カテゴリ:徒然の音楽エッセイ( 860 )

柴田南雄「シンフォニア」1960.12.12

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松平頼則、間宮芳生のバイオリン協奏曲、先に上げた尾高尚忠、外山雄三、三善晃、それらが一番最初の邦人作品体験だったと思う。

サークルで、本当は国民楽派研究グループに入るつもりであったが、その年から消滅し、日本音楽グループとなったからだった。

音楽史に沿ったグープ構成から、初めて現代日本音学というくくりで始まったサークルだが、誰も知見者はおらず、音盤の数も実に限られていた。

日本音楽受容史を学んだ後、注目されそうな音楽家を対象とし、担当を決め小生は「間宮芳生」担当になった。

唯一の自慢は、その頃の邦人作曲家の住所がを入手でき、彼らに対しアンケートを300通ほど出して、100通戻ってきたことだった。
優れた分析能力があれば、結構な試みとなったはずだ。
データ解析の力も能力もないまま、皆で読んで感想を得たに過ぎなかったのは、非情に残念なことをした。

間宮担当だから、とにかく音盤をと、生活に支障が出るのを覚悟で、合唱のためのコンポジションの4枚組LPを購入した。

バイオリン協奏曲は好きな曲で、海野義雄 指揮:渡辺暁雄 東京都交響楽団の録音音盤がどこかにあるはずだ。

2年先輩が当初のリーダーだったが、彼はその前に国民楽派音楽グループをやっていたので、日本的なものと西欧の音楽語法の出会いが果たしてうまう行くのだろうかという問いかけが常にあったように思う。

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彼は吉田秀和の信奉者の一人で、水戸で会社を大きくして今や全国にに500点店舗を展開するカジュアルアパレル会社の会長になった。
公私共に世話になった先輩の一人だ。
水戸芸術会館を支援する立場で、吉田秀和氏とツーショットの写真が掲載された。

この柴田南雄さん、作品よりも著述や評論、音楽番組でのパーソナリティとしてのほうが有名な気がするが、12音技法を日本に導入した重鎮でもある。

バルトークとシェーンベルク、ベルク、ウエーベルンの音楽を必ずしも日本的ではない自己の音楽に応用した。

その頃の現代音楽といえば、クセナキス、ケージやシュトックハウゼンなどは、音源が無く聴くに聞けない状態だった。音盤がほそぼそと登場したのは1968年頃以降だったと記憶する。ブーレーズはまだまだ聞けずにいて知ったのは指輪の少し前あたリという始末。
イタリアの作曲家は誰もまだ相手にできなかった時代。
しかしFMではかなり紹介されていたので、サークルでSONYのテープデッキを購入した。

この曲は12音以外にも当時の音楽語法を取り入れていたように今聴くと思うことがる。
終楽章はジャズっぽい変拍子が巧みだが、バーンスタインのウエストサイドストーリーのような感じがする。

当時は好きなれない曲であったが、今はそんなに抵抗がない。

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by noanoa1970 | 2013-01-09 21:58 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(12)

外山雄三のラプソディ

お正月から後発性白内障の手術。
無事終わって視力が回復しました。
今までのように目指すキーの上下左右を叩かずに済むようになるといいのですが。
今までそれで変換すると、とんでもない化け物が出てきてしまい、本来の文章を忘れることしばしでした。

擬似脱字変換ミスだらけの文章になっていたことをお詫びいたします。
変換ミスを訂正するだけで、疲れてしまい再点検を怠ったのもその理由、いいわけです。


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それでもっと景気が良くなる音楽をと、外山雄三「ラプソディ」。
(ジャケットはLP再発盤のものです)

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レーベルも懐かしいので大きな物を。

N響初ステレオ録音、岩城宏之指揮1961.2.16で。
きんぐれこーど、SKC3001という番号設定に初ステレオ録音という意気込みと感激があふれているようです。

ホルンひっくり返りますが、これも愛嬌ということで、田舎の祭だから、わざとなんていうことはないでしょうけど。

NAXOS盤も聞きましたが、やはりこちらが・・・


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by noanoa1970 | 2013-01-07 18:59 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(13)

ペルルミューテールのラヴェル「鏡より」

abendさんのペルルミューテルノピアノ協奏曲に刺激を受けて、1枚だけ所有しているRAVEL:PFWORKSから、「鏡」の(1)夜に舞う蝶(Noctuelles)(2)悲しげな鳥たち(Oiseaux tristes)をピックアップした。
ニンバス盤は、CDがLPと同じような価格になった時に、バーゲンセールで購入したもの。同じシリーズが3枚出ていたらしいが、あいにくこの1枚しか無かった。

