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骨董で遊ぶ

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150年以上経つ藁葺き屋根の古民家からでた「スス竹」と「スギ材」、そして丈夫な和紙で作った、燭台にも似たスタンド。岐阜県の西南・・・・三重県北勢地区との県境の、「平家の落ち武者伝説」がある、「上石津」町の古民家を借りて住んでいる、Aさんに作ってもらったもの。照度調性可能に仕上げてあり、とても便利且つ優雅に使わせてもらっている。
長い風月によって得られた木材や竹の持つ風味は、格別なものが有る。
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by noanoa1970 | 2005-06-30 07:41 | 骨董で遊ぶ | Comments(0)

「千夜一夜茸」骨董で遊ぶ

写真の「きのこ」は「こがねやまどり」というイグチ科のキノコ、とても美味しいキノコである。
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滋賀県は琵琶湖の西にある長浜市の骨董屋で、とても感じの良い「植木鉢」を見つけた。なかなかシャレていて、昔の粋人は、「植木鉢」にでさえ贅沢をしたものだ、一体何を植えていたのだろうか?・・・・・と思い巡らし、そして感心させられた。
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京都で見つけた、天吊りの照明器具の「傘」・・・・これと全く同じものを持っていて大切にしてきたのだが、引越しの際チョット気を許した隙に割れてしまった。それは1969年だったか、家内が通っていた美術系短大の構内路地に、恐らく廃棄するつもりで放置されていたであろうものを、黙って持ってきて以来、四角い陶板の上に電球を置き、その上にかぶせて照明として長年使用してきたものだった。偶然同じものを見つけたので、早速入手したのである。d0063263_13531732.jpg
さて、この創造物は、「植木鉢」と「照明用傘」のコラボレーション。長らく天井から吊り下げられていたものを今度は地上において使おうと考えた。
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出来上がってみると、まるで「きのこ」・・・・`エミール・ガレの「一夜茸」を気取って、「千夜一夜茸」と命名した。「こがねやまどり」という「きのこ」に、とてもよく似ている。

普段は何気ない「オブジェ」だが、夜になり灯りが入ると、にわかに生き生きとしてきて、大きな生命の力さえ感じさせる・・・・。
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by noanoa1970 | 2005-06-29 07:13 | 骨董で遊ぶ | Comments(0)

40年の音-QUAD・ESL-63

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写真は1983年に入手したQUAD-ESL-63である。1963年に開発が開始され1981年発売開始、それから当時・・・1995年ごろまで全くモデルチェンジしない、イギリスの頑固さの象徴的SPで有る。STAXと同じ技術で作られ、ふくよかでナチュラル、臨場感、奥行きの表現が得意と定評があった。。入手したときは、マンションの一室で、LUXの150WモノアンプB-12×2台で駆動していたが、インピーダンスが低くなるとアンプが悲鳴を上げ、回路をシャットダウンするのと、湿気が多い梅雨時には、スピーカーがリークし、ジーツと音を立てることが多く、狙いの音が出なかった。アンプをハーマン・カードンに変えて、シャットダウンは無くなったが、音は相変わらず・・・・想像を超えた硬さであった。この難しいSPを手放してしまおうと、何度思ったことだろう。イギリスの家庭で使われていると聞いていたこのコンデンサーSPが、こんなに厄介なものとは、思っても見なかったのであったが、ある「アンプ」とであってその音は見違えるように、よくなったのである。
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by noanoa1970 | 2005-06-29 07:10 | 音響装置 | Comments(0)

40年の音-音楽室風景

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小生の書斎兼音楽室兼仕事部屋である。最近片づけをサボっているので多少見っとも無いが、15畳ほどの広さで、20年ほど前に母屋の隅に増築した。転勤族だった小生は、それまで部屋探しの第一条件に「音」を最優先にして、家族を犠牲にしてきた。しかしそれでも満足な音のする部屋に出会うことはなかった。部屋に着目する以前には、良い音を求め、オーディオ装置をアレコレ入れ換えてはためした。SPケーブル、ピンジャックケーブル、インシュレーター、音響調性材をはじめとした、アクセサリー類から、音の入り口から出口に至るまで、大変な手間隙とコストをかけてきた。「生」の音の追求などという大それたことは、はじめから考えてはいなかったが、学生時代に下宿で聞いていた、STAXの管球式プリアンプとイヤースピーカーの音が刷り込まれていたから、小生の理想はそれらの持つ、「空気感」ともいえそうな「音」になった。もちろんタンノイやボザーク、グッドマンズ、ヴァイタボックスなどのイギリス系統の音にあこがれなかったわけではないが、小生にとってSTAXの音は絶対だった。

