Any Day Now:Bob Dyran ’s Song Sung By- Joan Baezz

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以前のブログに、ディランの歌い方が好きではなく、ディランの曲をほかの歌い手が歌ったものが好き・・・そのような事を書いたことがあった。

その筆頭は、今日取り上げるこのアルバム「ジョーンバエズ、ボブディランを歌う」である。

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記憶では1967年、京都の十字屋で求めたもので、それは1960年代初め、小生が中学生の時、PP&Mと同じころにラジオでよく聞こえていた、彼女の魅力的な声に想像力をたくましくしながら聞き入っていた、その経験があって、当時は購入かなわなかったLPレコードをサークル価格の2割引きで入手したものである。

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キングレコードから発売されたVANGUARD盤LP2枚組で、全曲ボブディランで占められていた。

小生はボブディランオリジナルよりも、彼の曲をほかの歌い手がうたった(たとえばPP&M)ものを聞いていたが、それらがボブディランの作品とは知らなかったのだった。

このアルバムも、ボブディラン作品を聞きたくて選択したというよりは、バエズが聞きたくてのほうだったが、バエズの歌うディランの曲は、遠くブリテン諸島の古謡のメロディラインが強調されているようで、非常に親しみやすかった。

ディランオリジナルでは、聞こえてこないようなその古い民謡風のメロディを聞いて、ディランが尊敬したピ-トシガーやウッディガスリー、のその先のルーツが垣間見れたような覚えがあった。

棚の隅に、いつの間にか追いやられてしまっていた、懐かしいジャケットを発見し、先ほど、ターンテーブルに乗せて、久しぶりに聞いてみることにした。

60年代のレコード盤は、さすがに重く1枚だけでも80年代のレコード2枚分ほどの重さがあるのではないかと思われるほど。

手に伝わる重みは、その分中身の重みを象徴するがごとくの様相だ。

CDになっているかどうか、調べてはいないが、この時代のLP・・・特にボーカルはCDで買いなおす必要はない。
というより、決してノスタルジーで言っているのではなく、実際LPのほうに音楽的な分が、いまだに存在することが多い。

今の人はおそらくジョーンバエズ・・・そんな人の存在や、彼女の歌も知らないだろうが、60年代の風を経験した人なら、ご存知の方がほとんどというぐらい、当時は有名な人だった。

ボブディランを評価し、陽の当たる場所に引っ張り出したのも、彼女の力あってこそ。

森山良子がリスペクトし、ウエスタンからカントリー・フォークシンガーに転向したのも彼女バエズの力。

単なるフォークからプロテストソングへと導いていったのもバエズの果たした役割が大きいのである。

バエズの声の力は、天界にいる天使、あるいは聖チェチィーリアのように人の心の奥まで届いてきて、聞くという受動的行為から、何かをするべきというような、能動的行為への原動力にもつながった。

ベトナム戦争とちょうど重なるころである。

バエズは今何をしているのか、消息は不明だが、小生の知る限り、長い間反戦運動を自ら行っていた人で、おそらくその心情は今も変わらないのだと思える数少ない人である。

今改めて彼女の静謐で透明感ある、そして優しいが力強い声を聞くと、60年代後半のあの時代のことが頭をよぎるのである。
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by noanoa1970 | 2008-07-26 13:52 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)