ブレンデルとパウムガルトナーのモーツァルト20番協奏曲

CBSSONYから復刻発売となった、セルとカサドジュのモーツァルトピアノ協奏曲集の中に収録されている26番「戴冠式」と27番は1960年代の初期かなり話題となり、同じころ発売されたベーム/バックハウス/VPOの27番とよく比較された覚えがある。

大学時代のサークルの仲間の間でも、意見は2つにわかれたが、小生はカサドジュ派で、27番もさることながら、今ではモーツァルトの協奏曲のなかでも、総じてあまり評判の良くない26番を、カサドジュの、転がるような展開とスピード感あふれる、そしてセルもそうだが、研ぎ澄まされたような・・・つまりそれまでのワルターなどのモーツァルト演奏にはあまりなかった、小生にとっては新しいモーツァルトの出現に驚きと少しの興奮を持って聴いたのだった。

このCBSコロンビアから発売されたレコードは、すでに手元にはないが、枯れたような夜の木立ちの隙間から、淡い月が顔をのぞかせている面面と、黒色をバックに、カサドジュとセルの姿が映っているジャケットは、その後また復刻LPを買いなおした際のジャケットに使われていた。

復刻というか、焼きなおしLPの音は、発売当初のLPに比べるとかなりその鮮烈さが失われていて、ぼやけ気味の音を出していたから、手放したことを激しく後悔したものだった。

その写真はその後CD復刻の際も使われているものだ。

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そして復刻CDは、板越しだろうか、ところどころスクラッチノイズらしきものが聞こえてくるが、音の状態はまずまずであった。

21.23.2つのピアノ、26.27番と連続して聴いてしまうほど、この演奏はすぐれもので、21番のカサドジュオリジナルカデンツァは聴きものである。

ただ残念なのは20番がないことで、別仕立てのモノラル録音があるそうだが、いまだ聴くことはかなってない。

それで20番が聴きたくなり、ブルショルリ盤をとも思ったが、これは最近まで頻繁に聴いたからと、同じバックのもの・・・パウムガルトナー/ザルツブルグ・モーツァルティウム管弦楽団で、ブレンデルが演奏したものを聴くことにした。

このCDは、7年ほど前、CDショップをあさっていたとき、偶然「パウムガルトナー」という懐かしき指揮者の名前が目に入ったのでピックアップすると、それはモーツァルティウム管弦楽団創立50周年記念記念アルバムとして発売されたものであった。

モーツァルティウム管弦楽団=ザルツブルグ・カメラータ・アカデミカは創立1952年で、この3枚組アルバムの発売は2002年のことだ。


カメラータ・ザルツブルク 50周年記念アルバム

[CD1]・・・ベルンハルト・パウムガルトナーの時代
モーツァルト:
1~4.交響曲第35番ニ長調「ハフナー」
5.アリア「哀れな者よ、夢よ目覚めよ」 K.431
6.アリア「わが感謝を受けたまえ、優しき保護者よ」 K.383
7.アリア「御手に口づけすれば」 K.541
8~10.ピアノ協奏曲第20番ニ短調 K.466
  レオポルド・シモノー(テノール)、ヘレン・ドーナト(ソプラノ)、ジョゼ・ヴァン・ダム(バリトン)、アルフレート・ブレンデル(ピアノ)
  ベルンハルト・パウムガルトナー/モーツアルトハウス・カメラータ・アカデミカ
  録音:1962年8月12日、1956年、1968年#、1970年、1961年、ザルツブルク、モーツァルテウム、大ホール

[CD2]・・・シャーンドル・ヴェーグの時代
1~4.モーツァルト/交響曲第25番ト短調 K.183
5.シューベルト/弦楽四重奏断章ハ短調 D.703(管弦楽版)
6~9.ベートーヴェン/交響曲第2番ニ長調 Op.36
  シャーンドル・ヴェーグ/カメラータ・アカデミカ
録音:1991年、1993年、ザルツブルク、モーツァルテウム、大ホール、1994年、ウィーン、コンツェルトハウス