苦節37年機器の入れ替えは、全くといっていいほどなくなった。ほぼ満足のいく音環境が得られ、漸くソースを聴くことに専念できるようになったからである。
オーディオ機器自体はそれほどたいしたことはないのだが、時間の経過とともに、音が部屋となじんできて、とてもよい音響空間となってきた。機器類のマッチングも重要な役目を果たしたのだろう。

古くから高級オーディオで聴いているDRACの友人が、この音を聴いてビックリして帰っていったというエピソードがある。その男はオーディオも「生」に対しても一過言ある京都の男で、昔から高級オーディオで音楽を聴いていたから、お邪魔してグッドマンのAXIOM-80の芳醇な音を聞かせてもらったものだ。ショルティの「指輪」全曲マラソン視聴も実施したことがあった。

我が家で、1960年代のカラヤン・VPOのベートーヴェンの7番、彼が持参した70年代のカラヤン・BPOのベト全、そしてLPからベーム・VPOの「新世界より」を聴いた。聴き進むうちに、小生が一押しのカラヤン・VPOの7番の出だしの音に驚愕した様子が、彼の表情から、伝わってきた。
「QUADがこのようなよい音で鳴るなんて到底、信じられなかった。自分の音と比較してしまい、ショックでしばらく立ち直れなかった」・・・とメールが来た。
彼はタンノイのGRFを、マランツ7とクレルのアンプで鳴らしている。

小生もQUADを「クレル」のアンプで駆動したことがあったので知っているが、馬力こそあれ繊細なところに欠ける感じがした。何でタンノイにクレル?と聞くと、誰かに薦められた・・・というので、タンノイのように能率の良いスピーカーには、出力は低くても、裸特性のよい菅球式アンプが良いのではないか・・・といっておいた。
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by noanoa1970 | 2005-06-28 08:28 | 音響装置 | Comments(8)

NOANOA回想録・・その4

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NOANOAでの小生が考えたスパゲッティ「まかない食」で好評だったものをご紹介すると。市販の壜詰めの「なめ茸」を、お湯にくぐらせたスパゲッティにオリーヴオイルかバターを加え、和えたもの、もう一つが、「お茶漬け海苔のもと」を同じように和えたもので、これはトマト味ばかりの料理の中では、「日本食」を感じる瞬間というわけで、大変な好評であった。このアイディアは後の
「壁の穴」・・・1980年代・・・の「ナットウ」「タラコ」「明太子」など和風スパゲッティの元祖となったと自負ている。和風スパゲッティブームが起こる遥か10年前・・・1970年のことであった。

さらに小生がふとした拍子に考え出したものに、後に「オーロラソース」と呼ばれ、今では誰でも知っている、たまねぎの微塵とマヨネーズ、そしてケチャップをあわせ、少し甘めで色がきれい、サラダなどに良く会うソースであるが・・・ある日これを偶然発見した。「妙」さんに作ったサラダを試食してもらうと、彼女は目を丸くして驚き、作り方を教えて欲しいといった。種明かしをすると、さらにその簡単さに驚いたものである。考案した少子も、今一度ベースのマヨネーズの底力に驚いたのだった。料理のレシピに特許権があるのなら、きっと今頃良い目が見れたかもしれない。(笑)
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by noanoa1970 | 2005-06-27 10:00 | 白沙村荘随想 | Comments(0)