再生が難しく、音質も悪いと思って長い間聴いてなかったが、それは間違いで、本日聞いてみると、ピアノのペダルを割りと長めに踏んだ残響の心地よい音、倍音成分たっぷりの響きが素晴らしく部屋に鳴り響いた。

デジタル化したらどうなるかの意を込めて2曲だけUPしてみた。
小生はRECOUTから、プロセッサーのライン入力に入れているが、RECOUTも固定出力だから、プロセッサーのヴォリューム調性だけでOK.
今まで試行錯誤してきたが、盲点だった答えは簡単、プロセッサー側で調整するだけのことだった。

それでピークを0dbを超えないようにして録音してみた。(一般的に、強打の時は一瞬0db
をオーバーするぐらいが良いと言われているが)

小生のC2aは
RECOUTもPREOUTも固定出力だが、可変出力のアンプもあるようだ。
しかしabendさんのLUXのプリアンプでは、PREOUTが可変のようだ。これは初めて聞くことだがLUXはそういう作りになっているのだろうか。

音盤データ
アルバム:RAVEL: Perlemuter - Piano Works
演 奏 家:ヴラド・ぺルルミュテール(Vlado Perlemuter)
録  音:1973年7月26日、8月2日@Nimbus Studios, Birmingham
レーベル:Nimbus Records

ペルルミューテル70歳ぐらいの録音だ。
曲間隔が短いため1曲目の終わりに2曲めの頭が入ってしまった。


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by noanoa1970 | 2013-01-06 11:30 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(5)

Berlin RSO Konwitschny &DIETER ZECHLIN Mozart PianoConcerto No.12 KV414

コンヴィチュニーとツェヒリンのモーツァルトP協奏曲12番。
10インチETERNA盤より。

際立つ面白さは無いが、堅実な演奏だ。
この録音では、ピアノよりバックのコンヴィチュニーが素晴らしい。

ツェヒリンはベートーヴェン、シューベルトのほうが似合う。
ライプチッヒ音楽院の教授。ライプチッヒが産んだブルートナーを使用したと思われるが、この盤では見分けがつかない。




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by noanoa1970 | 2013-01-04 17:55 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(2)

kate wolfでも

音声をデジタル処理する実験を兼ねて彼女の歌を聞いた。

40数年の短い生涯は、白血病によって終焉を遂げてしまった。
生涯マイナーな存在でいた事で、あまり知られてはいないが、シンガーソングライターとしての彼女の詩とメロディーは、そのすべてが心打つものと言って過言ではない。

不治の病を知った後もコンサート活動を続けた彼女の姿は、徐々にやつれていった。
このジャケットもとても30代後半には見えない彼女が写っている。

「自分に愛を」とは彼女の魂の叫びなのだろうか。

音圧調性がハード側で可能と分かったので少し落として見た。
無音の時間が少し長めですが辛抱いただきたい。


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by noanoa1970 | 2013-01-04 15:20 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(2)

紀元は二六七三年

1940年は、皇紀2600年の年であった。
後27年で2700年を迎えることになるが、日本国2600年を記念して、海外に祝典曲を依頼したことをご存じの方もおられるだろう。

イギリスのブリテンはシンフォニア・ダ・レクイエム
イタリアのピツェッティは 交響曲イ長調
ドイツのR.シュトラウスは 日本建国2600年祝典曲(皇紀二千六百年祝典曲)
フランスのイベールは 祝典序曲
ハンガリーのヴェレッシュは交響曲第1番
以上の曲を提供したが当時ガチガチの敵対国のアメリカは拒否した。

中で一番有名なのが、同盟国ドイツのR・シュトラウスの皇紀二千六百年祝典曲。
小生は皇国史観の持ち主ではないし、この曲が作られた背景もだいたいわかっているつもりだが、曲として聴いてみる事にする。
聴いていて直ぐにわかるR・シュトラウスの曲調がふんだんに入っている曲だ。
海から天皇賛歌の鐘の音が印象的で、よく作られた曲だ。
歴史的な経緯があるので、今は演奏する機会がないのだろうか。

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by noanoa1970 | 2013-01-03 12:40 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(6)

音楽のお年玉

N響ステレオ初録音。オリジナル版より。
尾高尚忠フルート協奏曲。
岩城宏之指揮、吉田雅夫フルート。
コンマスは海野 義雄、ホルンは千葉さんだろう。
チェロは堤剛がいた可能性が高い。

キングレコード発売で、1枚なのにBOX入りとなってるところに初ステレオ録音に対する、思い入れと自信があるようだ。

ランパル盤も所有しているが、やはり吉田さんの細めのフルートがこの曲には合っている。
2楽章中間部の日本情緒溢れるメロディーには、心打たれるものがある。
CD化されてるかもしれないが、ここはオリジナル版で。

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by noanoa1970 | 2013-01-02 16:05 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(4)

