ピアノの音色の違いについて

6月のはじめ、学生時代のサークル仲間が集まった上高地の手前にある、オーベルジュ「グリンデル」オーナー所有のオーディオ装置、「タンノイ・オートグラフ」そして「テレフンケン」を使用した真空管アンプ、ルボックスのCDプレーヤーで、皆が持ち寄ったCDを、6時間にわたって聞いていたことがあった。

その時、ピアノの話になって誰だったかが、酔った勢いも手伝ってのことだろうと思うのだが、スタインウエイとベーゼンドルファーの音の違いを聞き分けられる・・・などと言ったことから、少しの議論となった。

小生自身は、両者の音の違いはある程度はわかるのだが、CDを聞いて「このピアノはスタインウエイだ、あるいはベーゼンドルファーだ」という断定をするまでの耳は持ち合わせていないし、第一録音~再生という順路をたどり、そのあいだにやサンプリング、マスターリング、などの工程を挟むCDあるいはLPレコードだけを聞いて、ピアノのメーカーが特定できるはずはない・・・そのように思っていたのだった。

しかしその男は、スタインウエイの音は〇〇で、ベーゼンは〇〇だ・・・だから、この特徴で、演奏者がどのメーカーのピアノを使って録音したかはわかるのだ・・・滔々と言うのであった。

その男のいう両者のピアノの音の特徴とは、昔から一般的に言われていること、それ以上のことは言わないから、40年たっても全く相変わらずの頭でっかちなことだと少し寂しくなったことがあった。

ヒョットしたら、その男は両者の音の特徴を知っている・・・そういうつもりで言ったのかもしれないが、そこにいたおそらく全員がその特徴的違いは、その昔から知っていて、耳タコであったから、そのようなことを敢えて言うはずもないことだろうから、やはり聞き分けができるといったのは間違いないと思う。

先日から小生は、長いあいだCD復刻が待たれたフランスの女流ピアニスト「モニーク・ド・ラ・ブルショルリ」のベートーヴェンの3番(ブタペスト管弦楽団、ヤーノシュ・フェレンチェーク指揮)の協奏曲を聞いていて、彼女の、まるで「オルレアンの少女」のようなピアニズムに、惚れ直していたのだった。

鋭い打音で、リストやベートーヴェンの交響曲ピアノ編の録音でも知られる、「カッツアリス」の先生が「ブルショルリ」であることからも、彼女のピアニズムの一部は垣間見れるような気がする。

前係になる個所は散見されるも、このように熱の入った情念的な演奏は、この方見たことも聞いたこともない。
ブラボーと叫ぶ観衆の多いこと、拍手の大きさにこの演奏会の素晴らしさが伝わってきて、久々の大きな感動に襲われ、ライブにもかかわらずミスタッチがほとんどないそのテクニックにも呆れ返ってしまった。

そして、数回にわたって聞き込んでいて気づいたのは、彼女のピアノの音色のこと。
録音のせいなのか、きらびやかでしかも優雅な音のように感じられ、しかも倍音成分が強めに出るし、アタックもハッキリと出る。

今まであまり耳になじんでこなかった音のように聞こえるのであった。
1960年代の録音がにもかかわらず、音の輪郭もハッキリ、クッキリしていて彼女の鋭いタッチを見事に反映していることに、再度驚いた。

それで手持ちの他の演奏者による同曲を聴き比べてみることにした。
エリーナイ、ラローチャ、バックハウス、グルダ、ツェヒリンを聞いて、それぞれのピアノの音色の違いがあることを再認識したが、それが楽器の違いなのか、ピアニストの差によるものか、はてまた録音によるものなのか、・・・その違いや差の比重の依存度が気になった。

