ボレロ

ボレロの小太鼓のリズムパターンを「モールス信号」で読み解くと、「この曲はつまらなく演奏してくれ」というメッセージになる。・・・・・というのは、もちろん「真っ赤な嘘」
小生このような実験をひそかに行ったことがあるのだが、苦労した挙句何にも引っかかってこなくて、思わず、「いったい俺は何をやっているんだ」と自身に苦笑したことがある。

ボレロの機械的リズムの上に支えられ、、だんだんクレッシェンドしていくという、単純であるが、いまだかって誰もやったことのない手法の斬新さと、音楽性に激しく心を動かされ、中学生時代に音楽の時間に聞かされた時のものとは、全く違う思いを持つにいたったのである。この曲を演奏者をとっかえ引返してどれほど聴いたことだろう。

モントゥ、アンセルメ、ミュンシュ、クリュイタンス、デルヴォー、に始まり、ロザンタール、プレートル、カラヤン、ブーレーズなど並み居る指揮者たちの解釈を沢山聴いてきた。写真はお気に入りのロザンタールのもの6枚組みの全集となって発売された。d0063263_18215345.jpg

そして最近になって・・・・この曲は何かを製造するときの、その工程を表現しているのでは?・・・と、ふと思ったのであった。それはなんだか、手工業から少し規模の大きめの生産ラインのようなものによって製品が出来上がっていくような気分を味わうことが多かったからである。

TV CMでこの曲が多く使用されるのもなんとなく分かる気がしている。
活力増進の薬品、人口髪の毛、、化粧品、車、デジカメなどなどのCMに使われているのを聴いたことがある人は多いはずだ。

調べてみると、ラヴェルはストラヴインスキーによって「スイスの時計職人」と揶揄されたこと、父親がエンジニアでその影響を少なからず受けたであろうこと。
友人とオランダ・ドイツをめぐる船旅に出たラヴェルは、自然の眺めなんかよりも、ライン川沿いの工業地帯の圧倒的な光景に感動して「ああ、この僕たちを取りまく、城のような形をして流れてくる鉄や火の大伽藍、そしてベルトコンベアや汽笛や凄まじいハンマーの音がつくりだす驚くべき交響曲をどうやって君に語ることができるだろうか!」・・・・・
という内容の手紙を書いたという話があるそうで、こうしたラヴェルの人工美礼賛は、彼の生活した住居にも現れているとのことらしいのである。

パリの万博、そしてアール・ヌーヴォーd0063263_11445926.jpg博覧会から影響を受けたと思われるラヴェル、工芸の時代は、ヌーヴォーからデコへと移っていく、ルネ・ラリックはヌーヴォーからデコへの移り変わりを自らの作品の変遷によって示すことのできる数少ないガラス工芸作家である。

琵琶湖の東に、長浜といという町がありそこにラリック専門の私設美術館d0063263_11334860.jpg「成田美術館」がある。そこに行って作品の変遷を見るとその辺りが良く分かる。d0063263_11341383.jpg
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写真左はアール・ヌーヴォー時代の作品、右はアール・デコ、ヌーヴォーがいかにも手工芸の
良さである手作りの雰囲気を残し、手作業でしか表現不可能な複雑な曲線を使っているのに対してデコは大量生産可能なように、単純なデザインに変化している。
d0063263_18104376.jpgボレロの楽譜を見るとまさしくアール・デコ工芸のお手本といったような感じを受けてしまう。直線と曲線が絶え間ないサイクルをかもし出しているようだ。
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by noanoa1970 | 2005-06-11 11:36 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)