ピアノの音色の違いについて・・・2

以下は調律師である田中氏の著述から、読み取ったものである。
黄色の文字の個所は、田中氏の言動である旨申し添えておく。

ともかく、ピアノの音を聞いた時の、音の違いの理由が以下のようなものに、よるところがあるということは、大変参考になった。

音盤メーカーに臨むことは、(ピアノメーカーが演奏者のスポンサーとなっていることがあり、それ以外のピアノを使用したときには難しいのかもしれないが、)録音データと一緒に、使用ピアノ・・・あるいはピアノ以外の楽器においても、そのコユウメイシを表記していただきたいということだ。


田中氏によると、「これらの方法が、そのピアノの音色なり響き方に依存する度合いは、何パーセント程度であるかと言う事は明確には判りませんが、音色を聴いただけで、概ね方式の区別の判断は付きます」という。

つまり、そのピアノの音を聞けば、そのピアノの「弦振動の方式の違い」つまり、設計から来る「弦の振動のさせ方の違い」がわかり、その結果としてある程度、メーカーあるいは機種の囲い込みが可能だという。

それは、「世界の名器と言われるピアノメーカーは、1800年代の創業当時から現在に至るまで培ってきた「独自の弦振動のさせ方」と言う固有技術を持っていて、各メーカーはその弦振動の方式の違いによって「響きの個性」とか「香りの違い」を素晴らしい個性として明確に打ち出している」からであると言っている。

そしてその囲い込み可能な分類要素として以下のことを挙げて説明し、その特徴的メーカーも参考に挙げているから、ピアノによる音の個性の違いが大まかにわかり、とても参考になった。

≪サプリメンタルブリッジについて≫

駒とヒッチピンの間にあり、鉄骨部分に貼り付けてある階段状をした第二のブリッジをサプリメンタルブリッジと言います。弦はこのブリッジを通過する事によって高次の倍音を直接鉄骨に伝えます。

ハンマーによって叩かれた弦は駒を伝わってこのブリッジと駒の間でも振動をします。この部分は基音のオクターブ上の4度もしくは5度の高さ、あるいは場所によっては2オクターブ上の高さになるように設計されております。実際にはピッチが完全に合っている事はありませんが大体合っております。このアリコートブリッジを装着させる事によって音の響きが何かエコーを掛けたような共鳴をし、華麗かつ遠くへ音が飛ぶ効果を生みます。



①一体式サプリメンタルブリッジ

この設計の代表格としてスタィンウェーをあげる事が出来ます。たった今大体合っていて完全には合っていませんと言いましたが、完全に合っている場合には音の響き、音の飛び方がまるで違ってきます。スタィンウェーの場合、敢えて完全に合わせていない方法で音色を作っているのだと言う意見もありますし、いや一枚の階段状の金属板で完全に合わせるのは不可能であり、あくまでも設計段階では合っていると言うのが前提になっているはずだと言う意見もあります。しかしスタィンウェー以外の他社メーカーの中には形だけはサプリメンタルブリッヂを装着しているものの、全く音の高さの合っていない物もあります。このようなピアノは何の為に装着したのか私には判りません。しかし高さは合っていなくても音の質というものが変化している事ははっきりと判ります。

②独立型サプリメンタルブリッジを使用した独立アリコート方式

この方式の最大の特徴は豊な音の伸びと美しい高次倍音の響きにあります。この方式の代表格がイタリアが誇る世界的名器、「ファツィオリ」と言うピアノです。

*(「ファツィオリ」は、マイミクのこぶチャンさんからの紹介もあったピアノメーカーで、サプリメンタルブリッジを一体型でなく各音のキーに正しく合わせる独立アリコート方式を採用、豊麗な音の伸びと美しい高次倍音を可能にした。また、響板に、一般的に使用されるアラスカ産ではなく、フィエンメ峡谷のレッドスプルースを使用している。)
このピアノは極めて明るい音色で素晴らしい高次倍音を伴った余韻と、言葉では表現し難い華麗な貴婦人のような独特の雰囲気を持っております。いかにもイタリア人が作ったイタリアらしい響きと言っても良いとおもいます。この素晴らしい音色は独立アリコート方式ならではの響きと言っても過言ではありません。アメリカの古い歴史を持った名器、「チッカリング」もこの方式をかなり以前から採用しております。*(フランスもの・・・サティあたりを得意にする、アルド・チッコリーニが所有し、録音も多いと聞くし、来日しファツィオリを演奏したといわれている。両端音域の音質が中音域とそれほど変わらない「全部の音域が均質な」珍しい性能のピアノだから、フランスの作品に合っているのかもしれない)

