ペレアスとメリザンドを観る

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「青い鳥」という童話は子供のころ読んだ記憶がある。
チルチルとミチルの兄妹が幸せの青い鳥を探しに方々旅をする物語だ。

作者のメーテルリンクは、最近ではメーテルランクと表記されることが多いらしく、先日から見聞きしたドビュッシー唯一のオペラ、「ペレアスとメリザンド」でもそう表記されていた。(未完ではアッシャー家の崩壊がある)

小生はメーテルリンクとは別人だとかなり長いこと思っていた。

あの童話の作者が「象徴主義」を標榜する作家とは、実のところ想像も
しなかったが、今思い出すことのできる「青い鳥」の内容は
「ヘンゼルとグレーテル」とかなり混同しているようだ。

そこで少々当たって見ると、ざっと以下の内容であることがはっきりした。

どこかに住むという青い鳥を探すことができるなら、幸せになれる
・・・その言葉を信じて遠い所に旅立つ兄妹。

しかし見つけたと思うと、それは本当の「青い鳥」ではなかった。
仕方なく家に戻ると、近所の人に、彼らが飼っている鳥を欲しがっている
子供がいることを知り、快く承諾すると、たちまちその鳥は「青い鳥」に変貌する。

本当の幸せはどこか遠い国の何かを探すことにあるのではなく、
身近な日常の中に、愛情とともにあることを知ることとなる。

以上が「夢」の中での出来事。
童話として小さい時に読んだか、話を聞いた覚えがあるが、小さな兄妹の宝物発見のための冒険童話風にしか受け取ってなかった。
深い人生教訓めいたものがあることを改めて知ることとなった。

そんなメーテルリンクが作り、ドビュッシーがオペラにした「ペレアスとメリザンド」を観たのだが、その映像表現から小生はすぐにバルトークの「青髭公の城」の陰鬱さを感じてしまった。

「青髭」もしくは「青髭公の城」はペローのものが古典的となっているようで、バラージュが戯曲化し、それをバルトークが短いオペラとしたことで知られるが、調べてみると実は、メーテルリンクが「アリアーヌと青髭」という戯曲を作っており、一節ではペローはメーテルリンクの戯曲を台本にして作ったとも言われているのだ。

そうなるとペローの古典的童話「青髭」以降はメーテルリンクが続くことになるわけだから、近代「青髭」の元祖はメーテルリンクの「アリアーヌと青髭」だということになる。

ちなみに、「アリアーヌと青髭」はポールデュカスによってオペラにされているが、小生は残念ながら未聴である。

話がずれたが、言いたいことは、小生が観たオペラの演出が、「青髭公の城」を想起させるようであったのが印象的だったので、調べたら、メーテルリンクでつながったということを言いたかっただけのことなのだが。

物語では・・・演出の力かもしれないが、「門」「扉」がかなり強調され、これも「青髭」「ペレアス」に共通するように思われる。

太陽の光のない暗闇、周りは深い森、少数の住人しかいない大きな城、何を考えているのかさっぱりわからない登場人物、素性の知れないどこかの王女らしき人物。

それらも両者の物語に共通するものだ。

「ペレアスとメリザンド」を、異母(父か)兄弟の兄嫁と弟の不倫(メリザンドが子どもを孕むことになるから不倫とされるようだが、そうでなく実は兄であるゴローの子供だった可能性もある)

兄の義弟と妻に対する嫉妬心が妄想を生んだ結果、義弟を殺害しそのショックで妻は身ごもった子どもを出産するとすぐに死んでしまう。

単純にそのような嫉妬心・猜疑心が引き起こす悲劇、あるいは不倫の結果の悲劇とするのは、おそらくこの戯曲の本質ではないのだろう。

この物語には「救い」が一つもない。
城はすでに食物にも事欠き、主は盲目である。
隣の国との政略結婚を希望していたが、跡継ぎのはずのゴローは、どこからともなく氏素性わからない女性を連れてきてしまう。

ペレアスは、まだ若すぎて兄を差し置いては城の跡継ぎにはなれぬ存在だ。
母親は(たぶんゴローの母か)どうしようもない日々をただ送るだけの存在である。
弟ペレアスはゴローのことよりも、友人を大事にしようとする、心情の持ち主。

ゴローは当初疑いの心ではなかったが、だんだんエスカレートして行き、ついに自分の息子を使ってまで妻と弟の行状を探るまでになる。
メリザンドは城に来てゴローの妻となるが、来たそうそうここには居たくないという。
(なぜゴローについてきたか、全く謎である)
ゴローが手を触れると拒否反応さえ示すが、ペレアスとも男女の仲にはなってないようなのに、子供を宿してしまう。

(小生にはメリザンドが厄病神的存在に見えてしまうことがあった)
泉、海岸洞窟の井戸、城の中の使ってない井戸など「水」に関係するものがちりばめられるから、メリザンドを「水の精」とする説もあるようだ。

そうなると人間の男に恋をした水の精オンディーヌが、結婚をして湖の王になってくれと愛を告白する。男がそれを断るとオンディーヌはくやしがってしばらく泣くが、やがて大声で笑い、激しい雨の中を消え去るといった話につながるのか。

そういえばメリザンドは感情の起伏がかなり激しい女性として描かれているようだ。

ゴローとの最初の出会いでも、泉の中に王冠を落としたが拾わないでよいなどと意味不明のことを言うし、ゴローを見て白髪があるなどと、まるでイケメン探しのごとき言動をするところから始まる。

触るな触れるなと言いながら、ゴローについて暗い城にはいり、入った途端帰りたいと泣きわめく。

メリザンドははたしてオンディーヌなのだろうか。

興味深い話として、オペラには登場しないが、戯曲では前口上のようなところがあって、城の女中たちが全員で城の周りを大量の水で洗い清めるシーンがあり、来るべき新妻オンディーヌの化身メリザンドの登場を暗示させるという指摘もある。

オンディーヌは人間との間に子供を作って後世に残したかったのかもしれない。

ブーレーズ盤ではメリザンド役のアリスン・ハーグレイが素晴らしい。
言葉の抑揚がそのまま音楽になっていて、仏語は象徴主義文学、音楽に相性がとてもよいことを再確認した。

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by noanoa1970 | 2008-12-13 19:17 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)