ブルショルリのベートーヴェン

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彼女は「オルレアンの少女のようにピアノを弾いた」・・・という形容がふさわしいほど、ダイナミックで縦横無尽、魂が揺さぶられ、鼓舞されるような、ベートーヴェンだ。

3番の協奏曲は、トリルとアルペジオが特徴的で、出だしからしてその後の大胆な音楽展開を予感させるダイナミズムあふれる曲である。

いままでかなりの数の演奏を聞いては来たが、ブルッショルリのピアノは、恐れを知らずに敵に向かっていく、女戦闘士のように勇猛果敢であるが、細部には、秘められた「女性」が、やはり見え隠れする。

そのことは、控えめに・・・隠し味のように施される「ルパート」「シンコペーション」からかもし出される、洒落てウイットに富むようなところに現れる。

この録音での、ピアノのタッチそしてトーンの色気を見逃すと、ダイナミックで天才的指使い、まるで男性のような迫力だけで彼女の音楽が評価されてしまいがちだ。

d0063263_10372782.jpg1966年1月14日ハンブルグ・ムジークハレでのライブ録音というから、ブルショルリが来日した年のこと、数年後にルーマニアで交通事故にあって、腕を負傷したことから、第一線からは遠ざかるのだが、それ以前60年代の彼女は、最も音楽的に冴え渡っていたのであろう。

はやる気もちからか、3楽章ではつんのめるところが見受けられるが、そんなことは彼女の音楽全体から見れば、些細なこと、ましてこの録音はライブである。

ライブ演奏の録音で、これだけのことを爽快にやってのけるブルッショルリ・・・こんな女流ピアニストは稀に存在するものではない。

ごく最近になってやっと再評価されて来た感があるが、活動期間の短さと、録音の少なさがたたったのか、当時の音楽評論家たちに、クラシック音楽界における女性差別意識でもあったのか、それとも彼らの耳が悪かったのか、レコード会社の広宣がまずかったのか、ブルショルリの録音の評価は余り良いとは言えなかったようだ。

小生はこの録音の存在も、レコード会社の広告も、評論家の薀蓄も全く見たことも、聞いたことも、・・・その存在すら知らないで居たのであった。

オルレアンの少女ジャンヌを護衛した騎士ジル・ド・レイはペローの「青髭」と同一人物とされるようだが、実は小生、これらのCDと合わせて注文したのが、バルトークの「青髭公の城」ケルテスの古い録音だ。

LPを長く聞いてきたのだが、途中で盤ひっくり返すのに興ざめして、とうとうCDを買いなおした。

バックのヤーノシュ・フェレンチェークとブタペスト国立フィルハーモニー管弦楽団は、オルレアンの少女を援護した騎士、ジル・ド・レイのごとく、気が隼って勇み足になりそうなブルショルリを諌めるように、落ち着いた重心のあるサポートを果たしていて、この人の実力を思い知らされることになった。

このような演奏が、埋もれずに、登場したことに感謝の意を投じなくてはならない。

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by noanoa1970 | 2008-04-22 10:28 | 徒然の音楽エッセイ | Comments(0)