真昼の魔女

「水の魔物」「金の糸車」に続いて本日は「真昼の魔女」。
この交響詩のもととなるエルベンの詩の内容は以下のとおりである。

NHK交響楽団1633公演プログラムから「平野昭」氏の解説より

「のどかな田園にある家庭の風景。妻は仕事から帰ってくる夫の昼食の支度をするために台所でせっせと働いている。
その脇では子どもが遊んでいる。

やがて子どもは1人遊びに飽きてむずかり出す。母親は最初は穏やかにあやすが、ぐずる子どもにだんだん語気が強くなり、しまいには、そんなに泣き喚くと真昼の魔女(ポレドニーチェ Polednice)を呼ぶと脅かす。

すると子どもは一旦は泣き止むのだが、すこしするとまた泣き出す。
母親は子どもを厳しく叱りつける。
するとそこに小さな茶色の魔女が現れて、子どもを貰ってゆくといって不気味な踊りを始める母親は魔女に許しを請うのだが、聞き入れてくれない。

ところがちょうど正午の鐘が鳴り響きだすと魔女は消えてしまう。
安心した母親は子どもを抱きかかえて失神してしまう。

帰ってきた夫が家の中の惨状を見て、妻を抱き起こす。
妻は目覚めるが、子どもは冷たくなっていた」。


曲は、けだるい昼下がりを思わせるような楽調で始まる。
木管楽器による母と子供の会話らしきものが続く。
(たぶん泣きわめく子供をなだめる様子だがこれが繰り返され、次第に音楽が強くなってくるから、母親が切れかけていることがわかる、そして子供を脅かすために魔女の名前を出すことになったのであろう)

面白いのは外で鳥が鳴く声が「運命の動機」であり、今後のストーリー展開が、不気味に進行することを思わせ、鳥の声による「運命の動機」が次には大きくなって全合奏へと発展するから、ここに気づくと今後の恐ろしげな展開が予想され、興味を喚起するところが仕掛けられているようだ。

不気味なクラリネット、ファゴット、そしてトランペットによって、魔女の登場が予見され、曲はワルツになり、魔女が躍る様子が描かれる。

突然教会の鐘の音が聞こえると、魔女は姿を消してしまう。(このあたりはキリスト教的だ)

その後は物語のような展開となるのだが、音楽自体は子供を亡くした母親の激しい悲しみの様子などは描かれなく、むしろそれが運命であるがごとく、静かに終わるところが帰って不気味である。

4つの交響詩の中でもっとも、起承転結に優れた作品だ。

この民話はいろいろな解釈ができると思うが、小生流には
「タブー」を犯した無知な母親・・・(今でもこのような母親はよく見かけるが)
そう、・・・「悪いことばかりしてお母さんの言うことを聴かないと、怖い人が来るよ」とか、「あのおじさんに怒られるから、お利口さんにしなさい」などと、間違った子供教育をする母親に対する教訓のようだ。

この物語では子供の躾ができない母親が、「Polednice」=「昼霊」という名前を出して子供を脅かしたこと、おそらくこのような、魔女の名前を出しにして物事を解決するやり方は、もともとこの地方ではタブーとされて来たのではないだろうか。

タブー(魔女を出しに使うこと)を犯したことによって、悪の当事者とされた魔女が母親に対して怒り、母親の言ったことを、本当のことにしてしまうといった、タブーを犯した仕返しの話であるように思われる。

タブーを犯してはならない、そして子供の躾・教育は、子供本人のためで、そうしないとひどい目にあうからなどというものではない…そんな教訓の意もあろう。
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by noanoa1970 | 2009-01-24 11:54 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)