カテゴリ:徒然の音楽エッセイ( 859 )

子供の不思議な角笛から

「角笛」といえば、マーラーのオーケストラ付歌曲が有名だが、その中に収められた民謡の数々は、19世紀極初頭にドイツのロマン主義運動の流れ「シュトルムウンドドランク」源流の、ドイツロマン主義・民族的運動の中、ルートヴィヒ・アヒム・フォン・アルニムとクレメンス・ブレンターノが収集した、ドイツの民衆歌謡の詩集である。

その話の時代背景は、察するに多分まちまちで、その出自も、ドイツの民謡ばかりであるとは思えないものもあるようだ。

例えば、魚に説教する「聖アントニウス」などは、もともとがドイツの民話とするには少々ひっかるところがある。

この話とは、イタリアのパドヴァの聖アントニウスが、ある日教会で説教会を開いたが、誰も聴衆はやってこなかった。
それで川辺に立って、説教をしていると、なんと川魚たちが沢山集ってきて、熱心に説教に聴きいった。

それからというもの、人々は聖アントニウスの奇跡を信じ、熱心に説教を聞くようになった。

・・・恐らくは、そのような聖人賛歌がベースの、カトリック教会でのお話であったのだろうと思うが、(原本は知らないが)マーラーで使われた内容は、聖人賛歌ではなく、説教する聖アントニウスの言葉を、熱心に聞いていた川魚・・・鯉、ナマズ、ウナギ、蟹、カワカマスだったが、話が終わると、その瞬間、説教で語られたことなどお構いなし、なにも改心することが無く、結局元の魚達のままであったという話である。

わが国の諺で「馬の耳に念仏」と同じであろうか。

オリジナルは、カトリック教会の聖人賛歌であったものが、いつの間にか変貌し、自己満足を象徴するような似非聖人話へと変化するのである。

これはどうしたことであろうか。

マーラーの使用した詩の魚達は、勿論本当の魚ではなく、推測するに、非キリスト教徒、あるいは非カトリック教徒、すなわち異教徒の民、それも下層階級:農民を始とする民衆達などを表現したものであるのだろう。

そのような人々を教会に集めて、言葉の分からないラテン語で説教をしても、その意味するところは当然文字もろくに読めない下層の民衆には伝わらない。

支配層のカトリック教徒の貴族連中は、相変わらず無理難題を押し付けるし、カトリック教会そのものも、権力闘争の巣窟となった時代、フランスではユグノーが、ドイツではルターが宗教改革・・・プロテスタント新教の運動を起こし、それが飛び火していった。

魚への説教が聖者の奇跡から、愚考話へと転化したのも、反カトリックあるいは反キリスト教の力が働いた、社会的風土の中からではなかろうか。

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また、子供の不思議な角笛には「この世の営み」という曲(小生が好んで聴くテンシュテット盤では、2曲目にルチアポップが歌う)があり、おなかを空かせた子供が、お母さんにパンを焼いてとせがむので、お母さんは麦の借り入れ、小麦か、そして最後にパンをやっと焼き上げて子供に与えようとするが、そのときすでに件の子供は、棺桶の中に横たわって、息絶えていた・・・という話。

現世のご利益を与えてくれない宗教、母親が自分の子供さえ守ってやれないような社会、そんな不条理で悲しい社会風刺が歌われる。

宗教改革のパワーは、このように虐げられた民百姓の支えによっても、推進されてきたのであろう。

マーラーは、ユダヤ教からカトリック教徒に改宗した。
理由はいろいろな説があるようだが、今現在と違い、19世紀の改宗は、恐らくわが国の共産主義者の転向以上に、後ろめたさで溢れた精神構造を秘めた、人生の大きな反革命的要素の一つなのだろう。

宗教は民族の文化であり、生活そのものであった。
出自さえも、理論的には否定することになる。
祖国が無いデラシネというわけだ。

そんな・・・心情的にはユダヤ人、理論的にはキリスト者。
このような絶対矛盾的自己同一を、マーラーは、持ち続けたのでは無いだろうか。

マーラーに見られるシニカルな表現は、そのことを良く物語るようだ。
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by noanoa1970 | 2017-03-11 10:53 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

