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クラシック音楽への目覚め

小生はDRACの「日本音楽G」に入部したのだが、当時好きな音楽はやはりベートーヴェン、シューベルト、ドヴォルザークであった。
中学生になって我が家に初めて「ステレオ」なるものがやってきた。その当時家庭用「ステレオ」装置はコロムビアとビクターが2大勢力を占めていて、マニアックな山水、パイオニオア、トリオというハイグレードな装置を持っている家庭はほんとに少なかった。
真空管のアンプが組み込まれた一体型ステレオで最新の「エコー」という残響を施す技術が搭載された、ビクターのものを購入してもらった。
ステレオ盤が2800円モノラルでも2300円、おいそれと買えなかったので、ステレオ付属のテストレコードを飽きるほど聴いていた。

クラシック音楽への目覚め_d0063263_15384270.jpg程なくコロムビアから「世界名曲大全集」という50枚組みのセットが出た。1枚1000円という廉価であったことと、知り合いに頼んで割引してもらったこともあってか急に父親が購入した。

今では50枚あったものが10枚前後しか手元にない。長い年月の間に方々に飛散してしまい。実家においてあったものは処分されてしまった。

その中には今となっては貴重であるモニーク・ド・ラ・ブルッショルリ/パウルムガルトナー/モーツァルティウム管のモーツァルトPコン20番、23番、F・コンヴィチュニーの4番、5番、6番のベートーヴェンの交響曲のモノ盤(当時はLGOと表示されていたが、小生は、ライプチッヒ放送管の録音であると思うようになった)

オイゲン・ヨッフムの兄G・ルートヴィッヒ・ヨッフムの貴重な録音、珍しいデルヴォー/ハンブルグ響の仏近代物、アルテュール・ローターの第9、レオポルド・ルートヴィッヒのチャイコフスキーなどなど・・・・・レア物と呼んでも良いような録音が数多くあった。

これはコロムビアがオイロディスクやスプラフォン音源と契約していたことがなせる業であったのだろう。

小生はこの全集でバロックから近代までの有名曲を知り、口ずさむことができるまでそれを聴きまくった。
F・コンヴィチュニーの来日はそんな1961年春のことで、名古屋市公会堂で4番、5番の公演を聴くことが出来た。しかしそのときは全くよさもわからず退屈な印象であった。
ただ生の音響の圧倒的な音だけが心に残っているばかりである。
コンヴィチュニーを聞くのには余りにも若すぎたのであう。

1962年コンヴィチュニーはチェコの公演中に倒れ、帰らぬ人となったのだから、日本人にとっては、最初で最後の演奏会だったわけである。
かくしてコンヴィチュニーの名前とその演奏は、全集の中に入っていたベートーヴェンの4,5,6番とバンベルク響との「新世界」それにVSOとの「ジークフリート牧歌」によって色濃く刷り込まれたのである。
下のLPジャケットはコンヴィチュニーの「新世界」でエテルナ原盤とコロムビアからの国内版である。

クラシック音楽への目覚め_d0063263_16283622.jpg
すごいと思った録音は、ローターの第9の余白に入っていた、イシュトヴァーン・ケルテッシュ(ケルテスでなく当時はそう呼ばれていた)とバンベルク響の「エグモント、レオノーレの序曲、この演奏はすごい・・・と当時から思っていた。まだケルテス30台後半のときで、一連のドヴォルザークの全集がDECCAから出るはるか前のこと。
下のLPジャケットは、全集のコンヴィチュニー/バンベルク響の「新世界」そしてVSOとの「ジークフリート牧歌」である。
このLPの溝が怪しくなってきたので上の2枚を購入した。
クラシック音楽への目覚め_d0063263_21173525.jpg残念なことに「新世界」は一度CD化されたきり、その後の再発はいまだかってない。
間違ったコンヴィチュニーの音楽イメージを払拭できるのは、この「新世界」とシューベルトの「グレイト」、そしてブラームスの「1番の交響曲」と、ブルックナーの7,8,9番だ。

ベートーヴェン全集だけで彼を判断すると彼の一面しか見ていないことになるはずである。
例えば「エロイカ」でもLGOとの物とドレスデン、シュターツ・カペレのものではまったく音魂に異質なものを感じる。
どうやら彼はもちろん出来、不出来はあるが、「ライヴ」で底力を発揮するタイプであるとたぶんに思うのである。。

by noanoa1970 | 2005-06-10 12:45 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)