SONATINE 「BUREAUCRATIQUE」

小難しそうな仏語のタイトルで恐縮だが、日本語では今日、ほんの少しだけ刺激的なので、本文でその意味を明らかにすることにした。

不祥事続きで新聞やTVを賑やかせている日本の「官僚」。
官僚という公僕職業集団は、古今東西を問わず、規制という権力を上手に操って、己達だけよい目にあおうとし、仲間においてはいち早く昇格、昇進をしようと必死になる性分をもつ集団なのだろうか。

エリック・サティという作曲家は、ここ最近・・といってももう30年か40以上前になるが、ユニークな音楽家として音楽界の異端児と揶揄されたりもして、クラシックファンのみならずロックやJAZZファンにも、その名の知れた存在の作曲家である。

先のブログ「犬と音楽」で書いた『犬のためのプヨプヨとした前奏曲』はサティの作品でも有る。

そのサティが作ったシニカルな曲の一つに、「SONATINE BUREAUCRATIQUE」:日本語では「官僚のためのソナチネ」という曲がある。

ソナタでなくソナチネというところにも、サティのシニカルさ・・・小心者の官僚の象徴性が有るように思うところもある。

話は変わるが、小生の妹は親の勧めで、いやいやながらも、5歳ぐらいのときからピアノをやらされた。
何時のことだったかは忘れたが、発表会の練習だと記憶するのだが、毎日のように練習していた曲があって、その曲のメロディは、全部そらんじることが出来るほど、聞かされてきた。

後にそれが、クレメンティのソナチネ作品36の1であることを知り、小生の愛聴盤であるNGDB:ニッティ・グリッティ・ダートバンドの「アンクル・チャーリーと愛犬テディ」というアルバムのなかで、バンジョーのジョン・マッキューエンがソロで、このクレメンティの曲を、ビッシッと演奏したのにとても感動したことがあった。

エリック・サティはこともあろうに(というか、彼ならそれが当たり前であるかのように)ピアノ作品の大家「クレメンティ」御大の同曲を、・・・これはどう考えてもオマージュとはいえず、パロディ・・・いや明確な意図を持つメッセージの素材として、殆どそのまま引用した。

YOUTUBEにサティとクレメンティの両曲があったのでリンクしておくことにした。

Clementi Sonatina Op.36 No.1 Movement 1

「官僚的なソナチネ」SONATINE BUREAUCRATIQUE

どうでしょう、殆ど同じように聞こえたでしょうか。

サティが何故自分よりも100年も前の作曲家、クレメンティを材料にしたかは謎だ。
しかし、クレメンティは大なり小なり古今の作曲たち・・・ハイドン、モーツァルト、そしてかのベートーヴェンでさえ影響を受けたという作曲家でも有る。

大作曲家達が影響を受けた大家であろうが、ピアノ教則の初級に誰もが通過するであろうイージーな曲の作者は、自分にとっては単なる一素材にしか過ぎないとでもいうのだろうか。

簡単なことを、ワザト小難しくしている官僚たちの象徴として、この小品を取り上げて使ったのだろうか。

ドビュッシーにも「子供の領分」第一曲「グラドゥス・アド・パルナッソス博士」のように、クレメンティの大規模な練習曲集作品のパロディがある。
いやいやながらピアノを練習する子供の様子が現れていて、ワザト下手に演奏するものも多い。

イヤだけどやらなくてはならない・・・・官僚の商売もクレメンティのピアノ練習曲も同じことなのだろうか。

ドビュッシーもサティも、ピアノの教則本としてのクレメンティ作品を評価してなかったのだろうか。

サティの「官僚的なソナチネ」SONATINE BUREAUCRATIQUEの楽譜には、以下のようなメモあるいは覚書き、または詩、エッセイのようなものが、楽曲の解説全と記されている。

その内容を下記に示すと・・・


エリック=サティ1917 ソナチネ 作品36の1
「官僚的なソナチネ」SONATINE BUREAUCRATIQUE
楽譜内記述より


第一楽章:官僚の出勤
「彼は家を出て」
「うきうきとお役所へと出勤する」
「満足そうに頷いてみる」
「彼は優雅で綺麗なご婦人方が好きである」
「愛好のペン軸、緑の小袖の洋服、丸いチャイナ帽も
大好きだ」
「彼は大またで歩く」
「お役所の階段を、小走りに駆け上る」
「強い突風が吹く」
「彼は肘掛椅子に座って、幸せな気分になり、仕事を始める」

第二楽章:官僚の空想
「彼は昇進のことを考える」
「昇進はしなくとも、昇給はするに違いない」
「次の給料日に、新しい家に引っ越そうと思っている」
「とてもよいアパートに目をつけていたからだ」
「ほんとうに昇進か昇給するといと・・」
「彼は昇進のことを再び考えはじめる」

第三楽章:官僚の思惑の背景
「彼は、昔ブルターニュの低地で聾唖の人から習った
ペルーの古い歌を口ずさむ」
「隣の家のピアノがクレメンティを演奏している」
「なんて切ないんだろう」
「彼はピアノは弾毛無いので、代わりにワルツを踊る」
「全てががとても侘しい」
「ピアノが再び聞こえてくる」
「そして優しく自問する」
「ペルーの哀歌が、再び頭に浮かんでくる」
「ピアノは演奏を続けている」

(すると終に、こんなことが脳裏をよぎる)

「ああもう去らなくてはいけない、この居心地のいいお役所を」
「彼はいうのだった、勇気をもって・・・さあ、出て行くぞと」


官僚自身は決して気づくことの無い「官僚の憂鬱」とでもいおうか
サティは、当時のある官僚の一姿を、上のように捉えたのである。
そして官僚は、所謂官僚の領域にとどまらず、その時代を象徴する、フランスの憂鬱の象徴でもあるようだ。

フランスの芸術の流れが、印象派、象徴派そして世紀末を迎える中、新古典主義の傾向や、全く新しい「家具の音楽」・・・簡単には、いまでいうBGMを礼賛したサティ。

しかし、官僚機構による統治支配からの脱却を、殆ど絶望的なわが国の官僚達の現状と異なって、自ら官僚組織から脱却する・・辞めるという行為にいたることを伺えるのは、この時代の一つの救いであったともいえよう。

「公僕」という気高さや、よりよい国にするといった志・・・一昔は「清貧」という言葉があったようだが、それらは、もう死語となってしまったかのようで、やるせない。

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by noanoa1970 | 2008-07-07 11:29 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)