貴重な音源

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随分くたびれたレコードジャケットだが、何せ1962年のものだからお許し願いたい。

ここに登場する演奏家は
戦前はフルトベングラー下のBPOで活躍し、戦後はアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団で首席チェリストを務めた「ティボール・デ・マヒューラ」。

そして戦中のヒットラーのもとで、ギーゼキングとともに、ベートーヴェンのピアノ協奏曲5番を、世界初のステレオで録音することとなったとしても知られる「アルテュール・ローター」。

そして「オイゲンヨッフム」の弟で、やはりヒットラー政権下のドイツで、リンツブルックナー管弦楽団を率いて活躍した「ゲオルグ・ルートビッヒ・ヨッフム」という、今ではその名を知っていて、彼らの録音を聞いたことがある人は少なくなってしまった感がある演奏家たちのレコードである。

彼らの録音、現在では市場に出ているものはごくまれであるから、それも致し方のないことであるし、1960年代の末期にはそういう演奏家たちを、廉価盤という格安のレコードとして再発売したこともあってか、当時も現在も彼らの音楽的評価はあまり芳しくはない。

小生が初めて聞いたドヴォルザークのチェロ協奏曲は、マヒューラがチェロ、ローターが指揮したベルリン交響楽団(西ベルリンだと思われる)の演奏であった。

このレコード、今までどのくらいの数を聴いてきたことか、今ではそれこそ名だたる演奏家の曲をたくさん聴いては来たが、なぜか・・・あのロストロポーヴィッチでさえ小生の耳にはシックリ来なかったから、たいていはシュタルケルの演奏を聴くのだが、それでも満足することはなかったのだ。

しかも愛聴していたこのレコード、探しても見当たらなかったから、テッキリ実家で廃棄の運命にあったと諦めていたのだが、先日ふとした拍子に発見し、思わず小躍りするぐらい嬉しく喜んだのだった。

チェリストの「マヒューラ」は覚えてはいたが、バックの指揮者とオケの名前は失念していたから、何年かぶりにジャケットを見ると、そこに記されている演奏者は、同じものを探すために当たっていたCDの、ルドルフ・モラルトが指揮するウイーン交響楽団のものと違って、「アルテュール・ローター」が指揮するベルリン交響楽団であった。

恐らくこの録音は、廉価版でさえも、勿論CD復刻などされてはいないであろうから、実に貴重なものだといえるのではないだろうか。

B面には、ブルックナーの交響曲がかってCD復刻されたが、今は廃盤となっていて、それ以外の録音は全く復刻されてない、これまた貴重な録音であると思われる、「ゲオルグ・ルートビッヒ・ヨッフム」がベルリン交響楽団を指揮したグリンカの序曲「皇帝に捧し命」が収録されている。(小生が少年期によく聞いたボロディンの「中央アジアの草原にて」、はこの指揮者によるものだった)

知られざる指揮者というHPには、彼についての詳細プロフィールが以下のように記されているので、コピーさせていただいた。

Georg Ludwig Jochum
ゲオルク・ルートヴィヒ・ヨッフム(ヨーフム)
10.Dez.1909、バーベンハウゼン~1.Nov.1970、ミュールハイム(ルール地方)
ドイツの指揮者。オイゲン・ヨッフムの弟(三人兄弟の末っ子)
1920年から28年にかかて、アウグスブルクのレオポルト・モーツァルト音楽院と、後にミュンヒェンの音樂アカデミーで三年半を、ジークムント・フォン・ハウスエッガーに指揮法を、J.ペンバウアーにピアノを、ヨーゼフ・ハースの下で作曲を学ぶ。96人の応募者の中からミュンスター(ヴェストファーレン)の音楽監督に選ばれ、ここで1932年から34年まで指揮し、次いで1934年から37年まではフランクフルト歌劇場の第一指揮者と当時に当地の博物館協会のコンサートを指揮。1937年から40年にかけてプラウエン歌劇場の第一指揮者をへて、1940年にはリンツ歌劇場の音樂総監督を 45年まで、戦後は1946年からデュイスブルクの音樂総監督を70年までつとめた。1943年からナチスが創設したドイツ帝国放送リンツ・ブルックナー管絃楽団を指揮(常任指揮者)し、同時にザンクト・フローリアンにおけるブルックナー音楽祭の責任者でもあった。1948年から50年には音樂総監督と同時に音楽院の院長(1958年まで)でもあった。デュイスブルクの他にバンベルク交響楽団をも指揮した(1948-50)。1950年初期にはベルリン RIAS放送管絃楽団も同時に指揮した。
 特にアルゼンチンとチリを主体に、樂旅を多く行い、1961年にはチリのサンチェゴ大学より名誉教授の称号を受ける。また、日本とバールベックでも指揮を行い、バールベックでは『西洋杉の騎士』(Knight of Order of the Cedar-tree)と渾名された。1951年にはパリで二つのモーツァルトの交響曲に対し、彼にディスク大賞(Grand Prix du Disque)を贈った。偉大なる兄の影響も受けたゲオルクは兄と同様ブルックナーをしばしば指揮したが、現代音樂にも造詣が深かった彼は、同時に兄の影のような存在でもあり、才能の割にはレコーディングを与えられる機会が充分に無かった。彼もまたオイゲンと同様カールの白髪であった。
 録音はブルックナーを中心に数多くあるが、全曲録音があるものの、いくつかは消去されてしまった。ドイツ帝國放送協会には彼のリンツ・ブルックナー管との録音が97種類あった。しかし現存するのは7つしかなく、その殆どは保管していたミュンヒェンの倉庫が戦中期に空爆されてしまった。
(17.Apr.2001作成、追加:18.Jul.2002)

