ワンダ・ウィルコミルスカのブラームス

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もうすぐ梅雨の季節だ。
雨にちなむ曲は多いが、中でもブラームスの「雨の歌」は良く知られている曲だ。
本日は「雨の歌」と題された歌曲が引用されるバイオリンソナタを含むソナタ全集を取り上げた。

中で、本日取り上げることにした、「ワンダ・ウィルコミルスカ」について、こんな面白い逸話が残っているという。

それは、オットークレンペラーが戦前、ブダペスト国立歌劇場管弦楽団およびブダペストフィルハーモニア管弦楽団監督を務めたコンサートで『ニュルンベルクのマイスタージンガー』を指揮したときのこと。

オケのコンサートミストレス(女性コンサートマスター)は、本日取り上げる当時弱冠19歳の「ワンダ・ウィウコミルスカ」だった。

19歳でコンミスとは、彼女の実力が偲ばれるが、それはさておいて、3幕になるとウィウコミルスカは、つい眠りこけてしまったという。

それを見たクレンペラーは・・・・。

「とっとと帰れ!
ワーグナーは子供の音楽じゃないんだ」と怒鳴ったという話である。

この話が事実か否かは別にしても、いかにもクレンペラーらしい話だ。

以上の話が、大指揮者クレンペラーの数々のエピソードの一つとして、今も語らてれるそうだが、19歳でのミスコン、そして演奏の最中に眠りこけるという、大胆不敵なウィウコルミスカの性格は、本日取り上げたブラームスのバイオリンソナタでも突出しているような所がある。

「ワンダ・ウィルコミルスカ」という女流バイオリニスト、あまりその名を知られていないようだが、 Wanda Wiłkomirska, 1929年1月11日 – )ポーランドのヴァイオリニストで、1952年のヴィエニャフスキ国際ヴァイオリン・コンクールで準優勝をした人、この時の優勝者がダヴィッド・オイストラッフの息子、イーゴリ・オイストラフであった。

小生が彼女のブラームスのソナタ全集を購入した理由は、もうずいぶん前のこと、立ち寄ったCDショップに全集盤がそれしかなかったから、とりあえず初心で聴くには、CD1枚で全曲入りのものが経済的に優位だったからであった。

発売はコニサーソサエティという聞きなれないもので、おまけに強面の女性の顔写真と、バイオリンのジャケットがなんだか無気味であったが、仕方なく購入したのだった。

その後・・・シゲティの2番、オイストラフの2・3番、そしてスーク、シュナイダーハン、アイザック・スターン、ゲオルグ・ポークなどの全集を聴き進むにつれて、それぞれの良さは…特にスークとカッチェンそしてスターンとルビンシュテインの素晴らしさは大いに認めたうえで、あえてウィウコミルスカのブラームスのソナタを取り上げたのは、この演奏が好きだからであることは言うまでもない。

細かくは述べないが、今まで聞いてきた演奏には無い点として、ブラームスを完全にロマン派の音楽作曲家としてとらえたような演奏だということだ。

バイオリンの音色や音程の確かさなどという事から言えば、この演奏はさして注目されない。
それどころか、直線的で鋭い音色が必ずしも優しくないし、ところどころ音程が不安定なところもある演奏なのだ。

小生の好みではない「ポルタメント」も、薄く常にかけている、ブラームスでは珍しい演奏といえるだろう。

特に1番のソナタは、残念だがそういう傾向が強く、まだまだ調子が出しきれないままに終わっている感もある。

例えるならば、晩年のヨゼフ・シゲッティのバイオリンを聴いているような錯覚を覚えることもある。

しかし、ウィルコミルスカのこの録音でのブラームス演奏は信念がある・・・つまり音魂を感じさせてくれる数少ない演奏の1つなのだ。

録音は1975年とカルテに書いてあるから、彼女が45歳という若さ・・・バイオリニストが油ののりきる少し前の年代のこと。

確認はできないが、1734年製のグァルネリを愛用しているというから、この時の使用楽器はヒョットしたらそうなのかもしれない。

ソナタ1番では、調子に乗りきれずに終わってしまうが、2番以降のソナタになると、俄然彼女は実力を発揮する。

バイオリンを変えて録音したのかと思うように、音に艶が乗り、音程もピシッと合ってくる。

表情がヴィヴィッドになって、彼女はここで本当に自分のブラームスを奏でることになる。

ポルタメントは薄く掛けるが、ビブラートをほとんど掛けないバイオリンで、このように深く暖かい音楽を醸し出すことに、彼女の力が垣間見れる。

3曲すべてを通しては欠点も見られるので、この曲演奏の1番手には揚げることはできないものの、暗い影の漂うブラームスから、何とか明るく開けたブラームスを見出そうとしたように感じられる演奏で、45歳の女流バイオリニストの面目躍如・・・開放感ある素晴らしい演奏であることは間違いない。

もちろん、そうはいってもブラームス、能天気なそれだけではなく、陰影の表現もほのかに香ってくる。

ピアノの「バルボーザ」も硬軟巧みに弾き分けて、ウィルコミルスカと対等に渡り合う。

Vnソナタというと・・・・小生もかつてそうであったのだが、Vn>Pianoという図式で語られ、そう認識されがちだ。

文字通り、バイオリンソナタと言うが如くである。

しかし、小生の考えでは、ベートーヴェンも、そしてブラームスではそれが一層顕著だと思うのだが、バイオリンと伴奏とされるピアノは対等に近くなる。

したがって、「バイオリンとピアノのためのソナタ」と呼ぶほうが相応しいと思うのだが、どうしてもこの名称のせいで、主役はバイオリン、脇役=伴奏がピアノであるという風に思いこむ節があった。

ブラームスのバイオリンソナタの演奏の良否判断材料の1つとしてピアノの重要性も揚げるべきだろう。

その意味で小生は、本日取り上げた演奏に加えて、ヨゼフ・スークとジュリアス・カッチェンの、そしてアイザック・スターンとルビンシュテインの演奏をあげておきたい。

先ほど大手CDショップで検索してみたが、残念なことに、ワンダ・ウィルコミルスカ/アントン・バルボーザ盤は現在入手不可であった。

ブラームスそしてバイオリンファンの方には、ぜひとも聴いていただきたかっただけに非常に残念である。
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by noanoa1970 | 2009-06-09 14:24 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)