ヴォツェックを観る

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アルバン・ベルクのオペラ「ヴォツェック」がエーリッヒ・クライバーによって初演されたのは、今から83年前の1925年12月14日、もうすぐその記念日だ。

先日入手したアバド/VPOのライブ映像は、87年6月のものだから初演から60年以上の隔たりがあるが、そんな昔の音楽とは思えないほど、このオペラはそのストーリー、演出、音楽、すべてが小生には新しい感覚を呼び覚ますものであった。

それは単に「無調」の音楽要素だからというだけではなく、たとえばそのストーリーから、この物語のインパクト場面、愛人殺人の原因は、兵役中の男の精神障害によるものなのだが、実はそれは医者による人体実験のなせる業であるということが分かること。

映像なしで聞くベルクの音楽は、非常に難解でとっつきにくいと思うが、映像がつくと途端にその音楽は、映像と相まって登場人物の心理状態を巧みに描き出す音楽となる。

無調と表現主義はかなりシナジーがあるように小生は思っている。

伝え聞くところでは、クライバーは、初演に際し100十数回もリハーサルをやったというが、管弦楽はもちろんだが、それ以上に歌い手たちの習熟度が強く要求されると思われるのだが、主な登場人物を歌う、グルントヘーバー(Br)、ベーレンス(Sp)、ラングリッジ(T)おそらく相当鍛錬したのであろう、いずれもがこの難解な音をよく歌いきっているのに驚いた。

中でもサヴァリッシュとレヴァインの「指輪」で、ブリュンヒルデ役を好演したヒルデガルド・ベーレンスは強力な高域の声の質と微細な表現両方兼ね備わった見事な歌唱を見せるし演技力もあるように思う。
指輪では、ブリュンヒルデでは、兜をかぶっていたせいで、顔全体を見ることが出来なかったが、とても素敵な女性だ。

さてこのオペラは、実在の話をもとにし、殺人事件の裁判を見た「ビュヒナー」が、戯曲『ヴォイツェック』を20ほどの断片からなる未完の戯曲として残したもの。
それをベルクがオペラにしたものだ。

下級軍人であったヴォイツェックは、5歳年上の愛人を刺殺し死刑判決を受けた。
しかしその原因が精神障害であると判定されたにもかかわらず、裁判所は「死刑」を求刑した。

オペラの演出からは、精神障害の原因が軍医の人体実験であることを示唆するようだから、小生はあの忌まわしい世界大戦時、わが国でも、そしてドイツでも行われた「人体実験」を想起してしまった。

そんなところも、この話が1836年に書かれたにもかかわらず、非常に現代的な視点があるところなのかも知れない。

また物語中、「殺せという神の声が聞こえる」などというところなどは、現代の犯罪者が口にするものと同じ言葉であることも、殺人に時代を超えた普遍性があるようでとても恐ろしい。

なおビュヒナーはナチス時代にはその政治的言動や影響力から、逆にナチスによって利用されようとしたようだが、戯曲の上演は一部禁止されもしたらしい。
しかし今ではビュヒナー賞が設けられるほど評価されるにいたっているという。

アルバン・ベルクがこの戯曲をオペラにしようとしたのは、1913年にビューヒナーの生誕100年を記念し、ミュンヘンでオイゲン・キリアン演出による『ヴォイツェックの初演が行なわれ、その後のウィーン公演を観て感銘を受けたからであるといわれる。

オペラは、母親を内縁の夫に殺され、愛人を殺害した夫が狂ったように水の中で溺れ死んでしまう、一人残された、まだあどけない子供が、「お前の母さんが死んだよ」といれるが、ことの真相が理解できなく、無邪気に木馬に見立てたモップのようなもので遊びなながら子供たちの集団のあとについて、現場に向かおうとする姿で終わるが、観る側は、その後の子供の姿の想像しがたいもの、行く末などを考えざるを得なく、さまざまな感情を引き起こすことになる。

愛人・・・内縁の妻の殺人の理由は嫉妬かそれとも精神異常なのか、それとももっと他に複雑に絡まった・・・兵役という閉塞感すなわち、生きることに意味を見いだせない社会的絶望感、社会的閉塞感など当時の社会に対しての批判があるようにも感じられる物語である。

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by noanoa1970 | 2008-12-11 13:08 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)