア管弦楽団」がバックを勤めた演奏である。どういうわけかモノラルで、母親はレコード店によったら、バーゲンセールで安くなっていたから買ってきたといったのだが、やはりバーゲン対象だけにそれは、SPのLP興し盤であった。
この当時からステレオ録音へとニーズが高まる折、在庫をさばこうとするお店の判断があったのであろう。
録音はよくなかったが、初めて聴いたベートーヴェンのピアノ協奏曲に、そしてカップリングされた14番のソナタ「月光」にたいそう感激した。
コロムビアレコード「世界名演集」というシリーズらしき1枚で、LPー1001という番号であったから、最初に発売された1枚であろう。

ジャケット裏の解説は「志鳥栄八郎」で、楽譜を例に出してかなり詳細に書かれている。
モノラルで1900円のレコードである。

今では余り評価の薄い「オーマンディ」であるが、この頃から無効10年ほどは、コロムビアの「スター」としてかなりの録音が行われた。
「フィラデルフィアサウンド」などという呼称も、彼の音楽の、オケのトーンの美しいことからどこともなく言われるようになって、「ハイファイ録音」の元祖的存在となった記憶がある。

ちなみに「オーマンディ」は「ラフマニノフ」の自作自演の3番のピアノ協奏曲で、「フィラデルフィア管弦楽団」とバックを勤めてもいる。

お願い
このジャケットイ使われている「ブロンズ像」風の美術品の名前と作者ご存知の方、是非ご教示ください。
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by noanoa1970 | 2006-05-28 12:55 | レコードジャケット | Comments(0)

懐かしのレコードジャケット

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by noanoa1970 | 2006-05-27 19:12 | レコードジャケット | Comments(0)

懐かしのレコードジャケット

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by noanoa1970 | 2006-05-27 19:11 | レコードジャケット | Comments(0)

懐かしのレコードジャケット

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by noanoa1970 | 2006-05-27 19:10 | レコードジャケット | Comments(0)

F・コンヴィチュニーのモーツァルト

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コンヴィチュニーのモーツァルトは41番「ジュピター」オイストラフとの「5番のバイオリン協奏曲」、そして2楽章の部分しかない「カッチェン」との「20番のピアノ協奏曲」があるのだが、ある時ネットオークションで、12番イ長調 K.414 が出品されていたので、入手した。
今となっては珍しい「ETERNA」の25cm盤であるが、当時はかなりこの25cmのLPが発売されていた。

演奏はベートーヴェンの協奏曲でで知るところとなったピアニスト、「ディーターツェヘリン」
鮮烈さを持ったピアニストである。プロフィールは不明だし、録音はごく少ない。ベートーヴェン、ブラームス、シューベルトのものが少し発売されているだけである。
8・14・15・17・21・23のベートーヴェンのソナタはとてもよい印象を持たせてくれ、3番の協奏曲はコンヴィチュニーの重厚な音楽に、切れのよいピアノを聞かせてくれる。

コンヴィチュニーとのベートーヴェンのピアノ協奏曲は「ウエバージンゲ」との共演の4番と5番をあわせると3番以降は全て聞くことが出来る。1番も「ツェヘリン」との録音が有るらしいのだが、未発売であり、残念だ。

最近は演出家であり「F・コンヴィチュニー」の息子の「P・・コンヴィチュニー」も有名だから、父親の残した録音が復活されるのでは、と大いに期待しているのである。

さてこの12番のモーツァルトのピアノ協奏曲、これといって特徴があるわけではないが、「後宮よりの誘拐」「交響曲35番」「ホルン五重奏」「弦楽四重奏春」を書いた26歳のときの作品である。

小生はこの12番をモーツァルトのエポックメーキングな協奏曲であると思うのだが、曲には9番などで見せたやさしさのようなものにプラスして、新しさが発見できるように思う。
今聞きなおしてみても、これが中期の作品とは思えないほどの「斬新製」を見せ、時々はっとすることに驚く。

それ以前モーツァルトはピアノ協奏曲を単発にしか書いていないが、この12番以降は続けて多くの作品を書いている。
そういう意味から推測すると、この作品でモーツァルトはピアノ協奏曲に開眼し、それにのめりこんで行ったのではないだろうかと推察できそうだ。

一方30歳のときに25番まで連作していたのに、32歳で26番そして35歳で最後の27番を書くまで、2曲で2年も5年もついやしているのには何かわけがあるに違いないとも思われる。
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by noanoa1970 | 2006-05-27 14:31 | レコードジャケット | Comments(0)

