トネリコから樅へ

去年のクリスマス前にワーグナーの「ニーベルングの指輪」をブーレーズ盤のLDで見ていて、「神々の黄昏」の最初に登場する3人のノルンによって語られる、神々の世界の崩壊の顛末のところで面白いことを言っているのが記憶に残った。

かって神々が栄えていたころ、ノルンたちはトネリコの樹木、世界樹ユグドラシルに綱を長く編むために、結わいつけながら作業していたが、いまではそのトネリコがまきとなってしまい燃やしつくされそうになっているから、「トネリコ」ではなく「樅」に結んで作業しなければならない。

注意していないと、聞き逃してしまうようなところだが、以上のように語る場面がある。

「トネリコ」はゲルマン神話の重要な神木的存在で、世界は「トネリコ」の気の枝から成り立ているとされ、ジークムントが主神ヴォータンが突き刺した無敵の剣「ノートング」を抜き取ったのも「トネリコ」である。

ノルンが語る「トネリコ」から「樅」への変遷は、神々の崩壊を物語るものであるが、はたしてその後の世界はどのようになっていくのか。

ちょうどクリスマス前の事であったことと「樅の木」の世界がくるという予感めいた話から、小生は神々の世界すなわちゲルマンの多神教の世界から、一神教であるキリスト教の世界になる、つまり古代の神々を信仰した民族が、キリスト教を信仰する新奥勢力によって駆逐されゆく様子を表しているような気がしてならない。

近代合理主義へと辿っていく道程の1歩が語られるようで、とても意味深長なところであるようだ。

ニーチェはこうも言っている

”人類の歴史はキリスト教の布教以後近代に向かって進歩どころか、キリスト教によってもたらされた道徳的規範(奴隷道徳)によって堕落と退歩の過程を歩んできた。
いまこそギリシャ古代の精神を取り戻すべきである”

ワーグナーはニーチェの思想を信奉した時もあったというから、ひょっとしたら「ニーベルングの指輪」や「ローエングリン」「パルジファル」に隠れた、キリスト教と異教徒の宗教戦争を、近代合理主義(資本主義)化への批判的要素として捉えたのかもしれない。
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by noanoa1970 | 2009-01-04 12:29 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(3)

Commented by HABABI at 2009-01-04 22:09 x
sawyerさん、こんばんは。
今年もよろしくお願い致します。
言われて、歌詞を確認してみました。素晴らしい観察だと思います。場面設定の基礎として、このような一種の種明かしがあったのかと、勝手に感心する次第です。
Commented by drac-ob at 2009-01-05 22:32 x
エントリーとは関係ないですが、新年のご挨拶が遅くなり申し訳ありません。今年もまたいろいろなお話を楽しみにしております。このところクラシックの話題が続いていますが、たまにはフォークやロックの話もお願いします。
Commented by noanoa1970 at 2009-01-06 13:12
HABABI さん、drac-ob さんこちらこそ今年もよろしくお願いいたします。年末から正月はオペラ月間ですが、そのうち異なるジャンルのエントリーもありますから気を長くしてお待ちください。