そしてあの上高地手前の「グリンデル」での一件のことが、思い出されたのであった。

この中で使用楽器が、おおよそ判明しているものといえば、バックハウスとグルダで、2人ともベーゼンドルファーを使用して録音したとされている。

両者の録音の違いがあることは承知だが、幸い両者ともにDeccaだし、録音時期も極端には離れてはいない。
また両社ともオケがVPOであることからも、比較しやすい。

結論からいえば、両者のピアノの音は、大枠ではやはり似ているといってよい。
全体て見に福よかで、高域はカンカンしないし、低域は倍音成分豊かで音が柔らかだ。

まさに昔から言われるベーゼンの特徴をよく表出しているといえる。
ただ、音の艶や伸びやかさ、微弱音の微妙なタッチは、さすがにグルダ盤がよいが、これは録音に負うところが大きいのだろう。

エリーナイのピアノは、あまり耳になじんでこなかった太めの強い音がし、これはかなりの角度で、ベーゼンともスタインウエイとも違うようだ。
ドイツには、ベヒシュタインというピアノがあるが、愛国者エリーナイだから、それも候補の1つとなるだろう。

ラローチャは高域がキラキラする音でコロコロと転がるような音。どうもこの2つは、最もよく耳にするスタインウエイのピアノの持つ特徴とは少し違うように思うのだが、ハッキリとはわからない、特にラローチャは、スタインウエイなのかもしれない。

そして、ツェヒリンだが、この演奏はバックがコンヴィチュニー指揮によるLGOで、あらゆる3番の中で、最も交響曲的な3番の演奏と小生が思うものである。

協奏曲としてはどうかと思われる向きもあるが、「ディーター・ツェヒリン」というピアニストは、1961年コンヴィチュニー来日時にも同行し、ブラームスやベートーベンの協奏曲を演奏したというから、コンヴィチュニーお気に入りの、多分ライプチッヒ音楽院と関係性の強い人物であろうと推測する。

この音盤、聞く前は、さぞドッシリとした重そうな演奏だと想像していたが、それはバックの演奏であって、そのピアノの音は…骨格はシッカリとしているものの、思いのほか洗練された、そして透明感のある、音の粒立ちのよい音が聞こえてきて驚いたことがあった。

他の曲も含め、余白に収録されたベートーヴェンのいくつかのピアノソナタと合わせ聞くことになって、小生はツェヒリンに興味を持つことになって、当たってみるとシューベルトとベートーヴェンのピアノソナタ全集を録音していることが分かった。

しかしいずれもすぐ廃番となって久しく、オークションで探したが、なかなか該当せず、今に至っていた。

しかしこの9月下旬に両方が廉価で再版されるというから、これは楽しみなことである。

ツェヒリンについては、調べてもその詳細は全く不明なのは残念だが、ベートーベンの数曲のソナタを聞く限りにおいては、もっと評価されてもいいのではと思うし、なにしろ彼の使用したピアノのことが気になっていた。

コンヴィチュニーの時代はドイツが東西に分裂した、その東ドイツが活動の根拠地で、ある音楽学者の話によると、「東ドイツの経済困窮が音楽界にまで反映し、安ものの楽器しか買えなかったから、あの時代のドイツのオケは、あのような地味で渋い音しか出せなかった」などというデタラメ発言にもつながったことがあった。(のちに西ドイツ、西欧非共産圏諸国との交流は、思いのほかあったという事実が判明)

スタインウエイともベーゼンとも、・・・その音の特徴とは違う音。
しかし、それが楽器によるものか、録音か、また演奏者のテクニックの差によるものなのか、わからないので、もう一度ピアノという楽器の音色を決める要素について、勉強することにしてみた。

参考文献は、
「オーディオマニアの為のピアノ楽入門」田中ピアノ調律所の調律師によるもので、A & V Village (昔少し読んだことがあるオーディオ雑誌)に掲載した文章である。

以下はその著述から、学んだことを、小生なりにまとめたものである。
・・・・以下続く

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by noanoa1970 | 2008-09-01 11:37 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(6)

Commented by こぶちゃん at 2008-09-01 12:45 x
スタインウェイとベーゼンドルファーは、聴く人が聴くと
ハッキリわかります。
素人の私的に言えば、高域の煌きの有無、そして音色の重さ、
特に深い重低音が伸びているのがベーゼンというくらいです。
これは録音の良し悪し以上にわかりますよ。