呼続と金接ぎ

名古屋の私鉄に名古屋鉄道(名鉄とよばれている)が有る。名古屋本線・・・・岐阜から岡崎、豊橋を往復する・・・その本線上の、名古屋市の東南の位置に「呼続」という駅がある。
小生の父方の実家が、当時東海道の宿場町のひとつ、「鳴海」にあり、そこに行くときに「呼続」という名前の駅で電車が止まるのであった。「よびつぎ」という。
幼い頃から「よびつぎ」とはどんな意味なのか、どうしてそのような名前になったのか・・・興味があったが、誰も知らなかった。その謎が解けたのは、半世紀近くたって、あるとき「白州正子」の世界」という本を読んだときであった。
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そこに「呼続」の説明があり、どうやらモノを大切にした昔の人が、砕けてしまった陶磁器を継ぎ合わせて使用たもの。それを「よびつぎ」という。
そんなことを、日本の「匠」の話の中で、「辻ヶ花」の着物を引き合いに出して、思いをはせていたのである。
「辻ヶ花」は友禅の技法が生まれる前、糊のかわりに生地を糸でくくり、絞って文様の輪郭として染め、その上に動植物や市松や格子の幾何学模様を描いた着物で、陶器の「呼続(よびつぎ)」に通じるものがある・・・などと書いてる。写真は古沢万千子さんが染めた「よびつぎの胴服
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・・・それで謎が解た。「呼続」は「よびつぎ」・・・・職人が集まっていたところだったのです。

庶民が使うものにしても、そうでない高価なものにしても、それを使う人からすれば皆貴重品。まして陶磁器は壊れやすいもの・・・・そんなわけで、「よびつぎ」職人が活躍する場所は多かったことだろう。そういえば骨董の中には、割れたものを丁寧につないで再生したものが非常に多い。「呼続」=「金接ぎ」「金つなぎ」と同じ意味合いだったのである。
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上の「微塵から草」の皿は、小生が施した金つなぎ。長い間、実家の押入れにあっただが、誰かが上から重いものを載せたので、粉々に壊れていたものを、金でつないだものである。
下の皿の写真裏面を見ていただけば、どれほど割れていたかお分かりになれる。
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細かく割れていたので、うまくは行かなかったが、これはこれで味があると勝手に思っている。
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by noanoa1970 | 2005-06-26 17:19 | 骨董で遊ぶ | Comments(0)

NOANOA回想録・・その3

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ブラインドテストを終了し、これならお客さんに出しても満足していただける・・・・と、いくつかのバリエーションを追加した日に、哲学の道を下がったところにある、楽焼体験の店に行き、お皿にメニューを書き込み、それを焼き物にしてもらった。

器類は、「たまねぎ」をデザインした伝統ある焼き物・・・「ブルー・オニオン」がピッタリと思ったのだが、目が飛び出るほど高価だったので、国産の「ブルーダニューブ」にした。これはこれで料理には良くマッチした。ソースの「赤」と良く合う「染付け」の磁器である。
すぐ下の写真が有名な、マイセンの「ブルー・オニオン」、その下が国産(有田)の「ブルー・ダニューブ」、質感は異なるものの、「ブルーダニューブ」も決して引けを取らないものであった。
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自学習だけでは限界を感じたので、接客と料理の基本を学ぶために、山科の「さざなみ」というレストラン・・・古くから橋本家が利用していたベテランの職人がやっている店だった・・・。そこでソースのストックの方法、コーヒーのレストランでの入れ方、仕込みのために必要なこと、安全管理、衛生・品質管理、そして実際に接客をしたりし、て2人で2ヶ月ほど毎日通い、教えてもらった。
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by noanoa1970 | 2005-06-24 08:00 | 白沙村荘随想 | Comments(0)

幻の「ペペロンチーノ」-2

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写真は、小生が20世紀末ごろお世話になった、農村体験施設、「奈川楽農倶楽部」正面に「乗鞍岳」を一望できる、とても素晴らしいところである。

ある年の5月、小生はいつも奈川村という寒村のキャンプ場に行くのだが、途中の農家のご婦人たちが農作物を持ち寄って安価に提供する産地直売所に立ち寄り、中を覗くと、スズランや連翹の葉っぱを大きくしたような葉物が置いてあった。花にしてはおかしいと思いながら、手に取るとその葉物は、「にんにく」のにおいを発していた。「アイヌネギ」・・・・そんな北海道のものがどうしてここにあるのか不思議で、聞いてみると「行者にんにく」だという。この辺りでよく自然に生えているし、ここ最近ひそかに人気が出たので、栽培しているとも聞いた。どうして食べるのか聞くと、焼肉・・・肉と一緒に焼肉のたれをかけていためて食べる・・・という。
名前こそ違うが、アイヌネギと行者ニンニクは同じものという。こんなところに、こんなすごい食材が・・・とばかりに大量に買い込み、我が家でのいろいろな料理に使ってみた。

