タイムマシン

住みにくい世の中だ。

タイムマシンを、もし自由に操れるとしたら、どの時代に行きたいか?
少なくとも、現時代にだけは留まりたくないと思う。

古代へということも考えたが、庶民の身分ではとても苦しい生活を強いられるだろうし、それは以後の長い歴史の上の社会においても、似たり寄ったりであろう。

庶民の暮らしが落ち着いたと思われるのは、江戸の元禄時代で、文化芸術的にも、経済的にも、それはとてもよさそうではないだろうか。

しかし小生は、日本が近代国家となってきつつあった「大正時代」に、限りない憧れをもつのだ。

戦争や大震災があったとしても、大正デモクラシー、大正浪漫、大正文学・美術、大正モダンなどに象徴されるような「安定期」であったといえるだろうし、庶民は大衆という言葉で象徴されるように、「個」の集団として意識されるようになってきた時代。

新しい日本への夢と希望が少なからず存在した時代だったのではないだろうか。

個人的には、世紀末芸術の影響の真っただ中の時代に興味があり、そして次に来る「アールヌーヴォー」、「アールデコ」工芸品が日本家屋の中に唯一作られた洋式の応接間で花が咲いた時代。

そして民芸と限りなくマッチングする基礎を作った時代として、小生の興味は尽きないのである。

学者・知識人や文学者、芸術家たちの活力が、経済や政治と同等以上のパワーを持っていた時代であるともいえるのではないだろうか。

もちろんリアルタイムではないが、小生は「赤い鳥」に掲載された数々の児童向け作品の影響を多く受けていて、「新美南吉」、「小川未明」、「坪田譲治」、「鈴木三重吉」あたりを特別に好んだ。

小川の「二度と通らない旅人」は、小学校二年生の給食の時間の放送で流れたことがあって、水さえ上げなかった病人をかかえた家族の対応に、薬行商の旅人が置いて行った薬の親切さが身に染みたことを今でも思い出す。

新見の「ゴンギツネ」は、昔読んだ記憶のない「手袋を買いに」が、息子の小学校の教科書に掲載されていて、息子には内緒で密かに読んだこともあった。

風の中の子供、子供の四季は、坪田の作品で、これは小学校五年生の時、学校の図書館で借りて、相当読みふけったもの。

「赤い鳥」オリジナルか復刻版であったのかは定かではないが、鳴海という町の父親の実家に行くと、叔父叔母の勉強部屋となっていた応接間には、雑誌がいくつかあって、その表紙に書かれた少年少女の挿絵は、幼心を動かしたし、あれは今思えば「夢二」だったのだろうと思われるような、女性の挿絵の記憶がボンヤリとある。

タイムマシンがあったなら、やはり小生は「大正時代」に行きたいと、今は強く思っているのである。

岐阜県の「大正村」には数回行ったこともあるが、明治村と異なり、生活感にあふれているから、実体としての雰囲気がよくわかる。
あのような環境の中で暮らせたら、さぞ気分がいいのだろうと思うことがよくある。

書いているうちに、かつて耳にした歌を思い出した。

そのものズバリ、「タイムマシンにおねがい」という曲は、「フォーク・クールーセダース」にいた「加藤和彦」が立ち上げた「サディスティック・ミカ・バンド」というバンドによって、かなり有名になった曲だ。

小生は昨年のこと、車の中で「和幸」(かずこう)という、加藤和彦と坂崎幸之助による新ユニットのアルバム紹介の番組を聞いたことがあった。

その中で、「サディスティック・ミカ・バンド」の再結成新ボーカルとして「木村カエラ」という若い女性を起用したこと、その理由について、加藤が述べているのを聞いた記憶がある。

加藤は、木村カエラを起用した一番の理由として、日本語の発音がきれいで、ロックを歌った時でも、しっかりと意味内容がわかるから・・・そういっていた。(オリジナルミカの悪さ加減解消のため・・・などと一瞬思ったが)

なるほど最近のロックミュジシャンのほとんどが、何を歌っているか・・・意味不明の日本語の歌い方をする傾向にあることを小生は感じていて、それならば、いっそ英語の歌詞で歌ったほうがシックリ来る・・・そんなふうに思わぬでもなかったから、木村カエラの「タイムマシンにおねがい」を一度聞いてみたいと思っていたのであった。

それでyouyubeで検索してみると、さすがyoutube、ちゃんとあるではないか、小生は木村カエラという女性のことは全く知らなかったが、動画を見ていて、清涼飲料水の「キレートレモン」のCMに最近出ている人であること、そして見た目が少し霧島カレンに似ているように思ったのであった。

霧島カレンは霧島洋子の娘で、最近はあまり見かけなくなったが、先日の日曜日朝の番組「僕らの時代」に出演していて、姿とシャベリが全く正反対なのに、驚いたことがあったので、印象が強かった。

そして偶然の一致か、霧島は第二次サディスティック・ミカ・バンドのボーカルとして、一時活躍したそうで、これもまた驚きのことであった。

youyubeには、タイムマシンさながらのように、昔のオリジナルミカバンド、そして現在のカエラのもの、そしてなんと未来を表現するかのように「発音ミク」のものまであった。(カレンのものもブートレグであるとされるが、残念なことにyoutubeにはなかった)

そもそも、住みにくい現世拒否の思いから、ウエルズの「タイムマシン」に、そして話はこの曲「タイムマシンにおねがい」に行き着いたわけだから、「過去、現在、そして未来」の「タイムマシンにおねがい」の存在は、計ったように符合し、面白いことであった。

木村カエラの歌は、加藤が起用しただけに、オリジナル「ミカ」のものよりかなり日本語が綺麗でよくわかる。(音程の確かさはミカ以上で、こちらのほうがこのm志位)

純日本人よりハーフや日本に長くいる異邦人のほうが日本語がうまいことがあるのはどう考えても、不思議だが、とにかく木村カエラ・・・チョット気になる存在の歌い手である。



SADISTIC MICA BAND



SADISTIC MICAERA BAND



SADISTIC MIKU BAND


歌詞の一部は下記の通り、
作詞は誰によるものかは知らないが、かなり興味深い単語にあふれている。

さあそのスヰッチを遠い昔に廻せば
ジュラ期の世界が拡がり
はるかな化石の時代よ
アンモナイトはお昼ね
ティラノザウルスお散歩
アハハン
さあ無邪気な夢のはずむ すてきな時代へ
さあタップダンスと
恋とシネマの明け暮れ
きらめく黄金時代は
ミンクをまとった娘が
ボギーのソフトにいかれて
デュセンバーグを夢見るアハハン
そんな時代が好きなら
さあそのスヰッチを少し昔に廻せば
鹿鳴館では夜ごとの
ワルツのテンポに今宵も
ポンパドールが花咲き
シルクハットが揺れるわアハハン


*デューセンバーグ:Duesenbergとはエレキギターでもあり昔の自動車の名前でもある。両方の意味を持たせたと思われる。

*ポンパドール:pompadourとは、貴族の女性の髪形でもあり、完全手作りパンの代名詞でもある。

*ボギーとは、名優ハンフリー・ボガートの愛称だ。

*シネマをキネマとしてくれてたら、もっと良かっただろう。

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by noanoa1970 | 2008-09-10 17:00 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(2)

Commented at 2008-09-10 17:16 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by noanoa1970 at 2008-09-10 17:35
早々のご教示感謝です。道理で中に使われている単語にキッチュなところと、薬味が利かされている所の両方が潜むように思いました。