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バビヤールには墓碑銘がない

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ショスタコ-ヴィッチの13番の交響曲のニックネームは「バビヤール」。
冒頭にバスのソロで歌われるその歌詞が「バビヤールには墓碑銘がない」である。
「バビヤール」とはキエフ郊外にある渓谷の名前で、ナチスドイツによって、ロシア系ユダヤ人が大量に殺戮され、埋められたところだという。

この暗黒の歴史の一コマを1961年、エフトゥシェンコは詩「バビ・ヤール」として書きその詩を使って、ショスタコーヴィッチによって作られた交響曲(オラトリオのようでもある)が13番の交響曲別名「バビヤール」である。

ユダヤ人迫害に対するソ連の無関心を告発したとされるこの詩であるが、よく読んでみると、どうもそれだけではないように思えるところがある。

たとえば詩の一節には、「何たる卑劣だろうか、臆面もなく反ユダヤ主義者たちは、厚かましくもこう名乗ったのだ、「ロシア民族同盟」などと。」

この一節で思い出されるのは「カチンの森事件」である。
小生はこの歴史的な事件のことを最近になって知ることとなったのだが、この事件の真実を知ることとなって、歴史は勝者によって作られるということを実感した。

「カチンの森事件」とは、旧ソ連のスモレンスク市近くの森で、第2次世界大戦中にソ連当局が捕虜のポーランド人将校多数を銃殺して埋めた事件。1943年に同地を占領したナチス・ドイツ軍当局がその遺体発表したがソ連当局はかかわりを否定。

共産主義国家となったポーランドでは、この事件に言及することはタブーとなっていたが、ソ連が崩壊したのち1990年ソ連は内務人民委員部による虐殺と認めた 。

それまでソ連はこの事件の首謀者は、ナチスドイツであると主張してきたのである。

「バビヤール」はナチスドイツによるユダヤ人大量虐殺の地とされているが、ある書物によるとここで殺戮されたのはユダヤ人に限らず、当時のソ連体制に逆らった人たちもたくさん含まれており、その主なものは「ハザール人」だという。

ハザールとはカザールのことで、遊牧民族であったが、ある時期にユダヤ教に改宗したといわれている。

このユダヤ教徒となったハザール人は、(ユダヤ教徒はユダヤ人である)ロシアではアシュケナージユダヤとして、多方面に力を持つにいたった。

一説にはロシア革命の主導者はユダヤ人であったともいわれているし、十月革命時の最大勢力はキエフを首都とするウクライナ中央ラーダのウクライナ国民共和国だとされる。

ロシアとウクライナは別民族であることから、昔からこの民族宗教紛争こそが、ソ連ロシアの歴史を動かしてきたのだと思われる。

スターリンソ連下において、このウクライナは独立国家を目指したことや、スターリンの政策と農業中心で土地を保有したいウクライナ人との利害が相いれなかったことも、中にユダヤ教徒が多かったこともスターリンソ連の反ユダヤ主義につながることになったのだろう。

「バビヤールには墓碑銘がない」という背景には、ソ連の反ユダヤ主義と、そればかりか実際に「カチンの森事件」に見られるように、ユダヤ教徒のポーランド人の大量殺戮や、未だ明らかにはされてないが「バビヤール」でのソ連によるソ連のユダヤ教徒殺戮にもかかわらず、歴史的事実を偽ってきたということと、その結果において墓碑銘すらないということを揶揄している。

エフトゥシェンコの詩の内容からは、わざと曖昧にされているのでよくわからないが、冒頭に挙げた「何たる卑劣だろうか、臆面もなく反ユダヤ主義者たちは、厚かましくもこう名乗ったのだ、「ロシア民族同盟」などと。」の下りから少しだけ、ソ連指導部に対しての皮肉のメッセージが読み取れよう。

むしろ音楽では詩ほどリアリティ(権力者がそれとわかるような)なく運べるから、ショスタコーヴィッチは、この音楽でナチスばかりかソ連のホロコーストを糾弾するかのような、険しい表情の音楽をつけている。

詩も音楽も非常にシニカルだから、歴史的背景を知らないで聞くと、読み間違えそうだ。

by noanoa1970 | 2008-11-23 11:29 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)