缶入りベートーヴェン

昨夜聴いたコンヴィチュニーの「新世界より」の興奮が冷めやらぬ今朝だが、気を新たにして同時に届いた「クリップス」のベートーヴェン全集から「運命」を聴くことにした。

どうして「運命か」というと、これには深いわけがあって、小生が自分で初めて購入したレコードがクリップスの「運命」だったからである。

この全集も、そんな懐かしい思い出のためにと入手した。

1961年、中学1年か2年生の時、我が家にヴィクターの一体型「ステレオ」コンソールが、HMV犬と一緒にやってきた。

ステレオ装置には、サンプル盤として17センチ33回転の・・・EPが付属されており、ステレオ盤がそれしかなかったから、それを幾度も聞いたのだった。

オケのチューニングから始まるもので、ヴィクター発売の音源の一部を抜粋したものでしかなかったが、それまでの耳にはとても斬新に聞こえて、ステレオ録音とヴィクターのエコー技術に心から感動したものだ。

しばらくして見本盤では物足りなくなった小生、町のレコード屋に行って有名な「運命」を探すも、どれも2300円から2800円という価格で、とても手が出る代物ではない。

d0063263_10411298.jpg
そうなると、どうしても「運命」が聴きたくなり、しつこく探すと、なんと17センチEP盤のコーナーで見つけたのが、クリップスの「運命」。

これは運命とばかりに800円を払って、いさんで購入してきた。

EP2枚に収められたものだったが、そのころ流行りのオートリターン機能付きのステレオ装置だったから、さして国もならずに、相当楽しんだ。

コンヴィチュニー盤を入手する前の話であるから、このクリップス盤が小生の初「運命」体験ということになる。

数少ないが、クラシック音楽を聴く環境にあった友人たちは、ワルターやトスカニーニといった、親が購入した30センチLPの「運命・未完成」を持っていたので、小生の17センチ盤はとてもみすぼらしく、したがってその演奏自体も大したことは無い・・そう勝手に思い込んでいた。

「ヨーゼフクリップス」という指揮者の名前は記憶の底にあるが、それ以来彼の録音はほとんど聞かずに今まで来てしまった。

17センチ盤になってしまう(LP廉価版よりも低い地位にある)指揮者であるという、勝手な思い込みがそうさせたのは間違いない。

d0063263_1038333.jpg
しかし後年、一部愛好家の間でクリップスの良い評価が聞こえてくるようになってから、機会あれば聴いてみたい一つとなっていたが、昨年驚くべきことに、キャンディの缶のようなブリキの缶に入れられて、クリップスのベートーヴェン交響曲全集が、しかも超廉価で登場することになった。

発注をためらっているうちに、入手困難となって、再び今年になり登場したのをようやく入手したというわけだ。

改めて今聴いてみた感想としては・・・

とても平凡な演奏。
肩の力が何れにおいても抜けきっていて、淡々と音楽を作っているが、よどみなく流れていく。
ベートーヴェンを聴く・・というどこかしら存在する緊張感がいつの間にかなくなっていて、自然に音楽の流れの中に身をゆだねることができる。
何も足さない何も引かない・・・奇をてらったところが一切なく、感情移入もほとんどない。
しかしザッハリッヒというわけではないような、そこには気品という要素を感じることができる。

このような傾向の指揮者として、他にはカールシューリヒトがいるが、同じような傾向がかなりあると思う。

ベートーヴェンだからといって、過度な期待をする向きには、少々物足りないかと思われるが、クリップスのベートーヴェン演奏は、繰り返し聴いても飽きのこない演奏の、恐らく数少ない演奏の1つであると思い知らされることになった。

録音は1960年だが、さすが「エヴェレスト」原盤、相当に良い状態の録音である。
細かいニュアンスの表現までというわけにはいかないが、音の塊としての雰囲気を、とても良い状態で録音している。

最近このように、忘れ去られようとしている音源が、良い状態でリマスターリング復刻されるのは、大変にありがたいことであり、そうすることによって、こういう良質の演奏が後世に残る可能性を示してくれることは、演奏史においても1つの素晴らしい財産であろう。

[PR]

by noanoa1970 | 2009-06-24 10:38 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(6)

Commented by こぶちゃん at 2009-06-24 16:04 x
クリップス、私も好きです。まあるい体と愛らしいボールドヘッド。
モーツアルトの後期交響曲は、ほぼ持っています。
この時代としては、妙にロマン的な解釈はせず、エキセントリックにも走らない素晴らしい棒捌きは、コンセルトヘボウやロンドン交響楽団、ウィーン・フィルとも好相性でしたね。

件の缶入りベートーヴェン交響曲、音楽通の友人が絶賛してました。
曲の魅力を引き出した軽やかなベートーヴェンとの評価でしたよ。
Commented by ベイ at 2009-06-24 22:07 x
クリップスもシューリヒトも全集を持っているので、聴き較べしてみました。クリップスはおっしゃるとおり、何も足さない何もひかない中庸の極ともいうべきスタンダードな演奏で、それが却ってバランスのよい心地よさをもたらしてくれます。
それにひきかえ、シューリヒトはかなり個性的な演奏です。具体的には拍子の頭にルバートをかけるような前のめりの強調があり、テンポもイメージとは違って切迫したものがあります。テンポは有機的にというか、不安を感ずるくらい揺れ動きます。うーん不思議な感じです。シューリヒトなかなか奥が深そうです。
Commented by noanoa1970 at 2009-06-25 09:47
こぶちゃんさん
小生クリップスについては、あまり聴いてきませんでしたから、モーツァルトの好機交響曲、そして少年合唱団を採用したといわれるモツレクなど、聴いてみたいと思います。
今後の楽しみが増えました。
Commented by noanoa1970 at 2009-06-25 10:16
ペイさんコメントありがとうございます。

シューリヒトとの比較をされたようで、ご苦労様でした。
細かいところの表現手法においては、おっしゃる通りの相違は確かにありますね。しかしベートーヴェンの大まかな、つかみ:解釈や音の明晰さにおいては、似通ったところを感じたことでの表現です。クリップスと同じような傾向の指揮者としては「セル」のほうがより近いかもしれませんが、シューリヒトは時にはザッハリッヒに、また時にはテンポをかなり柔軟に動かすことがある指揮者ですから、曲によりけりなのでしょう。
両者ともに音楽の明晰さという意味ではかなりの共通項を持つと思います。例えば、フランス国立管弦楽団との録音1963年5月の「エロイカ」と全集盤を比べてみると、アゴーギグやテンポ設定がかなり違うことが確認できます。しかし全体の音楽の捉え方…特に透明感や明晰感には、そんなに大きな違いは無いように感じられます。(小生は熱心なシューリヒト聴きではないので、確信はもてませんが)
Commented by こぶちゃん at 2009-06-26 13:59 x
モーツァルトの後期交響曲は21~41番まで6枚組でHMV等で入手可能です(URL入れたらスパム扱いになりました)。
私が80年代に米国Philipsで集めたのは29番以降で1枚1500円以上していたことを考えると800~1000円で買えるとは…随分安くなりました(笑)。
Commented by noanoa1970 at 2009-06-26 18:38
こぶちゃんさん
情報感謝です。近いうちに入手しようと思います。
モーツァルトは、小生が愛好するパウムガルトナーと比較するのが楽しみです。