そして最近の傾向ですが、イタリアの新鋭ファッツオーリ
というピアノを弾くピアニストが出て来ていること。
http://www.seibupiano.com/column/fazioli.html

私のオーディオの師匠が興奮して電話をかけてくるほど、
音が良いそうです。
英国のハイペリオンから出ているベートーヴェンのピアノ
ソナタ全集(進行中)が、このピアノを使っています。

ピアノはアンジェラ・ヒューイット。
SACDハイブリッドも出ているようですね。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/2544802
Commented by noanoa1970 at 2008-09-01 15:54
>スタインウェイとベーゼンドルファーは、聴く人が聴くと
ハッキリわかります。
これは絶対的、相対的どちらでしょう?絶対的にわかるとおっしゃるなら、グルダのベートーヴェンピアノソナタ全集(アマデオ盤)はどちらを使用したかすぐにわかるはずです。しかしこの録音、ベーゼンかスタインウエイかはいろいろな議論があり、定まっていないようですし、同じメーカーでも機種や年代により・・・たとえばスタインウエイのNYモデルとハンブルグモデルでは音がかなり違うようですから、絶対的に違いがわかる、というのは小生は眉唾ものだと思っています。ですからその音だけを聞いていずれかが特定できるなどというのは、あまり信用できかねます。おまけに再生装置の色づけが加味されますから、これはなかなか難しいのではないでしょうか。
Commented by こぶちゃん at 2008-09-02 10:41 x
確かに絶対…ということはないですね。
長年、ベーゼンを弾き慣れている方なら、システムや録音に
少々癖があろうがわかる…程度に思っていた方が良いのかも
しれません。

スタインウェイもNYとハンブルグでは相当異なるというのも
「さもありなん」と思えますね。
今は中級品までがハンブルグという説もありますが、高級品
を作ることだって有り得ただろうし…
それと音のバランスはオーディオやレコードのトーン・
キャラクターの違いを見たらわかる通り、ドイツは明らかに
低域がたっぷりしていますね。
だから米スタインウェイよりも独スタインウェイとベーゼンが
似る…ということは大いに有り得ると思います。

さてグルダは原則ベーゼンだとばかり思っていましたが、
手持ちのベートーヴェンピアノ・ソナタ全集(アマデオ盤
オーストリア・プレスLP)を見たら、スタインウェイと書いて
ありました。

レコード・プレーヤーを調整した後、ちょっと聴いて、また
コメントしますね。
Commented by noanoa1970 at 2008-09-03 09:26
>さてグルダは原則ベーゼンだとばかり思っていましたが、
手持ちのベートーヴェンピアノ・ソナタ全集(アマデオ盤
オーストリア・プレスLP)を見たら、スタインウェイと書いて
ありました。
今朝から聞いていますが、何とも不思議です。ベーゼンの特徴もあるし、スタインウエイの特徴もあるような・・・・
録音が低息が割と強調されているのか、それとも楽器の音色によるものなのか、昔はベーゼンといわれていたものが、本当はスタインだった・・・これは当時のスポンサー的配慮として、あり得ることですから、この業界のデータは偽装が多いのかもしれません。
しかし小生の耳にはどうしてもベーゼンに聞こえてしまいます。ご報告お待ちします。
Commented by こぶちゃん at 2008-09-03 15:45 x
Youtubeのいくつかの動画を見ると、かなりスタインウェイ
を使用していますね。
Jazzは勿論、その他二つくらい見つけました。
映像を見る限り、1980年以降みたいですね。

noanoa1970さんが聴き直しても、わからないということで
あれば、かなり判別が難しいかも?

可能性としてはスタインウェイを使用、お気に入りの調律師
にベーゼンに似た音作りを頼む…何て線は考えられるかも
しれません。
Commented by noanoa1970 at 2008-09-03 15:58
8、14、17、21あたりはベーゼンのようですが、30,31,32ではスタインのようにも響きます。
曲によって楽器を変えること・・・同じ全集でもあり得ることなかも知れませんし、タッチによる差なのか、録音の差なのかハッキリしません。低域の音の出方も高域の音のキラメキ感も、かなり違うようで、改めて驚いています。