③サプリメンタルブリッジを使用せず単なる金属バーによるアリコート方式

グロトリアンがこの方式を採用した「代表格」と言っても良いでしょう。この方式は駒ピンから金属バーまでの距離、即ちアリコート部分の弦の長さは中低音部から最高音部までほぼ同じ長さですので音の高さとしては「基音に対する倍音」と言う考えは全く考慮に入っておらず、ハイピッチの不規則な音の高さで鳴ります。しかしアリコートシステムの全く無いピアノに比べ、多少共鳴効果はあります。高張力に耐えられる鉄骨の製造技術に対しては、グロトリアン社は昔から秀でており、1920年代の奥行き160センチのグランドの響板側の鉄骨のネジ止めは他のメーカーの物は12本から16本位で固定してあるのに対し、たったの3本しかありません。これには恐れ入ります。低音部から高音部に至るまでの音色の均一性を大切にする為、響板に無駄な穴を開けない為だそうです。この型のピアノはそれはそれは素晴らしい音色です。一音叩いただけで身震いするほどの天国的な音色で叩いた後、部屋一杯に甘い芳香が漂います。


④サプリメンタルブリッジ、金属バー等を一切使用しないでフェルトを用い、余計な弦振動をすべて止音してしまう方式

この方式を採用する代表格はドイツが誇る世界的名器、ベヒシュタインです。
この方式はスタィンウェーピアノの「如何にして高次倍音を鉄骨に伝えるか」と言う考え方とは全く正反対で「高次倍音を鉄骨に伝えない」と言う事を意識して設計されております。確かにスタィンウェー方式にした方が音に潤いと余韻が豊になりますが、敢えてこの方式を採用する理由は、ハンマーで打弦する部分の弦のみを振動させ、余計な弦振動は一切止めて、響板のみに伝わる振動を音に変換し、金属的な響きを一切消してしまおう、と言う考え方です。ベヒシュタインが敢えてこの方式を採用しているのは、この方式による音色の特徴と言うものがあるからに外なりません。この方式は響板の振動に依存する部分が多く、音色は概して円やかで木製の音といったところでしょうか。この方式は独立アリコート方式に比べ「華麗さ」はないものの控えめな「気品」を感じる事が出来ます。またこの方式は構造的にも単純だし製造後の細かな調整作業が無いので製造コストも独立アリコート方式に比べ、安価に製造することが出来ます。最も一般的で現在までに多くのピアノメーカーが採用しております。


⑤ハンマーヘッドで叩かない四本目の弦が張ってあるアリコート方式によるブリュートナーピアノ

最大の特徴は、一つのキーに対し通常三本の弦を張ってあるのに対し、ハンマーで叩かない四本目の弦が張ってある、と言うことです。この弦の調律はオクターブ高く調律をします。この方式を採用したブリュートナーの音色は極めて個性豊でサプリメンタルブリッジによる独立アリコート方式よりも更に「華麗さ」と「暖かさ」が増します。実際にピアノ曲を演奏してみると、よくもここまで夢みるような素晴らしい音色が作れるものだと本当に感心してしまいます。何時間でも弾いていたくなる離れがたいピアノです。


そして以下のように結論付ける。
「各メーカーの特徴と言うものがありますが、考え方としては鉄骨の一部分をブリッジとして使用し、ブリッジからチューニングピンにまで余す所なく弦振動を鉄骨に伝える方法と出来るだけ鉄骨に伝えない方法とがあります。前者はスタィンウェーに代表され、後者はベヒシュタインに代表されます。今まで説明してきました「弦の張り方」と言うのはピアノ音色を特徴づける重要なファクターであります。」

スタインウエイ方式は、ピアノの鉄骨に音の振動を伝え、弱い弦張にもかかわらず、ピアノ全体を響体としているところではないでしょうか。
この鉄骨・・・鉄骨に関しては、スエーデン鋼の関与が大きいとされるが、スタインウエイの方式から、その高域音を表し、誰かが鋼鉄のような響きとしたことから、中にはスタインウエイの高域はキンキン、カンカンするといった誤解が生まれたのではないだろうか。

一方ベーゼンは低域が豊かだといわれることが多いが、それはベーゼンの「インペリアル」とも呼ばれる最上位機種のフルコンサートグランドピアノ「MODEL 290」が、エクステンドベースを持つ97鍵の鍵盤を持ち、超低域までをカバー可能であったことからによるものと思われる。
(ちなみに、このエクステンド部分は、従来カバーがかかっていたが、近年この鍵は、白鍵も含め、すべて黒く塗装されて区別されることになったという)

中にはそのように響く録音も、ないことはないでしょうが、よく調整されたものの録音では・・・「クラウディオ・アラウ」の録音などを聞けば、そのような誤った特徴などはなく、潤いのある高域であることが分かつはずです。
ベーゼンドルファーの方式がなんであるかが触れられていなかったので、残念ですが、おそらく②か④、小生はベヒシュタインと同じ方式のように思うのだが、確証はない。

今気がついたのだが、小生所有のピアノの音盤は、綿密に調査はしてはいないが、どうもベーゼン(非スタインウエイ系)とスタインウエイが五分五分だということだ。
これは大いなる推測だが、倍音成分、高次元成分をより多く表出するベーゼンによる録音は、1960年から70年代後半に顕著で、その後CDに変わった新録音では、倍音成分は音域からカットされてしまいがちということから、ダイナミクスに強いスタインウエイによる録音が幅を利かせるようになってきたのではないか。

