ブラインドテスト・・・6

今日はお休みにしようと思っていたのだが、昨日「未完成交響曲」に引き続き聴いた。2枚目のCDに「運命」が収録されていたので、忘れないうちに感想を書くことにした。

昔・・・LP時代の定盤は「運命/未完成」のカップリングだった。

運命のLPを買うと必ず未完成が、未完成を買うと運命が付いてくる・・・そんなわけで、この両曲の演奏録音は、必然的に増えることになる。

レコード会社各社は、これが売れ筋と見て、どこもかしこも、「運命/未完成」を出していた。

それに、・・・「運命」は、指揮者の解釈の差異が出やすく、しかもよくわかる曲でもあったから、一通り「名曲」に馴染んだ耳は、異なる演奏を欲するというわけだ。

ほとんどのクラシックファンは、このような体験を持つのだと思うが、CD時代になると、「運命/未完成」のカップリングは相当少なくなり、収録時間延長のおかげで、代わりに「新世界/未完成」などのカップリングや、版権が切れた録音も相当出てきたから、組み合わせは無数に存在するようになった。

しかし、今考えると、「運命/未完成」のカップリングは、絶妙のカップリングで、静と動、4拍子と3拍子、完璧と未完など、レコードのA面とB面の・・両極異ともいえる楽曲の組み合わせは、素直にレコードを裏返すことを手伝った。

話が長くなったが、そんなこともあって、「運命」の演奏は、かなり多く聴いてきたから、これは演奏者を当てなければ・・・と勇んで聴いたのだった。

ほとんど残響のない録音のなせるわざ・・・トスカニーニのスタジオ8Hでの録音のようであったから、一瞬トスカニーニと思ったが、トスカニーニの「運命」なら、そこそこ聴いてきて、印象が強かったから、そうではないと想い直した。

しかしその演奏の印象は限りなくトスカニーニに近いものだったから、頭の中で、トスカニーニに演奏スタイルが似ている指揮者は・・・と推理して・・・

ライナー、セル、ドホナーニ、カンテッリ、ラインスドルフ、あるいはミトロプーロスといった人が頭に浮かぶ。

しかし、このようなドライきわまる演奏をするのは、理由なき勘だが、恐らく非アングロサクソン、非ゲルマンの指揮者ではないかとも思うところ。

この演奏はライブで、指揮者がオケを煽るような気合を入れた掛け声が随所に聴くことができる。
「オケを煽る」そして指揮棒に無りやり従わせて、自分の意思を貫くような姿勢がうかがえ、それが音楽にも表れる。

こんなことが可能なのは、暴君指揮者でしかあり得ない。

ザッハリッヒそのものの演奏スタイルで、しかもものすごく速いインテンポ・・・トスカニーニよりも速い感じだ。(トスカニーニはそれでも、歌うところは歌う)

あっという間に終楽章で、あっという間に曲が終焉を迎えてしまうから、音楽を味わうというより、凄まじい音の洪水・・まるで鉄砲水に身を浸すというか、流される・・という表現が似合う曲想表現だ。

運命を聴いて、スカっとしたいなら、この演奏はうってつけだろう。

多分トスカニーニから影響を受けたか、彼に学んだかその近辺だろうとあたりを付けることにしたが、トスカニーニから影響を受けた指揮者は数多く、・・・カラヤンでさえ、その部類に入るであろうから、それでは収拾がつかない。

結局推理は失敗に終わりそうだが、トスカニーニ張りの指揮者・・・病気前のフリッチャイ/RIASの「新世界」ぐらいしか思い浮かばない。

小生が今まで全く聞き覚えのない指揮者なのだろう、「運命」の演奏者なら、多分わかるはずと、高をくくったことを反省しなければならない。

種明
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思いもしなかった指揮者「ロジンスキー」がNYKフィルを振った録音ライブである。
1945年録音。27分ほどとかなり早い演奏時間でトスカニーニ/NBCの30分をはるかに上回る超特急スピードだ。
ほとんど忘れていた指揮者だが、名前は記憶の底にキチンとある。
ロシアの指揮者ではなくポーランド出身とのことだ。
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by noanoa1970 | 2009-07-16 10:59 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)