「ローター」については、最近になって彼が活躍した戦中から戦後の数々の録音の一部が復刻され始めているようで、この分なら恐らくは再評価の対象になるに違いないだろう。

沼津交響楽団Hornの山本さんによる連載。「第九を聴く」の中に「ローター」についてのプロフィール紹介があったので転写させていただいた。

アルトゥール・ローター(1885~1972)

ドイツのシュッテン生まれで、ワーグナーと直接関係の深かったハンス・リヒターやモットルといった歴史的な指揮者の下でバイロイト音楽祭のアシスタントを務め、後にデッサウ市立歌劇場、ベルリン・ドイツオペラの音楽監督。ベルリン放送響の音楽監督。
録音の多くはオペラ、協奏曲や歌曲の伴奏が主で、純粋な器楽曲の録音はほとんどない状況ですが、かつてステレオ初期に出ていたドイツ歌劇名序曲集、メンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」組曲といった録音は、手慣れたベテランの味わいで捨て難い良さがありました。またナチスの開発したマグネトフォンに、1944年ピアニストのギーゼキングとともに録音したベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」の録音は、史上初のステレオ録音として知られています。

小生はここで取り上げられているベートーヴェンの第九
ハンブルク交響楽団、ハンブルク・アカデミー合唱団
S:ランク、A:イロシュヴァイ、T:ガイスラー、Bs:クラスを愛聴してきた。

小生の「第9いろいろ」ブログで真っ先に取り上げたものでもある。


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最近入手した復刻CDの中に「ローター」が協奏曲のバックを務めたものがあり、それはベートーヴェンのピアノ協奏曲4番で、オイロディスクヴィンテージシリーズという一連の復刻CDの中、ブルショルリの3番の協奏曲にカップリングされているものである。

ピアノは「ヤコブ・ギンペル」、オケはベルリン交響楽団で指揮者が「アルテュール・ローター」1966年の録音である。

少ないながら「ローター」が指揮する演奏を聴いてきて思うことというと、聴く限りにおいての話であるが、第9でもその傾向は見えるのだが、やはり彼はオペラの人で、器楽や声楽を十分引き立てようとする技術にたけていて、それはパートナーの技量を最大にはい遺棄するようなサポートに長けている人のように思うのである。

自らは決して表面に出るような音楽にはなっておらず、アゴーギグなど店舗リズムの揺れをほとんど感じさせない、インテンポの音楽づくり。

しかし時々ハットするような・・・大胆なホーンセクションやティンパニーなどの強調も見られ、ややもすると単調になりやすい協奏曲のバックだが、オケパート部分では角にならない程度の、塩梅良い歌を聞かせてくれる。

カールシューリヒトの音楽に近いものがあるように感じることもある。

彼のディスコグラフィーによると、同時代に活躍した「フルト・ベングラー」以上の録音があるらしい方、特にベルリンドイツオペラを率いて活躍したオペラでは、そうとぷ貴重なものが残されているというから、今後のいち早い復刻を「レオポルド・ルートビッヒ」とともに願いたいものだ。

書き忘れるところだったが、マヒューラとのドヴォルザークは、小生にとっては一番お気に入りの録音で、そのテンポはこれまで聞いたどの演奏の録音よりも速い。

ベルリン交響楽団は東ドイツのそれに対抗して創設されたというから、おそらく優秀な部員を集めて急に作られたものだと思われるが、その能力は非常に高く、弦も管も素晴らしい技術と音楽性をもち、出だしすぐのホルンの音を聴くとそのことがよくわかる。

「マヒューラ」のチェロは、バックを信頼しているかのように、テンポが速いにもかかわらず、のびのびとした運弓で、とてもよく歌っている。

録音が少ないせいなのか、マヒューラほどのチェリストが、現在はあまり知られていなくなってしまったのはとても残念なことである。

音程は高音部でも、かなり確かな人のようで、安心して聴くことができる。
所々でごく軽いポルタメントを聞かせてくれるのも、また心地よいことだ。
ドヴォルザークには、小節の変わり目が、時にしておお見えを切るような「ため」が見受けられる演奏が多い中で、マヒューラはさらりとつないでゆくが、小生にはそれがとても気持ちがよく気に入っているところでもある。

余談だが、少年期にこの曲の3楽章を聴いていて、ラジオやTVでよく藤山一郎が歌っていた、古賀政男の「青い背広で」によく似ている・・・などと思っていたことがあった。

埋もれかけている演奏家たちの貴重な優秀音源の復刻を、ますます願うものである。

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by noanoa1970 | 2008-11-08 12:10 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)