2013年初聴き

蛇にちなむ音楽として、グルックのオルフェスとエウリディーチェの一部を聴き、ジークフリートの第2幕を見たが、本格的に聞くのはこの曲が初めて。
何故かそんなに迷わずに、ベルクを聞こうと思った。
「ある天使の・・・」が脳裏に浮かんだことからだろう。

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いつ聴いても無調を感じさせず、バッハの「音楽の捧げ物」と同じ位置にあると錯覚させる音楽だ。
この演奏しか所有してない、チョン・キョンファとショルティ、シカゴSOで。
CDの帯に西ドイツ製とあるから、いかに古いCDかお分かりになろう。

2012年は、良き思い出に値するものも無かったが、今年はそうならないように願いたいものだ。

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by noanoa1970 | 2013-01-01 16:15 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(6)

過去を振り返りつつ大晦日の第9

大晦日に第9を聞くなんて野暮ったい。
そう思い続けて15年以上が立つ。

そう言えば第9の話題をブログに載せたのは、2005年、「温故知新の第9」だった。
ここで真っ先に取り上げたのが、アルトゥール・ローターが指揮をしたもの。
1楽章の弦のさざなみと終楽章のフォーゴッドの歌わせ方について触れている。

そんな昔のLPは、今年の末になってようやくデジタル化することを覚え、12月は手持ちの珍しそうなものをピックアップしてyoutubeにUPしたものを、自分のブログに持ってきて、ブログ仲間に聴いていただいた。


これは手間がかかるが、お互いのコミュニケーションがより円滑にできる源でもあるし、今まで誰かがyoutubeにUPしたものを、当然というように使ってきたことへの反省でもあった。

動画制作には時間が掛かるし、LPの場合は目が話せないので、その間じっくりと昔の音楽を聞くことができて大変良かったと思っている。
更にブログともだちの方の貴重盤もたくさん聞くことができたことは非常に良かったし、聴き古したと思っていた通俗名曲の新しい解釈の演奏が聞けたことは、無常の喜びであった。

SNSはブログの他にMIXIを利用させていただいていたが、MIXIにブログをリンクサせたことで、自分の日常が書けなくなっていた。
それでFBを利用することになったが、あっという間に100人を超えるフレンドが、昔の職場中心に、また趣味を通したり、社会的発言を通してコミュニケート出来るようになった。

しかしFBは1日目を通さないと、もう誰がたくさんのことをUPするので、追っかけて見るのが大変。
足の速さは並大抵ではないから、コメント返しをしたり、他の人の記事を読んでそれにコメントを返すとなると、相当な時間を要する。

中には読まなくてもなんでも「いいね!」を付ける人もいるようだが、折角フレンドになったのにそれは失礼だから、無理やり「いいね!」はやらないようにしている。
しかしかなりの時間を要す。

「自分の感性ぐらい、自分で守れ、若者よ」と言いたくなることがよくある。

それで年末に、感性の復権を願いつつ聴くことにした第9。
フェレンツ・フリッチャイ、ベルリンフィルの音盤にした。

終わったら、ワーグナーの楽劇「ニーベルンクの指輪」の第3夜「ジークフリート」の第2幕を。
演出は、CGを駆使はしているが、伝統的で好感が持てる。

ジークフリートのような無敵の英雄が待ち望まれる来年である。
お世話になった皆さん、良いお年を。

メディア及び政治経済学者や評論家たち、国会や政府に対するリテラシーを!


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by noanoa1970 | 2012-12-31 19:01 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

最もお気に入りのドヴォルザーク「アメリカ」

みなさんはどの「アメリカ」がお気に入りでしょうか。
小生は1分37秒あたり、ビオラが第2主題を歌いそれがヴァイオリンに引き継がれる1分53秒あたりの歌いまわしは、どのSQでもやってない独特のもの、それがとても気に入っています。

解説の村田武雄氏は、ヤナーチェクSQを、「ボヘミア的というよりドイツ的な演奏であるとしながら、しかしこのSQとドヴォルザークの演奏は、他に比較のしようがないほど、表情が強く出ていている。旋律の歌わせ方といい、またリズムといい、ボヘミアの郷土的要素ががはっきり感じられる雰囲気の豊かな演奏である。
粗野な、農民的性格が歪みなく現れているからであろう。』

上のように評している。
どこがどのようにと、突っ込みたくなる評論だが、小生はドイツ的云々はさておき、洗練された土俗という矛盾をやってのけた名演だと思っている。

そのことが顕著なのが、上に上げた1分37秒からの歌いまわしだ。
録音年は確たる情報はないが、1960年代の中盤だと思われる。1963年との情報をHABABIさんからいただきました。

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by noanoa1970 | 2012-12-31 11:03 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(4)