[CD3]・・・ロジャー・ノリントンの時代
1.ベートーヴェン/序曲「レオノーレ」第3番 Op.76b
2.モーツァルト/オペラ「ポンテの王ミトリダーテ」 K.87 から Se viver no degg'io
3~6.シューマン/交響曲第2番ハ長調 Op.61
  ロジャー・ノリントン(指揮)/カメラータ・ザルツブルク
  録音:2001年、ザルツブルク、モーツァルテウム、1996年、ザルツブルク、祝祭小劇場、2000年、ザルツブルク音楽祭オーケストラ練習室「シュットカステン」


パウムガルトナーのほかには、その後このオケを引き継いだとみられるロジャー・ノリントンのシューマン交響曲2番やサンダー・ヴェーグのベートーヴェン交響曲2番ほかモーツァルト、シューベルトなどが収録されていて、3枚で50年間の軌跡をたどろうとする大胆不敵な試みのCDである。

パウムガルトナーのアルバムには、「ハフナー」とテナーとソプラノの歌曲が20番の協奏曲とともに収録されていて、1961年から62年あたりの録音だから、音質はあまり良くない。

さらにこの管弦楽団は若手からベテランまで幅広い層の演奏者たちを集めていたと思われ、このアルバムではかって聴いてい手、近年オイロディスクから復刻発売された時の35.36.39.41などの素晴らしいアンサンブルは聞こえずに、まるで学生オケであるかのようなやや荒っぽくアンサンブルに乱れがある録音が収録されている。

なぜこのような演奏をわざわざ50周年記念アルバムに収録したのか疑問が残るが、しかしパウムガルトナーの音楽性は控え目ながらも発揮されているから、十分なことであろう。

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さて取り上げたブレンデルの協奏曲だが、グルダ/アーノンクールの23番26番同様、音楽スタート時からピアノが聞こえてくる演奏で、まずは度肝を抜かれる。

グルダはほかのピアニストではあまりやらない方法をとっていることが多いが、1961年録音のブレンデル/パウムガルトナーではこの方法をとっている。

グルダはアーノンクールとの23番でも最初からピアノを弾いていたから、不思議ではないのだが、まさかブレンデルがそうした演奏をするとは。

アーノンクールはピリオド系の指揮者だからなどとも思ったが、モーツァルト研究者でもあったパウムガルトナーは、決してそうではなかったから、やはりこれはピアニスト本人の意思であると考えたほうがよいカも知れない。

ピアノが最初から入る演奏は、オケとソロが一心同体のような感じを出していて、小生は好ましいと思っている。

オケの音質と比べるとブレンデルのピアノの音はかなり良く録音されていて、ブレンデルが使用したピアノが、スタインウエイではなさそうだということまでわかりそうな気配がする。

20番の出だしを聴くときいつも思うことなのだが、小生の耳には拍ずれを起こしているように聞こえる。

それでいつだったか、拍を刻んででみると4拍子できちんと合っている、しかし耳には1音多い部分があるように聞こえるのは、モーツァルトの意識的な展開なのだろう、そして1音多く聞こえるが正しく拍を刻むという事実は、音楽のイントロをただならぬ気配にしていて、しかも計算ずくではない、自然に出てきたと思えるところにモーツァルトの素晴らしさがあるのだろう。(楽譜ではどうなっているのか興味は尽きない)

パウムガルトナーは、少し早めのテンポで音楽を作っていく。
この指揮者の音楽的特徴は、弦のボウイングにあるのではないかと思うことが随所にあり、それは(詳しくはわからないが)ややきつめの・・・おそらくビブラートをほとんど掛けないところから来るのではないかと想像されるのと、アクセントの置き方がどうも違うように思うことがままある。

音楽はいつも「優雅」さにあふれ、このような演奏は最近の演奏者たちの音楽からは決して聞こえてこないもの。

たとえは良くないが、ウイーンの貴族の宮殿で聴いているかのような高貴香あるモーツァルトである。

ブルショルリとの20.23番という復古された名盤もある、むろんこの盤も良いのだが、音質はよくないが、それに十分匹敵するほどブレンデル盤は上質なモーツァルトを味あわせてくれる。

ライブ演奏でノンミスという演奏は少なくはないが、ブレンデルはそればかりではない。
これだけノビノビした優雅な演奏はまれであろう。

この録音が単独で発売されてないのは至極残念なことである。

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by noanoa1970 | 2009-02-12 11:45 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)