その中で一番ヒットしたのが、にんにくの代わりにこの「行者にんにく」を使った「ペペロンチーノ」である。もちろん通常のそれも、美味しいのではあるが、「行者にんにく」を使ったものは「食感」がよくなり、・・・表現が難しいのだが、シンプルだが殺風景な通常のものに対して、彩り、そして歯触りがとてもよく、噛むと甘い、にんにくを上回る上品なかおりも出てくる、結局ペペロンチーノは「行者にんにく」を使ったものに軍配が上がることになる。「行者にんにく」が出回るのは、5月の中旬まで、しかも内地では標高600m以上のところにしか生息しないので、これを食べることができるのは、この季節年一回だけである.
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ネットで検索してみたら、冷凍モノが通販で買えるらしいが、価格は驚きの高騰ぶりだ。
ますます遠い食材となってしまったようだ。「幻」である。
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by noanoa1970 | 2005-06-23 07:03 | 田舎で遊ぶ | Comments(0)

幻の「ペペロンチーノ」-1

ペペロンチーノというパスタ料理がある。イタリアにはでその呼称はなく、「アーリオ・オーリオ・ペペロンチーニ」というらしいのだが、そんなことはどうでも良く、何でもイタリアでは「夜食」に食べることが多いと聞く。「にんにく」、「オリーブオイル」、そして「鷹の爪」があれば誰にでもできる料理である。しかしこの料理、奥がとても深いところがあるのだ。ソースを使わないので、塩加減をどこで取るか、麺の太さはどのサイズが適しているか・・・などポイントは多く、簡単だが難しい料理なのである。
小生もはじめは、塩加減・・・文字通り塩梅に何度も失敗、「にんにく、鷹の爪をオリーブオイル」でソテーするときに、塩をオイルの中に入れたのだが、成功することは少なかったし、妙にパサついたものになることが多かった。そこで考えた末、スパゲッティを1.5mm以下の細麺にし、ゆでるお湯の塩加減を3倍・・・・なめた感じやや塩辛いかなという程度にした。・・・つまり麺をゆでるときに塩加減を施すということになる。
後はソテーして唐辛子と、にんにくの香りがついたオリ-ブオイルと絡めるだけだ、そこに少量パサつきを抑えるために茹で汁を少々・・・・これで完璧なペペロンチーノが出来上がった
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by noanoa1970 | 2005-06-23 07:02 | 「食」についてのエッセイ | Comments(0)

NOANOA回想録-その2

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NOANOAでの料理をピザとスパゲッティに決めたのはよいとしても、この先膨大な準備の試練が待っている。小生は同じバイトの2人とともに、3人で開設主担当となった。帰一氏はすぐに名刺を作ってくれて3人に渡した。「白沙村荘・NOANOA開設準備担当」という肩書きである。KとSの二人は、この春卒業したのだが、事情があって京都にとどまっていたのを、小生が無理やり引きずり込んだ形となり、3人で、白沙村荘の従業員として働くことになったのであった。
小生と違い、料理そのものにあまり興味はなさそうな2人だったが、それぞれ「経済学部」「商学部」を卒業していたから、店の経理関係を彼らに、そしてKはセンスがよかったので、広報宣伝、調度関係をやってもらおうと内心思っていた。しかしその理想は早くも敗れ、数ヶ月後かれらはそれぞれ違う道を選択し、京都から去ってしまった。

一人残された小生は、ギブアップするわけにも行かず、かといって頼れる専門的な誰かがいるわけでなく、結局一人で準備をはじめることとなった。帰一氏は心配だったのだろう、事情を察して、庭園担当で入社した女性・・・美人であった・・・を一人回してくれた。

こうして2人だけでの準備が始まったのであるが、大変だったのは、メニュー作成とその調理技術の獲得で、スパゲッティはともかく、ピザにいたっては、作ったことも全くない状態であった。
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四条川原町の「明治屋」に行って、あれこれヒントを探していると、老齢の店長と思しき人が、アドバイスをくれて、レシピが載っている本、そして今一番おいしいスパゲッティを2・3教えてくれたのである。・・・・続く
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by noanoa1970 | 2005-06-22 08:31 | 白沙村荘随想 | Comments(0)