エドガーアランポーの作品を基にした音楽

ポーの作品で音楽になったのは、有名なドビュッシーの未完のオペラ「アッシャー家の崩壊」、キャプレの「赤死病の仮面」、シュミットの「幽霊宮」があるが、ラフマニノフにも有る。
本日はラフマニノフの交響合唱曲「鐘」を取り上げた。

一連のポーの作品の音楽には、怪奇という文字が浮かぶが、音楽的には象徴主義からの影響を受けたと思われる、神秘主義的な傾向があるようだ。

ラフマニノフは特に経験なロシア正教徒、プーランクもそうだが、敬虔なカトリック教徒はどうもその中に神秘主義的なものを秘めていることが有るようだ。
象徴主義者の中には、神秘的なものを偏愛する傾向があり、これがカトリックの復興と繋がったという史実は、もともとカトリックの中に神秘主義的なものが内在したということであろう。

アメリカのポーは、フランスの象徴派の詩人が絶賛されたといい、それは単に恐怖と言うものではなく、キリスト教の中に、内在する神秘主義的なものを、再発見したからであろう。

ロシアに於いての神秘主義的音楽はスクリアビンが有名だが、ラフマニノフにもその萌芽が認められ、代表は「鐘」「死の島」のような気がしてならない。

「鐘」は人生を鐘の音で象徴し、最後は弔鐘で終わる暗い曲層の曲だ。
保守とは改革をしながら前進するもの、という言葉はラフマニノフに似合う。
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by noanoa1970 | 2017-03-10 11:21 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

アレキサンダー・ネフスキー

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プロコフィエフがが同名のエイゼンシュタインの映画の劇伴音楽を、演奏会用にカンタータにして再編したものだ。
映画、音楽を理解しやすいようにするためには、ロシアの歴史を少し勉強する必要がある。
ロシアの元は、ノヴゴルドを征服した「ルーシ」でヴァイキングの末裔とチンギスハンの子孫、そして周辺の諸民族を取り込んだいわば混血の公国、よってルーシはヴァイキングとモンゴル民族をルーツに持つ国と言ってもよい。今のウクライナ地方にあたる大きな都市となったが、その中に大きな力を持つところがあった。
しばらくルーシの中心地だったが、首長の死によって遷都され、キエフに移ったが、工業立国ノヴゴロドはやがてキエフ公国から独立し、ノヴゴロド公国となっていく。簡単だが、9世紀から12世紀の話。
キエフは今のウクライナの中心地だった。古代から中世にはモスクワは登場してない。
モスクワ公国がアレクサンダーネフスキーの血縁によって建国されたのが14世紀。

キエフルーシ、モスクワルーシという具合に、どちらも「ルーシ」=ルーシカガンが出自という誇りが合ったようだ。
しかし、ルーシ人の北方スラブ人は、スカンジナビア半島、モンゴルおよび周辺民族の混血民族ということになる。

ウクライナを「小ロシア」(チャイコフスキーの交響曲2番の名称にもなっている)、と言うことが有るが、東ローマ帝国から観て、近くにある大都市を小ロシア、遠くに有る大都市をロシアとよんだ。その次代はウクライナ葉重要な年であったことを物語る。
アレクサンダーネフスキーの登場は、13世紀はじめの頃、周辺の新楽民族との戦いで、名を馳せた人物で、スエーデン、ドイツ騎士団、ハンガリー、モンゴルなどと戦った英雄。
有名なのは、ネヴァ河畔の戦いで、スカンジナビア半島軍隊と戦って勝利し、英雄視されることになった。
ロシアの英雄で、史実を疑われる人物はかなりいて、イーゴリ公、ボリスゴドノフも多分に造られた感がある。

モスクワは、キエフ・ルーシの時代には名前も知られていなかった北東ルーシの小都市にすぎなかった。そして、モンゴルのハーンによって厳重に支配、管理されるようになったルーシ諸侯のなかから、モンゴルとの関係を巧妙に利用し権力を握っていったのが、ウラジーミル大公アレクサンドル・ネフスキーと北東ルーシの諸公国に分封されたその子孫たちであった。

アレクサンダー・ネフスキーは、一方では戦闘の勇者であったが、片方ではモンゴル民族の建てた、キプチャク汗国に従った人物。
ロシア史の最大の屈辱は、タタールのくびきと言われるもので、モンゴル民族によって支配された歴史がある。
多くの英雄伝説は、その裏替え史とも観て取れそうだ。

