赤とんぼの母

最近さっぱり赤とんぼの姿を見ない・・・そう思っていたら、意外な場所で発見した。
街の真ん中、ある大きなスーパーの駐車場から出た時に、家内が、あっ赤とんぼだと小さく叫んだが、でも本当の「赤とんぼ」ではないんでしょと、残念そうに訂正した。。

そう、それは体が真っ赤ではなく、黄色っぽいものだから、「赤とんぼ」ではないのだ。

昔から小生は体が真っ赤なものが「赤とんぼ」であると近所のガキ大将たちから教えられてきて、それを今でも信じてきた。

今もそう思っているのだが、近年・・・というか、もう長いあいだその赤とんぼを、住まいする地域では見たことがなかった。

それでもお盆の季節、先祖の墓のある木曾の高原に行くと、体の真っ赤な「赤とんぼ」がいっぱい飛んでいるのを、見ることができる。

であるからこそよけいに、体が黄色っぽいものは「赤とんぼ」ではなく、きっと「アキアカネ」だろうと、勝手に決め込んでいて、家内にもそのように話したことがあったのだ。

でも、「アキアカネ」にしても「アカネ」というからには黄色ではおかしいと思い、調べてみると、とんでもない思い違いをしていたことが分かった。

赤とんぼと一般に言われるものは、「アキアカネ」のこと。
そして体が真っ赤なのは、「ナツアカネ」というのが正しいと。

小生が「赤とんぼ」だと言っていたのは、なんと「ナツアカネ」という品種であったのだ。

それこそ55年もの長きにわたっての思い違い・・・
そういえば、秋ではなく夏に見たイメージが強いから、小生が見たものは、やはり「ナツアカネ」だったのだろう。

注)ある資料によると体の色が黄色~赤は、雌雄の別、温度と生育度で変化するともされているから、「赤とんぼ」は体の色が黄色っぽいものから真っ赤なものまで同じ種類であることがあるということが分かった。

またウスバキトンボは「赤とんぼ」類に入るが、これは体色が黄色であるという。

したがって、小生が「赤とんぼ」であるとした、体が真っ赤な「赤とんぼ」の正式種類は不明ということになる。

「赤とんぼ」の話をなぜ持ち出したかというと、それは勿論1週間ほど前に、「アキアカネ」を街中で見たということがあるのだが、もう1つ大きな理由がある。

2005-09-23 、小生はブログに、「三木露風の「赤とんぼ」についての問題」と題して、露風の「赤とんぼ」の詩について書いたことがあった。

「15で姐やは嫁に行き・・・」の15歳で嫁ぐとされたのが、あの当時一般的だったかか否かを知りたいと思っていたところ、いくつかのコメントがいくつか寄せられ、昨夜ある方から、「碧川かた」という人物についてご教示いただいたのであった。

すぐにネット検索すると、以下のようなことが判明したのだった。

「碧川かた」は、露風の母親、明治5(1872)年、現在の鳥取市に生まれ、15歳で兵庫県龍野の名門三木家へ嫁ぎ、二児に恵まれますが、舅に離婚を言い渡されます。
その後、米子市に縁のある碧川企救男(きくお)と結婚してから、男女共同参画社会の実現、人権尊重の良識ある社会の実現を目指して、その時々の権力に臆することなく自説を堂々と述べられました。」

その活躍ぶりは、まるで「市川房江」のようであったらしいとも言われているのだったから、これは小生初耳で、本当に驚いた。

「15で嫁にきた」「離婚」「露風との別離」…これらの事実から見えてくるものといえば、あの「赤とんぼ」の歌詞。

「赤とんぼ」の15で姐やは嫁に行き・・・とはひょっとしたら、幼い時に離別することになった母親「かた」そのものではないのだろうか。

母親の背中におんぶされて見た赤とんぼ、おやつにと、桑の実を取って食べさせてくれた母親。

この詩は、どう考えても、懐かしい故郷で母親と一緒に過ごした、幼いある日の思い出を綴ったものに違いない・・・・
そのように強く思われるのであった。

母親を姐やと言い換えることによってしか、表現できなかった、当時の事情が偲ばれるのである。

露風が見たのは、アキアカネだろうか、それともナツアカネなのだろうか、それともウスバキトンボだったのだろうか。
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by noanoa1970 | 2008-09-03 11:52 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)