そしてSACDなど、周波数特性のよい録音技術や媒体の開発につれて、非スタインウエイ方式のファッツオーリや、ベヒシュタイン、そしてベーゼンドルファー、ボールドウインといったピアノが再び脚光を浴びることになったのではないかとも思うところ。

以上ピアノの製作技術の視点から見えてくる、ピアノの音の特徴、そしてその方式の代表選手から、今後ピアノの音を聞いた時、演奏はもちろん、その使用楽器の推測が、「勘」ではなく、ある程度のしっかりした根拠によるところから来るものとして、また一つ他の自見方が増えたように思う。

しかし、このことをもってして、音を聴くだけで、ピアノのメーカーが特定できるとは、決して思ってはいない。

ちなみに、コンヴィチュニーとツェヒリンによるベト3の協奏曲のピアノは、以上のことと、そしてその時代特性を考慮しての話だが、⑤ハンマーヘッドで叩かない四本目の弦が張ってあるアリコート方式による「ブリュートナーピアノ」ではないかと推測したが、どうであろう。

高域の艶は倍音成分によるところが大きいし、アコースティックな木箱の共鳴は、スタインウエイ方式とは考えにくい。
ベヒシュタインとも考えられるが、東ドイツ、エテルナの録音であること、コンヴィチュニーとツェヒリンが、ともにライプチッヒ音楽院と関係があるということ。
ブリュートナーはライプチッヒ音楽院で長く使用されてきたピアノであるというところから、やはりブリュートナー製であるという推測が成り立つところ大である。

以上のように、おおよそのそして大まかな、絞り込みのヒントにはなっても、決してピアノの音だけで、ピアノのメーカーが分かろうはずもないのである。

月末に、より新しい録音で、ベートーヴェンとシューベルトのソナタ全集が発売されるから、それらをよく聞けば、より分かるのではないだろうかと、今から期待しているところである。


先ほど気がついたことだが、グルダのベートーヴェンソナタ全集をアマデオ原盤のLPで聞いていたところ、出てくるピアノの音は、ベーゼンドルファーのように聞こえてくる、しかしCDで聞くその音は、とてもベーゼンドルファーのようには感じられないのだ。

このことは、先のLPとCDの録音媒体の差に負うところが大きいのかと、改めて思い知らされた。

グルダの同じ原盤を用いたCD復刻のある解説には、使用ピアノ「スタインウエイ」と表記されているという情報があったが、これが事実なら、CDの音色からの推量である可能性もある。

少なくとも、同じ録音の、アマデオのLPを聞く限りは、ベーゼンドルファーである確率が高いし、昔からそのように伝えられてきたのも事実だ。

ベーゼンドルファーの音の特徴の一つといわれる「福よかさ」とは、すなわち「倍音成分」の表出力のことに他ならないのだと知らされることとなった。

さらに、グルダのモーツァルトの協奏曲20番21番・・・アッバードとVPOのものは、ベーゼンドルファーを使用したとされているが、これもLPとCDでは明らかに音の出方、音色が違い、CDではアーノンクールとの23番26番のように・・・スタインウエイの音のように聞こえるのである。

このことから、学ぶことは、(再生装置の問題はあるのだが)CDのピアノの音多くは、元がアナロググ録音の場合は特に、その音の特性があまり良く表現できてないことがあるということだ。

学生時代のサークルの仲間の1人が、ピアノは何といってもCDで聞くに限る・・・そい言ったことに、(もちろんワウ、フラッター、音揺れ、ピッチの狂いという点からは逃れられるが)小生は音質に難ありと反論したが、それはこういうことだったのだと、改めて気がつかされた。

いずれにしても、ワクワクするような、とても楽しい2日間だった。
これから秋のよい季節に向けて、このようなことに興じることができた幸せに感謝しなくてはならない。


追記
近年YAMAHA参加に入ってしまったオーストリアの名門ベーゼンドルファーのピアノの音について、その音の特徴をよく言い表した文章を見つけたので、追記しておく。

ピアニスト坂上麻紀のオフィシャルサイト「夫の独り言」より

  実際、Boesendorfer の〝声〟は頂点に位置する290. Imperialであれ、213.のような中形モデルであれ、繊細、女性的で、パワーや輝きよりも音色の美しさと微妙な表現能力が特徴である。物理的には張弦力が大きいため、音の立ち上がりが鋭く、弱い打鍵でも一つ一つの音の反応・キレが良い。しかし、その見返りとしてBoesendorfer には打鍵力が強いと声が割れてしまう、という欠点がつきまとっている。それはコロコロと小声でさえずる様な曲にはピッタリのピアノで、この時の声は確かに美しく、しかもこの特性は小さな213.でも大きな290.でも全く変わりない。まさに室内楽や伴奏にはうってつけの(フランク・シナトラが好んだというのも頷ける) ピアノである。

グルダのモーツァルトの多くがベーゼンドルファーというのは、同郷のオーストリアということもあろうが、まさに「コロコロと小声でさえずる様な曲にはピッタリ」というところがぴったり当てはまるのではないかと思われる。

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by noanoa1970 | 2008-09-02 09:23 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)