そうは言っても、プロコフィエフの音楽は、素晴らしいの一言に尽きる。






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by noanoa1970 | 2017-03-08 10:07 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

プロコフィエフと越後獅子

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バイロン・ジャニスでプロコフィエフの3番の協奏曲を聴いている。
この曲はスカッとするので憂鬱な時にはもってこい。
さてこの曲の3楽章には昔から日本の「越後獅子」が引用されているという解説が多い。
プロコフィエフが日本に滞在した時耳にしたのだとされる。
アルゲリッチの動画で問題の個所をピックアップしてみると以下のところ、3楽章が始まると同時に其れらしきメロディーが聴こえてくる。
https://youtu.be/6Xayz4dZ9tU?t=48s
それでは「越後獅子」はどうだろうか以下の個所を聞いてみてください。
https://youtu.be/xQ7Qo77cSYA?t=2m12s
どうでしょう引用したように聞こえたでしょうか。
民謡を引用するのが得意なプロコフィエフですから事実の可能性は大と思います。
弦楽四重奏2番mの説明にウイキによればプロコフィエフは、カバルダ民謡の主題を作品中に用いたが、それと同時に独特な和声付けの様式を維持している。とあり協奏曲でもプロコフィエフのリズムと和声がシナジーを造っている。
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by noanoa1970 | 2015-04-03 21:07 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

ブリコラージュの作曲家「アイヴス」

民謡を引用した作曲家は結構多い。
古くはベートーヴェン、ブラームス、ドヴォルザーク、チャイコフスキーを始めとし新古典派やロマン派の作曲家
後期ロマン派ではマーラー、近代音楽でもバルトークは知られた人だ。
あまり知られてないかもしれないがドビュッシーも其の一人といってよいだろう。
これら以外にももっと多くの作曲家の作品があり枚挙にいとまがないほど。
アメリカの近現代の作曲家アイヴスも其の一人。
アイヴスは熱心には聴いてこなかった作曲家の一人だが、有るとき交響曲の2番を聴いて、まるで引用の伝道師のような曲風に「なにっ」と思ったことが有った。
1つや2つ引用することはあっても、アイヴスのように引用だらけの作品にはお目にかかったことがないから、いったいこの作曲家は何を考えて曲作りをしたのかと不思議に思う事しばし。
そしてこれかもしれないと気付いたのは、骨董の世界で貼り合わせ繫ぎ合わせる美術手法の「呼継」、すなわち壊れた陶磁器を復元(単に復元ではない)するのに全く違う種類のものをもってきて完成させる技、ブリコラージュといってもよいかもしれない手法のことだ。
異質の材料を使って作品を仕上げるのだが、元の作品よりも芸術性が高くなるのは非常にまれなことだろう。
3番には宗教的な香りがするフレーズの引用が有るとおもったら、タイトルの「キャンプミーティング」とはキリスト教伝道の集会の事だったので納得してしまった。
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by noanoa1970 | 2015-04-03 14:37 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

オークレールのチャイコフスキー

ヴァイオリンのオルレアンの少女、ミシェルオークレール。
「気は優しくて力持ち」という表現は恐らく女性には使わないと思うのだが、久々にすばらしいチャイコフスキーを聴いた。
クルト・ウエスという指揮者の名前も昔懐かしい。
ウイーン交響楽団との演奏。
発売元のMASTER SEAL RECORDSについては情報に乏しい。
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by noanoa1970 | 2015-04-02 21:01 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

収納BOX

LP用の収納箱を整理。
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by noanoa1970 | 2015-04-02 20:38 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

センターラベルいろいろ

古いレコードノセンターラベル
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by noanoa1970 | 2015-04-02 20:30 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

ワルターはいい

LPでワルターのモーツァルトとマーラーを聴く。
ニューヨークフィルとの演奏は素晴らしいの一言。
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by noanoa1970 | 2015-04-02 20:25 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)

ケンプのリスト

ケンプでは珍しいリストの協奏曲。
ケンプってこんな弾き方もできるんだと、目から鱗の演奏。
知らなかったのは小生だけかも。
いつも言うけどDECCAの録音技術は非常に高いものがある。
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by noanoa1970 | 2015-03-31 20:15 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)