お気に入りのレストラン「アルペジオ」

「アルペジオ」という言葉は音楽好きな方ならすぐに「アレ」と思い浮かべることが出来るでしょう。「ギター」でも「ハープ」でも「ピアノ」でもアルペジオを聴くことが出来、ドビュッシーやラヴェルなどフランスの作曲家が好んで用いた分散和音の奏法である。
しかし「アルペジオ」とは、もともとイタリア語で「竪琴」を表す言葉であったといい、それが音楽擁護となったという。

だからイタリアンレストランの名前に「アルペジオ」というのはピッタリとも言える。

小生が好んでよく行くイタリアンレストラン「アルペジオ」は、人知れない山里の中にある。
かれこれ通い始めてから10年以上は経つだろう。
岐阜県養老郡上石津町・・・現在は岐阜県大垣市に編入されて、大垣市上石津町となった。

ここに以前BLOGで紹介した「 日本昭和音楽村 」が有る。ここには「憧れのハワイ航路」などのヒット曲を作曲した「江口夜詩」の記念館や、フォーク・ニューミュージックにスポットをあてた「FN音楽館」があり、YAMAHAのYGシリーズのギターも展示されているし、ジューキボックスで当時の懐かしい音楽を聴くことも出来る。

そこに行ったときに併設されていたのが「リストランテ・アルペジオ」であった。
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日本昭和音楽村管理事務所
■住所/岐阜県養老郡上石津町下山2011
■電話/0584-45-3344
■休業日/毎週水曜日(水曜日が休日の場合は翌日)、休日の翌日
■入場料/土日・祝日(ビデオ上映あり)大人 200円、小人 100円。平日は無料。
ただし施設貸切等の場合は一般のお客さまがご利用できない場合があります。
音楽村各施設へお越しの際は、事前に電話等でご確認ください。

最初に行ったときに食べた細麺のトマトソーススパゲッティが美味しかったので、以来たびたび行くこととなった。また音楽村の小ホールでは、時々思いもよらないコンサートが密かに開催されることがあるので、見逃せない。
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もうずいぶん前のことになるが、ブルーグラスの第1人者である「ビル・モンロー」がここでコンサートをやったことがあった。この地から40分ほど南下すると三重県桑名市へ出るのだが、そこにはカントリーとブルーグラスのライヴで有名な「OK牧場」というピザが美味しい店があり、そこに「ビル・モンロー」が来たことがある。恐らくその流れでこの地でのコンサートとなったようだ。

この上石津にはその道では有名な「フラット・マンドリン」の製作者NAO工房の「安川直樹」氏も在住するから、彼のコーディネートによるものかもしれない。
おととしの馬頭琴の「リポ」氏のコンサートもここでのことであった。

話がずいぶんわき道にそれてしまったが、今日はここの「リストランテ・アルペジオ」の紹介をしなくてはならない。
去年までここは第3セクターとしての経営であったのだが、ことしから個人の経営となった。
個人経営ならやりたいことが出来る反面、今まで以上の経営努力が求められるから、少し心配していたのが率直な感想である。
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そこで久しぶりに行ってみることにした。
厨房責任者も接客も今までと同じで安心し、肝心の味はどうかというと、小生が特に好んだ1.3ミリの太さの国内では発売されてない麺が、「ヴァリラ」の1.3より少し太い麺に変わっていたほかは変化がなくこれも安心。
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今までとほぼ変化がない味に安心して帰ってきた。
価格はほんの少しだけ値上がりしていたが、前が安かっただけに、またこの内容であれば十分許せるものである。

