空を飛んだピアノ

ピアノが空を飛ぶという、まるで御伽話のような本当の話がある。

1928年に我が国にも飛来したという、ドイツのツェッペリン号は有名な飛行船であるが、その10年後の1937年にはヒンデンブルグ号がドイツ・フランクフルトを発ち、2日半の大西洋横断後、アメリカのニュージャージー州レイクハースト着陸の際に尾翼付近から突如爆発したことは、時々映像でも見かけることがあるからご存知の方も多いだろう。

じつは、その飛行船には1台のピアノが乗っていたのであった。
それは、世界初の空中からのピアノ演奏放送という大胆な企画目的のためであり、ドイツの知恵と技術は、見事それを成し遂げるにいたったのだった。

飛行船に乗せるために軽量化が必要とされ、アルミフレームで特注されたピアノが「ブリュートナー」であった。
ブリュートナーが選択された理由は明らかではないが、多分軽量化とピアノそのものの音色両方の観点から、数あるドイツのピアノメーカーの中から、が選ばれたのだろう。
またブリュートナー社が宣伝のために、無償提供したのかもしれない。

しかしながら、米国での事故のために、記載されていたものは焼失し、ピアノも焼けてしまって残ってはいない。

ヒンデンブルグ号の事故の話は小生も知っていたが、まさかピアノが乗せられていたとは夢にも思わなかったし、そのピアノの音は以前から聴いてみたかったものだったから、「ブリュートナー」を使った録音を探していたのだった。

ドイツのピアノといえば、すぐにスタインウエイ、そしてベーゼンドルファー、まれにベヒシュタインが聞けるが、ブリュートナーとなると、さすがこの楽器を使っている演奏家は少数であるので、音盤はなかなか入手できないでいたが、それは小生にとってはごくごく身近に存在することがある時分かった。

小生が気に入っている50年代から60年代初頭にかけて東ドイツを中心にで活躍し、ゲヴァントハウス管のシェフを務めたフランツコンヴィチュニーという指揮者がいる。
我が国にも1962年来日し、ベートーベンの交響曲全集を演奏した重鎮である。

彼がバックを務めたベートーベンの3番のピアノ協奏曲のピアニストを「ディーター・ツェヒリン」といい、この人はライプツィッヒ音楽院でピアノの教鞭をとった人でもあり、ライプツィッヒ音楽院では、伝統的にブリュートナーを採用しているようにきく。

そのためだろうか、
ツェヒリンが使用したピアノが「ブリュートナー」であるとの情報を入手して以来、かなり聞き込んではみたが、この1曲では物足りなく思い、他の録音を探してはみたが、あいにくわが国ではマイナーな存在なのか、他の録音はごく少数発売されていたが、廃番が多く入手は困難であった。

ネットオークションでエテルナのLPによる、モーツァルトの12番の協奏曲も入手したが、ブリュートナーの特徴たるピアノの音を確認するには至らなかったのであったが、なんとベルリンクラシックスから、ツェヒリンのベートーヴェンピアノソナタ全集が、しかも廉価で発売されるというではないか。

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入手しないわけはない・・・そう思い、急ぎ注文したソナタ全集を今聴き始めている。

まだすべてを聞いたわけではないが、演奏、録音、ピアノの音いずれをとっても、予想を遥かに超えた出来の良いものであると思う。

小生はどうやら、このブリュートナーのピアノの音が一番のお気に入りとなってしまったらしい。

この全集は1番から32番まで順にCDに収められているから、最初から聞いていけば順に聴けることになるのもよいし、目指す番数の曲の入っているCDを検索することがいとも容易であるのもまた良いことだ。

小生はこのCDで、今まで聞いてきてつまらないと思っていた少数番号のソナタが、こんなに素晴らしいものだということを初めて認識したように思う。

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さて肝心のブリュートナーのピアノの音であるが、「木の香りの音がする」という言葉が適当ではないだろうか。

表現がとても難しいのだが、このピアノは低音から高音までがとてもリニアーで、スムーズだ。

そして基音がとてもしっかりしていて、1つ1つの音の粒立ちがとてもいいように聞こえる。

強打でも決して音が割れるようなことはない。

高音は決してカンカンと金属的に響かず、やわらかく温かみがあるように響く。

この音の特徴は、ブリュートナー社のピアノの特許である「アリコート方式」から来るものなのかどうかは定かではないが、高域部分には余分な弦を1本張って都合4本とし、ハンマーでは3本しか叩かずに余分な1本は、倍音成分を出すためだけに存在するというもの。

そのように贅沢で、なおかつ調整が難しいであろう方法を取るには、おそらく強度の高い金属フレームと良質で音のよい、しかも強度のある木板を採用しなければならないだろうから、きっとそれらが相まってあのような素晴らしい音色を醸し出すのだろうと推測できる。

ブリュートナーを評価する声はかなりあって、代表的なものには以下のようなコメントがある。

「 ブリュートナーは、真にピアノで語ることができ、もっとも美しい声で歌うこと
ができる楽器である 」byフルトヴェングラー

「 ブリュートナーのピアノは、私が今まで出会った中で、一番美しい、歌う音色
をもっている。思うに、私の今までの人生で、これほど心地よく弾いたことはない 」byルービンシュタイン

以上の如くかなりの音楽関係者にも評価されているが、なぜかあまり話題になることがないのは、我が国での使用例が少ないのか、宣伝が下手なのか、あるいは輸入代理店がなかったことが原因なのだろうか。

しかし調べてみると面白いことがわかり、かなり多くの非クラシック音楽ファンでも、実際にはブリュートナーを耳にしているという。
なぜならそれは、ビートルズの最後のアルバム「Let it be」での録音に使用されたというから、ポールマッカートニーの弾く「レットイットビー」のピアノがそうである可能性が高いからだ。

1970年初頭からこのアルバムを聴いていた人はたくさんいるから、ブリュートナーとは知らずに聞いている人は数知れないと思われ、ひょっとするとスタインウエイやベーゼンを聞いた人の数をトータルでは凌駕するかもしれない。

同時に入手したシューベルトのソナタ全集とともに、年末の音楽の大いなる喜びとなるのを期待しているところである。                                
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by noanoa1970 | 2008-12-26 11:04 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)