生まれて初めての体験

この1月に息子が結婚した。それらしい雰囲気が強くなってきたある日、最後に新郎の父の挨拶という厄介ものがあることを知った。
さー困ったことになったと思う半面、いや小生は現役時代にはプレゼンテーションをいくつもやってきたんだから、ぜんぜん平気さ・・・という気持ちが同居した。

とはいっても話す内容を考えねばなるまいと思い、やおらPCの前に座るも、考えれば考えるほどアイディアが出てこない。ごく一般的な挨拶だけはどうしても避けたい要求に駆られていた。

書いては消し書いては消ししているうちに疲れたので、生誕100年を記念して大々的にその作品が取り上げられ、リモコンと格闘し、必死に録画した「小津安二郎」作品から、先日半分見たままの続きをと思い「彼岸花」を見ることにした。

彼の作品の根幹に流れるものは、昭和初期から中期にかけての「家族」の姿を、息子や娘の「結婚」という視座で捉えつつ、「東京物語」では高度成長期に差し掛かろうとしている日本の家族がだんだん核家族化して行き、そのせいで親子の間に不条理な亀裂が生じてくること、やさしさや愛情は肉親からという幻想を打ち壊しながらも、戦死した息子の嫁の、義理の父母に対する愛情によって救済される。・・・という内容である。

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さて「彼岸花」は、娘の結婚を心配してあれこれ手を尽くそうとしている親に内緒で、交際していたことが発覚、父親は激怒、知り合いの娘には「結婚は真鍮のようなもの」「はじめから金を目指さなくても良い」なんて、さも分かった風に説教するのだが、こと自分の娘となると話が違う。
本音と建前が違う典型的な親の姿を演出している。

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ストーリーの展開は少しおいておくが、小生はこの父親役の佐分利信が、結婚の相談をしに来た知り合いの娘役である山本富士子に言った言葉
「真鍮の結婚でよい」「あとは夫婦力をあわせ真鍮から金を目指せ」・・・・
この言葉がなんだかとても心に残ったので、そうだこの言葉をスピーチに引用しようとすぐに心に決めた。

真鍮というのは「銅」と「亜鉛」の「合金」で6対4がその絶対比率、どちらが弱くても強くても良い真鍮とならないことなどを知り、これを使おう、しかも小生の好きな小津監督が言わせた言葉なのだから、これに勝るものはない.

かくして挨拶スピーチの内容はほとんど決まったのだが、それだけでは能がない。
ある工夫をするのだがその話はまたいずれ・・・・・
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by noanoa1970 | 2005-06-09 12:30 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)