お昼は
カルトメニューのほかには
AからCまでのランチと特別メニューがあるのだが、小生は十中八九Aランチをオーダーする。

Aランチ
今日はグリンピースのポタージュ。日によってスープが変わる。夏場はビシソワーズになり、このスープは絶品。ミネストローネのときにはイタリアンパセリがふんだんに入る。クルトンは自家製の香草入りのパン(ホカッチャ)で作られたもの。
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小生が美味しいと思うトマトソースのスパゲッティ。以前のスパゲッティより少し太くなり、食感も前のものより、もちもちしている「ヴァリラ」になったが、どちらかというと小生は以前のもののほうが寄り好み。以前のものはアルデンテ感が素直に出ていたように思う。ソースの絡みも良かったように思うが、今の食感のほうを好む人も多いだろう。皿の深さがあるので量が少なく見えるが、実際の量はかなり多い。
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遺書に出してくれる自家製のパン。香草入りで暖かくしてくれている。小生はいつもこのパンでスパゲッティの残りソースをぬぐうようにしてきれいに食べる。厨房の料理人が見たら泣いて喜ぶことだろう(笑)
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祭儀にホット、デモアイスでもお好みのコーヒーか紅茶の飲み物が出される。コーヒーは以前より美味しくなっていた。
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個ででAランチの内容であるが、一度に料理を持ってくるのでなく、コース料理のように、頃を見計らって順に持ってきてくれるから、あったかいものは暖かく、冷たいものは冷たいうちに食べることが出来る。

これで価格が880円。今までが850円であったがこのサービスと味なら全く文句はない。
都会であればきっと行列ができるところなのだろうが、何せここは里山の中、大和水と緑に囲まれた抜群の環境中で、このようなサービスを受けることが可能だから1時間かかっても通ってしまう。

Aランチ1000円でもいいから、デザートをつけて欲しいとは家内の弁である。小生はデザートは要らないが、主婦層にもっと受けるにはデザートへの工夫が必要であろう。

レストランからはこのような風景画見渡せる。
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by noanoa1970 | 2006-05-24 08:07 | 「食」についてのエッセイ | Comments(0)

修学院の家

玄関を上がってすぐ左にある茶室。伝統的なつくりでは勿論ない。玄関脇からすぐに入れるようにしてあり「にじり口」風にしてある。部屋の中には「炉」が切られている。小生はこの部屋をベッド代わりにしたことがよくある。右側の障子を開ければ、LDKに通じる。左は庭が見えちょうど「椿」「お茶」の木がすぐに見えるようになっている。
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部屋の中心部分に入る扉を開けたところ。障子が目に飛び込んでくる。
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かなり広い部屋。多分昔はここが画室であったことだろう。最近まではこの部屋が、今で言うところの、LDKとなっていた。京都の冬はとても寒いので、煙突つきの大型石油ストーヴは必需品である。
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LDKから次の次の部屋がこの囲炉裏部屋。古い民家の板戸を持ってきて仕切り戸にしてある。年月を経た板戸の黒光した色艶がなんともいえない風情をだしている。
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LDKから囲炉裏部屋を望む。右に見えているのは料理屋の厨房を思わせるぐらい長いキッチンユニット。
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囲炉裏部屋から一つ部屋を経て、LDKを見たところ。
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囲炉裏部屋の天井はこのようになっていて、自在鍵が下がっている。栗の木で作ったJ字型の、重さ50kgほどあろうかと思われるフックは取り外してある。平屋だからこそこのような天井にするが可能なのである。
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LDKの西側。ここも全ての窓が障子である。アルミサッシの手前にサンを設けて、全ての窓に障子をはめ込んだもの。
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囲炉裏部屋のシャレた空間。ここで寝てもいいし、机を置いて、あるいは寝転がって読書に励んでも、音楽を聴いてもい。ここは囲炉裏から少し持ち上がった3畳のタタミの間。居心地が大変によい。
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囲炉裏の回りはこのようになっている。火鉢も相当古いものである。囲炉裏の周りには8人は座ることが出来そうだ。ここでお気に入りの器と、料理と酒で楽し見たいものである。
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片付ける前まではこの部屋が納戸になっていた。全貌が明らかになると、この部屋の梁には、余り太くはないが、角材でなく自然の樹木が使われていることを発見した。
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囲炉裏部屋の自在鍵から廊下を介して納戸になっていた部屋を眺めたところ。
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一番北側の六畳の部屋。その向こうにはたたみのユーティリティがあって、橋には風呂がある。
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以上が修学院の家内の実家のあらましである。日本画家としての義父の趣味嗜好が表出した家屋であるから、いずれはこの地に住まいたいと思う。庭も相当に広く、手入れが何意義だが緑が豊富だから、そして静かな環境であるから、老後にはもってこいの住まいである。

LDKとなっている部屋は、天井高が3m以上有るから、ここの天井を取り除いて梁を露出させたら、ものすごい空間になると思うのだが、それは当分先の話、夢・幻で終わるかもしれない。
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by noanoa1970 | 2006-05-23 06:48 | 京都 | Comments(0)